説明

塑性ひずみの評価システムおよび評価方法

【課題】測定対象物の表面の塑性ひずみを非破壊的に評価することが可能なシステムおよび方法を提供する。
【解決手段】測定対象物の表面にX線を入射し、X線の回折角と回折強度を計測するX線回折装置と、X線の回折角と回折強度からX線回折強度曲線を得るとともに、測定対象物の試験片を用いて予め求めた、X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、およびX線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有する画像解析装置とを備える。画像解析装置は、X線回折装置で得た測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表すデータとから、測定対象物の塑性ひずみを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塑性ひずみの評価システムおよび評価方法に関し、より詳細には、X線回折現象を利用する非破壊的な塑性ひずみの評価システムおよび評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
構造物の表面は、研削や研磨などの加工履歴により、一般的に塑性ひずみが残留する。塑性ひずみは、加工度を反映する指標として、構造物の表面仕上げ状態を評価するときに使われる。特に、応力腐食環境において稼動する構造物の場合は、表面加工度が高いほど応力腐食割れ(SCC:stress corrosion cracking)の発生感受性が高まることが知られている。また、表面加工により形成される塑性変形帯や表面微細結晶組織は、SCCの発生起点や進展経路となる可能性があることが示唆されている。
【0003】
多結晶金属材料の場合は、塑性変形が発生するとき、転位やせん断すべりが粒界に拘束され、結晶粒内で方位差が生じる。従来の研究により、塑性ひずみの評価において、電子後方散乱回折法(EBSD:electron backscattering diffraction)の局地方位差パラメータを用いることの有効性が検討されている。例えば、KAM(Kernel Average Misorientation)やGROD(Grain Reference Orientation Deviation)という局地方位差パラメータにより、塑性ひずみを表すことの有効性が検証されている。
【0004】
KAMは、ある測定点とこれに隣接する測定点との方位差(ミスオリエンテーション)の平均値であり、微細部の方位差を検出することができる。ただし、隣接測定点間の距離、即ち測定ステップの設定値に依存する。このため、測定条件が異なると、得られるKAMの値は、たとえ同一測定箇所であっても必ずしも一定ではない。
【0005】
GRODは、同一結晶粒内の平均方位を求め、測定点と結晶の平均方位との方位差を表すパラメータである。同一結晶粒内で、測定点と結晶の平均方位との方位差を、この測定点のGRODと定義する。結晶の平均方位は、同一結晶粒内で、すべての測定点の方位平均値、または最小KAM値を持つ測定点の方位と定義される。GRODは、隣接測定点の代わりに、平均結晶方位との結晶方位差を表すため、測定ステップの設定に依存しなく、より高い信頼性が期待される。GRODについての詳細は、非特許文献1に記載されている。
【0006】
EBSD分析は、SEMの試料チャンバーの中で行うため、測定対象物から測定用サンプルを製作する必要がある。つまり、EBSD法は破壊的な分析手法である。
【0007】
実機構造物や大型部品を測定する場合は、非破壊的な手法が要求される。X線回折法は、非破壊的な測定方法として、結晶構造分析、成分分析および残留応力測定など、様々な材料評価に適用されている。X線回折法とは、入射X線が結晶材料内部における原子の規則的に配列した格子面に当たると、異なる格子面同士間の光路差がちょうどX線波長の整数倍の場合に、反射したX線がお互いに干渉して強め合うという現象を利用する方法である。
【0008】
従来は、回折X線の回折角や回折強度を記録するために、ゴニオメータ、0次元のシンチレーションカウンタ(SC:scintillation counter)または一次元の位置敏感型検出器(PSD:position sensitive detector)が応用されている。
【0009】
また、最近は、短時間で広い範囲の回折情報を取得できる二次元検出器を設けたX線回折装置の研究開発が進められている。例えば、二次元の位置敏感型比例計数管(PSPC:position sensitive proportional counter)、またはイメージングプレート(IP:imaging plate)を代表とする輝尽性蛍光体を二次元検出器に適用する事例が報告されている。
【0010】
イメージングプレートは、輝尽発光体(BaFX:Eu2+、X=Br、I)を塗布したフィルムである。X線をイメージングプレートに照射すると、蛍光体中に準安定な一種の着色中心が形成される。その後、読み取り装置で蛍光体にレーザー光を照射すると、蛍光体に貯えられていたX線エネルギーは、蛍光として放出される。蛍光面上でレーザーを二次元的走査して、発生する蛍光を光電子増倍管で時系列信号として測定すれば、蛍光面上に記録されたX線情報を読み出すことができる。また、イメージングプレートは、可視光で感光させると着色中心が消去されるので、繰り返し使用することが可能である。
【0011】
EBSD法またはX線回折強度曲線の半価幅(FWHM:full width at half maximum)を利用した材質の非破壊的検出について、いくつかの公知例が開示されている。
【0012】
特許文献1は、X線回折法を用いて、結晶の表面から深さ方向への結晶性の変化を評価することにより、結晶表面層の結晶性を評価する方法を提供している。結晶の一つの結晶格子面に対する回折条件を満たすように、連続的にX線侵入深さを変えて結晶にX線を照射して、この結晶格子面についてのX線回折強度曲線における面間隔および回折ピークの半価幅、またはロッキングカーブにおける半価幅の変化量を評価する。ただし、表面の塑性ひずみ評価についての応用は、論じられていない。
【0013】
特許文献2は、鋼板成形品の耐遅れ破壊性の評価において、水素量と、遅れ破壊が発生する際の鋼材の組織内における結晶粒のひずみとを対応付けた関係を用いて、鋼板成形品の評価部位の組織内における結晶粒のひずみに対応した水素量を求めることで、評価部位に遅れ破壊を発生させる水素量を推定する遅れ破壊水素量推定工程を行う。結晶粒のひずみの評価において、EBSDの局地方位差パラメータKAMおよびX線回折ピークの半価幅を用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第2615064号公報
【特許文献2】特開2011−033600号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】R. Ishibashi, H. Hato and F. Yoshikubo, Mechanism of Compressive Residual Stress Introduction on Surfaces of Metal Materials by Water-Jet Peening, Proceedings of the ASME 2010 Pressure Vessels & Piping Division, PVP2010 Washington, USA (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
測定部の塑性ひずみの評価については、従来から、EBSD法の局地方位差パラメータKAMなどと塑性ひずみとの相関性を利用した研究がなされている。ただし、EBSD法は、破壊的な分析手法であるため、実機構造物や製造部品などの非破壊的な手法が要求される場合には適用できない。
【0017】
一方、非破壊的手法として、X線回折強度曲線の半価幅または回折斑点の広がりから、格子ひずみや転位密度を評価する方法が提案されている。格子ひずみは、面間隔の変化を、無ひずみの状態での格子面間隔で割ったものである。塑性ひずみは、転位およびせん断すべりが発生して形成する永久ひずみである。例えば、Williamson-Hall法によると、X線回折強度曲線の半価幅は、結晶サイズおよび格子ひずみから影響を受けるため、半価幅を測定すれば格子ひずみを非破壊的に評価することが可能である。しかし、格子ひずみと塑性ひずみとの相関性については、十分解明されていない。
【0018】
また、加工硬化により硬さが上昇するという事象を利用して、硬さ測定により構造物表面の塑性ひずみを評価する装置や方法がいくつか提案されているが、測定部に圧痕を残すため、非破壊的方法ではない。
【0019】
本発明は、測定対象物の表面の塑性ひずみを非破壊的に評価することが可能なシステムおよび方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明による塑性ひずみの評価システムは、次のような基本的特徴を有する。
【0021】
測定対象物の表面にX線を入射し、前記X線の回折角と回折強度を計測するX線回折装置と、前記X線の回折角と回折強度からX線回折強度曲線を得るとともに、前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有する画像解析装置とを備える。前記画像解析装置は、前記X線回折装置で得た前記測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、測定対象物の表面の塑性ひずみを非破壊的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】測定対象物の表面加工層の塑性ひずみを、非破壊的に評価する方法のフロー図。
【図2】EBSD法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみεの相関線図の一例。
【図3】X線回折強度を比例計数管検出器で測定する場合の光学系の模式図。
【図4】X線回折強度をIP二次元検出器で測定する場合の光学系の模式図。
【図5】Debyeリングの半径方向の幅Sを示す模式図。
【図6】測定対象物のEBSD測定領域を示す模式図。
【図7】実施例1における局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみεの相関線図。
【図8】実施例1におけるイメージングプレート上に記録されているDebyeリングの写真。
【図9】実施例1における半価幅Bと塑性ひずみεとの関係を示すマスター線図。
【図10】実施例2における半価幅Bと塑性ひずみεとの関係を示すマスター線図。
【図11】本発明による塑性ひずみの評価システムの構成を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明では、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を関数化したマスター線図を予め作成し、このマスター線図を評価基準として塑性ひずみを非破壊的に評価するシステムと方法を提案する。マスター線図は、X線回折パラメータとEBSD法の局地方位差パラメータGRODとの相互関係と、塑性ひずみとGRODとの相互関係とに基づいて、作成することもできる。
【0025】
すなわち、本発明では、異なる加工条件で得られた金属材料(試験片)のX線回折パラメータとGRODとの関数関係、および単軸引張試験により導入した試験片の塑性ひずみと試験片で得られたGRODとの関数関係を構築することにより、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を示すマスター線図を作成する。X線回折パラメータとしては、半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅(外半径と内半径の差)Sのうち、少なくともいずれか1つを用いてもよい。
【0026】
実際に測定対象物を測定するときは、測定対象物の表面から得られたX線回折パラメータをこのマスター線図にプロットすることにより、測定対象物の表面の塑性ひずみを非破壊的に評価することが可能になる。
【0027】
一般に、測定対象物の結晶粒径や微細組織によって、X線回折の検出性は異なる。例えば、粗大結晶粒や集合組織を持つ溶接金属の場合は、X線照射領域における回折面の数が十分でないため、X線回折強度が低下する。本発明は、材料の結晶的特性に応じて比例計数管検出器または二次元検出器を選定してX線回折強度を測定することにより、溶接金属のような粗大結晶粒や集合組織を持つ材料にも適用できる。
【0028】
以下、本発明の最適形態について詳細に説明する。なお、以下の説明と実施例では、塑性ひずみεとGRODとの対応関係や、X線回折パラメータ(半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅S)とGRODとの対応関係を、最小二乗法で近似して関数で表す。しかし、本発明では、近似方法は最小二乗法に限られず、任意の近似法を用いることができる。また、塑性ひずみεとGRODとの対応関係を表す関数、X線回折パラメータとGRODとの対応関係を表す関数、およびX線回折パラメータと塑性ひずみεとの対応関係を表す関数は、以下の説明と実施例で示すものに限られない。これらの対応関係は、任意の関数形で表すことができる。また、これらの対応関係を定式化できない場合は、点列のデータによって対応関係を表す(点列のデータによって関数を表す)。この場合には、これらの対応関係を示す相関線図やマスター線図を用いて塑性ひずみεを評価することができる。本明細書では、点列のデータによって表された対応関係も「関数」と称する。
【0029】
図11は、本発明による塑性ひずみの評価システムの構成を示す概略図である。本発明による塑性ひずみの評価システムは、X線回折装置100と、画像処理と数値計算などの解析を行う画像解析装置101とを備える。
【0030】
X線回折装置100は、X線管球101とX線検出器102とを有し、測定対象物104の表面にX線を入射し、回折したX線の回折角と回折強度を計測する。
【0031】
画像解析装置110は、X線の回折角と回折強度から、X線回折強度曲線111を得ることができる。X線回折装置100のX線検出器102が二次元検出器の場合は、回折リングも得ることができる。そして、解析プログラムによって、X線回折強度曲線111や回折リングから、X線回折パラメータ(半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅S)を求めることができる。さらに、測定対象物104のX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係についてのデータを保持し、このデータとX線回折装置100で測定対象物104を測定して得たX線回折パラメータとから、測定対象物104の塑性ひずみを求めることができる。測定対象物104のX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係についてのデータは、X線回折装置100と画像解析装置110を用いて、予め求めることができる。
【0032】
また、本発明による塑性ひずみの評価システムは、電子後方散乱回折装置120を備えてもよい。電子後方散乱回折装置120により、測定対象物104の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみとの関係についてのデータを得ることができる。測定対象物104のGRODと塑性ひずみとの関係についてのデータは、画像解析装置110が保持することができる。
【0033】
画像解析装置110は、測定対象物104のGRODと塑性ひずみとの関係についてのデータと、X線回折パラメータとGRODとの関係についてのデータとから、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係についてのデータを求めることができる。X線回折パラメータとGRODとの関係についてのデータは、X線回折装置100と電子後方散乱回折装置120と画像解析装置110を用いて、予め求めることができる。そして、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係についてのデータと、X線回折装置100で測定対象物104を測定して得たX線回折パラメータとから、測定対象物104の塑性ひずみを求めることができる。
【0034】
画像解析装置110は、測定対象物104のX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を、関数や線図で表すこともできる。また、測定対象物104のGRODと塑性ひずみとの関係やX線回折パラメータとGRODとの関係も、関数や線図で表すこともできる。
【0035】
図1は、本発明の実施形態における、測定対象物の表面加工層の塑性ひずみを、非破壊的に評価する方法のフロー図である。このフロー図は、2つの部分、すなわち「マスター線図の作成」と「実際の測定」とに分けられる。「マスター線図の作成」では、マスター線図を作成し、「実際の測定」では、X線回折法により得たX線回折パラメータと作成したマスター線図とを用いて、測定対象物の塑性ひずみを評価する。マスター線図を作成する方法には複数の方法があるが、図1には、そのうちの1つを示している。以下、図1に示した方法を、「マスター線図を作成する手順(その1)」として説明する。マスター線図を作成する別の方法は、「マスター線図を作成する手順(その2)」として、後で説明する。
【0036】
1.マスター線図を作成する手順(その1)
マスター線図を作成する手順として、X線回折パラメータと塑性ひずみとの相関性を関数化する手順を説明する。マスター線図は、X線回折パラメータと塑性ひずみとの相関性を関数化したものである。したがって、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を求めて、マスター線図を作成する。マスター線図を作成する手順は、大きく分けて3つの手順、すなわち、EBSD法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみの関数化、X線回折パラメータとGRODの関数化、およびX線回折パラメータと塑性ひずみの関数化から成る。
【0037】
1.1 GRODと塑性ひずみの関数化
図1のステップ1は、EBSD法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみεとの関係を関数化し、GRODと塑性ひずみεとの関係を表す相関線図(GROD−ε線図)を作成する手順を示す。材料物性の違いによりGRODと塑性ひずみεとの相関が異なるため、材料が異なる複数の種類の試験片ごとにGROD−ε線図を作成する。
【0038】
ステップ1−1では、試験片に塑性ひずみεを導入する。例えば、測定対象物と同様の材料から試験片を作成し、引張試験を実施してひずみ制御で塑性ひずみεを導入する。
【0039】
ステップ1−2では、塑性ひずみεを導入した試験片の表面にEBSD分析を行い、測定領域におけるGRODの平均値を計算する。測定領域のサイズは、数百個以上の結晶が入るように設定することが好ましい。これは、測定箇所や結晶方位の影響を低下させるため、測定領域には十分な分析結晶の数が必要だからである。
【0040】
EBSD分析後、ステップ1−1に戻り、試験片に異なる塑性ひずみεを導入する。再びステップ1−2にて、EBSD分析を行って測定領域におけるGRODの平均値を計算する。このように、ステップ1−1とステップ1−2を繰り返して、導入した塑性ひずみεに対するGRODを求める。
【0041】
それぞれの塑性ひずみεとGRODとの対応関係を最小二乗法で近似し、GROD−ε線図を作成する。例えば、塑性ひずみεとGRODとの対応関係を線形関数gで表すと、
ε=g(GROD)=A・GROD+C
と表され、最小二乗法で近似することにより定数AとCを決定する。なお、塑性ひずみεとGRODとの対応関係は、線形以外の関数で表してもよい。
【0042】
図2は、EBSD法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみεの相関線図(GROD−ε線図)の一例を示す図である。図2では、塑性ひずみεとGRODの関係は、ε=A・GROD+Cという線形関係で表されている。
【0043】
なお、引張試験の妥当性を考慮するために、試験片の作成および引張試験の条件は、JIS Z 2241(1998)の規定にしたがう方が望ましい。また、試験片のバラツキを考慮するためには、同一材料から複数の試験片を製作し、それぞれの試験片に対して、引張試験で塑性ひずみを導入した後にEBSD分析でGRODを求めることが好ましい。
【0044】
表面加工によって塑性ひずみを導入すると、塑性ひずみは加工条件により広い範囲で異なる。このため、図1のステップ1−1とステップ1−2(塑性ひずみの導入およびGRODの計算)は、試験片が破断するまで行った方が良い。EBSD分析は、試験片表面の凹凸および転位密度の発生につれてデータの信頼性が低下するため、一般的に塑性ひずみが小さい範囲では、塑性ひずみに対するGRODの敏感性が高い。そのため、塑性ひずみの間隔は、塑性ひずみの小さいレベルにおいては、大きいレベルよりも比較的細かめに設定する方が望ましい。例えば、塑性ひずみが0〜10%では1〜2%間隔で、10〜20%では4〜5%間隔で、それぞれ塑性ひずみを試験片に導入する。ただし、材料物性により塑性ひずみの範囲が異なるため、実際の材料に応じて塑性ひずみの間隔を設定することが必要である。
【0045】
1.2 X線回折パラメータとGRODの関数化
図1のステップ2は、X線回折パラメータとEBSD法の局地方位差パラメータGRODとの関係を関数化し、X線回折パラメータとGRODとの関係を表す相関線図(B−GROD線図、B−GROD線図、またはS−GROD線図)を作成する手順を示す。ステップ2では、ステップ1で用いた試験片と同じ材料から複数の試験片を製作し、それぞれの試験片を用いてX線回折パラメータとGRODとの関係を求める。
【0046】
ステップ2−1では、試験片に加工度の異なる施工条件、例えばエメリー紙研磨やグラインダー研削などで表面加工を施す。これは、表面の加工条件により塑性ひずみが異なるので、設定する可能性のある加工条件について、X線回折強度曲線を得るためである。
【0047】
ステップ2−2では、試験片の加工表面にX線を入射して、X線回折強度と回折角2θとをX線検出器で測定する。測定したX線回折強度と回折角2θとから、X線回折強度曲線を得る。
【0048】
ステップ2−3では、得られたX線回折強度曲線からバックグラウンドを差し引き、X線回折強度曲線の関数近似を行い、半価幅B(X線回折強度の最大値の半分のレベルにある二点の回折角の差分)を決定する。このとき、積分幅B(積分強度をピーク強度で割った値)を求めることもできる。X線回折強度を二次元検出器で測定する場合は、さらに回折リングの半径方向の幅Sを求めることもできる。半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sは、X線回折パラメータである。
【0049】
半価幅Bを求めるための関数近似は、公知のガウス曲線、ローレンツ曲線および擬似Voigt関数のうち、いずれか1つを用いれば良い。
【0050】
ガウス曲線で近似したX線回折強度曲線Iは、式(1)で表される。このとき、積分幅Bは、式(2)〜式(3)で求められる。
【0051】
【数1】

【0052】
【数2】

【0053】
【数3】

【0054】
ここで、Jは積分強度、2θΨはピーク位置、Imaxはピーク強度である。
【0055】
ローレンツ曲線で近似したX線回折強度曲線Iは、式(4)で表される。このとき、積分幅Bは、式(5)〜式(6)で求められる。
【0056】
【数4】

【0057】
【数5】

【0058】
【数6】

【0059】
ここで、Jは積分強度、2θΨはピーク位置、Imaxはピーク強度である。
【0060】
擬似Voigt関数で近似したX線回折強度曲線Iは、IとIを用いて、式(7)で表される。ここで、ηはガウス度を示す。
【0061】
【数7】

【0062】
図3は、X線回折装置において、X線回折強度Iを比例計数管検出器で測定する場合の光学系の模式図である。測定対象物4の加工表面5には、X線管球1から入射X線6が照射される。加工表面5に入射した入射X線6は、回折角2θで回折して回折X線7となる。回折X線7は、比例計数管検出器2で検出される。
【0063】
炭素鋼のような結晶粒径が数十μm以下、かつ集合組織のない一般的な構造材料は、0次元のシンチレーションカウンタまたは一次元の位置敏感型検出器で、精度良く半価幅Bおよび積分幅Bを得ることができる。一般的に、表面加工層は表面下数百μmまでも存在する。しかし、X線では、発生装置の出力および材料による吸収の影響で、極表面の回折情報しか得られない。より深いところの回折情報を得るためには、回折面法線と試料表面法線のなす角Ψ=0°、即ち回折面法線と試料表面が垂直になるように保持しながら、X線管球と検出器を回転走査するのが好ましい。
【0064】
溶接金属のような粗大結晶や集合組織を持つ材料の場合は、X線回折検出にあたって方向性があるため、一回の測定で全方向のX線回折情報を得ることができる二次元検出器を用いるのが望ましい。
【0065】
図4は、X線回折装置において、X線回折強度をイメージングプレート型の二次元検出器(IP二次元検出器)で測定する場合の光学系の模式図である。X線管球1からの入射X線6は、IP二次元検出器3の中心部の円孔から垂直に測定面(測定対象物4の加工表面5)に入射する。回折角2θで回折した回折X線7は、IP二次元検出器3で検出される。IP二次元検出器3では、リング状の回折パターン、即ち回折リング(Debyeリング8)が記録される。Debyeリング8の半径方向の幅Sは、Debyeリング8の外半径と内半径の差であり、X線回折パラメータである。
【0066】
X線の強度および材料のX線吸収能力を考慮して、X線照射距離lを10〜30mmに設定することが好ましい。回折X線7と加工表面5の法線とのなす角Ψの相違に起因するDebyeリング8の半径方向の広がりの不均一性を避けるために、回折X線7と加工表面5の法線とのなす角Ψが一定になるように、入射X線6を加工表面5の法線と平行に設定するのが望ましい。
【0067】
IP二次元検出器3で得たDebyeリング8の半径方向のX線回折強度曲線では、回折X線7とIP二次元検出器3の法線とのなす角が90(deg)ではないため、回折角2θは、式(8)で求められる。ここで、sはDebyeリング8の半径方向における中心からの距離、lはX線照射距離である。
【0068】
【数8】

【0069】
上述した半価幅Bおよび積分幅Bは、関数近似などの厳密的な数値計算が必要になり、システムに解析機能が要求され、取扱いが容易ではない。その代わりに、半価幅Bを、X線回折強度曲線からバックグラウンドを引き除いた後、回折強度が0になる両端の回折角の差Δ2θの半分とする簡便法もある(Δ2θについては、図4も参照のこと)。
【0070】
図5は、Debyeリング8の半径方向の幅(外半径と内半径の差)Sを示す模式図である。Debyeリング8の半径方向の幅Sと、既知のX線照射距離lおよびΔ2θは、式(9)に示す線形関係を持つ。
【0071】
【数9】

【0072】
したがって、Debyeリング8の半径方向の幅Sの測定により、式(9)を用いてBを見積もることができる。Debyeリング8の半径方向の幅Sは、イメージングプレートに記録された、Debyeリング8とバックグラウンド間のコントラストや黒化度の違いに基づいて、求めることができる。
【0073】
本方法は、X線回折パラメータである半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sのうち少なくともいずれか1つと、EBSD法の局地方位差パラメータGRODとの相関性を構築し、間接的にこれらのX線回折パラメータを測定することにより、測定対象物の表面加工層の塑性ひずみの非破壊的な評価を実現する。
【0074】
図1のステップ2の説明に戻る。
【0075】
ステップ2−4では、X線回折を実施した試験片に対し、放電加工などの手法で切断して断面を出す。この断面に対し、鏡面仕上げ後にEBSD測定を行い、局地方位差パラメータGRODを求め、GROD分布図を作成する。X線回折法は、一般の金属の場合、侵入深さが十数μm程度である。このため、EBSD測定領域のうち表面からの深さd=10μm程度までの領域について、GRODの平均値を求める。その後、同じ試験片で求めたX線回折パラメータとGRODとの対応関係を、最小二乗法による関数近似GROD=h(x)(xはB、B、またはS)を実施して求め、相関線図(B−GROD線図、B−GROD線図、またはS−GROD線図)を作成する。すなわち、X線回折パラメータBとGRODとの対応関係GROD=h(B)は、B−GROD線図で表され、X線回折パラメータBとGRODとの対応関係GROD=h(B)は、B−GROD線図で表され、X線回折パラメータSとGRODとの対応関係GROD=h(S)は、S−GROD線図で表される。
【0076】
図6は、測定対象物のEBSD測定領域を示す模式図である。図6の上図は、図3、4に示した測定対象物4(試験片)の加工表面5とEBSD分析面9を示している。EBSD分析面9は、加工表面5に垂直な内部断面である。図6の下図は、EBSD分析面9におけるGROD分布図である。本実施例では、加工表面5からの深さd=10μm程度までの領域について、GRODの平均値を求める。図6の下図では、求めたGRODの平均値に応じて、EBSD分析面9に濃淡が描かれている。
【0077】
1.3 X線回折パラメータと塑性ひずみの関数化
図1のステップ3では、ステップ1(GRODと塑性ひずみεの関数化)で得られたε=g(GROD)と、ステップ2(X線回折パラメータ(B、B、またはS)とGRODの関数化)で得られたGROD=h(x)(xはB、B、またはS)とから、塑性ひずみεとX線回折パラメータとの関数関係ε=f(x)(xはB、B、またはS)を導く。そして、塑性ひずみεとX線回折パラメータとの関係ε=f(x)(xはB、B、またはS)を基に、X線回折パラメータと塑性ひずみεとの関係を表すマスター線図を作成することができる。すなわち、X線回折パラメータBと塑性ひずみεとの対応関係ε=f(B)は、B−ε線図で表され、X線回折パラメータBと塑性ひずみεとの対応関係ε=f(B)は、B−ε線図で表され、X線回折パラメータSと塑性ひずみεとの対応関係ε=f(S)は、S−ε線図で表される。
【0078】
2.塑性ひずみの評価(実際の測定)
上記の手順で得られたB−ε線図、B−ε線図、またはS−ε線図をマスター線図とし、測定対象物の測定により得られたX線回折パラメータ(B、B、またはS)をこのマスター線図にプロットすることにより、測定対象物の塑性ひずみεを非破壊的に評価することが可能である。
【0079】
図1のステップ41〜ステップ43に示したように、実際の塑性ひずみの測定と評価は、以下のようにして行う。
【0080】
ステップ41では、実際の測定対象物の表面において、X線回折を測定する。
【0081】
ステップ42では、測定対象物のX線回折の測定結果から、画像解析装置の解析プログラムにより、X線回折パラメータを求める。X線回折パラメータとしては、半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sのうち、少なくともいずれか1つを求める。
【0082】
ステップ43では、ステップ42で求めたX線回折パラメータ(半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sのうち少なくともいずれか1つ)と、ステップ1〜ステップ3で作成したマスター線図(B−ε線図、B−ε線図、またはS−ε線図)とを用いて、測定対象物の塑性ひずみεを評価する。すなわち、本実施例では、ステップ42で求めたX線回折パラメータを、測定対象物のマスター線図(ただし、当該X線回折パラメータと塑性ひずみεとの関係を示したもの)にプロットすることによって、測定対象物の表面加工層の塑性ひずみεを非破壊的に見積もることが可能である。
【0083】
測定箇所のバラツキを考慮するため、マスター線図の作成および測定対象物の実際の測定では、EBSD分析およびX線回折パラメータの測定において、試験片や測定対象物を複数の個所で測定し、測定値の平均値およびバラツキ範囲を評価結果に反映させることが望ましい。
【0084】
3.マスター線図を作成する手順(その2)
もう1つのマスター線図を作成する手順(X線回折パラメータと塑性ひずみとの相関性を関数化する手順)を説明する。
【0085】
局地方位差パラメータGRODは、測定領域の平均方位差パラメータであるため、塑性変形の方向からの影響は小さい。ただし、上述した「マスター線図を作成する手順(その1)」では、EBSD分析の際に研磨作業やサンプル作製などを行うため、マスター線図の作成には、多大の時間を要する。本発明者らは、EBSD分析を行わずに、より短時間でX線回折パラメータと塑性ひずみとの相関性を得ることができる、簡便なマスター線図の作成方法を開発した。
【0086】
以下、このマスター線図の作成方法を説明する。測定対象物と同様の材料から引張試験片を作製し、引張試験を実施する。引張試験にて、ひずみ制御で塑性ひずみεを導入した後、この試験片の表面において、X線回折強度と回折角2θとをX線検出器で測定する。そして、「1.2 X線回折パラメータとGRODの関数化」で述べた方法と同様にして、半価幅Bまたは積分幅Bを求める。X線回折強度を二次元検出器で測定する場合は、回折リングの半径方向の幅Sを求めることもできる。これらのX線回折パラメータと塑性ひずみεとの対応関係を最小二乗法で近似することにより関数化して、マスター線図とする。
【0087】
マスター線図を作成した後は、「2.塑性ひずみの評価(実際の測定)」で述べた方法と同様にして、測定対象物の塑性ひずみεを非破壊的に評価することが可能である。
【0088】
この簡便なマスター線図の作成方法は、高価な電子後方散乱回折装置を利用する必要がなく、かつマスター線図の作成時間を大幅に短縮することができるため、より高い汎用性が期待される。ただし、単軸引張試験において塑性変形は方向性を持つため、X線回折パラメータは測定方向により異なる場合がある。また、試験片表面の加工履歴もX線回折パラメータに影響を与える。このため、本方法を用いる際には、電解研磨などで表面層を数十μmから数百μmだけ除去して、複数の方向においてX線回折を測定して、X線回折パラメータの平均値を求めるのが好ましい。
【0089】
4.評価システム
4.1 X線検出器
炭層鋼のような結晶粒径が数十μm以下かつ集合組織のない一般的な構造材料には、X線回折装置のX線検出器として、0次元のシンチレーションカウンタまたは一次元の位置敏感型検出器を適用することができる。この場合は、半価幅Bおよび積分幅Bにより、塑性ひずみεを評価する。0次元のシンチレーションカウンタとしては、例えば、比例計数管検出器を用いることができる。
【0090】
溶接金属のような粗大結晶や集合組織を持つ材料の場合は、検出する回折X線には方向性があるため、一回の測定で全方向のX線回折情報を得ることができる二次元検出器を推奨する。二次元検出器としては、例えば、イメージングプレート型の二次元検出器を用いることができる。
【0091】
4.2 塑性ひずみの評価基準
複数の種類の材料について、X線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を関数化したマスター線図を作成し、これらの材料についてのマスター線図を本評価システムの評価基準とすることが本発明の特徴である。本評価システムは、X線回折パターンから数値計算によりX線回折パラメータを算出し、事前に作成した該当する材料についてのマスター線図を用いて、すなわちX線回折パラメータと塑性ひずみの関係を表す関数にX線回折パラメータを代入することによって、塑性ひずみを評価するというシステムである。システムの汎用性を実現するには、幅広い範囲の材質について評価基準の蓄積が必要である。そのため、本評価システムのデータベースとして、少なくとも評価する必要のある材料について、前述した方法を用いて、各材料のX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を関数化した線図(マスター線図)を予め用意することが望ましい。
【0092】
5.実用性
本発明は、X線回折パラメータである半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sのうち少なくともいずれか1つをパラメータとして用いて、測定対象物の表面加工層に形成される塑性ひずみを非破壊的に評価する。このため、本発明による塑性ひずみの評価システムおよび評価方法は、破壊によるサンプリングが不可能な実構造物や完成品への適用が可能である。また、測定したX線回折パラメータを、評価基準として予め用意したX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を表す関数に代入するだけで、塑性ひずみを評価できる。このため、測定場所での迅速な塑性ひずみの評価が期待され、量産製品のバラツキを考慮した大量測定にも利用できる。
【実施例1】
【0093】
本実施例では、X線回折パラメータである半価幅B、積分幅Bおよび回折リングの半径方向の幅Sのうち、半価幅Bを用いてマスター線図を作成した。また、塑性ひずみの評価(実際の測定)では、IP二次元検出器を用いてX線回折リング(Debyeリング)の半径方向の幅Sを測定し、測定した幅Sから半価幅Bを求め、この半価幅Bとマスター線図とから塑性ひずみεを求めた。
【0094】
マスター線図の作成として、オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lから、複数の試験片を製作し、JIS Z 2241(1998)の規格にしたがって引張試験を行い、0%、1%、2%、3%、4%、6%、8%、10%、14%、18%、22%、28%、35%、および40%の塑性ひずみをそれぞれ導入した。引張試験後、それぞれの試験片の平行部のうち1mm×1mmの領域においてEBSD分析を行い、測定領域のGROD平均値を算出した。EBSD分析は、株式会社TSLソリューションズ社製の走査電子顕微鏡用結晶解析ツールOIMを用いて行った。OIMは、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製のSEM(S−4300SE)に装着した。測定ステップは、2μmにした。
【0095】
図7は、本実施例で求めたGROD(測定領域のGROD平均値)と塑性ひずみεの相関線図(GROD−ε線図)である。GRODと塑性ひずみεの関係を表す関数は、最小二乗法で、ε(%)=0.2236GROD+1.7031GROD+0.0982に近似した。
【0096】
また、同じ試験片から100mm×60mm×10mmの板試験片を複数製作し、表1に示す異なる加工条件で、各試験片の表面を加工した。その後、図3に示した測定方法で、各試験片の表面からのX線回折強度と回折角を測定して、半価幅Bを求めた。X線管球はMnで、出力は17kV、1.5mAである。検出器の走査速度は1(deg)/min、サンプリング幅は0.01(deg)である。回折面は、回折強度の高い(311)面にした。
【0097】
X線回折の測定後、試験片を長手方向の中心線に沿って切断して、表面以下10μmまで、200μm×10μmの領域を3箇所以上選択して、EBSDで測定領域のGROD平均値を解析した。求めた半価幅BとGROD(全測定領域のGROD平均値)とから、半価幅BとGRODの相関線図(B−GROD線図)を求め、半価幅BとGRODの関係を、GROD(deg)=1.7327B(deg)+0.0472に近似して表した。
【0098】
以上の結果、すなわちGRODと塑性ひずみεの関係および半価幅BとGRODの関係から、塑性ひずみεと半価幅Bの関係をε(%)=0.6713B+2.9875B+0.1791と求め、図9に示すマスター線図(半価幅Bと塑性ひずみεとの関係を示すマスター線図)を作成した。後述するように、図9に示したマスター線図を用いて、半価幅Bから塑性ひずみεを求めることができる。
【0099】
【表1】

【0100】
マスター線図を作成した後、実際の測定として、試験片と同じ材料であり圧延率15%で冷間圧延した鋼板を測定対象物に用いて、塑性ひずみεを求めた。
【0101】
まず、図4に示した測定方法でIP二次元検出器を用いて、この鋼板の二次元のX線回折リング(Debyeリング)を得た。X線管球はMnで、出力は17kV、1.5mAである。回折面は(311)面で、回折角のピーク位置2θΨ=152.28(deg)、X線照射距離l=20mm、照射時間を5minにした。照射試験後のイメージングプレートは、GEヘルスケア・ジャパン株式会社製の画像解析装置Typhoon FLA9000でX線回折パターンを読み取った。解像度は25μm/Pixelである。
【0102】
図8は、イメージングプレート上に記録されているDebyeリング8の写真である。Debyeリング8の中心角間隔が約120(deg)である3箇所について、半径方向の幅(ラインプロファイルの広がり)Sを測定し、式(9)に代入して半価幅Bの概算値を計算した。ラインプロファイルA1−A1’での半径方向の幅はSR1であり、ラインプロファイルA2−A2’での半径方向の幅はSR2であり、ラインプロファイルA3−A3’での半径方向の幅はSR3である。
【0103】
表2に、各ラインプロファイルの半径方向の幅Sと半価幅Bの計算結果とを示す。これらのラインプロファイルの半価幅Bの平均値3.087(deg)を、塑性ひずみεと半価幅Bの関係を表す前述の関数ε(%)=0.6713B+2.9875B+0.1791に代入することにより、塑性ひずみεを評価した。塑性ひずみεの評価結果は、ε=15.8%になった。
【0104】
図9は、前述したマスター線図(半価幅Bと塑性ひずみεとの関係を示すマスター線図)であり、半価幅Bと塑性ひずみεの関係は、ε(%)=0.6713B+2.9875B+0.1791で表されている。また、図9には、求めた半価幅Bの平均値3.087(deg)をプロットしている。図9より、3.087(deg)の半価幅Bに対応する塑性ひずみεは、約15%ということがわかる。したがって、測定対象物(圧延率15%で冷間圧延した鋼板)の塑性ひずみεを、15%の圧延率に近い値で評価できた。これにより、本発明による非破壊的な塑性ひずみの評価システムおよび評価方法の有効性を示すことができた。
【0105】
【表2】

【実施例2】
【0106】
本実施例は、「3.マスター線図を作成する手順(その2)」で説明した方法で、マスター線図を作成した例である。
【0107】
本実施例では、オーステナイト系ステンレス鋼SUS316Lから、複数の引張試験片を製作し、JIS Z 2241(1998)の規定にしたがって引張試験を行い、0%、2%、4%、6%、8%、10%、15%、および20%の塑性ひずみεを導入した。その後、電開研磨により50μm程度の表面層を除去し、引張方向に垂直および平行な2方向において、0次元のシンチレーションカウンタおよびゴニオメータで、X線回折強度曲線および回折角2θを測定した。さらに、式(1)、式(4)および式(7)より半価幅Bを求めた。
【0108】
図10は、実施例2における半価幅Bと塑性ひずみεとの関係を示すマスター線図である。半価幅Bは、引張方向に垂直および平行な2方向で得られた半価幅Bの平均値である。半価幅Bと塑性ひずみεとの関係は、直線近似により、ε(%)=0.1814B+1.2695で表されている。
【0109】
このように、単軸引張試験からもX線回折パラメータと塑性ひずみとの関係を示すマスター線図を得ることができる。本実施例でも、実施例1と同様に、このマスター線図と実際の測定対象物を測定して得たX線回折パラメータとから、測定対象物の表面加工層を非破壊的に評価することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明による塑性ひずみの評価システムおよび評価方法は、破壊によるサンプリングが不可能な実構造物や完成品における表面仕上げ状況の管理、および応力腐食環境での応力腐食割れ(SCC)の発生感受性の評価の一環として、簡便に利用できる。
【符号の説明】
【0111】
1…X線管球、2…比例計数管検出器、3…IP二次元検出器、4…測定対象物、5…加工表面、6…入射X線、7…回折X線、8…Debyeリング、9…EBSD分析面、100…X線回折装置、101…X線管球、102…X線検出器、104…測定対象物、110…画像解析装置、111…X線回折強度曲線、120…電子後方散乱回折装置、ε…塑性ひずみ、GROD…EBSD法の局地方位差パラメータGROD(Grain Reference Orientation Deviation)、I…X線回折強度、B…半価幅、B…積分幅、S…二次元X線回折リングの半径方向の幅、Ψ…回折面法線と試料表面法線のなす角、2θΨ…X線回折強度のピーク位置、2θ…回折角、Δ2θ…X線回折強度曲線において、X線回折強度が0になる両端の角の差、s…Debyeリングの半径方向における距離、l…X線照射距離、d…EBSD測定領域における表面からの深さ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象物の表面にX線を入射し、前記X線の回折角と回折強度を計測するX線回折装置と、
前記X線の回折角と回折強度からX線回折強度曲線を得るとともに、前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有する画像解析装置とを備え、
前記画像解析装置は、前記X線回折装置で得た前記測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める、
ことを特徴とする塑性ひずみ評価システム。
【請求項2】
測定対象物の表面にX線を入射し、前記X線の回折角と回折強度を二次元検出器で計測するX線回折装置と、
前記X線の回折角と回折強度からX線回折強度曲線と回折リングを得るとともに、前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有する画像解析装置とを備え、
前記画像解析装置は、前記X線回折装置で得た前記測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅、X線回折強度曲線の積分幅、および回折リングの半径方向の幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める、
ことを特徴とする塑性ひずみ評価システム。
【請求項3】
請求項1記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
電子後方散乱回折法の局地方位差パラメータGRODを得る電子後方散乱回折装置を備え、
前記画像解析装置は、
前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記GRODと塑性ひずみとの関係についてのデータを有し、
前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有し、
これらのデータから、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についての前記データを求め、
前記X線回折装置で得た前記測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める塑性ひずみ評価システム。
【請求項4】
請求項2記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
電子後方散乱回折法の局地方位差パラメータGRODを得る電子後方散乱回折装置を備え、
前記画像解析装置は、
前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記GRODと塑性ひずみとの関係についてのデータを有し、
前記測定対象物の試験片を用いて予め求めた、前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの関係、および前記回折リングの半径方向の幅と前記GRODとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを有し、
これらのデータから、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についての前記データを求め、
前記X線回折装置で得た前記測定対象物のX線回折強度曲線の半価幅、X線回折強度曲線の積分幅、および回折リングの半径方向の幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める塑性ひずみ評価システム。
【請求項5】
請求項1記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
前記画像解析装置は、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価システム。
【請求項6】
請求項2記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
前記画像解析装置は、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価システム。
【請求項7】
請求項3記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
前記画像解析装置は、
前記GRODと塑性ひずみとの前記関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価システム。
【請求項8】
請求項4記載の塑性ひずみ評価システムにおいて、
前記画像解析装置は、
前記GRODと塑性ひずみとの前記関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と前記GRODとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価システム。
【請求項9】
測定対象物の試験片について、表面にX線を入射させたときのX線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを予め取得し、
前記測定対象物の表面にX線を入射させて得たX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める、
ことを特徴とする塑性ひずみ評価方法。
【請求項10】
測定対象物の試験片について、表面にX線を入射させたときのX線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの関係、および回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを予め取得し、
前記測定対象物の表面にX線を入射させて得たX線回折強度曲線の半価幅、X線回折強度曲線の積分幅、および回折リングの半径方向の幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める、
ことを特徴とする塑性ひずみ評価方法。
【請求項11】
請求項9記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記測定対象物の試験片について、電子後方散乱回折法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみとの関係についてのデータを電子後方散乱回折法により予め取得し、
前記測定対象物の試験片について、前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを予め取得し、
これらのデータから、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についての前記データを求め、
前記測定対象物の表面にX線を入射させて得たX線回折強度曲線の半価幅および積分幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める塑性ひずみ評価方法。
【請求項12】
請求項10記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記測定対象物の試験片について、電子後方散乱回折法の局地方位差パラメータGRODと塑性ひずみとの関係についてのデータを電子後方散乱回折法により予め取得し、
前記測定対象物の試験片について、前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの関係、および前記回折リングの半径方向の幅と前記GRODとの関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についてのデータを予め取得し、
これらのデータから、前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係についての前記データを求め、
前記測定対象物の表面にX線を入射させて得たX線回折強度曲線の半価幅、X線回折強度曲線の積分幅、および回折リングの半径方向の幅のうち、少なくともいずれか1つの値と、この値と塑性ひずみとの関係を表す前記データとから、前記測定対象物の塑性ひずみを求める塑性ひずみ評価方法。
【請求項13】
請求項9記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価方法。
【請求項14】
請求項10記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価方法。
【請求項15】
請求項11記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記GRODと塑性ひずみとの前記関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価方法。
【請求項16】
請求項12記載の塑性ひずみ評価方法において、
前記GRODと塑性ひずみとの前記関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と前記GRODとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と前記GRODとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と前記GRODとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表し、
前記X線回折強度曲線の半価幅と塑性ひずみとの前記関係、前記X線回折強度曲線の積分幅と塑性ひずみとの前記関係、および前記回折リングの半径方向の幅と塑性ひずみとの前記関係のうち、少なくともいずれか1つの関係を、関数および線図の少なくともいずれか一方で表す塑性ひずみ評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−83574(P2013−83574A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224130(P2011−224130)
【出願日】平成23年10月11日(2011.10.11)
【出願人】(507250427)日立GEニュークリア・エナジー株式会社 (858)
【Fターム(参考)】