説明

塩基性乳酸アルミニウム水溶液及びその製造方法

【課題】金属元素として実質的にアルミニウムのみを含み、保存安定性に優れた塩基性乳酸アルミニウム水溶液及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】塩基性乳酸アルミニウム水溶液中の乳酸がアルミニウムに対して、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0であり、リンゴ酸がアルミニウムに対して、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5であることを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液である。また、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0である塩基性乳酸アルミニウム水溶液に、リンゴ酸を、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5の割合で添加することを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩基性乳酸アルミニウム水溶液に関し、より具体的には、リンゴ酸によって保存安定性が向上した塩基性乳酸アルミニウム水溶液及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
塩基性乳酸アルミニウムは耐火物用バインダーやセラミックス製品のアルミニウム原料として広く用いられている。塩基性乳酸アルミニウムに関する技術として、例えば特許文献1には、耐火物におけるスレーキング抑制を目的として、有機酸を添加した塩基性有機酸多価金属塩の使用が開示されており、有機酸の1例としてリンゴ酸が、塩基性有機酸多価金属塩として塩基性乳酸アルミニウムが例示されている。また、特許文献2には、コンクリートまたはモルタルの炭酸化抑制を目的として、塩基性有機酸アルミニウム塩の使用が開示され、有機酸として乳酸と乳酸以外の有機酸も使用できることが開示されている。
【0003】
一方、塩基性乳酸アルミニウム水溶液は不安定であるため、これを安定化させる方法が開示されている。例えば、特許文献3では、無機酸または無機酸の酸性塩を安定化剤として用いた技術を開示し、特許文献4では、アミノ酸またはアルカリ金属のアミノ酸塩を安定化剤として用いた技術を開示している。さらに、特許文献5では、乳酸以外の有機酸のアルカリ金属塩、または、乳酸以外の有機酸とアルカリ金属化合物とを安定化剤として用いた技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−291746号公報
【特許文献2】特開平10−218687号公報
【特許文献3】特開昭58−67644号公報
【特許文献4】特開昭61−18743号公報
【特許文献5】特開昭61−27939号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献3は、安定化剤として無機酸又はその酸性塩を使用するものであるが、腐食や塩素ガス発生等の問題があり、用途が限定される等必ずしも満足できるものではない。特許文献4は、安定化剤としてアミノ酸またはアルカリ金属のアミノ酸塩を使用するものであるが、高価となり、また適用後アルカリ金属が残存し、用途によっては融点を低下させ、あるいはpH上昇の原因となる等必ずしも好適安定化剤とは云い難い。
【0006】
また、特許文献5は安定化剤として、上記の通り有機酸のアルカリ金属塩、または有機酸とアルカリ金属化合物を使用するものであるが、アルカリ金属を必須成分とするため融点低下、pH変動等を招来し特に触媒や電池材料等には不適であり、その用途は自ずから限定的となる。
【0007】
ところで、特許文献1には有機酸の一種としてリンゴ酸が例示されているが、特許文献1記載の発明は、上記の通りスレーキング抑性を目的とし、粉末として使用されるものであり、溶液安定性への配慮、検討はない。特許文献2も特許文献1と同様、溶液安定性への配慮、検討はない。また特許文献5には有機酸の一種としてリンゴ酸が記載されているが、当該文献記載の発明は、アルカリ金属を必須成分として含有することに加えて、塩基性乳酸アルミニウムとリンゴ酸との特異性への配慮も検討もない。
【0008】
かかる現状から、金属元素として実質的にアルミニウムのみを含む保存安定性に優れた塩基性乳酸アルミニウム水溶液が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、カルボン酸類の中でリンゴ酸だけが特定組成の塩基性乳酸アルミニウム水溶液に特異的に作用し安定化効果を発現することを見出し、係る知見に基づき本発明を完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0であり、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5であることを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液に関するものである。
また、本発明は、(乳酸+リンゴ酸)/Al2O3(モル比)=1.05〜2.0である上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液に関するものである。
更に、本発明は、60℃で8日間密封静置保存後のヘイズ率が、Al2O3として8.5質量%時において、30%以下である上記いずれかの塩基性乳酸アルミニウム水溶液に関するものである。
更にまた、本発明は、上記いずれかの塩基性乳酸アルミニウム水溶液を用いた触媒、電池材料又は耐火物用バインダーに関するものである。
また、本発明は、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0である塩基性乳酸アルミニウム水溶液に、リンゴ酸を、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5の割合で添加することを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造方法に関するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、極めて保存安定性に優れ、実質的に金属元素としてアルミニウムのみを含むものであり、また無機酸を使用するものではないから腐食や環境上の問題もなく、特に金属元素としてアルミニウムのみが要求される触媒や電池材料などに好適に利用され、上記特性を有することからその用途は格段に広がり、その工業的意義は多大なものがある。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液について詳細に説明する。
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、(1)乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0であり、(2)リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5であることを特徴とするものである。
先ず、上記(1)乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0について云えば、前記モル比が1.0未満の場合は、リンゴ酸添加による溶液の安定性効果が期待できない。
一方、前記モル比が2.0を超えると、リンゴ酸を多量に添加しないと保存中に沈殿が発生し易くなる。前記モル比が1.0〜2.0の範囲が、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液が水溶液として安定に存在する領域である。
【0013】
次に、上記(1)の条件下において、上記(2)リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5について云えば、前記モル比が0.05未満では、数日程度で沈殿物が発生しリンゴ酸による安定化効果が得られない。一方、前記モル比が0.5を超えても、添加量に見合う更なる安定化効果が得られないため経済的でない。
【0014】
尚、本発明塩基性乳酸アルミニウム水溶液のpHは上記(1)と(2)の条件から概ね3〜5の範囲となる。本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、上記(1)と(2)の条件を満たすものであり、これにより極めて保存安定性に優れた本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液を得ることができる。
【0015】
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、金属元素として実質的にアルミニウムのみを含むものである。ここで左記の意味は、原料中の不純物に由来する金属元素を除いてアルミニウム以外の金属元素を含まないということであり、また、塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造において、原料に由来する副生塩の除去工程でも除去しきれずに残存する金属元素を除いて、アルミニウム以外の金属元素を含まないということである。残存する金属元素の例として、硫酸アルミニウムと炭酸カルシウムを原料として用いた場合に除去しきれずに残存するカルシウムが挙げられる。
【0016】
また、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、酸として実質的に乳酸とリンゴ酸のみを含むものである。ここで左記の意味は、原料中の不純物に由来する酸を除いて乳酸とリンゴ酸以外の酸を含まないということであり、また、塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造において、原料に由来する副生塩の除去工程でも除去しきれずに残存する酸根を除いて、乳酸とリンゴ酸以外の酸を含まないということである。残存する酸根の例として、硫酸アルミニウムと炭酸カルシウムを原料として用いた場合に除去しきれずに残存する硫酸根が挙げられる。尚、この残存程度の酸根量では、溶液の安定化を期することができない。
【0017】
次に、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液において、アルミニウムのモル量に対する乳酸とリンゴ酸の各モル量は上記の通りであるが、アルミニウムのモル量に対する乳酸とリンゴ酸のモル量の合計、即ち、(乳酸+リンゴ酸)/Al2O3のモル比は1.05〜2.0の範囲であることが好ましい。前記モル比の下限である1.05は、乳酸/Al2O3(モル比)とリンゴ酸/Al2O3(モル比)の各下限値の和である。一方、前記モル比の上限について云えば、2.0以下においてより保存安定性が高まる。さらに好ましくは、(乳酸+リンゴ酸)/Al2O3(モル比)=1.45〜1.9であるが、このときの乳酸とリンゴ酸の各量については、乳酸/Al2O3(モル比)=1.4〜1.6、且つ、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.3となる量が好ましい。即ち、このような範囲に於いて、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は一段と安定性が向上する。
【0018】
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液の保存安定性については、該水溶液を60℃で8日間密封静置保存後のヘイズ率が、Al2O3として8.5質量%時において、30%以下であることが好ましい。また、前記保存期間中において沈殿が発生しないことが望ましい。
【0019】
次に、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造方法について説明する。
先ず、本発明でリンゴ酸を添加する前の塩基性乳酸アルミニウム水溶液については公知の製造方法で製造することができ、例えば、特許文献3(特開昭58−67644号公報)によれば、硫酸アルミニウムと乳酸または乳酸アルミニウムの混合水溶液にアルカリ土類金属の炭酸塩、重炭酸塩を反応させ、沈殿物(水不溶性の沈殿物)を除去することにより製造することができる。尚、この製造方法においては沈殿物を可能な限り除去することが望ましい。また、水可溶性アルミニウム塩、例えば塩化アルミニウム、塩基性硝酸アルミニウム水溶液と、アルカリ金属あるいはアンモニウムの炭酸塩、重炭酸塩を反応させ、生成沈殿するアルミナ水和物を分離・洗浄した後、これを乳酸に溶解させることによっても製造することができる。後者の製造方法は、アルミニウム以外の金属元素を実質的に含まず、乳酸以外の酸を実質的に含まず、また、アルカリ成分もアルミナ水和物の分離・洗浄工程で除去されるため本発明において好ましい製造態様の一つである。
尚、上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液中の乳酸とアルミニウムの割合が、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0の範囲となるように上記各種原料の配合割合を設定することが肝要である。このとき、上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液のpHは概ね4〜6となる。
【0020】
次に、上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液にリンゴ酸を添加することによって、安定化された本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液を得ることができる。リンゴ酸の添加量は、上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液中のアルミニウムに対して、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5となる量である。リンゴ酸の添加は、上記塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造中あるいは製造後のいずれでも構わないが、製造中に添加するときは、塩基性乳酸アルミニウムの生成反応が終了してから添加する。塩基性乳酸アルミニウムの生成反応中にリンゴ酸を添加すると、リンゴ酸による安定化効果が得られ難い。リンゴ酸の添加時に必要に応じて加熱してもよいが、加熱温度は90℃を超えないことが望ましい。
【0021】
溶液pHについて云えば、リンゴ酸を添加する前の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は概ね4〜6の範囲であるが、上記割合でリンゴ酸を添加することによりpHは概ね3〜5の範囲となる。
【0022】
以上のように、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、リンゴ酸によって安定化されるため、沈殿が発生し難く長期保存安定性に優れた水溶液となる。本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、上記の通り、乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0であり、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5であるが、好ましくは、乳酸/Al2O3(モル比)=1.4〜1.6であり、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.3である。本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は前記範囲においてより安定性が高まる。
【0023】
また、本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液のアルミニウム濃度については、下限については特に制限は無いが経済的な観点からAl2O3として6質量%近傍が好ましい。上限については安定性の観点から10質量%近傍が好ましい。
【0024】
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液の保存安定性を評価する場合、該水溶液を60℃で8日間密封静置保存した後の該水溶液のヘイズ率がAl2O3として8.5質量%時において30%以下を示すことが好ましい。後述する如く、本発明に於いて、リンゴ酸以外の他のカルボン酸類、例えば、ギ酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸、酒石酸、グリコール酸、コハク酸等では塩基性乳酸アルミニウム水溶液の保存安定性が見られないことから、本発明に於いては極めて特異的にリンゴ酸が塩基性乳酸アルミニウム水溶液に作用しているものと推定される。
【0025】
本発明の塩基性乳酸アルミニウム水溶液は上記のような特性を有するため、触媒、電池材料及び耐火物用バインダーへの利用において特に好適であるが、各種結合剤、コーティング剤、化粧品原料、医薬、セラミック原料、塗料ビヒクル、各種増粘剤等への利用においても極めて有効である。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の詳細を実施例を挙げて説明するが、本発明はそれらの実施例によって限定されるものではない。尚、特に断らない限り%は全て質量%を示す。
実施例に用いた原料は、試薬あるいは工業薬品として入手できるものを用いた。
〈分析〉
ヘイズ率…水溶液のアルミニウム濃度をAl2O3として8.5%に調整したものを側色差計ND-300A(日本電飾工業(株)製)で測定した。
【0027】
実施例で用いた塩基性乳酸アルミニウム水溶液を表1に示した。これらの塩基性乳酸アルミニウム水溶液は、特許文献3(特開昭58−67644号公報)の実施例1に従い、炭酸アンモニウム水溶液に塩化アルミニウム水溶液を撹拌下で徐々に添加し、生成するアルミナ水和物を分離・洗浄した後、これを乳酸に溶解させることによって製造したものである。尚、水溶液Dは、未反応のアルミニウム成分が残存して均一な溶液状態が得られなかった。
【0028】
【表1】

【0029】
〔試験1〕
表1の塩基性乳酸アルミニウム水溶液に、リンゴ酸を表2の割合で添加、混合した。これを60℃で8日間密封静置保存後に、ヘイズ率を測定した。
【0030】
【表2】

【0031】
〔試験2〕
塩基性乳酸アルミニウム水溶液として表1の水溶液Aを用い、これに乳酸以外の有機酸を添加した。乳酸以外の有機酸の種類及び添加量を表3に示した。添加量は、各実施例における、(乳酸以外の有機酸のモル数×該有機酸のカルボキシル基数)/(Al2O3のモル数)が同程度となるように設定した。
60℃の密封静置保存開始後0、3、4、5、8日目に、目視による安定性評価を行った。その結果を表4に示した。
【0032】
【表3】


【0033】
【表4】

【0034】
表4から、リンゴ酸以外の他の有機酸が、塩基性乳酸アルミニウム水溶液の安定性に有効に作用しないのに対し、リンゴ酸のみが塩基性乳酸アルミニウム水溶液の安定化に特異的に作用することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0であり、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5であることを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液。
【請求項2】
(乳酸+リンゴ酸)/Al2O3(モル比)=1.05〜2.0である請求項1記載の塩基性乳酸アルミニウム水溶液。
【請求項3】
60℃で8日間密封静置保存後のヘイズ率が、Al2O3として8.5質量%時において、30%以下である請求項1又は2記載の塩基性乳酸アルミニウム水溶液。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の塩基性乳酸アルミニウム水溶液を用いた触媒、電池材料又は耐火物用バインダー。
【請求項5】
乳酸/Al2O3(モル比)=1.0〜2.0である塩基性乳酸アルミニウム水溶液に、リンゴ酸を、リンゴ酸/Al2O3(モル比)=0.05〜0.5の割合で添加することを特徴とする塩基性乳酸アルミニウム水溶液の製造方法。