説明

塗装皮膜の密着性に優れたステンレス鋼鈑及びその製造方法

【課題】塗装皮膜の密着性に優れたステンレス鋼鈑及びその製造方法を提供する。
【解決手段】表面に、略半球形状の食孔を有するステンレス鋼鈑であって、食孔の平均直径が0.05μm〜0.5μm、食孔の最大深さが0.025〜0.25μm、食孔の単位面積当たりの個数が1×105〜1×107/mm2であるステンレス鋼鈑。ステンレス鋼鈑を、1〜20質量%硫酸水溶液中、10℃〜70℃の温度、アノード電流として50Q(クーロン)/m2〜20000Q/m2の総電気量で電解処理することを特徴とするステンレス鋼鈑の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗装皮膜の密着性に優れたステンレス鋼鈑及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は耐食性、機械的特性が優れていることから、家電製品、OA機器、モバイル機器の筐体に使用されている。とくに最近では、商品価値をあげるべく意匠性が要求され、電着塗装など塗装を施した外装部品が多く用いられている。そのため、塗膜硬度、耐衝撃性、密着性、仕上がり性に優れた塗料の開発が進められており、また一方では、脱脂、粗面化、化成処理などのステンレス鋼の塗装前処理方法が検討され、これら脱脂、粗面化、化成処理を適宜組み合わせて、ステンレス鋼表面を塗装に適した状態に調整している。
【0003】
塗装前処理方法の中では塗布型クロメート処理が最も普及しており、生成した皮膜は、有機質皮膜層との密着性に優れている。塗布型クロメート処理液に含まれる6価のCrは、有機質皮膜と架橋及び自己重合によって強固に結合して、有機質皮膜に対して高い接着力を発現する。
【0004】
塗布方法は、処理槽を必要とせず、ロールコート法、エアカーテン法、静電噴霧法、スクイズロールコート法などの公知方法が可能であり、さらにスラッジも発生しない。クロメート処理液は、無水クロム酸、クロム酸塩、重クロム酸塩など6価クロムを主成分とするもの、これらにリン酸、シリカゲル、樹脂などを添加したものなど種類も多い。
【0005】
特許文献1には、塗布型クロメート処理を行う前の下地処理として、特定波形のパルス電位をステンレス鋼に印加することにより、密着性の優れた塗布型クロメート処理皮膜が得られる手法が開示されている。さらに、特許文献2には、塗布型クロメート処理に対するぬれ性を改善し、均一なクロメート皮膜を塗布する手法が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1、特許文献2ではクロメート処理したステンレス鋼板は、安定した有機質層との密着性を得ることができるものの、クロメート処理液には環境上有害な6価クロムが含まれるため、廃棄処理設備を備えた工場でしか実施できない。また、塗膜の劣化や表面傷により、塗膜/クロメート皮膜から環境負荷物質である6価クロムが溶出して、環境汚染を起こす可能性がある。
【0007】
一方、塗装前処理方法としての粗面化手法、すなわちショットブラストやホーニング等では、比較的アンカー効果の高い粗面化表面を形成することが可能であるが、削り取られた鋼板粉を処理する必要があるため作業効率が低下し、さらに薄板では、内部応力により鋼板に反りが発生し易くなるなどの問題もある。
【0008】
さらに、特許文献3記載のステンレス鋼板をアルカリ溶液中で陰極電解処理して、ステンレス鋼板表面に鉄系水和酸化物皮膜を形成し、塗料とのぬれ性を向上させ、密着性を改善させるという手法では、溶液調製後、数時間の電解処理でアルカリ電解液が劣化してしまい、その後は、塗料との密着性が良好な皮膜が形成できなくなるなど、生産効率が非常に低いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平7−173685号公報
【特許文献2】特開平7−18460号公報
【特許文献3】特開平5−65697号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、このような従来技術の問題を解消することにあり、塗装皮膜の密着性に優れたステンレス鋼鈑を提供することである。
本発明の他の目的は、上記ステンレス鋼鈑を用いた筺体を提供することである。
本発明のさらに他の目的は、塗装皮膜の密着性に優れたステンレス鋼鈑の製造方法を提供することである。
本発明のさらに他の目的は、塗装皮膜との密着性に優れたステンレス鋼板の前処理方法であって、6価クロムなど環境負荷物質が発生せず、かつ効率的な生産を可能とする方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下に示すステンレス鋼鈑、これを用いた筺体、ステンレス鋼鈑の製造方法を提供するものである。
1.表面に、略半球形状の食孔を有するステンレス鋼鈑であって、食孔の平均直径が0.05μm〜0.5μm、食孔の最大深さが0.025〜0.25μm、食孔の単位面積当たりの個数が1×105〜1×107/mm2であるステンレス鋼鈑。
2.オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、フェライト・オーステナイト(2相)系、又は析出硬化系ステンレス鋼鈑である上記1記載のステンレス鋼鈑。
3.オーステナイト系ステンレス鋼鈑である上記1記載のステンレス鋼鈑。
4.光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)、酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、または調質圧延仕上げされているステンレス鋼鈑である上記1〜3のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑。
5.表面に塗装皮膜が形成された上記1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑。
6.上記1〜5のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑を用いて製造された筺体。
7.ステンレス鋼鈑を、1〜20質量%硫酸水溶液中、10℃〜70℃の温度、アノード電流として50Q(クーロン)/m2〜20000Q/m2の総電気量で電解処理することを特徴とする上記1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
ステンレス鋼鈑を硫酸溶液中で直流アノード電解、または交番電解することによって、塗装皮膜との反応性に高い表面状態に改質できる。そのため、このような塗装前処理を施したステンレス鋼は、電着塗装などの塗装が施される家電製品、OA機器、モバイル機器の筐体など広範な分野での下地素材として使用される。
(発明の実施の形態)
【0013】
本発明者らは、ステンレス鋼板と塗装皮膜との密着性改善手法を種々検討した結果、硫酸中での電解処理によってステンレス鋼板表面に投錨効果のある微細食孔を生成させ、長期にわたって塗装皮膜に対する密着力の高いステンレス鋼板が得られることを知見した。
【0014】
塗装皮膜との密着性が優れる微細食孔を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した結果、食孔の形状は概ね半球体であり、その食孔の直径は0.05μm〜0.5μm、食孔深さは0.025〜0.25μmであった。さらに、塗装皮膜との良好な密着性が得られる食孔の単位面積当たりの個数は1×105〜1×107/mm2であった。食孔の個数が上記未満である場合、または超える場合には、塗膜との密着性が劣ることがわかった。
【0015】
電解処理方法は、種々仕上げのステンレス鋼鈑を硫酸溶液に浸漬し、直流アノード電解、または交番電解する。加工状態での部品のバッチ処理を前提とすると、直流アノード電解が好ましく、コイル状態での連続処理を前提とすると、間接通電でアノード、カソードを交互に反転させる交番電解処理が好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0016】
ステンレス鋼としては、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、フェライト・オーステナイト(2相)系、析出硬化系のいずれでも良いが、特にオーステナイト系が好ましい。仕上げは光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)、酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、または調質圧延仕上げのいずれでも良い。
【0017】
電解液に用いられる硫酸溶液の濃度は1〜20質量%が好ましい。1質量%未満の濃度では反応性が乏しく、微細食孔の発生率が低いため、塗装皮膜との密着性が十分とはいえない。また、20質量%を超えるとステンレス鋼板表面に全面溶解が発生して、かえって投錨効果のある微細食孔が発生しづらくなり、塗膜との密着力は劣る。
【0018】
電解液の温度は、10℃から70℃が好ましい。10℃未満の液温では、反応性が乏しく、微細食孔の発生率が低く、逆に70℃を越えると、ステンレス鋼表面に全面溶解が発生し易くなり塗装皮膜との密着力が急激に低下する。
【0019】
電流密度は10A/m2〜2000A/m2が好ましい。10A/m2未満では微細食孔の発生率が低いため、塗装密着性の改善効果が乏しく、逆に2000A/m2を超えるとステンレス鋼表面に全面溶解が発生し易くなるため、塗膜との密着力は劣る。
【0020】
単位面積当たりの総電気量は、直流アノード電解、交番電解処理とも、アノード電流として50Q(クーロン)/m2〜20000Q/m2が好ましい。50Q/m2未満では微細食孔の発生率が低く、塗装前処理効果が低い。総電気量の増加とともに塗装密着性の改善効果も顕著になるが、20000Q/m2でその効果が飽和するため、それ以上の電気量に見合った効果が期待できない。
【0021】
直流アノード電解処理での対極には、電導性物質である限り、材質、形状などに制約はなく、例えばステンレス鋼鈑や鉄板が使用できる。一方、間接通電で交番電解処理する際の対極の材質については、対極がアノード極には、白金板、パラジウム板、白金めっきチタン板など不溶性電極が適しており、カソード極にはステンレス鋼鈑、鉄板が使用できる。
【0022】
交番電解のカソード→アノード(アノード→カソード)のサイクル数は1サイクル以上であれば、サイクル数に制限はない。通常は1〜10サイクル程度で十分である。
【0023】
上記の方法で製造したステンレス鋼鈑は、塗装処理を施したのち使用することができるが、各種部材やパイプ等の部材に加工した後、塗装処理を施しても良い。塗装処理には、スプレー塗装、粉体塗装、電着塗装などの公知の塗装法が適用可能である。なお、塗装処理条件については特に制限はなく、常法に従えばよい。
【実施例1】
【0024】
板厚が0.25mmのSUS304ステンレス鋼、H仕上げ(調質圧延仕上げ)材を、アルカリ電解脱脂、水洗、乾燥した後、30℃の5質量%硫酸水溶液中に浸漬して、電流密度100A/m2、電解時間30秒間の直流アノード電解を施した。対極としてはカーボン電極を使用した。
【0025】
試験片表面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。単位面積あたりの食孔の個数は、10000倍の電子顕微鏡写真を用いて、10μm×10μmの面積中に発生した食孔数を計測し、平方mm当たりに換算した。
【0026】
試験片表面には、概ね半球体の食孔が発生しており、その略半球形状の食孔間口部の直径が0.1μm〜0.2μmであり、単位面積当たりの個数は7.6×106/mm2であった。
【実施例2】
【0027】
板厚が0.25mmのSUS304ステンレス鋼、H仕上げ(調質圧延仕上げ)材を、アルカリ電解脱脂、水洗、乾燥した後、表1に示す条件下で、硫酸水溶液中に浸漬して、直流アノード電解および交番電解を施した。
【0028】
電解処理したステンレス鋼鈑を水洗、熱風乾燥した後、ポリエステル系クリア塗料を塗布し、到達材温を230℃、焼付け時間を50秒間として、乾燥膜厚が10μmのクリア塗膜を形成した。
【0029】
塗膜密着性試験は、クリア塗装鋼鈑を30mm×30mmに押し切り切断して試験片とし、試験片を0tで180度折り曲げた後、曲げ部外側の塗膜に粘着テープを貼り付け瞬間的に引き剥がした際の塗膜付着(残存)状況を観察した。曲げ先端R部の塗膜残存率が100%の場合の評点を5とし、残存率100%未満80%以上、80%未満60%以上、60%未満40%以上、40%未満20%以上、20%未満のそれぞれの評点を4、3、2、1、0とする六段階評価で塗膜密着性を判定した。なお、観察はレーザー顕微鏡(×1000倍)を用いて3視野観察し、その平均評点を代表値とした。結果を表1に示す。
【0030】
表1 電解条件およびその塗膜密着性評価結果

*1)カソード→アノード:4サイクル/10秒
【0031】
表1の評価結果に見られるように、脱脂、乾燥後に電解処理せずに直接塗布した対照試験片No.11では、塗膜密着性が0である。
これに対して、ステンレス鋼鈑を、1〜20質量%硫酸水溶液中、10℃〜70℃の温度、アノード電流として50Q(クーロン)/m2〜20000Q/m2の総電気量で電解処理した本発明の実施例の試験片No.1〜10では、食孔の平均直径が0.05μm〜0.5μm、食孔の最大深さが0.025〜0.25μmであり、食孔の単位面積当たりの個数が1×105〜1×107/mm2であり、評価点が4以上と非常に塗膜密着性が優れている。
【0032】
本発明の電解処理条件を満たさない条件下で電解処理した試験片No.12〜21の塗膜密着性は、実施例の試験片に比べて、非常に低い。
すなわち、硫酸濃度が1質量%より低い試験片No.12及びNo.17では、食孔の単位面積当たりの個数が1×105未満であり、20質量%より高い試験片No.16及び21では全面溶解し、食孔が形成されない。
電解処理温度が70℃より高い試験片No.13及び18では、全面溶解し、食孔が形成されない。
総電気量がアノード電流として20000Q/m2を超える試験片No.14及び19では、全面溶解し、食孔が形成されない。
総電気量がアノード電流として50Q(クーロン)/m2未満である試験片No.15及び20では、食孔の単位面積当たりの個数が1×105/mm2未満である。
以上の結果から、塗装密着性は,食孔の単位面積当たりの個数が約1×105/mm2を超えると急激に上昇し、その効果は少なくとも約1×107/mm2までは維持されることがわかる。
【0033】
表面が全面溶解している試験片No.14、16、18、19及び21の塗膜密着性評価が「2」であるのに対して、一応食孔が形成されている試験片No.12、15、17及び20の塗膜密着性の評価が全面溶解と同等またはそれ以下である正確な理由は不明であるが、次のようなことが推定される。
試験片No.14、16、18、19及び21では表面が全面溶解しているため、表面は結晶方位や双晶などの影響から、溶解速度に違いが生じて、凹凸が生じ、この凹凸の効果が塗装密着性を評価「2」まで上げていると考えられる。ただし、溶液温度、電流密度、硫酸濃度を上昇させて、全面溶解を促進しても、塗装密着性評価は「2」までしか上昇しないことは確認している。
一方、試験片No.12、15、17及び20では一応食孔が形成されているが、その単位面積当たりの個数は非常に少ない。これに加え、食孔が形成されていない表面には、本来存在している不働態皮膜が残っている。この不働態皮膜(食孔以外の表面)は塗装密着性が非常に劣っており、試験片No.11の「処理なし」とほぼ等しい塗装密着性(評価:0)しか示さない。その結果、食孔が形成されていてもその単位面積当たりの個数が少ないと塗膜密着性が向上せず、全面溶解と同等またはそれ以下の塗膜密着性しか示さないものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に、略半球形状の食孔を有するステンレス鋼鈑であって、食孔の平均直径が0.05μm〜0.5μm、食孔の最大深さが0.025〜0.25μm、食孔の単位面積当たりの個数が1×105〜1×107/mm2であるステンレス鋼鈑。
【請求項2】
オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、フェライト・オーステナイト(2相)系、又は析出硬化系ステンレス鋼鈑である請求項1記載のステンレス鋼鈑。
【請求項3】
オーステナイト系ステンレス鋼鈑である請求項1記載のステンレス鋼鈑。
【請求項4】
光輝焼鈍仕上げ(BA)、酸洗仕上げ(2D)、酸洗後軽圧延仕上げ(2B)、または調質圧延仕上げされているステンレス鋼鈑である請求項1〜3のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑。
【請求項5】
表面に塗装皮膜が形成された請求項1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑を用いて製造された筺体。
【請求項7】
ステンレス鋼鈑を、1〜20質量%硫酸水溶液中、10℃〜70℃の温度、アノード電流として50Q(クーロン)/m2〜20000Q/m2の総電気量で電解処理することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載のステンレス鋼鈑の製造方法。

【公開番号】特開2012−26010(P2012−26010A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−167198(P2010−167198)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(000230869)日本金属株式会社 (29)