説明

塩酸バンコマイシンを含有する錠剤

【課題】服用時の苦味のない、感染性腸炎の治療等に有用な塩酸バンコマイシンの経口用錠剤の提供。
【解決手段】平均分子量平均分子量が2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを用いるマトリックス錠剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバンコマイシン含有経口剤に関する。より詳しくは、服用後に腸内で溶解され、感染性腸炎の治療その他に有効である塩酸バンコマイシン含有の錠剤に関する。
【背景技術】
【0002】
塩酸バンコマイシンはストレプトマイセス・オリエンタリス(Streptomyces orientalis)由来のグリコペプチド系抗生物質であり、他の抗生物質が効きにくいMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に有効であるため、抗MRSA剤として多用されている。
塩酸バンコマイシンは経口投与しても消化器官からは殆ど吸収されないので、通常、注射剤として用いられる。例えば、PCT国際特許公開公報(下記特許文献1参照)に開示された塩酸バンコマイシンの凍結乾燥製剤は基本的には注射剤と理解される。
一方、MRSAによる感染性腸炎の治療や、骨髄移植時の消化管内殺菌を目的とする場合等には経口投与が有効であり、塩酸バンコマイシンの散剤が市販されている。しかし、用時にこの散剤を適宜溶解して服用しなければならず、製剤の調製が煩雑である。また、散剤を溶解した溶液を服用した場合、苦味、渋味があり、服用しにくい。従って、服用性や苦味等の欠点を克服した錠剤が望まれている。
しかし、塩酸バンコマイシン自体が大変吸湿しやすく、錠剤を製造すること自体困難である。特許文献2には、吸湿しやすい薬物とPEG8000を含有する固体分散剤について記載されているが、具体的な錠剤の製造については記載されていない。また、特許文献3には、塩酸バンコマイシンの溶出を制御するペレットについて記載されているが、使用されているポリマーは、ポリエチレングリコールではなくポリエチレンオキシドである。また該ペレットは、塩酸バンコマイシンの持続性を目的としたものであり、服用性や苦味等の改善を目的としたものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第01/47542号パンフレット
【特許文献2】特表2006−514052
【特許文献3】特表2000−513028
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは簡便に服用することができる塩酸バンコマイシンの錠剤を得る目的で、高分子マトリクス錠剤を種々検討した。塩酸バンコマイシン経口剤の問題点のひとつは、塩酸バンコマイシンの強い苦味である。例えば錠剤の表面を皮膜化すれば、苦味の克服は可能であるが、コーティングのための製剤工程が別途必要となる他、溶出がその分遅くなって腸内で有効成分の塩酸バンコマイシンを100%放出させることが困難となる。また、コーティングにおいて、水等の溶媒を使用するため、高吸湿性で吸湿下において分解しやすい塩酸バンコマイシンに悪影響を与える可能性がある。
また、塩酸バンコマイシンの原薬として多用される塩酸塩の吸湿性が錠剤の製造を困難としている。錠剤製造のための賦形剤・結合剤は多種知られているが、本件の場合、安定で錠剤としての適度な硬度を付与し、かつ口腔内では崩壊せず腸内移行後は完全に崩壊するような錠剤設計が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
検討の結果、特定のポリエチレングリコールを用いたマトリクス錠剤が適度な硬度の錠剤を提供するのみならず、服用時の苦味を抑制しかつ有効成分の好ましい放出特性を与え得ることが明らかとなった。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
1.塩酸バンコマイシン100重量部に対し、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール10重量部以上含有することを特徴とする、錠剤。
2.塩酸バンコマイシン100重量部に対し、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール10〜80重量部を含有する上記1記載の錠剤。
3.さらに流動化剤を含有する上記1または2記載の錠剤。
4.流動化剤が二酸化ケイ素である上記3記載の錠剤。
5.流動化剤が含水二酸化ケイ素である上記4記載の錠剤。
6.塩酸バンコマイシン100重量部に対し、流動化剤が0.5〜20重量部である、上記1〜5のいずれかに記載の錠剤。
7.さらに賦形剤を含有する上記1〜6のいずれかに記載の錠剤。
8.賦形剤がセルロース類、糖類、糖アルコール類および無機物質から選択される1または2以上である上記7記載の錠剤。
9.賦形剤が結晶セルロース、エリスリトール、D−ソルビトール、キシリトール、Dマンニトール、マルチトール、ショ糖、ブドウ糖、乳糖、還元麦芽糖水飴、無水リン酸水素カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ヒドロタルサイト、沈降炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、コーンスターチおよび部分α化デンプンから選択される1または2以上である上記8記載の錠剤。
10.賦形剤が結晶セルロースである上記9記載の錠剤。
11.塩酸バンコマイシン100重量部に対し、賦形剤が2.5〜25重量部である、上記1〜10のいずれかに記載の錠剤。
12.さらに滑沢剤を含有する上記1〜11のいずれかに記載の錠剤。
13.滑沢剤がステアリン酸マグネシウムである上記12記載の錠剤。
14.塩酸バンコマイシン100重量部に対し、滑沢剤が0.01〜5重量部である、上記1〜13のいずれかに記載の錠剤。
15.製剤全量に対し、塩酸バンコマイシン10〜99重量部、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール1〜50重量部、含水二酸化ケイ素0.1〜10重量部、結晶セルロース1〜20重量部、ならびにステアリン酸マグネシウム0.01〜5重量部を含有する、上記1〜14のいずれかに記載の錠剤。
16.製剤全量に対し、30〜80重量部の塩酸バンコマイシン、5〜40重量部のマクロゴール4000および/またはマクロゴール6000、1〜7重量部の含水二酸化ケイ素、5〜15重量部の結晶セルロース、0.1〜3重量部のステアリン酸マグネシウムからなる錠剤。
17.錠剤の硬度が30N以上である上記1〜16のいずれかに記載の錠剤。
18.日本薬局方溶出試験法において、試験開始60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が90%以上である上記1〜17のいずれかに記載の錠剤。
19.日本薬局方溶出試験法において、試験開始5分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が20%以下であり、かつ60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が90%以上である上記18記載の錠剤。
20.吸湿平衡状態となった塩酸バンコマイシンを含む粉末を、打錠することを特徴とする、錠剤の製造方法。
21.以下の工程を含む錠剤の製造方法:
i)塩酸バンコマイシンを含む粉末を打錠する工程、
ii)前記i)工程で得られた錠剤を粉砕する工程、
iii)前記ii)工程で得られた固形物を打錠する工程。
22.平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始60分後の塩酸バンコマシンの溶出率を90%以上に制御する方法。
23.平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における溶出試験開始5分後の塩酸バンコマイシンの溶出率を20%以下とし、かつ60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率を90%以上に制御する上記22記載の方法。
24.平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始60分後の薬物の溶出率を90%以上に制御する方法、および
25.平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始5分後の薬物の溶出率を20%以下とし、かつ60分後の薬物の溶出率を90%以上に制御する上記24記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、服用時に苦味を感じさせず、かつ、胃から小腸移行時に有効成分が放出される、感染性腸炎の治療等に有用な塩酸バンコマイシンの経口用錠剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】A法による錠剤の製造工程。
【図2】種々の結合剤(水溶性高分子)を用いた場合の塩酸バンコマイシンの溶出率。
【図3】結合剤(水溶性高分子)の配合量を変更した場合の塩酸バンコマイシンの溶出率。
【図4】B法による錠剤の製造工程。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明に用いる塩酸バンコマイシンは、例えば米国特許第3067099号記載の方法により製造することができる。また市販の医薬品グレードの原薬を用いることもできる。塩酸バンコマイシンの遊離塩基は水に難溶であるため、そのままでは製剤化の原薬としては好ましくなく、遊離塩基を水溶性塩に変換したのち使用される場合が多い。従って本発明に用いる塩酸バンコマイシンの薬学的に許容される塩としては、水溶性塩、例えば、塩酸塩、硫酸塩など水溶性の無機塩および水溶性の有機塩が挙げられる。とりわけ塩酸塩が好ましい。
塩酸バンコマイシンの含有量は、製剤全量に対し、10〜99重量部、好ましくは20〜90重量部、より好ましくは30〜80重量部である。この量よりも少なければ、錠剤の服用量が多くなる可能性があり、多ければ、塩酸バンコマイシンの吸湿性を十分に抑制することができない恐れがある。
【0010】
本発明の塩酸バンコマイシン錠剤は、有効成分としての塩酸バンコマイシンと結合剤としてのポリエチレングリコールを含んでなる。ここで使用されるポリエチレングリコールとしては、その平均分子量(第15改正日本薬局方、マクロゴール4000の項において記載される平均分子量試験によって測定)は、300〜20000の範囲のものであり、具体的にはPEG300、PEG600、PEG1000、PEG1540、PEG2000、PEG4000、PEG6000、PEG20000)、マクロゴール300、マクロゴール400、マクロゴール600、マクロゴール1500、マクロゴール1540、マクロゴール4000、マクロゴール6000、マクロゴール20000等があげられる。好ましくは、平均分子量2600〜3800または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールのものが好適に用いられ、具体的にはPEG4000、PEG6000、マクロゴール4000、マクロゴール6000である。
ポリエチレングリコールの含有量は、塩酸バンコマイシン100重量部に対し、10〜80重量部、好ましくは12.5〜75重量部、より好ましくは15〜70重量部である。また、製剤全量に対し、1〜50重量部、好ましくは3〜45重量部、より好ましくは5〜40重量部である。この量よりも少なければ、製品として安定な形状の保持を保証する錠剤の硬度が得られない恐れがあり、この量よりも多ければ、錠剤の崩壊時間が遅くなる可能性がある。
【0011】
本発明の塩酸バンコマイシン含有錠剤は、上記ポリエチレングリコールの他、流動化剤、賦形剤、滑沢剤を含むことができる。
流動化剤としては、一般に製剤学的に用いられるものでよいが、具体的には二酸化ケイ素、酸化チタン等が例示される。二酸化ケイ素として、具体的には含水二酸化ケイ素、軽質無水ケイ酸、重質無水ケイ酸等が例示され、好ましくは含水二酸化ケイ素が好適に使用される。流動化剤の含有量としては、塩酸バンコマイシン100重量部に対し、0.5〜20重量部、好ましくは1〜17.5重量部、より好ましくは3〜15重量部である。また、製剤全量に対して、0.1〜10重量部、好ましくは0.5〜8重量部、より好ましくは1〜7重量部である。この量よりも少なければ、塩酸バンコマイシンの原薬自体は、吸湿性があるので、流動性がさらに悪くなる恐れがあり、多ければ塩酸バンコマイシン自体の含量が相対的に低下する可能性がある。
【0012】
賦形剤としては、一般に製剤学的に用いられるものでよいが、具体的には結晶セルロース、エリスリトール、D−ソルビトール、キシリトール、Dマンニトール、マルチトール、ショ糖、ブドウ糖、乳糖、還元麦芽糖水飴、無水リン酸水素カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ヒドロタルサイト、沈降炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、コーンスターチ、部分α化デンプン等が例示され、好ましくは結晶セルロースが好適に使用される。賦形剤の含有量は、塩酸バンコマイシン100重量部に対し、2.5〜25重量部、好ましくは5〜22.5重量部、より好ましくは7.5〜20重量部である。また、製剤全量に対して、1〜20重量部、好ましくは2.5〜17.5重量部、より好ましくは5〜15重量部である。
【0013】
滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、ショ糖脂肪酸エステル、タルク、含水二酸化ケイ素、ステアリン酸カルシウム等が例示され、好ましくはステアリン酸マグネシウムが好適に使用される。滑沢剤の含有量は、塩酸バンコマイシン100重量部に対し、0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜4重量部、より好ましくは0.1〜3重量部である。また、製剤全量に対して、0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜4重量部、より好ましくは0.1〜3重量部である。
【0014】
その他の添加剤として、矯味剤(例:アスコルビン酸)、香料(例:メントール)等がある。
【0015】
本錠剤の好ましい態様としては、以下のとおりである。すなわち、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが10〜99重量部、平均分子量が2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールが1〜50重量部、流動化剤が0.1〜10重量部、賦形剤が1〜20重量部、滑沢剤が0.01〜5重量部である。好ましくは、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが20〜90重量部、平均分子量が2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールが3〜45重量部、流動化剤が0.5〜8重量部、賦形剤が2.5〜17.5重量部、滑沢剤が0.05〜4重量部である。より好ましくは、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが30〜80重量部、平均分子量が2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールが5〜40重量部、流動化剤が1〜7重量部、賦形剤が5〜15重量部、滑沢剤が0.1〜3重量部である。
【0016】
本錠剤のより好ましい態様としては、以下のとおりである。すなわち、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが10〜99重量部、マクロゴール4000および/またはマクロゴール6000が1〜50重量部、含水二酸化ケイ素が0.1〜10重量部、結晶セルロースが1〜20重量部、ステアリン酸マグネシウムが0.01〜5重量部である。好ましくは、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが20〜90重量部、マクロゴール4000および/またはマクロゴール6000が3〜45重量部、含水二酸化ケイ素が0.5〜8重量部、結晶セルロースが2.5〜17.5重量部、ステアリン酸マグネシウムが0.05〜4重量部である。より好ましくは、製剤全量に対し、塩酸バンコマイシンが30〜80重量部、マクロゴール4000および/またはマクロゴール6000が5〜40重量部、含水二酸化ケイ素が1〜7重量部、結晶セルロースが5〜15重量部、ステアリン酸マグネシウムが0.1〜3重量部である。
【0017】
塩酸バンコマイシン原薬自体に強い苦味と渋みがあるのに対し、塩酸バンコマイシンを含有した本発明錠剤は、溶出初期の溶出率を抑制し、苦味はほとんど感じない。一方、消化管内の殺菌を行うため、ある程度の時間、好ましくは投与60分後には、錠剤からほとんどの塩酸バンコマシンが溶出する必要がある。従って、溶出挙動として好ましくは、日本薬局方の溶出試験法において、試験開始60分後の溶出率が90%以上、より好ましくは日本薬局方の溶出試験法において、試験開始5分後で塩酸バンコマイシンの溶出率が約20%以下であり、60分後の溶出率は90%以上であることが望ましい。また、薬物の水溶解度にもよるが、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、塩酸バンコマイシン以外の薬物でも上記溶出挙動を達成することができる。
【0018】
本発明の錠剤の硬度は、通常の服用に耐えうる硬度であり、またバラ包装にした場合も錠剤が破損しない程度の錠剤の硬度であればよく、具体的には30N以上、好ましくは35N以上、より好ましくは40N以上である。
【0019】
塩酸バンコマイシンの吸湿性に対処するため、本発明者らは以下の製剤方法を採用するに至った。本発明の塩酸バンコマイシン錠剤は、好ましくは以下の方法(A法またはB法)により製造することができる。
1.A法
塩酸バンコマイシンを放置すると、一定量の水分を吸収した後、大気中の水分と平衡、すなわち吸湿平衡に達する(これを、吸湿済原体と呼ぶ)。この吸湿済原体は、非吸湿性である一般の製剤原料と同様に取り扱うことが可能であり、通常の製剤方法に従って吸湿済原体を含有した錠剤を製造した後、これを乾燥させて本発明の塩酸バンコマイシン錠剤を得る(後記試験例1参照)。吸湿済原体を製造する条件としては、塩酸バンコマイシンの原薬を好ましくは、25℃、相対湿度60%環境下で24時間以上放置する必要がある。また、吸湿済原体は、ハロゲン水分計を用いて水分値を測定し、この水分値を考慮して、添加剤の配合量を決定する。
2.B法
吸湿性の塩酸バンコマイシンと各添加剤を秤量した後、混合して打錠し、塩酸バンコマイシンの錠剤(この錠剤を以下「スラグ錠」という。)を製造する。このスラグ錠を粉砕して得られる顆粒の吸湿性は24時間で3%以下と十分に小さく、これに含有される塩酸バンコマイシンの定量が可能となる。この時点で、スラグ錠を粉砕した顆粒の水分値を測定し、この水分値を考慮し、必要量の添加剤を秤量して混合し、再度打錠して得られた錠剤を乾燥後、本発明の塩酸バンコマイシン錠剤を得る(後記試験例2参照)。なお、本製造方法においては、塩酸バンコマイシンの吸湿済原体を製造する必要がなく、より実用的な製造方法である。
【実施例】
【0020】
以下に実施例および比較例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0021】
(試験例1)結合剤(水溶性高分子)の検討
1.錠剤製造法(A法、図1参照)
吸湿済原体の製造
所定量の塩酸バンコマイシンを25℃、相対湿度60%環境下で24時間以上放置し、吸湿平衡となるまで吸湿させる。その後、ハロゲン水分計を用いて水分値を測定し、塩酸バンコマイシンに吸湿した水分値を算出する。
(2)錠剤の製造
表1に示す塩酸バンコマイシンおよび各添加剤を所定量秤量、篩過後に混合し、混合末とする。この混合末に滑沢剤であるステアリン酸マグネシウムを投入、混合し、製錠末とする。製錠末を以下の条件で打錠し、錠剤を製造した。製造した錠剤を通気温度40℃、90分間乾燥後、追加乾燥として五酸化二リン酸飽和溶液共存でデシケータ(相対湿度0%)に保存し、減圧下、室温(25℃)で約120時間放置した。なお、塩酸バンコマイシンの所定量は、前述の吸湿水分を考慮し、秤量をおこなった。

打錠条件
打錠機:ABS100S型静的圧縮機(JTトーシ社製)
打錠圧:7kN
錠剤形状:円形錠、φ10mm、2段R(R1:22、R2:2.5)
【表1】

HPC−SL:ヒドロキシプロピルセルロース
HPMC:ヒドロキシプロピルメチルセルロース
【0022】
2.錠剤硬度の測定
(測定方法)
ERWEKA錠剤硬度測定装置(ERWEKA社製)で錠剤硬度を測定した(錠剤2錠の平均)。
(測定結果)
実施例1、2、比較例1〜3の錠剤硬度を測定し、結果を表2にまとめた。その結果、比較例3は、非常に脆く、手で軽く押さえただけで、破損した。その他の錠剤は表2の通りであり、いずれも実用上問題のない硬度であり、目標の硬度である40Nを超えていた。
【表2】

【0023】
3.苦味官能試験
(試験方法)
成人男子5人に上記製造した錠剤を服用してもらい、錠剤を30秒程度口腔内に含んだときの苦味を評価した。
(試験結果)
実施例1、2、比較例1、2について、苦味官能試験をおこなった結果、いずれの錠剤もほとんど苦味を感じなかった。
【0024】
4.溶出試験
(試験方法)
日本薬局方第15改正にある溶出試験法に基づき、試験をおこなった。溶出試験液第1液(pH 1.2)を用い、パドル法にて溶出試験をおこなった(パドル回転数:50rpm)。溶出したバンコマイシン量は紫外可視吸光度測定法により溶出試験液の280 nmの吸光度を測定することにより求めた。
(試験結果)
実施例1、2、比較例1、2の錠剤について、溶出試験をおこなった結果を、図2に示す。その結果、水溶性高分子としてマクロゴール4000、6000を使用した錠剤(実施例1、2)であれば、試験開始60分後で溶出率がほぼ100%であった。一方、水溶性高分子としてヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースを使用した錠剤(比較例1、2)であれば、試験開始60分後の溶出率は、90%未満であった。
以上の結果から、結合剤(水溶性高分子)として、マクロゴール4000、6000が最適であることが明らかとなった。
【0025】
(試験例2)結合剤(水溶性高分子)の配合量の検討
1.錠剤製造法
錠剤の製造方法は、試験例1と同様である。表3に示す処方によって、錠剤を製造した。水溶性高分子としては、試験例1で最適な水溶性高分子として選択したマクロゴール6000を用い、塩酸バンコマイシンとマクロゴール6000の配合比率を変更した。
【表3】

【0026】
2.錠剤硬度の測定
試験例1と同様に、錠剤硬度を測定し、結果を表4に示す。その結果、実施例3〜5のいずれの錠剤も、目標の錠剤硬度である40Nを超えていた。
【表4】

【0027】
3.苦味官能試験
試験例1と同様に、苦味官能試験をおこなった。その結果、実施例3〜5のいずれの錠剤もほとんど苦味を感じなかった。
【0028】
4.溶出試験
試験例1と同様に、溶出試験をおこなった。結果を、図3に示す。その結果、溶出速度は実施例3〜5のいずれの錠剤でもほぼ同じであり、試験開始60分後で溶出率がほぼ100%であった。
【0029】
(試験例3)実生産における錠剤の製造方法(B法、図3参照)
1.スラグ錠剤の製造法
錠剤の処方を表5に示す。有効成分である塩酸バンコマイシンおよび各添加剤を所定量秤量する。秤量した塩酸バンコマイシン及び各添加剤を篩過、混合し、混合末とする。混合末へ滑沢剤であるステアリン酸マグネシウムを所定量添加し、混合後、製錠末とし、打錠機にて下記打錠条件で圧縮成型する(第一プレス)。この錠剤をスラグ錠剤という。
2.最終錠剤の製造法
スラグ錠剤をフィッツミルまたはパワーミルで 500μm以上の顆粒が10%以下で150μm以下の顆粒が50%以下となるように粉砕し、調粒顆粒とする。調粒顆粒の水分値をハロゲン水分計用いて測定し、所定量のマクロゴール6000、結晶セルロースを加え、混合し、この混合顆粒に滑沢剤であるステアリン酸マグネシウムを投入し、製錠顆粒とし、当該顆粒を下記打錠条件で打錠機にて圧縮成型する。なお、結晶セルロースは、塩酸バンコマイシンの吸湿水分も考慮し、錠剤全体が100重量%となるように添加する。圧縮成型された錠剤を低湿(湿度0.8%)の圧縮空気を吹き付けることによって、乾燥をおこない、最終錠剤(実施例6)を製造した。
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は服用時の苦味のない、感染性腸炎の治療等に有用な塩酸バンコマイシンの経口投与用錠剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸バンコマイシン100重量部に対し、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール10重量部以上含有することを特徴とする、錠剤。
【請求項2】
塩酸バンコマイシン100重量部に対し、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール10〜80重量部を含有する請求項1記載の錠剤。
【請求項3】
さらに流動化剤を含有する請求項1または2記載の錠剤。
【請求項4】
流動化剤が二酸化ケイ素である請求項3記載の錠剤。
【請求項5】
流動化剤が含水二酸化ケイ素である請求項4記載の錠剤。
【請求項6】
塩酸バンコマイシン100重量部に対し、流動化剤が0.5〜20重量部である、請求項1〜5のいずれかに記載の錠剤。
【請求項7】
さらに賦形剤を含有する請求項1〜6のいずれかに記載の錠剤。
【請求項8】
賦形剤がセルロース類、糖類、糖アルコール類および無機物質から選択される1または2以上である請求項7記載の錠剤。
【請求項9】
賦形剤が結晶セルロース、エリスリトール、D−ソルビトール、キシリトール、Dマンニトール、マルチトール、ショ糖、ブドウ糖、乳糖、還元麦芽糖水飴、無水リン酸水素カルシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ヒドロタルサイト、沈降炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、コーンスターチおよび部分α化デンプンから選択される1または2以上である請求項8記載の錠剤。
【請求項10】
賦形剤が結晶セルロースである請求項9記載の錠剤。
【請求項11】
塩酸バンコマイシン100重量部に対し、賦形剤が2.5〜25重量部である、請求項1〜10のいずれかに記載の錠剤。
【請求項12】
さらに滑沢剤を含有する請求項1〜11のいずれかに記載の錠剤。
【請求項13】
滑沢剤がステアリン酸マグネシウムである請求項12記載の錠剤。
【請求項14】
塩酸バンコマイシン100重量部に対し、滑沢剤が0.01〜5重量部である、請求項1〜13のいずれかに記載の錠剤。
【請求項15】
製剤全量に対し、塩酸バンコマイシン10〜99重量部、平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコール1〜50重量部、含水二酸化ケイ素0.1〜10重量部、結晶セルロース1〜20重量部、ならびにステアリン酸マグネシウム0.01〜5重量部を含有する、請求項1〜14のいずれかに記載の錠剤。
【請求項16】
製剤全量に対し、30〜80重量部の塩酸バンコマイシン、5〜40重量部のマクロゴール4000および/またはマクロゴール6000、1〜7重量部の含水二酸化ケイ素、5〜15重量部の結晶セルロース、0.1〜3重量部のステアリン酸マグネシウムからなる錠剤。
【請求項17】
錠剤の硬度が30N以上である請求項1〜16のいずれかに記載の錠剤。
【請求項18】
日本薬局方溶出試験法において、試験開始60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が90%以上である請求項1〜17のいずれかに記載の錠剤。
【請求項19】
日本薬局方溶出試験法において、試験開始5分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が20%以下であり、かつ60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率が90%以上である請求項18記載の錠剤。
【請求項20】
吸湿平衡状態となった塩酸バンコマイシンを含む粉末を、打錠することを特徴とする、錠剤の製造方法。
【請求項21】
以下の工程を含む錠剤の製造方法:
i)塩酸バンコマイシンを含む粉末を打錠する工程、
ii)前記i)工程で得られた錠剤を粉砕する工程、
iii)前記ii)工程で得られた固形物を打錠する工程。
【請求項22】
平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始60分後の塩酸バンコマシンの溶出率を90%以上に制御する方法。
【請求項23】
平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における溶出試験開始5分後の塩酸バンコマイシンの溶出率を20%以下とし、かつ60分後の塩酸バンコマイシンの溶出率を90%以上に制御する請求項22記載の方法。
【請求項24】
平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始60分後の薬物の溶出率を90%以上に制御する方法。
【請求項25】
平均分子量2600〜3800のポリエチレングリコールおよび/または平均分子量7300〜9300のポリエチレングリコールを含有することによって、日本薬局方溶出試験法における試験開始5分後の薬物の溶出率を20%以下とし、かつ60分後の薬物の溶出率を90%以上に制御する請求項24記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−120967(P2010−120967A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−38046(P2010−38046)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【分割の表示】特願2008−107608(P2008−107608)の分割
【原出願日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)
【Fターム(参考)】