説明

塩味応答性低下モデル動物の作製方法

【課題】塩味応答性が低下及び/又は上皮型ナトリウムチャネルが阻害されている、医薬、医薬部外品、飲食品等に対する塩味応答性低下の予防又は改善効果及び塩味増強剤等を評価するのに有用なモデル動物の作製方法を提供する。
【解決手段】ヒト高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧を発症させる工程を含む、塩味応答性が低下しているモデル動物及び味蕾の上皮型ナトリウムチャネルが阻害されたモデル動物の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩味応答性低下モデル動物の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
味覚は、有郭乳頭、葉状乳頭、茸状乳頭等舌の表面に存在する味蕾中に存在する味細胞で刺激を感じ、その刺激が鼓索神経、舌咽神経等を介して脳に伝わり、ここで初めて感じる。味覚は、生理状態や心理状態、味質(食の美味しさ)に影響を与えるものであり、非常に重要な、ヒトなどの動物の五感の1つである。
【0003】
味覚として感じる味は、大きく分けて5つの基本味(甘味、塩味、酸味、旨味、苦味)が知られている。このうち、塩味は、飲食品の美味しさを引きたて食欲増進効果もある重要な感覚の1つである。一方で、主要な塩味物質であるナトリウムの過剰摂取は、高血圧症をはじめとする多くの健康疾患の危険因子として知られている。
さらに、塩味閾値と高血圧症との関連性についても研究が進められており、塩味に対する応答性が低下し、塩味に対して鈍感な(すなわち、塩味閾値が高い)ヒトは、高血圧症の罹患率が高いことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。また、ステロイドの1種であり、副腎皮質の球状帯から分泌される、アルドステロンの血中濃度が高いヒトは、高血圧症罹患率が高いこと、さらに、食塩摂取量の多いヒトは、高血圧症罹患率が高いことも示唆されている。しかし、高血圧症を発症したヒトなどの動物における塩味感受性変化の機構は未だ明らかにされておらず、医薬、医薬部外品、飲食品等の開発などにおいて高血圧症を発症して塩味感受性が低下した適切なモデル動物が求められている。
【0004】
これまでに、高血圧症を発症する種々のモデル動物が提案されている。例えば、非特許文献2には、自然発症性高血圧モデルラット(Spontaneously Hypertensive Rat(SHR))が記載されている。しかし、非特許文献2では、SHRと、高血圧症を発症していない通常のWistar-Kyoto(WKY)ラットとを比較した場合、味覚神経の応答性が変わらないとしている。さらに、非特許文献3には、高血圧症を発症したモデルとして、SHR-SP(Stroke-Prone Spontaneously Hypertensive Rat)が記載されている。非特許文献3では、SHR-SPにおいて、味覚神経の感受性が老化(48週)で低下することが記載されているが、高血圧症発症に即して塩味応答性が低下するかどうかは明らかではない。
【0005】
つまり、これまでに提案されているモデル動物は、高血圧症を発症させても塩味応答性が変わらない動物であった。したがって、ヒトの塩味応答性の研究を進めていく上で、ヒトにおける高血圧症発症メカニズムに則して高血圧症を発症し、塩味応答性が低下する動物モデルを用いることが必要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T.Michikawa,et al.,Hypertens.Res.,Vol.32,No.5,p.399-403,2009
【非特許文献2】B.K.Formaker,et al.,Physiol.Behav.,Vol.50,No.4,p.765-769,1991
【非特許文献3】K.Osada,et al.,J.Vet.Med.Sci.,Vol.65,No.3,p.313-317,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、塩味応答性が低下及び/又は上皮型ナトリウムチャネルが阻害されている、医薬、医薬部外品、飲食品等に対する塩味応答性低下の予防又は改善効果及び塩味増強剤等を評価するのに有用なモデル動物の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
舌の表面に存在する味蕾には、α−サブユニット、β−サブユニット、γ−サブユニットからなる上皮型ナトリウムチャネル(epithelial Na+ channel、以下、本明細書において「ENaC」ともいう)、一過性受容体電位(TRP)チャネルの一種であるTRPML3(Transient Receptor Potential Cation Channel,Mucolipin Subfamily,Member 3)チャネルやTRPV1(Transient Receptor Potential Vanilloid type 1)チャネル等のイオンチャネルが存在する。味細胞においては味覚神経が投射しているため、味細胞に発現するENaC、TRPML3及びTRPV1は味覚受容体、特に塩味受容体として機能していることが示唆されている。
本発明者等は上記課題に鑑み、高血圧症発症と、塩味応答性低下及び上記イオンチャネルとの関連性について鋭意検討を行った。その結果、ヒト高血圧症発症機構に即した高血圧症発症と、塩味応答性の低下及びENaCの阻害が相関関係を有することを見出した。そして、ヒトの高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧症を発症させることにより、ENaCを阻害させ得ること、及び塩味応答性を低下させ得ることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成するに至った。
【0009】
本発明は、ヒト高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧症を発症させる工程を含む、塩味応答性が低下しているモデル動物の作製方法に関する。
また、本発明は、ヒト高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧症を発症させる工程を含む、ENaCが阻害されたモデル動物の作製方法に関する。
また、本発明は、前記方法により作製した、モデル動物に関する。
さらに、本発明は、前記モデル動物を用いる、塩味応答性低下の治療若しくは予防剤、又は塩味増強剤のスクリーニング方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、塩味応答性が低下したモデル動物、及び味蕾のENaCが阻害されたモデル動物を短期間で安定的に得ることができる。さらに、本発明のモデル動物はヒトにおける高血圧症発症のメカニズムに則して高血圧症を発症しており、塩味応答性の低下のメカニズムの解明や、塩味応答性低下の予防・改善に有用な候補物質の評価に有用である。さらに、本発明のモデル動物は、塩味受容体である味蕾のENaCが阻害されていることから、味蕾のENaCを標的とした塩味増強剤等の評価に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、「ENaCを阻害する」とは、ナトリウムイオンなどのイオン流束の低減、膜電位の低下、電流振幅の低下、電位開口性の低下、ENaC遺伝子発現量の低下などにより、ENaCの機能を阻害することを指す。
【0012】
本発明で用いられる非ヒト動物としては特に制限はないが、ヒト以外の哺乳類が挙げられる。このうち、ラット、マウス、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ウシ及びサル等が好ましく、ラット、マウス、モルモット、ハムスター等の齧歯目動物がより好ましく、実験動物としての汎用性や利便性を考慮してラット及びマウスがさらに好ましく、生理学的検討が行い易いことからラットが特に好ましい。前記ラットとして、Sprague-Dawley(SD)ラット、Wistar-Kyoto(WKY)ラット、Dahlラット等が挙げられるが、本発明においてSDラット及びDahlラットが好ましい。
【0013】
本発明において、非ヒト動物に高血圧症を発症させる方法としてはヒト高血圧症発症機構に即している限り特に制限は無く、塩化ナトリウムを負荷する方法、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷する方法、アンギオテンシンを負荷する方法等通常の方法を採用できる。本発明においては、非ヒト動物に、塩化ナトリウム、又はアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させることが好ましい。
【0014】
アルドステロンとは、副腎皮質の球状帯から分泌される、ステロイドの1種である。
本発明において、非ヒト動物にアルドステロンを負荷する方法に特に制限はなく、腹腔内投与、筋肉内投与、経皮投与、皮下投与、直腸内投与、鼻腔内投与、静脈内投与、経口摂取等の全身投与の方法が挙げられる。本発明においては、皮下投与が好ましい。
アルドステロンの使用量は、非ヒト動物の種類やその体重によって適宜変更し得る。例えば、ラットにアルドステロンを全身投与する場合、0.3〜20000μg/kg(好ましくは5〜1500μg/kg)のアルドステロンを3時間〜7日(好ましくは12時間〜3日)間隔で1〜3回(好ましくは1回)全身投与することによりアルドステロンを負荷することができる。
【0015】
本発明において、非ヒト動物に塩化ナトリウムを負荷する方法に特に制限はなく、腹腔内投与、筋肉内投与、経皮投与、皮下投与、直腸内投与、鼻腔内投与、静脈内投与等の非経口投与や、経口摂取等が挙げられる。本発明においては、経口摂取が好ましい。この場合、一定量の塩化ナトリウムを含有する食餌を摂取させてもよいし、食塩水を自由飲水させてもよい。
塩化ナトリウムの使用量は、非ヒト動物の種類やその体重によって適宜変更し得る。例えば、ラットに食塩水を自由飲水させる場合、0.2〜600g/kg(好ましくは3〜100g/kg)の塩化ナトリウムを3時間〜7日(好ましくは12時間〜3日)間隔で1〜3回(好ましくは1回)自由飲水させることにより塩化ナトリウムを負荷することができる。
【0016】
非ヒト動物にアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる場合、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷するタイミングに特に制限はなく、アルドステロン及び塩化ナトリウムを同時に負荷してもよいし、アルドステロン及び塩化ナトリウムを別々に負荷してもよい。
【0017】
後述の実施例でも示すように、非ヒト動物に、塩化ナトリウム、又はアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷する方法等によりヒト高血圧症発症機構に即して高血圧症を発症したモデル動物は、塩味受容体である味蕾のENaCが阻害されており、塩味に対する応答性も低下している。
これらの結果から、高血圧症の発症と、味蕾のENaCの阻害及び塩味応答性の低下との間に相関関係があり、ヒト高血圧症発症機構に即して高血圧症を発症させることで、塩味応答性低下モデル動物及び味蕾のENaC阻害モデル動物の提供が可能となる。本発明のモデルは、ヒトの塩味閾値と高血圧症罹患率との関連性(T.Michikawa,et al.,Hypertens.Res.,Vol.32,No.5,p.399-403,2009参照)をよく反映したものである。
【0018】
本発明のモデル動物における高血圧症の評価方法に特に制限は無く、任意の方法により血圧を測定することで評価することができる。例えば、非観血血圧測定装置等通常の測定装置を用いて、モデル動物の収縮期の血圧を測定し、高血圧症を発症しているかを評価することができる。
【0019】
本発明のモデル動物における塩味応答性の評価方法に特に制限はなく、通常の方法により評価することができる。例えば、塩味などの味覚は、味細胞で刺激を感じ、その刺激が鼓索神経等を介して脳に伝わり、ここで初めて感じる。そこで、鼓索神経の応答性を測定することにより、モデル動物の塩味応答性を評価することができる。あるいは、塩味応答性が低下すると塩味閾値が低下する。そこで、塩味の主要構成成分であるナトリウムの一定期間における摂取量を測定することにより、モデル動物の塩味応答性を評価することができる。
【0020】
本発明の作製方法により作製したモデル動物におけるENaCの機能の評価方法に特に制限はなく、通常の方法により評価することができる。例えば、イオン感受性色素を用いた蛍光アッセイによるイオン流束の測定、ENaC遺伝子増幅用プライマーを用いたPCRによるENaC遺伝子発現量の測定、パッチクランプによるイオン流束の測定、Ussing chamberを利用したイオン流束の測定等を採用することができる。
【0021】
本発明のモデル動物の作製方法により作製されたモデル動物は、味蕾のENaCの阻害及び塩味応答性の低下との相関関係に基づき、ヒト高血圧症発症機構に即して高血圧症を発症している。したがって、本発明のモデル動物の作製方法により作製されたモデル動物は、塩味応答性低下の治療若しくは予防剤、又は塩味増強剤のスクリーニング方法に好適に用いることができる。
本発明のモデル動物に対して塩味応答性低下の治療又は予防用の被験成分、あるいは味蕾のENaCを促進することによる塩味増強用の被験成分を投与して評価する場合には、被験成分を投与していない群や対照成分投与群と塩味応答性やENaCの活性を比較することによって、被験成分の塩味応答性低下やENaCの阻害に対する予防又は改善効果を評価し、当該予防又は改善に有用な成分を選択することができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0023】
(1)食塩感受性高血圧症発症SDラットの作製
4週齢の雄性SDラット(日本SLC社より購入)を1週間馴化し、アルドステロン(和光純薬社製)を0.75μg/時の用量で5週間にわたって皮下投与した(アルドステロンの投与量:50〜150μg/day/kg)。なお、2.9mg/mLの濃度で溶媒(9%エタノール/87%プロピレングリコール/4%H2O)にアルドステロンを溶解し、アルドステロン溶液を浸透圧ポンプ(商品名:Alzet model 2006)に注入し、イソフルラン(商品名:フォーレン)麻酔下でラットの背部皮下にアルドステロンを投与した。アルドステロン投与後2日目より、食塩水(1%NaCl溶液)を飲用水として自由飲水させた。以下、このように作製した雄性SDラット群を「Aldo/NaCl投与群」とする。
これとは別に、アルドステロンの投与も食塩水の自由飲水も行わない群「Control-1」、アルドステロンの投与を行わずに食塩水の自由飲水を行った群「Control-2」を対照群としてそれぞれ準備した。
【0024】
(2)食塩感受性高血圧症発症Dahlラットの作製
3週齢の雄性Dahlラット(DIS/Eis、日本SLC社より購入)を2週間馴化し、通常食(ラボMRストック 日本農産工業社製、0.3%塩化ナトリウム含有)又は高食塩食(8%食塩調製MRストック 日本農産工業社製、8%塩化ナトリウム含有)を、自由摂食・摂水下で4週間投与した。以下、このように作製した雄性Dahlラット群を「通常食群」又は「高食塩食群」とする。
【0025】
(3)血圧の測定
非観血血圧測定装置(商品名:BP-98A、ソフトロン社製)を用いて、前記各雄性SDラット群及び各雄性Dahlラット群の収縮期の血圧を測定した。その結果を表1及び2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表1の結果から明らかなように、SDラットにおいて、Control-1群とControl-2群との間では、9週齢でも収縮期の血圧に大きな差はなかった。これに対して、Aldo/NaCl群では、Control群と比べて収縮期の血圧が上昇し、かつ、週齢の増加に伴う収縮期の血圧の上昇が顕著であった。すなわち、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより、塩化ナトリウム感受性高血圧症を発症したモデル動物を作製できていることは明らかである。
【0029】
さらに、表2の結果から明らかなように、Dahlラットにおいて、通常食群と比べて高食塩食群の収縮期血圧が有意に上昇した。すなわち、塩化ナトリウムを過剰摂取させることにより、塩化ナトリウム感受性高血圧症を発症したモデル動物を作製できていることは明らかである。
【0030】
(4)臓器の重量測定
アルドステロン投与5週間後に前記各雄性SDラットの解剖を行い、腎臓、心臓を採取し、各臓器の重量の測定を行った。その結果を表3に示す。
【0031】
【表3】

【0032】
表3の結果から明らかなように、Control-1群とControl-2群との間では、腎臓及び心臓の重量に変化はなかった。これに対して、Aldo/NaCl群では、腎臓及び心臓の重量が顕著に増加した。なお、血圧が上昇すると全身に血液を送る左心室の負担が増え、心筋が厚くなるため、心肥大が起こる。さらに、血圧の上昇や、ナトリウム摂取量の増加により、腎臓のろ過機能に負担が増えて炎症が起こり、腎臓の肥大化も起こる(例えば、A.Nisiyama,et al.,Hypertention,Vol.43,p.841-848,2004等参照)。したがって、表3の結果は、Aldo/NaCl群のラットが高血圧症を発症していることを示すものである。
よって、上記結果からも、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより、高血圧症を発症したモデル動物が作製できていることは明らかである。
【0033】
(5)鼓索神経応答試験
前記各雄性SDラットに、バルビツール系鎮静麻酔薬(ペントバルビタール、大日本住友製薬社製)を65mg/kg体重、ウレタン(和光純薬社製)を75mg/kg体重で、それぞれ腹腔内に投与し、麻酔導入を行った。その後、気管へカニューレを挿入し呼吸を確保した後、頬部を切開して筋肉を切断した。弓状骨と下顎骨を粉砕し結合組織から離した後、骨の下に存在する鼓索神経を露出させ、神経を電極に固定した。
【0034】
灌流系にて舌全体へ、被験物質(150mM塩化ナトリウム水溶液)を滴下し、鼓索神経からの信号を記録した。なお被験物質の滴下は、被験物質滴下1分間、水洗浄3分間、静置2分間のサイクルで行った。データは12秒毎の応答のピーク値を1分間測定してその平均値を算出し、0.3M塩化アンモニウムを滴下したときの応答値に対する相対値として示した。その結果を表4に示す。
【0035】
【表4】

【0036】
表4の結果から明らかなように、Control-1群及びControl-2群では、食塩水の飲水に関わらず鼓索神経の応答性に変化は見られない。これに対して、Aldo/NaCl群では、鼓索神経の応答性が有意に低下する。したがって、表4の結果は、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより、塩味の応答性を低下させたモデル動物を作製できることが明らかとなった。
【0037】
(6)アミロライドによる鼓索神経応答抑制試験
前記(5)の方法と同様の方法により100μMアミロライドを含む150mM塩化ナトリウム水溶液に対する相対鼓索神経応答値を測定した。
なお、ENaCによる鼓索神経応答値と、ENaC以外の因子による鼓索神経応答値との合計が、前記(5)で測定した塩味に対する相対鼓索神経応答値で表される。ここで、ENaCによる鼓索神経応答はアミロライドにより抑制される。したがって、ENaC以外の因子による鼓索神経応答値は、アミロライド処理時の塩味に対する鼓索神経応答値として表される。
よって、ENaCによる相対鼓索神経応答値は、下記式で表される。
【0038】
【数1】

【0039】
前記(5)で測定した相対鼓索神経応答値、並びに前記方法により測定したENaC以外の因子による相対鼓索神経応答値(アミロライド処理時の相対鼓索神経応答値)及びENaCによる相対鼓索神経応答値を表5に示す。
【0040】
【表5】

【0041】
表5の結果から、ENaC以外の因子による鼓索神経の応答性は、各群でほとんど変化は見られない。これに対して、アミロライドで阻害されるENaCによる鼓索神経の応答性は、Aldo/NaCl群で有意に低下する。
【0042】
表4及び5の結果から、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより、塩味に対する鼓索神経の応答性とENaCによる鼓索神経の応答性が低下した。よって、アルドステロン及び塩化ナトリウムの負荷による塩味に対する鼓索神経の応答性の低下が、ENaCの阻害によるものであることが示された。
【0043】
(7)ナトリウム摂取量の測定
前記各雄性SDラットを代謝ケージ内で飼育し、1日当たりのナトリウム摂取量を代謝ケージにより測定した。その結果を表6に示す。
【0044】
【表6】

【0045】
表6の結果から明らかなように、アルドステロンを投与した場合、1日当たりのナトリウム摂取量が増加した。特に、食塩水を自由に飲水させた場合、1日当たりのナトリウム摂取量が大幅に増加した。したがって、表6の結果は、アルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより塩味に対する感受性が低下(塩味応答性が低下)し、ナトリウム摂取量が増加することを示す。
【0046】
(8)イオンチャネル遺伝子発現量の測定
前記各雄性SDラット又はDahlラットを深麻酔下で放血安楽死させ、舌付着状態にて下顎骨を摘出した。
生理食塩水、及びIsolation solution(26mM NaHCO3、2.5mM NaH2PO4、20mMグルコース、65mM NaCl、20mM KCl、1mM EDTA)で洗浄し、プロテアーゼ溶液(1.5mg pronase E(SIGMA社製)及び1mg elastase(SIGMA社製)を1mLのIsolation solutionで溶解)を27G針のシリンジで、舌にまんべんなく注入した(6〜7mL)。室温で30分静置後、顎骨から舌を切り離し、保冷した黒ゴム板上にピンで固定し、実体顕微鏡下にて舌上皮を筋肉層から丁寧に剥離し、反転した剥離上皮を得た。
【0047】
剥離した上皮から有郭乳頭をメスで切り取り、RNeasy(登録商標)Micro kit(キアゲン社製)を用いて、total RNAを抽出した。さらに、得られたRNAを鋳型とし、オリゴdTプライマー(インビトロジェン社製)、逆転写酵素(MMLV RT、インビトロジェン社製)を用いて逆転写反応を行い味蕾を含む舌のcDNAを作製した。各遺伝子に対するTaqManプローブ(gene expression assay、ABI)を用いて、ENaCのαサブユニット(αENaC)、TRPML3及びTRPV1の発現量をリアルタイムPCR法により定量した。また、各遺伝子の発現量は、内部標準としてGAPDH遺伝子を用いて補正し、GAPDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)遺伝子の発現量に対する相対値で示した。その結果を表7〜10に示す。
【0048】
【表7】

【0049】
【表8】

【0050】
【表9】

【0051】
【表10】

【0052】
表7の結果から明らかなように、Aldo/NaCl投与群は、コントロール群に比べてENaC遺伝子の発現量が有意に低下した。これに対して、表8及び9の結果から明らかなように、Aldo/NaCl投与群とコントロール群との間で、TRPML3遺伝子及びTRPV1遺伝子の発現量に変化はなかった。
また、味蕾を含まない糸状乳頭を4〜5mm2をメスで切り取り、同様に遺伝子発現量の解析を行った結果、ENaC、TRPML3及びTRPV1の各因子の遺伝子発現量に変化は無かった。
上記の結果から、非ヒト動物にアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することで、味蕾のENaCの機能を特異的に阻害することが示された。
【0053】
さらに表10の結果から、Dahlラットにおいて通常食群に比べて高食塩食群はENaC遺伝子の発現量が有意に低下した。この結果から、非ヒト動物に塩化ナトリウムを負荷することでも、味蕾のENaCの機能を阻害することが示された。
【0054】
前記実施例で示すように、非ヒト動物に塩化ナトリウム、又はアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症が発症する。さらに、非ヒト動物に塩化ナトリウム、又はアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより、塩味応答性が低下し味蕾のENaCが阻害される。これらの結果は、塩味応答性の低下及び味蕾のENaCの阻害が高血圧症の発症によるものであることを示す。
したがって、ヒト高血圧症発症機構に即して高血圧症を発症することにより、ENaCが阻害され、塩味応答性が低下するモデル動物の作製が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧症を発症させる工程を含む、塩味応答性が低下しているモデル動物の作製方法。
【請求項2】
非ヒト動物に塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項1記載のモデル動物の作製方法。
【請求項3】
非ヒト動物にアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項1記載のモデル動物の作製方法。
【請求項4】
味蕾の上皮型ナトリウムチャネルが阻害され、塩味応答性が低下している、請求項1〜3のいずれか記載のモデル動物の作製方法。
【請求項5】
ヒト高血圧症発症機構に即して、非ヒト動物に高血圧症を発症させる工程を含む、味蕾の上皮型ナトリウムチャネルが阻害されたモデル動物の作製方法。
【請求項6】
非ヒト動物に塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項5記載のモデル動物の作製方法。
【請求項7】
非ヒト動物にアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項5記載のモデル動物の作製方法。
【請求項8】
非ヒト動物に高血圧症を発症させる工程を含む、味蕾の上皮型ナトリウムチャネルを阻害する方法。
【請求項9】
非ヒト動物に塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項8記載の方法。
【請求項10】
非ヒト動物にアルドステロン及び塩化ナトリウムを負荷することにより高血圧症を発症させる、請求項8記載の方法。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか記載の方法により作製した、モデル動物。
【請求項12】
請求項11記載のモデル動物を用いる、塩味応答性低下の治療若しくは予防剤、又は塩味増強剤のスクリーニング方法。