説明

塩化ビニル重合体の製造方法

【課題】 懸濁重合プロセスにも適用可能で、重合がリビング的に進行することにより、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端構造も明確な塩化ビニル重合体を製造することが可能となる製造方法を提供する。
【解決手段】 周期表第8〜10族元素を中心金属として有し、炭化水素配位子を有する遷移金属カルボニル錯体(A)及びヨウ素化合物(B)からなる重合開始剤系により、塩化ビニルモノマーの重合を行うことを特徴とする塩化ビニル重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩化ビニル重合体の製造方法に関するものであり、更に詳しくは、特定の金属錯体及びヨウ素化合物からなる重合開始剤系を用いることにより、懸濁重合プロセスであってもリビング的な重合反応が可能な塩化ビニル重合体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
塩化ビニル重合体は安価であり、機械的物性、化学的物性に優れ、また可塑剤量の調整により硬質から軟質までの成形体が得られることから、フィルム、パイプなどの種々の用途に利用されている。このような塩化ビニル重合体は、従来、工業的にはラジカル重合(懸濁重合、乳化重合、塊状重合など)で生産されており、多くは懸濁重合プロセスで生産されている。しかし、従来のラジカル重合では、連鎖移動反応や停止反応が生じるため、得られる塩化ビニル重合体の分子量分布は広く、分子量や末端基構造を制御することが難しく、ブロック共重合体を製造することも困難であった。
【0003】
これらラジカル重合の課題を解決する方法として、リビングラジカル重合が提案されている。リビングラジカル重合とは活性種とドーマント種と呼ばれる非活性種との平衡反応よりなる重合開始剤系により、2分子停止などの副反応を抑制することで、リビング的な挙動を示す重合方法のことである。リビングラジカル重合によれば、分子量分布が狭く、分子量や末端基構造を制御することができ、ブロック共重合体を製造することも可能となることが期待され、特にメタクリレート、アクリレート、スチレン等の共役モノマーの単量体について多くの研究がなされており、ポリマーの一次構造をある程度精密に制御できることが報告されている。例えばハロゲン化合物と遷移金属錯体からなる重合開始剤系による原子移動ラジカル重合が報告されており、ルテニウム錯体と臭素化合物及びルイス酸の存在下でメチルメタクリレートの重合がリビング的に進行すると報告されている(例えば非特許文献1参照。)。また、希少金属を使用せずに高活性が得られる鉄錯体も開発されており、メチルメタクリレートの重合がリビング的に進行すると報告されている(例えば非特許文献2参照。)。
【0004】
しかしながら、塩化ビニルモノマーなどの非共役モノマーは生長ラジカルの電子共鳴安定化の効果が低く、生長ラジカルが不安定であるため、副反応が起こりやすく、塩化ビニルモノマーのリビングラジカル重合に成功した例は少ない。さらに、水媒体中での重合では重合過程で塩酸が生じ、系中が弱酸性となるため、触媒などの失活の原因となり、さらに制御が困難であった。
【0005】
これまでに塩化ビニルモノマーのリビングラジカル重合に関しては、例えばジ−t−ブチルニトロキシドと有機過酸化物を用いたものが提案され(例えば非特許文献3参照。)、ヨウ素化合物と有機過酸化物を用い製造する方法(例えば特許文献1参照。)、一電子移動反応に基づいた方法として、ハロゲン化合物と0価の銅及び配位子を用い製造する方法(例えば特許文献2参照。)やNaを触媒として用い製造する方法(例えば特許文献3参照。)、等が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Macromolecules(1996),29,1070〜1072
【非特許文献2】Macromolecules(1997),30,4507〜4510
【非特許文献3】Macromol.Symp(2003),202,11〜23
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】US5455319公報(特許請求の範囲参照。)
【特許文献2】WO02/077043公報(特許請求の範囲参照。)
【特許文献3】WO03/002621公報(特許請求の範囲参照。)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、非特許文献3に記載の方法で得られる塩化ビニル重合体の分子量分布は依然広く、また、ジ−t−ブチルニトロキシドの添加量を変化させても分子量があまり変化せず、分子量の制御という点では課題を有するものであった。また、水や酸素に不安定なうえ、重合に80℃程度の高い温度が必要なために、工業的生産にも課題を有するものであった。
【0009】
また、特許文献1に提案された方法により得られる重合体の数平均分子量は2〜3万程度に限定され、広範囲の分子量を制御するという点で課題を有し、特許文献2に提案の方法においては、反応中に生成する2価の銅錯体が水に溶解しやすいため、懸濁重合プロセスへの適用が困難である、特許文献3に提案の方法においては、重合の適用温度が低い、多量の無機化合物を添加する必要がある、という課題を有するものであった。
【0010】
そこで、本発明は、懸濁重合プロセスにも適用可能で、重合がリビング的に進行することにより、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端構造も明確な塩化ビニル重合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、特定の遷移金属カルボニル錯体とヨウ素化合物からなる重合開始剤系により塩化ビニルモノマーの重合を行うことにより、たとえ懸濁重合プロセスであっても、分子量が制御され、分子量分布も狭く、末端構造の明確な塩化ビニル重合体を製造することが可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明は、周期表第8〜10族元素を中心金属として有し、炭化水素配位子を有する遷移金属カルボニル錯体(A)及びヨウ素化合物(B)からなる重合開始剤系により、塩化ビニルモノマーの重合を行うことを特徴とする塩化ビニル重合体の製造方法に関するものである。
【0013】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明は、周期表第8〜10族元素を中心金属として有し、炭化水素配位子を有する遷移金属カルボニル錯体(A)及びヨウ素化合物(B)からなる重合開始剤系により、塩化ビニルモノマーの重合を行う塩化ビニル重合体の製造方法であり、該遷移金属カルボニル錯体(A)と該ヨウ素化合物(B)との平衡反応よりなる重合開始剤系により重合を行うことにより、リビング的にラジカル重合が進行するものである。
【0015】
該遷移金属カルボニル錯体(A)は、周期表第8〜10族元素を中心金属として有し、炭化水素配位子を有する遷移金属カルボニル錯体であり、この範疇に属するものであれば如何なるものを用いることも可能であり、一般的には、周期表第8〜10族元素を中心金属に、配位子として炭化水素と一酸化炭素とのそれぞれ少なくとも一つが同時に配位した遷移金属錯体である。ここで、中心金属である周期表8族元素〜周期表10族元素としては、例えば鉄、ルテニウム、コバルト、ニッケル、パラジウム、白金等を挙げることができ、その中でも鉄、ルテニウム等の8族元素であることが好ましく、さらに鉄であることが好ましい。また、炭化水素配位子としては、例えばフェニル、シクロペンタジエニル、シクロヘキサジエニル、シクロオクタジエニル、シクロオクタテトラエニル、ノルボナジエニル、メチルフェニル、メチルシクロペンタジエニル、メチルシクロヘキサジエニル、メチルシクロオクタジエニル、メチルシクロオクタテトラエニル、メチルノルボナジエニル、フルオレニル、インデニルなどの炭化水素配位子が挙げられ、なかでも、シクロペンタジエニルが好ましい。
【0016】
そして、該遷移金属カルボニル錯体(A)の具体的例示としては、例えば、下記一般式(1)又は(2)に示す遷移金属カルボニル錯体を挙げることができる。
【0017】
【化1】

(ここで、Mは周期表第8〜10族元素であり、Lは炭素数1〜20の置換又は未置換の炭化水素配位子であり、Xは水素原子、ハロゲン原子又は置換若しくは未置換の周期表15〜16族の原子である。a、bは、それぞれ1〜3の整数、cは、0〜1の整数である。また、金属Mの価数がxのとき、a+b+c=xを満たす。)
【0018】
【化2】

(ここで、M、Mは、同一又は異なっていてもよい周期表第8〜10族元素であり、L、Lは、同一又は異なっていてもよい炭素数1〜20の置換又は未置換の炭化水素配位子であり、X、Xは、同一又は異なっていてもよい水素原子、ハロゲン原子又は置換若しくは未置換の周期表15〜16族の原子である。e、dは、それぞれ1〜3の整数、fは0〜1の整数である。また、金属M、Mの価数がyのとき、d+e+f−1=yを満たす。)
ここで、M、M,Mで表わされる周期表第8〜10族元素としては、前記したものを例示できる。また、L,L,Lは、炭素数1〜20の置換又は非置換の炭化水素配位子であり、前記したものを例示できる。一般式(1)又は(2)で表される遷移金属カルボニル錯体は、一酸化炭素と該炭化水素配位子の他に、X,X,Xで示される配位子を有していても良く、これら配位子は、水素原子、ハロゲン原子又は置換若しくは未置換の周期表15〜16族の原子などを例示できる。
【0019】
また、a,dは炭化水素配位子の配位数であり、1〜3の整数であることが好ましく、b,eは一酸化炭素(CO)の配位数であり、1〜3の整数であることが好ましく、特に分子量分布が狭く、分子量の制御された塩化ビニル重合体を得ることが可能となることから1〜2であることが好ましい。c,fは0〜1の整数である。
【0020】
そして、特に分子量分布が狭く、分子量の制御された塩化ビニル重合体を得ることが可能となることから、前記一般式(1)で表される遷移金属カルボニル錯体又は前記一般式(2)において、fが0であるダイマーとして示される遷移金属カルボニル錯体であることが好ましい。
【0021】
該一般式(1)で表される遷移金属カルボニル錯体又は該一般式(2)で表される遷移金属カルボニル錯体としては、例えばジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルインデニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルフルオレニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨウ化鉄(II)、ジカルボニルインデニルヨウ化鉄(II)、ジカルボニルフルオレニルヨウ化鉄(II)などの鉄カルボニル錯体;ジカルボニルシクロペンタジエニルルテニウム(II)ダイマー、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨウ化ルテニウム(II)などのルテニウムカルボニル錯体;カルボニルシクロペンタジエニルヨウ化ニッケル(II)、カルボニルインデニルヨウ化ニッケル(II)などのニッケルカルボニル錯体などが挙げられ、特に分子量分布が狭く、分子量の制御された塩化ビニル重合体を得ることが可能となることからジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルインデニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルフルオレニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨウ化鉄(II)、ジカルボニルインデニルヨウ化鉄(II)、ジカルボニルフルオレニルヨウ化鉄(II)などの鉄カルボニル錯体;ジカルボニルシクロペンタジエニルルテニウム(II)ダイマー、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨウ化ルテニウム(II)などのルテニウムカルボニル錯体であることが好ましく、更にジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨウ化鉄(II)が好ましく、特にジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマーが好ましい。
【0022】
該ヨウ素化合物(B)は、少なくとも1つのヨウ素原子を含み、該遷移金属カルボニル錯体(A)と作用してラジカル種を発生させることにより重合を開始させる重合開始剤系として作用するものであり、ヨウ素化合物の範疇に属するものであれば如何なるものを用いることも可能であり、例えば下記式(3)で表わされるヨウ素化合物を挙げることができる。
【0023】
【化3】

(ここで、R〜Rは各々独立して水素原子、炭素数1〜20の炭化水素基、ハロゲン原子であり、炭化水素基は酸素原子、窒素原子、硫黄原子など周期表13〜17族の原子を有していてもよい。)
該ヨウ素化合物(B)の具体的例示としては、例えば2−ヨードイソ酪酸エチル、2−ヨードイソ酪酸メチル、2−ヨードプロピオン酸エチル、2−ヨード酢酸エチル、2−ヨード酢酸メチルなどのヨウ素含有エステル;ヨードホルム、ジヨウ化メタン、ヨウ化メチル、ヨウ化エチル、ヨウ化プロパンなどのヨウ化アルキル;ヨードアセトンなどのヨウ素含有ケトン;ヨードアセトニトリル等のヘテロ基含有ヨウ素化合物などが挙げられ、その中でも特に分子量分布が狭く、分子量の制御された塩化ビニル重合体を製造することが可能となることから2−ヨードイソ酪酸エチルが好ましい。
【0024】
本発明において、重合開始剤系を調製する際の該遷移金属カルボニル錯体(A)と該ヨウ素化合物(B)の比率には特に制限はなく、製造条件等に応じ適宜選択すればよく、その中でも特に分子量分布が狭く、分子量の制御された塩化ビニル重合体を製造することが可能となることから、該遷移金属カルボニル錯体(A):該ヨウ素化合物(B)=0.01:1〜5:1(モル比)とすることが好ましい。
【0025】
また、ヨウ素化合物(B)の量には特に制限はなく、リビング的なラジカル重合反応による所望の分子量により選択すればよく、その中でも、適度な分子量を有する塩化ビニル重合体を得ることが可能となることから、塩化ビニルモノマーあたり0.01モル%〜5モル%であることが好ましく、0.01モル%〜0.5モル%であることがより好ましい。
【0026】
本発明の塩化ビニル重合体の製造方法は、塩化ビニルモノマーの重合を行うことにより塩化ビニル重合体の製造を行うものであり、塩化ビニルモノマー単独の重合反応はもとより、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、スチレン、メチルスチレン、アクリロニトリル、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチルなどのビニル系モノマーとの共重合反応を行うことも可能である。そして、リビング的なラジカル重合反応を利用してブロック共重合体を製造することも可能である。
【0027】
本発明の製造方法を行う際の具体的な重合方法としては、例えばバルク重合、溶液重合、乳化重合、懸濁重合など塩化ビニルモノマーの重合を行う際に選択される重合方法を挙げることができ、その中でも特に品質に優れ、生産性に優れる塩化ビニル重合体の製造方法となることから、懸濁重合により製造することが好ましい。
【0028】
該懸濁重合による具体的な製造方法としては、例えば該遷移金属カルボニル錯体(A)及び該ヨウ素化合物(B)からなる重合開始剤系を用い、水性媒体中、分散剤の存在下、懸濁状態にある塩化ビニルモノマーを重合する方法を挙げることができる。その際の分散剤としては、懸濁重合において塩化ビニルモノマーの分散が可能である分散剤であれば如何なるものも使用でき、例えばメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ポリビニルアルコールおよびその部分ケン化物、ゼラチン、ポリビニルピロリドン、デンプン等の有機物;炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、燐酸カルシウム等の無機物等を挙げることができ、これら分散剤は1種以上で使用することができる。前記分散剤の使用量は、懸濁重合が可能であれば如何なる量であっても良く、優れた粒子形態を有する塩化ビニル重合体を得ることが可能となることから、塩化ビニルモノマー100重量部に対し、0.01〜1重量部であることが好ましく、さらに0.05〜0.2重量部であることが好ましい。
【0029】
重合方法として懸濁重合を用いる場合の水性媒体としては、水はもとより、イオン交換水、蒸留水、脱イオン水、工業用水、飲料水等を挙げることができ、例えばアルコール等の有機溶剤を懸濁重合に支障のない範囲で含んでいるものであってもよい。そして、水性媒体の使用量としては、懸濁重合が可能であれば如何なる量であっても良く、特に効率的に塩化ビニル重合体の製造が可能となることから塩化ビニルモノマー100重量部に対し、100〜500重量部であることが好ましい。
【0030】
本発明における重合温度としては、塩化ビニルモノマーの重合が可能であれば如何なる温度であってもよく、特に塩化ビニル重合体を効率的に得ることが可能となることから0℃〜100℃であることが好ましく、特に35℃〜70℃であることが好ましい。
【0031】
本発明の製造方法を用いれば、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端に置換基を有する塩化ビニル重合体を懸濁重合プロセスで得ることができるため、溶液重合プロセスや乳化重合プロセスと比べ、生産性向上や品質向上を図ることができる。また、得られる塩化ビニル重合体の分子量分布が狭くなるため、極めて分子量の低い成分がないことから、熱安定性や機械的性質に優れ、かつ、極めて分子量の高い成分がないことから、ゲル化性や加工性、透明性に優れる塩化ビニル重合体を得ることができ、各種成形品への展開が期待できる。
【0032】
本発明で得られる塩化ビニル重合体は、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端に置換基を有するものであり、その特徴を強く発揮することが可能となることから、以下のi)〜iii)の要件を満足するものであることが好ましい。i)数平均分子量(Mn)が1000〜100000である。ii)分子量分布(Mw/Mn)が2.2以下、さらに好ましくは2.0以下である。iii)塩化ビニルモノマー残基単位1000個当たり、ヨウ素末端量0.1個以上、さらに好ましくは1個以上である。
【0033】
本発明の塩化ビニル重合体の製造方法は、前記の工程を経てなるものであれば如何なる製造方法とする事も可能であり、例えば前記の工程の後に重合を停止させる工程、他のビニルモノマーを添加しブロック共重合を行う工程、ハロゲン原子を他の置換基に変換する工程、遷移金属カルボニル錯体を除去・回収を行う工程、得られた塩化ビニル重合体の洗浄・精製を行う工程、等の付加的工程の追加を行う事も可能である。
【0034】
また、本発明の製造方法においては、特開平08−041117号に提案されているように、鉄、ルテニウム等の遷移金属錯体とともにアルミニウムトリエトキシド、アルミニウムトリ−t−ブトキシドなどのアルミニウムアルコキシド;チタンテトラエトキシド、チタンテトラフェノキシドなどのチタンアルコキシドなどのルイス酸を用いることも可能であるが、本発明においては前記ルイス酸を用いなくても、分子量分布の狭い塩化ビニル重合体を得ることができる。そして、前記ルイス酸は水等との反応性が高いことから、懸濁重合などの水系媒体を用いた重合法への適用には危険を伴うという課題があるうえ、塩化ビニル重合体を効率的に製造することを目的とした場合には、前記ルイス酸を用いないことが好ましい。
【発明の効果】
【0035】
本発明の塩化ビニル重合体の製造方法によれば、重合がリビング的に進行することにより、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端構造も明確な塩化ビニル重合体を生産効率に優れる懸濁重合プロセスで製造することが可能となる。
【実施例】
【0036】
以下、本発明を実施例および比較例によって説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例および比較例における分子量、Mw/Mn、末端ヨウ素量の評価は下記の方法により測定を行った。
【0037】
〜分子量の測定〜
Mn、Mw及びMw/Mnは、GPCにより求めた。充填カラムとして東ソー(株)製、(商品名)TSKgel MultiporeHXL−Mを用い、テトラヒドロフランを移動相として、ピーク検出には示差屈折計(東ソー(株)製、(商品名)RI−8020)を用いた。また、Mn、Mw及びピークトップ分子量は、標準ポリスチレン換算で求めた。
【0038】
〜末端ヨウ素量の測定〜
得られた塩化ビニル重合体の重合組成はH−NMR(日本電子(株)製、(商品名)GSX270)測定により求めた。溶媒として重テトラヒドロフランを用い室温下で測定した。なお、ヨウ素末端量(個/塩化ビニル残基単位1000個)は6〜6.2ppmのピークの積分強度(a)と4.2〜5.0ppmのピークの積分強度(b)以下の式に従って算出した。
【0039】
ヨウ素末端量(個/塩化ビニル残基単位1000個)=(a×1000)/b
参考例1
(2−ヨードイソ酪酸エチルの製造)
300ミリリットル三口フラスコにヨウ化ナトリウム53.9g、アセトン(脱水)200ミリリットル、2−ブロモイソ酪酸エチル14.0gを仕込み、窒素気流下70℃で30時間加熱還流を行った。ろ過で固形物を除去後、溶媒を留去し、蒸留水300ミリリットルを加え、100ミリリットルのジエチルエーテルで3回抽出した。その後、有機相を飽和亜硫酸ナトリウム水溶液200ミリリットルで洗浄し、さらに飽和食塩水200ミリリットル、次いで蒸留水200ミリリットルで洗浄した。無水硫酸マグネシウムで脱水し、ろ過した後、溶媒を留去した。カラムクロマトグラフィー(固定相;シリカゲル、移動相;酢酸エチル:ヘキサン=15:1)で精製し、溶媒を留去することで液体状の2−ヨードイソ酪酸エチルを得た(収量:13.3g、収率76%)。
【0040】
実施例1
パドル型撹拌翼、バッフルを装備した内容積1リットルのステンレス製重合器で窒素置換を3回行い、脱イオン水420g(300重量部)、ケン化度80モル%で平均重合度2600のポリビニルアルコール部分ケン化物0.128g(0.10重量部)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース0.051g(0.04重量部)を装入し、さらに窒素置換を3回行った。その後、2−ヨードイソ酪酸エチル0.617g(0.48重量部;0.12モル%)、ジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー0.451g(0.035重量部;0.06モル%)をエタノール40ミリリットルに溶解・分散させ装入し、さらに、塩化ビニルモノマー127.5g(100重量部)を装入し、撹拌を行いながら内温60℃で懸濁重合を行った。内温が60℃に到達後1時間で重合を停止(重合時間:1時間)し、未反応単量体を回収し、懸濁重合スラリーのろ過を行った後、2リットルの脱イオン水で洗浄した。その後、35℃で3時間減圧乾燥を行い、さらに65℃で3時間減圧乾燥することにより塩化ビニル重合体を得た(収量:10.3g、モノマー転化率:8.2%)。重合結果を表1に示す。
【0041】
実施例2
実施例1において、内温が60℃に到達後1時間で重合を停止(重合時間:1時間)した代わりに、内温が60℃に到達後5時間で重合を停止(重合時間:5時間)した以外は、実施例1と同様の方法で重合を行い、塩化ビニル重合体を得た(収量:31.1g、モノマー転化率:24.4%)。重合結果を表1に示す。
【0042】
実施例3
実施例1において、内温が60℃に到達後1時間で重合を停止(重合時間:1時間)した代わりに、内温が60℃に到達後20時間で重合を停止(重合時間:20時間)した以外は、実施例1と同様の方法で重合を行い、塩化ビニル重合体を得た(収量:36.5g、モノマー転化率:28.6%)。重合結果を表1に示す。
【0043】
実施例4
実施例2において、ジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー0.451g(0.035重量部;0.06モル%)の代わりに、ジカルボニルシクロペンタジエニルヨード鉄(II)0.387g(0.03重量部;0.06モル%)を用いた以外は、実施例2と同様の方法で重合を行い、塩化ビニル重合体を得た(収量:26.3g、モノマー転化率:20.6%)。重合結果を表1に示す。
【0044】
比較例1
実施例2において、ジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー0.451g(0.035重量部;0.06モル%)を加えなかった以外は、実施例2と同様の方法で重合を行ったが、固形物は全く生成しておらず、重合が進行していなかった。
【0045】
比較例2
実施例2において2−ヨードイソ酪酸エチル0.617g(0.48重量部;0.12モル%)を加えなかった以外は、実施例2と同様の方法で重合を行ったが、触媒残渣を除き、固形物は生成しておらず、重合が進行していなかった。
【0046】
比較例3
実施例2において、2−ヨードイソ酪酸エチル0.617g(0.48重量部;0.12モル%)、ジカルボニルシクロペンタジエニル鉄(II)ダイマー0.451g(0.035重量部;0.06モル%)をエタノール40ミリリットルに溶解・分散させ装入する代わりに、2,2−アゾビス(イソブチロニトリル)0.05g(0.04重量部;0.025モル%)をエタノール40ミリリットルに溶解して装入した以外は、実施例2と同様の方法で重合を行い、塩化ビニル重合体を得た。
【0047】
【表1】

本発明では重合時間を長くすることにより、転化率の増加に伴い分子量が増加していることから、本発明により塩化ビニル重合体の分子量の制御が可能となっていることがわかる(実施例1〜3)。また、本発明で得られる塩化ビニル重合体の分子量分布は従来のラジカル重合(比較例3)で生成するものよりも狭く、本発明により分子量分布の狭い塩化ビニル重合体を得ることができるとわかる(実施例1〜4)。さらに、本発明で得られる塩化ビニル重合体は末端にヨウ素基を有しており(実施例1〜4)、末端への機能性置換基の導入やブロック共重合体の合成も可能である。さらに、遷移金属カルボニル錯体を用いない場合又はヨウ素化合物を用いない場合では重合が進行せず、遷移金属カルボニル錯体及びヨウ素化合物からなる重合開始剤系が塩化ビニル重合体の製造に必要であることがわかる(比較例1〜2)。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の製造方法を用いれば、分子量が制御され、分子量分布が狭く、末端に置換基を有する塩化ビニル重合体を懸濁重合プロセスで得ることができるため、溶液重合プロセスや乳化重合プロセスと比べ、生産性向上や品質向上を図ることができる。また、得られる塩化ビニル重合体の分子量分布が狭くなるため、極めて分子量の低い成分がないために、熱安定性や機械的性質に優れ、かつ、極めて分子量の高い成分がないために、ゲル化性や加工性、透明性に優れる塩化ビニル重合体を得ることができ、各種成形品への展開が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期表第8〜10族元素を中心金属として有し、炭化水素配位子を有する遷移金属カルボニル錯体(A)及びヨウ素化合物(B)からなる重合開始剤系により、塩化ビニルモノマーの重合を行うことを特徴とする塩化ビニル重合体の製造方法。
【請求項2】
分散剤存在下、水性媒体中で懸濁重合を行うことを特徴とする請求項1に記載の塩化ビニル重合体の製造方法。
【請求項3】
前記遷移金属カルボニル錯体(A)が、下記一般式(1)又は(2)で表される遷移金属カルボニル錯体であることを特徴とする請求項1又は2に記載の塩化ビニル重合体の製造方法。
【化1】

(ここで、Mは周期表第8〜10族元素であり、Lは炭素数1〜20の置換又は未置換の炭化水素配位子であり、Xは水素原子、ハロゲン原子又は置換若しくは未置換の周期表15〜16族の原子である。a、bは、それぞれ1〜3の整数、cは、0〜1の整数である。また、金属Mの価数がxのとき、a+b+c=xを満たす。)
【化2】

(ここで、M、Mは、同一又は異なっていてもよい周期表第8〜10族元素であり、L、Lは、同一又は異なっていてもよい炭素数1〜20の置換又は未置換の炭化水素配位子であり、X、Xは、同一又は異なっていてもよい水素原子、ハロゲン原子又は置換若しくは未置換の周期表15〜16族の原子である。e、dは、それぞれ1〜3の整数、fは0〜1の整数である。また、金属M、Mの価数がyのとき、d+e+f−1=yを満たす。)
【請求項4】
前記遷移金属カルボニル錯体(A)が、中心金属に周期表第8族元素を有する遷移金属カルボニル錯体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の塩化ビニル重合体の製造方法。
【請求項5】
前記ヨウ素化合物(B)が、下記一般式(3)で表されるヨウ素化合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の塩化ビニル重合体の製造方法。
【化3】

(ここで、R〜Rは各々独立して水素原子、炭素数1〜20の炭化水素基、ハロゲン原子であり、炭化水素基は酸素原子、窒素原子、硫黄原子など周期表13〜17族の原子を有していてもよい。)