説明

塩析剤の妨害を排除した質量スペクトル分析方法

【課題】微量成分の吸着量を高める塩析剤を用いた質量スペクトル分析において、塩析剤の妨害を排除した分析方法ないし試料調製方法を提供する。
【解決手段】酸性試料液に含まれる微量のウランおよびトリウムを吸着させて捕集し、これを溶離して質量スペクトル分析する方法において、ウランおよびトリウムの吸着量を高める塩析剤として、試料液と同種の酸のカルシウム塩を用いることを特徴とする質量スペクトル分析方法であり、例えば、塩析剤として硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をイオン交換樹脂またはフィルターに通液して、試料液中のウランおよびトリウムを吸着させ、次いで、このウランおよびトリウムを溶離してICP-MSによる質量スペクトル分析を行なう分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量成分の吸着量を高める塩析剤を用いた質量スペクトル分析において、ウランとトリウムを同時に吸着でき、かつ塩析剤の妨害を排除した分析方法ないし試料調製方法に関する。本発明の分析方法は、電子材料、土壌、底質・表面水等の地球化学試料、廃棄物等の各種材料中に含まれるウラン/トリウムを迅速に分析する方法として有用である。
【背景技術】
【0002】
高純度電子材料中に含まれるαエミッターであるウラン/トリウムはソフトエラーの原因となるため、可能な限り排除する必要があり、それを評価するための分析技術が求められている。一般に、ウラン/トリウムは、吸光光度法、ICP-AES(誘導結合プラズマ原子発光分析装置)、ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)などによって測定されるが、ウラン/トリウムは微量であるため、共存する主成分が分析対象であるウラン/トリウムの測定の妨害になり、ウラン/トリウムを分離濃縮して測定することが行われている。従来の一般的なウラン/トリウム分離濃縮法としては、イオン交換、溶媒抽出法が挙げられる。しかし、ウランとトリウムは各々イオン交換樹脂に対する分配挙動、および溶媒中の分配挙動が異なるため、通常はウランとトリウムを別々に処理する必要があるため分析時間が長く、分析操作が繁雑であるなどの問題がある。
【0003】
一方、マンガンノジュールに含まれるウラン/トリウムを同時に吸着させて分析する方法が知られている。この方法は、マンガンノジュールを硝酸溶解した試料液に硝酸マグネシウムを添加してウラン/トリウムの硝酸錯イオンを形成し、これらを同時に陰イオン交換樹脂に吸着させ、次いで、トリウムを6モル塩酸、ウランを0.1モル塩酸でそれぞれ溶離し、この溶離した液に吸光剤(Arsenazo III)を添加し、吸光光度法によって定量分析を行なう(非特許文献1)。
【0004】
しかし、この分析方法は塩析剤として高濃度の硝酸マグネシウムを用いるので、ICP-MS分析などの質量スペクトル分析には適さない。これは、ICP-MS分析ではアルゴンプラズマガス下で測定を行うために、アルゴンと質量数が異なるマグネシウムが装置内に残留することによってスペクトルの妨害が生じる問題があり、装置を健全に維持することが困難となるためである。
【0005】
また、ICP-MSによるウランおよびトリウムの分析法として、例えば、アルミニウムまたはその合金を塩酸に溶解し、この溶解液にリン酸トリブチルと有機溶媒(シクロヘキサンまたはその混合物)の混合溶液を添加して、ウランとトリウムを有機溶媒に同時に抽出し、この抽出液に水または4規定以下の鉱酸を添加してウランおよびトリウムを逆抽出し、これをICP−MSにより測定する方法が知られている(特許文献1)。しかし、この方法は溶媒抽出法であるため、イオン交換法に比べて有機溶媒や使用する試薬量が多く、環境負荷が大きいという問題がある。
【非特許文献1】「Anion-Exchange System in Magunesium Nitrate Media Application to Chemical Analysis of Manganese Nodules for Thorium and Uranium」Fresenius Z. Anal. Chem. Vol. 300 Page.107-111:(1980) Author: Rokuro kuroda and Tatsuya Seki
【特許文献1】特開平04−9663号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来の分析方法における上記課題を解決したものであり、微量成分の塩析剤として、例えば硝酸カルシウムを用いることによって塩析剤の妨害を排除し、ウランおよびトリウムを同時に分析することができる質量スペクトル分析方法ないしその試料調製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の構成からなる質量スペクトル分析方法に関する。
(1)酸性試料液に含まれる微量のウランおよびトリウムを吸着させて捕集し、これを溶離して質量スペクトル分析する方法において、ウランおよびトリウムの吸着量を高める塩析剤として試料液と同種の酸のカルシウム塩を用いることを特徴とする質量スペクトル分析方法。
(2)塩析剤として硝酸カルシウムを用い、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をイオン交換樹脂またはフィルターに通液して、試料液中のウランおよびトリウムを吸着させ、次いで、このウランおよびトリウムを溶離して質量スペクトル分析する上記(1)に記載する分析方法。
(3)上記(1)または上記(2)の何れかに記載する分析方法において、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をディスクフィルターに通液して、微量のウランおよびトリウムをディスクフィルターに吸着させ、このウランおよびトリウムを溶離してICP-MSによる質量スペクトル分析を行なう分析方法。
(4)上記(1)〜上記(3)の何れかに記載する分析方法において、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をイオン交換樹脂またはフィルターに通液して、試料液中のウランおよびトリウムを吸着させ、次いで、ウランおよびトリウムを個別に溶離して質量スペクトル分析を行なう分析方法。
(5)上記(1)〜上記(4)の何れかに記載する分析方法において、ウランおよびトリウムと共にビスマスを同時に分析する質量スペクトル分析方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の分析方法は、試料液と同種の酸のカルシウム塩を塩析剤として用い、これを酸性試料液に添加してウランおよびトリウムを吸着させるので、試料液に含まれる微量なウラン/トリウムについても、これらを効率良く吸着させて分析に必要な量を捕集することができ、精度良い分析を行なうことができる。
【0009】
本発明の分析方法は、具体的には、例えば、塩析剤として硝酸カルシウムを用い、これを硝酸性試料液に添加して、試料液に含まれるウランおよびトリウムをイオン交換樹脂またはディスクフィルターに吸着させて捕集し、これを質量スペクトル分析する方法である。塩析剤として用いるカルシウムは質量数が40であり、ICP質量分析に用いるプラズマガスであるアルゴンと同一の質量数を持つため、イオン干渉による質量スペクトルの妨害にならず、精度の高い分析を行なうことができる。また、スペクトル妨害が生じないので装置を健全に維持することができる。また、硝酸塩を使用することにより、分析上頻繁に共存成分として妨害となる遷移金属元素(鉄、銅)、アルミニウムなどの吸着寄与を低減して、ウラン、トリウムおよびビスマスに対する選択性を向上させることができる。
【0010】
また、本発明の分析方法は、空隙体積の非常に少ないディスクフィルターを使用することによって、混入する塩析剤を測定に影響しないレベルまで低減させることができるので、直接測定が可能である。さらに、濃縮率を高めるため、鉱酸(酢酸や硝酸など)を単独または混合してディスクフィルターを洗浄することによって、実質的に塩析剤を除去して測定することができる。
【0011】
本発明の分析方法は、各種電子材料等のウラン/トリウム含有量を迅速に知ることができるので、迅速な分析結果を必要とする場合に特に有効な分析手法である。具体的には、従来の分析法では、ウラン、トリウムのイオン交換樹脂への分配挙動が異なるため、別々に処理する必要があり、それに伴い酸濃度を調整するための蒸発乾固、イオン交換および溶媒抽出後の有機物分解などを行なう必要があり、このため、例えば5試料(n=3)の分析を行うには4日を要する。一方、本発明の分析方法によれば、分析時間を1日に短縮することができる。従って、環境浄化工事のスクリーニングやクレーム対応等のような迅速な対応を必要とする現場での工程管理や品質管理に対して、本発明の分析方法は有効である。
【0012】
また、本発明の分析方法は、ウラン/トリウムを多くのマトリックス成分から選択的に分離濃縮することが可能であるため、様々な試料について適用することができる。さらに、本発明の分析方法は、溶媒抽出法で使用される環境負荷の高い有機溶媒を使用しない利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の分析方法は、酸性試料液に含まれる微量のウランおよびトリウムを吸着させて捕集し、これを溶離して質量スペクトル分析する方法において、ウランおよびトリウムの吸着量を高める塩析剤として試料液と同種の酸のカルシウム塩を用いることを特徴とする質量スペクトル分析方法である。
【0014】
本発明の分析方法は、具体的には、例えば、塩析剤として硝酸カルシウムを用い、これを硝酸性試料液に添加して、試料液に含まれるウランおよびトリウムをイオン交換樹脂またはディスクフィルターに吸着させて捕集し、これを質量スペクトル分析する方法である。
【0015】
試料液に含まれる微量のウランおよびトリウムをイオン交換樹脂などに吸着させて捕集し、これを質量スペクトル分析する場合、一般に試料液の液性によってウランとトリウムの吸着率が異なり、塩酸性試料液ではウランの吸着率は高いがトリウムの吸着率は低く、硝酸性試料液ではウランの吸着率は低いがトリウムの吸着率は高い。このため従来の分析方法では、試料液の液性を変えてウランとトリウムを個々に吸着させるため、分析操作に手間がかかると云う問題がある。
【0016】
本発明の分析方法は、例えば、試料液を硝酸性溶液としてトリウムの吸着率を高く維持すると共に、硝酸カルシウムを塩析剤として硝酸性試料液に添加することによってウランの吸着率を高めてウランとトリウムとを同時に吸着できるようにした。なお、先に述べたように、硝酸マグネシウムを用いると、マグネシウムに起因する質量スペクトル上の妨害が生じるので硝酸マグネシウムは適さない。
【0017】
図1に、本発明の分析方法ないし試料調製方法の一例を示す。本例はイオン交換樹脂を用いる例であり、筒状のカートリッジ10に陰イオン交換樹脂11が封入されている。陰イオン交換樹脂は市販品(例えば、商品名:Bio-Rad AG1-X8、1g)を用いることができる。これに塩酸を注入して内部を洗浄する。洗浄用塩酸は例えば希塩酸を用い、これを10mlずつ2回注入して内部を洗浄すると良い。
【0018】
次に、このカートリッジに試料液と同種の酸のカルシウム塩溶液を注入してコンデショニングを行なう。例えば、硝酸性試料液に対しては硝酸カルシウム溶液を用いる。好ましくは、カルシウム塩を添加した試料液と同じ液性の溶液を用いるのが良い。具体的には、例えば、4M硝酸カルシウム〔Ca(NO3)2〕−0.1M硝酸の混合液を通液してコンデショニングを行なう。
【0019】
一方、ウラン/トリウムを含有する試料液を上記コンデショニングと同じ液性に調製する。具体的には、例えば、試料液に硝酸カルシウムおよび必要に応じて硝酸を添加して、試料液の液性を、例えば、4M硝酸カルシウム〔Ca(NO3)2〕−0.1M硝酸に調整する。この試料液を上記カートリッジ10に通液し、試料液に含まれるウラン/トリウムを陰イオン交換樹脂11に吸着させる。通液速度は毎分1ml程度でよい。
【0020】
試料液の通液後、カートリッジ10に硝酸を注入して内部を洗浄し、残留するカルシウムを洗い流す。この洗浄用硝酸としては、例えば、8M硝酸を用いると良い。次いで、塩酸をカートリッジ11に注入して陰イオン交換樹脂に吸着されているウラン/トリウムを溶離させる。溶離液として用いる塩酸は希塩酸20ml程度であれば良い。これを毎分3mlづつ注入すれば良い。ウラン/トリウムを含む溶離液をICP−MSなどに導入して質量スペクトル分析を行なう。
【0021】
図2に、ディスクフィルタを用いた本発明の分析方法ないし試料調製方法を示す。筒状のガラスファンネル20にディスクフィルタ21が封入されている。ディスクフィルタは市販品(例えば、3M社の商品名Empore Anion-SR)を用いることができる。ディスク21をセットした後にアルコールを注入してディスク21を膨潤させる。アルコールはメチルアルコールなどを用いれば良い。さらに塩酸を注入して内部を洗浄する。洗浄用塩酸は例えば希塩酸を用い、これを10mlずつ2回注入して内部を洗浄すると良い。
【0022】
次に、このファンネルに試料液と同種の酸のカルシウム塩溶液を注入してコンデショニングを行なう。例えば、硝酸性試料液に対しては硝酸カルシウム溶液を用いる。好ましくは、カルシウム塩を添加した試料液と同じ液性の溶液を用いるのが良い。具体的には、例えば、4M硝酸カルシウム〔Ca(NO3)2〕液を通液してコンデショニングを行なう。
【0023】
一方、ウラン/トリウムを含有する試料液を上記コンデショニングと同じ液性に調製する。具体的には、例えば、試料液に硝酸カルシウムおよび必要に応じて硝酸を添加して、試料液の液性を、例えば、4M硝酸カルシウム〔Ca(NO3)2〕を含有するように調整する。この試料液を上記ファンネル20に通液し、試料液に含まれるウラン/トリウムをディスク21に吸着させる。
【0024】
試料液の通液後、ディスクフィルタ21を新たなガラスファンネル20とガラスサポートベース22に付け替え、これに塩酸を注入してウラン/トリウムを溶離させる。溶離液としては希塩酸を毎分2.5ml程度注入すれば良い。ウラン/トリウムを含む溶離液をICP−MSなどに導入して質量スペクトル分析を行なう。
【0025】
上記方法において、陰イオン交換樹脂を用いる場合、ディスクフィルタを用いる場合の何れについても、溶離工程はウランとトリウムを同時に溶離してもよく、また異なった溶離液を用いてウランとトリウムを別々に溶離しても良い。
【0026】
ICP−MSによる質量スペクトル分析では、通常、試料液の元素濃度が1000ppm以上になると、分析精度が低下するのが、ディスクフィルタを用いた本発明の分析方法では塩析剤の濃度を大幅に低減できるので、具体的には、カルシウム濃度を1000ppm未満に抑えることができるので、ICP−MSによって高精度の質量スペクトル分析を行うことができる。
【実施例】
【0027】
本発明の分析方法によって岩石中のウラン/トリウム分析を行なう試料調製手順を図3に示す。図示するように、試料に過酸化ナトリウム(Na2O2)を加えて溶融分解させ、さらに硝酸を添加してウラン/トリウムを浸出させる。この浸出液を定容し分取して濃縮し、さらに4M硝酸カルシウムを加えて加熱溶解することによって試料液を調製する。この試料液を図1に示す陰イオン交換樹脂内装カートリッジに通液する。通液後、希塩酸の溶離液を注入して溶離を行い、ウラン/トリウムを含む一定容量の溶離液をICP-MSに導き、内部標準法に基づいて質量スペクトル分析を行う。この結果を表1に示した。5回の測定を行なった平均値はウラン96.2±1.4%、トリウム95.4±0.7%、標準偏差はそれぞれ0.7%、1.2%であり、精度の高い分析結果が得られた。また、本発明によって得られた分析値は従来法による分析値と良く一致した(表2)。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】陰イオン交換樹脂を用いた本発明の工程図および装置図
【図2】ディスクフィルタを用いた本発明の工程図および装置図
【図3】本発明の実施例を示す工程図
【符号の説明】
【0031】
10−カートリッジ、11−陰イオン交換樹脂、20−ガラスファンネル、21−ディスクフィルタ、22−ガラスサポートベース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性試料液に含まれる微量のウランおよびトリウムを吸着させて捕集し、これを溶離して質量スペクトル分析する方法において、ウランおよびトリウムの吸着量を高める塩析剤として試料液と同種の酸のカルシウム塩を用いることを特徴とする質量スペクトル分析方法。

【請求項2】
塩析剤として硝酸カルシウムを用い、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をイオン交換樹脂またはフィルターに通液して、試料液中のウランおよびトリウムを吸着させ、次いで、このウランおよびトリウムを溶離して質量スペクトル分析する請求項1に記載する分析方法。
【請求項3】
請求項1または2の何れかに記載する分析方法において、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をディスクフィルターに通液して、微量のウランおよびトリウムをディスクフィルターに吸着させ、このウランおよびトリウムを溶離してICP-MSによる質量スペクトル分析を行なう分析方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載する分析方法において、硝酸カルシウムを添加した硝酸性試料液をイオン交換樹脂またはフィルターに通液して、試料液中のウランおよびトリウムを吸着させ、次いで、ウランおよびトリウムを個別に溶離して質量スペクトル分析を行なう分析方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載する分析方法において、ウランおよびトリウムと共にビスマスを同時に分析する質量スペクトル分析方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−170915(P2007−170915A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−366692(P2005−366692)
【出願日】平成17年12月20日(2005.12.20)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】