説明

塗布液、光学部品の製造方法および撮影光学系

【課題】光学部品に損傷を与えない温度での加熱を用いた不均化反応で、フッ素含有有機マグネシウム化合物から低屈折率のフッ化マグネシウム膜を形成することが可能な塗布液及び前記塗布液から得られた光学膜を提供する。
【解決手段】フッ素原子を有する炭素数2以上4以下のアルキル基、シクロアルキル基またはアリール基を置換基として有したフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有する塗布液、前記塗布液から得られた光学膜を有する光学部品の製造方法及び撮影光学系。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布液、光学部品の製造方法および撮影光学系に関し、特に反射防止効果に優れた低屈折率材料として用いられる光学部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学機器を構成する光学部品の表面には、光透過率を向上させることを目的として、反射防止膜が設けられている。
【0003】
空気中に対し、基材の屈折率ngに対し、屈折率がnc
nc=√ng (式1)
である低屈折率材料を、波長λに対しλ/4の光学膜厚でコーティングすることで反射率は理論上ゼロとなる。
【0004】
一般的な反射防止膜は、基材より低屈折率な材料を真空蒸着することで形成される。低屈折率材料として、フッ化マグネシウム(MgF)nd=1.38が広く用いられている。ここでndは587nmの波長の光に対する屈折率である。
【0005】
光学ガラスBK7(nd=1.52)にフッ化マグネシウム(nd=1.38)をλ/4の光学膜厚で設けた場合、1.26%の残存反射率が発生する。
【0006】
この場合、反射率をゼロとするためには、
nc=√nd(BK7)=√1.52=1.23 (式2)
である必要がある。
【0007】
より低反射効果を必要とする光学素子の反射防止膜としては、前記単層ではなく、高屈折率膜と低屈折率膜を交互に積層した、多層膜が用いられる。この場合も空気側である最上層としては低屈折率材料が重要となる。
【0008】
一方、低屈折率材料との複合膜とすることで、低屈折率化する試みが広く行われている。屈折率の異なる材料A(屈折率n)、B(屈折率n)をp:1−pで混合すると、見かけの屈折率nは
n=n×p+n×(1−p)=n−p×(n−n) (式3)
で表される。ここでpは多孔度(porosity)である。
【0009】
低屈折率膜を得るには、屈折率≒1で表される気体(通常の場合は空気)との多孔質膜を形成することが有利であることが示唆される。ここで材料Aが空気の場合、n≒1となり、上式3は
n=n−p×(n−1) (式4)
となり、多孔度pのときのバルク屈折率nの材料が示す屈折率に他ならない。
【0010】
低屈折率材料としてフッ化マグネシウム(nd=1.38)を用いて、見掛けの屈折率n=1.23を示す多孔質膜とするには約40%の多孔度とする必要がある。
【0011】
多孔質膜を作成する手段として、真空蒸着といった乾式プロセスではなく、湿式プロセスが有効である。湿式の場合、コーティング材料を溶媒に溶解あるいは分散した後、各種コーティング手段で成膜するため、多孔質膜を得易いという利点がある。
【0012】
一方、フッ化マグネシウムを湿式プロセスで作成する方法として以下の方法が知られている。特許文献1および非特許文献1には、フッ化マグネシウムを熱不均化反応(thermal disproportional reaction)で作成する方法が開示されている。フッ素含有マグネシウム化合物あるいは前駆体としてマグネシウムフッ化カルボン酸化合物を、基板上に塗布後、熱不均化反応することでフッ化マグネシウムを作成している。しかしながら、いずれの場合も屈折率は1.39前後とバルクのフッ化マグネシウムの値を示すに過ぎない。また、これらの成膜温度は400℃あるいは500℃に達する。
【0013】
特許文献2には、ハロゲン化アルコキシドを少なくとも加水分解することで希土類及び/又はアルカリ土類ハロゲン化物を得る方法が開示されている。しかしながら、ハロゲン化アルコキシドは空気中の水分と容易に反応し、不安定なため、成膜は不活性気体中で行う必要があり、光学膜を安定的に得るには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公昭59−213643号公報
【特許文献2】特開平8−239202号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】M.Tada et al.,J.Mater.Res.,Vol.14,No.4,Apr 1999、p.1610から1616
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
以上のように、フッ素含有有機マグネシウム化合物を加熱のみによって不均化反応でフッ化マグネシウム膜を安定的に形成するためには300℃以上の熱を加える必要がある。しかしながら、成型した光学部品に高温を加えることは寸法精度の低下を招く恐れがあり、光学素子の素材によっては更に大きな損傷を与えることになるため、焼成温度の低下が課題となっていた。
【0017】
本発明は、光学部品に損傷を与えない温度での加熱を用いた不均化反応で、フッ素含有有機マグネシウム化合物から低屈折率のフッ化マグネシウム膜を形成することが可能な塗布液を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、上記の塗布液を用いた光学部品の製造方法および撮影光学系を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、フッ素含有有機マグネシウム化合物を形成している、マグネシウムとフッ素含有有機物の間の酸解離定数(pKa)の値に着目した。フッ素含有マグネシウム化合物からフッ化マグネシウムを作成する上で、より弱い酸からなるフッ素含有有機マグネシウム化合物を用いることにより、熱による不均化反応が可能となる。
【0020】
しかしながら、弱酸性のフッ素含有有機マグネシウム化合物は、空気中では不安定であり、そのままでは安定した成膜をすることが難しい。また、湿式成膜のため、溶媒に溶解することが、水分を極端に嫌うため、使用可能な溶媒に大きな制限を課すこととなる。
【0021】
そのために、鋭意検討した結果、フッ素含有有機マグネシウム化合物の構造を非対称にすることにより、不活性気体雰囲気中でなくても、200℃以下で不均化反応を用いてフッ化マグネシウムに転化することを見出し本発明に至ったものである。
【0022】
すなわち、上記の課題を解決する塗布液は、下記一般式(1)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする。
一般式(1)
Mg(OR11)(OR22
(式中、R11は少なくともフッ素原子を有する炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、R22はフッ素を有しても良い炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、あるいは置換基を有しても良い芳香環基を表す。但し、R11とR22は異なる。)
【0023】
また、上記の課題を解決する塗布液は、下記一般式(2)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする。
【0024】
【化1】

【0025】
(式中、Rは少なくとも3つ以上のフッ素原子を有する炭素数2以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、R、Rはそれぞれフッ素を有しても良い炭素数1以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、シクロアルキル基またはアリール基、Rは水素原子、アルキル基、シクロアルキル基またはアリール基を表す。)
【0026】
上記の課題を解決する光学膜は、上記の塗布液を基材に塗布し、成膜した後、焼成することにより作成される光学膜からなることを特徴とする。
【0027】
上記の課題を解決する光学部品は、上記の光学膜を用いたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、光学部品に損傷を与えない温度での加熱を用いた不均化反応で、フッ素含有有機マグネシウム化合物から低屈折率のフッ化マグネシウム膜を形成することが可能な塗布液、光学部品、撮影光学系を提供することができる。
【0029】
また、本発明によれば、上記の塗布液から得られた光学部品、撮影光学系を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施例1および比較例1における赤外分光スペクトルを示す図である。
【図2】実施例1における不均化反応前後での赤外分光スペクトルを示す図である。
【図3】本発明の光学部品の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0032】
本発明に係る塗布液は、下記一般式(1)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする。
一般式(1)
Mg(OR11)(OR22
(式中、R11は少なくともフッ素原子を有する炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、R22はフッ素を有しても良い炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、あるいは置換基を有しても良い芳香環基を表す。但し、R11とR22は異なる。)
【0033】
また、本発明に係る塗布液は、下記一般式(2)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする。
【0034】
【化2】

【0035】
(式中、Rは少なくとも3つ以上のフッ素原子を有する炭素数2以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、R、Rはそれぞれフッ素を有しても良い炭素数1以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、シクロアルキル基またはアリール基、Rは水素原子、アルキル基、シクロアルキル基またはアリール基を表す。)
【0036】
上記の一般式(1)および一般式(2)において、R11、Rが(CFCHまたは(CFCであることが好ましい。
【0037】
本発明の一般式(1)または一般式(2)で表される化合物は、非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物である。非対称とは、一般式(1)においてR11≠R22であることを表す。
【0038】
前記本発明の塗布液を基材に塗布し、成膜した後、焼成することにより、優れた低反射および入射角特性といった反射防止効果を有する光学膜(反射防止膜)を有する光学部品を製造することができる。
【0039】
具体的には、前記非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物を各種溶媒に溶解、製膜した後、加熱することで不均化反応することで、フッ化マグネシウムからなる膜を、不活性気体雰囲気中でなくても、150℃以上200℃以下で容易に作成することが可能となる。
【0040】
また、低温焼成で低屈折率を実現することが可能となり、優れた低反射および入射角特性といった反射防止効果を有する反射防止膜、およびそれを有する光学部品が得られる。更には、非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物を不均化反応により、フッ化マグネシウムを含有する光学膜を有する光学部品を作成する。その後、光学膜に、フッ素以外の部分と親和性の良い、更には反応性を有する酸化ケイ素バインダーを塗布することで作成された光学膜は、低屈折率を呈し(nd=1.1〜1.3)、かつ表面を擦っても傷が発生しない膜強度を有する。同時にバインダーを塗布することで、高温高湿環境における光学膜および光学部品の安定性が向上する。このことは作成した光学膜に対し、フッ素化されていない部分、あるいはその他の官能基(例えば−O−や−OH)が存在することで高温高湿環境で不安定になる部分が、バインダーと反応あるいは被覆されることで環境に対する安定性が向上すると考えられる。
【0041】
本発明において、含フッ素前駆体としての非対称フッ素含有マグネシウム化合物を不均化反応することでフッ化物が得られる。金属Mの含フッ素前駆体を(M−X−F)とすると、反応式は
M−X−F → M−F + X
で表される。Xは反応残基を表す。ここで、上記の反応は、(A)不均化反応によりフッ素原子が外れること、(B)該フッ素原子がM−X間の結合を切断し、(C)M−Fになることにより反応が進行する。
【0042】
ここでM−X間の結合強さが、熱による不均化反応のし易さを反映していると考えられる。この場合、酸解離定数の小さい化合物からなる場合、不均化反応により大きなエネルギーを必要とする。
【0043】
不均化反応に用いるフッ素含有有機マグネシウム化合物として、トリフルオロ酢酸マグネシウム((CFCOO)Mg)を用いた場合、酸解離定数(pKa)が小さいため(pKa=0.3)、不均化反応によってフッ化マグネシウムを得るには250℃以上、より好ましくは300℃以上の加熱が必要となる。
【0044】
カルボン酸類より酸解離定数の大きい材料としてフェノール類、ケトン類、ジケトン類が挙げられるが、β−ジケトン類によるマグネシウム塩が好ましい。マグネシウムとβ−ジケトンからなる化合物に、更に酸解離定数の大きな置換基を有する、非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物とすることで、低温かつ安定的に不均化反応によるフッ化マグネシウムとすることが可能となる。
【0045】
一般式(2)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物の具体例として、置換基を有しても良いマグネシウムアセチルアセトナートの一部の例を、表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
更に酸解離定数の大きい化合物として、少なくともフッ素を有するアルコール類が挙げられる。
【0048】
これら化合物を非対称化することで、低温での不均化反応の反応性と、含水雰囲気に対する安定性が得られると考えられる。
【0049】
フッ化物を作成するための含フッ素前駆体は、不均化反応によるフッ素化のし易さの観点から、CF基を含有することが好ましい。
CF基を有するフッ化アルコールとしては2,2,2−トリフルオロエタノール(CFCHOH)、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール((CFCHOH)、ノナフルオロ−テトラブチルアルコール((CFCOH)が挙げられる。
【0050】
本発明において、不均化反応に用いる含フッ素有機マグネシウム化合物を、ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)(化合物1)と、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(HFIP)から作成する場合の反応は、以下のようになる。
【0051】
【化3】

【0052】
上記の不均化反応に用いる化合物は、(A)右辺に示す非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物(化合物2)であり、対称フッ素含有有機マグネシウム化合物(化合物3)では、空気中で湿度の影響を受け、不安定となる。
【0053】
本発明において、不均化反応を起こすには、加熱、焼成によるものが一般的であるが、紫外線等のエネルギー線を用いることも可能であり、またこれらを併用することでより低温で不均化反応を起こすことが可能となる。
【0054】
上記の非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物(化合物2)の熱による不均化反応は以下のように進行する。
【0055】
【化4】

【0056】
上記の(1)、(2)の矢印で示す様に、HFIPのCF基から熱により脱離したフッ素原子が、マグネシウムと結合することでフッ化マグネシウムを生成する。
【0057】
本発明に係る光学膜は、一般式(1)または一般式(2)で表される非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物を含有する塗布液を基材に塗布し、成膜した後、焼成することにより作成される。
【0058】
前記光学膜がフッ化マグネシウムからなることが好ましい。
【0059】
具体的には、非対称フッ素含有有機マグネシウム化合物を有機溶剤に溶解した後、光学素子上に塗布することで成膜される。塗布膜を形成する方法として、例えばディッピング法、スピンコート法、スプレー法、印刷法、フローコート法、ならびにこれらの併用等、既知の塗布手段を適宜採用することができる。膜厚は、ディッピング法における引き上げ速度やスピンコート法における基板回転速度などを変化させることと、塗布溶液の濃度を変えることにより制御することが可能である。
【0060】
塗布膜の膜厚は、不均化反応により、1/2から1/10程度まで減少する。減少の度合いは、不均化反応の条件により変化する。
【0061】
いずれの場合も加熱による不均化反応後の膜厚dが、設計波長λにおける光学膜厚λ/4の整数倍となるように、塗布膜の膜厚は調整されることが好ましい。
【0062】
有機溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプピルアルコール、ブタノール、エチレングリコールもしくはエチレングリコール−モノ−n−プロピルエーテルなどのアルコール類;n−ヘキサン、n−オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、シクロオクタンのような各種の脂肪族系ないしは脂環族系の炭化水素類;トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどの各種の芳香族炭化水素類;ギ酸エチル、酢酸エチル、酢酸n−ブチル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテートなどの各種のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどの各種のケトン類;ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジイソプロピルエーテルのような各種エーテル類;クロロホルム、メチレンクロライド、四塩化炭素、テトラクロロエタンのような、各種の塩素化炭化水素類;N−メチルピロリドン、ジメチルフォルムアミド、ジメチルアセトアミド、エチレンカーボネートのような、非プロトン性極性溶剤等が挙げられる。本発明で使用される塗布溶液を調製するに当たり、溶液の安定性の点から上述した各種の溶剤類のうちアルコール類を使用することが好ましい。
【0063】
フッ素含有有機マグネシウム化合物を非対称化することにより、水分に対する反応性の高いフッ素含有アルコキシドであっても、溶媒としてアルコール類を用いることが可能となる。これら溶媒は塗布方法に応じて適時選択される。蒸発速度が速すぎる場合、塗布ムラが発生しやすい。その場合、蒸気圧の低い溶媒を用いることで改善される。
【0064】
加熱による不均化反応において、反応温度は用いるフッ素含有有機マグネシウム化合物によって異なる。ヘキサフルオロ2−プロパノールを付与したアセチルアセトンマグネシウムの場合、200℃で加熱による不均化反応が起こる。また、2,2,2−トリフルオロエタノールを付与したアセチルアセトンマグネシウムの場合、150℃で加熱による不均化反応が起こる。その際、雰囲気がフッ素化合物を有することで、よりフッ素化が促進、更に多孔質化することで低屈折率化する。その際、多孔質化は加熱により進行するため、加熱時間は10分から2時間が好ましく、より好ましくは30分から1時間である。
【0065】
不均化する工程における雰囲気中にフッ素化合物を増やすために、塗布液中に更にフッ素化合物を添加することも有効である。添加されるフッ素化合物として、フッ化アセチルアセトンあるいはフッ化アルコール類が挙げられる。
【0066】
金属Mの含フッ素前駆体を(M−X−F)とすると、不均化反応は単純化して以下の式で表される。
F−X−M → F−M + X
ここで、(A)加熱によりフッ素原子が外れること、(B)該フッ素原子がM−X間の結合を切断し、(C)M−Fになる反応が進行する。
【0067】
しかしながらフッ素原子は反応性が高いため、必ずしも(B)の反応になるとは限らず、(A)により発生したフッ素原子が系外に散逸してしまうことにより、期待される反応(C)が得られないことが考えられる。これは不均化工程におけるフッ素化が必ずしも上記式通りに行われている訳ではないことを示唆している。
【0068】
そのため、(A)により発生したフッ素原子を散逸させないようにすることで、不均化によるフッ素化反応をより効率良く反応させることが可能になる。
【0069】
フッ素原子を散逸させない方法としては、遮蔽物を設けること、反応を促進させるために他にフッ素源を導入することも有効である。また、基材形状によっては基材そのものを遮蔽物として利用することが可能である。例えば凹レンズのような形状の場合、凹面を下側にして設置することで同様の効果が得られる。
【0070】
前記F/M以外の部分、すなわち化学量論的に、フッ素化されていない部分は、フッ素以外のその他の官能基(例えば−O−や−OH)が存在すると考えられる。同時に、このようなフッ素以外の部分が存在することで、環境特性が悪化すると考えられる。
【0071】
作成されたフッ化物に対し、フッ素以外の部分と親和性の良い、更には反応性を有する酸化ケイ素バインダーを塗布、硬化することで強度に優れた、低屈折率光学膜を作成する。酸化ケイ素前駆体としては各種ケイ素アルコキシド、ポリシラザンおよびそれらの重合物を用いることが可能である。これらのうち、より反応性に富む、ポリシラザンが好ましい。
【0072】
ケイ素アルコキシドとして、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基等の同一または別異の低級アルキル基が挙げられる。
【0073】
ポリシラザンとして、実質的に有機基を含まないポリシラザン(ペルヒドロポリシラザン)、アルキル基、アルケニル基、アリール基、シクロアルキル基、またはこれらの基の炭素原子に結合した水素原子の一部または全部を置換基で置換した基がケイ素原子に結合したポリシラザン、アルコキシ基などの加水分解性基がケイ素原子に結合したポリシラザン、窒素原子にアルキル基などの有機基が結合したポリシラザンなどが挙げられる。
【0074】
酸化ケイ素前駆体は触媒を用いることで、硬化反応を促進することが可能である。ケイ素アルコキシドの場合、酸あるいは塩基触媒が挙げられる。シラザンの場合、各種アミン系化合物あるいは金属触媒およびその化合物が触媒として用いられる。
【0075】
酸化ケイ素前駆体は溶媒で希釈された溶液を、前記多孔質フッ化マグネシウム上に塗布する。シラザンあるいはその重合物の場合、反応性が高いため、疎水系溶媒を用いることが重要である。疎水系溶媒として、キシレンあるいはトルエン等の石油系溶媒、ジブチルエーテルが挙げられる。
【0076】
シラザンの場合、疎水系溶媒に希釈する際、あるいは希釈した後に触媒を添加することで、反応を抑制することが重要である。
【0077】
フッ化物上に塗布する、酸化ケイ素前駆体を含む溶液は、シリカ換算で0.001≦SiO≦0.1の範囲、好ましくは0.005≦SiO≦0.05の範囲が望ましい。SiO<0.001では、バインダーとしての前駆体量が十分でなく、得られる膜の強度が十分でなく、SiO>0.1では強度は増すものの、屈折率が高くなる。
【0078】
ここでシリカ換算とは、酸化ケイ素前駆体を含む溶液を完全に反応させた後の固形分量を表す。シリカ換算10質量%の酸化ケイ素前駆体を含む溶液を、反応を完全に行なうと、10質量%のシリカ(SiO)からなる焼成物を得ることができる。なお、有機修飾等、完全にSiOとならない場合はこの限りでない。
【0079】
酸化ケイ素前駆体は加熱することで硬化する。アルコキシドより反応性の高いシラザンでは、室温でシリカに転化するものもある。湿度を与えること、熱を加えることで、より緻密なシリカを形成する。
【0080】
本発明における光学膜には、各種機能を付与するための層を更に設けることができる。例えば、透明基材とハードコート層との密着性を向上させるために接着剤層やプライマー層を設けることができる。上記のように透明基材とハードコート層との中間に設けられるその他の層の屈折率は、透明基材の屈折率とハードコート層の屈折率の中間値とすることが好ましい。
【0081】
このような低屈折率膜を、単独あるいは多層膜と組み合わせて光学部品に用いることで優れた反射防止性能を実現することが可能となる。また、低屈折率であるため、多層膜構成における最上層に用いた場合、界面反射の低下および斜入射特性が向上する。
【0082】
本発明における光学部品の製造方法で製造された光学部品の一例を図3に示す。図3(a)は、1は基材、2は本発明の塗布液から得られた光学膜を示し、図3(b)は、1は基材、2は本発明の塗布液から得られた光学膜、3は基材と光学膜の間に多層膜が形成されている例を示す。図3(b)では2層の膜の例を示したが、単層の膜であっても、高屈折率膜と低屈折率膜を交互に積層した多層膜であってもよい。基材と光学膜の間に形成される膜は、たとえば、酸化チタン(TiO)、酸化ケイ素(SiO)、フッ化マグネシウム(MgF)といった無機化合物や、各種樹脂等の有機材料からなる膜、あるいは金属アルコキシドを出発原料とする有機無機複合膜等を用いることができる。本発明の塗布液から得られた光学膜は低屈折率の膜を実現できることから、本発明の光学部材は優れた反射防止性能を有する。また、強度にも優れているため、汚れ等付着した場合であってもふき取ることができるため、最表面に形成することが可能である。本発明における光学部材は、各種光学部品に適用することができる。
【0083】
(他の実施形態)
本発明における光学部品の製造方法で製造された光学部品は、カメラなどの撮影レンズ等の撮影光学系に用いることができる。
【0084】
撮像光学系に用いられる光学部材の少なくとも一つが本発明の光学部材であって、その光学部材によって被写体からの光を集光してその被写体像を撮像素子に結像させることを特徴とする。光学部材に形成される光学膜のうちの少なくとも一つには、本発明の塗布液から得られた光学膜を有する。本発明の塗布液から得られた光学膜は、低屈折率であるため優れた反射防止性能を有しかつ、強度にも優れているため、最表面に形成されていることが好ましい。
【0085】
またその他、双眼鏡や、プロジェクターなどの表示装置あるいは窓ガラスなどにも用いることが出来る。
【0086】
(実施例1)
以下、本発明を実施例によって詳細に説明する。
【0087】
〔屈折率測定用サンプル〕
直径30mm、厚さ1mmの合成石英基板をイソプロピルアルコールで超音波洗浄し、乾燥した後、コーティング用基板とした。
ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)(東京化成工業(株)製、)2質量部、イソプロピルアルコール23質量部に対し、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(キシダ化学(株)製、以下HFIPと略記)7質量部を少しずつ加え、溶解し、透明なコーティング用塗料を作成した。
前記石英基板に前記コーティング用塗料を、2000RPMの回転速度でスピンコートした後、石英基板裏面に傷が生じないよう、隙間1mmを有するアルミ製台を介して200℃に設定したホットプレートで1時間加熱して成膜した。成膜した後、指で触っても剥がれない膜が形成されていた。
得られた膜について、分光エリプソメーター(ジェー・エー・ウーラム・ジャパン(株)M−2000D)を用いて、波長190から1000nmの範囲で偏光解析により、屈折率の解析を行なった。屈折率を表2に示す。
【0088】
〔赤外吸収スペクトル測定〕
シリコン基板上に、上記反射率・屈折率測定用サンプルと同様の方法で成膜し、100℃、10分乾燥して、残留溶媒を除去したものを作成し、赤外吸収スペクトル測定用のサンプルを作成した。該サンプルをフーリエ変換型赤外分光装置(パーキンエルマー社製)を用いて、赤外吸収スペクトル測定を行なった。
図1は、実施例1および比較例1における赤外分光スペクトルを示す図である。測定の結果、図1に示すように、ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)(比較例1)とは異なる吸収ピーク(図中○で記載)が確認される。これらピークはHFIPのC−F結合に由来するものであり、下記の構造式(5)で示す構造となっていると考えられる。
【0089】
【化5】

【0090】
図2は、実施例1における不均化反応前後での赤外分光スペクトルを示す図である。図2に示すように200℃の加熱のみで不均化反応を行った場合でも、焼成後では有機成分由来のピークはほぼ消失しており、200℃の不均化反応によってフッ化マグネシウムに転化していることが確認された。
【0091】
(実施例2)
HFIPを2,2,2−トリフルオロエタノール(キシダ化学(株)製)に代えた以外は、実施例1と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0092】
(実施例3)
HFIPをノナフルオロ−テトラ−ブチルアルコール(アルドリッチ社製)に代えた以外は、実施例1と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0093】
(実施例4)
ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)を、ビス(トリフルオロ−2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)(東京化成工業(株)製)に代えた以外は、実施例1と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0094】
(実施例5)
ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)を、ビス(ヘキサフルオロアセチルアセトナト)マグネシウム(東京化成工業(株)製)に代えた以外は、実施例1と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0095】
(実施例6)
マグネシウム(Magnesium preparation、アルドリッチ社製)とフェノールを反応させることで、マグネシウムフェノール化合物を作成し、ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)の代わりに用いた以外は、実施例1と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0096】
(実施例7,8)
実施例2において成膜温度を180℃、150℃に代えた以外は、実施例2と同様にサンプルを作成し、評価を行った。
【0097】
〔比較例1〕
ビス(2,4−ペンタンジオナト)マグネシウム(II)1質量部、テトラヒドロフラン25質量部に溶解し、コーティング用塗料を作成した。シリコン基板上に、実施例1と同様の方法で成膜し、フーリエ変換型赤外分光装置(パーキンエルマー社製)を用いて赤外吸収スペクトル測定を行なった。
【0098】
〔比較例2〕
マグネシウム粉末1質量部、1−ブタノール18質量部に対し、トリフルオロ酢酸25質量部を少しずつ加えてマグネシウムを溶解する。完全に溶解した後、0.20μmフィルターを用いてろ過した後、140℃で真空乾燥することで透明固形物を得た。
前記透明固形物2質量部をイソプロピルアルコール25質量部に溶解し、コーティング用塗料を作成し、実施例1と同様に塗布、成膜し、評価を行なった。しかしながら200℃乾燥後の塗膜は固形化していなかった。
【0099】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の塗布液は、光学部品に損傷を与えない温度での加熱を用いた不均化反応で、フッ素含有有機マグネシウム化合物から低屈折率のフッ化マグネシウム膜を形成することが可能なので、光学部品の光学膜に利用することができる。
【符号の説明】
【0101】
1 基材
2 光学膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする塗布液。
一般式(1)
Mg(OR11)(OR22
(式中、R11は少なくともフッ素原子を有する炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、R22はフッ素を有しても良い炭素数1以上6以下の置換基を有しても良いアルキル基、あるいは置換基を有しても良い芳香環基を表す。但し、R11とR22は異なる。)
【請求項2】
11が(CFCHであることを特徴とする請求項1記載の塗布液。
【請求項3】
11が(CFCであることを特徴とする請求項1記載の塗布液。
【請求項4】
下記一般式(2)で表されるフッ素含有有機マグネシウム化合物を含有することを特徴とする塗布液。
【化1】


(式中、Rは少なくとも3つ以上のフッ素原子を有する炭素数2以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、R、Rはそれぞれフッ素を有しても良い炭素数1以上4以下の置換基を有しても良いアルキル基、シクロアルキル基またはアリール基、Rは水素原子、アルキル基、シクロアルキル基またはアリール基を表す。)
【請求項5】
が(CFCHであることを特徴とする請求項4記載の塗布液。
【請求項6】
が(CFCであることを特徴とする請求項4記載の塗布液。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の塗布液を基材に塗布し、成膜した後、焼成することにより作成される光学膜を有する光学部品の製造方法。
【請求項8】
前記光学膜がフッ化マグネシウムからなることを特徴とする請求項7に記載の光学部品の製造方法。
【請求項9】
前記焼成の温度は、150℃以上200℃以下であることを特徴とする請求項7または8記載の光学部品の製造方法。
【請求項10】
請求項7乃至9いずれか1項記載の光学部材の製造方法によって製造された光学部材によって被写体からの光を集光してその被写体像を結像させることを特徴とする撮影光学系。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−25937(P2012−25937A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−135603(P2011−135603)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】