説明

基材の前処理方法

【課題】シリコーン材料を主材料として構成される被膜を、ステンレス鋼を主材料として構成される基材に形成したとしても、この基材に対して被膜を優れた密着性をもって成膜することができる基材の前処理方法を提供すること。
【解決手段】被膜を優れた密着性をもって成膜することのできる基材の前処理方法は、シリコーン材料を主材料として構成される被膜3が形成され、ステンレス鋼を主材料として構成される基材21に施されるものであり、前記基材21の前記被膜3が形成される側の表面におけるCr/Feが0.025以下となる表面処理を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の前処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、シリコーン材料を含有する液状材料を用いて形成された接合膜を介して2つの基材同士を接合する接合方法が提案されている(例えば、特許文献1等参照。)。
この接合方法では、まず、この液状材料を用いて少なくとも一方の基材上に接合膜を形成し、その後、この接合膜にエネルギーを付与することにより、その表面付近に接着性を発現させた後、この接着性をもって基材同士を接合する。
【0003】
しかしながら、本発明者の検討により、接合膜を形成する基材として、ステンレス鋼を主材料として構成されるものを用いた場合には、基材と接合膜との間で剥離が生じてしまい、これら同士の間で十分な接着強度が得られないことが判ってきた。
したがって、ステンレス鋼を主材料として構成されるものを用いた場合であっても、基材と接合膜との間で優れた密着性が得られるような、基材の前処理方法(表面処理方法)の開発が求められている。
また、このような問題は、ステンレス鋼を主材料として構成される基材に形成する接合膜に限らず、例えば、基材の表面を保護する保護膜等についても同様に生じている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−95594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、シリコーン材料を主材料として構成される被膜を、ステンレス鋼を主材料として構成される基材に形成したとしても、この基材に対して被膜を優れた密着性をもって成膜することができる基材の前処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的は、下記の本発明により達成される。
本発明の基材の前処理方法は、シリコーン材料を主材料として構成される被膜が形成され、ステンレス鋼を主材料として構成される基材の前処理方法であって、
前記基材の前記被膜が形成される側の表面におけるCr/Feが0.025以下となる表面処理を施すことを特徴する。
これにより、シリコーン材料を主材料として構成される被膜を、ステンレス鋼を主材料として構成される基材に形成したとしても、この基材に対して被膜を優れた密着性をもって成膜することができる。
【0007】
本発明の基材の前処理方法では、前記表面処理は、前記基材を加熱する加熱処理であることが好ましい。
加熱処理であれば、基材を加熱するという単純な工程で、この基材の表面におけるCr/Feを0.025以下に容易に設定することができる。
本発明の基材の前処理方法では、前記加熱処理における加熱温度は、90℃以上、300℃以下であることが好ましい。
これにより、基材の表面におけるCr/Feを、より確実に0.025以下に設定することができる。
【0008】
本発明の基材の前処理方法では、前記表面処理に先立って、前記基材の表面から不純物を除去する除去工程を有することが好ましい。
除去工程を有することで、前記表面処理の際には、Crの不動態膜をその表面に確実に露出させることができるため、前記表面処理により、不動態膜を除去して、その表面に鉄酸化膜を確実に形成させることができる。
本発明の基材の前処理方法では、前記基材に前記表面処理を施すことにより、前記表面の水接触角を48°以上とすることが好ましい。
これにより、基材と被膜との間での密着性がより優れたものとなる。
【0009】
本発明の基材の前処理方法では、前記ステンレス鋼は、SUS430またはSUS316であることが好ましい。
これらの材料は特に汎用性に優れることから、このような材料に適用し得る本発明の基材の前処理方法を用いることで、例えば、被膜を介して、各種材料で構成される他の基材と接合することが可能となる。
【0010】
本発明の基材の前処理方法では、前記被膜は、前記基材に前記シリコーン材料を含有する液状材料を供給することにより、液状被膜を形成した後、前記液状被膜を乾燥および/または硬化して形成されたものであることが好ましい。
これにより、基材に対して密着性に優れた被膜が形成される。
本発明の基材の前処理方法では、前記シリコーン材料は、分枝部において下記化学式(1)で表わされる単位構造を有し、連結部において下記化学式(2)および下記化学式(3)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有し、末端部において下記化学式(4)および下記化学式(5)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有する分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものであることが好ましい。
【化1】

[式中、各Rは、それぞれ独立して、メチル基またはフェニル基を表し、Xはシロキサン残基を表す。]
これにより、得られる被膜を、特に膜強度に優れたものとすることができる。
【0011】
本発明の基材の前処理方法では、前記シリコーン材料は、前記分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、トリメチロールプロパンおよびテレフタル酸がエステル化反応することにより得られたポリエステル樹脂が脱水縮合反応して得られるポリエステル変性シリコーン材料であることが好ましい。
これにより、被膜は、特に優れた膜強度を発揮するものとなる。
本発明の基材の前処理方法では、前記シリコーン材料は、前記分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、エポキシ樹脂が付加反応して得られるエポキシ変性シリコーン材料であることが好ましい。
これにより、被膜は、特に優れた膜強度を発揮するものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の基材の前処理方法が適用された接合方法の実施形態を説明するための図(縦断面図)である。
【図2】本発明の基材の前処理方法が適用された接合方法の実施形態を説明するための図(縦断面図)であるである。
【図3】本発明の基材の前処理方法を適用して得られたインクジェット式記録ヘッド(液滴吐出ヘッド)を示す縦断面図である。
【図4】図3に示すインクジェット式記録ヘッドを備えるインクジェットプリンタの実施形態を示す概略図である。
【図5】各実施例および各比較例の接合強度(ピール強度)と、水接触角との関係を示すグラフである。
【図6】各実施例および各比較例の接合強度(ピール強度)と、Cr/Feとの関係を示すグラフである。
【図7】加熱温度とフッ素元素の割合との関係、および加熱温度とCr/Feとの関係を示すグラフである。
【図8】ステンレス鋼基板の重量減少率と、加熱温度との関係を示すグラフである。
【図9】加熱処理前後におけるステンレス鋼基板のX線光電子分光分析法による分析結果を示すチャートである。
【図10】接合体の接合強度(ピール強度)と、表面自由エネルギーとの関係を示すグラフである。
【図11】加熱温度と、表面自由エネルギーとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の基材の前処理方法を、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
なお、以下では、本発明の基材の前処理方法を、基材の接合方法に適用した場合を一例に説明する。
<接合方法>
本実施形態の接合方法は、[1]第1の基材21を用意し、この第1の基材21に本発明の基材の前処理方法を施す工程と、[2]第1の基材21にシリコーン材料を含有する液状材料を供給することにより、液状被膜30を形成する工程と、[3]液状被膜を乾燥および/または硬化して、第1の基材21に、接合膜3を得る工程と、[4]第1の基材21に形成された接合膜3にエネルギーを付与することにより、接合膜3の表面付近に接着性を発現させる工程と、[5]第2の基材22を用意し、接着性が発現した接合膜3を介して第1の基材21と第2の基材22とを接触させ、第1の基材21と第2の基材22とが接合膜3を介して接合された接合体1を得る工程とを有する。
【0014】
以下、この接合方法を、工程ごとに詳述する。
図1および図2は、本発明の基材の前処理方法が適用された接合方法の実施形態を説明するための図(縦断面図)である。なお、以下の説明では、図1、図2中の上側を「上」、下側を「下」と言う。
【0015】
[1]まず、第1の基材(基材)21を用意し、この第1の基材21に本発明の基材の前処理方法を施す。
[1−1]まず、図1(a)に示すように、第1の基材21を用意する。
この第1の基材21が、本実施形態では、次工程[3]において、シリコーン材料を主材料として構成される接合膜(被膜)3が構成されるものであり、ステンレス鋼を主材料として構成されるものである。
【0016】
第1の基材21の構成材料としては、Feをベース材料として、Crを含有するステンレス鋼を主材料とするものであれば特に限定されず、例えば、SUS410、SUS440Cのようなマルテンサイト系ステンレス鋼、SUS430のようなフェライト系ステンレス鋼、SUS304、SUS316のようなオーステナイト系ステンレス鋼等が挙げられ、これらのうちのいずれかを用いることができる。中でも、SUS430またはSUS316を主材料として構成されるのが好ましい。これらの材料は特に汎用性に優れることから、このような材料に適用し得る本発明の基材の前処理方法を用いることで、接合膜3を介して、各種の第2の基材22と接合することが可能となる。
【0017】
また、第1の基材21の形状は、接合膜3を支持する面を有するような形状であればよく、例えば、板状(層状)、塊状(ブロック状)、棒状等とされる。
なお、本実施形態では、図1、2に示すように、第1の基材21が板状をなしている。
この場合、第1の基材21の平均厚さは、特に限定されないが、0.01〜10mm程度であるのが好ましく、0.1〜3mm程度であるのがより好ましい。
【0018】
[1−2]次に、この第1の基材21に、本発明の基材の前処理方法を施す。
本発明の基材の前処理方法は、シリコーン材料を主材料として構成される接合膜(被膜)3が形成され、ステンレス鋼を主材料として構成される第1の基材(基材)21に対して施されるものであり、第1の基材(基材)21の接合膜3が形成される側の表面におけるCr/Feを0.025以下となるように表面処理を施すものである。
ここで、前述した背景技術でも説明したように、ステンレス鋼を主材料として構成される第1の基材21に、本発明の基材の前処理方法を施すことなく、シリコーン材料を主材料として構成される接合膜(被膜)3を形成すると、第1の基材21と接合膜3との間で十分な密着性が得られず、これら同士の間で剥離が生じてしまうという問題があった。
【0019】
本発明者は、かかる問題点について、鋭意検討を重ねた結果、第1の基材21と接合膜3との間での密着性は、ステンレス鋼を主材料として構成される第1の基材21の表面に形成されているCrによる不動態膜が深く関与しており、この不導体膜を除去して、第1の基材21の表面におけるFeの占有率を高くすることにより、第1の基材21と接合膜3との密着性が向上することが判ってきた。
そして、この点について、本発明者は、さらに検討を行い、第1の基材21の表面におけるCrとFeの関係、すなわちCr/Feが0.025以下となる表面処理を施すことで、前記問題点を解消し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
前記表面処理としては、前記表面におけるCr/Feを0.025以下とし得るものであれば特に限定されないが、第1の基材21を加熱する加熱処理が好適に用いられる。加熱処理であれば、第1の基材21を加熱するという単純な工程で、前記表面におけるCr/Feを0.025以下に容易に設定することができる。
【0020】
また、第1の基材21を加熱する際の温度は、90℃以上、300℃以下であるのが好ましく、150℃以上、200℃以下であるのがより好ましい。
加熱する時間は、10分以上、120分以下であるのが好ましく、30分以上、60分以下であるのがより好ましい。
さらに、加熱する際の雰囲気の圧力は、大気圧であってもよいが、減圧であるのが好ましい。具体的には、減圧の程度は、133.3×10−5〜1333Pa(1×10−5〜10Torr)程度であるのが好ましく、133.3×10−4〜133.3Pa(1×10−4〜1Torr)程度であるのがより好ましい。
かかる条件で第1の基材21を加熱することにより、前記表面におけるCr/Feを、より確実に0.025以下に設定することができるようになる。
【0021】
なお、本発明者の検討により、第1の基材21の表面におけるCr/Feが0.025以下となる表面処理を施すことで、不動態膜を構成するCr、さらにはこのCrに連結するOH基が除去され、第1の基材21の表面には鉄酸化膜(Fe)が形成されていると考えられ、これに起因して、第1の基材21の表面における疎水性が向上していると推察される。そして、このように疎水性が向上しているため、後工程[3]において、第1の基材21上に接合膜3を形成する際に、第1の基材21と接合膜3との間での密着性が優れたものとなると考えられる。
そこで、第1の基材21の表面における疎水性の程度は、特に限定されないが、前記表面の水接触角で表した場合、この水接触角が90°以上であるのが好ましく、90°以上、110°以下であるのがより好ましい。これにより、第1の基材21と接合膜3との間での密着性がより優れたものとなる。
【0022】
なお、本発明では、前記表面におけるCr/Feを0.025以下とする表面処理に先立って、前記表面から不純物を除去する除去処理(除去工程)を施すようにするのが好ましい。このような除去処理を施すことで、前記表面処理の際には、不動態膜をその表面に確実に露出させることができるため、前記表面処理によりその表面に鉄酸化膜を確実に形成させることができる。
【0023】
この除去処理としては、特に限定されないが、例えば、酸素プラズマ、窒素プラズマ等を用いたプラズマ処理、コロナ放電処理、電子線照射処理、紫外線照射処理、オゾン暴露処理、または、これらを組み合わせた処理等が挙げられるが、中でも、プラズマ処理およびコロナ放電処理のうちの少なくとも1種を用いるのが好ましい。プラズマ処理またはコロナ放電処理によれば、不動態膜を除去することなく、不純物を選択的に除去することができる。
【0024】
[2]次に、図1(b)に示すように、第1の基材21にシリコーン材料を含有する液状材料35を供給することにより、第1の基材21上に、液状被膜30を形成する。
ここで、接合面23に液状材料35を供給する方法としては、例えば、浸漬法、液滴吐出法(例えば、インクジェット法)、スピンコート法、ドクターブレード法、バーコート法、刷毛塗り等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
この液状材料35は、シリコーン材料を含有するものであるが、シリコーン材料単独で、液状をなし目的とする粘度範囲である場合、シリコーン材料をそのまま液状材料35として用いることができる。また、シリコーン材料単独で、固形状または高粘度の液状をなす場合には、液状材料35として、シリコーン材料の溶液または分散液を用いることができる。
【0026】
シリコーン材料を溶解または分散するための溶媒または分散媒としては、例えば、アンモニア、水、過酸化水素、四塩化炭素、エチレンカーボネイト等の無機溶媒や、メチルエチルケトン(MEK)、アセトン、等のケトン系溶媒、メタノール、エタノール、イソブタノール等のアルコール系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、メチルセロソルブ等のセロソルブ系溶媒、ヘキサン、ペンタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、トルエン、キシレン、ベンゼン等の芳香族炭化水素系溶媒、ピリジン、ピラジン、フラン等の芳香族複素環化合物系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)等のアミド系溶媒、ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化合物系溶媒、酢酸エチル、酢酸メチル等のエステル系溶媒、ジメチルスルホキシド(DMSO)、スルホラン等の硫黄化合物系溶媒、アセトニトリル、プロピオニトリル、アクリロニトリル等のニトリル系溶媒、ギ酸、トリフルオロ酢酸等の有機酸系溶媒のような各種有機溶媒、または、これらを含む混合溶媒等を用いることができる。
【0027】
また、次工程[3]において、シリコーン材料中に含まれる水酸基同士を脱水縮合反応させることにより液状被膜30を硬化させる際に、この脱水縮合反応を促進させるための触媒が、液状材料35中に添加されていてもよい。この触媒としては、特に限定されないが、例えば、テトラブチルオルソチタネート、テトライソプロピルオルソチタネートのようなチタン系触媒、アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)のようなアルミ系触媒、および、リン酸、メタリン酸、ポリリン酸のようなリン酸系触媒等が挙げられる。
シリコーン材料は、液状材料35中に含まれ、次工程[3]において、この液状材料35を乾燥および/または硬化させることにより形成される接合膜3の主材料となるものである。
【0028】
なお、以下では、第1の基材21上に設けられた液状被膜30(液状材料35)を乾燥および/または硬化させること、すなわち、液状被膜30(液状材料35)中に含まれるシリコーン材料を硬化させるとともに、液状被膜30(液状材料35)中に溶媒または分散媒が含まれる場合には、脱溶媒または脱分散媒により液状被膜30(液状材料35)を乾燥させることを、単に「液状被膜30(液状材料35)の乾燥・硬化」と言うこともある。
【0029】
ここで、「シリコーン材料」としては、特に限定されないが、本発明では、液状材料35中に含まれ、次工程[3]において、この液状材料35を乾燥・硬化させることにより形成される接合膜3の主材料となるものであり、分枝部において下記化学式(1)で表わされる単位構造を有し、連結部において下記化学式(2)および下記化学式(3)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有し、末端部において下記化学式(4)および下記化学式(5)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有する分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものが好適に用いられる。
【0030】
【化2】

[式中、各Rは、それぞれ独立して、メチル基またはフェニル基を表し、Xはシロキサン残基を表す。]
【0031】
なお、シロキサン残基とは、酸素原子を介して隣接する構造単位が有するケイ素原子に結合しており、シロキサン結合を形成している置換基のことを表す。具体的には、−O−(Si)構造(Siは隣接する構造単位が有するケイ素原子)となっている。
このようにシリコーン材料すなわちポリオルガノシロキサン骨格が、分枝状をなしていることにより、次工程[3]において、液状材料35中に含まれるこの化合物の分枝鎖同士が互いに絡まり合うようにして接合膜3が形成されることから、得られる接合膜3は特に膜強度に優れたものとなる。
【0032】
また、シリコーン材料は、その分子量が、1×10〜1×10程度のものであるのが好ましく、1×10〜1×10程度のものであるのがより好ましい。分子量をかかる範囲内に設定することにより、液状材料35の粘度を上述したような範囲内に比較的容易に設定することができる。
また、シリコーン材料は、その化合物中、すなわち、連結部または末端部において、上記一般式(2)、上記一般式(4)、上記一般式(5)で表わされる単位構造をなすことにより、シラノール基を複数有するものとなる。これにより、次工程[3]において、液状被膜30を乾燥・硬化させて接合膜3を得る際に、シリコーン材料中に残存しているシラノール基に含まれる水酸基同士が結合することとなり、得られる接合膜3の膜強度がさらに優れたものとなる。
【0033】
また、シリコーン材料は、その化合物中において、上記一般式(1)、上記一般式(2)および上記一般式(4)で表わされる単位構造が備える、Rのうちの少なくとも1つは、フェニル基であるのが好ましい。これにより、シラノール基の反応性がより向上するため、隣接するシリコーン材料が有する水酸基同士の結合がより円滑に行われるようになる。また、接合膜3中にフェニル基が含まれる構成とすることにより、形成される接合膜3をより膜強度に優れたものとし得るという利点も得られる。
【0034】
さらに、上記一般式(1)、上記一般式(2)および上記一般式(4)で表わされる単位構造が備えるRのうちのフェニル基でないRはメチル基となっている。基Rがメチル基である化合物は、比較的入手が容易で、かつ安価であるとともに、後工程[4]において、接合膜3にエネルギーを付与することにより、メチル基が容易に切断されて、その結果として、接合膜3に確実に接着性を発現させることができる。
【0035】
また、前記シリコーン材料は、比較的柔軟性に富む材料である。そのため、後工程[5]において、接合膜3を介して第1の基材21に第2の基材22を接合して接合体1を得る際に、各基材21、22間に生じる熱膨張に伴う応力を確実に緩和することができる。これにより、最終的に得られる接合体1において、各基材21、22と接合膜3との界面で剥離が生じるのを確実に防止することができる。
【0036】
さらに、前記シリコーン材料は、耐薬品性に優れているため、薬品類等に長期にわたって曝されるような部材の接合に際して効果的に用いることができる。具体的には、例えば、樹脂材料を浸食し易い有機系インクが用いられる工業用インクジェットプリンタの液滴吐出ヘッドを製造する際に、接合膜3を用いて接合すれば、その耐久性を確実に向上させることができる。また、前記シリコーン材料は、耐熱性にも優れていることから、高温下に曝されるような部材の接合に際しても効果的に用いることができる。
また、前記シリコーン材料は、上述した分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、ポリエステル樹脂が脱水縮合反応することにより得られた「ポリエステル変性シリコーン材料」であってもよい。
【0037】
なお、本明細書中において、「ポリエステル樹脂」とは、トリメチロールプロパンとテレフタル酸とがエステル化反応することにより得られた化合物をいい、1分子中に少なくとも2つの水酸基を備えるものが好適に用いられる。
このようなポリエステル樹脂を、前述したシリコーン材料と縮合反応させると、ポリエステル樹脂が有する水酸基とシリコーン材料が有するシラノール基(水酸基)とが脱水縮合反応し、これにより、シリコーン材料にポリエステル樹脂が連結されたポリエステル変性シリコーン材料が得られる。
【0038】
なお、テレフタル酸とトリメチロールプロパンとをエステル化反応させる際の、それぞれの含有量は、テレフタル酸が有するカルボキシル基よりもトリメチロールプロパンが有する水酸基よりも多くなるように設定する。これにより、合成されるポリエステル樹脂は、その1分子中において、少なくとも2つの水酸基を備えるものとなる。
以上のことを考慮してテレフタル酸とトリメチロールプロパンとから得られるポリエステル樹脂としては、例えば、下記一般式(6)で表わされる化合物が挙げられる。
【0039】
【化3】

【0040】
このようなポリエステル樹脂は、その分子中に、テレフタル酸に由来するフェニレン基が含まれることとなる。かかる構成のポリエステル樹脂を含有するポリエステル変性シリコーン材料を用いて接合膜3を形成すると、形成される接合膜3は、ポリエステル樹脂中にフェニレン基が含まれることに起因して、特に優れた膜強度を発揮するものとなる。
また、このようなポリエステル樹脂をポリエステル変性シリコーン材料が備えていると、ポリエステル変性シリコーン材料は、通常、螺旋構造をなしているポリオルガノシロキサン骨格から、ポリエステル樹脂が露出するような状態で存在していることとなる。そのため、次工程[3]において、液状被膜30を乾燥・硬化させて接合膜3を得る際に、隣接するポリエステル変性シリコーン材料が備えるポリエステル樹脂同士が互いに接触する機会が増大することとなる。その結果、隣接するポリエステル変性シリコーン材料中において、ポリエステル樹脂同士が絡まり合ったり、これらが備える水酸基同士が脱水縮合して化学的に結合したりするため、得られる接合膜3の膜強度をより確実に向上させることができる。
また、前記シリコーン材料は、上述した分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、エポキシ樹脂が付加反応することにより得られた「エポキシ変性シリコーン材料」であってもよい。
【0041】
なお、本明細書中において、「エポキシ樹脂」とは、その末端にエポキシ基を備える化合物をいい、エポキシ基を備えるモノマー、オリゴマーまたはポリマーの何れであっても良く、1分子中に少なくとも2つのエポキシ基を備えるものが好適に用いられる。
このようなエポキシ樹脂を、シリコーン材料に付加反応させると、エポキシ樹脂が有するエポキシ基とシリコーン材料が有するシラノール基(水酸基)とが付加反応し、これにより、シリコーン材料にエポキシ樹脂が連結されたエポキシ変性シリコーン材料が得られる。
【0042】
また、エポキシ樹脂は、その分子中に、フェニレン基を有しているのが好ましい。かかる構成のエポキシ樹脂を含有するエポキシ変性シリコーン材料を用いて接合膜3を形成すると、形成される接合膜3は、エポキシ樹脂中にフェニレン基が含まれることに起因して、特に優れた膜強度を発揮するものとなる。
さらに、エポキシ樹脂は、その分子構造が直鎖型の構造をなすものであるのが好ましい。ここで、エポキシ樹脂が連結するシリコーン材料は、通常、その主骨格であるポリオルガノシロキサン骨格が螺旋構造をなしている。そのため、このシリコーン材料に連結するエポキシ樹脂は、螺旋状をなすシリコーン材料から露出(突出)するような状態で存在することになる。そのため、エポキシ樹脂の分子構造が直鎖型のものであると、次工程[3]において、液状被膜30を乾燥・硬化させて接合膜3を得る際に、隣接するエポキシ変性シリコーン材料が備えるエポキシ樹脂同士が互いに接触する機会を増大させることができる。その結果、エポキシ変性シリコーン材料中において、エポキシ樹脂同士が絡まり合ったり、これらが備えるエポキシ基同士が開環重合して化学的に結合したりするため、得られる接合膜3の膜強度を確実に向上させることができる。
以上のことを考慮すると、エポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノール型エポキシ樹脂が好ましく用いられ、具体的には、下記一般式(9)で表わされるビスフェノールA型エポキシ樹脂が挙げられる。
【0043】
【化4】

[式中、nは、0または1以上の整数を表す。]
【0044】
なお、ビスフェノール型エポキシ樹脂は、耐薬品性に優れているため、エポキシ樹脂としてビスフェノール型エポキシ樹脂を備える接合膜3は、薬品類等に長期にわたって曝されるような部材の接合に効果的に用いられ、後述する工業用インクジェットプリンタの液滴吐出ヘッドの部材の接合に好適に適用される。また、ビスフェノール型エポキシ樹脂は、耐熱性にも優れていることから、高温下に曝されるような部材の接合に際しても効果的に用いられる。
【0045】
なお、液状材料35中には、エポキシ変性シリコーン材料の他に、添加剤が含まれていても良い。このような添加剤としては、例えば、各種アミン化合物や、各種酸化合物が挙げられる。かかる添加剤が含まれていると、エポキシ樹脂が備えるエポキシ基に対して、この添加剤が結合することとなり、この添加剤中に2以上のアミノ基やカルボキシル基が含まれていると、添加剤を介してエポキシ基同士を結合できるようになる。そのため、上述したエポキシ基同士の結合がより生じ易くなるため、得られる接合膜3の膜強度をより確実に向上させることができる。
【0046】
[3]次に、第1の基材21上に供給された液状材料35、すなわち、液状被膜30を乾燥および/または硬化させる。すなわち、液状材料35中に溶媒または分散媒が含まれる場合には、液状被膜30を乾燥させるとともに、液状被膜30中に含まれるシリコーン材料を硬化させる。これにより、図1(c)に示すように、第1の基材21上に接合膜3が得られる。
【0047】
液状被膜30を乾燥・硬化させる方法としては、特に限定されないが、液状被膜30を加熱する方法が好ましく用いられる。かかる方法によれば、液状被膜30を加熱するという単純な方法で、液状被膜30の乾燥・硬化を容易かつ確実に行うことができる。
すなわち、液状被膜30を加熱するという単純な方法で、液状被膜30中に溶媒または分散媒が含まれる場合には、液状被膜30中から脱溶媒または脱分散媒することにより液状被膜30を乾燥させることができるとともに、シリコーン材料中に含まれる水酸基を脱水縮合反応させることにより乾燥した液状被膜30を硬化させることができる。
【0048】
以上のように、液状被膜30を乾燥・硬化させて接合膜3を形成すると、その膜中において、シリコーン材料中に含まれる水酸基同士が脱水縮合反応して化学的に連結されることから、接合膜3を優れた膜強度を有するものとすることができる。
また、前記工程[1]において、ステンレス鋼を主材料として構成される第1の基材21に前処理が施され、その表面におけるCr/Feが0.025以下となっており、表面における疎水性が向上している。これにより、シリコーン材料に対する第1の基材21の表面の親和性が向上し、その結果、形成される接合膜3と第1の基材21との間での密着性が優れたものとなる。
【0049】
液状被膜30を加熱する際の温度は、25℃以上であるのが好ましく、150〜250℃程度であるのがより好ましい。
また、加熱する時間は、0.5〜48時間程度であるのが好ましく、15〜30時間程度であるのがより好ましい。
かかる条件で液状被膜30を乾燥・硬化させることにより、次工程[4]において、エネルギーを付与することにより接着性が好適に発現する接合膜3を確実に形成することができる。
【0050】
さらに、加熱する際の雰囲気の圧力は、大気圧であってもよいが、減圧であるのが好ましい。具体的には、減圧の程度は、133.3×10−5〜1333Pa(1×10−5〜10Torr)程度であるのが好ましく、133.3×10−4〜133.3Pa(1×10−4〜1Torr)程度であるのがより好ましい。これにより、接合膜3の膜密度が高まり、すなわち、接合膜3が緻密化して、接合膜3をより優れた膜強度を有するものとすることができる。
以上のように、接合膜3を形成する際の条件を適宜設定することにより、形成される接合膜3の膜強度等を所望のものとすることができる。
【0051】
接合膜3の平均厚さは、10〜10000nm程度であるのが好ましく、3000〜6000nm程度であるのがより好ましい。供給する液状材料35の量を適宜設定して、形成される接合膜3の平均厚さを前記範囲内とすることにより、第1の基材21と第2の基材22とを接合した接合体の寸法精度が著しく低下するのを防止しつつ、より強固に接合することができる。
すなわち、接合膜3の平均厚さが前記下限値を下回った場合は、接合膜3を介した第1の基材21と第2の基材22との接合に十分な接合強度が得られないおそれがある。一方、接合膜3の平均厚さが前記上限値を上回った場合は、接合体の寸法精度が著しく低下するおそれがある。
【0052】
さらに、接合膜3の平均厚さをかかる範囲とすることにより、接合膜3がある程度弾性に富むものとなることから、後工程[5]において、第1の基材21と第2の基材22とを接合する際に、接合膜3と接触させる第2の基材22の接合面24にパーティクル等が付着していても、このパーティクルを接合膜3で取り囲むようにして接合膜3と接合面24とが接合することとなる。そのため、このパーティクルが存在することによって、接合膜3と接合面24との界面における接合強度が低下したり、この界面において剥離が生じたりするのを的確に抑制または防止することができる。
【0053】
[4]次に、接合面23に形成された接合膜3の表面32に対してエネルギーを付与する。
接合膜3にエネルギーを付与すると、この接合膜3では、表面32付近の分子結合(例えば、Si−CH結合や、Si−Phe)の一部が切断し、表面32が活性化されることに起因して、表面32付近に第2の基材22に対する接着性が発現する。
このような状態の第1の基材21は、第2の基材22と、化学的結合に基づいて強固に接合可能なものとなる。
【0054】
ここで、本明細書中において、表面32が「活性化された」状態とは、上述のように接合膜3の表面32の分子結合の一部、具体的には、例えば、シリコーン材料が備えるメチル基やフェニル基の一部が切断されて、接合膜3中に終端化されていない結合手(以下、「未結合手」または「ダングリングボンド」とも言う。)が生じた状態の他、この未結合手が水酸基(OH基)によって終端化された状態、さらに、これらの状態が混在した状態を含めて、接合膜3が「活性化された」状態と言うこととする。
【0055】
接合膜3に付与するエネルギーは、いかなる方法を用いて付与するものであってもよいが、例えば、接合膜3にプラズマを接触させる(プラズマエネルギーを付与する)方法、接合膜3にエネルギー線を照射する方法、接合膜3を加熱する方法、接合膜3に圧縮力(物理的エネルギー)を付与する方法、接合膜3をオゾンガスに曝す(化学的エネルギーを付与する)方法等が挙げられる。これにより、接合膜3の表面を効率よく活性化させることができる。
【0056】
これらの中でも、接合膜3に対するエネルギーの付与は、図1(d)に示すように、特に、接合膜3にプラズマを接触させる方法を用いるのが好ましい。
ここで、接合膜3にエネルギーを付与する方法として、接合膜3にプラズマを接触させる方法が好ましく用いられる理由を説明するのに先立って、エネルギー線として紫外線を選択し、接合膜3に紫外線を照射する場合における問題点について説明する。
【0057】
A:接合膜3の表面32の活性化に長時間(例えば、1分〜数十分)を要する。また、紫外線照射を短時間にした場合、第1の基材21と第2の基材22とを接合する工程において、その接合に長時間(数十分以上)を要する。すなわち、接合体1を得るのに長時間を要する。
B:また、紫外線を用いた場合、この紫外線は、接合膜3を厚さ方向に透過し易い。このため、基材(本実施形態では、第1の基材21)の構成材料(例えば、樹脂材料)等によっては、基材の接合膜3との界面(接触面)において劣化が生じ、接合膜3が基材から剥離し易くなる。
さらに、紫外線は、接合膜3の厚さ方向に透過する際に、接合膜3全体に作用し、その全体において、例えば、ポリジメチルシロキサン骨格が備えるメチル基が切断、除去される。すなわち、接合膜3中における有機成分の量が極端に低下し、その無機化が進行する。このため、有機成分の存在に起因する接合膜3の柔軟性が全体として低下し、得られる接合体1では、接合膜3の層内剥離が生じ易くなる。
【0058】
C:さらに、接合された接合体1を、第1の基材21を第2の基材22から剥離して、各基材21、22をそれぞれ分別してリサイクルや再利用に用いる場合、この操作は、接合体1に対して、剥離用エネルギーを付与することにより各基材21、22同士を剥離し得る。このとき、例えば、接合膜3中に残存するメチル基(有機成分)がポリジメチルシロキサン骨格から切断、除去され、切断された有機成分がガスとなる。このガス(ガス状の有機成分)は、接合膜3にへき乖を生じさせ、接合膜3が分割される。
【0059】
しかしながら、紫外線を照射した場合、前述のように、接合膜3全体の無機化が進行するため、剥離用エネルギーを付与した場合でも、ガスになる有機成分が極めて少なく、接合膜3にへき乖が生じ難いという問題がある。
これに対して、接合膜3の表面32をプラズマに曝した場合では、接合膜3の表面32付近において、選択的に、この接合膜3を構成する材料の分子結合の一部、例えば、シリコーン材料が備えるメチル基やフェニル基の一部が切断される。
なお、このプラズマによる分子結合の切断は、プラズマの荷電に基づく化学的な作用のみならず、プラズマのペニング効果に基づく物理的な作用によって引き起こされるため、極めて短時間で生じる。したがって、接合膜3を、極めて短時間(例えば、数秒程度)で活性化させることが可能であり、結果として、接合体1を短時間で製造することができる。
【0060】
また、プラズマは、接合膜3の表面32に選択的に作用し、その内部にまで影響を及ぼし難い。このため、分子結合の切断は、接合膜3の表面32付近で選択的に生じる。すなわち、接合膜3は、その表面32付近で選択的に活性化される。しかがって、紫外線を用いて接合膜3を活性化させる場合の不都合(前述したようなBおよびCの不都合)が生じ難い。
このように、接合膜3の活性化にプラズマを用いることにより、接合体1において、接合膜3の層内剥離が生じ難く、第1の基材21を第2の基材22から剥離する場合には、この剥離操作を確実に行うことができる。
【0061】
また、紫外線照射により接合膜3を活性化させる場合、照射する紫外線の強度に依存する接合膜3の活性化の程度の変化が極めて大きい。このため、第1の基材21と第2の基材22との接合に適した程度に接合膜3を活性化させるのには、紫外線照射の厳密な条件管理が必要である。また、厳密な管理をしない場合、得られる接合体1間における、第1の基材21と第2の基材22との接合強度のバラつきが生じる。
【0062】
これに対して、プラズマにより接合膜3を活性化させる場合、接触させるプラズマの濃度に依存する接合膜3の活性化の程度の変化は穏やかである。したがって、第1の基材21と第2の基材22との接合に適した程度に接合膜3を活性化させるのに、プラズマを発生させる条件を厳密に管理する必要がない。換言すれば、接合膜3の活性化にプラズマを用いる場合、接合体1の製造条件の許容範囲が広い。また、厳密な管理をしなくとも、得られる接合体1間において、第1の基材21と第2の基材22との接合強度のバラつきが生じ難い。
さらに、紫外線照射により接合膜3を活性化させる場合、接合膜3の活性化すなわち接合膜3中の有機物の脱離に伴って、接合膜3自体が収縮(特に、膜厚の低下)するという問題がある。接合膜3が収縮した場合、第1の基材21と第2の基材22とを高い接合強度で接合することが困難となる。
【0063】
これに対して、プラズマにより接合膜3を活性化させる場合、前述したように、接合膜3の表面付近が選択的に活性化されるため、接合膜3の収縮はないか極めて少ない。したがって、接合膜3を比較的薄く形成した場合であっても、第1の基材21と第2の基材22とを高い接合強度で接合することができる。また、この場合、高い寸法精度の接合体1を得ることができるとともに、接合体1の薄型化を図ることも可能である。
以上のように、プラズマにより接合膜3を活性化させる場合には、紫外線により接合膜3を活性化させる場合に比べて、多くのメリットがある。
【0064】
接合膜3に対するプラズマの接触は、減圧下で行うようにしてもよいが、大気圧下において行うのが好ましい。すなわち、接合膜3を大気圧プラズマで処理するのが好ましい。大気圧プラズマ処理によれば、接合膜3の周囲が減圧状態とならないので、プラズマの作用により、例えば、シリコーン材料のポリジメチルシロキサン骨格が備えるメチル基を切断、除去する際(接合膜3の活性化の際)に、この切断が不要に進行するのを防止することができる。
【0065】
[5]次に、第2の基材22を用意し、接着性が発現した接合膜3を介して第1の基材21と第2の基材22とを接触させ、第1の基材21と第2の基材22とが接合膜3を介して接合された接合体1を得る。
[5−1]まず、第2の基材22を用意する。
第2の基材22の構成材料は、特に限定されないが、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン共重合体、エチレン−アクリル酸エステル共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、ポリブテン−1、エチレン−酢酸ビニル共重合体(EVA)等のポリオレフィン、環状ポリオレフィン、変性ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリカーボネート、ポリ−(4−メチルペンテン−1)、アイオノマー、アクリル系樹脂、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合体(ABS樹脂)、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)、ブタジエン−スチレン共重合体、ポリオキシメチレン、ポリビニルアルコール(PVA)、エチレン−ビニルアルコール共重合体(EVOH)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリシクロヘキサンテレフタレート(PCT)等のポリエステル、ポリエーテル、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルイミド、ポリアセタール(POM)、ポリフェニレンオキシド、変性ポリフェニレンオキシド、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリアリレート、芳香族ポリエステル(液晶ポリマー)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、その他フッ素系樹脂、スチレン系、ポリオレフィン系、ポリ塩化ビニル系、ポリウレタン系、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリブタジエン系、トランスポリイソプレン系、フッ素ゴム系、塩素化ポリエチレン系等の各種熱可塑性エラストマー、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル、シリコーン樹脂、ポリウレタン等、またはこれらを主とする共重合体、ブレンド体、ポリマーアロイ等の樹脂系材料、Fe、Ni、Co、Cr、Mn、Zn、Pt、Au、Ag、Cu、Pd、Al、W、Ti、V、Mo、Nb、Zr、Pr、Nd、Smのような金属、またはこれらの金属を含む合金、炭素鋼、ステンレス鋼、インジウム錫酸化物(ITO)、ガリウムヒ素のような金属系材料、単結晶シリコン、多結晶シリコン、非晶質シリコンのようなシリコン系材料、ケイ酸ガラス(石英ガラス)、ケイ酸アルカリガラス、ソーダ石灰ガラス、カリ石灰ガラス、鉛(アルカリ)ガラス、バリウムガラス、ホウケイ酸ガラスのようなガラス系材料、アルミナ、ジルコニア、MgAl、フェライト、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化チタン、炭化ケイ素、炭化ホウ素、炭化チタン、炭化タングステンのようなセラミックス系材料、グラファイトのような炭素系材料、またはこれらの各材料の1種または2種以上を組み合わせた複合材料等が挙げられる。
【0066】
また、第2の基材22の形状は、第1の基材21と同様に、接合膜3を支持する面を有するような形状であればよく、例えば、板状(層状)、塊状(ブロック状)、棒状等とされる。
また、本実施形態では、図1、2に示すように、第2の基材22が板状(フィルム状)をなしている。この場合、第2の基材22の平均厚さは、特に限定されないが、0.01〜10mm程度であるのが好ましく、0.1〜3mm程度であるのがより好ましい。
【0067】
なお、必要に応じて、第2の基材22の接合面24には、接合膜3と接触させるのに先立って、接合膜3との接合強度を高める表面処理を施す。これにより、接合面24を清浄化および活性化され、接合面24に対して接合膜3が化学的に作用し易くなる。その結果、後述する工程において、接合面24と接合膜3との接合強度を高めることができる。
この表面処理としては、特に限定されないが、例えば、スパッタリング処理、ブラスト処理のような物理的表面処理、酸素プラズマ、窒素プラズマ等を用いたプラズマ処理、コロナ放電処理、エッチング処理、電子線照射処理、紫外線照射処理、オゾン暴露処理のような化学的表面処理、または、これらを組み合わせた処理等が挙げられる。
【0068】
[5−2]次いで、接合膜3と第2の基材22とが密着するように、第1の基材21と第2の基材22とを重ね合わせる(図2(e)参照)。これにより、前記工程[4]において、接合膜3の表面32に第2の基材22に対する接着性が発現していることから、接合膜3と第2の基材22の接合面24とが化学的に結合する。その結果、第1の基材21と第2の基材22とが接合膜3を介して接合され、図2(f)に示すような接合体1が得られる。
このような接合方法によれば、高温(例えば、700℃以上)での熱処理を必要としないことから、耐熱性の低い材料で構成された第2の基材22をも、接合に供することができる。
【0069】
ここで、本工程において、第1の基材21と第2の基材22とを接合するメカニズム、すなわち、接合膜3の表面32と第2の基材22接合面24とが接合するメカニズムについて説明する。
例えば、第2の基材22の接合面24に水酸基が露出している場合を例に説明すると、本工程[5]において、第1の基材21に形成された接合膜3と、第2の基材22の接合面24とが接触するように、これらを重ね合わせたとき、接合膜3の表面32に存在する水酸基と、第2の基材22の接合面24に存在する水酸基とが、水素結合によって互いに引き合い、水酸基同士の間に引力が発生する。この引力によって、第1の基材21と第2の基材22とが接合されると推察される。
また、この水素結合によって互いに引き合う水酸基同士は、温度条件等によって、脱水縮合を伴って表面から切断される。その結果、第1の基材21と第2の基材22との接触界面では、水酸基が結合していた結合手同士が結合する。これにより、第1の基材21と第2の基材22とがより強固に接合されると推察される。
【0070】
また、第1の基材21の接合膜3の表面や内部、および、第2の基材22の接合面24や内部に、それぞれ終端化されていない結合手すなわち未結合手(ダングリングボンド)が存在している場合、第1の基材21と第2の基材22とを貼り合わせた時、これらの未結合手同士が再結合する。この再結合は、互いに重なり合う(絡み合う)ように複雑に生じることから、接合界面にネットワーク状の結合が形成されることとなる。これにより、接合膜3と第2の基材22とが特に強固に接合される。
【0071】
以上のようにして、図2(f)に示す接合体1を得ることができる。
このようにして得られた接合体1は、第1の基材21と第2の基材22との間の厚さ方向および面方向の双方に対する接合強度を発揮するものとなる。
なお、第1の基材21と第2の基材22との間の厚さ方向の接合強度は、5MPa(50kgf/cm)以上であるのが好ましく、10MPa(100kgf/cm)以上であるのがより好ましい。このような厚さ方向に対する接合強度を有する接合体1は、その引っ張りに対する接合膜3の剥離を十分に防止し得るものとなる。また、本発明の基材の前処理方法によれば、第1の基材21と第2の基材22とが上記のような大きな接合強度で接合された接合体1を効率よく作製することができる。
なお、接合体1を得る際、または、接合体1を得た後に、この接合体1に対して、必要に応じ、以下の2つの工程([6A]および[6B])のうちの少なくとも1つの工程(接合体1の接合強度を高める工程)を行うようにしてもよい。これにより、接合体1の接合強度のさらなる向上を容易に図ることができる。
【0072】
[6A] 図2(g)に示すように、得られた接合体1を、第1の基材21と第2の基材22とが互いに近づく方向に加圧する。
これにより、第1の基材21の表面および第2の基材22の表面に、それぞれ接合膜3の表面がより近接し、接合体1における接合強度をより高めることができる。
また、接合体1を加圧することにより、接合体1中の接合界面に残存していた隙間を押し潰して、接合面積をさらに広げることができる。これにより、接合体1における接合強度をさらに高めることができる。
【0073】
なお、この圧力は、第1の基材21および第2の基材22の各構成材料や各厚さ、接合装置等の条件に応じて、適宜調整すればよい。具体的には、第1の基材21の構成材料や各厚さ等に応じて若干異なるものの、5〜60MPa程度であるのが好ましく、20〜50MPa程度であるのがより好ましい。これにより、接合体1の接合強度を確実に高めることができる。なお、この圧力が前記上限値を上回っても構わないが、第1の基材21の各構成材料によっては、第1の基材21に損傷等が生じるおそれがある。
また、加圧する時間は、特に限定されないが、10秒〜30分程度であるのが好ましい。なお、加圧する時間は、加圧する際の圧力に応じて適宜変更すればよい。具体的には、接合体1を加圧する際の圧力が高いほど、加圧する時間を短くしても、接合強度の向上を図ることができる。
【0074】
[6B] 図2(g)に示すように、得られた接合体1を加熱する。
これにより、接合体1における接合強度をより高めることができる。
このとき、接合体1を加熱する際の温度は、室温より高く、接合体1の耐熱温度未満であれば、特に限定されないが、好ましくは25〜100℃程度とされ、より好ましくは50〜100℃程度とされる。かかる範囲の温度で加熱すれば、接合体1が熱によって変質・劣化するのを確実に防止しつつ、接合強度を確実に高めることができる。
また、加熱時間は、特に限定されないが、1〜30分程度であるのが好ましい。
【0075】
なお、前記工程[3]において、接合膜3中に含まれるシリコーン材料が完全に硬化していない場合(半硬化の場合)には、本工程において、接合体1を加熱する際に硬化するようにしてもよい。かかる構成とすることで、接合膜3は、完全に硬化している場合と比較して、その硬度が低く、第2の基材22の表面形状に対する追従性が高くなる。そのため、第1の基材21と第2の基材22との接合強度をより向上させることができる。
【0076】
また、前記工程[6A]および[6B]の双方を行う場合、これらを同時に行うのが好ましい。すなわち、図2(g)に示すように、接合体1を加圧しつつ、加熱するのが好ましい。これにより、加圧による効果と、加熱による効果とが相乗的に発揮され、接合体1の接合強度を特に高めることができる。
以上のような工程を行うことにより、接合体1における接合強度のさらなる向上を容易に図ることができる。
【0077】
<液滴吐出ヘッド>
次に、上述した接合体をインクジェット式記録ヘッドに適用した場合の実施形態について説明する。
図3は、本発明の基材の前処理方法を適用して得られたインクジェット式記録ヘッド(液滴吐出ヘッド)を示す縦断面図、図4は、図3に示すインクジェット式記録ヘッドを備えるインクジェットプリンタの実施形態を示す概略図である。なお、以下の説明では、図3中の上側を「上」、下側を「下」と言う。
図3に示すインクジェット式記録ヘッド100(以下、単に「ヘッド100」と言うこともある。)は、図4に示すようなインクジェットプリンタ9に搭載されている。
【0078】
図4に示すインクジェットプリンタ9は、装置本体92を備えており、上部後方に記録用紙Pを設置するトレイ921と、下部前方に記録用紙Pを排出する排紙口922と、上部面に操作パネル97とが設けられている。
操作パネル97は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、LEDランプ等で構成され、エラーメッセージ等を表示する表示部(図示せず)と、各種スイッチ等で構成される操作部(図示せず)とを備えている。
また、装置本体92の内部には、主に、往復動するヘッドユニット93を備える印刷装置(印刷手段)94と、記録用紙Pを1枚ずつ印刷装置94に送り込む給紙装置(給紙手段)95と、印刷装置94および給紙装置95を制御する制御部(制御手段)96とを有している。
【0079】
制御部96の制御により、給紙装置95は、記録用紙Pを一枚ずつ間欠送りする。この記録用紙Pは、ヘッドユニット93の下部近傍を通過する。このとき、ヘッドユニット93が記録用紙Pの送り方向とほぼ直交する方向に往復移動して、記録用紙Pへの印刷が行なわれる。すなわち、ヘッドユニット93の往復動と記録用紙Pの間欠送りとが、印刷における主走査および副走査となって、インクジェット方式の印刷が行なわれる。
【0080】
印刷装置94は、ヘッドユニット93と、ヘッドユニット93の駆動源となるキャリッジモータ941と、キャリッジモータ941の回転を受けて、ヘッドユニット93を往復動させる往復動機構942とを備えている。
ヘッドユニット93は、その下部に、多数のノズル孔11を備えるヘッド100と、ヘッド100にインクを供給するインクカートリッジ931と、ヘッド100およびインクカートリッジ931を搭載したキャリッジ932とを有している。
なお、インクカートリッジ931として、イエロー、シアン、マゼンタ、ブラック(黒)の4色のインクを充填したものを用いることにより、フルカラー印刷が可能となる。
【0081】
往復動機構942は、その両端をフレーム(図示せず)に支持されたキャリッジガイド軸944と、キャリッジガイド軸944と平行に延在するタイミングベルト943とを有している。
キャリッジ932は、キャリッジガイド軸944に往復動自在に支持されるとともに、タイミングベルト943の一部に固定されている。
キャリッジモータ941の作動により、プーリを介してタイミングベルト943を正逆走行させると、キャリッジガイド軸944に案内されて、ヘッドユニット93が往復動する。そして、この往復動の際に、ヘッド100から適宜インクが吐出され、記録用紙Pへの印刷が行われる。
【0082】
給紙装置95は、その駆動源となる給紙モータ951と、給紙モータ951の作動により回転する給紙ローラ952とを有している。
給紙ローラ952は、記録用紙Pの送り経路(記録用紙P)を挟んで上下に対向する従動ローラ952aと駆動ローラ952bとで構成され、駆動ローラ952bは給紙モータ951に連結されている。これにより、給紙ローラ952は、トレイ921に設置した多数枚の記録用紙Pを、印刷装置94に向かって1枚ずつ送り込めるようになっている。なお、トレイ921に代えて、記録用紙Pを収容する給紙カセットを着脱自在に装着し得るような構成であってもよい。
【0083】
制御部96は、例えばパーソナルコンピュータやディジタルカメラ等のホストコンピュータから入力された印刷データに基づいて、印刷装置94や給紙装置95等を制御することにより印刷を行うものである。
制御部96は、いずれも図示しないが、主に、各部を制御する制御プログラム等を記憶するメモリ、印刷装置94(キャリッジモータ941)を駆動する駆動回路、給紙装置95(給紙モータ951)を駆動する駆動回路、および、ホストコンピュータからの印刷データを入手する通信回路と、これらに電気的に接続され、各部での各種制御を行うCPUとを備えている。
【0084】
また、CPUには、例えば、インクカートリッジ931のインク残量、ヘッドユニット93の位置等を検出可能な各種センサ等が、それぞれ電気的に接続されている。
制御部96は、通信回路を介して、印刷データを入手してメモリに格納する。CPUは、この印刷データを処理して、この処理データおよび各種センサからの入力データに基づいて、各駆動回路に駆動信号を出力する。この駆動信号により印刷装置94および給紙装置95は、それぞれ作動する。これにより、記録用紙Pに印刷が行われる。
【0085】
以下、ヘッド100について、図3を参照しつつ詳述する。
図3に示すように、ヘッド100は、ノズルプレート10と、ノズルプレート10上に設けられた吐出液貯留室形成基板(基板)20と、吐出液貯留室形成基板20上に設けられた振動フィルム29と、振動フィルム29上に設けられた支持板40と、支持板40上に設けられた圧電素子(振動手段)50およびケースヘッド60とを有している。なお、本実施形態では、このヘッド100は、ピエゾジェット式ヘッドを構成する。
吐出液貯留室形成基板20(以下、省略して「基板20」と言う。)には、インクを貯留する複数の吐出液貯留室(圧力室)26が形成され、さらに、各吐出液貯留室26に連通し、各吐出液貯留室26にインクを供給する吐出液供給室27が形成されている。
【0086】
図3に示すように、各吐出液貯留室26および吐出液供給室27は、それぞれ、平面視において、ほぼ長方形状をなし、各吐出液貯留室26の幅(短辺)は、吐出液供給室27の幅(短辺)より細幅となっている。
また、各吐出液貯留室26は、吐出液供給室27に対して、ほぼ垂直をなすように配置されており、各吐出液貯留室26および吐出液供給室27は、平面視において全体として、櫛状をなしている。
【0087】
基板20を構成する材料としては、特に限定されないが、例えば、単結晶シリコン、多結晶シリコン、アモルファスシリコンのようなシリコン材料、ステンレス鋼のような金属材料、石英ガラスのようなガラス材料、アルミナのようなセラミックス材料、グラファイトのような炭素材料、ポリオレフィン、ポリ塩化ビニル、アクリロニトリル−スチレン共重合体(AS樹脂)、シリコーン樹脂のような樹脂材料等が挙げられ、これらのうち1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0088】
また、上記のような材料に、酸化処理(酸化膜形成)、めっき処理、不働態化処理、窒化処理等の各処理を施した材料でもよい。
これらの中でも、基板20の構成材料は、シリコン材料またはステンレス鋼であるのが好ましい。このような材料は、耐薬品性に優れることから、長時間にわたってインクに曝されたとしても、基板20が変質・劣化するのを確実に防止することができる。また、これらの材料は、加工性に優れるため、寸法精度の高い基板20が得られる。このため、吐出液貯留室26や吐出液供給室27の容積の精度が高くなり、高品位の印字が可能なヘッド100が得られる。
また、吐出液供給室27は、後述するケースヘッド60に設けられた吐出液供給路61と連通して複数の吐出液貯留室26にインクを供給する共通のインク室として機能するリザーバ70の一部を構成する。
【0089】
基板20の下面(振動フィルム29と反対側の面;一方の面)には、接着層15を介して、吐出液貯留室26および吐出液供給室27を覆うようにノズルプレート10が接着されている。
ノズルプレート10には、各吐出液貯留室26に対応するように、それぞれノズル孔11が形成(穿設)されている。このノズル孔11から、吐出液貯留室26に貯留されたインク(吐出液)を押し出すことにより、インクが液滴として吐出されることとなる。
【0090】
また、ノズルプレート10は、各吐出液貯留室26や吐出液供給室27の内壁面の下面を構成している。すなわち、ノズルプレート10と、基板20および振動フィルム29とにより、各吐出液貯留室26や吐出液供給室27を画成している。
このようなノズルプレート10を構成する材料としては、例えば、前述したようなシリコン材料、金属材料、ガラス材料、セラミックス材料、炭素材料、樹脂材料、またはこれらの各材料の1種または2種以上を組み合わせた複合材料等が挙げられる。
【0091】
これらの中でも、ノズルプレート10の構成材料は、シリコン材料またはステンレス鋼であるのが好ましい。このような材料は、耐薬品性に優れることから、長時間にわたってインクに曝されたとしても、ノズルプレート10が変質・劣化するのを確実に防止することができる。また、これらの材料は、加工性に優れるため、寸法精度の高いノズルプレート10が得られる。このため、信頼性の高いヘッド100が得られる。
【0092】
なお、ノズルプレート10の構成材料は、線膨張係数が300℃以下で2.5〜4.5[×10-6/℃]程度であるものが好ましい。
また、ノズルプレート10の厚さは、特に限定されないが、0.01〜1mm程度であるのが好ましい。
また、ノズルプレート10の下面には、必要に応じて、撥液処理を施すのが好ましい。これにより、ノズル孔から吐出されるインク滴が意図しない方向に吐出されるのを防止することができる。
【0093】
上述したような基板20およびノズルプレート10のうちの少なくとも一方がステンレス鋼を主材料で構成され、接着層15がシリコーン材料を主材料とするもので構成される場合、ステンレス鋼を主材料として構成される部材に対して、本発明の基材の前処理方法が適用されている。
なお、この場合、ステンレス鋼を主材料として構成される部材と、接着層15との密着性が向上しているため、これら同士間の耐インク性(特に、耐アルカリ性)の向上を図ることができる。
【0094】
基板20の上面(他方の面)には、接着層25を介して、吐出液貯留室26および吐出液供給室27を覆うように振動フィルム29が接着されている。
また、振動フィルム29は、各吐出液貯留室26や吐出液供給室27の内壁面の上面を構成している。すなわち、振動フィルム29と、基板20およびノズルプレート10とにより、各吐出液貯留室26や吐出液供給室27を画成している。そして、振動フィルム29が基板20と確実に接合されていることにより、各吐出液貯留室26や吐出液供給室27の液密性を確保している。
さらに、振動フィルム29は、弾性変形する機能を有するものである。したがって、圧電素子50で発生した歪みにより、支持板40を介して振動フィルム29を変位(振動)させることで、吐出液貯留室26の容積を変化させることができ、その結果、インクが吐出される。
【0095】
振動フィルム29を構成する材料としては、例えば、前述したようなシリコン材料、金属材料、ガラス材料、セラミックス材料、炭素材料、樹脂材料、またはこれらの各材料の1種または2種以上を組み合わせた複合材料等が挙げられる。
これらの中でも、振動フィルム29の構成材料は、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、アラミド樹脂のような樹脂材料、シリコン材料またはステンレス鋼であるのが好ましい。このような材料は、耐薬品性に優れることから、長時間にわたってインクに曝されたとしても、振動フィルム29が変質・劣化するのを確実に防止することができる。このため、吐出液貯留室26内および吐出液供給室27内に、長期間にわたってインクを貯留することができる。さらに、これらは、高速で弾性変形することが可能な材料であるため、吐出液貯留室26の容積を高速に変化させることができ、その結果、インクを高精度に吐出することができる。
【0096】
基板20がステンレス鋼を主材料で構成され、接着層25がシリコーン材料を主材料とするもので構成される場合、ステンレス鋼を主材料として構成される基板20に対して、本発明の基材の前処理方法が適用されている。
なお、この場合、基板20と接着層25との密着性が向上しているため、これら同士間の耐インク性(特に、耐アルカリ性)の向上を図ることができる。
【0097】
振動フィルム29の上面には、接着層45を介して、振動フィルム29の一部に対応するように支持板40が接着されている。
支持板40は、圧電素子50で発生した歪みを、このものを介して、振動フィルム29に伝播する機能を有するものである。これにより、圧電素子50に歪みを発生させることで、振動フィルム29に変位が生じ、その結果、各吐出液貯留室26における容積変化を確実に生じさせることができる。
【0098】
支持板40を構成する材料としては、例えば、前述したようなシリコン材料、金属材料、ガラス材料、セラミックス材料、炭素材料、樹脂材料、またはこれらの各材料の1種または2種以上を組み合わせた複合材料等が挙げられる。
これらの中でも、支持板40の構成材料は、シリコン材料またはステンレス鋼(SUS)であるのが好ましい。このような材料は、優れた強度を有するものである。そのため、圧電素子50で発生した歪みが、より確実に、振動フィルム29に伝播されることから、インクがより高精度に吐出されることとなる。
支持板40がステンレス鋼を主材料で構成され、接着層45がシリコーン材料を主材料とするもので構成される場合、ステンレス鋼を主材料として構成される支持板40に対して、本発明の基材の前処理方法が適用されている。
【0099】
なお、この場合、支持板40と接着層45との密着性が向上しているため、これら同士間の耐インク性(特に、耐アルカリ性)の向上を図ることができる。
また、本実施形態では、上述した振動フィルム29と支持板40とが接着層45を介して接合された積層体により、吐出液貯留室26および吐出液供給室27を覆う振動板(封止板)が構成される。
【0100】
支持板40の上面の一部(図3では、支持板40の上面の中央部付近)に、圧電素子(振動手段)50が接合されている。
圧電素子50は、圧電材料で構成された圧電体層51と、この圧電体層51に電圧を印加する電極膜52との積層体で構成されている。このような圧電素子50では、電極膜52を介して圧電体層51に電圧を印加することにより、圧電体層51に電圧に応じた歪みが発生する(逆圧電効果)。この歪みが支持板40を介して振動フィルム29に撓み(振動)をもたらし、吐出液貯留室26の容積を変化させる。かかる構成の圧電素子50が支持板40と確実に接合されていることにより、圧電素子50に発生した歪みを、支持板40を介して振動フィルム29の変位へと確実に変換することができ、その結果、各吐出液貯留室26が確実に容積変化することとなる。
【0101】
また、圧電体層51と電極膜52との積層方向は、特に限定されず、支持板40に対して平行な方向であっても、直交する方向であってもよい。なお、圧電体層51と電極膜52との積層方向が、図3に示すように、支持板40に対して直交する方向である場合、このように配置された圧電素子50を特にMLP(Multi Layer Piezo)と言う。圧電素子50がMLPであれば、支持板40の変位量を大きくとることができるので、インクの吐出量の調整幅が大きいという利点がある。
【0102】
圧電素子50のうち、支持板40に隣接する(接触する)面は、圧電素子50の配置方法によって異なるが、圧電体層が露出した面、電極膜が露出した面、または圧電体層と電極膜の双方が露出した面のいずれかである。
圧電素子50のうち、圧電体層51を構成する材料としては、例えば、チタン酸バリウム、ジルコン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、タンタル酸リチウム、ニオブ酸リチウム、水晶等が挙げられる。
一方、電極膜52を構成する材料としては、例えば、Fe、Ni、Co、Zn、Pt、Au、Ag、Cu、Pd、Al、W、Ti、Mo、またはこれらを含む合金等の各種金属材料が挙げられる。
【0103】
ここで、前述した支持板40は、圧電素子50に対応する位置を取り囲むように環状に形成された凹部53を有している。すなわち、支持板40は、振動フィルム29上に、その一部に対応するように設けられており、圧電素子50に対応する位置では、支持板40の一部が、この環状の凹部53を隔てて島状に孤立している。このような島状をなす部分に圧電素子50を接合する構成とすることで、圧電素子50で発生した歪みをより確実に、振動フィルム29に伝播することができるため、振動フィルム29における撓みがより確実に生じることとなる。
【0104】
また、圧電素子50の電極膜52は、図示しない駆動ICと電気的に接続されている。これにより、圧電素子50の動作を駆動ICによって制御することができる。
また、支持板40の上面の一部(図3では、凹部53を隔てて、島状をなす部分を取り囲む部分)には、ケースヘッド60が接合されている。このように、ケースヘッド60と支持板40とが接合されることで、ノズルプレート10、基板20、振動フィルム29および支持板40の積層体で構成された、いわゆるキャビティー部分を補強し、キャビティー部分のよじれや反り等を確実に抑制することができる。
【0105】
ケースヘッド60を構成する材料としては、例えば、前述したようなシリコン材料、金属材料、ガラス材料、セラミックス材料、炭素材料、樹脂材料、またはこれらの各材料の1種または2種以上を組み合わせた複合材料等が挙げられる。
これらの中でも、ケースヘッド60の構成材料は、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ザイロンのような変性ポリフェニレンエーテル樹脂(「ザイロン」は登録商標)またはステンレス鋼であるのが好ましい。これらの材料は、十分な剛性を備えていることから、ヘッド100を支持するケースヘッド60の構成材料として好適である。
【0106】
また、振動フィルム29、接着層45および支持板40は、吐出液供給室27に対応する位置に貫通孔28を有する。この貫通孔28により、ケースヘッド60に設けられた吐出液供給路61と吐出液供給室27とが連通している。なお、吐出液供給路61と吐出液供給室27とにより、複数の吐出液貯留室26にインクを供給する共通のインク室として機能するリザーバ70の一部を構成する。
【0107】
このようなヘッド100では、図示しない外部吐出液供給手段からインクを取り込み、リザーバ70からノズル孔11に至るまで内部をインクで満たした後、駆動ICからの記録信号により、各吐出液貯留室26に対応するそれぞれの圧電素子50を動作させる。これにより、圧電素子50の逆圧電効果によって支持板40を介して振動フィルム29に撓み(振動)が生じる。その結果、例えば、各吐出液貯留室26内の容積が収縮すると、各吐出液貯留室26内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル孔11からインクが液滴として押し出される(吐出される)。
【0108】
このようにして、ヘッド100において、印刷したい位置の圧電素子50に、駆動ICを介して電圧を印加すること、すなわち、吐出信号を順次入力することにより、任意の文字が図形等を印刷することができる。
なお、ヘッド100は、前述したような構成のものに限らず、例えば、振動手段としての圧電素子50に代えて、静電アクチュエータを備えるものであってもよい。
ただし、本実施形態のように、振動手段が圧電素子で構成されていることにより、振動フィルム29に発生する撓みの程度を容易に制御することができる。これにより、インク滴の大きさを容易に制御することができる。
【0109】
以上、本発明の基材の前処理方法を、図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
例えば、本発明の基材の前処理方法では、必要に応じて、1以上の任意の目的の工程を追加してもよい。
また、前記実施形態では、本発明の基材の前処理方法を、基材の接合方法に適用し、さらにかかる接合方法で得られた接合体を、液滴吐出ヘッドに適用する場合について説明したが、これら以外のものに適用可能であることは言うまでもない。具体的には、本発明の基材の前処理方法は、例えば、基材の表面を保護する保護膜を形成等にも適用することができる。
【実施例】
【0110】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.前処理の温度条件と密着性との関係の評価
1−1.前処理が施された接合体の形成
(実施例1)
まず、基材(基板)として、縦1cm×横3cm×厚さ80μmのステンレス鋼(SUS430)基板を2つ用意した。
次に、これら基材の表面にプラズマ処理を施した後に、これら基材を加熱する加熱処理を施した。
なお、プラズマ処理装置を用いたプラズマ処理条件は以下に示す通りとした。
【0111】
<プラズマ処理条件>
・処理ガス :ヘリウムガスと酸素ガスとの混合ガス
・ガス供給速度:10SLM
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
また、加熱処理条件は以下に示す通りとした。
<加熱処理条件>
・加熱温度 :100℃
・加熱時間 :10分
・雰囲気圧力 :大気圧
【0112】
さらに、加熱処理が施された基材を、X線光電子分光分析装置(アルバックファイ社製、「Quantera SXM」)用いて分析したところ、その表面におけるCr/Feは、0.02328であった。
また、この基材の表面の純水に対する水接触角を、接触角測定装置(協和界面科学社製、「DM-501」)を用いて測定したところ48.7°であった。
次に、シリコーン材料(信越化学社製、「ES−1001N」)を用意し、スピンコート法により2つの基板上に、この液状材料を供給して液状被膜を形成した。
次に、この液状被膜を、200℃、1時間の条件で加熱して、乾燥・硬化させることにより、2つの基板上に、接合膜(平均厚さ:約1μm)を形成した。
【0113】
次に、2つの基板上に形成された接合膜に、大気圧プラズマ装置を用いて、以下に示す条件でプラズマを接触させた。これにより、接合膜を活性化させて、その表面に接着性を発現させた。
<プラズマ処理条件>
・処理ガス :ヘリウムガスと酸素ガスとの混合ガス
・ガス供給速度:10SLM
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
・移動速度 :1mm/秒
【0114】
次に、接合膜が形成された面同士が接触し、さらに、2つの基板が十字状をなすように、基板同士を重ね合わせた。すなわち、接合膜を介して基板同士が接合される接合部が正方形(縦1cm×横1cm)状をなすように重ね合わせた。
そして、基材同士を50MPaで加圧しつつ、常温(25度前後)で、1分間維持した。その後、このものを200℃、1時間の条件で加熱することにより接合膜の接合強度の向上を図った。
以上の工程を経ることにより、2つのSUS基板同士が接合膜を介して接合された実施例1の接合体を得た。
【0115】
(実施例2〜4、比較例1、2)
ステンレス鋼基板を加熱する際の加熱温度を表1に示すように変更したこと以外は、前記実施例1と同様にして、接合体を得た。
なお、実施例2〜4、比較例1、2の接合体についても、実施例1の接合体と同様に、ステンレス鋼基板に加熱処理を施した後に、ステンレス鋼基板におけるCr/Feおよび接触角を測定した。
【0116】
1−2.接合体の評価
各実施例および各比較例の接合体について、ピール強度試験(JIS−G3469に規定)に準拠して、以下のようにして、面方向に対するピール強度を測定した。
すなわち、各実施例および各比較例の接合体について、それぞれ、一方のステンレス鋼基板の一端を持ち、常温で90°の方向に10mm/分の速度で引き剥がした時の荷重(接合強度)を、90°ピール剥離試験装置(イマダ社製、「NX−500NE」)を用いて測定した。そして、接合強度を以下の基準にしたがって評価した。
<ピール強度試験の評価基準>
○: 0.4kgf以上
×: 0.4kgf未満
これらの結果を、表1および図5、6に示す。
【0117】
【表1】

【0118】
表1から明らかなように、各実施例で得られた接合体は、ステンレス鋼基板と接合膜との間で優れた密着性が得られ、基板同士を、接合膜を介して優れた接合強度で接合することができた。
これに対して、各比較例で得られた接合体は、ステンレス鋼基板の表面におけるCr/Feが0.025超となることに起因して、ステンレス鋼基板と接合膜との間で優れた密着性を得ることができなくなっていると推察され、その結果、基板同士を、接合膜を介して優れた接合強度で接合することができなかった。
【0119】
2.前処理による基材表面の状態の把握
まず、基材(基板)として、ステンレス鋼(SUS430)基板を複数枚用意し、これらの基板にプラズマ処理を施した後に、60〜200℃×10分間の条件で加熱処理を施した。
なお、プラズマ処理装置を用いたプラズマ処理条件は以下に示す通りとした。
【0120】
<プラズマ処理条件>
・処理ガス :ヘリウムガスと酸素ガスとの混合ガス
・ガス供給速度:10SLM
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
・移動速度 :1mm/秒
【0121】
次に、各ステンレス鋼基板の表面に、トリフルオロ無水酢酸(TFAA)を接触させることにより、その表面に露出する水酸基を、TFAAで化学修飾した。
次に、これらのステンレス鋼基板を、X線光電子分光分析装置(アルバックファイ社製、「Quantera SXM」)用いて分析して、その表面におけるCr/Feと、フッ素元素の割合を求めた。
その結果を、図7に示す。
【0122】
図7から明らかなように、加熱温度の上昇に伴い、フッ素元素の濃度が減少していることから、ステンレス鋼基板の表面に存在する水酸基の量が減少していると考えられた。
また、表面におけるCr/Feも加熱温度の上昇に伴い、減少していることから、ステンレス鋼基板の表面に存在するCrの量が減少していると考えられた。
このように、ステンレス鋼基板の表面に存在する水酸基量の減少と、Cr量の減少とが相関関係が認められることから、ステンレス鋼基板の加熱処理に伴う水酸基の減少は、Cr−OH構造が有する水酸基の減少に由来すると推察された。
【0123】
3.前処理による基材表面の酸化膜形成の把握
まず、基材(基板)として、ステンレス鋼(SUS430)基板を複数枚用意し、これらの基板にプラズマ処理を施した後に、60〜200℃×10分間の条件で加熱処理を施した。
なお、プラズマ処理装置を用いたプラズマ処理条件は以下に示す通りとした。
【0124】
<プラズマ処理条件>
・処理ガス :ヘリウムガスと酸素ガスとの混合ガス
・ガス供給速度:10SLM
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
・移動速度 :1mm/秒
【0125】
次に、これらのステンレス鋼基板を、熱重量計測測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン社製、「TGA」)を用いて分析して、加熱処理によるその重量の減少率(%)を求めた。
また、各ステンレス鋼基板の表面の純水に対する水接触角を、接触角測定装置(協和界面科学社製、「DM-501」)を用いて測定した。
その結果を、図8に示す。
【0126】
図8から明らかなように、加熱温度が90℃となるまでには、加熱温度の上昇に伴い、ステンレス鋼基板の重量が減少し、90℃を境界線として、それ以上の加熱温度で加熱するとステンレス鋼基板の重量が増加する傾向を示した。
かかる現象の原因を明らかとすることを目的に、加熱処理前のステンレス鋼基板と、200℃の加熱処理を施したステンレス鋼基板とについて、X線光電子分光分析装置(アルバックファイ社製、「Quantera SXM」)用いて分析した。
その結果を、図9に示す。
【0127】
図9から明らかなように、200℃の加熱処理を施したステンレス鋼基板では、加熱処理前のステンレス鋼基板と比較して、Feに由来するピークが低くなるとともに、Fe−Oに由来するピークが高くなる結果となったことから、200℃の加熱処理を施したステンレス鋼基板の表面には鉄酸化膜(Fe)が形成されていると考えられた。
したがって、図8の結果を改めて考察すると、90℃を境界線として、90℃以下の加熱処理では、ステンレス鋼基板の表面に存在する水酸基が減少することに起因してステンレス鋼基板の重量が減少し、さらに、90℃超の加熱処理では、ステンレス鋼基板の表面に鉄酸化膜が形成されることに起因してステンレス鋼基板の重量が増加しているものと推察された。
【0128】
4.前処理による基材表面の表面自由エネルギーの把握
まず、基材(基板)として、ステンレス鋼(SUS430)基板を複数枚用意し、これらの基板にプラズマ処理を施した後に、60〜200℃×10分間の条件で加熱処理を施した。
なお、プラズマ処理装置を用いたプラズマ処理条件は以下に示す通りとした。
【0129】
<プラズマ処理条件>
・処理ガス :ヘリウムガスと酸素ガスとの混合ガス
・ガス供給速度:10SLM
・電極間距離 :1mm
・印加電圧 :1kVp−p
・電圧周波数 :40MHz
・移動速度 :1mm/秒
【0130】
次に、これらのステンレス鋼基板を、熱重量計測測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン社製、「TGA」)を用いて分析して、加熱処理によるその重量の減少率(%)を求めた。
また、各ステンレス鋼基板の表面の純水に対する水接触角を、接触角測定装置(協和界面科学社製、「DM-501」)を用いて測定した。そして、この測定結果に基づいて、各ステンレス鋼基板の表面における表面自由エネルギーのd成分、p成分およびh成分をそれぞれ求めた。
なお、d成分、p成分およびh成分は、それぞれ、接触角計により測定した接触角を表面自由エネルギー解析することにより求めることができる。
【0131】
また、「表面自由エネルギーのh成分」とは、水素結合成分のことを表し、「表面自由エネルギーのp成分」とは、極性成分のことを表し、さらに、「表面自由エネルギーのd成分」とは、分散成分のことを表す成分である。
また、各温度条件で加熱処理されたステンレス鋼基板について、前記実施例1で示した手順に従って、ステンレス鋼基板同士が接合膜を介して接合された接合体を得た。そして、各接合体の接合強度(ピール強度)を測定した。
その結果を、図10および図11に示す。
【0132】
図10から明らかなように、接合体の接合強度は、表面自由エネルギーのd成分と相関性を有していると推察され、ステンレス鋼基板の表面における疎水性と、ステンレス鋼基板の接合膜に対する密着性とが相関性を有していると考えられた。
また、図11から明らかなように、ステンレス鋼基板の加熱温度が高いほど、表面自由エネルギーのd成分が高くなっており、この点からも、接合体の接合強度が、表面自由エネルギーのd成分と相関性を有していることが裏付けられる結果が得られた。
【符号の説明】
【0133】
1……接合体 10……ノズルプレート 11……ノズル孔 15……接着層 20……吐出液貯留室形成基板 21……第1の基材 22……第2の基材 23、24……接合面 25……接着層 3……接合膜 30……液状被膜 32……表面 35……液状材料 40……支持板 50……圧電素子 51……圧電体層 52……電極膜 53……凹部 60……ケースヘッド 61……吐出液供給路 70……リザーバ 9……インクジェットプリンタ 92……装置本体 921……トレイ 922……排紙口 93……ヘッドユニット 931……インクカートリッジ 932……キャリッジ 94……印刷装置 941……キャリッジモータ 942……往復動機構 943……タイミングベルト 944……キャリッジガイド軸 95……給紙装置 951……給紙モータ 952……給紙ローラ 952a……従動ローラ 952b……駆動ローラ 96……制御部 97……操作パネル P……記録用紙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコーン材料を主材料として構成される被膜が形成され、ステンレス鋼を主材料として構成される基材の前処理方法であって、
前記基材の前記被膜が形成される側の表面におけるCr/Feが0.025以下となる表面処理を施すことを特徴する基材の前処理方法。
【請求項2】
前記表面処理は、前記基材を加熱する加熱処理である請求項1に記載の基材の前処理方法。
【請求項3】
前記加熱処理における加熱温度は、90℃以上、300℃以下である請求項2に記載の基材の前処理方法。
【請求項4】
前記表面処理に先立って、前記基材の表面から不純物を除去する除去工程を有する請求項1ないし3のいずれかに記載の基材の前処理方法。
【請求項5】
前記基材に前記表面処理を施すことにより、前記表面の水接触角を48°以上とする請求項1ないし4のいずれかに記載の基材の前処理方法。
【請求項6】
前記ステンレス鋼は、SUS430またはSUS316である請求項1ないし5のいずれかに記載の基材の前処理方法。
【請求項7】
前記被膜は、前記基材に前記シリコーン材料を含有する液状材料を供給することにより、液状被膜を形成した後、前記液状被膜を乾燥および/または硬化して形成されたものである請求項1ないし6のいずれかに記載の基材の前処理方法。
【請求項8】
前記シリコーン材料は、分枝部において下記化学式(1)で表わされる単位構造を有し、連結部において下記化学式(2)および下記化学式(3)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有し、末端部において下記化学式(4)および下記化学式(5)のうちの少なくとも一方で表わされる単位構造を有する分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものである請求項1ないし7のいずれかに記載の基材の前処理方法。
【化1】

[式中、各Rは、それぞれ独立して、メチル基またはフェニル基を表し、Xはシロキサン残基を表す。]
【請求項9】
前記シリコーン材料は、前記分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、トリメチロールプロパンおよびテレフタル酸がエステル化反応することにより得られたポリエステル樹脂が脱水縮合反応して得られるポリエステル変性シリコーン材料である請求項8に記載の基材の前処理方法。
【請求項10】
前記シリコーン材料は、前記分枝状をなすポリオルガノシロキサン骨格を有するものに、エポキシ樹脂が付加反応して得られるエポキシ変性シリコーン材料である請求項8に記載の基材の前処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−64186(P2013−64186A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204293(P2011−204293)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】