説明

塗料、塗膜、塗装物及び塗膜形成方法

【課題】非接触で測定される表層粘度に基づき、良好な外観の塗膜を得ることができる塗料、該塗料を用いて形成された塗膜、前記塗料を用いて塗膜が形成された塗装物及び前記塗料を用いた塗膜形成方法を提供する。
【解決手段】塗料が被塗物に塗布され、揮発成分が揮発する過程にて不揮発分率が90〜100質量%までの間のいずれかにおける電場ピックアップ法による表層粘度測定値が500mPa・s以上、3100mPa・s以下の範囲(好適範囲S)に含まれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塗料、特に、被塗物の上に塗装された状態での表層粘度測定値に基づき外観が良好な塗膜を形成することを可能とする塗料、該塗料を用いて形成した塗膜、前記塗料を用いた塗膜が形成された塗装物、及び前記塗料を用いた塗膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塗膜の外観として、より高光沢であり、平滑であることが望まれている。特に、自動車塗装の分野では外観は非常に重要な要素であるから、上塗り塗膜には、表面が均一であることが求められる。
【0003】
塗膜を形成するための塗料は、バインダ樹脂及び誘導体などの高分子物質である塗膜形成主要素、硬化剤及び可塑剤などの塗膜形成副要素、並びに色を決定する顔料などの不揮発性成分と、溶剤の塗膜形成助要素又は塗膜形成副要素の一部などの揮発性成分とからなる。主要素の樹脂は、分子量分布及び樹脂構造の多様性によって相互に溶解・分散しており、外観は透明なものが多い。しかしながら塗料の各成分は基本的に、完全に相互に溶解するわけではなく、揮発性成分及び不揮発性成分が分散している。
【0004】
したがって、溶剤を含む塗料を被塗物に塗布すると、揮発により対流が起こり、対流によって表面が不均一となる。図14は、塗料を被塗物に塗布した後の塗料内に起こる対流を示すモデル図である。図14には、塗料を塗布した被塗物の平面図と側面図とを示している。
【0005】
図14に示すように、塗料を被塗物に塗布すると、塗料層(液体層)の表面の液体膜(塗布膜)が空気層と接触することにより溶剤が揮発する。揮発によって表面で溶剤が消失し、この消失を補うように溶剤の成分が移動するために対流が引き起こされる。対流は図14中のBENARDセルと呼ばれるモデルで記述される六角柱状の単位で起こり、塗膜の表面にこのセルの形の痕跡が残る可能性がある。なお、溶剤の揮発しやすさには、蒸気圧、塗料内の揮発性成分の沸点、分子量、極性、水素結合力、蒸発潜熱又は凝集エネルギー密度などが関係する。
【0006】
また溶剤を含む塗料を被塗物に塗布した場合に、汚染物質として水、油などの液体が塗料上に存在する場合、塗料と液体との界面に沿って流れが生じ、その流れによって表面が不均一になる場合がある。図15は、塗料を被塗物に塗布した場合に異なる液体が存在する場合に発生する流動を模式的に示す断面図である。図15中、Pが塗料であり、Cが他の液体である。
【0007】
図15に示すように塗料Pの層に他の液体Cの液滴が存在すると、濃度(密度)が異なるために、表面張力の不均一を生み出し、塗料Pと液体Cとの間の界面に平行な流れが発生する(Marangoni効果)。ただしこのとき、塗料Pの中で液体Cの濃度が高い部分と低い部分とが存在するとする。混和が始まると、濃度が高い液体Cの液滴を中心として、濃度が高い中心部から濃度が低い外周部へ流れが生じ、図15の断面図に示すように、表面がクレーター状となる。
【0008】
溶剤を含む塗料のみならず、粉体塗料を用いる場合も、被塗物に吹き付けられてから硬化が始まるまでに成分が溶融することによって塗料内で粒子又は分子間に動きが生じ、その動きが塗膜の表面形状に影響する。
【0009】
また、被塗物に塗布された塗膜内では、下地の粗さが塗膜の表面形状に影響を及ぼす。下地の粗さを隠ぺいし、平滑な塗膜を形成するためには、塗料が流動することが可能な状態のときに、どれだけ平滑化できるかが重要である。硬化、冷却過程では流動可能状態での状態よりも平滑にすることができないからである。溶媒蒸発によって塗膜の膜厚が収縮するが、そのときの被塗物つまり下地の表面の凹凸により、収縮量が部分によって異なり、塗布膜の表面では、被塗物の凹凸が転写される。このとき塗料に流動性があれば凸部から凹部へ塗料が流れて平滑になるが、流動性がない場合は転写された凹凸がそのまま残る。したがって、塗料の表面張力及び粘度が適切な塗料を選定することが望ましい。
【0010】
ただし、塗料の分野では、水性塗料、溶剤系塗料又は粉体塗料などの系統の違いにより、夫々の系統における表面張力の調整は困難であることが経験的に知られている。一方、粘度に関しては表面張力よりは調整の幅が大きい。したがって、適切な粘度の塗料を選定することによって、表面が均一であり外観が良好な塗膜を形成することができる。
【0011】
塗料には、樹脂、顔料、及び溶剤などのみならず、添加剤などの多数の要素が含有され、総合的に粘度が決まる。したがって適切な粘度の塗料を選定するためには、深い経験知及び高度な技量が必要となる場合が多い。そこで深い経験知又は高度な技量に頼ることなしに、塗料の粘度を定量的に評価し、必要な場合はその粘度から、良好な塗膜外観を形成できる塗料を得る方法が検討されている(特許文献1,2,3,4等)。特に特許文献3では、粘性率の値を特定した塗料を用いる塗膜形成方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2000−334372号公報
【特許文献2】特開2007−283271号公報
【特許文献3】特開2004−224874号公報
【特許文献4】特開平11−165123号公報
【特許文献5】特許第4019379号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1,2,3,4で開示されている粘度計ではいずれも、調製した塗料をコーンの隙間に充填したり、塗料にロータを浸した状態で、これらの回転速度に基づいて粘度を測定している。転球を用いる場合は、塗膜の測定深さを設定することができない。いずれの場合も、塗料を全体的に攪拌しながら測定する。
【0014】
しかしながら、上述したように、例えば対流は、被塗物上の塗料の空気層との界面における揮発によって起こるものであり、塗布膜の表層近傍と深部とでは、不揮発分率に偏りが生じ、物性差を生じる可能性がある。粘度についても、外観が形成されていく揮発過程においては、表層近傍と深部とでは値が異なることが推測される。
【0015】
そこで発明者らは、塗料の配合がほぼ同様であるが、含有する溶剤が異なる2つの塗料について、揮発過程における粘度変化と、夫々の塗料を用いて形成された塗膜の外観とを比較する実験を行なった。以下に実験の内容及びその結果について述べる。
【0016】
2つの異なる塗料として塗料A,Bを調製した。塗料Aは、アクリル樹脂(酸価123、分子量約2500)を不揮発分が55%となるように有機溶剤「ソルベッソ100」(商品名、エクソンモービルケミカル社製、芳香族系有機溶剤)を用いて樹脂合成し、更に希釈用の有機溶剤としてメタノール(沸点64.6℃)を配合率が5質量%となるように加えて調製した。塗料Bは、塗料Aと同一のアクリル樹脂(アクリル樹脂及び樹脂合成用有機溶剤)に、希釈用の有機溶剤として塗料Aにおけるメタノールの代わりにイソブタノール(沸点117℃)を5質量%となるように加えて調製した。塗料Aと塗料Bとでは、有機溶剤以外の配合は同等である。
【0017】
下地としては、冷間圧延鋼板(JIS G 3141 SPCC-SD)の上に、リン酸亜鉛処理をし、硬化後の膜厚が15μmとなるように、カチオン電着塗装を施したものを使用する。このとき、下地塗膜、即ち上述の電着塗料により形成された塗膜の表面形状を測定した。下地塗膜の表面の粗度の測定は、フォームタリサーフS3C(商品名、テーラーホブソン社製、三次元粗度計)を用いて測定し、波長領域1.0〜0.3mmの算術平均粗さPa値を求めた。下地の電着塗膜の表面の算術平均粗さは、111nmであった。
【0018】
次に、下地塗膜の上に、アプリケータによって塗料A,Bを夫々、塗布時の膜厚が約70μmとなるように塗布し、夫々25℃で7分間セッティングした後、110℃のオーブンにて一定時間加熱した。加熱後取り出した塗装物の表面を速やかに非接触式の三次元粗度計(商品名「フォームタリサーフ2000CLI」、テーラーホブソン社製)を用いて測定した。具体的には、フォームタリサーフ2000CLI上に設置した加熱装置上に、塗料A,Bを塗布して加熱した後の塗装物を置き、任意の異なる時間における温度と、不揮発分率と、そのときの粗度(算術平均粗さPa値)とを測定した。
【0019】
図16は、実験における塗料A,Bを塗布した塗装物の表面の粗度の例を示す図表である。図16は、測定した粗度を不揮発分率毎に表にしたものである。図16の図の各項目は、左から温度、不揮発分率、塗料A,B夫々の算術平均粗さPa値であり、夫々単位は「℃」、「質量%」、「nm」である。図17に示すように、塗料Aを用いた塗膜の表面と、塗料Bを用いた塗膜の表面とでは、不揮発分率が90%までは、表面粗さはほぼ同等であるが、95質量%以上では大きく異なる。このように、高不揮発分率のときに差異が生じている。なおこのとき、不揮発分率が50%から90%となるまでには約5分、90%から95%となるまでには約3分、95%から100%となるまでには約2分を要した。
【0020】
図16の図表をグラフ化した図が図17である。塗料Aと塗料Bとでは、上述のように溶剤が異なる点以外は、同一の配合であるにも拘わらず、図17から判るように、結果的に得られる塗膜の外観は異なる。つまり、塗料の配合が同様であっても溶剤の特性によって外観に差が生じるという知見が得られた。
【0021】
当該差異を評価するため、塗料A及び塗料Bについて粘度を測定した。このとき、粘度は特許文献1などでも用いられているレオメーターを用いて測定した。図18は、実験で使用したレオメーターの原理を示す図であり、上部に断面図、下部に上面図を示す。図18に示すように、レオメーターは、静止している水平円板と、該円板に頂点が接するように設置された回転円錐とにより構成される。回転円錐と水平円板との間のなす角度は微小角度αであり、当該角度αの間に塗料A,B夫々を充填し、円錐を回転させる速度によってせん断速度が決定され、そのときの回転円錐表面におけるせん断応力τから絶対粘度ηを測定する。絶対粘度ηを求める式は以下の式1である。γはせん断速度、Mはトルク全量、ωは角速度、aは円錐の半径である。
【0022】
【数1】

【0023】
塗料A及び塗料Bを夫々加熱して、温度とそのときの不揮発分率を測定し、各時点での粘度をレオメーター及び式1を用いて求めた。図19は、実験により得られた温度と不揮発分率と粘度との対応を示す説明図であり、図20は図19の不揮発分率及び粘度の対応をグラフにしたものである。
【0024】
図19及び図20に示すように、2つの塗料A,Bのレオメーターを用いた粘度測定値の変化はいずれの不揮発分率でも同じ変化を示している。塗料Aも塗料Bも、温度及び不揮発分率が上昇して温度80℃、不揮発分率が80%程度となるまではいずれも絶対粘度は約6500mPa・sまで上昇し、測定温度が100℃で不揮発分率が90%〜95%となるといずれも減少し、測定温度が110℃で不揮発分率が100%となると2000mPa・s程度の値となる。
【0025】
このように、塗料Aと塗料Bとでは、図19及び図20に示したように塗膜を形成させたときの外観には結果的に差異があるが、レオメーター等を用いて測定した粘度の不揮発分率の変化に対する変化は、ほぼ同じ傾向を示し、差異がない。つまり、実験の結果、2つの塗料のレオメーターを用いた粘度測定値の変化は同様であったが、結果的に得られた塗膜の外観には差が生じることが分かった。
【0026】
上述したように、塗料の粘度が、形成された塗膜の表面形状に影響するはずであるのに対し、レオメーター等を用いて測定した粘度は、塗料を攪拌した状態で測定した塗料全体の粘度である。したがって、当該粘度は各成分がほぼ均一に分散している状態で測定される値であり、塗料全体の粘度と外観とでは相関がみられない場合があるという知見が実験により得られた。
【0027】
しかしながら、やはり塗料の粘度は形成される塗膜の外観に強い影響があるはずである。例えば、溶剤を含む塗料の塗布膜では、不揮発分率が上昇して膜厚収縮したときに、塗料の粘度が十分に低い場合には、塗料は流動することができて下地粗度を隠ぺいすることができる。逆に、塗料の粘度が高い場合には、塗料が流動できずに膜厚収縮して下地を転写して粗度が高くなると考えられる。
【0028】
そこで発明者らは、塗料全体の粘度ではなく、塗料が被塗物に塗装された状態で、上述のような不揮発分率が上昇していく過程における表層近傍の粘度に着目した。特に、粗度に大きな差異が生じた不揮発分率が90質量%以上の範囲における特性に着目した(図16、図17)。そして、非接触にて塗料の表層近傍粘度を測定する方法(例えば特許文献5の原理を利用した方法)を用い、高不揮発分率における表層近傍粘度と外観との間に相関があるという知見を得た。
【0029】
本発明は斯かる知見に基づいてなされたものであり、より精度よく、非接触で測定される表層粘度を用いた定量的な評価に基づき、良好な外観の塗膜を得ることができる塗料、該塗料を用いて形成された塗膜、前記塗料を用いて塗膜が形成された塗装物及び前記塗料を用いた塗膜形成方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0030】
第1発明に係る塗料は、被塗物の上に塗布され、表面が平滑化される過程で不揮発分率が90質量%から100質量%までの間の任意の値における電場ピックアップ法による表層粘度測定値が、500mPa・s(ミリパスカル秒)以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれることを特徴とする。
【0031】
第2発明に係る塗料は、前記表層粘度測定値が2800mPa・s以下の範囲に含まれることを特徴とする。
【0032】
第3発明に係る塗料は、前記表層粘度測定値が、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、及び表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれることを特徴とする。
【0033】
第4発明に係る塗料は、前記表層粘度測定値は、塗膜の膜厚の1/2以下の深さまでの粘度であることを特徴とする。
【0034】
第5発明に係る塗料は、前記表層粘度測定値は、塗膜の膜厚の1/3以下の深さまでの粘度であることを特徴とする。
【0035】
第6発明に係る塗料は、不揮発分率が90質量%から100質量%であるときの粘度の決定要因となる粘度調整成分を含有することを特徴とする。
【0036】
第7発明に係る塗膜は、第1発明乃至第6発明のいずれかに記載の塗料により形成されたことを特徴とする。
【0037】
第8発明に係る塗装物は、第1発明乃至第6発明のいずれかに記載の塗料が塗装されたことを特徴とする。
【0038】
第9発明に係る塗膜形成方法は、被塗物に塗膜を形成する方法において、前記被塗物の塗料を塗布した状態で表面が平滑化される過程にて、前記塗料の表層粘度を電場ピックアップ法により測定する測定工程、及び、前記塗料の不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間に、前記表層粘度が500mPa・s以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれる値となるように粘度を調整する調整工程を含むことを特徴とする。
【0039】
第10発明に係る塗膜形成方法は、前記調整工程では、環境温度、環境湿度、塗装物周辺の風速、風量、塗装物への加熱温度及び加熱時間の内のいずれか1又は複数を調整することを特徴とする。
【0040】
第11発明に係る塗膜形成方法は、前記測定工程では、前記表層粘度として塗膜の膜厚の1/2以下の深さまでの粘度を測定することを特徴とする。
【0041】
第12発明に係る塗膜形成方法は、前記測定工程では、前記表層粘度として塗膜の膜厚の1/3以下の深さまでの粘度を測定することを特徴とする。
【0042】
第13発明に係る塗膜形成方法は、前記調整工程では、前記表層粘度が2800mPa・sまでの範囲に含まれる値となるように調整することを特徴とする。
【0043】
第14発明に係る塗膜形成方法は、前記調整工程では、前記表層粘度が、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、及び表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれる値となるように調整することを特徴とする。
【0044】
第15発明に係る塗膜形成方法は、前記塗料として、不揮発分率が90質量%から100質量%であるときの粘度の決定要因となる粘度調整成分を含有する塗料を用いることを特徴とする。
【0045】
第16発明に係る塗膜形成方法は、被塗物に塗膜を形成する方法において、前記被塗物の塗料を塗布した状態で前記塗料の不揮発分率が、90質量%〜100質量%までの間の任意の値であるときの表層粘度が、500mPa・s以上で、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれる値となる塗料を用いることを特徴とする。
【0046】
第17発明に係る塗膜は、第9発明乃至第16発明のいずれかに記載の塗膜形成方法にて形成されることを特徴とする。
【0047】
第18発明に係る塗装物は、第9発明乃至第16発明のいずれかに記載の塗膜形成方法にて塗膜が形成されていることを特徴とする。
【0048】
第1発明、第7発明、第8発明、第9発明、第17発明及び第18発明では、塗料が被塗物に塗布された状態(粉体塗料の場合は噴き付けられた状態)で表面が平滑化される過程において、不揮発分率が90質量%から100質量%までの間の少なくともいずれかの不揮発分率のときに、電場ピックアップ法によって測定される表層粘度(絶対粘度)が、500mPa・s(ミリパスカル秒)以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれる塗料により塗膜が形成される。これにより、下地の粗度を十分に隠ぺいして表面が平滑な塗膜が得られる。
【0049】
図1は、本発明に係る塗料の不揮発分率に対する表層粘度(塗膜表層の絶対粘度)の変化を示すグラフである。本発明に係る塗料は、図1に示すように、溶剤を含む塗料又は粉体塗料など、表層粘度の不揮発分率に対する変化傾向が夫々異なるとしても、不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間、即ち揮発性成分が揮発していき三次元架橋反応が始まるまでの間のいずれかで、表層粘度が500mPa・s以上で3100mPa・s以下の範囲(以下、好適範囲と呼ぶ。図1中のSで示す範囲)の値となるような変化を示す。このような範囲を満たす塗料は、図1中の塗料C〜塗料Iである。図1中の塗料C,G,Iのように、不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間の全てにおいて表層粘度が好適範囲内にあるものが好ましい。図1中の塗料Dのように、不揮発分率が95質量%から100質量%までの間のみ、表層粘度が好適範囲内にあるものでもよい。また、図1中の塗料Hのように、不揮発分率が90質量%から95質量%までの間のみ、表層粘度が好適範囲内にあるものでもよい。塗料Dのように、不揮発分率が低いときの方が、粘度が高い塗料も含まれる。逆に、塗料X及び塗料Yは、不揮発分率が90質量%から100質量%までの間のいずれでも、表層粘度が好適範囲外にあり、本発明に係る塗料としては不適である。
【0050】
なお、塗膜表層の粘度は、電場ピックアップ法によって測定するものとする。電場ピックアップ法とは、次のような原理を用いて液体の粘度を測定する方法である。図2は、電場ピックアップ法の原理を概念的に示す概念図である。図2中のP1は、塗料であり、その上部は気層(空気層)である。図2中のNは電極針である。電極針Nは、液面に垂直に設置され、電極針Nの針先と塗料P1の液面との間の距離は、例えば10μmである。図2の左側は電極針Nに電圧が印加されていない状態、右側は電圧が印加されている状態を示す。
【0051】
電極針Nに所定の電圧を印加すると、電極針Nの針先に電荷が蓄積され、これによって塗料の液面近傍に電極針Nから、液面で略垂直となる電気力線を描く電場が発生し、マクスウェル応力が液体である塗料P1の内外に働く。このとき、液体である塗料P1と気層とでは誘電率が異なるので、表面に力が発生して変形が起こる。液体である塗料P1の方が、誘電率が大きいから、図2の右側に示すように、液面が引き上げられるように盛り上がる。このときの液面の盛り上がりの形状は、マクスウェル応力と表面張力との釣り合いにより決定され、変形の速度と粘性とが相関する。このことから、変形形状を観測し、変形速度を測定することにより表面張力と粘度とを得ることができる。
【0052】
なお、電場ピックアップ法とは、塗布膜近傍に、気層と液層(塗料)との界面を略垂直に通るような電場を発生させたときの気層と液層との間の誘電率の差により生じるマクスウェル応力に起因する塗布膜表面の形状変化を観測することにより得られる情報から粘度を測定する方法を広く意味する言葉であって、狭義に解釈されるものではない。
【0053】
なお、塗料の粘度が500mPa・sよりも低い場合には被塗物が垂直面を有する場合に粘度が低すぎることからタレを引き起こしたり、外部からの異物混入によるハジキ、ヘコミなどの外観不良を引き起こしたりしやすく、好適でない。
【0054】
第2発明及び第13発明では、塗料は、不揮発分率が90%から100%までの間のいずれかであるときの表層粘度が500mPa・s以上で、より好ましい2800mPa・s以下の範囲(以下、最好適範囲と呼ぶ。図1中のSSで示す範囲)に含まれ、当該塗料により塗膜が形成されることにより、表面が更に均一で平滑な塗膜が得られる。図1中の塗料C,D,E,Gが含まれる。
【0055】
第3発明、第14発明及び第16発明では、塗料の表層粘度測定値は、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値(例えば電着塗膜表面の算術平均粗さ値)、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、及び表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれる。
【0056】
図3は、本発明に係る塗料に関するOrchardのレベリング式の理論を概念的に示す概念図である。図3中のP2は未乾燥塗膜であり、下部の下地上に塗料が塗布された直後の状態である。未乾燥塗膜P2の上部は気層である。塗装直後の塗装面は、塗装方法によって様々な不規則性を持つ。例えば刷毛塗りにおける刷毛目、スプレー塗装における「ゆず肌」などである。このような塗装された未乾燥塗膜の膜厚不均一性が、流動によって平滑化して均一となる現象をレベリングという。
塗布膜表面の平滑化について、表面の波の大きさをr(cm)で表し、液体(塗布膜)の表面の初期の波高Z0 (cm)、レベリング(平滑化)時間t秒後には平滑化されて波高Zt (cm)となるとしたとき、それらの値と、液体の表面張力σ(mN/m)、膜厚h(cm)、液体表面の波の波長λ(cm)、及び液体粘度η(poise=1/10Pa・s)との関係が式2となる。なお、右辺の対数は自然対数である。
【0057】
【数2】

【0058】
式2にて、初期表面粗さをPa0 としたとき、Z0 =Pa0 ×4、時間t秒後の表面粗さをPat としたとき、Zt =Pat ×4が成り立つ。
【0059】
式2を応用して以下のように、下地の転写による表面粗度形成を説明する。
下地上に塗料が塗布されると初期的には塗装方法によって異なる表面粗度を持つが、経時により塗膜表面が平滑化する際、下地の粗度を転写して塗布膜の表面粗度が平滑にならない場合がある。
式2にて、波長帯域λは、塗膜の外観を評価するために予め定義されるものである。初期波高Z0 は、下地塗膜の表面の粗さに対応する値である。平滑化後の波高Zt は、目標とする塗膜の表面の粗さに対応する値である。式2により深さhを大きくすることによって所望の平滑さとなるまでの時間tの値を小さくできるが、塗膜の膜厚hについては実用上の制限があるから大きく変えることができない。むしろ薄膜が望まれる場合には膜厚hは小さい値にて制限される。表面張力σが大きい塗料ではレベリング時間tの値を小さくすることできるが、通常の条件下においては塗料の配合で表面張力σを大きく変えることができないことが知られている。したがって、外観を評価する波長帯域λにおいて、目標とする塗膜の表面の粗さ(平滑化後の波高Zt の4分の1)を実現するために、膜厚h、表面張力σ等を用いて、塗料の表層粘度ηをどの程度にすればよいかを特定することが可能である。
【0060】
ただし、好適な塗膜としては上述の各パラメータには制限がある。視覚によって捉えられる外観として、波長帯域λが1.0〜0.3mmの範囲を用いることにより平滑性を評価できる。そして、電着塗装を施した下地の1.0〜0.3mmの波高Z0 は約400nm程度であることが多い。膜厚は塗料によって異なるが、30μm程度が望ましい。表面張力σは、水性、溶剤系塗料の多くの場合、約30mN/mである。平滑と感じられる好適な塗膜の粗さに対応する波高Zt が、8〜32nm程度であるとすると、これらの値から、第1発明又は第2発明における好適範囲の上限値3100mPa・s、より好ましくは波高Zt を8〜24nm程度とするために2800mPa・sが算出できる。波長領域が1.0mm以上は、塗装時の肌の影響が大きく、0.3mm以下はツヤ感などレベリングでは塗料間で差が発生しないため、今回の評価には好適ではない。
【0061】
第4発明及び第11発明では、表層粘度として、塗膜の膜厚の1/2の深さまでの粘度が測定される。1/2を超えた深さまでの粘度では、外観との相関性が低い。
【0062】
第5発明及び第12発明では、表層粘度として更に、塗膜の膜厚の1/3の深さまでの粘度が測定される。1/3の深さまでの表層粘度が、外観との相関性がより高く、より精度よく好適な塗膜を得るための塗料を特定することが可能である。
【0063】
第6発明及び第15発明では、塗料の不揮発分率が90質量%から100質量%であるときの粘度を決定する粘度調整成分が含有される。粘度調整成分により、表層粘度が図1中の好適範囲S又は最好適範囲SSに含まれるように調整可能である。粘度調整成分としては、溶剤、ポリオール、低分子量樹脂、又は粘性調整機能を有する添加剤などを1種又は2種以上を併用して利用することができる。
【0064】
具体的には、溶剤は水又は有機溶剤などを利用できる。ポリオールとしてはポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、アクリルポリオール又はポリカプロラクトンなど、又はエチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリンなどの多価アルコールなどを利用できる。多価アルコール以外のポリオールとしては、数平均分子量が400〜1200、特に500〜1000であることが好ましい。数平均分子量が上述の範囲外である場合、粘度調整効果が低下する。
【0065】
低分子量樹脂としては、メラミン樹脂が利用できる。メラミン樹脂の数平均分子量は、好ましくは300〜1000であり、重合度は1.5以下がよい。より好ましくは、数平均分子量は350〜900であり、重合度は1.2以下がよい。数平均分子量又は重合度が上述の範囲外である場合、粘性調整効果が低下する。
【0066】
第10発明では、塗料の不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間に、粘度が500mPa・s以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれるように、塗料の揮発成分が揮発する過程における環境温度、環境湿度、塗装物周辺の風速、風量、加熱温度及び加熱時間等が適切に調整される。これにより、上述のように平滑な塗膜を得ることが可能となる。
【発明の効果】
【0067】
本発明による場合、塗膜の光沢感、平滑さなどの外観に強く影響する外見形成過程における表層近傍の粘度を非接触で測定し、当該測定値を用いた定量的な評価に基づき、適切な塗料を得ることができ、良好な外観の塗膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明に係る塗料の不揮発分率に対する表層粘度(塗膜表層の絶対粘度)の変化を示すグラフである。
【図2】電場ピックアップ法の原理を概念的に示す概念図である。
【図3】本発明に係る塗料に関するOrchardのレベリング式の理論を概念的に示す概念図である。
【図4】電場ピックアップ法を用いた表層粘度を測定するための測定システムの概要を模式的に示すブロック図である。
【図5】アンプから出力される信号の波形の一例を示す波形図である。
【図6】表層粘度測定システムのオシロスコープにて測定される光検出器からの検出信号の例を示す波形図である。
【図7】本発明に係る電場ピックアップ法を用いた表層粘度測定の測定範囲を模式的に示す模式断面図である。
【図8】各塗料の粘度の測定結果を示す説明図である。
【図9】図8に示した測定結果の内、液面から膜厚の1/3深さ表層粘度の測定結果を示すグラフである。
【図10】下地の粗度が124〜131nmであるときの実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を用いた試料1〜7及びH1,2の粗度の測定結果と外観の評価結果とを示す説明図である。
【図11】図10に示した測定結果の内、各不揮発分率に対する算術平均粗さの分布を示すグラフである。
【図12】下地の粗度が95〜108nmであるときの実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を用いた各試料8〜14及びH3,4の粗度の測定結果と外観の評価結果とを示す説明図である。
【図13】図12に示した測定結果の内、各不揮発分率に対する算術平均粗さの分布を示すグラフである。
【図14】塗料を被塗物に塗布した後の塗料内に起こる対流を示すモデル図である。
【図15】塗料を被塗物に塗布した場合に異なる液体が存在する場合に発生する流動を模式的に示す断面図である。
【図16】実験における塗料A,Bを塗布した塗装物の表面の粗度の例を示す図表である。
【図17】図16の粗度をグラフ化した図である。
【図18】実験で使用したレオメーターの原理を示す図である。
【図19】実験により得られた温度と不揮発分率と粘度との対応を示す説明図である。
【図20】図19の温度、不揮発分率及び粘度の対応を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0069】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
なお、以下に示す項目について順次説明する。
【0070】
1.電場ピックアップ法による表層粘度測定
2.実施例及び外観の評価
2−1.下地
2−2.粘度の測定
2−3.粗度の測定及び外観の評価
3.考察
3−1.表層粘度と外観との相関
3−2.Orchardのレベリング式に基づく目標粘度
4.粘度調整成分
5.塗装工程への適用
【0071】
<1.電場ピックアップ法による表層粘度測定>
まず、本発明に係る塗料を特定する電場ピックアップ法による表層粘度の測定方法について具体例を挙げて詳細に説明する。
【0072】
図4は、電場ピックアップ法を用いた表層粘度を測定するための測定システムの概要を模式的に示すブロック図である。表層粘度測定システムは、測定対象である塗料Pのステージ1、レーザー出力器2、ミラー3、レンズ系4、光検出器5、オシロスコープ6、塗料Pの表層近傍へ電場を発生させるための電極針N、信号出力器7、及びアンプ8を含む。
【0073】
レーザー出力器2は、塗料Pの表面へレーザー光を出力するヘリウムネオンレーザーである。ミラー3は、レーザー出力器2からのレーザー光を塗料P、又は光検出器5へ導くように設置されている。レンズ系4は、レーザー光を塗料Pに集光する。光検出器5は、塗料Pの表面にて反射されたレーザー光を受光して検出信号を出力する。オシロスコープ6は、光検出器5からの検出信号の信号レベルを検知する。
【0074】
信号出力器7は、所定の電圧の信号を出力するファンクションジェネレータである。信号出力器7から出力される信号は、アンプ8によって増幅されて電極針Nへ入力される。これにより、電極針Nには電圧が印加され、針先に正電荷が蓄積される。
【0075】
図5は、アンプ8から出力される信号の波形の一例を示す波形図である。図5に示すように、信号出力器7からは、電圧レベルが一定時間(図5の例では0.5秒)オンで継続し、その後オフとなるように矩形波をなす信号が出力される。矩形波の信号が信号出力器7から出力され、アンプ8にて増幅され電極針Nへ出力される。これにより、電極針Nには0.5秒間、電圧レベルが200Vの高圧が印加され、電極針Nの針先から0.5秒間、図2に示したように、塗料Pの液面に略垂直に入射する電力線で表されるような電場が発生する。
【0076】
電極針Nの針先から発生する電場によって図2に示したように塗料Pの液面の一部が電極針Nへ引き上げられるように変形する。そして、信号出力器7から出力される信号の電圧レベルがゼロとなると電場は消滅するから、塗料Pの液面は水平へと戻ろうとする。この際の液面の変形の応答を、レーザー出力器2からのレーザー光の反射を光検出器5にて検出することによって測定する。
【0077】
つまり、電場が発生していない状態では、塗料Pの液面には電場による変形がない。このときに入射してきたレーザー出力器2からのレーザー光の塗料Pの液面での反射光に対し、電場が発生して液面の一部が変形した場合の反射光には、液面の変形に応じた歪みが生じる。この反射光の歪みを、光てこの原理に基づき光検出器5にて変位を検知することによって変形を測定する。
【0078】
図6は、表層粘度測定システムのオシロスコープ6にて測定される光検出器5からの検出信号の例を示す波形図である。検出信号は、液面変形の時間応答を示す。図6に示すように、検出信号は信号出力器7からの矩形波に対応し、立ちあがり及び下がり始めが緩やかである。この緩やかさは、電場が発生してマクスウェル応力が生じたとしても、塗料Pの粘度によって変形に時間を要することに対応し、粘度が高いほど、変形に時間を要する。つまり、検出信号の立ち上がり及び下がり始め時間応答の様子が、塗料Pの粘性を反映する。したがって、立ち上がり及び下がり始めの時定数を求めることによって粘性を知ることができる。なお、検出信号の振幅からは表面張力を求めることができる。
【0079】
変形応答の検出信号から得られる時定数と粘度との関係は、非圧縮性の液体の場合、広い粘度域について線形の関係にあり、以下の式3のように示すことができることが知られている。式3におけるτは、変形に係る時定数を示し、右辺のη(バー)は平均粘度、σは表面張力である。
【0080】
【数3】

【0081】
式3中のhは、マクスウェル応力が及ぶ深さを示し、電極針Nから塗料Pの液面までの距離に対応する。図7は、本発明に係る電場ピックアップ法を用いた表層粘度測定の測定範囲を模式的に示す模式断面図である。なお、図7中の10は、後述するように試料を加熱するヒートステージである。
【0082】
図7に示すように、電極針Nから塗料Pの液面までの距離をh(例えば10μm)として、電極針Nの針先から電場を発生させた場合、マクスウェル応力の及ぶ表面上の距離はhであり、更に、塗料の深さ方向についてもマクスウェル応力の及ぶ距離はhであるとみなすことができる。つまり、電極針Nの針先からの電場は、塗料Pの液面近傍の内、針先からの垂線を軸とする直径がhで深さがhの円柱形(又は、1辺の長さがhである立方体)の領域への運動に関与する。この円柱形における流体速度ベクトルと圧力pでのナビエ・ストークスの方程式の各項を、変形に係る時定数τ、円柱形の大きさのオーダーh及び変形の大きさを用いて書き下すと(書き下しについては略)、式3を得ることができる。
【0083】
先端が微小な針状の電極を用いることによって塗料のような液体の微小な変形を観測することが可能である。光てこの原理を用いるから検出も容易である。また、電場ピックアップ法では、図5に示すように数百Vの電圧を電極針Nに印加することによって液面の変形を容易に検出することができる。
【0084】
このように、図4に示したような測定システムを用い、電極針Nから塗料Pの液面までの距離hを調整して測定を行なうことにより、塗料の表層近傍分だけの粘度を非接触にて測定することができる。
【0085】
なお、当該電場ピックアップ法の測定時に調整する距離h、即ち測定できる表層深さについては、好ましくは膜厚の1/3とする。後述するように、1/3深さ程度までの表層粘度と、外観との間に相関がより良く見られるからである。なお、1/2深さまでの表層粘度でもよい。1/2を超えた深さまでの表層粘度を測定しても、全体の粘度と同様にあまり相関がみられないという知見を得ている。
【0086】
<2.実施例>
上述にて説明した電場ピックアップ法にて測定される表層粘度と、外観との間に相関があり、不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間の表層粘度測定値として、上述の好適範囲内に含まれる値を有するか否かによって、良好な外観の塗膜を得ることができる塗料を選定できることを、実施例を挙げて説明する。
【0087】
<2−1.下地>
実施例における下地には、被塗物として自動車の車体を考慮し、電着塗装を施した鋼板を使用した。具体的には、冷間圧延鋼板(JIS G 3141 SPCC-SD)の上に、リン酸亜鉛処理をし、硬化後の膜厚が15μmとなるように、カチオン電着塗装を施したものを使用する。具体的には、電着塗料(日本ペイント社製、商品名「パワーニクス310」)を上述の鋼板に塗布し、160℃で30分間焼き付けしたものを用いた。下地には粗度の程度が異なる2つの下地を用いた。一方の下地の粗度、即ち算術平均粗さPa値は95〜108nmであり、他方の下地の粗度は124〜131nmであった。
【0088】
<2−2.粘度の測定>
実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を調製して粘度を測定した。なお粘度として、塗料全体の粘度(バルク粘度)と、1.にて説明した方法による表層粘度とを測定した。
各実施例1〜7及び比較例1,2の塗料の配合は以下である。
【0089】
実施例1:アクリル樹脂(酸価123、数平均分子量約2500)を不揮発分が55%となるように有機溶剤「ソルベッソ100」(商品名、エクソンモービルケミカル社製、芳香族系有機溶剤)を用いて樹脂合成し、更に希釈用の有機溶剤としてメタノール(沸点64.6℃)を配合率が5質量%となるように加えて調製した。
実施例2:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として、メタノールとイソブタノール(沸点117℃)とを2:1の割合で混合した混合溶剤を配合率が5質量%となるように加えて調製した。
実施例3:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として、メタノールとイソブタノールとを1:1の割合で混合した混合溶剤を配合率が5質量%となるように加えて調製した。
実施例4:「ビリューシアPL1000」(商品名、日本ペイント社製、粉体塗料)
実施例5:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として、実施例2と同一のイソブタノールを配合率が5質量%となるように加えて調製した。
実施例6:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として、メタノールとジエチレングリコールモノブチルエーテル(沸点230.6℃)とを1:1の割合で混合した混合溶剤を配合率が5質量%となるように加えて調製した。
実施例7:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、固形分比でメラミン樹脂が5質量%となるようにメラミン(数平均分子量375、重合度1.09)を添加し、希釈用の有機溶剤として実施例2と同一のイソブタノールを配合率が6質量%となるように加えて調製した。
比較例1:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として酢酸メチル(沸点56.9℃)を配合率が5質量%となるように加えて調製した。
比較例2:実施例1と同一のアクリル樹脂(合成用の有機溶剤を含む)に、希釈用の有機溶剤として実施例6と同一のジエチレングリコールモノブチルエーテルを配合率が5質量%となるように加えて調製した。
【0090】
バルク粘度については、実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を図18に示したレオメーター(回転型粘度計)における回転円錐と水平円板との間のなす角度に充填し、測定した。表層粘度については、実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を夫々、2−1に示した粗度が異なる2つの下地上に、アプリケータによって塗布時の膜厚が70μm厚となるように塗布して試料1〜14,H1〜4を得、該試料を用いて測定を実行した。なお、実施例4の粉体塗料は、乾燥膜厚が35μmとなるように静電塗装して得た。各塗料を塗布した試料1〜14、H1〜4を、25℃にて7分間セッティングした後、110℃のオーブンで加熱しながら測定を行なった。なお、表層粘度の測定に関しては、図7中の10に示すように、電極針Nの下に設置されたヒートステージ上に試料を載せ、加熱しながら測定を行なった。また、測定時の環境温度は27℃であり、環境湿度は50%であった。
【0091】
図8は、各塗料の粘度の測定結果を示す説明図である。図8の説明図は、実施例1〜7及び比較例1,2の各塗料について、不揮発分率が夫々90、95、100質量%となったときにレオメーター(回転型粘度計)を用いて測定されたバルク粘度と、1.の測定システムを用いて電極針Nから塗料の液面への距離hを調整して測定された表層粘度とを表にしたものである(図4乃至図7参照)。以下の説明では夫々の測定方法による粘度を区別するために、レオメーターを用いて測定された粘度はバルク粘度といい、電場ピックアップ法によって測定した表層粘度については、塗料の液面からの深さ別に夫々、1/3深さ表層粘度、1/2深さ表層粘度という。距離hを膜厚と等しく調整して電場ピックアップ法により測定した粘度は、膜厚全体粘度という。いずれの粘度もmPa・s単位にて示し、不揮発分率は質量%単位にて示している。
【0092】
図8に示すように、比較例1の塗料については、不揮発分率が90質量%のときのバルク粘度は3050mPa・s、95質量%のときのバルク粘度は3010mPa・s、100質量%のときのバルク粘度は3000mPa・sと、いずれも約3000mPa・sであった。これに対し、電場ピックアップ法による測定方法では、表層粘度が高過ぎ、形状変化が微小で測定できなかった。なお、本実施の形態における電場ピックアップ法による測定限界は、粘度が1.0×106 mPa・s以下である。
【0093】
実施例1の塗料のバルク粘度は、不揮発分率が90質量%のときは3000mPa・s、95質量%のときには1500mPa・s、100質量%のときには2000mPa・sであった。95質量%で一旦減少した後、揮発成分が全て揮発すると上昇する粘度変化をみせた。実施例1の塗料の試料(下地の上に塗布された状態)での1/3深さ表層粘度は、不揮発分率が90質量%のときは984mPa・s、95質量%のときには4479mPa・sに急上昇し、不揮発分率が100質量%のときには測定が不可能となるほど高い値であった。1/2深さ表層粘度についても同様に、不揮発分率が90質量%から95質量%へ上昇すると共に大きく上昇し、不揮発分率が100質量%では測定が不可能であった。そして、膜厚全体粘度は、不揮発分率の上昇と共に上昇しているが、1/3深さ表層粘度及び1/2深さ表層粘度ほどの上昇傾向は見られず、不揮発分率が100質量%でも測定が可能である。
【0094】
このように、バルク粘度と表層粘度とでは変化の傾向が異なる。つまり、下地に塗布された状態の塗料内では粘度に深さ方向の分布ができるから、バルク粘度では外観形状に影響する粘度を正確に評価しきれないと言うことができる。
【0095】
実施例2〜7を塗装して得られた各試料についても、図8に示すようにバルク粘度及び1/3深さ表層粘度の測定結果を得られた。実施例5については、1/2深さ表層粘度及び膜厚全体粘度についても測定し、図8に示すような結果を得られた。
【0096】
ここで着目すべきは、比較例1と実施例1とでは、バルク粘度の変化の傾向は各不揮発分率に対して同等であるにも拘わらず、比較例1では、表層粘度はいずれも測定できない範囲であることである。また、比較例2と実施例6とについても、バルク粘度の値及びバルク粘度の変化は、各不揮発分率に対して同等であるにも拘らず、電場ピックアップ法にて測定された1/3深さの表層粘度は、バルク粘度のほぼ倍程度に異なる。
【0097】
図9は、図8に示した測定結果の内、液面から膜厚の1/3深さ表層粘度の測定結果を示すグラフである。図9の横軸は不揮発分率を示し、縦軸は表層粘度を対数にて示している。ただし、図9には、測定可能であった実施例1〜7の塗料の1/3深さ表層粘度、及び比較例2の塗料の1/3深さ表層粘度が示されている。
【0098】
図9中の実線で囲まれた範囲は、図1に示した好適範囲S、即ち不揮発分率が90質量%から100質量%までの間における表層粘度が500mPa・s以上であって3100mPa・s以下である範囲(表面が均一な塗膜を得ることが期待できる範囲)に対応する。太線で囲まれた範囲は、図1に示した最好適範囲SS、即ち不揮発分率が90質量%から100質量%までの間における表層粘度が500mPa・s以上であって2800mPa・s以下である範囲に対応する。
【0099】
図9に示すように、実施例1〜7はいずれも、不揮発分率が90質量%から100質量%までの間のいずれかにおける1/3深さ表層粘度が、好適範囲S且つ最好適範囲SS内に含まれている。
【0100】
なかでも実施例1の塗料の試料の場合は、図9により、不揮発分率が90質量%のときの1/3深さ表層粘度は、984mPa・sであって、500mPa・s以上、3100mPa・s以下、且つ2800mPa・s以下の範囲に含まれる。不揮発分率が95質量%のときの1/3深さ表層粘度は4479mPa・sであって、3100mPa・sを超えるが、約93質量%までの範囲における1/3深さ表層粘度が好適範囲S且つ最好適範囲SS内に含まれていることが推測される。
【0101】
実施例2の塗料を用いた試料については、不揮発分率が100質量%であるときのみ1/3深さ表層粘度が3766mPa・sであって、好適範囲S外の3100mPa・sを超えるが、90質量%のとき及び95質量%のときの1/3深さ表層粘度はそれぞれ、1220mPa・s、1570mPa・sであって、好適範囲S内に含まれる。
【0102】
同様にして、実施例3〜7を用いた試料についてはいずれの不揮発分率での1/3深さ表層粘度も、ほぼ好適範囲S内に含まれている。
【0103】
不揮発分率が90質量%から100質量%までのいずれかで、表層粘度が好適範囲S内に含まれていれば、良好な外観の塗膜を得ることが期待できる。したがって、実施例1〜7の塗料のいずれを用いたとしても、形成される塗膜は、平滑感が優れた良好な外観の塗膜の塗膜となることが期待される。
【0104】
一方、比較例1及び2の塗料を用いた試料については、不揮発分率が90質量%から100質量%までの間のいずれのときも1/3深さ表層粘度は好適範囲S外である。比較例1の塗料については、表層粘度が高過ぎるために表面形状は不均一となり、比較例2については表層粘度が低過ぎるためにタレなどの不具合が起こることが想定される。
【0105】
<2−3.粗度の測定及び外観の評価>
図8のような粘度特性を有する実施例1〜7及び比較例1,2について、実際に粗度測定及び外観評価を実施した。以下、測定結果及び外観評価の結果を示す。
【0106】
粗度については、実施例1〜7及び比較例1,2の塗料について夫々、2つの異なる表面粗度の下地塗膜の上に、アプリケータによって塗布時の膜厚が70μmとなるように塗布し(実施例4については乾燥膜厚が35μmとなるように静電塗装し)、25℃で7分間セッティングして得られた各試料1〜14、H1〜4について、110℃のオーブンにて一定時間加熱しながら測定した。ここで一定時間とは予め、各塗料を用いた試料について不揮発分率が夫々90質量%、95質量%、100質量%となるまでの時間を計測して得られた時間とする。そして、各試料1〜14、H1〜4について一定時間ごとにオーブンから取り出した試料の表面を速やかに、非接触式の三次元粗度計(商品名「フォームタリサーフ2000CLI」、テーラーホブソン社製)を用いて測定した。測定波長範囲は1.0〜0.3mmを用いた。具体的には、各試料1〜14、H1〜4をフォームタリサーフ2000CLI上に設置した加熱装置上に置き、上述の一定時間が経過するごとに不揮発分率と、そのときの粗度(算術平均粗さPa値)とを測定した。また、各塗料について夫々複数の試料を作成し、一方について温度及び不揮発分率を測定しつつ、他方について粗度を測定するようにしてもよい。
【0107】
まず、2−1.で説明した粗度の程度が異なる2つの下地の内、算術平均粗さPa値が124〜131nmである下地を用いた各試料1〜7及びH1,2の粗度及び外観の評価について示す。
【0108】
図10は、下地の粗度が124〜131nmであるときの実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を用いた試料1〜7及びH1,2の粗度の測定結果と外観の評価結果とを示す説明図である。図10の説明図は、実施例1〜7及び比較例1,2の各塗料を用いた試料1〜7及びH1,2について、下地表面の算術平均粗さの値(nm)と、塗膜表面の各不揮発分率における算術平均粗さの値(nm)と、最終的な膜厚(μm)と、外観の可否の評価結果とを表にしたものである。なお、図10中の外観の評価は、◎、○、△又は×にて表されており、◎は非常に良好な外観(平滑感)、○は良好な外観、△はあまり良好ではない外観、×は不良である外観を示す。
【0109】
図10に示すように、比較例1の塗料を用いた試料H1については、下地の算術平均粗さは124nmであったのに対し、不揮発分率が90質量%のときの塗膜の算術平均粗さは20.8nmと小さくなり平滑化されている。しかしながら、不揮発分率が95質量%のときの塗膜の算術平均粗さは22.5nmと大きくなり、不揮発分率が100質量%のときには塗膜表面の算術平均粗さは28.0nmと更に大きくなって、結果的に外観の評価としては不良との評価結果が得られた。なお最終的に得られた塗膜の膜厚は、35μmであった。
【0110】
これに対し、実施例1の塗料を用いた試料1については、下地の算術平均粗さは130nmであったのに対し、不揮発分率が90質量%のときの塗膜の算術平均粗さは8.0nmまで小さくなり、平滑化された。不揮発分率が95質量%のときの算術平均粗さは10.1nm、不揮発分率が100質量%のときの算術平均粗さは11.1nmであり、外観としてはあまり良好ではないが、平滑感がある外観と評価された。最終的に得られた塗膜の膜厚は、33μmであった。
【0111】
実施例2の塗料を用いた試料2については、塗膜の不揮発分率が100質量%における算術平均粗さは10.2であり、外観としては良好とは言い切れないまでも良好でないとも言えない程度の粗さであったと評価されている。他の実施例3、4、6、7の塗料を用いた各試料3、4、6、7については、不揮発分率が100質量%であるときの算術平均粗さが6〜9(nm)程度であって、外観としては良好であるとの評価結果が得られた。
【0112】
実施例5の塗料を用いた試料5については、下地の算術平均粗さは131nmであったのに対し、不揮発分率が100質量%のときの塗膜の算術平均粗さは6.4nmであり、外観として非常に良好であるとの評価結果が得られた。
【0113】
また、比較例2の塗料を用いた試料H2については、塗膜の表面でタレの不具合が発生し、外観としては不良であるとの評価結果が得られた。
【0114】
図11は、図10に示した測定結果の内、各不揮発分率に対する算術平均粗さの分布を示すグラフである。図11では、横軸に不揮発分率を示し、縦軸に算術平均粗さを示す。図11に示すように、実施例1〜7の塗料を用いた試料1〜7における算術平均粗さは、不揮発分率90質量%から100質量%へと上昇するにつれて下降するかほぼ維持、又は上昇するとしても緩やかである。これと比較して、比較例1の塗料を用いた試料H1における算術平均粗さは、不揮発分率が上昇するについて上昇し、100質量%となるときには比較的急こう配で上昇している。また、算術平均粗さの絶対値についても、試料1〜7と、試料H1とでは明確な差異が表れている。
【0115】
次に、2−1.で説明した粗度の程度が異なる2つの下地の内、算術平均粗さPa値が95〜108nmであり、上述の下地よりも比較的粗度が低い下地を用いた各試料8〜14の粗度及び外観の評価について示す。なお、以下の説明では実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を、上述の比較的粗度が低い下地へ塗布した試料8〜14及びH3,4を作成し、図10及び図11を用いて説明した試料1〜7及びH1,2と同様の測定方法にて粗度の測定を行ない、外観の評価を行なった結果について説明する。
【0116】
図12は、下地の粗度が95〜108nmであるときの実施例1〜7及び比較例1,2の塗料を用いた各試料8〜14及びH3,4の粗度の測定結果と外観の評価結果とを示す説明図である。図12の説明図は、図10の説明図と同様の構成にて、実施例1〜7及び比較例1,2の各塗料を用いた試料8〜14及びH3,4について、下地表面の算術平均粗さの値(nm)と、塗膜表面の各不揮発分率における算術平均粗さの値(nm)と、最終的な膜厚(μm)と、外観の可否の評価結果とを表にしたものである。
【0117】
図12に示すように、比較例1の塗料を用いた試料3については、下地の算術平均粗さが101nmであったのに対し、不揮発分率が90質量%及び95質量%のときの塗膜の算術平均粗さは15.0nm、100質量%のときの塗膜の算術平均粗さは17.0nmであった。結果的には外観の評価としては不良であった。なお最終的に得られた塗膜の膜厚は、37μmであった。
【0118】
これに対し、実施例1の塗料を用いた試料8については、下地の算術平均粗さは99nmであったのに対し、不揮発分率が90質量%のときの塗膜の算術平均粗さは5.0nmまで小さくなり、大幅に平滑化されている。不揮発分率95質量%のときの算術平均粗さは6.0nm、不揮発分率が100質量%のときの算術平均粗さは5.0nmで抑えられた。外観としては良好であるとの評価結果が得られた。なお最終的に得られた塗膜の膜厚は、34μmであった。
【0119】
実施例2,3の塗料を用いた試料9,10についても下地の算術平均粗さが95〜105nmであったのに対し、不揮発分率が90質量%から100質量%へと上昇するにつれて、塗膜の表面の算術平均粗さは約4.0nmから3.0nmへ下降している。外観としてはいずれも、良好であるとの評価結果が得られた。
【0120】
実施例4〜7の塗料を用いた試料11〜14については、下地の算術平均粗さが101〜108nmであったのに対し、不揮発分率が100質量%のときの塗膜の算術平均粗さは1.9〜2.5nmと非常に小さく、外観としても非常に良好であるとの評価結果が得られた。
【0121】
比較例2の塗料を用いた試料H4については、試料H2と同じく、塗膜の表面でタレの不具合が発生し、外観としては不良であるとの評価結果が得られた。
【0122】
図13は、図12に示した測定結果の内、各不揮発分率に対する算術平均粗さの分布を示すグラフである。図13は図11同様に、横軸に不揮発分率を示し、縦軸に算術平均粗さを示す。図13に示すように、実施例1〜7の塗料を用いた試料8〜14における算術平均粗さは、不揮発分率90質量%から100質量%へと上昇するにつれて下降するかほぼ維持である。これと比較して、比較例1の塗料を用いた試料H3における算術平均粗さは、不揮発分率が上昇するについて上昇し、100質量%となるときには比較的急こう配で上昇している。また、算術平均粗さの絶対値についても、試料8〜14と、試料H1とでは明確な差異が表れている。
【0123】
<3.考察>
図10乃至図13にて示したように、実施例1〜7の塗料を用いた各試料1〜14と、比較例1,2の塗料を用いた試料H1〜4とでは粗度の測定値及び外観の評価に明確な差異がみられた。以下、各実施例1〜7と、比較例1,2とについて、表層粘度と外観との間に相関があることを説明する。
【0124】
<3−1.表層粘度と外観との相関>
図10乃至図13にて示したように、実施例1〜7の塗料を用いた試料1〜14について最終的に得られた塗膜の外観評価は、少なくとも不良であったものは無く、ほぼ良好であった。これに対し、比較例1,2の塗料を用いた試料H1〜4について最終的に得られた塗膜については、算術平均粗さの値及びその値の変化傾向についても実施例1〜7の塗料を用いた試料1〜14とは明確な差異がみられ、外観評価もいずれも不良であった。
【0125】
なお、図1に示した表層粘度の変化特性に係る塗料C〜塗料Iは夫々、塗料Cは実施例5、塗料Dは実施例4、塗料Eは実施例2、塗料Fは実施例3、塗料Gは実施例6、塗料Hは実施例1、塗料Iは実施例7である。そして塗料Xは比較例1、塗料Yは比較例2である。
【0126】
つまり、2−2.にて説明したように、不揮発分率が90質量%から100質量%までのいずれかで、表層粘度が好適範囲S、又は最好適範囲SS内に含まれている塗料を用いて形成された塗膜は、平滑感が優れた良好な外観であった。そして、不揮発分率が90質量%から100質量%までのいずれのときも表層粘度が好適範囲S外である塗料を用いて形成された塗膜は、外観が不良であるかタレの不具合が発生した。
【0127】
特に、実施例1の塗料と、比較例1の塗料とでは、バルク粘度の絶対値及びバルク粘度の不揮発分率の変化に対する変化傾向も同等であったにも拘わらず(図8)、夫々を用いて形成した塗膜の算術平均粗さの絶対値及びその変化傾向には明確な差異が表れており、バルク粘度と塗膜の外観との間に、強い相関があるとは言えない。しかしながら、実施例1の塗料と、比較例1の塗料とでは、図8に示したように不揮発分率が90質量%から100質量%までのいずれかにおける1/3深さ表層粘度の値とその変化傾向が異なる。実施例1の塗料では、1/3深さ表層粘度の値が、高不揮発分率でも抑えられることによって十分に、平滑化される。
【0128】
このようにして、用いられる塗料について、不揮発分率が90質量%から100質量%までのいずれかで、表層粘度が好適範囲S、又は最好適範囲SS内に含まれるか否かに基づいて、外観が良好な塗膜を形成させることができる塗料を適切に選定することが可能である。
【0129】
電場ピックアップ法による表層粘度測定値は、塗料を構成する溶剤などの揮発成分、樹脂などの高分子物質など、外観の形成に大きく影響する物質の塗膜内における組成分布を壊すことなく、表層部分のみの粘度を測定した値であるから、良好な外観を得るための情報として非常に有用である。
【0130】
<3−2.Orchardのレベリング式に基づく目標粘度>
Orchardのレベリング式(式2)は、液体表面の平滑化の過程を予測するモデルに基づく理論式を利用した。式2は、ある時点における初期的な表面の粗さ(波高)が、ある所定の粗さ(波高)になるまでに要するレベリング時間tを求めることが可能な式である。当該式は、式2にて示すように因子として、膜厚h、表面張力σ、及び粘度ηなどを含んでいる。
【0131】
上述のように、良好な外観を得ることができる塗料と、そうでない塗料との間とでは、不揮発分率が90質量%以上となったとき、特に、95質量%となったときの塗膜内における物性分布、特に表層粘度に差異が生じた。そこで、例えば不揮発分率が90質量%以上となってからの塗布膜の表面の粗さ(波高)が、ある程度のレベリング時間t経過後に、目標とするべき表面の粗さ(波高)以下に抑えられるために、塗料の絶対粘度がどれほどの値であるべきなのかを、上述のOrchardのレベリング式(式2)に基づいて概算し得る。
【0132】
Orchardのレベリング式は、液体(塗布膜)の表面の初期の波高Z0 (cm)、レベリング(平滑化)時間t秒後には平滑化されて波高Zt (cm)となるとしたとき、それらの値と、液体の表面張力σ(mN/m)、膜厚h(cm)、液体表面の波の波長λ(cm)、及び液体粘度η(poise=1/10Pa・s)との関係が式2となることを理論的に示す式である。
【0133】
波長λについては、塗膜の平滑感などの外観に関係する波長(1.0〜0.3mm)が、平滑感が良好な塗膜について評価するのに好ましい。表面張力σについては、溶剤型の塗料であれば大抵の場合、30mN/sであり、オーダーが変わるほどの変化はない。膜厚hについては被塗物によって異なるが、例えば自動車塗装の場合には35μm以下など、用途に応じて制限があり、より薄いことが望ましい。したがって、これらの値を用いて目標とする塗膜の表面粗さを実現するために、塗料の表層粘度ηをどの程度にすればよいかを特定することが可能である。
【0134】
このとき、初期の表面の粗さを、下地の表面粗さ例えば、図10の実施例5の塗料を用いた試料における下地の表面粗さ131nmとし、目標とする塗膜の表面粗さを6.4nmとして式2に代入して計算すると、2837mPa・s以下の表層粘度となるような塗料であれば、好適な塗膜を得ることができると特定することが可能である。
【0135】
ここで図8の各塗料の表層粘度を参照して考察する。図8中の実施例3〜6については、不揮発分率が100質量%となるまでの1/3深さ表層粘度は、上述にて参考に求めた2837mPa・s以下を満たしているが、比較例1及び実施例1,2については満たしていない。実施例1,2については図10にて説明したように、外観としてはあまり良好ではないとの評価とのボーダー付近にある。目標とする塗膜の表面粗さを実現するための塗料の表層粘度が満たすべき値と、外観評価の結果とでは対応する傾向にある。なお、比較例2については、タレ、ハジキ又はヘコミなどの不具合が発生するほどに粘度が低いので考慮外である。
【0136】
このようにして、95〜130nmの算術平均粗さである電着塗装板を下地として、最終的な膜厚35μm程度にて最終的に、2〜8nmの算術平均粗さを実現するためには表層粘度を500〜3100mPa・sとすることが望ましく、更に良好な外観を得るために2〜6nmの算術平均粗さを実現するためには表層粘度を500〜2800mPa・sとすることが望ましいと言える。また、これらの結果は、図8の表層粘度の結果と、図10乃至図13に示した粗度及び外観評価の結果と対応している。
【0137】
<4.粘度調整成分>
上述のようにして、高不揮発分率における表層粘度を好適範囲S又はSS内に抑えられる塗料により、外観が優れた塗膜を得ることができる塗料を特定できることを示した。ここで積極的に、塗膜の外観を制御するためには、不揮発分率が90質量%から100質量%までの間における表層粘度の上昇を抑制することが必要となる。
【0138】
その方法として、高不揮発分率時における表層粘度の上昇を抑制するような有機溶剤又は低分子量樹脂を用いて塗料を調製することが考えられる。90質量%から100質量%までの間における表層粘度の上昇を抑制するための成分としては、以下のような成分を適宜塗料に含有させる。当該粘度調整成分としては、溶剤、ポリオール、低分子量樹脂、又は粘性調整機能を有する添加剤などを利用できる。粘度調整成分として有用なものを挙げる。
【0139】
溶剤
水、あるいは、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、パラフィン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ヘキサン、シクロヘキサンなどの炭化水素類、
エチルエーテル、イソプロピルエーテル、ジオキサン、ジブチルエーテルなどのエーテル類、
アンモニア、モノエチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、エチレンジアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキルアミン、モノn‐ブチルアミン、Nメチル2ピロリドンなどのアミン類、
メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、ヘキシルアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ヘキシレングリコール、グリセリン、ブタノール、イソブタノール、メトキシプロパノール、ベンジルアルコール、シクロヘキサノール、ポリエチレングリコール、フルフリルアルコール、アリルアルコール、ジプロピレングリコール、ブタンジオールなどのアルコール類、
エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールイソプロピルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノヘキシルエーテル、エチレングリコール2−エチルヘキシルエーテル、3−メチル3−メトキシブタノール、3−メトキシブタノール、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールn−ヘキシルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテートなどのグリコールエーテル類、
アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、アセチルアセトン、イソホロン、シクロヘキサノンなどのケトン類、
プロピオン酸、酪酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、ギ酸、酢酸、クロトン酸、乳酸、無水マレイン酸、アジピン酸、2−エチルヘキシル酸などの脂肪酸類、
酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、酢酸アミル、酢酸3−メトキシブチル、エチルグリコールアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコール、3−メチル・3メトキシブチルアセテート、モノクロロ酢酸メチル、アセト酢酸メチル、カルビトールアセテート、ブチルカルビトールアセテート、エチル3−エトキシプロピオネート、エチレングリコールモノブチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテートなどのエステル類、
更に、ソルベッソ100(商品名、エクソンモービルケミカル社製、芳香族系炭化水素溶剤)およびソルベッソ150(商品名、エクソンモービルケミカル社製、芳香族系炭化水素溶剤)などの炭化水素系溶剤などを挙げることができる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0140】
ポリオール
ポリオールとしては、低分子量ポリオールを挙げることができ、例えば、多価アルコール、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、アクリルポリオール、ポリカプロラクトンなどのポリオールを挙げることができる。
多価アルコールとしては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジオール、ポリテトラメチレンエーテルグリコール、ポリカプロラクトンポリオール、グリセリン、ソルビトール、アンニトール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタン、トリメチロールブタン、ヘキサントリオール、1,2,4−ブタントリオール、ペンタエリスリトール、ジトリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、グリセリンなどを挙ることができる。
上記多価アルコール以外のポリオールとしては、数平均分子量400〜1200、特に500〜1000を有するものを好ましいものとして挙げることができる。数平均分子量が上記範囲外になると粘度調整効果が低下する。
例えば、ポリエステルポリオールとしては、少なくとも2個の水酸基を有する多価アルコールとジカルボン酸とを、例えば、アルカリ触媒の存在下、常法により常圧又は加圧下、60〜160℃の温度で縮合させることにより調製することができる。ジカルボン酸としては、フタル酸、コハク酸、アジピン酸、テトラヒドロフタル酸、ヘキサヒドロフタル酸、マレイン酸、フマル酸およびこれらの混合物のような二塩基酸が挙げられる。また、酸無水物基含有化合物も用いうる。
【0141】
低分子量メラミン樹脂
メラミン樹脂としては、反応性基がN−(CH2 OR)2 である完全アルキル型、N−(CH2 OR)CH2 OHであるメチロール型、N−(CH2 OR)Hであるイミノ型、N−(CH2 OR)HとN−(CH2 OR)CH2 OHが混在するイミノ/メチロール型の4種類を例示することができる。
反応性基のRは、任意の適切なアルキル基であり得る。例えば、メチル基(メチル化メラミン樹脂)、ブチル基(ブチル化メラミン樹脂)、これらの混合(メチルブチル混合メラミン樹脂)等が挙げられる。
メラミン樹脂の数平均分子量は、好ましくは300〜1000であり、重合度が1.5以下である。より好ましくは350〜900であり、重合度が1.2以下である。重合度が上記範囲を超えると粘性調整硬化が低下する恐れがある。上記重合度とは、メラミン樹脂の縮合度を示すものである。
このようなメラミン樹脂で市販されているものとしては、サイメル235、サイメル267、サイメル212、サイメル238、サイメル250、サイメル303、サイメル370、サイメル325、サイメル327、マイコートM506、マイコート508、マイコート525、マイコート723(いずれも三井サイテック社製)ユーバン226(三井化学社製)などを挙げることができる。
【0142】
添加剤(粘性調整剤)
粘性調整剤としては、例えば、顔料、無機系化合物、繊維素誘導体系化合物、ポリエーテル系化合物及びポリアクリル酸系化合物などの粘性調整剤を挙げることができる。
これらを塗料に添加することにより、塗料を適正な粘度及びチクソトロピックインデックスに調整することができ、スプレー塗装又はローラー塗装したとき、塗料をタレにくくし、塗膜外観を向上させることができるなどの効果がある。
例えば顔料としては、例えば、黄鉛、黄色酸化鉄、酸化鉄、カーボンブラック、二酸化チタン、アゾキレート系顔料、不溶性アゾ系顔料、縮合アゾ系顔料、フタロシアニン系顔料、インジゴ顔料、ペリノン系顔料、ペリレン系顔料、ジオキサン系顔料、キナクリドン系顔料、イソインドリノン系顔料、金属錯体顔料等の着色顔料、および、炭酸カルシウム、沈降性硫酸バリウム、クレー、タルク等の体質顔料等が挙げられる。
例えば、無機系化合物としては、ケイ酸塩、金属ケイ酸塩、モンロリロナイト、有機モンモリロナイト、コロイド状アルミナなどが挙げられる。金属ケイ酸塩としては、例えば、ヘクトライト及びベントナイトなどの粘土鉱物を精製するか、既知の方法で合成することにより容易に得ることができ、金属としてはナトリウム、マグネシウム、リチウムなどを挙げることができる。
繊維素誘導体系化合物としてはメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロースなどが挙げられる。
ポリエーテル系化合物としては、プルロニックポリエーテル、ポリエーテルジアルキルエステル、ポリエーテルジアルキルエーテル、ポリエーテルウレタン変性物、ポリエーテルエポキシ変性物などが挙げられる。
ポリアクリル酸系化合物としては、例えばカルボキシル基含有ビニル系単量体を含む単量体成分の共重合体などが挙げられ、これを塩基性物質で中和したものであってもよい。
【0143】
バインダ樹脂
バインダ樹脂としては、塗料に配合して塗膜を形成することができる、一般に塗膜形成樹脂として用いられている塗料用樹脂を挙げることができ、例えば、アクリル系樹脂、アルキド樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリエーテル樹脂、エポキシ樹脂、ポリオレフィン樹脂、塩ビ酢ビ共重合樹脂、ポリアミド樹脂、ウレタン樹脂、フッ素系樹脂などの樹脂を例示することができる。また、その樹脂の形態としては、粉体型、溶剤型、水溶性、水分散性またはエマルション、ディスパージョン等であって良く、1種または2種以上を併用して用いることができる。上記粉体型以外は、希釈剤に溶解し得る樹脂であれば特に制限がなく広い範囲から選ぶことができ、熱硬化性樹脂及び常温乾燥型樹脂のいずれであってもよい。
熱硬化性樹脂としては、例えば、アクリル系樹脂、アルキド樹脂、ポリエステル系樹脂、エポキシ樹脂などの架橋可能な樹脂に、アミノ樹脂、ポリイソシアネート化合物、ブロック化ポリイソシアネート化合物などの架橋剤を組み合わせた系、高酸価化合物とオキシラン基含有樹脂とを組み合わせた系、あるいは加水分解性シリル基含有樹脂などを挙げることができる。一方、常温乾燥型樹脂としては、例えば、酸化硬化型アルキド樹脂、ラッカー型アクリル樹脂などを挙げることができる。
【0144】
<5.塗装工程への適用>
上述のように、不揮発分率が90質量%〜100質量%までである間のいずれかにおいて、1/3深さ表層粘度又は1/2深さ表層粘度が好適範囲S又はSS内に含まれる塗料を用い、更には粘度調整成分を適宜含有させることにより均一で平滑感が優れた塗膜を実現できる。
【0145】
そこで、塗装工程においては、予め1/3深さ表層粘度又は1/2深さ表層粘度が好適範囲S又はSS内に含まれる塗料を選定して利用することにより、光沢感が優れた塗膜を実現できる。また、予め塗料に粘度調整成分を含有させておいてもよいし、塗装工程にて粘度調整成分を別途混入させながら塗装するようにしてもよい。
【0146】
ただし、上述の測定結果は実験系においてオーブンの温度、時間等を設定して行なって得たものである。実際の塗装時には、上述のような表層粘度の特性を有する塗料を用いるのみならず、塗料から揮発成分が揮発する過程における環境温度、環境湿度、塗装物周辺の風速並びに風量、加熱温度及び加熱時間等をも調節すべきである。
【0147】
そこで更に、1.に示した電場ピックアップ法による表層粘度の測定は、遠隔にて測定が可能であるから、被塗物へ実際に塗装を行なう塗装工程に応用し、表層粘度を測定しながら、表層粘度を調整するようにしてもよい。このとき、上述のように塗装工程における表層粘度測定値に基づいて、別途混入させる粘度調整成分の量等を調節する方法も考えられる。また、表層粘度測定値に基づき、塗装を行なっている工場内の環境温度、又は環境湿度の推奨値を算出して制御してもよい。また、塗装後に例えば更にクリア塗装などを行なうことを考慮して、次の塗装を行なうまでの待機時間を算出して制御したり、被塗物の温度を制御したりすることが可能なシステムにて塗装を行なうようにしてもよい。これにより、季節、時間帯等によって異なる実際の塗装時の環境温度、湿度、塗装物周辺の風速及び風量などに応じて、加熱温度、加熱時間等を調整し、過剰な表層粘度の上昇又は降下を抑制し、平滑感が優れた塗膜を形成した塗装物を得ることが可能である。
【0148】
本実施の形態では主に、溶剤を含む塗料を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限らず、粉体塗料についても同様である。
【0149】
なお、開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上述の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0150】
P,P1 塗料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗物の上に塗布され、表面が平滑化される過程で不揮発分率が90質量%から100質量%までの間の任意の値における電場ピックアップ法による表層粘度測定値が、500mPa・s(ミリパスカル秒)以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれること
を特徴とする塗料。
【請求項2】
前記表層粘度測定値が2800mPa・s以下の範囲に含まれること
を特徴とする請求項1に記載の塗料。
【請求項3】
前記表層粘度測定値が、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、及び表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれること
を特徴とする請求項1又は2に記載の塗料。
【請求項4】
前記表層粘度測定値は、塗膜の膜厚の1/2以下の深さまでの粘度であること
を特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の塗料。
【請求項5】
前記表層粘度測定値は、塗膜の膜厚の1/3以下の深さまでの粘度であること
を特徴とする請求項4に記載の塗料。
【請求項6】
不揮発分率が90質量%から100質量%であるときの粘度の決定要因となる粘度調整成分を含有すること
を特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の塗料。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかの塗料により形成された塗膜。
【請求項8】
請求項1乃至6のいずれかの塗料が塗装された塗装物。
【請求項9】
被塗物に塗膜を形成する方法において、
前記被塗物の塗料を塗布した状態で表面が平滑化される過程にて、前記塗料の表層粘度を電場ピックアップ法により測定する測定工程、及び、
前記塗料の不揮発分率が90質量%から100質量%となるまでの間に、前記表層粘度が500mPa・s以上、3100mPa・s以下の範囲に含まれる値となるように粘度を調整する調整工程
を含むことを特徴とする塗膜形成方法。
【請求項10】
前記調整工程では、環境温度、環境湿度、塗装物周辺の風速、風量、塗装物への加熱温度及び加熱時間の内のいずれか1又は複数を調整すること
を特徴とする請求項1に記載の塗膜形成方法。
【請求項11】
前記測定工程では、前記表層粘度として塗膜の膜厚の1/2以下の深さまでの粘度を測定すること
を特徴とする請求項9又は10に記載の塗膜形成方法。
【請求項12】
前記測定工程では、前記表層粘度として塗膜の膜厚の1/3以下の深さまでの粘度を測定すること
を特徴とする請求項11に記載の塗膜形成方法。
【請求項13】
前記調整工程では、前記表層粘度が2800mPa・sまでの範囲に含まれる値となるように調整すること
を特徴とする請求項9乃至12のいずれかに記載の塗膜形成方法。
【請求項14】
前記調整工程では、前記表層粘度が、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、及び表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれる値となるように調整すること
を特徴とする請求項9乃至12のいずれかに記載の塗膜形成方法。
【請求項15】
前記塗料として、不揮発分率が90質量%から100質量%であるときの粘度の決定要因となる粘度調整成分を含有する塗料を用いること
を特徴とする請求項9乃至14のいずれかに記載の塗膜形成方法。
【請求項16】
被塗物に塗膜を形成する方法において、
前記被塗物の塗料を塗布した状態で前記塗料の不揮発分率が、90質量%〜100質量%までの間の任意の値であるときの表層粘度が、
500mPa・s以上で、塗膜の表面粗さを定義する所定の波長帯域、該所定の波長帯域における下地表面の算術平均粗さ値、平滑化後の塗膜の表面の目標算術平均粗さ値、平滑化時間、表面張力、表層近傍膜厚を用いたOrchardのレベリング式から算出される絶対粘度以下の範囲に含まれる値となる塗料を用いること
を特徴とする塗膜形成方法。
【請求項17】
請求項9乃至16のいずれかに記載の塗膜形成方法にて形成される塗膜。
【請求項18】
請求項9乃至16のいずれかに記載の塗膜形成方法にて塗膜が形成された塗装物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2011−84699(P2011−84699A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−240777(P2009−240777)
【出願日】平成21年10月19日(2009.10.19)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【Fターム(参考)】