説明

基板表面の親水化方法、親水性部材、それを用いた微粒子操作容器及び微粒子操作装置

【課題】
親水化処理を極短時間で簡便に行うことができ、かつ親水性が半永久的に継続される親水化方法および親水性部材を提供し、またその新水性部材を用いた、再度親水化処理を行わなくとも繰り返し使用可能な微粒子操作容器及び微粒子操作装置を提供する。
【解決の手段】
タンパク質含有溶液中に樹脂、ガラスなどの基板を配置することで基板表面をタンパク質含有溶液に浸漬もしくは接触させ、続いて電圧を印加する親水化処理方法、その方法により親水化した親水性部材、当該親水部材を用いた微粒子操作容器、及び当該微粒子操作容器を用いた微粒子操作装置を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板表面の親水化方法およびその方法により親水化した親水性部材、とそれを用いた微粒子操作容器及び微粒子操作装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、樹脂やガラス等の基板表面を親水化する方法として、コロナ放電処理が広く行われてきた。コロナ放電とは、高周波高電圧の気中で、電解内にて起きる、原子、分子、電子イオン間でのそれぞれの衝突などによって、電子エネルギーの励起、さらに光子の放出が起こり、電極の近傍にて発光・放電することを示す。このコロナ放電のエネルギーを物質の表面で作用させた場合、その表面がエネルギーを受け、表面エネルギーが高くなり活性化された状態になる。さらにプラスチックなどでは、表面にカルボニル基等の極性基が生成され、親水性が向上する。この一例として、ポリカーボネート延伸フィルムのような疎水性プラスチックフィルムの表面にコロナ放電処理を施し、このコロナ放電処理フィルムを用いた液晶ディスプレイ用位相差板が提案されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、コロナ放電処理による親水化方法は、親水化処理効果の程度および寿命が短く、その親水化効果・寿命を長くするために処理強度を上げるとフィルムシートなどを処理した場合、フィルムにピンホールが発生する、温度上昇によってしわが発生する等、フィルムが傷むことが問題となっていた。
【0003】
また、別の親水化方法として、疎水性プラスチックフィルムに大気圧近傍の圧力雰囲気下においてプラズマ処理を行い、表面の親水性を向上させる親水化処理方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。ここで、プラズマ処理とは、電子・イオン・ラジカルなどの活性種が存在する電気的に中性な電離気体(プラズマ)を絶縁体の表面に照射することにより、基板表面における有機汚染物の除去や化学結合状態を変化させ、基板表面を改質する処理である。プラズマ処理には、非重合性ガス(Ar、Oなど)を用いるプラズマ表面処理と有機モノマーを用いて絶縁体の表面を高分子薄膜でコーティング処理するプラズマ重合がある。プラズマ表面処理は、Arなどの非反応性ガスによる表面架橋層の形成、Oなどの反応性ガスによる官能基の導入などがあり、酸素プラズマ処理により−COOHや−COを導入し、基板表面の親水性を向上させる方法である。しかしながら、プラズマ処理は親水性部材の表面を傷めることなく短時間で処理が行える一方で処理装置の価格が非常に高いという問題点がある。
【0004】
さらに、別の親水化方法として、光触媒をコーティングした基板表面に対し、紫外線照射もしくは高電圧を印加することによって基板表面の親水性を向上させる方法がある(例えば、特許文献3参照)。ここで光触媒とは光を吸収することによって触媒作用を示す物質の総称であり、代表的な光触媒物質としては酸化チタン(TiO)が知られている。酸化チタンは光を吸収すると酸化作用、親水作用を示す。酸化作用は光を照射した際に表面に発生する活性酸素によるものであり、有機物を分解することから、抗菌、消臭、防汚、空気浄化など様々な分野で使用されている。また、酸化チタンは光を当てない状態では疎水性であるが、紫外線を照射することによって酸化チタン表面の親水基である−OH基が増加し、親水性を示すことから自動車のドアミラーフィルムや自動車のボディーコートに利用されている。しかしながら、これら光触媒を用いた親水化法は、親水化処理効果の寿命が短いこと、光触媒のコーティング処理ならびに電圧印加処理に数時間を有することが問題となっていた。
【0005】
その他に化学修飾による基板表面の親水化方法も知られている。化学修飾とは、水酸基やカルボキシル基、アミノ基、スルホン基などの親水基を有する誘導体やシランカップリング剤などを基板表面へ結合させることで親水化する方法である。シランカップリング剤は有機物とケイ素から構成される化合物であり、分子中に無機質材料と化学的結合をする反応基と有機質材料と化学的結合をする反応基の2種以上の異なった反応基を有している。そのため、親水基を有するシランカップリング剤を使用し、希薄溶液に基板を浸漬すれば、容易に基板表面を均一に親水化することが可能である。しかしながら、シランカップリング剤等による化学修飾は、基板洗浄、浸漬、高温乾燥等の処理が必要であるため、処理に数時間要する。
【0006】
したがって、基板等の材料を極短時間で簡便に親水化させ、かつ親水性が半永久的に継続される親水性部材を提供することが課題となっていた。
【0007】
【特許文献1】特開平4−347802号公報
【特許文献2】特開2002−226616号公報
【特許文献3】特開2000−178529号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、かかる従来の実状に鑑みて提案されたものであり、親水化処理を極短時間で簡便に行うことができ、かつ親水性が半永久的に継続される親水化方法および親水性部材を提供し、またその新水性部材を用いた、再度親水化処理を行わなくとも繰り返し使用可能な微粒子操作容器及び微粒子操作装置を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は上記課題を解決するものとして、タンパク質含有溶液中に樹脂、ガラスなどの基板を配置することで基板表面をタンパク質含有溶液に浸漬もしくは接触させ、続いて電圧を印加することで、上記の従来技術の課題を解決することができることを見出し、遂に本発明を完成するに至った。以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明は、基板をタンパク質含有の水溶液に浸漬もしくは接触させ、前記基板表面に電圧を印加する、表面の親水化方法である。
【0011】
また本発明は、前記基板表面に電圧を印加する電極は平板状である、上記の親水化方法である。
【0012】
また本発明は、前記基板表面をタンパク質含有の水溶液に浸漬もしくは接触させた後に、電圧を印加する、上記の親水化方法である。
【0013】
また本発明は、前記基板表面に印加する電圧が直流パルス電圧である、上記の親水化方法である。
【0014】
また本発明は、前記基板表面に印加する直流パルス電圧の電圧(V)とパルス幅(秒)と印加回数(回)の積が0.4以上である基板表面の親水化方法であって、上記電圧とパルス幅と印加回数の積が0.4以上の条件で、前記基板表面に印加する直流パルス電圧が200V以上、または/かつ、前記基板表面に印加する直流パルス電圧の印加回数が50回以上である、基板表面の親水化方法である。
【0015】
また本発明は、前述した親水化法方法で親水化した親水性部材であって、θ/2法を用いて測定した前記親水性部材の表面の接触角が70°未満である、親水性部材である。
【0016】
また、本発明の微粒子操作容器は、前記親水性部材を用いた微粒子操作容器であって、上部電極と下部電極の間に、スペーサーを配置し、複数の微細孔をアレイ状に形成した前記親水性部材をスペーサーと下部電極で挟んだ構造を有する、微粒子操作容器である。
【0017】
また、本発明の微粒子操作装置は、前記微粒子操作容器を用いた微粒子操作装置であって、前記微粒子操作容器と、微粒子を操作するための電圧を微粒子操作容器に設置された電極間に印加する電源から構成される、微粒子操作装置である。
【0018】
以下に、本発明における基板の親水化方法に関してさらに詳細に説明する。
【0019】
本発明の親水化方法および親水性部材は、タンパク質含有溶液中に樹脂、ガラスなどの基板を配置することで基板表面をタンパク質含有溶液に浸漬もしくは接触させ、続いて電圧を印加することで、基板を極短時間で簡便に親水化させ、かつ親水性が半永久的に継続する親水化方法および親水性部材である。
【0020】
ここで、タンパク質溶液とは、タンパク質を適当な溶媒に溶解させた液である。また、タンパク質とはアミノ酸が多数連結した高分子化合物であり、その種類に特に制限はないが一般的には、血清、乳汁、卵の白身などに含まれる可溶性タンパク質であるBSA(ウシ血清アルブミン)、OVA(卵白オボアルブミン)等が好ましい。さらに、ここで用いる溶媒はタンパク質が溶解するものであれば特に制限はないが、上記タンパク質を用いた場合は純水やマンニトール、グルコース等の糖含有溶媒、リン酸、トリスなどの緩衝液が好ましい。タンパク質濃度や溶媒濃度に特に制限はないが、例えば、BSA(ウシ血清アルブミン)では0.1から1 mg/mL、マンニトール溶液ならば200から400mMが好ましい。
【0021】
また、基板は疎水性であれば特に制限はないが、樹脂、ガラスなどが好ましく、金属等に疎水性レジストやフィルムが成膜された部材でもよい。ここで、本発明における疎水性とは、接触角が70°以上であることと定義し、親水性とは、接触角が70°未満であることと定義する。さらに、接触角の測定は、基板上に滴下した液滴の左右端点と頂点を結ぶ直線の、固体表面に対する角度から接触角を算出するθ/2法を用いればよい。
【0022】
次に電圧は、一定時間同じ電圧が基板に印加されているのであれば特に制限はないが、電圧は直流パルス電圧が好ましい。さらに後述する実施例で詳細に記述するが、発明者らは鋭意検討し、印加する直流パルス電圧の電圧(V)とパルス幅(秒)と印加回数(回)の積を0.4以上とすることで、親水性の度合い、すなわち接触角が70°未満になることを見出した。また、印加する直流パルス電圧の条件が、上記の電圧とパルス幅及び印加回数の積が0.4以上であれば特に制限はないが、例えば電圧値は200V以上、印加回数は50回以上であることが好ましい。電圧、印加回数の上限は、親水化させようとする部材が絶縁破壊を起こさない範囲であれば特に制限はない。また、パルス幅に特に制限はないが、一般的に入手可能な装置により数分程度で親水化処理できるようにするためには、1〜1000μsであることが好ましい。
【0023】
また、処理時間は、基板をタンパク質含有溶液に浸漬させた後に、電圧を印加すればよいので、直流パルス電圧を100回印加した場合でも1分程度で親水化が完了する。また、基板に電圧が印加されれば、この時に流れる電流に特に制限はない。
【0024】
基板表面に電圧を印加する方法としては、基板そのものが導電性の場合は、直接基板に電圧を印加する。また、導電性部材にレジスト等の疎水性部材が成膜されている場合は、成膜された導電性部材ごと直接電圧を印加してよい。
【0025】
一方、基板そのものが導電性でない場合は、タンパク質含有溶液中に対向に配置された導電性部材よりなる一対の電極間に基板を設置し、その電極に電圧を印加すればよい。
【0026】
次に図を用いて本発明の親水化処理方法の一例を示す。
【0027】
図1には本発明の親水化処理装置の概念図を示す。また、図2は図1におけるAA’での断面を示す。図1のように上部電極(1)と下部電極(2)の間に、スペーサー(3)を配置し、親水化処理したい疎水性部材(4)を下部電極に配置した装置を用いて親水化処理を行えばよい。上部電極と下部電極の材質は導電性部材であって化学的に安定な部材であればとくに制限はなく、白金、金、銅などの金属やステンレスなどの合金及び、ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムスズ)等の透明導電性材料を成膜したガラス基板などでもよい。上部電極と下部電極には導電線(8)を介して電源(9)が接続されている。また、上部電極と下部電極の面積は、親水化する基板領域を覆うことができれば、特に制限はない。スペーサーは、上部電極と下部電極が直接接触しないように設けられ、かつ親水化部位にタンパク質含有溶液が接触するスペースを確保するための貫通孔を有しているものであり、その材質は絶縁材料であればよく、例えばガラス、セラミック、樹脂等がある。またスペーサーには、タンパク質溶液を導入するための導入口(5)と、それに連通する排出口(6)が設けられていてもよい。スペーサーのサイズは上部電極と下部電極が接触しなければ特に制限はないが、前記電極に合わせたサイズが好ましい。親水化領域(7)を形成するスペーサーの内側の空間は親水化する領域の面積が保たれていれば、特に制限はない。また、スペーサーの厚みも特に制限はないが、0.5から2.0mm程度が好ましい。
【0028】
以上のような処理装置と処理方法を用いて基板をタンパク質含有の水溶液に浸漬もしくは接触させた後に、電圧を印加することで親水化処理を極短時間で簡便に行うことができ、かつ親水性が半永久的に保つことが可能となる。
【0029】
また、上述したように上記親水化処理方法で親水化処理した親水性部材は、親水性が半永久的に保つことが可能であるため、例えば、疎水性部材に非特異的に吸着してしまう細胞などの微粒子などを操作、処理する微粒子操作容器及び微粒子操作装置には特に有用であり、実験後、超音波洗浄等で本発明に記載した親水性部材を洗浄したとしても、その親水性は半永久的に保たれており、再度親水化処理を行わなくとも前記微粒子操作容器は何回も繰り返し使用することが可能となる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、以下の効果を奏することができる。
(1)本発明の親水化方法においては、基板表面の親水化を極短時間で簡便に行うことが可能になる。
(2)本発明の親水化方法、親水性部材においては、基板表面の親水性が半永久的に継続されることが可能になる。
(3)本発明の親水化方法、親水化部材を用いることで、細胞のような疎水性の微粒子を扱う微粒子操作容器及び微粒子操作装置において、微粒子操作容器を洗浄した際に、再度親水化処理を施すことなく、繰り返し使用することが可能となる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更が可能であることは言うまでもない。
【0032】
(実施例1)
図3〜5は、本発明にかかる実施例を示す。図3は親水化処理する部材を示す。また、図5は図4で示した各部材が集合して組みあがった装置におけるBB’での断面を示す。
【0033】
ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムスズ)(11)を成膜(膜厚150nm)した縦70mm×横40mm×厚さ1mmのパイレックス(登録商標)ガラス(12)のITO成膜面にレジスト(10)を5μmの膜厚になるようスピンコーターを用いて塗布し、1分自然乾燥後、ホットプレートを用いてプリベーク(65℃、1分 → 95℃、3分)を行った。レジストには疎水性のエポキシ系レジストを用いた。
【0034】
このようにして作製した疎水性レジスト成膜下部電極(13)上の親水化処理領域にスペーサー(3)を設置し、上部電極(1)を図のように積層し圧着した。また、図に示すように、タンパク質含有溶液を導入、排出するための導入口(5)と排出口(6)を設けた。この時の電極間距離は1.5mmである。また、電極間に電圧を印加する電源(9)は導電線(8)を介して図のように接続した。電源は、直流パルス電圧を印加する直流パルス電源として、ネッパジーン社製・LF101を用いた。続いて、BSA(0.1mg/mL)水溶液をスペーサーの導入口よりピペットを用いて注入し、注入後に電源により、電極間に電圧900V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を0.5秒間隔で、50回および100回印加した。電圧を100回印加するのに要する時間は1分以内であった。
【0035】
次に(i)直流パルス電圧を印加しない場合、(ii)直流パルス電圧を50回(パルス幅30μs)印加した場合、(iii)直流パルス電圧を100回(パルス幅30μs)印加した場合、(iv)Oプラズマ処理した場合、の基板に純水を滴下し、そのときに基板表面に形成される液滴と基板表面との接触角を測定することによって基板表面の親水性を評価した。その結果、直流パルス電圧を印加しない場合は、接触角89°であったのに対し、直流パルス電圧を50回(パルス幅30μs)印加した場合では、接触角55°であり、直流パルス電圧を100回(パルス幅30μs)印加した場合は接触角50°であった。また、Oプラズマ処理した場合は、接触角66°であったことから、BSA含有溶液中にて直流パルス電圧を印加することによって、極短時間で簡便に、かつ、Oプラズマ処理以上に基板表面の親水性を向上させることができた。また、この親水化基板は100回の超音波洗浄を実施しても親水性の著しい低下が認められず、接触角70°未満を維持し続けた。
【0036】
(実施例2)
実施例1と同じ方法で作製したレジスト成膜基板を用いて、直流パルス電圧の印加回数を100回(パルス幅30μs)に固定し、電圧値を0〜900Vに変化させてレジスト成膜基板の親水化処理を行い、基板表面の親水性を評価した。なお、電圧値0Vは、BSA溶液に1分浸漬した基板とした。その結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

表1ではNo1として電圧を印加しない場合、No2、No3、No4、No5では、それぞれ、100V、200V、500V、900V印加した場合を示す。表1より明らかなように、電圧値の上昇とともに接触角は小さくなり、200V以上で、基板表面に十分な親水性が付与されたことがわかる。一方、電圧値が200V未満では、電圧を印加しなかった場合の基板より接触角は小さくなるものの、その効果は不十分であった。
【0038】
(実施例3)
また、実施例1と同じ方法で作製したレジスト成膜基板を用いて、直流パルス電圧の電圧値を900Vに固定し、印加回数を0〜100回(パルス幅30μs)に変化させてレジスト成膜基板の親水化処理を行い、基板表面の親水性を評価した。その結果を表2に示す。
【0039】
【表2】

表2ではNo1として印加回数が1回の場合、No2、No3、No4、No5では、それぞれ、10回、25回、50回、100回印加した場合を示す。表2より、直流パルス電圧の印加回数が50回以上で接触角は大幅に小さくなり、十分に親水化されたことがわかる。
【0040】
ここで、実施例1〜3の結果をもとに、横軸に直流パルス電圧の電圧(V)とパルス幅(秒)及び印加回数(回)の積を、縦軸に接触角(°)を示したグラフを図6に示す。図6に示すように、電圧とパルス幅及び印加回数の積が0.4以上で、本発明で定義した親水性を示す接触角が70°未満となった。
【0041】
(実施例4)
図8に実施例4に用いた微粒子操作装置の概念図を示す。微粒子操作装置は、微粒子懸濁液を入れて微粒子の操作を行う微粒子操作容器(14)と、微粒子を操作するための電圧を微粒子操作容器に設置された電極間に印加する電源(9)から構成される。微粒子操作容器は、図8に示すように上部電極(1)と下部電極(2)の間に、スペーサー(3)を配置し、複数の微細孔をアレイ状に形成した絶縁体(15)をスペーサーと下部電極で挟んだ構造を有する。なお、本実施例では、図7に示すように一般的なフォトリソグラフィーとエッチングにより、下部電極(2)と複数の微細孔をアレイ状に形成した絶縁体を一体形成した微細孔付き絶縁体一体型下部電極(16)を用いた。
【0042】
上部電極と下部電極は、縦70mm×横40mm×厚さ1mmのパイレックス(登録商標)基板に、ITOを成膜(膜厚150nm)したものを用いた。スペーサーは、縦40mm×横40mm×厚さ1.5mmのシリコンシートの中央を縦20mm×横20mmにくりぬいた形状にして用いた。
【0043】
また、図8に示すように、微粒子が含有した懸濁液を導入、排出するための導入口(5)と排出口(6)を設けた。
【0044】
複数の微細孔を有する絶縁体(15)は、図7に示すフォトリソグラフィーとエッチングによる方法により下部電極に一体形成することで作製した。
【0045】
はじめに、ITO(11)を成膜したパイレックス(登録商標)ガラス(12)のITO成膜面にレジスト(10)を5μmの膜厚になるようスピンコーターを用いて塗布し、45分自然乾燥後、ホットプレートを用いてプリベーク(65℃、1分 → 95℃、3分)を行った。レジストにはエポキシ系のネガタイプレジストを用いた。
【0046】
次に、縦30mm×横30mmのエリアに、微細孔と微細孔の縦と横の間隔が30μmで、縦1000個×横1000個のアレイ状に並べた直径φ8.5μmの微細孔パターンを描いた露光用フォトマスク(17)を用いて、UV露光機にてレジストを露光(18)し、現像液(19)で現像した。露光時間と現像時間は、微細孔の深さがレジストの膜厚と等しい5μmになるように調整し、微細孔の底面にITOが露出するようにした。
【0047】
現像後、ホットプレートを用いてポストベーク(115℃、30分)を行い、レジストを固めた。このようにして作製した微細孔付き絶縁体一体型下部電極(16)の絶縁体部の親水性を評価するために、絶縁体表面に純水を滴下し、そのときに絶縁体の表面に形成される液滴と絶縁体の表面との接触角を測定したところ、接触角は約79°であり疎水性であった。
【0048】
次に、上部電極(1)、スペーサー(3)、微細孔付き絶縁体一体型下部電極(16)を図9のように積層し圧着し、微粒子操作容器を製作した。シリコンシートの表面は粘着性があり、圧着することで各部品は密着し、微粒子を含有した懸濁液を漏れなく微粒子操作容器の中に入れることができた。スペーサーをくりぬいた面積が縦20mm×横20mmであることから、この空間に存在する微細孔の数は約40万個である。また、電極間に電圧を印加する電源は、交流電圧を発生する交流電源(21)としてエヌエフ回路設計ブロック製・WF1966、直流パルス電圧を発生する直流パルス電源(22)としてネッパジーン社製LF101を、図8に示すようにリード線及び切替スイッチ(20)を介して接続した。
【0049】
次に、微細孔付き絶縁体を親水化するために、BSA(0.1mg/mL)水溶液をスペーサーの導入口よりピペットを用いて注入し、注入後に電源の接続を直流パルス電源に切り替え、電極間に電圧900V、パルス幅30μsの直流パルス電圧を0.5秒間隔で100回印加した。電圧を100回印加するのに要する時間は1分以内であった。上記処理を実施した後、微粒子操作容器を再度分解し、微細孔付き絶縁体一体型下部電極の絶縁体に純水を滴下し、そのときに基板表面に形成される液滴と絶縁体表面との接触角を測定したところ、接触角50°であり、十分親水化されていることがわかった。
【0050】
次に、上記親水化処理した微細孔付き絶縁体一体型下部電極で構成した微粒子操作容器に、実際に微粒子懸濁液を導入し、微細孔に微粒子を電気的な力(誘電泳動力)により引き寄せる微粒子操作を行った。本実施例の微粒子には、マウスミエローマ細胞(φ10μm)を用い、300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、0.7×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。
【0051】
ここで誘電泳動力とは、電圧が集中した部位に細胞等の誘電体微粒子が引き寄せられる力である。よって、本実施例のように、電圧を印加した電極間に設置した微細孔において電圧が集中し、細胞が微細孔の部位に引き寄せられ固定される。一般に、誘電泳動力の大きさは、微粒子の大きさと印加する電圧及び、微粒子の誘電率と微粒子を含有する懸濁液の誘電率の差に比例する。
【0052】
上記細胞懸濁液600μL(細胞数:約40万個)をスペーサーの導入口よりシリンジを用いて注入し、交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの正弦波交流電圧を電極間に印加したところ、誘電泳動力によりアレイ状に形成した微細孔に細胞を引き寄せて固定する微粒子操作が可能となった。
【0053】
実験後、微粒子操作容器を超音波洗浄して乾燥し、再度、上記細胞懸濁液600μL(細胞数:約40万個)をスペーサーの導入口よりシリンジを用いて注入し、交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの正弦波交流電圧を電極間に印加し、誘電泳動力によりアレイ状に形成した微細孔に細胞を引き寄せて固定する実験を10回以上繰り返したところ、微細孔付き絶縁体一体型下部電極について再度親水化処理を行わなくとも、いずれも、誘電泳動力によりアレイ状に形成した微細孔に細胞を引き寄せて固定する微粒子操作が可能であった。
【0054】
(比較例1)
実施例1と同じITO(11)を成膜したパイレックス(登録商標)ガラス(12)のITO成膜面にレジスト(10)を5μmの膜厚になるようスピンコーターを用いて塗布し、1分自然乾燥後、ホットプレートを用いてプリベーク(65℃、1分 → 95℃、3分)を行った。レジストには疎水性のエポキシ系レジストを用いた。続いて、前記基板をタンパク質含有溶液に1時間を浸漬することで親水化処理を行った。1時間浸漬処理後は接触角68°であり、親水化されていたが、超音波洗浄を行うとともに親水化処理効果が低下し、10回超音波洗浄した時点で接触角76°となった。
【0055】
(比較例2)
実施例4に用いた微粒子操作装置と同様の装置を用いて以下の比較例2の実験を行った。ただし、微細孔付き絶縁体を親水化するために、微細孔付き絶縁体一体型下部電極をBSA(1mg/mL)含有の300mM濃度のマンニトール水溶液に約1時間浸し、絶縁体表面にBSAを物理吸着させた。BSAを物理吸着させた後、同様に、絶縁体表面に純水を滴下し、そのときに絶縁体の表面に形成される液滴と絶縁体の表面との接触角を測定したところ、接触角は約53°であり、親水性であることを確認した。
【0056】
次に、上記親水化処理した微細孔付き絶縁体一体型下部電極で構成した微粒子操作容器に、実際に微粒子懸濁液を導入し、微細孔に微粒子を電気的な力(誘電泳動力)により引き寄せる微粒子操作を行った。本実施例の微粒子には、マウスミエローマ細胞(φ10μm)を用い、300mMの濃度のマンニトール水溶液に懸濁させ、0.7×10個/mLの密度になるように細胞懸濁液を調整した。
【0057】
上記細胞懸濁液600μL(細胞数:約40万個)をスペーサーの導入口よりシリンジを用いて注入し、交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの正弦波交流電圧を電極間に印加したところ、誘電泳動力によりアレイ状に形成した微細孔に細胞を引き寄せて固定する微粒子操作が可能となった。
【0058】
実験後、微粒子操作容器を超音波洗浄して乾燥し、再度、上記細胞懸濁液600μL(細胞数:約40万個)をスペーサーの導入口よりシリンジを用いて注入し、交流電源により電圧10Vpp、周波数3MHzの正弦波交流電圧を電極間に印加し、誘電泳動力によりアレイ状に形成した微細孔に細胞を引き寄せて固定する実験を繰り返したところ、徐々に細胞が微細孔に引き寄せられなくなり、本実験を10回繰り返した時点で、微細孔付き絶縁体に細胞が非特異的に吸着してしまい、誘電泳動力により細胞を微細孔に引き寄せて固定するという微粒子操作ができなくなった。このときの微細孔付き絶縁体の絶縁体表面に純水を滴下し、そのときに絶縁体の表面に形成される液滴と絶縁体の表面との接触角を測定したところ、接触角は約83°であり、疎水性に戻っていた。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明における親水化処理方法の概念図である。
【図2】図1に示したAA’断面図である。
【図3】本発明にかかる実施例において親水化処理を施す基板の図である。
【図4】本発明にかかる実施例を示し、各部材を分離して示した図である。
【図5】図4で示した各部材が集合して組みあがった装置のBB’断面図である。
【図6】直流パルス電圧の電圧とパルス幅及び印加回数の積と接触角の関係を示すグラフである。
【図7】本実施例で用いた微細孔付き絶縁体一体型下部電極を製作するための一般的なフォトリソグラフィーとエッチング方法を示す概略図である。
【図8】本発明及び実施例4に用いた微粒子操作容器及び微粒子操作装置の概念図である。
【図9】図8に示した微粒子操作容器のCC’断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1:上部電極
2:下部電極
3:スペーサー
4:疎水性部材
5:導入口
6:排出口
7:親水化領域
8:導電線
9:電源
10:レジスト
11:ITO
12:パイレックス(登録商標)ガラス
13:疎水性レジスト成膜下部電極
14:微粒子操作容器
15:絶縁体
16:微細孔付き絶縁体一体型下部電極
17:露光用フォトマスク
18:露光
19:現像液
20:切替スイッチ
21:交流電源
22:直流パルス電源
23:微粒子操作領域
24:微細孔
25:微粒子操作装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板をタンパク質含有の水溶液に浸漬もしくは接触させ、前記基板表面に電圧を印加することを特徴とする基板表面の親水化方法。
【請求項2】
前記基板表面に電圧を印加する電極は平板状であることを特徴とする請求項1に記載の基板表面の親水化方法。
【請求項3】
基板をタンパク質含有の水溶液に浸漬もしくは接触させた後に、電圧を印加することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の基板表面の親水化方法。
【請求項4】
前記基板表面に印加する電圧が、直流パルス電圧であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の基板表面の親水化方法。
【請求項5】
前記基板表面に印加する直流パルス電圧の電圧(V)とパルス幅(秒)と印加回数(回)の積が0.4以上であることを特徴とする請求項4に記載の基板表面の親水化方法。
【請求項6】
前記基板表面に印加する直流パルス電圧が200V以上であることを特徴とする請求項5に記載の基板表面の親水化方法。
【請求項7】
前記基板表面に印加する直流パルス電圧の印加回数が50回以上であることを特徴とする請求項5または請求項6に記載の基板表面の親水化方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の親水化方法で親水化した親水性部材であって、θ/2法を用いて測定した前記親水性部材の表面の接触角が70°未満であることを特徴とする親水性部材。
【請求項9】
請求項8に記載の親水性部材を用いた微粒子操作容器であって、上部電極と下部電極の間に、スペーサーを配置し、複数の微細孔をアレイ状に形成した前記親水性部材をスペーサーと下部電極で挟んだ構造を有する微粒子操作容器。
【請求項10】
請求項9に記載の微粒子操作容器を用いた微粒子操作装置であって、前記微粒子操作容器と、微粒子を操作するための電圧を微粒子操作容器に設置された電極間に印加する電源から構成される事を特徴とする微粒子操作装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−307454(P2008−307454A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−156670(P2007−156670)
【出願日】平成19年6月13日(2007.6.13)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】