塩化揮発法による希土類元素の分離方法及び分離システム
【課題】希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を効率的に分離回収可能な方法を提供する。
【解決手段】希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、炭素源を混合する、炭素源混合工程と、酸化処理工程及び炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程とを行う方法とする。
【解決手段】希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、炭素源を混合する、炭素源混合工程と、酸化処理工程及び炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程とを行う方法とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類元素とそれ以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を分離回収する方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年需要が増加しているハイブリッド自動車や電気自動車には高出力モータが搭載されており、当該高出力モータに備えられる磁石には、優れた磁気特性や高強度を有することから、ネオジム等の希土類元素を含む希土類磁石が用いられている。また、希土類磁石を用いたモータは、小型でありながら高出力が得られるため、軽量化が要求される家電製品等にも広く用いられている。さらに、希土類元素は、その特性から、磁石以外の種々の製品においても使用されており、今後、ますますの需要の増加が見込まれる。一方、希土類元素はその産出量が少なく、今後の需要の増加に伴う供給不足が懸念される。そのため、製品のリサイクル時に希土類元素を効率的に回収し再利用すること、或いは、製品製造時において希土類元素を無駄なく使用することが重要となる。例えば、希土類磁石の製造工程においては、切削・研磨や破損により20〜30質量%程度が研磨屑となる。当該研磨屑から希土類元素を効率的に分離回収し再利用することができれば、希土類元素を無駄なく使用することが可能となると考えられる。また、使用済みの希土類磁石のスクラップから希土類元素を効率的に分離回収することも重要と考えられる。
【0003】
一方、原料から所定の元素を分離回収する技術の一つに、化学的揮発法を用いた乾式の分離回収方法がある。乾式法は廃棄液処理量が少なく、設備規模を小さくすることができ、また、処理時間を短縮することができるといった種々の利点を有している。特に塩化揮発法は、高沸点化合物であっても、塩化物とすることによって低温で揮発させることを可能とするものであり、省エネルギーにて金属元素を分離回収可能と考えられる(特許文献1〜3や非特許文献1)。このような塩化揮発法を希土類元素の分離回収に適用することができれば、従来製品や製造工程において生じる屑等から希土類元素を効率的に分離回収することができ、今後予想される希土類元素の供給不足に対応することが可能となると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−132960号公報
【特許文献2】特開2008−222499号公報
【特許文献3】特開2000−144275号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】野中利瀬弘、「金属資源の塩素化ならびに炭素還元に関する反応工学的研究」、2004年度 秋田大学 博士論文
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、特許文献1や特許文献2に記載された塩化揮発法を用いた分離精製方法は、In、Ti、Fe、Cr、Si、Al及びC、或いは、Ta、Nb、Cr、Co、Ni、Ti及びWについて分離精製できるものとされている。しかしながら、希土類元素とその他金属元素との分離については検討されていない。一方、特許文献3において、塩化揮発法を適用することで、希土類元素と鉄とを含有する原料から、鉄のみを分離し、固体残渣中に希土類元素を濃縮できることが開示されており、塩化揮発法は希土類元素とその他元素の分離回収にも好適であると考えられた。しかしながら、本発明者らが実験を行ったところ、原料中、希土類元素や鉄以外に、その他非鉄金属やホウ素等の非金属が含まれている場合、従来の塩化揮発法を用いて希土類元素の分離回収を行おうとしても、残渣中に希土類元素とともに非鉄金属や非金属が残存してしまい、希土類元素のみを残渣中に濃縮・分離することが困難であることが判明した。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、希土類元素と、当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を適切に分離回収可能な方法及びシステムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採る。すなわち、
本発明の第1の態様は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、炭素源を混合する、炭素源混合工程と、酸化処理工程及び炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程とを行う、希土類元素の分離方法である。
【0009】
本発明において、「希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料」とは、原料が、希土類元素とそれ以外の金属元素のみからなるものに限定されず、希土類元素とそれ以外の金属元素とに加えて、さらにホウ素や炭素等の非金属元素を含んでいてもよいことを意味する。また、希土類元素以外の金属元素として、複数の金属元素が含まれていてもよい。「炭素源」とは、炭素そのものの他、炭素を含む化合物であってもよい。例えば、炭素鎖を有する樹脂由来の炭素、或いは、無機炭化物であってもよい。「炭素源を混合する」とは、加熱処理前に原料中に意図的に炭素源を混合する形態の他、原料自体に炭素源が予め含まれている場合、当該予め含まれた炭素源をそのまま用いることで「炭素源を混合した」ものとみなすこともできる。
【0010】
本発明の第1の態様において、原料を粉砕する粉砕工程を備え、当該粉砕工程の後に酸化処理工程を行ってもよい。原料を粉砕することにより、原料内部まで炭素還元や塩素化が可能となり、加熱処理の際、希土類元素とその他元素との分離効率を向上させることができる。
【0011】
本発明の第1の態様において、酸化処理工程が、原料を研磨することで、酸化された原料として研磨屑を得る工程であってもよい。原料の切削・研磨により研磨屑は自ずと酸化されたものとなるため、当該研磨屑をそのまま塩化揮発に供することが可能である。すなわち、例えば、原料の製造工程において生じる研磨屑をそのまま「酸化された原料」として用いることで、当該研磨屑から希土類元素を分離回収することも可能である。
【0012】
本発明の第1の態様において、加熱処理工程が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において当該温度を保持する、温度保持工程を備えることが好ましい。300℃〜1000℃の間において、希土類元素を原料の固体残渣中に残しつつ、当該希土類元素以外の金属元素を選択的に塩化揮発させることが可能である。したがって、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度で温度の保持を行うことで、希土類元素のみを固体残渣中により容易に濃縮することが可能となる。
【0013】
本発明の第1の態様において、原料としてNd−Fe−B磁石を用いるとよい。Nd−Fe−B磁石には、Nd、Prといった希土類元素の他、Fe、B、Coといったその他金属元素や非金属元素が複数含まれている。本発明では、このような複数の元素を含む原料を用いた場合でも、希土類元素のみを適切に分離回収することが可能である。
【0014】
本発明の第2の態様は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行う、酸化処理手段と、炭素源を混合する、炭素源混合手段と、加熱処理する、加熱処理手段とを備え、さらに、加熱処理手段に塩素を供給する、塩素供給手段を備える、希土類元素の分離システムである。
【0015】
本発明の第2の態様において、原料を粉砕する粉砕手段をさらに備え、原料の粉砕の後に酸化処理を行ってもよい。粉砕手段により原料を粉砕することにより、原料内部まで炭素還元や塩素化が可能となり、希土類元素の分離効率を向上させることができる。
【0016】
本発明の第2の態様において、酸化処理手段が、原料を研磨する研磨手段であってもよい。研磨手段により原料を研磨することにより、研磨屑が発生する。ここで、研磨により得られた研磨屑は自ずと酸化されたものとなるため、当該研磨屑をそのまま塩化揮発に供することが可能である。
【0017】
本発明の第2の態様において、加熱手段が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において当該温度を保持するものとされるとよい。300℃〜1000℃の間において、希土類元素を原料の固体残渣中に残しつつ、当該希土類元素以外の金属元素を選択的に塩化揮発させることが可能である。したがって、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度で温度の保持を行うことで、希土類元素のみを固体残渣中により容易に濃縮することが可能となる。
【0018】
本発明の第2の態様において、原料としてNd−Fe−B磁石を用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、原料を前処理にて酸化させ、その後、炭素還元を利用しつつ塩素雰囲気下での加熱処理を行うことで、原料を適切に塩化揮発に供することができ、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を分離回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】希土類元素の分離方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】希土類元素の分離システムの一形態を説明するための図である。
【図3】実施例にて用いた実験装置の構成を概略的に示す図である。
【図4】塩素雰囲気下におけるNd−Fe−B磁石(試料A)と当該磁石を酸化したもの(試料B)とについて、熱力学平衡計算結果を示す図である。
【図5】試料Aについて、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図6】試料Aについて、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図7】試料Bについて、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図8】試料Bについて、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図9】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図10】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図11】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る希土類元素の分離方法及び分離システムは、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から希土類元素を分離回収するプロセスに適用できる。原料としては、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とを含む原料であれば特に限定されるものではないが、本発明の効果が十分に奏される観点からは、希土類元素と当該希土類元素以外の複数の金属元素とを含む原料を用いることが好ましい。また、本発明では、それら元素に加えてさらに非金属元素を含む原料を用いてもよい。具体的な原料としては、例えば、希土類元素としてNd及びPrを、それ以外の金属元素としてFe及びCoを、非金属元素としてBを含む、ネオジム磁石(Nd−Fe−B磁石)を用いることができる。原料は塊状、板状等種々の形態が想定され得るが、十分に反応を進行させる観点から、塩化揮発に供する前に原料を粉砕し、粉体状として用いることが好ましい。さらに、本発明においては、原料のハンドリング性を向上させる観点から、原料を酸化処理する。原料の酸化処理により、塩化揮発の際、中間体の形成によって金属元素の揮発挙動を適切に制御することも可能となる。また、本発明では、より低温にて反応(還元反応)を進行させ、且つ、希土類元素のみを固体残渣中に適切に残存させる観点から、原料中に炭素源を含ませる。原料に炭素源を含ませる場合、例えば原料中に酸化物として存在する金属元素(化合物)は、塩化揮発反応時、炭素熱還元されるとともに、塩素と反応して塩化物となって揮発される。
【0022】
本発明では、このような原料、条件にて、塩化揮発法により希土類元素を分離回収する。以下、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離方法及び分離システムについて説明する。
【0023】
1.希土類元素の分離方法
図1に、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離方法S10の各工程を示す。図1に示すように、本実施形態に係る希土類元素の分離方法S10は、原料を粉砕する粉砕工程(工程S1)、原料を酸化処理することで酸化された原料を得る酸化処理工程(工程S2)、原料に炭素源を混合する、炭素源混合工程(工程S3)、及び、酸化処理及び炭素源混合の後、塩素雰囲気下で原料を加熱処理する加熱処理工程(工程S4)を備えている。また、工程S4において揮発された塩化物は、回収工程(工程S5)によって、冷却の後、固体として回収されることが好ましい。
【0024】
1.1.粉砕工程(工程S1)
工程S1は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料を粉砕する工程である。例えば、原料としてNd−Fe−B磁石を用いた場合、各元素が高温溶融によって緻密、安定化されている。そのため、塊状や板状の原料をそのまま塩化揮発に供したとしても、ある程度の塩化揮発処理が可能ではあるが、原料の内部にまで塩素を供給することは容易でなく、それゆえ原料の内部に存在する希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを分離することは容易でないと考えられる。原料の粉砕については、公知の粉砕手法(ミル等を用いた粉砕)を適用すればよい。粉砕後の原料の大きさについても、特に限定されるものではなく、可能な限り細かくすることが好ましい。
【0025】
1.2.酸化処理工程(工程S2)
工程S2は、粉砕した原料を酸化処理し、酸化された原料を得る工程である。原料の酸化処理については、酸素雰囲気で加熱処理を行う等、公知の手法を用いればよい。酸素雰囲気で加熱処理を行う場合は、当該酸素雰囲気としては、原料の酸化処理が可能な程度の酸素雰囲気であればよい。例えば、空気雰囲気であればよく、好ましくは99vol%以上の略純酸素雰囲気とする。加熱温度や加熱時間は原料を十分に酸化させ得る温度とすればよい。例えば、500℃、10分程度で十分である。尚、本発明において工程S2は、上記工程S1の前に行ってもよい。この場合、原料を酸化することによって原料の構造が破壊される結果、原料が高温溶融によって緻密、安定化されたようなものであっても、粉砕を容易に行うことができる。ただし、この場合は、粉砕によって新たに現れた原料表面に対して、再度の酸化処理を施すほうが好ましい。
【0026】
或いは、本発明においては、原料を切削・研磨することによって酸化処理を行ったものとみなしてもよい。すなわち、原料の切削・研磨によって研磨屑が生じる場合、当該研磨屑は自ずと酸化されたものとなる。ここで、研磨屑は既に細かく粉砕されたものとみなすことができ、それゆえ当該研磨屑を酸化された原料としてそのまま用いることが可能である。
【0027】
特に、原料としてNd−Fe−B磁石を用いる場合、原料を酸化することによって原料が安定化し、発火等の虞がなくなって、貯蔵性やハンドリング性が向上する。また、原料の酸化処理によって、塩化揮発の際、原料が急激に塩素化されることがなく、中間体を経て塩素化されることとなるため、塩化揮発挙動を適切に制御することが可能となる。さらに、希土類元素以外の金属元素には、酸化によって塩素化が容易となるものが存在し、これにより、希土類元素とそれ以外の金属元素とを一層効率的に分離することが可能となる。
【0028】
1.3.炭素源混合工程(工程S3)
工程S3は、原料に炭素源を混合する工程である。炭素源混合のタイミングは、上記工程S2の前であっても後であってもよいが、原料中に炭素源を好適に残存させる観点からは、上記工程S2の後に行うことが好ましい。炭素源としては、炭素そのものの他、炭素鎖を有する樹脂由来の炭素、或いは、炭化ケイ素等といった無機炭化物由来の炭素でもよい。例えば、原料としてNd−Fe−B磁石のスクラップを用いる場合、当該スクラップにはバインダー等の樹脂が残存した状態にある。本発明では、当該樹脂を除去せずそのまま炭素源として用いることにより、炭素源混合工程S3を行ったものとみなしてもよい。或いは、酸化された原料としてNd−Fe−B磁石の研磨屑を用いた場合、研磨屑中には炭化ケイ素が含まれる。本発明では、当該炭化ケイ素を除去せずそのまま炭素源として用いることにより、炭素源混合工程S3を行ったものとみなしてもよい。炭素源の形態は特に限定されるものではなく、適度に粉砕されたものを用いればよい。尚、原料と炭素源とは、混合手段等を用いて均一に混合するとよい。原料と炭素源との混合比については、質量比で、炭素/原料として0.5〜1.5とすることが好ましい。
【0029】
1.4.加熱処理工程(工程S4)
工程S4は、工程S1〜S3の後、得られた原料を加熱処理に供する工程である。工程S4においては、塩素雰囲気下で加熱処理を行い、当該原料から希土類元素以外の金属元素を塩化物として揮発させる。工程S4は、少なくとも塩素が流通している雰囲気下で行われ、好ましくは塩素99vol%以上、より好ましくは99.4vol%以上の塩素雰囲気下で加熱処理を行う。塩素濃度が高ければ高いほど、塩素化反応速度を大きくすることができる。工程S4の際は、系内において塩素ガス流通させ、系外へと連続的排出される形態とすることが好ましい。この場合の塩素の流通速度は適切に塩化揮発処理を行うことができるものであれば特に限定されるものではないが、原料を設置する反応器の加熱処理部体積を基準として、空間速度が100h−1以上となるような流通速度とすることが好ましい。塩素の流通速度が小さすぎる場合、系内で塩素の逆流が生じる可能性がある。尚、塩素雰囲気とするにあたり、一度不活性ガス等によって系内を清浄した後、塩素を流通させて塩素雰囲気としてもよい。
【0030】
工程S4においては、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が塩化物として揮発される程度の温度に加熱される。加熱温度は、300℃以上1000℃以下とすることが好ましく、650℃以上1000℃以下とすることがより好ましい。これにより、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とが効率的に分離される。特に原料としてNd、Pr、Fe、B、Co等を含むNd−Fe−B磁石を用いた場合、工程S4の加熱温度を300℃以上1000℃以下とすることで、Nd及びPrを固体残渣中に存在させたまま、Fe、B及びCoを塩化揮発させて分離することができる。
【0031】
工程S4においては、上記加熱温度まで昇温ののち、すぐに冷却に供してもよいが、上記300℃以上1000℃以下のいずれかの温度において、加熱保持を行うことが好ましい。加熱保持時間については、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が塩化物として十分に揮発される保持時間であれば特に限定されるものではない。これにより、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とを一層適切に分離することが可能となる。
【0032】
1.5.回収工程(工程S5)
工程S5は、工程S4にて原料から揮発させた金属塩化物を冷却し、固体として回収する工程である。工程S4は、塩化揮発された金属元素(塩化物)を冷却して凝固させ、固体として回収可能な工程であれば特に限定されるものではない。工程S4にて塩化揮発された金属元素は、それぞれ異なる凝固温度を有しており、例えば、系内塩素流通方向の出側となるほど温度が低くなるように系内の冷却温度場を制御することで、系内の流通方向に対して、一定の分布をもって各金属元素(塩化物)を沈積させることができる。すなわち、系内の所定の箇所に、所定の金属元素(塩化物)を分離して沈積させることができる。尚、工程S5は、沈積させた塩化物を固体としてそのまま回収するほか、溶媒等に溶解させて液体として回収する形態であってもよい。
【0033】
工程S1〜S4により、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が分離回収された後、系内に残った残留固体は、系外へと取り出される。当該残留固体には、例えばNdやPr等が濃縮されて含まれている。
【0034】
このように、本発明の希土類元素の分離方法によれば、酸化処理と炭素混合処理と塩化揮発処理(加熱処理)とをすべて適用することで、原料に含まれる希土類元素とそれ以外の金属元素とを適切に選択分離することができる。また、系内の温度を制御するだけで希土類元素を分離回収することができるため、工数を減らすことができ、簡易的且つ効率的に希土類元素を分離回収することができる。また、炭素還元及び塩化揮発を組み合わせて採用することにより、分離回収に要する加熱処理温度を低温化させることが可能となり、省エネルギーにて希土類元素の分離回収を行うことが可能となる。
【0035】
2.希土類元素の分離システム
図2に、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離システム100を示す。図2に示すように、本発明の希土類元素の分離システム100は、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料1を粉砕して粉体状の原料2とする、粉砕手段10と、得られた原料2に対して酸化処理を行って酸化された原料3とする、酸化処理手段20と、酸化された原料3に炭素源4を混合することにより処理原料5とする、混合手段30と、内部にて処理原料5の加熱を行う、加熱手段40と、加熱手段40内の処理原料5に塩素を供給する、塩素供給手段50とを備えている。また、必要に応じて、加熱手段40と連通するように設けられた回収手段60を備えていてもよい。また、処理原料5を加熱手段40内に導入する、導入手段(不図示)や、塩化揮発処理の後、最終的に残留した固体を排出・回収するための排出手段(不図示)等が備えられていてもよい。
【0036】
2.1.粉砕手段10
粉砕手段10は、原料1に対して上記粉砕工程S1を実行する手段である。粉砕手段10としては、ミル等の公知の粉砕手段を適宜選択して適用可能である。粉砕手段10を用いた粉砕は、手作業によりバッチ式に行うものとしてもよく、或いは、粉砕手段10の入口から原料1が機械的に連続して供給されるものとし、粉砕手段10の内部にて原料1を粉砕した後、粉砕手段10の出口から粉体状の原料2を機械的に連続して排出し、後述する酸化処理手段20に連続的に供給するものとしてもよい。
【0037】
2.2.酸化処理手段20
酸化処理手段20は、得られた原料2に対して上記酸化処理工程S2を行い、酸化された原料3を得るための手段である。酸化処理手段20としては、酸素雰囲気下で原料2を加熱処理する手段等、酸化処理を実行可能な公知の手段を適宜選択して適用可能である。或いは、本発明においては、原料を切削・研磨することにより酸化された原料3として研磨屑を得てもよい。すなわち、粉砕手段10及び酸化処理手段20を兼用するものとして、研磨手段を用いてもよい。例えば、酸化された原料3としてNd−Fe−B磁石の研磨屑を用いる場合、Nd−Fe−B磁石の製造工程において使用する研磨手段を、本発明における粉砕手段10及び酸化処理手段20とみなすことができる。酸化処理手段20における酸化処理は、手作業によりバッチ式にて行われてもよく、或いは、粉砕手段10から連続的に供給される原料2を酸化処理手段20の入口から機械的に連続して導入するものとし、酸化処理手段20の内部にて原料2の酸化処理を行った後、酸化処理手段20の出口から酸化された原料3を機械的に連続して排出し、後述する混合手段30に連続的に供給するものとしてもよい。
【0038】
2.3.混合手段30
混合手段30は、酸化された原料3に対して上記炭素源混合工程S3を行う手段である。混合手段30としては混合機等の公知の手段を用いればよい。混合手段30における混合処理は、手作業によりバッチ式に行われてもよく、或いは、酸化処理手段20から連続的に供給される酸化された原料3を混合手段30の入口から機械的に連続して導入するとともに、炭素源4を供給する手段(不図示)から連続的に供給される炭素源4を混合手段30の入口から機械的に連続して導入し、混合手段30の内部にて混合処理を行った後、混合手段30の出口から処理原料5を機械的に連続して排出し、後述する加熱処理手段40内に連続的に供給するものとしてもよい。
【0039】
2.4.加熱処理手段40
加熱処理手段40は、処理原料5に対して上記工程S4に係る加熱処理を行う手段である。加熱処理手段40としては加熱炉等の公知の手段を用いればよい。加熱処理手段40における加熱処理は、手作業によりバッチ式に行われても良く、或いは、混合手段30から連続的に供給される処理原料5を加熱処理手段40の入口から機械的に連続して導入し、加熱処理手段40の内部にて処理原料5の加熱処理を行った後、加熱処理手段40の出口から固体残渣を機械的に連続して排出し、希土類元素が濃縮された固体残渣を連続して得るものとしてもよい。
【0040】
2.5.塩素供給手段50
塩素供給手段50は、塩素源を加熱処理手段40の内部へと供給する手段である。塩素供給手段50の形態は、加熱処理手段40の内部へと適切に塩素を供給して処理原料5に含まれる元素を塩化揮発させることができるような形態であれば特に限定されるものではない。例えば、塩素源から高圧塩素ガスを噴出させ、加熱処理手段40の内部へと塩素ガスを送り込むような手段とすることができる。また、ポンプ等を用いて塩素ガスを供給してもよい。塩素供給手段50により反応系内が塩素雰囲気とされる。尚、系内の塩素ガスは、所定の速度で系内に流通させ、回収手段60へと連続的に排出される形態であることが好ましい。尚、塩素供給手段50を機能させる前に、窒素供給手段等を用いて系内を洗浄してもよい。
【0041】
2.6.回収手段60
回収手段60は、上記加熱処理手段40によって塩化揮発された希土類元素以外の金属元素(塩化物)を冷却し、固体として回収する手段である。回収手段60の内部は、上記加熱処理手段40における加熱温度よりも低い温度に制御されており、気体として塩化揮発された金属元素(塩化物)は、当該回収手段60の内部にて凝固されて固体として沈積する。すなわち、少なくとも塩化揮発された金属元素(塩化物)の回収時には、気体の流通方向は、塩素源から回収手段60に向かう方向(図2の矢印方向)となる。この場合、特に、回収手段60内部の冷却温度場が所定の分布となるように(例えば、系内の流通方向出側に向かうほど、温度が低くなるように)制御することで、塩化揮発された各金属元素(塩化物)を、元素の種類に応じて、異なる箇所に沈積させることができる。尚、回収手段60は、沈積させた塩化物を固体としてそのまま回収する形態のほか、溶媒等に溶解させて液体として回収する形態であってもよい。
【0042】
2.7.その他構成
希土類元素の分離システム100においては、上記構成の他、各手段間を繋ぐ、供給手段や排出手段等を備えていてもよい。例えば、加熱処理手段40に備えられる排出手段は、上記加熱処理手段40による加熱処理の後、塩化揮発されることなく残留した固体成分を取り出す手段である。排出手段の形態は特に限定されるものではなく、例えば加熱処理手段40の側部に設けられた排出口とすることができる。残留固体の取り出しは、作業者の手作業であってもよいし、機械的に連続して排出されるような形態であってもよい。
【0043】
以上のように、本発明の希土類元素の分離システム100は、上記本発明の希土類元素の分離方法S10を適切に実行することができる。すなわち、本発明によれば、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料について、希土類元素を固体残渣に濃縮分離することができる。また、系内の温度を制御するだけで希土類元素とその他金属元素とを分離することができるため、工数を減らすことができ、簡易的且つ効率的に希土類元素を分離回収することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により、本発明に係る希土類元素の分離方法につき、さらに詳細に説明する。
【0045】
(試料の準備)
実施例においては、Nd−Fe−B磁石を粉砕手段により200メッシュ以下に粉砕したもの(試料A)と、この試料を大気雰囲気中、500℃にて10分間酸化処理した後、再度200メッシュ以下に粉砕したもの(試料B)とを用いた。試料A、Bの平均粒子径はそれぞれ50.4μm、47.5μmであった。尚、本願における平均粒子径とは、レーザー回折・散乱式粒度分析計(マイクロトラック、日機装株式会社製)で測定した値である。表1に、各試料の組成を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
Nd−Fe−B磁石は、大気雰囲気下において、
Nd2Fe14B + O2 → Fe + Nd2O3 + Fe2B (<230℃)
Fe + O2 → Fe2O3 (<500℃)
Fe2O3 + Nd2O3 → FeNdO3 (>500℃)
に分解すること、またBはNd2O3の裂け目に存在することが報告されている。そのため、試料をXRD分析に供した場合、主要なピークとしてFe2O3が現れるが、その他にNd2O3が存在していると考えられる。
【0048】
実施例においては、試料に混合する炭素源として、フェノールフタレイン由来の炭素粒子(C:88.3wt%、H:3.6wt%、O:8.0wt%、平均粒子径:60.9μm)と炭化ケイ素(片山化学工業株式会社製、カーボランダム、400メッシュ、平均粒子径:38.5μm)を用いた。ここで炭素粒子は、フェノールフタレイン(ナカライテスクG.R.)を固定床反応器にて窒素気流中、昇温速度30℃/min、最高到達温度500℃、保持時間10分の条件にて加熱処理し、200メッシュにて粉砕、篩分けを行うことにより調整したものである。炭素粒子と試料とは、質量比1:1の割合で混合した。一方、炭化ケイ素を用いる場合は、炭素含有量が試料に対して、質量比1:1となるように混合した。
【0049】
(実験装置及び実験方法)
塩化揮発実験においては、図3に示すような実験装置を使用した。すなわち、試料の加熱には、横型管状炉104(EKR−16K、いすゞ製作所社製、長さ69cm)と、反応器として透明石英管103(内径36mm、外径40mm、管長123.5mm)を用いた。反応器温度の測定ならびに制御は、熱電対105を炉外部より垂直に差し込み、反応管103の外部に接触させることにより行った。実験は、まず、試料をアルミナボード106上に1g量り取り、これを反応管103の中央部へと挿入した後に、窒素ガスボンベ101にて系内を窒素雰囲気として洗浄し、塩素ガスボンベ102に切り替えて系内を十分に塩素雰囲気とした後で、昇温速度30℃/min、最高到達温度100−1000℃の条件で試料を加熱した。このときの塩素ガス流量は200ml/minとした。尚、塩素ガス流量を100ml/min程度とした場合、系内における塩素の逆流が生じた。
試料は、最高到達温度に達した後に、保持することなく冷却した。塩素ガスならびに揮発生成物は、反応管103の出口に設置した蒸留水或いは水酸化ナトリウム水溶液を含むトラップ107、108を経て、系外へと排出した。炉を室温まで冷却した後に、試料を取り出し、各種分析を行った。
【0050】
(分析方法)
テフロン(テフロンはデュポン社の登録商標)からなる容器内で、加熱前後の試料の溶解を行った。硝酸10mlと塩酸20mlとからなる混酸を、試料とともにテフロン(登録商標)容器内に入れ、密閉した後に140℃にて3時間加熱処理を行った。その後、分解容器を室温まで冷却させた後、濾過することで溶解液を回収した。尚、炭素源を添加した試料の溶解にあたっては、上記溶解の後に生じた残渣を、JIS M 8812鉄鉱石中の全鉄定量法に基づいて溶解させた。溶解液中の各元素濃度を、ICP(セイコーインスツル社製、SPS−3000)によって測定した。また、加熱前後の試料は粉末X線回折装置(リガク社製、Ultima IV)によって物質同定を行った。さらに、塩素化における各元素の形態変化を明らかにするために、加熱前後の試料約0.2gに対して、蒸留水200mlをテフロン(登録商標)容器内に入れ、室温にて4時間攪拌し、塩化物の溶解操作を行った。その後、濾過することで残渣を回収し、上記方法と同様の手順にて溶解及び定量分析を行った。
【0051】
<実験結果>
(熱力学平衡計算)
塩化揮発実験を行うにあたり、熱力学平衡計算ソフト HSC(Outkump research oy., HSC chemistry for windows ver. 5.0)を用いて、各試料の組成に基づく熱力学平衡計算を行った。図4(A)に、塩素雰囲気下での試料Aの計算結果を示す。図から分かるように、Fe及びBは、低温から塩化物を形成し、Fe2Cl6やFeCl3、FeCl2、BCl3の形態で揮発する。Co、Pr及びNdも低温から各塩化物を形成するが、揮発開始温度は600℃以上であった。尚、試料Bに炭素或いはSiCを添加した系での計算結果は、試料Aと同様の結果であった。図4(B)に、塩素雰囲気下での試料Bの計算結果を示す。Feは、低温から塩化物とオキシクロライドを形成し、Fe2Cl6、FeCl3やFeCl2の形で揮発する。その他の元素は、図4(A)と同様の揮発挙動であることが分かった。
【0052】
(塩化揮発におけるNd−Fe−B磁石の構成元素の動的挙動)
図5に、Nd−Fe−B磁石そのもの(試料A)について、塩化揮発における重量の変化と磁石を構成する元素5種についての揮発挙動を示す。図からわかるように、試料の重量は400℃において増加している。これは固相中に塩化物が生成したことに由来するものと考えられる。その後、試料の重量は、温度の増加に伴って減少し、1000℃において50%にまで減少した。各温度で加熱処理した後の試料について水処理を行い、水可溶分と水不溶分との2種に分類した。磁石の組成は、Nd−Fe−Bの合金であるため、水可溶分としては塩化物が考えられる。塩素化後の残渣についてXRD測定を行った結果、FeCl3やNdCl3の水和物に帰属するピークが確認された。尚、加熱前の試料中には、これら水可溶分の存在は確認されなかった。磁石構成元素の揮発挙動は、重量の大幅な変化が生じている200℃程度からCo、B及びFeが揮発しており、1000℃において、それぞれ70%、90%及び95%が揮発した。一方Nd及びPrは、800℃以上にて揮発し、1000℃において、それぞれ25%及び23%の揮発率であった。希土類元素の塩化揮発挙動は、希土類イオンの大きさに依存することが報告されている(Murase et al. 1993)。上記結果は、NdとPrのイオンの大きさが近いこと、また、PrとNdの塩化物の融点は、NdCl3が823℃、PrCl3が784℃であることから、NdとPrの揮発挙動が類似するものとなったと考えられる。
【0053】
図6に、Nd−Fe−B磁石の塩素化における構成元素の形態変化を示す。すべての構成元素において、200℃以下の低温域から固体中に水可溶分である塩化物が急激に生成していることがわかる。Fe、Co及びBについては、塩化物の生成は600℃付近で頭打ちになっており、その後気相中への揮発のみが起こっている。PrとNdについては、400℃までに塩化物の生成反応が終了しているが、気相中への塩化物の揮発反応は900℃付近まで温度が上がらないと生じていない。これらの結果から、Nd−Fe−B磁石を塩素ガス中で加熱処理するのみでは、FeとBとを揮発させることは可能であるが、CoがNd及びPrとともに固体残渣中に残存し、希土類元素とそれ以外の金属元素とを分離することができないことが明らかになった。
【0054】
(酸化Nd−Fe−B磁石の塩化揮発挙動)
図7に、酸化処理を施したNd−Fe−B磁石粉砕試料(試料B)の塩素化における重量変化と各元素の揮発挙動とを示す。重量は200−300℃の温度域にて増加し、その後は温度の増加に伴い減少した。水可溶分も同様に300℃において最大となった後に減少し、1000℃において2%となった。FeとCoとは、100℃以上から揮発し始め、1000℃においてすべてが揮発した。一方、Bの揮発は1000℃までに確認されなかった。PrとNdについては、900−1000℃において15%揮発した。この酸化試料中のCo、B、Pr及びNdの揮発挙動は、未酸化試料(試料A)の挙動と大きく異なった。Feに関しては、試料Aと比較した場合、500℃以下の低温域での揮発速度の減少が確認された。これは、熱力学平衡計算結果から、オキシクロライドの形成を介することに由来するものと考えられる。
【0055】
図8に、塩素化における酸化Nd−Fe−B磁石の構成元素の形態変化を示す。すべての元素について、未酸化磁石では、100℃以下の低温域から水に可溶な塩化物を形成していたのに対して、酸化磁石では、100℃以下での水に可溶な割合がFeとCoにおいて少なく、Pr、Nd及びBに関しては500℃まで水に可溶な形態は存在していない。未酸化試料を塩素雰囲気下で加熱処理した場合、400℃付近から溶融がみられたが、酸化試料では、1000℃で溶融した。これは、磁石に酸化処理を施すことで、Nd−Fe−B磁石の構造自体が崩壊するとともに、Nd、Pr及びBは、酸化物を形成することで、塩素化されにくい形態となる一方、FeやCoについては塩素化されやすい状態となったものと考えられる。これらの結果から、酸化処理を行ったNd−Fe−B磁石を塩素化したのみでは、1000℃までにFeとCoとを選択的に揮発させることが可能であるものの、BがNdやPrとともに固体残渣中に濃縮してしまうこととなり、希土類元素とそれ以外の金属元素とを分離することができるものの、希土類元素と非金属元素であるBとを分離することはできないことが明らかになった。
【0056】
(酸化Nd−Fe−B磁石の塩化揮発に及ぼす炭素源添加の影響)
図9に、試料Bに炭素粒子又はSiCを混合し、塩素化を行った場合の重量の変化ならびに各元素の揮発挙動を示す。ここでの重量変化は、炭素粒子及びSiCを添加した試料の全重量に対する変化を示している。図9(A)に示すように、炭素を還元剤として添加した場合、重量は100℃から300℃にかけて増加し、その後は、温度の増加に伴い減少した。固相中の水可溶分の割合も同様の挙動を示した。各元素の揮発挙動を見ると、300℃付近からB、Fe、及びCoが揮発し始め、それぞれ500℃、800℃及び900℃において100%の揮発率に達した。PrとNdとは、酸化試料と未酸化試料の塩素化と同様に800℃付近から揮発が生じ、1000℃において20%程度の揮発に留まった。一方、図9(B)に示すように、SiCを還元剤として添加した場合、重量の変化は炭素添加の場合と大きく異なり、300℃で増加が確認されたが、その後は900℃までほぼ一定であり900―1000℃において急激な減少が確認された。SiCを塩素ガス中にて加熱処理した場合、熱力学計算から、650℃において、1/2SiC+Cl2=1/2SiCl4+1/2Cの反応が生じることが報告されている(Takeuchi et al. 2004)。また、800℃以上からSiC+4Cl2→2Cl2+SiCl4+Cの反応が開始され、900℃以上にてCが共存する試料表面を覆うことが報告されている(Okutani et al. 1985等)。そのため、900−1000℃の温度域での重量の大幅な減少は、SiCの塩素化によるSiの揮発と、SiCから生成した炭素による還元及び塩素ガスによる揮発反応と、が同時に生じることに起因しているものと考えられる。FeとCoとは、200℃以上の低温域から揮発し始め、それぞれ700℃と1000℃においてすべて揮発した。Bは、700℃から1000℃にかけて急激に揮発が進行した。Bの揮発開始温度は、炭素添加の場合と比較して400℃高い温度であった。NdとPrとは、炭素添加試料と同様の揮発挙動であった。炭素添加時とSiC添加時のBの揮発挙動の相違は、上述したように、SiCが塩素化を受けて炭素を形成する温度が650℃以上であるために、それよりも低温域においては、SiC添加時よりも炭素添加時において揮発速度が大きくなったためと考えられる。尚、NdやPrの塩化物は、揮発開始温度が800℃以上であり、SiCからの炭素生成温度よりも十分に高温であることから、炭素添加時と揮発挙動に差が出なかったと考えられる。
【0057】
図10に、炭素を添加して塩素化した場合の試料B中の構成元素の形態変化を示す。FeとCo及びBでは、100℃付近から水に可溶な形態(塩化物やオキシクロライド)が急激に生成し始めている。NdとPrについても、100℃付近から水に可溶な成分が生成していることが明らかになった。また、900−1000℃において、固相中に残存するNdとPrは、その大部分が水に可溶な形態となることから、900℃程度で塩化揮発処理を行うことにより、希土類元素以外の元素を選択的に揮発させた後に、固体残渣に対して水処理を行うことで、NdとPrのみを選択的に回収可能といえる。
【0058】
図11に、SiCを炭素源として用いた場合の結果を示す。各元素の形態変化は、炭素添加時と大きく異なった。Fe、Co及びBについて水可溶分の生成量は、炭素添加時と比較して、各温度において少ないことが分かる。また、水可溶分の生成開始温度が、炭素添加試料では100℃以上の低温域であるのに対し、SiC添加試料では、揮発開始温度とほぼ同時に水可溶分の生成が生じている。NdとPrに関しても、600℃以上から急激に水可溶分の生成が生じていることから、SiCよりも炭素の方が、反応性が高く、より低温域から酸化物の還元に寄与することが明らかとなった。一方で、SiCを用いた場合でも、1000℃まで塩化揮発処理を行った固体残渣に対して、水処理を行うことで、PrとNdを濃縮させて回収可能であることが分かった。
【0059】
尚、酸化をしていない試料Aに対して炭素源を添加したとしても、未添加の場合と比べて揮発挙動が大きく異なることはないものと考えられる。すなわち、本実施例において、炭素源は、酸化された試料に対する還元剤として作用させているため、酸化をしていない試料Aに対しては特に効果を奏することはないと考えられる。
【0060】
以上の結果から、Nd−Fe−B磁石からNd及びPr(希土類元素)と、Fe及びCo(希土類元素以外の金属元素)並びにB(非金属元素)とを分離する際は、
(1)Nd−Fe−B磁石を酸化処理すること
(2)Nd−Fe−B磁石に炭素源を混合すること
(3)塩素雰囲気下で加熱処理を行うこと
のすべての条件が揃った場合に、適切となることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料から、希土類元素を効率的に分離回収可能な方法及びシステムが提供される。すなわち、希土類磁石のスクラップや研磨屑等、従来、含有元素につき分離回収システムが適切に構築できていなかった原料に対しても、効率的に希土類元素を分離回収することができ、希少価値の高い原料のリサイクル及び確保に繋がる。
【符号の説明】
【0062】
1 原料
2 粉体状とされた原料
3 酸化された原料
4 炭素源
5 処理原料
10 粉砕手段
20 酸化処理手段
30 混合手段
40 加熱処理手段
50 塩素供給手段
60 回収手段
100 希土類元素の分離システム
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類元素とそれ以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を分離回収する方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年需要が増加しているハイブリッド自動車や電気自動車には高出力モータが搭載されており、当該高出力モータに備えられる磁石には、優れた磁気特性や高強度を有することから、ネオジム等の希土類元素を含む希土類磁石が用いられている。また、希土類磁石を用いたモータは、小型でありながら高出力が得られるため、軽量化が要求される家電製品等にも広く用いられている。さらに、希土類元素は、その特性から、磁石以外の種々の製品においても使用されており、今後、ますますの需要の増加が見込まれる。一方、希土類元素はその産出量が少なく、今後の需要の増加に伴う供給不足が懸念される。そのため、製品のリサイクル時に希土類元素を効率的に回収し再利用すること、或いは、製品製造時において希土類元素を無駄なく使用することが重要となる。例えば、希土類磁石の製造工程においては、切削・研磨や破損により20〜30質量%程度が研磨屑となる。当該研磨屑から希土類元素を効率的に分離回収し再利用することができれば、希土類元素を無駄なく使用することが可能となると考えられる。また、使用済みの希土類磁石のスクラップから希土類元素を効率的に分離回収することも重要と考えられる。
【0003】
一方、原料から所定の元素を分離回収する技術の一つに、化学的揮発法を用いた乾式の分離回収方法がある。乾式法は廃棄液処理量が少なく、設備規模を小さくすることができ、また、処理時間を短縮することができるといった種々の利点を有している。特に塩化揮発法は、高沸点化合物であっても、塩化物とすることによって低温で揮発させることを可能とするものであり、省エネルギーにて金属元素を分離回収可能と考えられる(特許文献1〜3や非特許文献1)。このような塩化揮発法を希土類元素の分離回収に適用することができれば、従来製品や製造工程において生じる屑等から希土類元素を効率的に分離回収することができ、今後予想される希土類元素の供給不足に対応することが可能となると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−132960号公報
【特許文献2】特開2008−222499号公報
【特許文献3】特開2000−144275号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】野中利瀬弘、「金属資源の塩素化ならびに炭素還元に関する反応工学的研究」、2004年度 秋田大学 博士論文
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、特許文献1や特許文献2に記載された塩化揮発法を用いた分離精製方法は、In、Ti、Fe、Cr、Si、Al及びC、或いは、Ta、Nb、Cr、Co、Ni、Ti及びWについて分離精製できるものとされている。しかしながら、希土類元素とその他金属元素との分離については検討されていない。一方、特許文献3において、塩化揮発法を適用することで、希土類元素と鉄とを含有する原料から、鉄のみを分離し、固体残渣中に希土類元素を濃縮できることが開示されており、塩化揮発法は希土類元素とその他元素の分離回収にも好適であると考えられた。しかしながら、本発明者らが実験を行ったところ、原料中、希土類元素や鉄以外に、その他非鉄金属やホウ素等の非金属が含まれている場合、従来の塩化揮発法を用いて希土類元素の分離回収を行おうとしても、残渣中に希土類元素とともに非鉄金属や非金属が残存してしまい、希土類元素のみを残渣中に濃縮・分離することが困難であることが判明した。
【0007】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、希土類元素と、当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を適切に分離回収可能な方法及びシステムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採る。すなわち、
本発明の第1の態様は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、炭素源を混合する、炭素源混合工程と、酸化処理工程及び炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程とを行う、希土類元素の分離方法である。
【0009】
本発明において、「希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料」とは、原料が、希土類元素とそれ以外の金属元素のみからなるものに限定されず、希土類元素とそれ以外の金属元素とに加えて、さらにホウ素や炭素等の非金属元素を含んでいてもよいことを意味する。また、希土類元素以外の金属元素として、複数の金属元素が含まれていてもよい。「炭素源」とは、炭素そのものの他、炭素を含む化合物であってもよい。例えば、炭素鎖を有する樹脂由来の炭素、或いは、無機炭化物であってもよい。「炭素源を混合する」とは、加熱処理前に原料中に意図的に炭素源を混合する形態の他、原料自体に炭素源が予め含まれている場合、当該予め含まれた炭素源をそのまま用いることで「炭素源を混合した」ものとみなすこともできる。
【0010】
本発明の第1の態様において、原料を粉砕する粉砕工程を備え、当該粉砕工程の後に酸化処理工程を行ってもよい。原料を粉砕することにより、原料内部まで炭素還元や塩素化が可能となり、加熱処理の際、希土類元素とその他元素との分離効率を向上させることができる。
【0011】
本発明の第1の態様において、酸化処理工程が、原料を研磨することで、酸化された原料として研磨屑を得る工程であってもよい。原料の切削・研磨により研磨屑は自ずと酸化されたものとなるため、当該研磨屑をそのまま塩化揮発に供することが可能である。すなわち、例えば、原料の製造工程において生じる研磨屑をそのまま「酸化された原料」として用いることで、当該研磨屑から希土類元素を分離回収することも可能である。
【0012】
本発明の第1の態様において、加熱処理工程が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において当該温度を保持する、温度保持工程を備えることが好ましい。300℃〜1000℃の間において、希土類元素を原料の固体残渣中に残しつつ、当該希土類元素以外の金属元素を選択的に塩化揮発させることが可能である。したがって、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度で温度の保持を行うことで、希土類元素のみを固体残渣中により容易に濃縮することが可能となる。
【0013】
本発明の第1の態様において、原料としてNd−Fe−B磁石を用いるとよい。Nd−Fe−B磁石には、Nd、Prといった希土類元素の他、Fe、B、Coといったその他金属元素や非金属元素が複数含まれている。本発明では、このような複数の元素を含む原料を用いた場合でも、希土類元素のみを適切に分離回収することが可能である。
【0014】
本発明の第2の態様は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、酸化処理を行う、酸化処理手段と、炭素源を混合する、炭素源混合手段と、加熱処理する、加熱処理手段とを備え、さらに、加熱処理手段に塩素を供給する、塩素供給手段を備える、希土類元素の分離システムである。
【0015】
本発明の第2の態様において、原料を粉砕する粉砕手段をさらに備え、原料の粉砕の後に酸化処理を行ってもよい。粉砕手段により原料を粉砕することにより、原料内部まで炭素還元や塩素化が可能となり、希土類元素の分離効率を向上させることができる。
【0016】
本発明の第2の態様において、酸化処理手段が、原料を研磨する研磨手段であってもよい。研磨手段により原料を研磨することにより、研磨屑が発生する。ここで、研磨により得られた研磨屑は自ずと酸化されたものとなるため、当該研磨屑をそのまま塩化揮発に供することが可能である。
【0017】
本発明の第2の態様において、加熱手段が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において当該温度を保持するものとされるとよい。300℃〜1000℃の間において、希土類元素を原料の固体残渣中に残しつつ、当該希土類元素以外の金属元素を選択的に塩化揮発させることが可能である。したがって、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度で温度の保持を行うことで、希土類元素のみを固体残渣中により容易に濃縮することが可能となる。
【0018】
本発明の第2の態様において、原料としてNd−Fe−B磁石を用いることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、原料を前処理にて酸化させ、その後、炭素還元を利用しつつ塩素雰囲気下での加熱処理を行うことで、原料を適切に塩化揮発に供することができ、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から、希土類元素を分離回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】希土類元素の分離方法を説明するためのフローチャートである。
【図2】希土類元素の分離システムの一形態を説明するための図である。
【図3】実施例にて用いた実験装置の構成を概略的に示す図である。
【図4】塩素雰囲気下におけるNd−Fe−B磁石(試料A)と当該磁石を酸化したもの(試料B)とについて、熱力学平衡計算結果を示す図である。
【図5】試料Aについて、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図6】試料Aについて、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図7】試料Bについて、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図8】試料Bについて、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図9】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における重量変化と磁石構成元素の揮発率の変化を示す図である。
【図10】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【図11】試料Bに炭素源を添加した場合について、塩素雰囲気下における磁石構成元素の形態変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明に係る希土類元素の分離方法及び分離システムは、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料から希土類元素を分離回収するプロセスに適用できる。原料としては、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とを含む原料であれば特に限定されるものではないが、本発明の効果が十分に奏される観点からは、希土類元素と当該希土類元素以外の複数の金属元素とを含む原料を用いることが好ましい。また、本発明では、それら元素に加えてさらに非金属元素を含む原料を用いてもよい。具体的な原料としては、例えば、希土類元素としてNd及びPrを、それ以外の金属元素としてFe及びCoを、非金属元素としてBを含む、ネオジム磁石(Nd−Fe−B磁石)を用いることができる。原料は塊状、板状等種々の形態が想定され得るが、十分に反応を進行させる観点から、塩化揮発に供する前に原料を粉砕し、粉体状として用いることが好ましい。さらに、本発明においては、原料のハンドリング性を向上させる観点から、原料を酸化処理する。原料の酸化処理により、塩化揮発の際、中間体の形成によって金属元素の揮発挙動を適切に制御することも可能となる。また、本発明では、より低温にて反応(還元反応)を進行させ、且つ、希土類元素のみを固体残渣中に適切に残存させる観点から、原料中に炭素源を含ませる。原料に炭素源を含ませる場合、例えば原料中に酸化物として存在する金属元素(化合物)は、塩化揮発反応時、炭素熱還元されるとともに、塩素と反応して塩化物となって揮発される。
【0022】
本発明では、このような原料、条件にて、塩化揮発法により希土類元素を分離回収する。以下、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離方法及び分離システムについて説明する。
【0023】
1.希土類元素の分離方法
図1に、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離方法S10の各工程を示す。図1に示すように、本実施形態に係る希土類元素の分離方法S10は、原料を粉砕する粉砕工程(工程S1)、原料を酸化処理することで酸化された原料を得る酸化処理工程(工程S2)、原料に炭素源を混合する、炭素源混合工程(工程S3)、及び、酸化処理及び炭素源混合の後、塩素雰囲気下で原料を加熱処理する加熱処理工程(工程S4)を備えている。また、工程S4において揮発された塩化物は、回収工程(工程S5)によって、冷却の後、固体として回収されることが好ましい。
【0024】
1.1.粉砕工程(工程S1)
工程S1は、希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを含む原料を粉砕する工程である。例えば、原料としてNd−Fe−B磁石を用いた場合、各元素が高温溶融によって緻密、安定化されている。そのため、塊状や板状の原料をそのまま塩化揮発に供したとしても、ある程度の塩化揮発処理が可能ではあるが、原料の内部にまで塩素を供給することは容易でなく、それゆえ原料の内部に存在する希土類元素と当該希土類元素以外の金属元素とを分離することは容易でないと考えられる。原料の粉砕については、公知の粉砕手法(ミル等を用いた粉砕)を適用すればよい。粉砕後の原料の大きさについても、特に限定されるものではなく、可能な限り細かくすることが好ましい。
【0025】
1.2.酸化処理工程(工程S2)
工程S2は、粉砕した原料を酸化処理し、酸化された原料を得る工程である。原料の酸化処理については、酸素雰囲気で加熱処理を行う等、公知の手法を用いればよい。酸素雰囲気で加熱処理を行う場合は、当該酸素雰囲気としては、原料の酸化処理が可能な程度の酸素雰囲気であればよい。例えば、空気雰囲気であればよく、好ましくは99vol%以上の略純酸素雰囲気とする。加熱温度や加熱時間は原料を十分に酸化させ得る温度とすればよい。例えば、500℃、10分程度で十分である。尚、本発明において工程S2は、上記工程S1の前に行ってもよい。この場合、原料を酸化することによって原料の構造が破壊される結果、原料が高温溶融によって緻密、安定化されたようなものであっても、粉砕を容易に行うことができる。ただし、この場合は、粉砕によって新たに現れた原料表面に対して、再度の酸化処理を施すほうが好ましい。
【0026】
或いは、本発明においては、原料を切削・研磨することによって酸化処理を行ったものとみなしてもよい。すなわち、原料の切削・研磨によって研磨屑が生じる場合、当該研磨屑は自ずと酸化されたものとなる。ここで、研磨屑は既に細かく粉砕されたものとみなすことができ、それゆえ当該研磨屑を酸化された原料としてそのまま用いることが可能である。
【0027】
特に、原料としてNd−Fe−B磁石を用いる場合、原料を酸化することによって原料が安定化し、発火等の虞がなくなって、貯蔵性やハンドリング性が向上する。また、原料の酸化処理によって、塩化揮発の際、原料が急激に塩素化されることがなく、中間体を経て塩素化されることとなるため、塩化揮発挙動を適切に制御することが可能となる。さらに、希土類元素以外の金属元素には、酸化によって塩素化が容易となるものが存在し、これにより、希土類元素とそれ以外の金属元素とを一層効率的に分離することが可能となる。
【0028】
1.3.炭素源混合工程(工程S3)
工程S3は、原料に炭素源を混合する工程である。炭素源混合のタイミングは、上記工程S2の前であっても後であってもよいが、原料中に炭素源を好適に残存させる観点からは、上記工程S2の後に行うことが好ましい。炭素源としては、炭素そのものの他、炭素鎖を有する樹脂由来の炭素、或いは、炭化ケイ素等といった無機炭化物由来の炭素でもよい。例えば、原料としてNd−Fe−B磁石のスクラップを用いる場合、当該スクラップにはバインダー等の樹脂が残存した状態にある。本発明では、当該樹脂を除去せずそのまま炭素源として用いることにより、炭素源混合工程S3を行ったものとみなしてもよい。或いは、酸化された原料としてNd−Fe−B磁石の研磨屑を用いた場合、研磨屑中には炭化ケイ素が含まれる。本発明では、当該炭化ケイ素を除去せずそのまま炭素源として用いることにより、炭素源混合工程S3を行ったものとみなしてもよい。炭素源の形態は特に限定されるものではなく、適度に粉砕されたものを用いればよい。尚、原料と炭素源とは、混合手段等を用いて均一に混合するとよい。原料と炭素源との混合比については、質量比で、炭素/原料として0.5〜1.5とすることが好ましい。
【0029】
1.4.加熱処理工程(工程S4)
工程S4は、工程S1〜S3の後、得られた原料を加熱処理に供する工程である。工程S4においては、塩素雰囲気下で加熱処理を行い、当該原料から希土類元素以外の金属元素を塩化物として揮発させる。工程S4は、少なくとも塩素が流通している雰囲気下で行われ、好ましくは塩素99vol%以上、より好ましくは99.4vol%以上の塩素雰囲気下で加熱処理を行う。塩素濃度が高ければ高いほど、塩素化反応速度を大きくすることができる。工程S4の際は、系内において塩素ガス流通させ、系外へと連続的排出される形態とすることが好ましい。この場合の塩素の流通速度は適切に塩化揮発処理を行うことができるものであれば特に限定されるものではないが、原料を設置する反応器の加熱処理部体積を基準として、空間速度が100h−1以上となるような流通速度とすることが好ましい。塩素の流通速度が小さすぎる場合、系内で塩素の逆流が生じる可能性がある。尚、塩素雰囲気とするにあたり、一度不活性ガス等によって系内を清浄した後、塩素を流通させて塩素雰囲気としてもよい。
【0030】
工程S4においては、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が塩化物として揮発される程度の温度に加熱される。加熱温度は、300℃以上1000℃以下とすることが好ましく、650℃以上1000℃以下とすることがより好ましい。これにより、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とが効率的に分離される。特に原料としてNd、Pr、Fe、B、Co等を含むNd−Fe−B磁石を用いた場合、工程S4の加熱温度を300℃以上1000℃以下とすることで、Nd及びPrを固体残渣中に存在させたまま、Fe、B及びCoを塩化揮発させて分離することができる。
【0031】
工程S4においては、上記加熱温度まで昇温ののち、すぐに冷却に供してもよいが、上記300℃以上1000℃以下のいずれかの温度において、加熱保持を行うことが好ましい。加熱保持時間については、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が塩化物として十分に揮発される保持時間であれば特に限定されるものではない。これにより、希土類元素と希土類元素以外の金属元素とを一層適切に分離することが可能となる。
【0032】
1.5.回収工程(工程S5)
工程S5は、工程S4にて原料から揮発させた金属塩化物を冷却し、固体として回収する工程である。工程S4は、塩化揮発された金属元素(塩化物)を冷却して凝固させ、固体として回収可能な工程であれば特に限定されるものではない。工程S4にて塩化揮発された金属元素は、それぞれ異なる凝固温度を有しており、例えば、系内塩素流通方向の出側となるほど温度が低くなるように系内の冷却温度場を制御することで、系内の流通方向に対して、一定の分布をもって各金属元素(塩化物)を沈積させることができる。すなわち、系内の所定の箇所に、所定の金属元素(塩化物)を分離して沈積させることができる。尚、工程S5は、沈積させた塩化物を固体としてそのまま回収するほか、溶媒等に溶解させて液体として回収する形態であってもよい。
【0033】
工程S1〜S4により、原料に含まれる希土類元素以外の金属元素が分離回収された後、系内に残った残留固体は、系外へと取り出される。当該残留固体には、例えばNdやPr等が濃縮されて含まれている。
【0034】
このように、本発明の希土類元素の分離方法によれば、酸化処理と炭素混合処理と塩化揮発処理(加熱処理)とをすべて適用することで、原料に含まれる希土類元素とそれ以外の金属元素とを適切に選択分離することができる。また、系内の温度を制御するだけで希土類元素を分離回収することができるため、工数を減らすことができ、簡易的且つ効率的に希土類元素を分離回収することができる。また、炭素還元及び塩化揮発を組み合わせて採用することにより、分離回収に要する加熱処理温度を低温化させることが可能となり、省エネルギーにて希土類元素の分離回収を行うことが可能となる。
【0035】
2.希土類元素の分離システム
図2に、実施形態に係る本発明の希土類元素の分離システム100を示す。図2に示すように、本発明の希土類元素の分離システム100は、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料1を粉砕して粉体状の原料2とする、粉砕手段10と、得られた原料2に対して酸化処理を行って酸化された原料3とする、酸化処理手段20と、酸化された原料3に炭素源4を混合することにより処理原料5とする、混合手段30と、内部にて処理原料5の加熱を行う、加熱手段40と、加熱手段40内の処理原料5に塩素を供給する、塩素供給手段50とを備えている。また、必要に応じて、加熱手段40と連通するように設けられた回収手段60を備えていてもよい。また、処理原料5を加熱手段40内に導入する、導入手段(不図示)や、塩化揮発処理の後、最終的に残留した固体を排出・回収するための排出手段(不図示)等が備えられていてもよい。
【0036】
2.1.粉砕手段10
粉砕手段10は、原料1に対して上記粉砕工程S1を実行する手段である。粉砕手段10としては、ミル等の公知の粉砕手段を適宜選択して適用可能である。粉砕手段10を用いた粉砕は、手作業によりバッチ式に行うものとしてもよく、或いは、粉砕手段10の入口から原料1が機械的に連続して供給されるものとし、粉砕手段10の内部にて原料1を粉砕した後、粉砕手段10の出口から粉体状の原料2を機械的に連続して排出し、後述する酸化処理手段20に連続的に供給するものとしてもよい。
【0037】
2.2.酸化処理手段20
酸化処理手段20は、得られた原料2に対して上記酸化処理工程S2を行い、酸化された原料3を得るための手段である。酸化処理手段20としては、酸素雰囲気下で原料2を加熱処理する手段等、酸化処理を実行可能な公知の手段を適宜選択して適用可能である。或いは、本発明においては、原料を切削・研磨することにより酸化された原料3として研磨屑を得てもよい。すなわち、粉砕手段10及び酸化処理手段20を兼用するものとして、研磨手段を用いてもよい。例えば、酸化された原料3としてNd−Fe−B磁石の研磨屑を用いる場合、Nd−Fe−B磁石の製造工程において使用する研磨手段を、本発明における粉砕手段10及び酸化処理手段20とみなすことができる。酸化処理手段20における酸化処理は、手作業によりバッチ式にて行われてもよく、或いは、粉砕手段10から連続的に供給される原料2を酸化処理手段20の入口から機械的に連続して導入するものとし、酸化処理手段20の内部にて原料2の酸化処理を行った後、酸化処理手段20の出口から酸化された原料3を機械的に連続して排出し、後述する混合手段30に連続的に供給するものとしてもよい。
【0038】
2.3.混合手段30
混合手段30は、酸化された原料3に対して上記炭素源混合工程S3を行う手段である。混合手段30としては混合機等の公知の手段を用いればよい。混合手段30における混合処理は、手作業によりバッチ式に行われてもよく、或いは、酸化処理手段20から連続的に供給される酸化された原料3を混合手段30の入口から機械的に連続して導入するとともに、炭素源4を供給する手段(不図示)から連続的に供給される炭素源4を混合手段30の入口から機械的に連続して導入し、混合手段30の内部にて混合処理を行った後、混合手段30の出口から処理原料5を機械的に連続して排出し、後述する加熱処理手段40内に連続的に供給するものとしてもよい。
【0039】
2.4.加熱処理手段40
加熱処理手段40は、処理原料5に対して上記工程S4に係る加熱処理を行う手段である。加熱処理手段40としては加熱炉等の公知の手段を用いればよい。加熱処理手段40における加熱処理は、手作業によりバッチ式に行われても良く、或いは、混合手段30から連続的に供給される処理原料5を加熱処理手段40の入口から機械的に連続して導入し、加熱処理手段40の内部にて処理原料5の加熱処理を行った後、加熱処理手段40の出口から固体残渣を機械的に連続して排出し、希土類元素が濃縮された固体残渣を連続して得るものとしてもよい。
【0040】
2.5.塩素供給手段50
塩素供給手段50は、塩素源を加熱処理手段40の内部へと供給する手段である。塩素供給手段50の形態は、加熱処理手段40の内部へと適切に塩素を供給して処理原料5に含まれる元素を塩化揮発させることができるような形態であれば特に限定されるものではない。例えば、塩素源から高圧塩素ガスを噴出させ、加熱処理手段40の内部へと塩素ガスを送り込むような手段とすることができる。また、ポンプ等を用いて塩素ガスを供給してもよい。塩素供給手段50により反応系内が塩素雰囲気とされる。尚、系内の塩素ガスは、所定の速度で系内に流通させ、回収手段60へと連続的に排出される形態であることが好ましい。尚、塩素供給手段50を機能させる前に、窒素供給手段等を用いて系内を洗浄してもよい。
【0041】
2.6.回収手段60
回収手段60は、上記加熱処理手段40によって塩化揮発された希土類元素以外の金属元素(塩化物)を冷却し、固体として回収する手段である。回収手段60の内部は、上記加熱処理手段40における加熱温度よりも低い温度に制御されており、気体として塩化揮発された金属元素(塩化物)は、当該回収手段60の内部にて凝固されて固体として沈積する。すなわち、少なくとも塩化揮発された金属元素(塩化物)の回収時には、気体の流通方向は、塩素源から回収手段60に向かう方向(図2の矢印方向)となる。この場合、特に、回収手段60内部の冷却温度場が所定の分布となるように(例えば、系内の流通方向出側に向かうほど、温度が低くなるように)制御することで、塩化揮発された各金属元素(塩化物)を、元素の種類に応じて、異なる箇所に沈積させることができる。尚、回収手段60は、沈積させた塩化物を固体としてそのまま回収する形態のほか、溶媒等に溶解させて液体として回収する形態であってもよい。
【0042】
2.7.その他構成
希土類元素の分離システム100においては、上記構成の他、各手段間を繋ぐ、供給手段や排出手段等を備えていてもよい。例えば、加熱処理手段40に備えられる排出手段は、上記加熱処理手段40による加熱処理の後、塩化揮発されることなく残留した固体成分を取り出す手段である。排出手段の形態は特に限定されるものではなく、例えば加熱処理手段40の側部に設けられた排出口とすることができる。残留固体の取り出しは、作業者の手作業であってもよいし、機械的に連続して排出されるような形態であってもよい。
【0043】
以上のように、本発明の希土類元素の分離システム100は、上記本発明の希土類元素の分離方法S10を適切に実行することができる。すなわち、本発明によれば、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料について、希土類元素を固体残渣に濃縮分離することができる。また、系内の温度を制御するだけで希土類元素とその他金属元素とを分離することができるため、工数を減らすことができ、簡易的且つ効率的に希土類元素を分離回収することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例により、本発明に係る希土類元素の分離方法につき、さらに詳細に説明する。
【0045】
(試料の準備)
実施例においては、Nd−Fe−B磁石を粉砕手段により200メッシュ以下に粉砕したもの(試料A)と、この試料を大気雰囲気中、500℃にて10分間酸化処理した後、再度200メッシュ以下に粉砕したもの(試料B)とを用いた。試料A、Bの平均粒子径はそれぞれ50.4μm、47.5μmであった。尚、本願における平均粒子径とは、レーザー回折・散乱式粒度分析計(マイクロトラック、日機装株式会社製)で測定した値である。表1に、各試料の組成を示す。
【0046】
【表1】
【0047】
Nd−Fe−B磁石は、大気雰囲気下において、
Nd2Fe14B + O2 → Fe + Nd2O3 + Fe2B (<230℃)
Fe + O2 → Fe2O3 (<500℃)
Fe2O3 + Nd2O3 → FeNdO3 (>500℃)
に分解すること、またBはNd2O3の裂け目に存在することが報告されている。そのため、試料をXRD分析に供した場合、主要なピークとしてFe2O3が現れるが、その他にNd2O3が存在していると考えられる。
【0048】
実施例においては、試料に混合する炭素源として、フェノールフタレイン由来の炭素粒子(C:88.3wt%、H:3.6wt%、O:8.0wt%、平均粒子径:60.9μm)と炭化ケイ素(片山化学工業株式会社製、カーボランダム、400メッシュ、平均粒子径:38.5μm)を用いた。ここで炭素粒子は、フェノールフタレイン(ナカライテスクG.R.)を固定床反応器にて窒素気流中、昇温速度30℃/min、最高到達温度500℃、保持時間10分の条件にて加熱処理し、200メッシュにて粉砕、篩分けを行うことにより調整したものである。炭素粒子と試料とは、質量比1:1の割合で混合した。一方、炭化ケイ素を用いる場合は、炭素含有量が試料に対して、質量比1:1となるように混合した。
【0049】
(実験装置及び実験方法)
塩化揮発実験においては、図3に示すような実験装置を使用した。すなわち、試料の加熱には、横型管状炉104(EKR−16K、いすゞ製作所社製、長さ69cm)と、反応器として透明石英管103(内径36mm、外径40mm、管長123.5mm)を用いた。反応器温度の測定ならびに制御は、熱電対105を炉外部より垂直に差し込み、反応管103の外部に接触させることにより行った。実験は、まず、試料をアルミナボード106上に1g量り取り、これを反応管103の中央部へと挿入した後に、窒素ガスボンベ101にて系内を窒素雰囲気として洗浄し、塩素ガスボンベ102に切り替えて系内を十分に塩素雰囲気とした後で、昇温速度30℃/min、最高到達温度100−1000℃の条件で試料を加熱した。このときの塩素ガス流量は200ml/minとした。尚、塩素ガス流量を100ml/min程度とした場合、系内における塩素の逆流が生じた。
試料は、最高到達温度に達した後に、保持することなく冷却した。塩素ガスならびに揮発生成物は、反応管103の出口に設置した蒸留水或いは水酸化ナトリウム水溶液を含むトラップ107、108を経て、系外へと排出した。炉を室温まで冷却した後に、試料を取り出し、各種分析を行った。
【0050】
(分析方法)
テフロン(テフロンはデュポン社の登録商標)からなる容器内で、加熱前後の試料の溶解を行った。硝酸10mlと塩酸20mlとからなる混酸を、試料とともにテフロン(登録商標)容器内に入れ、密閉した後に140℃にて3時間加熱処理を行った。その後、分解容器を室温まで冷却させた後、濾過することで溶解液を回収した。尚、炭素源を添加した試料の溶解にあたっては、上記溶解の後に生じた残渣を、JIS M 8812鉄鉱石中の全鉄定量法に基づいて溶解させた。溶解液中の各元素濃度を、ICP(セイコーインスツル社製、SPS−3000)によって測定した。また、加熱前後の試料は粉末X線回折装置(リガク社製、Ultima IV)によって物質同定を行った。さらに、塩素化における各元素の形態変化を明らかにするために、加熱前後の試料約0.2gに対して、蒸留水200mlをテフロン(登録商標)容器内に入れ、室温にて4時間攪拌し、塩化物の溶解操作を行った。その後、濾過することで残渣を回収し、上記方法と同様の手順にて溶解及び定量分析を行った。
【0051】
<実験結果>
(熱力学平衡計算)
塩化揮発実験を行うにあたり、熱力学平衡計算ソフト HSC(Outkump research oy., HSC chemistry for windows ver. 5.0)を用いて、各試料の組成に基づく熱力学平衡計算を行った。図4(A)に、塩素雰囲気下での試料Aの計算結果を示す。図から分かるように、Fe及びBは、低温から塩化物を形成し、Fe2Cl6やFeCl3、FeCl2、BCl3の形態で揮発する。Co、Pr及びNdも低温から各塩化物を形成するが、揮発開始温度は600℃以上であった。尚、試料Bに炭素或いはSiCを添加した系での計算結果は、試料Aと同様の結果であった。図4(B)に、塩素雰囲気下での試料Bの計算結果を示す。Feは、低温から塩化物とオキシクロライドを形成し、Fe2Cl6、FeCl3やFeCl2の形で揮発する。その他の元素は、図4(A)と同様の揮発挙動であることが分かった。
【0052】
(塩化揮発におけるNd−Fe−B磁石の構成元素の動的挙動)
図5に、Nd−Fe−B磁石そのもの(試料A)について、塩化揮発における重量の変化と磁石を構成する元素5種についての揮発挙動を示す。図からわかるように、試料の重量は400℃において増加している。これは固相中に塩化物が生成したことに由来するものと考えられる。その後、試料の重量は、温度の増加に伴って減少し、1000℃において50%にまで減少した。各温度で加熱処理した後の試料について水処理を行い、水可溶分と水不溶分との2種に分類した。磁石の組成は、Nd−Fe−Bの合金であるため、水可溶分としては塩化物が考えられる。塩素化後の残渣についてXRD測定を行った結果、FeCl3やNdCl3の水和物に帰属するピークが確認された。尚、加熱前の試料中には、これら水可溶分の存在は確認されなかった。磁石構成元素の揮発挙動は、重量の大幅な変化が生じている200℃程度からCo、B及びFeが揮発しており、1000℃において、それぞれ70%、90%及び95%が揮発した。一方Nd及びPrは、800℃以上にて揮発し、1000℃において、それぞれ25%及び23%の揮発率であった。希土類元素の塩化揮発挙動は、希土類イオンの大きさに依存することが報告されている(Murase et al. 1993)。上記結果は、NdとPrのイオンの大きさが近いこと、また、PrとNdの塩化物の融点は、NdCl3が823℃、PrCl3が784℃であることから、NdとPrの揮発挙動が類似するものとなったと考えられる。
【0053】
図6に、Nd−Fe−B磁石の塩素化における構成元素の形態変化を示す。すべての構成元素において、200℃以下の低温域から固体中に水可溶分である塩化物が急激に生成していることがわかる。Fe、Co及びBについては、塩化物の生成は600℃付近で頭打ちになっており、その後気相中への揮発のみが起こっている。PrとNdについては、400℃までに塩化物の生成反応が終了しているが、気相中への塩化物の揮発反応は900℃付近まで温度が上がらないと生じていない。これらの結果から、Nd−Fe−B磁石を塩素ガス中で加熱処理するのみでは、FeとBとを揮発させることは可能であるが、CoがNd及びPrとともに固体残渣中に残存し、希土類元素とそれ以外の金属元素とを分離することができないことが明らかになった。
【0054】
(酸化Nd−Fe−B磁石の塩化揮発挙動)
図7に、酸化処理を施したNd−Fe−B磁石粉砕試料(試料B)の塩素化における重量変化と各元素の揮発挙動とを示す。重量は200−300℃の温度域にて増加し、その後は温度の増加に伴い減少した。水可溶分も同様に300℃において最大となった後に減少し、1000℃において2%となった。FeとCoとは、100℃以上から揮発し始め、1000℃においてすべてが揮発した。一方、Bの揮発は1000℃までに確認されなかった。PrとNdについては、900−1000℃において15%揮発した。この酸化試料中のCo、B、Pr及びNdの揮発挙動は、未酸化試料(試料A)の挙動と大きく異なった。Feに関しては、試料Aと比較した場合、500℃以下の低温域での揮発速度の減少が確認された。これは、熱力学平衡計算結果から、オキシクロライドの形成を介することに由来するものと考えられる。
【0055】
図8に、塩素化における酸化Nd−Fe−B磁石の構成元素の形態変化を示す。すべての元素について、未酸化磁石では、100℃以下の低温域から水に可溶な塩化物を形成していたのに対して、酸化磁石では、100℃以下での水に可溶な割合がFeとCoにおいて少なく、Pr、Nd及びBに関しては500℃まで水に可溶な形態は存在していない。未酸化試料を塩素雰囲気下で加熱処理した場合、400℃付近から溶融がみられたが、酸化試料では、1000℃で溶融した。これは、磁石に酸化処理を施すことで、Nd−Fe−B磁石の構造自体が崩壊するとともに、Nd、Pr及びBは、酸化物を形成することで、塩素化されにくい形態となる一方、FeやCoについては塩素化されやすい状態となったものと考えられる。これらの結果から、酸化処理を行ったNd−Fe−B磁石を塩素化したのみでは、1000℃までにFeとCoとを選択的に揮発させることが可能であるものの、BがNdやPrとともに固体残渣中に濃縮してしまうこととなり、希土類元素とそれ以外の金属元素とを分離することができるものの、希土類元素と非金属元素であるBとを分離することはできないことが明らかになった。
【0056】
(酸化Nd−Fe−B磁石の塩化揮発に及ぼす炭素源添加の影響)
図9に、試料Bに炭素粒子又はSiCを混合し、塩素化を行った場合の重量の変化ならびに各元素の揮発挙動を示す。ここでの重量変化は、炭素粒子及びSiCを添加した試料の全重量に対する変化を示している。図9(A)に示すように、炭素を還元剤として添加した場合、重量は100℃から300℃にかけて増加し、その後は、温度の増加に伴い減少した。固相中の水可溶分の割合も同様の挙動を示した。各元素の揮発挙動を見ると、300℃付近からB、Fe、及びCoが揮発し始め、それぞれ500℃、800℃及び900℃において100%の揮発率に達した。PrとNdとは、酸化試料と未酸化試料の塩素化と同様に800℃付近から揮発が生じ、1000℃において20%程度の揮発に留まった。一方、図9(B)に示すように、SiCを還元剤として添加した場合、重量の変化は炭素添加の場合と大きく異なり、300℃で増加が確認されたが、その後は900℃までほぼ一定であり900―1000℃において急激な減少が確認された。SiCを塩素ガス中にて加熱処理した場合、熱力学計算から、650℃において、1/2SiC+Cl2=1/2SiCl4+1/2Cの反応が生じることが報告されている(Takeuchi et al. 2004)。また、800℃以上からSiC+4Cl2→2Cl2+SiCl4+Cの反応が開始され、900℃以上にてCが共存する試料表面を覆うことが報告されている(Okutani et al. 1985等)。そのため、900−1000℃の温度域での重量の大幅な減少は、SiCの塩素化によるSiの揮発と、SiCから生成した炭素による還元及び塩素ガスによる揮発反応と、が同時に生じることに起因しているものと考えられる。FeとCoとは、200℃以上の低温域から揮発し始め、それぞれ700℃と1000℃においてすべて揮発した。Bは、700℃から1000℃にかけて急激に揮発が進行した。Bの揮発開始温度は、炭素添加の場合と比較して400℃高い温度であった。NdとPrとは、炭素添加試料と同様の揮発挙動であった。炭素添加時とSiC添加時のBの揮発挙動の相違は、上述したように、SiCが塩素化を受けて炭素を形成する温度が650℃以上であるために、それよりも低温域においては、SiC添加時よりも炭素添加時において揮発速度が大きくなったためと考えられる。尚、NdやPrの塩化物は、揮発開始温度が800℃以上であり、SiCからの炭素生成温度よりも十分に高温であることから、炭素添加時と揮発挙動に差が出なかったと考えられる。
【0057】
図10に、炭素を添加して塩素化した場合の試料B中の構成元素の形態変化を示す。FeとCo及びBでは、100℃付近から水に可溶な形態(塩化物やオキシクロライド)が急激に生成し始めている。NdとPrについても、100℃付近から水に可溶な成分が生成していることが明らかになった。また、900−1000℃において、固相中に残存するNdとPrは、その大部分が水に可溶な形態となることから、900℃程度で塩化揮発処理を行うことにより、希土類元素以外の元素を選択的に揮発させた後に、固体残渣に対して水処理を行うことで、NdとPrのみを選択的に回収可能といえる。
【0058】
図11に、SiCを炭素源として用いた場合の結果を示す。各元素の形態変化は、炭素添加時と大きく異なった。Fe、Co及びBについて水可溶分の生成量は、炭素添加時と比較して、各温度において少ないことが分かる。また、水可溶分の生成開始温度が、炭素添加試料では100℃以上の低温域であるのに対し、SiC添加試料では、揮発開始温度とほぼ同時に水可溶分の生成が生じている。NdとPrに関しても、600℃以上から急激に水可溶分の生成が生じていることから、SiCよりも炭素の方が、反応性が高く、より低温域から酸化物の還元に寄与することが明らかとなった。一方で、SiCを用いた場合でも、1000℃まで塩化揮発処理を行った固体残渣に対して、水処理を行うことで、PrとNdを濃縮させて回収可能であることが分かった。
【0059】
尚、酸化をしていない試料Aに対して炭素源を添加したとしても、未添加の場合と比べて揮発挙動が大きく異なることはないものと考えられる。すなわち、本実施例において、炭素源は、酸化された試料に対する還元剤として作用させているため、酸化をしていない試料Aに対しては特に効果を奏することはないと考えられる。
【0060】
以上の結果から、Nd−Fe−B磁石からNd及びPr(希土類元素)と、Fe及びCo(希土類元素以外の金属元素)並びにB(非金属元素)とを分離する際は、
(1)Nd−Fe−B磁石を酸化処理すること
(2)Nd−Fe−B磁石に炭素源を混合すること
(3)塩素雰囲気下で加熱処理を行うこと
のすべての条件が揃った場合に、適切となることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、希土類元素及び当該希土類元素以外の金属元素を含む原料から、希土類元素を効率的に分離回収可能な方法及びシステムが提供される。すなわち、希土類磁石のスクラップや研磨屑等、従来、含有元素につき分離回収システムが適切に構築できていなかった原料に対しても、効率的に希土類元素を分離回収することができ、希少価値の高い原料のリサイクル及び確保に繋がる。
【符号の説明】
【0062】
1 原料
2 粉体状とされた原料
3 酸化された原料
4 炭素源
5 処理原料
10 粉砕手段
20 酸化処理手段
30 混合手段
40 加熱処理手段
50 塩素供給手段
60 回収手段
100 希土類元素の分離システム
【特許請求の範囲】
【請求項1】
希土類元素と該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、
酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、
炭素源を混合する、炭素源混合工程と、
前記酸化処理工程及び前記炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程と、
を行う、希土類元素の分離方法。
【請求項2】
前記原料を粉砕する粉砕工程をさらに備え、該粉砕工程の後に前記酸化処理工程を行う、請求項1に記載の希土類元素の分離方法。
【請求項3】
前記酸化処理工程が、前記原料を研磨することで、前記酸化された原料として研磨屑を得る工程である、請求項1に記載の希土類元素の分離方法。
【請求項4】
前記加熱処理工程が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において該温度を保持する、保持工程を備える、請求項1〜3のいずれかに記載の希土類元素の分離方法。
【請求項5】
前記原料が、Nd−Fe−B磁石である、請求項1〜4のいずれかに記載の希土類元素の分離方法。
【請求項6】
希土類元素と該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、
酸化処理を行う、酸化処理手段と、
炭素源を混合する、炭素源混合手段と、
加熱処理する、加熱処理手段と、
を備え、
前記加熱処理手段に塩素を供給する塩素供給手段、
をさらに備える、希土類元素の分離システム。
【請求項7】
前記原料を粉砕する粉砕手段をさらに備え、前記原料の粉砕の後に前記酸化処理を行う、請求項6に記載の希土類元素の分離システム。
【請求項8】
前記酸化処理手段が、前記原料を研磨する研磨手段である、請求項6に記載の希土類元素の分離システム。
【請求項9】
前記加熱手段が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において該温度を保持するものとされている、請求項6〜8のいずれかに記載の希土類元素の分離システム。
【請求項10】
前記原料が、Nd−Fe−B磁石である、請求項6〜9のいずれかに記載の希土類元素の分離システム。
【請求項1】
希土類元素と該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、
酸化処理を行うことで酸化された原料を得る、酸化処理工程と、
炭素源を混合する、炭素源混合工程と、
前記酸化処理工程及び前記炭素源混合工程の後に塩素雰囲気下で加熱処理する、加熱処理工程と、
を行う、希土類元素の分離方法。
【請求項2】
前記原料を粉砕する粉砕工程をさらに備え、該粉砕工程の後に前記酸化処理工程を行う、請求項1に記載の希土類元素の分離方法。
【請求項3】
前記酸化処理工程が、前記原料を研磨することで、前記酸化された原料として研磨屑を得る工程である、請求項1に記載の希土類元素の分離方法。
【請求項4】
前記加熱処理工程が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において該温度を保持する、保持工程を備える、請求項1〜3のいずれかに記載の希土類元素の分離方法。
【請求項5】
前記原料が、Nd−Fe−B磁石である、請求項1〜4のいずれかに記載の希土類元素の分離方法。
【請求項6】
希土類元素と該希土類元素以外の金属元素とを含む原料に対して、
酸化処理を行う、酸化処理手段と、
炭素源を混合する、炭素源混合手段と、
加熱処理する、加熱処理手段と、
を備え、
前記加熱処理手段に塩素を供給する塩素供給手段、
をさらに備える、希土類元素の分離システム。
【請求項7】
前記原料を粉砕する粉砕手段をさらに備え、前記原料の粉砕の後に前記酸化処理を行う、請求項6に記載の希土類元素の分離システム。
【請求項8】
前記酸化処理手段が、前記原料を研磨する研磨手段である、請求項6に記載の希土類元素の分離システム。
【請求項9】
前記加熱手段が、300℃〜1000℃の間のいずれかの温度において該温度を保持するものとされている、請求項6〜8のいずれかに記載の希土類元素の分離システム。
【請求項10】
前記原料が、Nd−Fe−B磁石である、請求項6〜9のいずれかに記載の希土類元素の分離システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−41588(P2012−41588A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182368(P2010−182368)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年7月19日 社団法人 化学工学会発行の「化学工学会宇都宮大会2010 研究発表講演要旨集(CD−ROM)」に発表
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年7月19日 社団法人 化学工学会発行の「化学工学会宇都宮大会2010 研究発表講演要旨集(CD−ROM)」に発表
【出願人】(504409543)国立大学法人秋田大学 (210)
【Fターム(参考)】
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