説明

培養細胞シート、製造方法及びその利用方法

【課題】本発明は、軟骨様組織として形質発現された培養細胞シートを提供することを課題とする。
【解決手段】水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で細胞を高密度下で培養し、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した培養細胞シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことで培養細胞シートを製造することにより、上記課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟骨組織、骨組織の生物学、医学等の分野における培養細胞シート、製造方法及びそれを利用した治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本は高齢化社会を迎え、平均寿命は世界最高となっている。人々の希望は単なる延命よりも、より良く生きるというクオリティー・オブ・ライフ(QOL)に重点が置かれるようになってきた。その中で注目される1つに運動機能障害が上げられる。運動機能障害の原因となる関節炎にはさまざまな疾患が含まれるが、アメリカにおいては2002年に実に7000万人以上の患者が何らかの関節炎、あるいは慢性の関節症状を訴えて受診している。これは成人3人に1人に達し、更に2020年までに倍増することが予想されている。日常生活の不具合を生じる割合は心疾患に次いで第2位であり、1年に862億ドルもの医療費がかかっている。このうち変形性関節症は45歳以上で2000万人以上にのぼり、主要な原因の1つである。日本でも変形性関節症の発症は多く、45〜65歳で30%、65歳以上では63〜85%の有病率となり、日本での総患者数は100万人に達し毎年90万人の新規患者が発生すると考えられている。変形性関節症等を代表とする運動器疾患は、臓器の疾患と異なり直接生命を脅かすことは少ないものの、人間の手足の自由を奪い、そのQOLを著しく低下させる。これらの運動器疾患は今後の高齢化によってますます増加することが予測され、このような障害による人的、社会的損失は極めて大きいものである。
【0003】
これらの運動器疾患の大部分は軟骨組織、骨組織が炎症、あるいは損傷を受けることが原因となっている。現在、重度の疾患の場合、金属と超高分子量のポリエチレンとからなる人工関節がその治療に用いられている。しかしながら、埋め込み後10年以上経過すると摩耗し、磨耗粉により種々の望ましくない生体反応が引き起こされるようになる。これらの問題を解決するため耐磨耗性を向上させる研究が行われているが、耐磨耗性において限界が予測される。新たな解決方法として組織再生工学技術を利用した軟骨組織、骨組織の治療が注目されている。この治療方法は患部に培養した軟骨細胞又は骨細胞、及びそれより作り出した軟骨組織、骨組織を移植する方法が考えられている。
【0004】
1994年にBrittbergらが関節の非過重部より関節軟骨組織を採取し、単離した軟骨組織細胞を培養し過重部の軟骨全層欠損部に移植する治療法を報告(Brittbergら、New England Journal of Medicine,331(14),889(1994))して以来、1997年にFDAに認可され、ビジネス化され全世界ですでに2万例以上の症例を数える。2〜10年経過の219例の中長期成績は良好で89%に機能改善が認められた(Peterson L、6th Annu.Meet.,American Academic Orthopaedic Surgery(1998))。一方で、2002年には移植後の細菌感染による死亡事例の報告があり、またCDCの調査では41例の術後感染例が見つかったため、日本でも厚生労働省健康局から日本整形外科学会にこれらの事例の情報提供があり、慎重に扱われるべき問題点もあることを再認識させられた。また、この方法においても、広範な軟骨組織、骨組織の変性と部分欠損を伴う変形性関節症の治療には利用できるものではなく、改善することが求められていた。
【0005】
国内でも非過重部の関節軟骨から単離した軟骨細胞や骨髄由来間葉系幹細胞を用いて組織工学的に軟骨組織を作製し、骨軟骨全層欠損例に対しては臨床応用が開始されている。しかし、これらの臨床応用例は外傷性の骨軟骨損傷や離断性骨軟骨炎であり、軟骨欠損範囲がもともと小さな症例の適応だけに限られていた(特願2001−384446(特開2003−180819号公報)、特願2002−216561(特開2003−111831号公報)、特願2003−358118(特開2004−136096号公報))。現状では、人工関節置換術の治療成績が安定しているために、広範な軟骨組織、骨組織の変性と部分欠損を伴う変形性関節症の治療には踏み込めていないといえる。また、これらの技術は培養細胞から産生された以外のタンパク質、糖類あるいは人工的な高分子等によるスキャホールドを必須とする技術であり、これらのスキャホールドの生体への影響も問題に取り上げられつつある。そのため、そのようなスキャホールドを使用しない技術の開発が切望されている。
【0006】
一方、変形性関節症の治療を基礎研究の面から真摯に取り組んでいるHunzikerらは、変形性関節症の病態を軟骨の変性と軟骨下骨には達しない部分欠損にあることに着目し、関節軟骨部分欠損モデルを用いて基礎研究を行っているが、この際、軟骨の修復、再生の中心的な役割は軟骨細胞ではなく滑膜由来細胞であることを見い出している(Hunzikerら、The Journal of Bone and Joit Surgery,78−A,721(1996))。しかしながら、この技術は、治療可能な範囲が狭い点で実用性に乏しいものであるため、ここでの議論も変形性関節症の治療に直結するようなものではなく、広範囲な骨軟骨部分欠損に対する旱期の治療技術の確立が切望されていた。
【0007】
細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのようなタンパク質分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変性、もしくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
【0008】
かかる欠点を克服するために、本願発明者らにより、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特願2001−226141号(特開2003−038170号公報)では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーを基材表面に被覆した細胞培養培養基材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、培養細胞から産生されたもの以外のスキャホールドを伴わずに十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様タンパク質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、国際出願公開公報WO02/08387号では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養培養基材上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートを高分子膜に密着させ、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。
【0009】
しかしながら、いずれの方法においても、軟骨組織、骨組織における再生療法を目的とした技術については全く検討されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【特許文献1】特開2003−180819号公報
【特許文献2】特開2003−111831号公報
【特許文献3】特開2004−136096号公報
【特許文献4】特開2003−038170号公報
【特許文献5】国際公開WO02/08387号公報
【非特許文献】
【非特許文献1】Brittbergら、New England Journal of Medicine,331(14),889(1994)
【非特許文献2】Peterson L、6th Annu.Meet.,American Academic Orthopaedic Surgery(1998)
【非特許文献3】Hunzikerら、The Journal of Bone and Joit Surgery,78−A,721(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、軟骨組織又は骨組織表面への付着性が良好な培養細胞シートを提供することを目的とする。また、本発明は、その製造方法、並びに利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で軟骨組織、骨組織細胞等の細胞を培養し、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下として、培養した培養培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞シートの収縮を抑えながら、そのままキャリアと共に剥離することにより、軟骨組織、骨組織表面に極めて付着性の良い培養細胞シートが得られることを見いだした。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0012】
すなわち、本発明は、軟骨組織または骨組織に対する付着性が良好で、軟骨様組織として形質発現された、キャリアに密着させた培養細胞シートを提供する。
【0013】
本発明の培養細胞シートは、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材上で、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞から選択される1種類またはそれ以上の種類の細胞を培養し、その後、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した培養細胞シートをキャリアに密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことを特徴とする培養細胞シートの製造方法を提供する。このようにして得られた培養細胞シートは、軟骨組織、骨組織表面への付着性が良好であるという特徴を有しており、本発明においては、このような付着性が良好な培養細胞シートのことを、高生着性培養細胞シートと呼ぶ場合がある。
【0014】
加えて、本発明は、軟骨組織、骨組織の一部あるいは全部を損傷もしくは欠損した患部を治療するための上記高生着性培養細胞シートを提供する。
【0015】
更に加えて、本発明は、軟骨組織、骨組織の一部あるいは全部を損傷もしくは欠損した患部に対し、上記高生着性培養細胞シートを移植することを特徴とする治療方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明で得られる高生着性培養細胞シートは、軟骨組織、骨組織表面への生着性が極めて高く、本発明の細胞シートを用いることにより非常に高密度にしかも形質発現した標的細胞を移植することができ、早期の組織再生ができるようになる。さらに、移植する細胞シートの積層化を行い3次元的な極性を持たせることにより、一層効率良く付着器官を再構築でき、治療可能な疾患範囲も広くなる。したがって、本発明は、細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例2に示す培養10日後にキャリアを用いて剥離した際の培養細胞シートのようすを示すものである。
【図2】図2は、実施例3に示す培養細胞シートを積層化した際の培養細胞シートのようすを示す写真である。
【図3】図3は、実施例3に示す積層化細胞シート部分をPKH26染色した結果を示す写真である。
【図4】図4は、実施例3に示す積層化細胞シート部分、及び単層状細胞シート部分をPKH26染色した結果を示す写真である。
【図5】図5は、実施例4でコラーゲンII産生量をRt−PCR法を用いて検討した結果を示す図である。
【図6】図6は、実施例5で変形性関節症モデルに積層化細胞シートを移植したときのようすを示す図である。
【図7】図7は、実施例5で移植部位で積層化細胞シートの軟骨組織へ付着状態を示す図である。
【図8】図8は、比較例2で積層化細胞シートの軟骨組織への移植を行わなかったとき状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、キャリアとしての支持膜に密着され、軟骨組織又は骨組織に対する付着性が良好で軟骨様組織として形質発現された培養細胞シートを提供する。本発明の培養細胞シートの作製に使用される好適な細胞として軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。また、これらのいずれか1種、もしくは2種以上の細胞を、例えば軟骨誘導培地により分化誘導させたものでも良く、またそれらの細胞の分化誘導方法は何ら制約されるものではない。本発明において、高生着性培養細胞シートとは、上記した各種細胞が培養基材上で単層状に培養され、その後、基材より剥離されたシートを意味する。得られた細胞シートは培養時に培養培養基材に接していた下側面とそれとは反対側の上側面を有する。細胞を培養する際、本発明で示す水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養培養基材を利用すれば、細胞シート下側面に細胞が培養時に自ら産生した接着性タンパク質が豊富に存在している。
【0019】
本発明の培養細胞シートとは、細胞が高密度に培養されたものである。本発明の示すところの培養細胞シート中の細胞密度は培養される細胞によっても異なるが、1000個/cm以上が良く、好ましくは3000個/cm以上が良く、さらに好ましくは5000個/cm以上が良く、軟骨組織や骨組織を最も効率良く再生する密度は7000個/cm以上である。培養細胞シート中の細胞密度は1000個/cm以下であると、培養細胞が偏平化する場合が多く、すなわち軟骨細胞の場合であると形質発現の程度が弱く、本技術の目的を達成できない。
【0020】
本発明の培養細胞シートは、軟骨様組織として形質発現されたことを特性の一つとしている。軟骨様組織として形質発現された、という場合、SOX9、HASなどの遺伝形質を発現していること、あるいはマトリックス形成にかかわるコラーゲンIIなどの分化形質を発現していることをいう。
【0021】
本発明における培養細胞シートは、培養細胞が産生したもの以外のコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等のスキャホールドを含んでいても、含まなくても良く、特に制約されるものではない。しかしながら、上述したようにスキャホールドの生体への影響も問題に取り上げられつつあること、またスキャホールドの利用により細胞密度を高めることが困難になることからスキャホールドを含まないものの方が好適である。
【0022】
本発明の高生着性培養細胞シートは、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合された細胞から構成されることを特徴とする。これらの細胞は、上述した様な軟骨様組織としての形質発現を行うことができる細胞である。
【0023】
本発明における高生着性培養細胞シートは生体組織である軟骨組織、骨組織表面に極めて良好に生着する。その性質は、培養基材表面から剥離させた培養細胞シートの収縮を抑えることで実現される。培養基材表面から剥離させた際、培養細胞シートの収縮率はシート内の何れの方向における長さにおいても20%以下であることが望ましく、好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下であることが好ましい。シートの何れかの方向の長さにおいて20%以上となると、剥離した細胞シートはたるんでしまい、その状態で生体組織に付着させても組織に密着させられず、本発明で示すところの高生着性は望めない。
【0024】
培養細胞シートを収縮させない方法は、細胞シートを収縮させない限りにおいて何ら制約されるものではないが、例えば、培養基材から培養細胞シートを剥離させる際、これらの細胞シートに中心部を切り抜いたリング状のキャリアなどを密着させ、そのキャリアごと細胞シートを剥離する方法などが挙げられる。
【0025】
高生着性培養細胞シートを密着させる際に使用するキャリアは、本発明の細胞シートが収縮しないように保持するための構造物であり、例えば高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはヒアルロン酸、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン、多血小板血漿、セルロース、その他の多糖類、タンパク質などの生体由来高分子、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、ウレタンなどを挙げることができる。特に、本発明の培養細胞シートを移植に使用する場合、ヒアルロン酸、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン、多血小板血漿などの生体由来高分子を使用するとキャリアをそのまま移植患部に残すことができ、移植時に患部において細胞シートとキャリアを分離させる必要がなく好都合である。
【0026】
本発明において密着という場合、細胞シートが収縮しないように、細胞シートとキャリアとの境界面において、キャリア上で細胞シートがずれたり移動したりしない状態のことをいい、物理的に結合することにより密着していても、両者のあいだに存在する液体(例えば培養液、その他の等張液)を介して密着していてもよい。
【0027】
キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた高生着性培養細胞シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位より大きく切り抜いたものを利用すると、細胞シートは切り抜かれた周囲の部分だけが固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで移植でき、好都合である。
【0028】
本発明の高生着性培養細胞シートは、単層状のシートをそのまま使用するか、単層状のシートを積層して作製された積層化シートをすることにより作製するものであるため、その厚さが制御されたものである。すなわち、本発明の高生着性培養細胞シートの厚さは、積層されたシートの枚数に応じて決定される。
【0029】
ここで積層化シートとは、その高生着性培養細胞シートが単独若しくは別の細胞からなるシートと組み合わされた状態でも良く、例えば、上述した軟骨細胞シートと軟骨細胞シートとを重ね合わせたもの、軟骨細胞シートにそれ以外の細胞由来の細胞シート(例えば滑膜由来細胞シート)を重ね合わせたもの等が挙げられるが、特にこれらに限定されるものではない。その際、2種以上の異なる細胞を利用すると異なる細胞間で相互作用し合い、より高い活性の細胞シートが得られるという特徴を有する。また、その積層する位置、順番、積層回数は特に制約されるものではないが、被覆又は補填される組織に応じ、接着性の強い滑膜由来細胞シートを最上層に使用すること等で、積層化シートの構成を適宜変えられる。軟骨組織の場合、最下層が軟骨細胞、もしくは間葉系幹細胞、あるいはその混合された細胞シートであり、最上層が滑膜由来細胞シートからなるもの、あるいは積層化されたものの最下層と最上層が共に滑膜由来細胞シートからなるものが好適である。また、積層回数は10回以下が良く、好ましくは8回以下、さらに好ましくは4回以下が良い。軟骨細胞は元来栄養供給が満たされた環境でなくても生存する。しかしながら10回より多くなると積層化した中心部の細胞シートに酸素、栄養分が行き届き難くなり好ましくない。
【0030】
例えば、本発明における積層化シートは、その積層方法は特に限定されるものではないが、上述したキャリアに密着した高生着性培養細胞シートを、以下のような方法:
(1)キャリアと密着した細胞シートを細胞培養培養基材に付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、そして更に別のキャリアと密着した細胞シートを付着させることを繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(2)キャリアと密着した細胞シートを反転させ細胞培養培養基材上でキャリア側で固定させ、細胞シート側に別の細胞シートを付着させ、その後培地を加えることでキャリアを細胞シートからはがし、再び別の細胞シートを付着させる操作を繰り返すことで細胞シートを重層化させる方法;
(3)キャリアと密着した細胞シート同士を細胞シート側で密着させる方法;
(4)キャリアと密着した細胞シートを生体の患部に当て、細胞シートを生体組織に付着させた後、キャリアをはがし、再び別の細胞シートを重ねていく方法;
などの方法を用いて作成することができる。
【0031】
本発明の高生着性培養細胞シートは、移植時に、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質が、ディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素などの酵素による破壊を受けていないことを特徴とする。このような特徴を有する培養細胞シートを作成するため、細胞の培養は温度応答性ポリマーで被覆された細胞培養基材上で行われる。
【0032】
細胞培養基材の被覆に用いられる温度応答性ポリマーは、水中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
【0033】
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーか挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
【0034】
被覆を施される基材としては、通常の細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
【0035】
温度応答性ポリマーの培養基材への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。
【0036】
温度応答性ポリマーの被覆量は、0.5〜5.0μg/cmの範囲が良く、好ましくは1.0〜4.0μg/cmであり、さらに好ましくは1.2〜3.5μg/cmである。0.5μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に5.0μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。本発明における培養基材の形態は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートなどが挙げられる。
【0037】
本発明における上述した細胞を培養するための培地組成は特に限定されるものではなく、これらの細胞を培養する際に通常使われているもので良い。例えば、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞を培養する際の培地として、α−MEM培地、F−12培地、DMEM培地、あるいはそれらの混合物に10%〜20%ウシ血清を混合したもの、あるいはそのものにさらに50μg/ml濃度でアスコルビン酸2リン酸を加えたものでも良い。
【0038】
また、培養している細胞を軟骨細胞へ誘導化するような因子が含まれた軟骨分化誘導培地を使用しても良く、そのようにして得られた細胞はより一層軟骨細胞としての形質を発現しており好ましい。軟骨分化誘導培地は、上述したα−MEM培地、F−12培地、DMEM培地、あるいはそれらの混合物に10%〜20%ウシ血清を混合したもの、あるいはそのものにさらに50μg/ml濃度でアスコルビン酸2リン酸を加えたものに対して、培養細胞を軟骨細胞へ分化させる様な因子、例えばTGF−β、IGF、IL、デキサメサゾン、BMPなど(しかし、これらには限定されない)を添加することにより作製することができる。
【0039】
また、本発明における培養細胞シートの特徴である軟骨組織または骨組織の表面に対する高い生着性は、特定の培養条件下で実現される。すなわち、本発明の培養細胞シートは、培養基材表面上に培養細胞を播種後、培養することで得られるが、培養基材表面上で細胞がコンフルエント(満杯な状態)になってから14日以下、好ましくは12日以下、さらに10日以下であることが好ましいことが判明した。14日より長く培養すると剥離した培養細胞シートの細胞の分化が始まり細胞の活性が低下し、本発明に示すところの高度に形質発現する培養細胞シートは望めなくなる。
【0040】
培地温度は、基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0041】
本発明の方法において、培養した細胞を培養基材材料から剥離回収するには、培養された高生着性培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した培養基材の温度を培養基材の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にして、培養基材表面の被覆ポリマーの親水性の程度を増大させ、培養基材と培養細胞シートとの接着を弱めることによって、培養細胞シートをキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
【0042】
高生着性培養細胞シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養培養基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
【0043】
このようにして回収された本発明における高生着性培養細胞シートは、培養時から細胞シートの剥離時にディスパーゼ、トリプシン等で代表されるタンパク質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された高生着性培養細胞シートは、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく、強度の高いものである。また、本発明のシートは培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様タンパク質も酵素による破壊を受けていない。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い治療を実施することができるようになる。以上のことを具体的に説明すると、トリプシン等の通常のタンパク質分解酵素を使用した場合、細胞−細胞間のデスモソーム構造及び細胞、基材間の基底膜様タンパク質等は殆ど保持されておらず、従って、細胞は個々に分かれた状態となって剥離される。その中で、タンパク質分解酵素であるディスパーゼに関しては、細胞−細胞間のデスモソーム構造については10〜60%保持した状態で剥離させることができることで知られているが、細胞−基材間の基底膜様タンパク質等を殆ど破壊してしまうため、得られる細胞シートは強度の弱いものである。これに対して、本発明の細胞シートは、デスモソーム構造、基底膜様タンパク質共に80%以上残存された状態のものであり、上述したような種々の効果を得ることができるものである。
【0044】
本発明の軟骨組織、骨組織表面とは、軟骨組織、骨組織部であれば特に限定されるものではなく、一般には、関節軟骨、半月板、椎間板、肋軟骨、鼻中隔、耳介骨などが挙げられる。本発明の培養細胞シートはこうした軟骨組織の一部あるいは全部を損傷もしくは欠損した患部、もしくは骨組織の一部を損傷もしくは欠損した患部を治療するために用いられ、特に限定されるわけではないが、具体的には関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性の治療、特に従来技術では治療が困難であった変形性関節症の新規治療法として有効である。このような軟骨組織、骨組織表面に対し、本発明の高生着性培養細胞シートの利用法は特に限定されないが、例えば、本発明の高生着性培養細胞シートを被覆又は補填する方法が挙げられる。その際、培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って適宜切断しても良い。このように、本発明の高生着性培養細胞シートとは、生体組織である軟骨組織、骨組織表面に極めて良好に付着できるものであり、従来技術からでは全く得られなかったものである。
【0045】
本発明に示される高生着性培養細胞シートの用途は何ら制約されるものではないが、例えば変形性関節症、関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性の治療に有効である。
【0046】
本発明で示すところの高生着性培養細胞シートと生体組織との固定方法は特に限定されるものではなく、細胞シートと生体組織を生体内で使用可能な接着剤による接合、縫合しても良く、あるいは本発明で示すところの高生着性培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するため、このような手段を用いず患部に付着させるだけでも良い。
【0047】
本発明で示すところの高生着性培養細胞シートを患部へ移植する方法は特に限定されないが、例えば患部を切開して高生着性培養細胞シートを付着させる方法、関節鏡を使用して細胞シートを患部に付着させる方法が挙げられる。特に、後者の場合、患者にとって低侵襲で治療が実施されるため好ましい。
【0048】
本発明の培養細胞シートを移植に使用する場合、細胞シートを患部に当てた後、細胞シートをキャリアからはがすことにより行うことができる。そのはがし方は、何ら制約されるものではないが、例えば、キャリアを濡らしてキャリアと細胞シートの密着性を弱めてはがす方法、あるいはメス、はさみ、レーザー光、プラズマ波などの治具を用いて培養細胞シートを切断する方法などを使用することができる。例えば上述したような一部を切り抜いたキャリアに密着した細胞シートを用いた場合、レーザー光などを用いて患部の境界線に沿って切断すると、患部以外の余計なところへの培養細胞シートの付着を避けられるため好都合である。
【0049】
上述の方法により得られた高生着性培養細胞シートは、従来の方法により得られたものに比べて、剥離の際の培養細胞シートへの非侵襲性の点で極めて優れており、移植用軟骨組織、骨組織膜等として臨床応用が強く期待される。特に、本発明の高生着性培養細胞シートは従来の移植シートとは異なり、生体組織との高い生着性を有するため、極めて速く生体組織に生着する。この細胞シートを用いることにより非常に高密度に標的細胞を移植することができるようになる。また、自己の細胞を用いることから抗原性・感染性の問題を解決できる。
【0050】
細胞移植という観点から見れば、コラーゲンゲル等のスキャホールド内で3次元培養を行った細胞をスキャホールドごと移植する研究、生体吸収性膜上に細胞を播種して培養を行い膜ごと移植する研究等が進められているが、細胞密度に関しては圧倒的に本願発明に培養細胞シートが勝っており、また吸収性膜などの介在物が存在しないため、純粋な細胞・細胞外基質成分のみの細胞シートの方が組織に定着する上で有利である。この培養細胞シートの軟骨組織、骨組織面への定着においては、培養細胞シートの分泌した接着分子をふくむ細胞外基質を細胞シートと同時に非侵襲的に回収して移植するため、移植細胞の軟骨組織、骨組織面への早期定着にも有利に働く。以上より、本発明は患部の治療効率の向上、更には患者の負担の軽減もはかられ極めて有効な技術である。
【実施例】
【0051】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0052】
実施例1、2
市販の3.5cmφ培養皿(ベクトン・ディッキンソン・ラブウェア(Becton Dickinson Labware)社製ファルコン(FALCON)3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを53%(実施例1)、54%(実施例2)になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した。0.25MGyの強度の電子線を照射し、培養皿表面にN−イソプロピルアクリルアミドポリマー(PIPAAm)を培養皿上に固定化した照射後、イオン交換水により培養皿を洗浄し、残存モノマーおよび培養皿に結合していないPIPAAmを取り除き、クリーンベンチ内で乾燥し、エチレンオキサイドガスで滅菌することで、温度応答性ポリマーで被覆した細胞陪養培養基材材料を得た。
【0053】
基材表面における温度応答性ポリマー量を測定したところ、それぞれ1.7μg/cm(実施例1)、1.9μg/cm(実施例2)被覆されていることが分かった。ブタ膝から関節軟骨を採取し、0.4%(W/V)プロナーゼで約1時間、0.025%(W/V)コラゲナーゼで約6時間酵素処理し、それぞれの培養基材材料表面上に播種した(7000個/cm)。培地として、DMEM/F12培地に20%ウシ血清を添加したものを使用した。37℃、5%CO下で培養した結果、何れの細胞培養培養基材材料上の培養細胞においても正常に付着し、増殖した。培養10日後に培養した細胞はコンフルエントの状態となった。
【0054】
直径2mmの円状に穴を切り抜いた直径5mmのポリビニリデンジフルオライド(PVDF)膜から成型したキャリアを細胞の上にかぶせ、培地を静かに吸引し、細胞培養培養基材材料ごと20℃で30分インキュベートし冷却することで、何れの細胞培養培養基材材料上の細胞もかぶせたキャリアと共に剥離させられた。
【0055】
得られた細胞シートは収縮率2%以下の1枚のシートとして十分に強度を持ったものであった。
【0056】
なお、上記各実施例において、「低温処理」は20℃で30分インキュベートという条件下で行われたが、本発明において「低温処理」はこれらの温度及び時間に限定されない。本発明における「低温処理」として好ましい温度条件は0℃〜30℃であり、好ましい処理時間は5分〜1時間である。実施例2において、培養10日後にキャリアを用いて剥離した際のようすを図1に示す。
【0057】
実施例3
上述した市販の3.5cmφ培養皿(FALCON3001)上に、N−イソプロピルアクリルアミドモノマーを55%になるようにイソプロピルアルコールに溶解させたものを0.07ml塗布した以外は、実施例2と同様な方法で細胞培養培養基材材料を得た。
【0058】
基材表面における温度応答性ポリマー量を測定したところ、2.0μg/cm被覆されていることが分かった。ブタ膝から関節軟骨を採取し、0.4%(W/V)プロナーゼで約1時間、0.025%(W/V)コラゲナーゼで約6時間酵素処理し、それぞれの培養基材材料表面上に播種した(5000個/cm)。培地として、DMEM/F12培地に20%ウシ血清を添加したものを使用した。37℃、5%CO下で培養した結果、何れの細胞培養培養基材材料上の培養細胞においても正常に付着し、増殖した。培養10日後に培養した細胞はコンフルエントの状態となった。
【0059】
得られた細胞シートを培養基材材料上に付着させたままの状態で、実施例2で回収した培養細胞シートを積層化した。その後、培養細胞シートについているキャリアをはずし、培養細胞シートを積層化したものを得た。その際、この積層化シートは培養基材表面に付着させたままの状態を保たせた。その後、積層化した細胞シートを剥離させた。作業は実施例2と同様な方法で行った。
【0060】
得られた積層化細胞シートは収縮率2%以下の1枚のシートとして十分に強度を持ったものであった。図2に実施例3で得られた積層化培養細胞シートを示す。また、実施例3で得られた培養細胞シートを常法に従ってPKH26染色した結果を図3、4に示す。図4の右上部が単層上の部分で染色された細胞が少なく、図3、及び図4の左下部の染色された細胞が多いことから積層化されていることが分かる。
【0061】
実施例4、比較例1
軟骨細胞の形質発現程度を軟骨細胞特有のコラーゲンII産生量(図5中のCOLIIバンド強度)をRt−PCR法にて調べた。検討には、実施例2で得られた単層状培養細胞シート、実施例3で得られた積層化培養細胞シート、並びに温度応答性ポリマーが被覆されていない市販の細胞培養基材からトリプシン処理を行って得られた細胞を使用した。
【0062】
得られた結果を図5に示す。トリプシン処理して得られた細胞(図5中の従来型単層)のコラーゲンII産生は低く、実施例2(図5中のUpCell単層)、実施例3(図5中のUpCell積層)のコラーゲンII産生は高濃度であり、本発明の細胞シートが高活性であることが分かる。
【0063】
実施例5
ブタ膝関節軟骨面を40号紙ヤスリで約1mmスクラッチし、変形性関節症モデルを作成し、このものへ実施例3で得られた積層化培養細胞シートを移植することを試みた具体的には、実施例3の培養細胞シート下部を上述した軟骨露出面に被覆し、創傷面を保護することで移植を終えた。
【0064】
術後、3日後に移植部位を採取し、常法に従いホルマリン固定、EDTA脱灰、パラフィン包埋の後、5μm毎の連続切片を作製し、Safranin−0で染色を施し、軟骨組織への接着程度を組織学的に観察した。移植時の様子を図6に示す。Safranin−0染色の結果を図7に示す。
【0065】
圧着させた積層化培養細胞シートはブタ変性モデル軟骨面に接着しており、変性部位の細胞外マトリックスなどからプロテオグリカンの流出を抑え、変性防止作用を有することが確認できた。本発明の培養細胞シートを移植することで軟骨組織を再建できていることが分かった。
【0066】
比較例2
ブタ膝関節軟骨面を40号紙ヤスリで約1mmスクラッチし、変形性関節症モデルを作成し、積層化培養細胞シートを移植は行わなかった。
【0067】
術後、3日後にスクラッチした部位を採取し、常法に従いホルマリン固定、EDTA脱灰、パラフィン包埋の後、5μm毎の連続切片を作製し、Safranin−0で染色を施し、軟骨組織への接着程度を組織学的に観察した。Safranin−0染色の結果を図8に示す。ヤスリで削った変性部位の細胞外マトリックスなどからプロテオグリカンの流出していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明に記載される高生着性培養細胞シートであれば、軟骨組織、骨組織表面への生着性が極めて高く、高密度に標的細胞を移植させられ、積極的な軟骨組織、骨組織の再建をはかれる。さらに、移植する細胞シートの積層化を行い3次元的な極性を持たせることにより、一層効率良く付着器官を再構築させることができ、変形性関節症、関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリアに密着され、軟骨組織又は骨組織に対する付着性が良好で軟骨様組織として形質発現された培養細胞シート。
【請求項2】
培養細胞シートが軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものである請求項1記載の培養細胞シート。
【請求項3】
キャリアがヒアルロン酸、コラーゲン、ゼラチン、フィブリン、多血小板血漿、ポリビニルアルコールの単独、もしくは2種以上の材料が混合された膜状のもの、もしくはゲル状のものである、請求項1または2に記載の培養細胞シート。
【請求項4】
培養細胞シートが、細胞が高密度に培養されたものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項5】
培養細胞シート中の細胞の密度が1000個/cm以上である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項6】
培養細胞シートの厚さが制御されたものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項7】
培養細胞シートが請求項2の細胞シートを重ね合わせて積層化されたものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項8】
積層化されたものの最下層が軟骨細胞、もしくは間葉系幹細胞、あるいはその混合された細胞シートであり、最上層が滑膜由来細胞シートからなる、請求項7に記載の培養細胞シート。
【請求項9】
積層化されたものの最下層と最上層が共に滑膜由来細胞シートからなる、請求項7に記載の培養細胞シート。
【請求項10】
培養細胞シートに培養細胞が産生したもの以外のスキャホールドを含まない、請求項1〜9のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項11】
タンパク質分解酵素による処理を施されることなく支持体から剥離され、剥離後の細胞シートの収縮率が20%以下に保たれた、請求項1〜10のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項12】
剥離する時期が、細胞培養開始後14日以内である、請求項1〜11のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項13】
軟骨組織の一部あるいは全部を損傷もしくは欠損した患部、もしくは骨組織の一部を損傷もしくは欠損した患部を治療するための、請求項1〜12のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項14】
軟骨組織が関節軟骨、半月板、椎間板、肋軟骨、鼻中隔、耳介骨である請求項13に記載の培養細胞シート。
【請求項15】
治療が関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性である、請求項13、14のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項16】
治療が変形性関節症である、請求項13〜15のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項17】
治療が培養細胞シートを軟骨、もしくは骨組織表面に対し被覆又は補填することを特徴とする請求項13〜16のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項18】
患部に被覆又は補填する際、患部の大きさ、形状に沿って切断された、請求項13〜17のいずれか1項に記載の培養細胞シート。
【請求項19】
水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで表面を被覆した細胞培養基材上で、軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞から選択される1種類またはそれ以上の種類の細胞を培養し、
(1)培養液温度を上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とし、
(2)培養した培養細胞シートをキャリアとしての支持膜に密着させ、
(3)そのままキャリアと共に剥離する
ことを特徴とする、培養細胞シートの製造方法。
【請求項20】
(4)工程(3)で得られたキャリアに密着した培養細胞シートを、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性ポリマーで表面を被覆した別の細胞培養基材上で培養された別の細胞シート上に密着させ、
(5)前記(1)〜(3)の操作を繰り返すこと、
をさらに含む、請求項19に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項21】
温度応答性ポリマーが、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項19または20に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項22】
播種される細胞が細胞培養基材の単位面積あたり1000個/cm以上である、請求項19〜21のいずれか1項に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項23】
細胞を培養する培地として、軟骨分化誘導培地を使用することを特徴とする、請求項19〜22のいずれか1項に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項24】
キャリアとしての支持膜の形状が連続した膜、もしくは中心部を切り抜いたリング状の膜であることを特徴とする、請求項19〜23のいずれか1項に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項25】
剥離がタンパク質分解酵素による処理が施されていない、請求項19〜24のいずれか1項に記載の培養細胞シートの製造方法。
【請求項26】
軟骨組織の一部あるいは全部を損傷もしくは欠損した患部、もしくは骨組織の一部を損傷もしくは欠損した患部に対し、請求項1〜18のいずれか1項に記載の培養細胞シートを移植することを特徴とする治療法。
【請求項27】
移植方法が培養細胞シートを軟骨、もしくは骨組織表面に対し被覆又は補填することを特徴とする、請求項26に記載の治療法。
【請求項28】
軟骨、もしくは骨組織表面に被覆又は補填する際、培養細胞シートを患部の大きさ、形状に沿って切断することを特徴とする、請求項26または27に記載の治療法。
【請求項29】
軟骨、もしくは骨組織表面に被覆又は補填する際、関節鏡を使用して培養細胞シートを患部へ運搬することを特徴とする、請求項26〜28のいずれか1項に記載の治療法。
【請求項30】
治療が関節軟骨、半月板、椎間板、肋軟骨、鼻中隔、耳介骨の軟骨組織部の治療である、請求項26〜29のいずれか1項に記載の治療法。
【請求項31】
治療が関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性である、請求項26〜30のいずれか1項に記載の治療法。
【請求項32】
治療が変形性関節症である、請求項26〜31のいずれか1項に記載の治療法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−224398(P2011−224398A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−175368(P2011−175368)
【出願日】平成23年7月25日(2011.7.25)
【分割の表示】特願2007−505956(P2007−505956)の分割
【原出願日】平成18年2月28日(2006.2.28)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】