説明

塗膜劣化検出方法

【課題】重防食塗膜などの塗膜の劣化を、より早い段階で検知できるようにする。
【解決手段】ステップS101で、動的粘弾性測定により測定対象の塗膜の貯蔵弾性率および損失正接測定する。例えば、対象とする塗膜の一部を切り出し、切り出した試験片を用い、測定における周波数は所定の値とし、また、温度は、室温(23℃程度)とし、よく知られた動的粘弾性測定装置により動的粘弾性測定を行えばよい。次に、ステップS102で、測定された貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、設定されている各々の基準値より小さい状態を塗膜が劣化しているものと判断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重防食塗膜などの塗膜の劣化を検出する塗膜劣化検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境問題を解決するために、構造物などの長寿命化や美観のために用いられる塗料にも、厳しい環境性能が求められるようになってきている。このような背景から、従来より鉄塔や橋梁添架設備には、多層にしてより厚く形成した重防食塗料が用いられている。これら重防食塗料は、溶剤系や弱溶剤系、水系を問わず、鉄素地に対する密着性が良く、防食・防錆性に優れている。
【0003】
このような重防食塗料においては、理想的には永久的に使用できればよいが、実際には各々塗膜の寿命が存在する。塗膜の寿命は、塗膜が劣化することにより決定される。しかしながら、塗膜の劣化がいつ起こるかを事前に知る方法がなかった。適切な塗り替え時期に達したか否かを、客観的かつ定量的に評価・判定する方法が確立されていない。
【0004】
このため、現実には、目視により割れ、剥がれ、膨れ、白化現象などを検出することで、重防食塗膜の劣化が判定されている。また、「JIS.K5600−5−6:1999.塗料一般試験方法―第5部:塗膜の機械的性質―.第6節:付着性(クロスカット法)」や「JISK5600−5−7付着性(プルオフ法)」(非特許文献1参照)で規定されている方法により付着力などを測定することで、重防食塗膜の劣化を判定している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】JIS規格 JIS K 5600-5-7, 1999.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した重防食塗膜の劣化判定では、既に劣化が起こっている状態を検知する方法であり、劣化が大きく進行した状態で初めて劣化が判定されている。このように、劣化が大きく進行した状態では、修復や修理のコスト増に繋がり、また、下地や構造物自体にダメージが蓄積され、完全な再生が困難であるといった根本的な課題を有していた。
【0007】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、重防食塗膜などの塗膜の劣化を、より早い段階で検知できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る塗膜劣化検出方法は、動的粘弾性測定により測定対象の塗膜の貯蔵弾性率および損失正接を測定する第1ステップと、測定された貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、設定されている各々の基準値より小さい状態を塗膜の劣化と判断する第2ステップとを備える。
【0009】
上記塗膜劣化検出方法において、塗膜が、エポキシ樹脂およびウレタン樹脂から構成されている場合、貯蔵弾性率の基準値は、1とし、損失正接の基準値は0.1とすればよい。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したことにより、本発明によれば、重防食塗膜などの塗膜の劣化を、より早い段階で検知できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における塗膜劣化検出方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】図2は、動的粘弾性測定をした塗膜の貯蔵弾性率E’および損失正接tanδについて示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における塗膜劣化検出方法を説明するためのフローチャートである。この塗膜劣化検出方法は、まず、ステップS101で、動的粘弾性測定により測定対象の塗膜の貯蔵弾性率および損失正接を測定する。例えば、対象とする塗膜の一部を切り出し、切り出した試験片を用い、測定における周波数は所定の値とし、また、温度は、室温(23℃程度)とし、よく知られた動的粘弾性測定装置により動的粘弾性測定を行えばよい。動的粘弾性測定装置は、例えば、東洋精機製レオログラフS-1を用いることができる。
【0013】
次に、ステップS102で、測定された貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、設定されている各々の基準値より小さい状態を塗膜が劣化しているものと判断する。損失正接は、貯蔵弾性率と損失弾性率の比である。塗膜を構成している樹脂の劣化が進行すると、付着力が変化する。発明者らの検討により、動的粘弾性測定により測定される貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、初期の状態で測定される値に比較してある範囲を超えて小さくなると、付着力が低下することが判明した。
【0014】
従って、貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、基準値より小さい状態となることで、塗膜が劣化したものと判断できる。また、実験などにより得られる測定結果を用い、基準値を適宜に設定することで、劣化初期の状態を判断することができるようになる。このように、本実施の形態によれば、重防食塗膜の劣化を、より早い段階で検知できるようになる。
【0015】
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。
【0016】
[実施例1]
以下では、下塗りおよび中塗りが水系のエポキシ樹脂から構成され、上塗りが水系のウレタン樹脂から構成された重防食塗膜を対象とする。下塗りの膜厚は50μm、中塗りの膜厚は50μm、上塗りの膜厚は50μmである。なお、エポキシ樹脂およびウレタン樹脂の製造メーカが異なる2種類の重防食塗膜を形成した。これら2つの重防食塗膜は、主剤、硬化剤、その他顔料等の一部組成が異なる。
【0017】
これらの重防食塗膜に対し、人工的な加速劣化環境によりヒートサイクルを加える。例えば、恒温恒湿槽を用い、相対湿度90%において−30℃から70℃のヒートサイクル(1サイクル12時間)を100サイクルまで繰り返す。
【0018】
上述したように人工的に劣化させた各々の重防食塗膜より、縦25mm横5mmの試験片を切り出す。なお、人工的な劣化処理をしていない初期状態の一方の重防食塗膜より切り出した第1試験片と、50サイクルとした一方の重防食塗膜より切り出した第2試験片と、100サイクルとした一方の重防食塗膜より切り出した第3試験片とを作製した。また、人工的な劣化処理をしていない初期状態の他方の重防食塗膜より切り出した第4試験片と、50サイクルとした他方の重防食塗膜より切り出した第5試験片と、100サイクルとした他方の重防食塗膜より切り出した第6試験片とを作製した。
【0019】
測定では、これら試験片を、動的粘弾性測定装置に装着して動的粘弾性測定を行う。測定条件は、周波数10Hz、静的張力60gf、歪み8μmを一定とし、測定温度条件は室温とする。なお、上記樹脂は、室温では、いわゆるガラス状態である。言い換えると、動的粘弾性測定は、対象とする塗膜を構成する樹脂がガラス状態の温度範囲で行っている。
【0020】
上述した測定条件で、動的粘弾性測定を行い、貯蔵弾性率E’、損失弾性率E”、損失正接tanδを測定する。この中で、貯蔵弾性率E’および損失正接tanδに着目する。各試験片の測定の結果、塗膜の弾性的性質である貯蔵弾性率E’、および貯蔵弾性率と損失弾性率の比である損失正接tanδが、人工的な劣化処理を加えることで変化している状態が認められる。
【0021】
表1に、第1試験片、第2試験片、第3試験片の劣化状況、貯蔵弾性率E’および損失正接tanδの変化を示す。また、表2に、第4試験片、第5試験片、第6試験片の劣化状況、貯蔵弾性率E’および損失正接tanδの変化を示す。なお、劣化状況の判断の基となる付着力は、JISK5600−5−7のプルオフ法に基づいて計測している。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
ヒートサイクル数が増加して劣化が進むと、付着力が変化する。一方の重防食塗膜では、表1に示すように、100サイクルのときに、1MPa以下となり劣化の進行が認められる。このとき損失正接tanδは0.1以下である。また、他方の重防食塗膜では、表2に示すように、50サイクルにおいて付着力が1MPa以下となった。このとき、貯蔵弾性率E’は1GPa以下であった。
【0025】
他のいくつかの塗膜について同様の実験を実施し、貯蔵弾性率E’,損失正接tanδ、劣化状況の関係を調査した結果、図2に示す関係となった。図2に示す中で、0<tanδ<0.1の場合もしくはE’<1GPaの場合は、例外なく付着力の低下が認められた。このことから、図2の斜線で示す領域に塗膜特性が入ってくる場合は、劣化領域であることがわかった。従って、塗膜が、エポキシ樹脂およびウレタン樹脂から構成されている場合、貯蔵弾性率の基準値を1とし、損失正接の基準値を0.1とすればよい。
【0026】
以上に説明したように、本実施の形態によれば、鉄塔や橋梁添架設備などの屋外の鉄製および亜鉛めっき鋼管設備の防食や防錆を目的に処理されている重防食塗料による塗膜について、従来劣化の判断、判定が困難な塗膜に対して、一般的手法である動的粘弾特性から、塗膜の劣化を早い段階で知ることができるようになる。
【0027】
重防食塗膜の劣化診断は、従来は、既に劣化が起こった以降に劣化を知る方法であり、劣化の進行が大きい為に、その後の修復や修理のコスト高に繋がること、下地や構造物自体にダメージを蓄積し完全な再生が困難であるといった根本的な課題を有していた。これに対し、本発明によれば、塗膜の劣化を早い段階で知る方法を提供することができる。この方法を、鋼材などの設備管理、劣化診断方法に適用することで、コストの無駄などを防ぎ、設備の劣化状況に適合した有効な管理保守が可能となる。
【0028】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動的粘弾性測定により測定対象の塗膜の貯蔵弾性率および損失正接を測定する第1ステップと、
測定された貯蔵弾性率および損失正接の少なくとも1つが、設定されている各々の基準値より小さい状態を前記塗膜の劣化と判断する第2ステップと
を備えることを特徴とする塗膜劣化検出方法。
【請求項2】
請求項1記載の塗膜劣化検出方法において、
前記塗膜は、エポキシ樹脂およびウレタン樹脂から構成され、
前記貯蔵弾性率の前記基準値は、1であり、前記損失正接の前記基準値は0.1であることを特徴とする塗膜劣化検出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−64679(P2013−64679A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204248(P2011−204248)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】