説明

培養細胞の調整方法

【課題】臨床応用が可能な、細胞を利用した人工臓器の使用あるいは調整方法を提供すること。
【解決手段】培地回収用多孔質チューブと、スペーサーと、スペーサー間に設けられた細胞の接着及び細胞の通過を許容する、親水性の表面を有する多孔性シート状物とを収容した筒状のラジアルフロータイプのリアクターを用いて、先ず、細胞を前記多孔性シート状物に接着又は付着させ、前記リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートからリアクター内に培地を供給し、前記培地回収用多孔質チューブを経て、多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから培地を流出させつつ、細胞を培養し、次いで、前記培地入口ポートから培養温度又はより低い温度でポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させることを特徴とする培養細胞の調整方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人又は動物の有用細胞を、バイオリアクターで、機能を保ったままあるいは向上させて培養し、その後そのままの状態で細胞の増殖と機能を停止・保存させ、更に所定時間経過後に、再び細胞を活性化させ機能を回復させる方法に関する。本発明は、具体的には、例えば、肝臓細胞を用いる肝臓バイオリアクターの調整方法に応用されるものである。
【背景技術】
【0002】
現段階では、細胞を利用した人工臓器の医療への適応は、国内外を問わず非常に限定されたものとなっている。例えば、人工肝補助システムとして、肝臓細胞を用いる肝臓バイオリアクターが検討されているが、問題点が非常に多く、わが国では臨床応用されるに至っていない。肝臓バイオリアクターの問題点としては、(1)細胞調整に時間がかかること、(2)ロットにより、性能の差が大きく、またその評価も難しいこと、(3)細胞の保存ができなし、また、維持も大変なので、せいぜい1−2日間、あるいは数時間の使用しかできないこと、(4)クオリティコントロールが殆どできないこと、(5)レトロウィルスなどの感染評価も付置できない、といった点などが挙げられる。
【0003】
従って、細胞を利用した人工臓器の開発に際しては、前記の肝臓細胞を用いる肝臓バイオリアクターの例で明らかなような、各種問題点を解決する必要がある。
【0004】
本発明者の一人は、ポフェノールを用いる動物の細胞または臓器の保存剤を開発し既に提案した(特許文献1)。従来、動物細胞を長期間保存するには極低温での凍結保存法が用いられているが、融解後の生存率は10〜30%と低かった。また、移植用の臓器の保存期間は、臓器の種類にもよるが4時間から40時間と極めて短かかった。ところが、ポリフェノール、中でもカテキン類を用いると、これらの問題の解決、即ち、動物細胞を凍結させずに保存を可能にすることと、移植用臓器の保存期間を少なくとも従来の保存可能時間の倍以上に高めることができることを知見したものである。
【特許文献1】特開2000−344602号公報
【0005】
一方、細胞を増殖させ回収する方法は、従来から数多く提案されているが、従来法の多くは、供給される培地の流れがラジアルフロータイプでないために、組織を多量に固定すると栄養分や酸素の十分な供給が難しく、その濃度のコントロールが難しく、また、そのためバクテリアおよび細胞、組織の壊死を回避することが困難であった。なお、ラジアルフロータイプのバイオリアクターについては、例えば、「バイオサイエンスとインダストリー」Vol.48 No.4 p337−342で紹介されている。
【非特許文献1】水谷悟「バイオサイエンスとインダストリー」Vol.48No.4 p337−342(1990)
【0006】
本発明者の一人は、ポリアミノ酸ウレタン共重合体を用いて多孔性シート状物の表面を親水化すれば、細胞培養膜の細胞接着性と生体適合性が改善できることを知見した(特許文献2)。そして、かかる技術をバイオリアクターに応用し、細胞(組織や微生物を含む)等を、細胞接着可能な熱感受性ポリマーを組み込んだ多孔性シート状物に固定し、かつその生物活性を維持するために効率のよい培地の供給システムを備え、そして、また、細胞を活性化又は増殖させた後、培地温度を変化させ熱感受性ポリマーの形態変化により、細胞をそのままの状態で分離し・回収するための、及び/又は細胞の分泌物を分離・回収するためのラジアルフロータイプのバイオリアクターと培養方法を提案した(特許文献3)。
【特許文献2】特開2001−136960号公報
【特許文献3】WO2006/019043号公報
【0007】
そして、今回、本発明者らは、細胞を利用した人工臓器の各種の問題点が、前記のポフェノールを用いる動物細胞または臓器の保存剤の技術と、前記ラジアルフロータイプのバイオリアクターの基本的な技術を結合することによって解決できることを見出し、更に研究を深化させ本発明に到達したものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、細胞を利用した人工臓器、例えば、肝臓細胞を用いる肝臓バイオリアクターの使用あるいは調整上の各種の問題点を解決し、臨床応用が可能な人工臓器の使用あるいは調整方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の請求項1に記載された発明は、筒状のリアクター本体内に、培地回収用多孔質チューブと、スペーサーと、該スペーサー間に設けられた細胞の接着及び細胞の通過を許容する多孔性シート状物とを収容した培養空間を備え、前記リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートから供給された培地が、前記培養空間を通過し培地回収用多孔質チューブを経て、該多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから流出するように形成されており、該多孔質チューブとスペーサーは細胞が通過できる様になっており、且つ、該多孔性シート状物は、親水性の表面を有するものであるラジアルフロータイプのバイオリアクターを用いて、先ず、細胞を前記多孔性シート状物に接着又は付着させ、前記リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートから培地を供給し、培養空間を通過させた後、前記培地回収用多孔質チューブを経て、該多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから培地を流出させつつ、細胞を培養し、次いで、前記培地入口ポートから培養温度又はより低い温度でポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させることを特徴とする培養細胞の調整方法である。
【0010】
請求項2に記載された発明は、請求項1に記載された発明において、ポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させ、所定時間経過後に、前記培地入口ポートから再び培地を供給し、前記培地出口ポートから細胞保存液を流出させ、細胞を再び活性化させることを特徴とする培養細胞の調整方法である。
【0011】
請求項3に記載された発明は、ポリフェノールが、エピガロカテキンガレート(EGCG)又はその誘導体を主要成分とするカテキン類であることを特徴とする請求項1又は2記載の培養細胞の調整方法である。
【0012】
請求項4に記載された発明は、細胞が、人又は動物から単離した幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞又は筋細胞を含む細胞である、あるいは、家畜又は魚類の精子、卵子又は受精卵であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法である。本発明において特に好ましく用いられるのは、人の肝細胞である。
【0013】
請求項5に記載された発明は、本発明において使用されるバイオリアクターに関するもので、バイオリアクターを構成する多孔性シート状物の表面が、細胞接着性物質で被覆されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法である。
【0014】
そして、請求項6に記載された発明は、バイオリアクターを構成するスペーサーが、複数のプラスチック製のロッド又は繊維不織布であることを特徴とする請求項1〜5記載のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、多量の細胞を培養又は増殖させ、その後、常温で培養細胞の増殖や機能をポリフェノール、例えば、カテキン類により停止・保存することができ、その後必要に応じてカテキン類を除去することにより、細胞を再び活性化することができる。本発明によると、膵臓、肝臓及び腎臓等の生体組織を構成する基本単位である種々の細胞増殖を、自由自在にコントロールすることができる。また、本発明によれば、従来の細胞培養液にポリフェノールを添加することにより、動物の細胞を長期間凍結させることなく保存できる。このことより、動物細胞が産生するサイトカイン類等、有用物質を生産する細胞工学や組織工学に利用できる。
【0016】
先ず、本発明において使用されるラジアルフロータイプのバイオリアクターについて説明する。そのリアクターは、図1に示した様に、筒状のリアクター本体6内に、培地回収用多孔質チューブ5と、スペーサー4と、このスペーサー間に設けられた細胞の接着及び細胞の通過を許容する多孔性シート状物3とを収容した培養空間を備えたバイオリアクターであって、リアクター本体6に形成された少なくとも1つの培地入口ポート1から供給された培地が、培養空間を通過し培地回収用多孔質チューブ5を経て、この多孔質チューブ5の一端と連通した培地出口ポート2から流出するように形成されており、この多孔質チューブ5とスペーサー4は細胞が通過できる様になっており、且つ、この多孔性シート状物3は、表面が親水性であるか又は細胞接着性物質で被覆されていることを特徴とするラジアルフロータイプのバイオリアクターである。
【0017】
このバイオリアクターは、以下の様な方法で操作され、細胞が培養又は増殖される。前記バイオリアクターにおいて、細胞を多孔性シート状物に接着又は付着させ、リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートから培地を供給し、培養空間を通過させた後、培地回収用多孔質チューブを経て、この多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから培地を流出させつつ、細胞を増殖又は培養する。次いで、前記培地入口ポートから培養温度又はそれよりより低い温度でポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させる(請求項1の発明)。その後、所定時間経過後に、前記培地入口ポートから再び培地を供給し、前記培地出口ポートから細胞保存液を流出させ、細胞を再び活性化させる(請求項2の発明)。
【0018】
本発明におけるポリフェノールとしては、緑茶フェノールの主成分であるカテキン類及びタンニン酸などが挙げられる。カテキン類としては、例えば、3、3、4、5、7−フラボペントールで知られるカテキン、3、4−ジヒドロキシフェニル骨格をもつカテコールアミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミンが含まれるが、エピガロカテキンガレート(EGCG)又はその誘導体を主要成分とするカテキン類が特に好ましい。
【0019】
ポリフェノールとしてタンニン酸を用いることもできる。タンニンとは、加水分解によって没食子酸を生成する多価フェノール化合物をいう。一般的な、例えば、局方タンニン酸は、没食子酸基8個を葡萄糖残基の周囲、かつ同一平面上に配座し、更に2個の没食子酸基を垂直方向に結合させたものである。しかし、化合物の中心部は必ずしも葡萄糖に限られたものでなく、セルローズ系の化合物であっても良く、タンニン酸を加水分解して得られる没食子酸のジデブシドなども使用することができる。
【0020】
本発明において用いられる保存剤(保存液)の有効成分であるポリフェノールは、日常愛飲されている緑茶や紅茶、更に赤ワインに多く含有されているものであり、例えば、緑茶ポリフェノールは緑茶の葉から水、エタノール又は酢酸エチルなどの有機溶剤で抽出し、精製されている。そして、その主要成分は、エピガロカテキンガレート(EGCG)又はその誘導体を主体とするカテキン類である。
【0021】
ポリフェノールは種々の生理活性作用、例えば抗癌作用、抗酸化作用、抗菌・抗ウイルス作用に優れていることは1980年代から多くの研究者らによって報告されている。このポリフェノールが細胞増殖に及ぼす影響に関する研究は既に報告されているものの、その殆どが癌細胞の増殖を抑制するというものであって、ポリフェノールの動物細胞や臓器の保存性に対する作用はこれまで全く示唆されていなかった。本発明者らは、ポリフェノールが、他の抗酸化物質には見られない特異的な性質、即ち、水にも有機溶媒にも極めて良く溶ける両親媒性を示し、タンパク質に対する吸着性に優れ、また、細胞毒性が極めて低い上に、抗酸化活性はSODの10倍以上もあり、更にこれまでは全く知られていなかった動物細胞の増殖を自由自在に制御出来ることを見いだした(特許文献1)。
【0022】
本発明においては、本発明のポリフェノールを有効成分とする細胞保存液(剤)を、通常、細胞培養に用いられている種々の培養液(培地)や臓器保存用保存液に加えて用いる。ポリフェノールは、通常、純度として60%以上の製品が入手容易であり、本発明における細胞の保存剤としてのポリフェノールは、純度60%以上の製品でも使用可能であるが、純度85%以上の精製品がより適している。もちろん、更に高純度であればより効果的である。従って、本発明の保存剤の有効成分とは、ポリフェノールの純度に関係なくすべてが包含される。
【0023】
本発明のポリフェノールを動物細胞の保存に使用する場合、種々の細胞培養に用いられている公知の各種培養液や臓器保存用保存液に、好ましくは、ポリフェノールを0.1〜50重量%、より好ましくは1〜30重量%添加する。これらの培養液や保存液に、更に他の抗酸化剤であるSOD、ビタミンE、C及びグルタチオン等を併用しても良い。
【0024】
本発明において、細胞保存液を使用する条件として、適用温度は細胞の培養温度又はそりより低い温度が適当である。具体的には、0〜37℃であることが好ましい。本発明の保存液は、市販のものに比べ、適用温度が比較的高温で冷凍を必要とせず、さらに耐用時間が比較的長時間であり、細胞利用の移植・手術・人工臓器への適応が優れている。
【0025】
本発明において用いられる細胞としては、特に制限はないが、例えば、人又は動物から単離した幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞又は筋細胞を含む細胞、あるいは、家畜又は魚類の精子、卵子又は受精卵が挙げられる。本発明において好ましいのは、肝臓バイオリアクター、例えば、ハイブリッド型肝補助装置に用いられる肝臓細胞(肝細胞)である。
【0026】
本発明のバイオリアクターにおいて用いられる多孔性シート状物は、親水化性の表面を有し、細胞の接着及び細胞の通過を許容するものである。多孔性シート状物とは、細胞の接着及び細胞の通過を許容するものであれば、その材質や形態に特に制限はないが、好ましいのは、公知の有機ポリマー、例えば、PTFEなどの含フッ素ポリマー、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリウレタン、セルロース繊維、再生セルロース繊維、ポリアミド、ポリイミドから形成された多孔性不織布である。
【0027】
前記多孔性シート状物は、細胞の通過を可能にするのに十分な孔径を有しているため、細胞の移動が可能であり、多量に細胞、微生物、組織を保持しても目詰まりが起こり難い。
孔径としては200μm以上、好ましくは200〜500μm程度である。
【0028】
また、前記多孔性シート状物は、親水化性の表面を有するものであるが、親水化の方法・手段は特に制限されない。多孔性シート状物が、本来親水性のポリマーから形成されている場合には、特に改めて親水化処理を施さなくても良い。本発明において、多孔性シート状物の表面又は親水化された表面は、細胞接着性物質で被覆されているものが好ましい。被覆の状態は、細胞接着性物質でコーテイングしたものでも、細胞接着性物質が表面に化学的に結合したものでも良い。被覆は部分的であってもかまわない。
【0029】
細胞接着性物質とは、細胞接着性のある天然又は合成物質であり、少なくとも親水性の部分を有する物質である。天然物質の例としては、ハイドロゲル、オリゴ糖、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン、フィブロネクチン、ラミニン、フィブリン、さらにそれらの成分である細胞接着ペプチド等が挙げられる。また合成物質としては、細胞接着性基を含有したモノマーを単独重合又は共重合したもの、あるいは、細胞接着性基を含有したモノマーと含有しないモノマーとを共重合することで得られる。その細胞付着性基としては、例えば、カルボン酸基及びその塩、無水物、スルホン酸基及びその塩、スルホン酸エステル、スルホン酸アミド、リン酸基及びその塩、アミノ基、水酸基、長鎖アルキル基、メルカプト基、エーテル基、チオエーテル基、ポリエーテル基、ケトン基、アルデヒド基、アシル基、シアノ基、ニトロ基、アシルアミノ基、ハロゲン基、グリシジル基、アリル基が挙げられる。好ましいのは、両親媒性ポリマー、例えば、ポリアミノ酸・ウレタン共重合体(PAU)(特開平5−244938号参照)及びその類似物である。
【0030】
本発明のバイオリアクターにおいて用いられる培地回収用多孔質チューブは、培地と細胞が十分通過できる孔を持っており、培地入口ポートから供給された培地は、培養空間を通過し培地回収用多孔質チューブを経て、これの一端と連通した培地出口ポートから流出される。培地回収用多孔質チューブの材質、形状は特に限定されるものではないが、例えば、ポリエチレン又はポリ4フッ化エチレン樹脂製で、筒状でリアクター本体内の中心軸に沿って形成されたものが好ましい。
【0031】
多孔性シート状物は、バイオリアクターの培養空間において、例えば、培地回収用多孔質チューブにバウムクーヘンの形状に巻き付け、バイオリアクターのモジュールに組み込まれる。この際、本発明においては、細胞が接着あるいは付着した多孔性シート状物の保護のために、あるいは多孔性シート状物同士が密着するのを防ぐために、シート状物の層間にスペーサーが挿入される。
【0032】
スペーサーとしては、前記目的を達し、且つ、細胞や培地の通過を妨げないものであれば、その材質、形状に特に制限はない。例えば、公知の有機ポリマーの多孔性フィルム、繊維の多孔性織編物や不織布、プラスチック製のネット、ロッド、あるいはワイヤーを単独であるいは組合わせて用いることができる。ロッドの場合には、10〜300本程度使用すれば良い。多孔性フィルムや多孔性織編物や不織布は、細胞の通過を許容するものである必要があり、その孔径は通常200〜1,000μm程度が適当である。本発明において、繊維の織編物や不織布等の多孔性のスペーサーを、多孔性シート状物と重ね合わさて用いると、取り扱いの点で特に便利である。また、本発明においてスペーサーは、バイオリアクターの培養空間において、多孔性シート状物の固定のための充填物としての役割も有する。
【0033】
以下、図を用いて本発明のバイオリアクターについて説明する。図1に示した様に、バイオリアクター本体6には、培地の流出のための培地回収用多孔質チューブ5、培地および細胞の通過が可能であり、その表面で細胞が単独で或いは集団で接着及び生育可能な多孔性シート状物3、及びペーサーとなるチューブあるいは不織布等4が収納されている。なお、バイオリアクター本体は、材質、形状等特に制限はないが、円筒状、角筒状などの筒状の形状のものが望ましい。培地回収用多孔質チューブ5は、培地等の液体と細胞が自由に通過できる孔径、通常200〜2,000μmの孔径を有する。スペーサーは、リアクター本体の中心軸に平行に固定されるのが好ましい。リアクター本体に形成される培地入口ポート1は、1個でも2個以上であってもよいが、通常1〜6個、好ましくは2〜4個、特に2個形成される。培地入口ポートを複数個形成する場合、その位置は、リアクター本体の軸方向の中心に対し対称の位置に形成するのが好ましい。また、図には示さなかったが、バイオリアクターにおいて、培地入口ポート1はポンプを介して培地調整槽あるいは培地タンクに接続されており、培地出口ポート2は酸素付加膜を経て同じ培地調整槽あるいは培地タンクに接続している。培地調整槽においては、培地のpH、溶存酸素濃度等が調節される。
【0034】
図1において、多孔性シート状物は、図2に示した様にバウムクーヘン状に巻いて、スペーサーを挟み込みながら、リアクターの中心軸に対して巻回して配置されている。多孔性シート状物は、この様にバイオリアクターのモジュールに組み込まれており、そして培養空間内の多孔性シート状物上で、細胞が培養される。筒状のリアクター本体6内に培地回収用多孔質チューブ5、スペーサー4、細胞の通過を許容する多孔性シート状物3を収容した培養空間があり、リアクター本体6に形成された少なくとも1つの培地入口ポート1から供給された培地は、培地空間で図2に示した様に、両側に分かれて円周方向に沿う流れと、中心の培地回収用多孔質チューブ5に向けての流れ(ラジアルフロー)を形成し、その後、培地は中心の培地回収用多孔質チューブ5に集まり、この一端と連通した培地出口ポート2から流出される。なお、培地回収用多孔質チューブ5の他端はシールされ、培地回収用多孔質チューブ5に流れ込んだ培地は、培地出口ポート2へ向かうようになっている。培地は、培地調整槽(図示せず)からポンプ(図示せず)等を通過して後、培地入口ポート1から培養空間に入り込み、中心の培地回収用多孔質チューブ5を通り、培地入口ポート2を経て、酸素付加膜(図示せず)等を通過して、再び培地調整槽に戻る。
【0035】
本発明において、用いられる細胞につては前記のごとく何らの制限もなく、また、培地としても、公知の細胞の増殖又は培養細胞などが生育可能な液を広く使用できる。また、酸素濃度、グルコース等の栄養濃度のコントロールも自由に行うことができる。
【0036】
本発明において用いられるバイオリアクターは、図1、図2で示されるように、細胞を高効率で充填することができ、しかも、その活性維持ができるシステムになっている。そしてまた容易に、増殖した細胞を回収できるシステムとなっている。かかるバイオリアクターに、例えば、細胞として肝細胞を接着又は付着させ、細胞を培養すると共にポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を用いる技術を組み合わせることによって、人工肝システムを構築することができる。
【0037】
例えば、上記のバイオリアクターを利用して、リアクターモジュール上で増殖し機能発現した肝細胞を、カテキン(EGCG)により機能を停止させ、常温で、4−7日間保存した後、カテキン(EGCG)を培地の還流により除去すると、細胞の機能を再び、前と同じように回復ができる。かかる成果を応用すれば、一度に同じロットで、4−6本のリアクターモジュールを調整でき、しかもこれらを保存することができるので、いつでも臨床に用いることができる体制を作れる。
【0038】
本発明のラジアルフロー型バイオリアクターを用いる方法は、特に、肝臓細胞の固定と機能発現に適している。肝細胞培養では、安定型ビタミンCの添加と、十分な酸素付与が重要であることも明らかになっている。一方、肝細胞の調整に時間がかかること、ロットにより性能が違うこと、細胞調整から、10日程度で細胞の活性が落ちてくることなどの問題点も明らかになっている。ところが、前記ラジアルフロー型バイオリアクターに、前記のポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を用いる技術を組み合わせることによって、これらの問題点が全て解決できる。例えば、カテキン(EGCG)を利用して、培養4−5日目で培養細胞の機能を停止・保存させ、その後、4日ぐらいで、回復させると、ほぼ、前と同じ機能回復がみられた。そして、場合によっては、前よりも、機能が向上しているケースもあった。カテキン(EGCG)の濃度は重要なファクターで、一定の範囲にあることが必要であり、それより低濃度でも機能停止に至りにくく、それより高濃度でも機能が回復しにくい。
【実施例1】
【0039】
以下、ブタ肝細胞を、本発明のラジアルフロータイプのバイオリアクターを用いて培養した例について詳述する。本実施例は、肝臓が持つ重要な機能であるアンモニア代謝、尿素生産またアルブミン生産を検討することによって、本発明の方法の、人工肝補助装置用ラジアルフロータイプのバイオリアクターへの適用の可能性を示すものである。
【0040】
図1に縦断面を、図2に横断面を示したラジアルフロータイプのバイオリアクターを用いた。図1と図2において、1は培地入口ポート、2は培地出口ポート、3は多孔性シート状物、4はスペーサー、5は培地回収用多孔質チューブ、6はリアクター本体を示す。多孔性シート状物としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の不織布に、ポリアミノ酸・ウレタン共重合体(PAU)(ポリ(γ−メチル−L−グルタミン酸)塩からなる親水性部分とポリウレタン部分からなる疎水性部分を有するもの)をPTFEに対し2.5重量%コーティングしたものを用いた。このPAUをコーティングしたPTFE不織布を、途中にスペーサーを挟みながらバウム・クーヘン状に巻いて、図1のようにリアクターモジュールを作製した。このモジュールは、ラジアルフロータイプの流路を持ち(図2の矢印が流路の方向を示す)、有効な培地供給が可能になっている。それに酸素付加膜を連結させ(図示せず)、肝臓細胞の酸素補給を可能にしている。
【0041】
培地としては、Willams’E培地+5%(v/v)牛胎児血清+0.01μMインスリン+0.1μMデキサメサゾン+2.5μg/LEGF+105U/Lペニシリン+100mg/Lストレプトマイシン+1.5mLアスコルビン酸2−リン酸を用いた。肝細胞の保存剤としてのポリフェノールとしては、ポリフェノール類の一種であり抗酸素剤としての働きを有するエピガロカテキンガレートの3’’メチル誘導体を用いた(以下ではEGCGと略記する)。
【0042】
前記リアクターモジュールに肝細胞を充填し、1×10個又は2×10個の肝細胞を多孔性シート状物3に付着させ、培地入口ポート1から、前記培地を供給しながら、培養空間内で37℃で肝細胞を培養した。5日間、培養して、細胞の機能発現を確かめてから、0.025mg/mlのEGCG濃度を持つ培地を還流させ、細胞の機能を停止させた。その後4日間、酸素供給も、培地供給も、ガス(二酸化炭素)供給も停止し、室温(20〜23℃)で保存した。その後、また、EGCGを含まない培地で還流して、EGCGを除去し、細胞の機能を回復させた。
【0043】
[実験結果]
肝臓細胞で重要なのはアンモニア代謝であるが、この結果を図3に示した。1回目(約10億播種)と2番目(約20億播種)では、同じように、EGCG処理前と同じぐらいの機能回復を示している。対応する尿素の再生は図4に示したが、これも同じように推移していることが分かる。図5には、アルブミンの分泌速度を示した。アルブミン分泌も、EGCG処理中は機能が低下するが、その後回復していることが分かる。図6には、グルコースの消費速度を、図7には、酸素消費量を示した。いずれの場合も、EGCG処理中は細胞培養が停止・保存され、その後活性が回復していることを示している。
【0044】
また、データは省略するが、H&E染色、Azan染色、アルブミンと肝細胞の蛍光免疫染色等によって、大部分の肝細胞は、PAUコートPTFE上で増殖していること、細胞はECMで覆われていること、培養された細胞は、ネイティブに近い状態にあることが確認された。
【0045】
これらのシステムは、すぐ、臨床応用に持って行けるように、コンパクトであり、しかも、一般の人工透析用装置の改変で、装置は十分、対応できるシステムとなっている。また、ラジアルフロータイプのリアクターのため、培地交換が容易で、しかも効率が良いという特徴がある。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のバイオリアクターを用いると、多量の細胞を培養又は増殖させ、また常温で培養細胞の増殖や機能を停止・保存することができ、その後必要に応じて、細胞を再び活性化することができる。従って、細胞利用人工臓器、例えば、肝臓バイオリアクターを、培地の補給や、ガスの供給なしに常温保存できるので、通常、用いられている、透析用のシステムをマイナーな変更でそのまま、転用することで、臨床応用が可能な人工肝システムを構築できるので、コストも大幅な削減ができる。また、このシステムは、治療だけでなく、肝臓細胞を利用した、肝臓治療評価や、さらに肝臓細胞利用のバイオテクノロジーにも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明のバイオリアクターの一例の内部構造を示す図である。
【図2】本発明のバイオリアクター本体内における、多孔性シート状物とスペーサーの収納状態を説明するための概略図である。
【図3】培養したブタ肝細胞のアンモニア代謝速度を示す図である。
【図4】培養したブタ肝細胞の尿素生成速度を示す図である。
【図5】培養したブタ肝細胞のアルブミン分泌速度を示す図である。
【図6】培養したブタ肝細胞のグルコースの消費速度を示す図である。
【図7】培養したブタ肝細胞の酸素消費速度を示す図である。
【符号の説明】
【0048】
1 培地入口ポート
2 培地出口ポート
3 多孔性シート状物
4 スペーサー
5 培地回収用多孔質チューブ
6 リアクター本体


【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒状のリアクター本体内に、培地回収用多孔質チューブと、スペーサーと、該スペーサー間に設けられた細胞の接着及び細胞の通過を許容する多孔性シート状物とを収容した培養空間を備え、前記リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートから供給された培地が、前記培養空間を通過し培地回収用多孔質チューブを経て、該多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから流出するように形成されており、該多孔質チューブとスペーサーは細胞が通過できる様になっており、且つ、該多孔性シート状物は、親水性の表面を有するものであるラジアルフロータイプのバイオリアクターを用いて、先ず、細胞を前記多孔性シート状物に接着又は付着させ、前記リアクター本体に形成された少なくとも1つの培地入口ポートから培地を供給し、培養空間を通過させた後、前記培地回収用多孔質チューブを経て、該多孔質チューブの一端と連通した培地出口ポートから培地を流出させつつ、細胞を培養し、次いで、前記培地入口ポートから培養温度又はより低い温度でポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させることを特徴とする培養細胞の調整方法。
【請求項2】
ポリフェノールを有効成分とする細胞保存液を供給し、細胞の増殖と機能を停止・保存させ、所定時間経過後に、前記培地入口ポートから再び培地を供給し、前記培地出口ポートから細胞保存液を流出させ、細胞を再び活性化させることを特徴とする請求項1記載の培養細胞の調整方法。
【請求項3】
ポリフェノールが、エピガロカテキンガレート(EGCG)又はその誘導体を主要成分とするカテキン類であることを特徴とする請求項1又は2記載の培養細胞の調整方法。
【請求項4】
細胞が、人又は動物から単離した幹細胞、皮膚細胞、粘膜細胞、肝細胞、膵島細胞、神経細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、骨細胞又は筋細胞を含む細胞である、あるいは、家畜又は魚類の精子、卵子又は受精卵であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法。
【請求項5】
バイオリアクターを構成する多孔性シート状物の表面が、細胞接着性物質で被覆されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法。
【請求項6】
バイオリアクターを構成するスペーサーが、複数のプラスチック製のロッド又は繊維不織布であることを特徴とする請求項1〜5記載のいずれか1項記載の培養細胞の調整方法。









【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−61524(P2008−61524A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−240350(P2006−240350)
【出願日】平成18年9月5日(2006.9.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年3月8日 日本再生医療学会主催の「第5回日本再生医療学会総会」において文書をもって発表
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】