説明

塑性加工用潤滑被膜の形成方法

【課題】多段鍛造機などに代表される量産鍛造設備に対して省スペースなインラインプロセスで効率よく高性能な被膜形成ができる塑性加工用潤滑皮膜の形成方法の提供。
【解決手段】表面性状処理により被加工材表面を最大高さ粗さ(Rz)が5μm以上となるように調整する表面性状工程と、表面性状工程の後に、ショットブラストもしくはショットピーニング装置により、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、リン酸亜鉛、硫酸カルシウムから選ばれた一種以上のへき開性化合物結晶粉体を投射することで潤滑被膜を形成する潤滑被膜形成工程と、を含むことを特徴とする塑性加工用潤滑被膜の形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の塑性加工を行うにあたっての潤滑と焼付防止を目的に被加工材表面に形成する塑性加工用潤滑被膜の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
伸線、伸管、板プレス、圧造、鍛造などの塑性加工では、金型と被加工材との摩擦界面に潤滑膜が必要であり、これが不十分だと所望の形状への加工が困難となったり焼付きが発生するなどの不具合が生じる。特に冷間鍛造での金型と被加工材との接触圧力は非常に大きく、数十倍にも至る被加工材表面の拡大を伴いながら金型と被加工材は相対的に摺動する。そこに介する潤滑膜には高度な潤滑能力必要とされるが、このような環境においては油潤滑での対応が困難であるため、通常は固体被膜による潤滑が用いられる。
【0003】
冷間鍛造分野での潤滑被膜には、鉄鋼表面にリン酸亜鉛結晶を晶出する化成被膜と、石けん系潤滑剤とを組み合わせた通称ボンデ・ボンダリューベ被膜が古くから広範囲で用いられてきた。リン酸亜鉛結晶は結晶格子間の結合力が弱いへき開面を有しており、鍛造摩擦界面でのせん断力に対してへき開を生じることによって摩擦を低減すると共に、被加工材表面を補修被覆する。このためリン酸亜鉛結晶被膜は焼付の抑制能に秀でている。りん酸亜鉛結晶被膜の上層を被覆する石けん系潤滑剤には、通常、アルカリ石けんが用いられ摩擦の低減を担っている。リン酸亜鉛結晶とアルカリ石けん層との界面には潤滑性に優れる亜鉛石けん層も副分解反応により生成され、さらに潤滑性を高めている。リン酸塩被膜の優れた耐焼付能と反応を伴う石けん潤滑層とのコンビネーションは、冷間鍛造における潤滑を安定的に供給している。現在の冷間鍛造業界で用いられている潤滑被膜は、その殆どがボンデ・ボンダリューベ被膜といっても過言ではない。
【0004】
一方、近年の環境保全に対する意識の高揚から、ボンデ・ボンダリューベ被膜の被膜形成方法が問題視されるようになってきている。鉄鋼材料を溶解して晶出するボンデ被膜処理では、処理液中に絶えず溶入してくる鉄分をリン酸鉄結晶などの副生成物として系外に排除する必要がある。重金属含有廃水や廃石けんなども多く排出され、これらは多量の産業廃棄物となる。また、処理浴温度が80℃以上にもなる処理工程では熱源や揮発水の補給などにかかるコストも大きい。特に鋼線コイル材やパイプなどを対象としたボンデ被膜処理設備は非常に大規模であり環境負荷も大きいため対策は急務となっている。
【0005】
最近、そのような問題を解決すべく、以下に例示するようにボンデ代替を目指した環境保全型の新しい潤滑被膜が開発されつつある。これらの多くは被膜処理液を対象物表面に塗布し、次いで乾燥するだけの簡単な工程にて潤滑被膜が形成できるため、一液潤滑被膜と呼ばれ注目を集めている。
【0006】
特許文献1(特許3517522号公報)は、特定の水溶性無機塩と固体潤滑剤、油成分、界面活性剤を特定比率で含有する冷間塑性加工用水系潤滑剤である。鉄鋼材料表面に形成される被膜は強固な密着性を有する水溶性無機塩をベースに各潤滑成分を含有しており、金型との加工界面に効率よく潤滑成分を導入する。加工難易度が高い鍛造試験である後方せん孔試験による実施例では、比較のボンデ・ボンダリューベと同等の冷間鍛造性を示しており、ボンデ・ボンダリューベの代替候補として有力である。
【0007】
特許文献2(特許3314201号公報)は、特定構造のアルキルホスホン酸誘導体を、界面活性剤と共に水に分散せしめてなることを特徴とする鋼又は鋼合金の水性冷間鍛造潤滑剤である。これを鋼材料に形成して得た潤滑被膜に対する各種摺動試験や鍛造試験、または実機鍛造などでの評価では、ボンデ・ボンダリューベ被膜と比較しても良好な結果を示すとされている。
【0008】
このように冷間鍛造での新たな潤滑被膜である一液潤滑被膜の潤滑性能は実用レベルに近づきつつある。図1に、ボンデ被膜処理と一液潤滑被膜処理とのライン構成例を示す。一液潤滑被膜の処理プロセスからは廃水や産業廃棄物などは発生せず、被膜処理に要するスペースやエネルギーコストも小さい。被膜処理部を鍛造機に直結するインラインプロセスも可能であり、これからのものづくり現場のレイアウトを大幅に改善できる可能性をもつ。
【0009】
最近の鍛造業界ではさらなる部品製造の効率化を目指した取り組みが行われており、鋼線コイル材からの被加工材切り出しから多段階の高速連続鍛造までを一台で担うパーツフォーマなどの多段鍛造機の導入が進んでいる。これらに対しては、前もって潤滑被膜処理を施した鋼線コイルを適用する場合が現状では殆どであり、通常2ton程の質量である鋼線コイル材への被膜処理は大規模な浸漬型ラインを用いた酸洗による熱処理スケールの剥離工程や伴う水洗を経て、潤滑被膜処理がなされている。したがって、一液潤滑被膜の導入による工程短縮メリットは薄い。
【0010】
多段鍛造機においての一液潤滑被膜の工程短縮メリットを引き出せる方法を開示した発明としては、特許文献3(特許4271573号公報)が例示される。ここでは、線径が0.3〜50mmの金属線材の表面に、ショットブラスト、サンドブラスト、ベンディング、陽極酸洗浄および陰極酸洗浄からなる群から選ばれる少なくとも1種の清浄化処理方法で20秒間以下清浄化処理を施した後、りん酸塩、硫酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれる少なくとも1種の無機塩と、金属石鹸、ワックス、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデンおよびグラファイトからなる群から選ばれる少なくとも1種の滑剤とを含み、且つ、前記滑剤/無機塩の固形分重量比が0.2〜1.5の範囲内にあり、固形分濃度が5〜20質量%の水系の潤滑皮膜形成処理液を5秒間以下接触させ、直ちに乾燥し、前記線材表面に付着量0.5〜20g/mの潤滑皮膜を連続インライン方式で線速度10〜150m/分にて形成させることを特徴とするヘッダー加工用金属線材の製造方法が開示されており、簡便な処理で、短時間で、高い潤滑性を有する皮膜を生成することができ、地球環境保護の観点、省エネルギー、省スペースの観点からも産業上の利用価値は極めて大きいとされている。
【0011】
しかしながら、鋼線のインラインプロセスにおける一液潤滑皮膜処理のゾーン長はショットブラスト機を含まずとも数m程度は要するため、鍛造機への併設にはそれなりのスペースが必要となり気軽には行えない。一液潤滑剤の接液ゾーン長はせいぜい数十cm程度で十分なのに対して、被加工材表面に塗布された処理液中の水分を揮発させ被膜化させるための熱風乾燥ゾーンには少なくとも1〜2m以上は必要となる。一液潤滑被膜は、塑性加工時のせん断から被加工剤表面を保護しながら、内包する滑剤成分を摩擦界面に供給し続ける役割を単一層にて担っているため、形成された被膜の完成状態は性能に大きく影響を及ぼす。例えば、被膜形成時の乾燥不足により膜中の含水量が多くなると塑性加工でのせん断により潤滑被膜は容易に脱落し、致命的な加工不良が発生する。したがって一液潤滑被膜の形成における乾燥工程は非常に重要な工程と位置付けられており、通常は余裕をもった乾燥条件が設定されるため、ライン速度の高速化が図り難いのが現状である。このように、今後さらに多段鍛造機を活かした高生産性の冷間鍛造プロセスを追求していく上では、現在の一液潤滑被膜の適用では不十分であり、革新的な潤滑技術の登場が待たれている。
【0012】
上述したように、一液潤滑被膜をもってしても鍛造ラインの高速化に対応しきれていない現状に対して、さらに簡便で速やかに潤滑被膜を形成できる被膜形成方法を模索する必要がある。そのような潤滑被膜の形成方法は、塑性加工とは関係ない全く別分野ではあるが、内燃機関用ピストンなどの摺動部材用潤滑被膜の形成を対象とした発明が特許文献4(国際公開番号WO2002/040743号公報)に開示されている。この発明は、表面に二硫化モリブデンの微細粉末を衝突させることにより、上記表面から深さ20μm以内の表層に、固体潤滑剤である二硫化モリブデンを含有する層を設けることを特徴とする金属摺動部材に関するものであり、特定圧力の圧縮空気とともに100m/秒以上の速度で二硫化モリブデン粉末を被塗材表面に衝突させることで簡便に二硫化モリブデンによる潤滑被膜層を形成できる被膜形成方法が用いられている。本被膜形成方法では、固体潤滑剤としての二硫化モリブデンそのものを衝突させるだけなので、一液潤滑被膜処理のように水分の乾燥工程などもなく鍛造ラインの高速化に十分追従できる可能性を持つ形成方法だと考えられる。しかしながら、これらの被膜を形成した鉄鋼材料に冷間鍛造を行おうとしても、形成された二硫化モリブデン被膜は、鉄鋼材料の塑性変形に伴う表面積の拡大での引き伸ばしと、金型との相対滑りでのせん断力による削ぎ落としによる極端な薄膜化により、被加工材である鉄鋼材料表面の被覆保護が困難となり焼付に到ってしまい、塑性加工用潤滑被膜として使用できるようなものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許3517522号公報
【特許文献2】特許3314201号公報
【特許文献3】特許4271573号公報
【特許文献4】国際公開番号WO2002/040743号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、多段鍛造機などに代表される量産鍛造設備に対して省スペースなインラインプロセスで効率よく高性能な被膜形成ができる塑性加工用潤滑皮膜の形成方法を提供することを目的とする。具体的には、前記特許文献4(国際公開番号WO2002/040743号公報)で開示されているように機械的に固体被膜を形成する方法を応用し、塑性加工性能に優れた潤滑被膜の形成方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題は、特定の表面性状を付与した被加工材表面に特定のへき開性化合物結晶粉体を投射することで形成される固体潤滑被膜により解決することができる。
【0016】
特定の表面性状の付与とは、ショットブラスト処理もしくはウエットブラスト処理により最大高さ粗さ(Rz)を平均で5μm以上となるように調整することをいい、本発明で使用する特定のへき開性化合物結晶粉体とは、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、リン酸亜鉛、硫酸カルシウムから選ばれた一種以上である。ここで、本発明におけるRzは、JIS B 0601-2001(ISO4287-1997準拠)に従い測定された値を指す。また、一般に「へき開」とは、結晶や岩石が機械的な打撃によって特定の方向あるいは特定の面に平行に割れたり、はがれたりする現象をいう(その面をヘキ界面という)。結晶の内部構造において、相対的に結合の弱い方向があると、これに直角な面に平行に割れやすい。ヘキ開の良否を示すのに完全、良好、めいりょう、不完全などの形容詞をつける。不完全ヘキ開はヘキ開があるのかないのかわからないものをいう。本発明における「へき開」とは、完全、良好、めいりょう及び不完全なへき開のいずれをも包含する。
【0017】
前記へき開性化合物結晶の粉体は単独もしくは鋼球などの金属メディアを混合した状態で投射されることで被加工材表面に固体潤滑被膜層が形成される。なお、必要に応じて、その上層には油類、石けん類、ワックスに代表される有機系滑材成分を主成分とする補助潤滑層が形成できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、量産鍛造設備などに対して省スペースなインラインプロセスで効率よく高性能な塑性加工用潤滑被膜が形成でき、被膜形成工程の革新的な工程短縮を実現できる。水系処理に頼らないことから被膜形成時の乾燥不足などの問題はなく、被加工材表面に特定の表面性状を付与することで固体潤滑被膜層の強固な焼付抑制能は安定的に発揮される。そのため油や石けん塗布などの簡便な補助潤滑層の付与も考慮すると高難易度の冷間鍛造においても優れた塑性加工性能を呈する他、仮に補助潤滑層で水系処理を用いたとしてもその乾燥不足による塑性加工性能への影響が小さいなどメリットが大きい。
【0019】
本発明により、潤滑被膜処理時間に律速され実現が困難であった、例えば鋼線コイルからの高速多段鍛造機に直結したインライン被膜処理の実現も容易となるなど、本発明の産業上の利用価値は極めて大きい。
【0020】
ここで、従来のボンデ・ボンダリューベと比較した場合、形成される潤滑被膜の性能がほぼ同一でありながら、ボンデ・ボンダリューベの場合のような鉄分の排除が不要である、熱源や揮発水の補給にかかるコストが不要である、大規模設備が不要である、という方法としての顕著な効果を有する。
【0021】
また、従来の一液潤滑被膜と比較した場合、乾燥状態により被膜性能が影響するという問題が生じ得ず、常に安定した性能の被膜を形成させることができる、という製造物としての効果に加え、熱風乾燥ゾーンが不要である、乾燥工程が不要なのでライン速度が高速化できる、という方法としての顕著な効果を奏する。
【0022】
更に、他分野での投射と比較した場合、鉄鋼材料の塑性変形に伴う表面積の拡大での引き伸ばしと、金型との相対滑りでのせん断力による削ぎ落としによる極端な薄膜化により、被加工材である鉄鋼材料表面の被覆保護が困難となり焼付に到ってしまうという問題が発生しない、という製造物としての顕著な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、ボンデ被膜処理と一液潤滑被膜処理とのライン構成例を示す図である。
【図2】図2は、塑性加工性能評価を行った密閉押出し加工金型の原理図である。
【図3】図3は、加工時における被膜脱落の指標とした試験片絞り加工先端部に発生する金属光沢領域の例である。
【図4】図4は、投射材の拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を詳細に説明する。尚、本発明は下記形態に何ら限定されるものではない。
【0025】
本発明が対象とする被加工材としては、主に鉄、鉄鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、マグネシウム、銅、チタンなどの塑性加工の対象となる金属材料が挙げられ、これらは用途によってシート、棒線、管、スラグなどの形状で使用される。
【0026】
本発明で被加工材表面に付与する特定の表面性状は、後述する方法で被膜形成される固体潤滑被膜が冷間鍛造時にさらされる表面積拡大や金型との相対滑りによるせん断などによる脱落を抑制し焼付を防止する機能を担う必須要件である。ショットブラスト処理もしくはウエットブラスト処理により最大高さ粗さ(Rz)を平均で5μm以上に調整することにより、固体潤滑被膜を被加工材表面に内包するように保持できる凹凸が形成され、被加工材表面拡大による引き伸ばしや、金型表面との摩擦せん断による削ぎ落としなどでの脱落を極端に抑制することができ、加工中の被加工材表面を安定的に被覆し続けられるようになる。尚、最大高さ粗さの上限は何ら限定されない(例えば30μmでもよい)。最大高さ粗さは、ブラスト処理に用いられる投射メディアの素材や形状および大きさによって変化するが、特に塑性加工時の被膜保持に好ましい表面性状を得るためには、目開き50〜500μmのメッシュで分級したグリッド形状の鉄鋼メディアまたはステンレスメディアや、アルミナなどの使用が好ましく、目開き100〜300μmのメッシュで分級したものがさらに好ましい。目開き50μm未満のメディアでは最大高さ粗さ(Rz)を5μm以上にすることが容易ではなく、目開き500μmを超えるメディアを用いると投射被膜の被服効率は頭打ちとなるが、加工中の固体潤滑被膜の保持効果が低下してくる。更に、球状のスチールボールメディアと比較すると角ばった形状を有するグリッド形状の鉄鋼メディアまたはステンレスメディアや、アルミナなどの使用が好ましい(図4参照)。これらを用いると最大高さ粗さRzには係わらない微細な凹凸を比較材表面に付与することができ、加工中の固体潤滑被膜の保持効果をより高めることができる。
【0027】
本発明で形成する固体潤滑被膜層は塑性加工時に金型表面と被加工材表面とが直接的に接触することを防止することで焼付の発生を抑制するとともに、金属面同士の直接しゅう動に比べて摩擦を低減する役割を担う。固体潤滑被膜層を形成するために被加工材表面に対して投射する特定のへき開性化合物結晶粉体は、結晶格子内にへき開面を有する化合物結晶の集合体であり、投射による金属表面への被膜形成能に優れるほか、塑性加工時の金型と被加工材との接触界面の摩擦を低減できるという観点から、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、リン酸亜鉛(水和物を含む)、硫酸カルシウム水和物(例えば、2水和物、1/2水和物)から選ばれた一種以上に限定される。本発明で限定されるへき開性化合物結晶粉体以外を用いると、投射処理によっても塑性加工に十分な厚みの被膜が形成されないか、金型と被加工材との接触界面の摩擦低減ができないため冷間鍛造などの潤滑被膜としては成り立たない。本発明にて、へき開性化合物結晶から形成される被膜量は、1g/m以上であることが必要であり2g/m以上であることが好ましい。被膜量の上限は特にないが、10g/mを超えても塑性加工性能への効果は飽和しており経済的に無駄となるので好ましくない。
【0028】
これらへき開性化合物結晶の集合体である粉末の投射は、通常、市販のショットブラストやショットピーニング装置を使用し、結晶粉末を単独で投射するか鋼球やステンレスグリッドなどの投射メディアと混合した状態で投射する。この時の投射速度は速い方が、被加工材表面に効率よくへき開性化合物結晶の被膜が形成されやすいため、例えば結晶の粉末を単独で投射する場合の圧縮空気の圧力は0.6MPa以上であることが好ましい。鋼球などの一般の投射メディアと混合して使用する場合には、投射速度がより低速でも効率的な被膜形成ができる。なお、被加工材表面に対する投射角度は任意に設定することができ、通常は同一投射速度における固体潤滑被膜層の形成重量を比較して被膜形成効率が良好な投射角度を設定する。
【0029】
被膜形成の対象とする被加工材表面に熱処理スケールや汚れを有する場合には、通常、酸洗や前洗浄などを行うことで形成する被膜との密着性を高めるが、本発明では工程短縮を目的とした趣旨から主にベンディングやワイヤーブラシ、ショットブラスト、ウエットブラスト処理などのメカニカルな前処理を使用する。特にショットブラストやウエットブラスト処理が効率よく熱処理スケールを排除できるため好ましいほか、本発明での被加工材の表面性状をも調整できる(最大高さ粗さを5μm以上とすることができる)ので適当である。即ち、この場合、前処理と表面性状処理が同時に実施されることとなるが、これは本発明での「表面性状工程」に相当することとする。そして、このような同時処理を行なった後、前述した潤滑被膜形成工程を実施する。ところで、この潤滑被膜形成工程の際、前述した表面性状処理の際に使用する投射メディアを本発明のへき開性化合物の結晶粉末と混合することも可能である。この場合には、前述の表面性状工程後、潤滑被膜形成処理と併せて再度表面性状処理が実施されることとなるが、これは本発明での「潤滑被膜形成工程」に相当することとする。即ち、最大高さ粗さを5μm以上とする処理が実行された後、へき開性化合物結晶粉末を投射する際に更に表面性状処理が同時に実行されたとしても、この処理はあくまで「潤滑被膜形成工程」である。
【0030】
本発明の方法で形成される固体潤滑被膜層の被膜量は、最終的に要求される塑性加工時の潤滑性能レベルにより大きく異なるため限定するものではないが、安定した焼付抑制能を発現させるためには1g/m以上であることが好ましく、2g/m以上であることがより好ましい。なお、固体潤滑被膜層形成量の上限は潤滑効果の飽和により経済的に無駄となるとの観点から10.0g/m以下にすることが好ましい。
【0031】
固体潤滑被膜層を形成した被加工材表面には、補助的に摩擦係数を低下させる目的として有機系滑材を主成分とする補助潤滑層を形成してもよい。補助潤滑層の形成は固体潤滑被膜層の形成直後に行ってもよいが、被加工材の塑性加工前もしくは塑性加工と同時に行ってもよい。補助潤滑層の主成分として用いられる有機系滑材としては油、石けん、金属石けん、ワックスなどが例示され、これらは単独もしくは組み合わせた形で使用できる。
【0032】
油としては、植物油、合成油、鉱物油などを使用でき、例えばパーム油、ひまし油、菜種油、マシン油、タービン油、エステル油、シリコン油などを挙げることができる。本発明では固体潤滑被膜層を形成した被加工材を油中で加工することでも構わない。
【0033】
石けんは、脂肪酸のアルカリ金属塩であり、例えばオクタン酸、デカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、イコサン酸、オレイン酸、ステアリン酸などの炭素数8〜22の飽和もしくは不飽和脂肪酸のナトリウム塩、カリウム塩などが挙げられる。金属石けんとしては、カルシウム、亜鉛、マグネシウム、バリウムなどの多価金属と上記脂肪酸との塩などが挙げられる。これらはアルカリ石けん水溶液や金属石けん溶融液、水分散体などでの塗布を行う。
【0034】
ワックスとしては、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス、カルナウバロウ、パラフィンワックスなどが挙げられる。ポリテトラフルオロエチレンとしては、重合度例えば100万〜1000万程度のポリテトラフルオロエチレンを挙げることができる。その他、ワックスには類さないが、層状構造アミノ酸化合物、有機変性粘土鉱物などの潤滑性を呈する材料も用いることができる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて使用してもよい。単独での塗布や溶融塗布などのほか、樹脂などの有機系の軟質バインダーを用いて被膜形成することもできるが、ホウ素やケイ素系などの流動性に乏しい無機塩系硬質バインダーと組み合わせると、固体潤滑被膜層のへき開により補助潤滑層が脱落しやすくなり摩擦係数の低減効果を発現し難くなることから好ましくない。
【0035】
これらの有機系滑材は、伸線や伸管ダイスなどの直前で被加工材表面に粉状もしくは液状で付着させながら引抜きもしくは押出し加工を行い、ダイス内で圧着塗布させるようなメカニカルな塗布方法を用いても構わない。
【実施例】
【0036】
本発明の実施例を比較例と共に挙げることによって、本発明をその効果と共にさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。
(1)表面性状処理
市販の投射機を用いて表1の条件での表面性状処理を行った。
被加工材:SAE1008伸線材(引張り強さ488MPa)円柱,φ10.8mm×20mm
(2)固体潤滑被膜層形成
市販の投射機(空気圧0.8MPa)を用いて各粉末材料を被加工材表面に対して45°の方向から投射することで固体潤滑被膜層の形成を行った。
(3)評価
<塑性加工試験>
図2に示す密閉押出し加工金型を用いて各潤滑被膜処理を施した被加工材の塑性加工性能を評価した。加工評価は、10回連続で実施し、軸絞り加工部の被膜状態、疵や焼付の発生などにより行った。なお、図3に加工時における被膜脱落の指標とした試験片絞り加工先端部に発生する金属光沢領域の例を示す。
<評価基準>
◎:被膜脱落を示す金属光沢領域発生の平均が、試験片絞り加工先端部から3mm未満であり、疵や焼付はみられない
○:被膜脱落を示す金属光沢領域発生の平均が、試験片絞り加工先端部から3mm以上5mm未満であり、疵や焼付はみられない
△:被膜脱落を示す金属光沢領域発生の平均が、試験片絞り加工先端部から5mm以上で疵や焼付はみられない
×:試験片絞り加工部に疵や焼付がみられる試験片が発生する
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
表2の結果で明らかなように、本発明の実施例1〜11の塑性加工用潤滑被膜は実用的な塑性加工性能を示した。一方、表面性状処理を行わないか、粗さ付与が十分でない比較例1〜5及び9、被膜形成の投射材料が本発明で限定するへき開性化合物結晶粉末ではない比較例6〜8及び10では、いずれも実用的な塑性加工性能が得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面性状処理により被加工材表面を最大高さ粗さ(Rz)が5μm以上となるように調整する表面性状工程と、表面性状工程の後に、ショットブラストもしくはショットピーニング装置により、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、リン酸亜鉛、硫酸カルシウムから選ばれた一種以上のへき開性化合物結晶粉体を投射することで潤滑被膜を被加工材表面に形成する潤滑被膜形成工程と、を含むことを特徴とする塑性加工用潤滑被膜の形成方法。
【請求項2】
前記潤滑被膜の上層に、鉱物油、油脂、アルカリ石けん、金属石けん、ワックス、層状構造アミノ酸化合物、有機変性粘土鉱物から選ばれる一種もしくは二種以上の補助潤滑剤を付着させる補助潤滑剤付着工程を更に含むことを特徴とする、請求項1に記載の塑性加工用潤滑被膜の形成方法。
【請求項3】
請求項1記載の表面性状工程及び潤滑被膜形成工程を含むか、又は更に請求項2記載の潤滑補助剤付着工程を含むことを特徴とする、潤滑被膜が形成された塑性加工材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−184331(P2012−184331A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48459(P2011−48459)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】