説明

増ちょう剤、グリース、およびそれらの製造方法、ならびにグリース封入軸受

【課題】高温高速耐久性に優れたグリースを製造できる増ちょう剤、およびこのグリースを封入したグリース封入軸受を提供する。
【解決手段】アミン系触媒の存在下で、酸無水物化合物とアミノ化合物とを反応させる工程、または酸無水物化合物とイソシアネート化合物とを反応させる工程により製造される、下記式(1)または式(2)で表される化合物である増ちょう剤を、基油に配合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な増ちょう剤およびこの増ちょう剤を配合したグリース、およびそれらの製造方法、ならびにこのグリースが封入されたグリース封入軸受に関する。特に家電や産業機器、自動車のエンジンルーム内で使用される電装補機などの高温高速回転で使用される軸受に封入して使用されるグリースおよび該グリース封入軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
各種電装補機や産業機器などに組み込まれる転がり軸受には、潤滑性を付与するためにグリースが封入される。このグリースは基油および増ちょう剤と、必要に応じて添加剤とを混練して得られる。上記基油としては、鉱油やエステル油、シリコーン油、エーテル油等の合成潤滑油が、上記増ちょう剤としては、リチウム石けんなどの金属石けんやウレア化合物がそれぞれ一般的に使用されている。また、添加剤としては、必要に応じて酸化防止剤、さび止剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤などの各種添加剤が配合される。
【0003】
近年、家電や産業機器用モータ、電装補機などに使用される転がり軸受は、これらの機器の高性能化に伴い、高温および高速回転条件下で使用されるため、高温高速耐久性に優れていることが要求される。また、同時に静音性に優れていることも要求される。
従来、低温から高温まで広い温度範囲で良好な潤滑性を発揮し、軸受の冷時異音の発生を抑え、長時間にわたり高温耐久性に優れた軸受封入用グリースとして、合成炭化水素と所定のエステル油とからなる基油に、ウレア系増ちょう剤を配合したものが知られている(特許文献1参照)。また、自動車のプーリ用軸受に用いられ、軸受の軌道面やボール表面の脆性剥離や冷時異音の発生を抑えるグリースとして、合成炭化水素とエステル油とからなる所定粘度の基油に、増ちょう剤として脂環族ジウレア化合物を配合したものが知られている(特許文献2参照)。また、高温高速回転条件における焼き付き寿命が長いグリースとして、基油にエステル油を含み、増ちょう剤として所定のジウレア化合物を 3〜30 重量%含むグリースが知られている(特許文献3参照)。
特許文献1〜特許文献3に示されるように、高温耐久性に優れたグリースとして、ジウレア化合物を増ちょう剤に用いたものが知られている。これら各特許文献において使用されているジウレア化合物は、ジフェニルメタンジイソシアネートとモノアミンとを反応させることで得られている。
【0004】
しかしながら、上記各特許文献に示されるような、基油としてエステル油や合成炭化水素油を含む基油を用い、増ちょう剤としてジウレア化合物を用いた潤滑組成物であっても、該組成物を近年の家電や産業機器に用いられる軸受に封入した際に、これらの軸受に近年要求される高温高速耐久性などの性能を満足させることが必ずしもできないという問題がある。
【0005】
高温高荷重用潤滑グリースとして、1分子中に2個の環状イミド結合を必須として、これに2個のウレア結合、ウレタン結合、またはアミド結合を有する化合物を増ちょう剤とする潤滑グリースが知られている(特許文献4参照)。
しかしながら、このイミド結合を含む化合物は、イミド結合単独ではなく、他のウレア結合、ウレタン結合、またはアミド結合との組み合わせを必須としている。ウレア結合、ウレタン結合、またはアミド結合は、ポリイミド樹脂と、ポリウレタン樹脂またはポリアミド樹脂との比較に見られるように、耐熱性がイミド結合に対して劣る。そのため、特許文献4に記載の増ちょう剤であっても、近年の高温高速耐久性などの性能を満足させることが出来ないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−208982号公報
【特許文献2】特許平11−270566号公報
【特許文献3】特開2001−107073号公報
【特許文献4】特開昭54−114506号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような問題に対処するためになされたもので、高温高速耐久性に優れたグリースを製造できる増ちょう剤、およびこのグリースを封入したグリース封入軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は基油をグリースにするために加えられる増ちょう剤であって、該増ちょう剤は、下記式(1)または式(2)で表される化合物であることを特徴とする。
【化1】

式(1)または式(2)において、R1はジアミンまたはジイソシアネートの残基を表し、R2は隣接する2つの炭素原子がイミド環を形成するジカルボン酸またはその誘導体の残基を表し、R3はテトラカルボン酸またはその誘導体の残基を表し、R4は水素原子またはモノアミンもしくはモノイソシアネートの残基を表し、nは0〜5の整数を表す。
【0009】
本発明の式(1)または式(2)で表される増ちょう剤の製造方法は、酸無水物化合物とアミノ化合物とを反応させる工程、または酸無水物化合物とイソシアネート化合物とを反応させる工程を有することを特徴とする。
特にn=0であり、ジイソシアネートと酸一無水物との反応、またはモノイソシアネートと酸二無水物との反応により製造されることを特徴とする。
【0010】
本発明のグリースは、上記本発明の増ちょう剤が含まれていることを特徴とする。
また、グリースの基油がエーテル、エステル油およびイオン液体から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする。
【0011】
本発明のグリースの製造方法は、増ちょう剤が基油中で原料成分を反応させてグリース化することを特徴とする製造方法であるか、または、基油に増ちょう剤粉末を混合してグリース化することを特徴とする。
【0012】
本発明のグリース封入軸受は、上記本発明の増ちょう剤を基油に配合してなるグリースが封入されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明のグリースは、(1)または式(2)で表される化合物を増ちょう剤として用いるので、このグリースを封入する軸受の高温高速耐久性を向上させることができる。特に従来のジウレア化合物を増ちょう剤とする場合と比較して、高温高速耐久性を向上させることができる。
【0014】
本発明のグリース封入転がり軸受は、上記グリースが封入されてなるので、高温高速耐久性に優れる。このため、近年において高温および高速回転条件下で使用される家電や産業機器のモータ用などの転がり軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】深溝玉軸受の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
耐熱性に優れた合成樹脂として、ベスペル(デュポン社商品名)として知られている芳香族ポリイミド樹脂がある。この樹脂粉末を増ちょう剤として用いて潤滑グリースを調整したところ、芳香族ポリイミド樹脂が基油から乖離してしまい、増ちょう機能を果たさない。しかしながら、分子内に環状イミド結合を含むポリイミド樹脂のオリゴマー相当品までの化合物は基油から乖離することなく、増ちょう機能を果たすことが分かった。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0017】
式(1)および式(2)において、R1はジアミンまたはジイソシアネートの残基を表す。ジアミンまたはジイソシアネートは、脂肪族、脂環族、または芳香族ジアミンまたはジイソシアネートであることが好ましい。
脂肪族ジアミンとしては、メチレンジアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、ペンチレンジアミン、ヘキシレンジアミン、ヘプチレンジアミン、オクチレンジアミン、ビス(2−アミノエトキシ)エタン、N,N−ビス(3−アミノプロピル)メチルアミン、2,2’−ジアミノジエチルジスルフィド、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン、これらの異性体等が挙げられる。
脂環族ジアミンおよびその他のジアミンとしては、モロホリンジアミン、1,3−ビス(3−アミノメチル)シクロヘキサン、4,4‘−ジアミノ−ジシクロヘキシル−メタン、1,4−ビス(3−アミノプロピル)ピペラジン、3,4−ビス(3−アミノプロピル)2,4,8,10−テトラオキサ[5,5]ウンデカン、ジアミノシロキサン、トランス−1,4−ジアミノシクロヘキサン、3(4),8(9)−ビス(アミノエチル)トリシクロ{5,2,1,0}デカン、これらの異性体等が挙げられる。
芳香族ジアミンとしては、フェニレンジアミン、メチルフェニレンジアミン、ジメチルフェニレンジアミン、エチルフェニレンジアミン等の芳香族単環式ジアミン、ジアミノビフェニル、ジアミノジメチルビフェニル、ビス(アミノフェニル)メタン、ビス(アミノフェニル)エタン、ビス(アミノフェニル)プロパン、ビス(アミノフェニル)ブタン、ビス(アミノフェニル)エーテル、ビス(アミノフェニル)スルフィド、ビス(アミノフェニル)スルホン等の芳香族二環式ジアミンが挙げられる。これら芳香族ジアミンは置換されていてもよい。
【0018】
ジイソシアネートは、ジアミン類とホスゲンとを反応させる公知の方法により、上記ジアミン類の誘導体として容易に得られる。
【0019】
本発明に使用できるジアミンとしては、グリースの耐熱性が向上することから、特に芳香族ジアミンまたは芳香族ジイソシアネートであることが好ましい。
これらの中でもフェニレンジアミン、メチルフェニレンジアミン、ジアミノビフェニル、ビス(アミノフェニル)メタン、ビス(アミノフェニル)エーテル、ビス(アミノフェニル)スルフィド、ビス(アミノフェニル)スルホン、またはこれらのジイソシアネート誘導体が好ましい例として挙げられる。
【0020】
2は隣接する2つの炭素原子がイミド環を形成するジカルボン酸またはその誘導体の残基を表す。隣接する2つの炭素原子にそれぞれカルボキシル基が結合しており、これらジカルボキシ基が上記ジアミンまたはジイソシアネート類の1つのアミノ基またはイソシアネート基と反応してイミド環が形成される。
ジカルボン酸としては、コハク酸、マレイン酸、フタル酸、ナフタレンジカルボン酸、これらの誘導体が挙げられる。誘導体としては、酸一無水物、エステル、酸ハロゲン化物等が挙げられる。
【0021】
3はテトラカルボン酸またはその誘導体の残基を表す。
テトラカルボン酸としては、ピロメリット酸、3,3',4,4'−ベンゾフェノンテトラカルボン酸、3,3',4,4'−ビフェニルテトラカルボン酸、1,2,5,6−ナフタレンテトラカルボン酸、2,3,5,6−ピリジンテトラカルボン酸、1,4,5,8−ナフタレンテトラカルボン酸、3,4,9,10−ペリレンテトラカルボン酸、4,4'−スルホニルジフタル酸、m−タ−フェニル−3,3',4,4'−テトラカルボン酸、4,4'−オキシジフタル酸、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス(2,3−または3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(2,3−または3,4−ジカルボキシフェニル)プロパン、2,2−ビス[4−(2,3−または3,4−ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2,2−ビス[4−(2,3−または3,4−ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン、1,3−ビス(3,4−ジカルボキシフェニル)−1,1,3,3−テトラメチルジシロキサン、ブタンテトラカルボン酸、ビシクロ−[2,2,2]−オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸等が例示される。
これらの酸の誘導体としては、隣接する2つのカルボキシル基が脱水して得られる酸二無水物、カルボキシル基のエステル、酸ハロゲン化物等が挙げられる。イミド環を生成しやすい酸二無水物が好ましい。
【0022】
4は水素原子またはモノアミンもしくはモノイソシアネートの残基を表す。
モノアミンとしては、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ペンチルアミン、ヘキシルアミン、ヘプチルアミン、オクチルアミン、アニリン、トルイジン、ドデシルアニリン、シクロヘキシルアミン、シクロヘプチルアミン、アミノジフェニルエーテル、アミノジフェニルエーテル等が挙げられる。
モノイソシアネートは、アミン類とホスゲンを反応させる公知の方法により、上記アミン類の誘導体として容易に得られる。
【0023】
上記式(1)で表される化合物は、例えば以下の方法で得ることができる。
(i)H2NR1NH2で表されるジアミン1モルと、R2(CO)2Oで表されるジカルボン酸一無水物2モルとを有機溶媒、またはグリース基油中で反応させる。上記ジアミンに代えて、OCNR1NCOを使用することもできる。この場合上記式(1)においてn=0の化合物が得られる。
(ii)O(CO)23(CO)2Oで表されるテトラカルボン酸二無水物1モルと、H2NR1NH2で表されるジアミン2モルとを反応させて、イミド環を含み、末端アミノ基の化合物を得る。この末端アミノ基を有する化合物1モルにR2(CO)2Oで表されるジカルボン酸一無水物2モルを有機溶媒、またはグリース基油中で反応させる。この場合上記式(1)においてn=1の化合物が得られる。
また、テトラカルボン酸二無水物と、ジカルボン酸一無水物と、ジアミンとの反応モル比を変えて、逐次的に反応生成物を得ることにより、上記式(1)においてn=2〜5の化合物が得られる。
上記ジアミンに代えて、OCNR1NCOを使用することもできる。
【0024】
上記式(2)で表される化合物は、例えば以下の方法で得ることができる。
(iii)O(CO)23(CO)2Oで表されるテトラカルボン酸二無水物1モルと、R4で表されるモノアミン2モルとを有機溶媒、またはグリース基油中で反応させる。上記モノアミンに代えて、R4NCOを使用することもできる。この場合上記式(2)においてn=0の化合物が得られる。
(iV)O(CO)23(CO)2Oで表されるテトラカルボン酸二無水物2モルと、H2NR1NH2で表されるジアミン1モルとを反応させて、イミド環を含み、末端カルボン酸無水物の化合物を得る。この末端カルボン酸無水物基を有する化合物1モルにR4NH2で表されるモノアミン2モルを有機溶媒、またはグリース基油中で反応させる方法。この場合上記式(2)においてn=1の化合物が得られる。
また、テトラカルボン酸二無水物と、ジアミンと、モノアミンとの反応モル比を変えて、逐次的に反応生成物を得ることにより、上記式(2)においてn=2〜5の化合物が得られる。
上記ジアミンに代えて、OCNR1NCOを、モノアミンに代えてR4NCO使用することもできる。
【0025】
上記式(1)または式(2)で表される化合物において、n=0の場合が好ましい。n=0であると、化合物合成が容易であり、基油に配合することで増ちょう効果が得られやすくなる。
【0026】
上記反応を有機溶媒中で行なう場合、有機溶媒としては、ジエチルエーテル、ジイソブチルエーテル、テトラヒドロフラン、メチルセロソルブ、ハロゲン化メタン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルアニリン、ジメチルスルホキシド等の極性溶媒を好適に使用できる。
また、後述するグリースの基油を溶媒として使用することができる。
反応条件および操作方法は、特に限定されることなく、上記式(1)または式(2)で表される化合物、またはその中間体を生成できる条件であればよい。イミド環生成は、通常以下式(3)および式(4)で表される中間体を経由して生成するためである。
【化2】

上記式(3)は酸無水物とアミンとの反応時の中間体を、式(4)は酸無水物とイソシアネートとの反応時の中間体を、それぞれ表す。本発明の増ちょう剤は、上記中間体を含んでいてもよい。
酸無水物と、アミンまたはイソシアネートとを適当な溶媒、または基油に溶解させ、反応温度を−10〜200℃、1〜5時間反応させることにより、上記式(1)または式(2)で表される化合物が得られる。
【0027】
上記式(1)または式(2)で表される化合物の合成は、反応性ある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基と酸無水物の無水カルボン酸基とは略当量となるように配合することが好ましい。基油中に増ちょう剤を配合するときは、基油中でイソシアネート化合物と酸無水物とを反応させてもよく、また、予め合成されたジウレア系増ちょう剤を基油に混合してもよい。好ましい製造方法は、グリースの安定性を保ちやすい前者の方法である。
【0028】
上記反応は、反応触媒の存在により促進される。特に、イソシアネート類と酸無水物との反応においては反応触媒を用いることが好ましく、その触媒としてはアミン系触媒が好ましい。アミン系触媒としてはジアミンが好ましい。ジアミンとしては、トリエチレンジアミン、テトラエチレンジアミンなどが挙げられる。
【0029】
本発明のグリースは、基油を増ちょうさせる増ちょう剤として使用できる。
基油としては、鉱油、合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、イオン液体、シリコーン油、フッ素油などが使用できる。
本発明に使用できる合成炭化水素油としては、脂肪族炭化水素油が好ましく、脂肪族炭化水素油の中でもPAO油、α-オレフィンとオレフィンとの共重合体等がより好ましい。これらは、α-オレフィン等の低重合体であるオリゴマーの末端二重結合に水素を添加した構造である。また、PAO油の1種であるポリブテンも使用でき、これはイソブチレンを主体とする出発原料から塩化アルミニウム等の触媒を用いて重合して製造できる。ポリブテンは、そのまま用いても水素添加して用いてもよい。
【0030】
本発明に使用できるエステル油は、分子内にエステル基を有し室温で液状を示す化合物である。好適なエステル油としては、芳香族エステル油、ポリオールエステル油が挙げられる。
芳香族エステル油は、芳香族多塩基酸またはその誘導体と、高級アルコールとの反応で得られる化合物が好ましい。芳香族多塩基酸としては、トリメリット酸、ビフェニルトリカルボン酸、ナフタレントリカルボン酸などの芳香族トリカルボン酸、ピロメリット酸、ビフェニルテトラカルボン酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸、ナフタレンテトラカルボン酸などの芳香族テトラカルボン酸、またはこれらの酸無水物などの誘導体が挙げられる。高級アルコールとしては、オクチルアルコール、デシルアルコールなどの炭素数4以上の脂肪族1価アルコールが好ましい。芳香族エステル油の例としては、トリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどが挙げられる。
ポリオールエステル油は、ポリオールと一塩基酸との反応で得られる分子内にエステル基を複数個有する化合物が好ましい。ポリオールに反応させる一塩基酸は単独で用いてもよく、また混合物として用いてもよい。なお、オリゴエステルの場合には二塩基酸を用いてもよい。
ポリオールとしては、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、ネオペンチルグリコール、2-メチル-2-プロピル-1,3-プロパンジオール等が挙げられる。
一塩基酸としては、炭素数4〜18の1価の脂肪酸が挙げられる。例えば、吉草酸、カプロン酸、カプリル酸、エナント酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、牛脂酸、ステアリン酸、カプロレイン酸、ウンデシレン酸、リンデル酸、ツズ酸、フィゼテリン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、アスクレピン酸、バクセン酸、ソルビン酸、リノール酸、リノレン酸、サビニン酸、リシノール酸などが挙げられる。
【0031】
本発明に使用できるエーテル油としては、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、ジアルキルジフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油、ジアルキルジフェニルエーテル油等が挙げられる。
【0032】
本発明に使用できるイオン液体は、カチオン成分とアニオン成分との組み合わせとして得られる。カチオン成分としては脂肪族または脂環式アミンカチオン、イミダゾリウムカチオン、ピリジンカチオン等が挙げられ、アニオン成分としてはハロゲン化物イオン、SCN-、BF4-、ClO4-、PF6-、(CF3SO22-、(CF3CF2SO22-、CF3SO3-、CF3COO-、Ph4-、(CF3SO23-、PF3(C253-等が挙げられる。これらの中で耐熱性と低温流動性と環境適合性に優れることから、カチオン成分としてイミダゾリウムカチオンを、アニオン成分として(CF3SO22-(ビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオン)、PF3(C253-(トリ(ペンタフルオロエチル)-トリフルオロフォスファイドアニオン)を用いることが好ましい。
【0033】
イオン液体の市販品としては、例えば、カチオン成分を1-オクチル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンとするメルク社製のOMI−TFSI、カチオン成分を1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンとするメルク社製のHMI−TFSI、カチオン成分を1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をトリフルオロ-トリ(ペンタフルオロエチル)フォスファイドアニオンとするメルク社製のHMI−PF3(C253-等が挙げられる。
【0034】
本発明のグリースでは、上記基油の中でも、高温高速耐久性に優れることから、エーテル油およびエステル油、イオン液体から選ばれた少なくとも一つを用いることが特に好ましい。
【0035】
グリースの基油に対して増ちょう剤としての上記イミド化合物の配合割合は、グリース全体に対して10〜60重量%であることが好ましい。10重量%未満では、グリースが軟化して漏洩しやすく軸受に封入することが困難になる。また60重量%をこえると硬質化して、軸受封入用のグリースとして実用性がなくなる。
【0036】
本発明のグリースには、必要に応じて、アミン系やフェノール系の酸化防止剤を配合できる。このような酸化防止剤としては、p,p′-ジオクチルジフェニルアミン、N,N′-ジイソプロピル-p-フェニレンジアミン、N,N′-ジ-sec-ブチル-p-フェニレンジアミンなどのアルキル化ジフェニルアミン、フェニル-1-ナフチルアミン、フェニル-2-ナフチルアミン、ジフェニル-p-フェニレンジアミン、ジピリジルアミン、オレイルアミドアミン、フェノチアジン、N-メチルフェノチアジン、N-エチルフェノチアジン、3,7-ジオクチルフェノチアジン、アルキルジチオりん酸亜鉛、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオジプロピオネートなどが挙げられる。また、セバシン酸ナトリウムを酸化防止剤として配合できる。
【0037】
本発明のグリースには、その優れた性能を高めるため、必要に応じて他の公知の添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、塩素系、イオウ系、りん系化合物、有機モリブデンなどの極圧剤、石油スルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、ソルビタンエステルなどのさび止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリイソブチレン、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤などが挙げられ、これらを単独または2種類以上組み合わせて添加できる。
【0038】
本発明のグリース封入軸受の一例を図1に示す。図1は転がり軸受である深溝玉軸受の断面図である。グリース封入軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。また、この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等にシール部材6が固定され、少なくとも転動体4の周囲に本発明のグリース7が封入される。
【実施例】
【0039】
実施例1
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。なお、表1下部に示すように、エーテル油は松村石油研究所製:モレスコハイルーブLS150(150mm2/s(40℃))、エステル油はHATCO社製:ハトコールH3855(148mm2/s(40℃))、イオン液体はメルク社製:OMI−TFSI(91mm2/s(20℃))をそれぞれ用いた。
MDI(ジフェニルメタン−4、4'−ジイソシアネート)と無水フタル酸とをアセトンおよびジメチルアセトアミド溶媒中で溶解させ、これに触媒としてトリエチレンジアミンを加えた。無水フタル酸の配合量は、モル比でMDIの2倍である。
混合溶液を50℃で24時間反応させて、得られた反応生成物を多量のアセトンで洗浄後乾燥して、粉末状の化合物を得た。この化合物は赤外分光分析の結果、略1780cm-1にイミド環に基づく吸収が認められた。
得られた粉末状の化合物全量をエーテル油50gに加えて撹拌した後、ロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0040】
実施例2〜実施例6
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
MDIと酸一無水物とを基油に加熱溶解させ、これに触媒としてトリエチレンジアミンまたはテトラエチレンジアミンを加えた。酸一無水物の配合量は、モル比でMDIの2倍である。
基油溶液を90〜150℃で10時間反応させて、生成したベースグリースをロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。なお、実施例4は、酸化防止剤としてのセバシン酸ナトリウムを添加し撹拌した後、ロールミルに通した。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0041】
実施例7
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
ジメチルアセトアミド溶媒100gにDDE(4,4'−ジアミノジフェニルエーテル)21.9gを溶解させて、溶液を0℃に冷却して、この溶液中にPMDA(ピロメリット酸無水物)11.9gを粉末で添加して透明な溶液を得た。DDEの配合量はモル比でPMDAの2倍である。この溶液に無水フタル酸を16.2g添加して、十分に撹拌した。その後、溶液温度を120℃に上昇させ、この温度で1時間反応させることにより沈殿物を得た。沈殿物を多量のアセトンで洗浄後乾燥して、粉末状の化合物を得た。この化合物は赤外分光分析の結果、略1780cm-1にイミド環に基づく吸収が認められた。
得られた粉末状の化合物全量をエーテル油50gに加えて、ロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0042】
実施例8
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
基油中でDDEと無水フタル酸をモル比で1:2で加熱融解させた。基油溶液を90〜150℃で10時間反応させて、生成したベースグリースをロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0043】
実施例9
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
ジメチルアセトアミド溶媒100gにp−ドデシルアニリン28.2gを溶解させて、溶液を0℃に冷却して、この溶液中にPMDA11.8gを粉末で添加して透明な溶液を得た。p−ドデシルアニリンの配合量はモル比でPMDAの2倍である。その後、溶液温度を120℃に上昇させ、この温度で1時間反応させることにより沈殿物を得た。沈殿物を多量のアセトンで洗浄後乾燥して、粉末状の化合物を得た。この化合物は赤外分光分析の結果、略1780cm-1にイミド環に基づく吸収が認められた。
得られた粉末状の化合物全量をエステル油60gに加えて、ロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0044】
実施例10〜実施例12
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
基油中でPMDAとモノアミンをモル比で1:2で加熱融解させた。基油溶液を90〜150℃で10時間反応させて、生成したベースグリースをロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0045】
比較例1〜比較例3
表1に示す配合割合で基油および増ちょう剤の原料を使用してグリースを作製した。
MDIを基油半量に加熱溶解させ、これにp−トルイジンを同基油半量に加熱溶解させたものを加えた。p−トルイジンの配合量は、モル比でMDIの2倍量である。
生成したベースグリースをロールミルに通し、半固形状のグリースを得た。得られたグリースの混和ちょう度の測定結果を表1に示す。また、以下に示す高温高速耐久性試験を行ない、これらの結果を表1に併記する。
【0046】
<高温高速耐久性試験>
転がり軸受(軸受寸法:内径 20mm、外径 47mm、幅 14mm)に各実施例、比較例のグリースを1.8g封入し、軸受外輪外径部温度を180℃、200℃、ラジアル荷重を67N、アキシャル荷重を67Nの下で10,000rpmの回転数で回転させ、焼き付きに至るまでの時間(時間(h))を測定した。結果を表1に併記する。
【0047】
【表1】

【0048】
表1から、イミド結合を有するイミド化合物を増ちょう剤として用いた各実施例は、ジウレア化合物を増ちょう剤として用いた各比較例よりも高温高速耐久性に優れることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明のグリースは、イミド結合を有する化合物を増ちょう剤とするので、高温高速耐久性に優れる。このため、近年において高温および高速回転条件下で使用される家電や産業機器のモータ用などの転がり軸受として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0050】
1 グリース封入軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油をグリースにするために加えられる増ちょう剤であって、
該増ちょう剤は、下記式(1)または式(2)で表される化合物であることを特徴とする増ちょう剤。
【化1】

式(1)または式(2)において、R1はジアミンまたはジイソシアネートの残基を表し、R2は隣接する2つの炭素原子がイミド環を形成するジカルボン酸またはその誘導体の残基を表し、R3はテトラカルボン酸またはその誘導体の残基を表し、R4は水素原子またはモノアミンもしくはモノイソシアネートの残基を表し、nは0〜5の整数を表す。
【請求項2】
前記R1およびR2は、それぞれ独立に、脂肪族、脂環族、または芳香族炭化水素基であることを特徴とする請求項1記載の増ちょう剤。
【請求項3】
前記R3は、隣接する2つの炭素原子がイミド環を形成する4価の脂肪族、脂環族、または芳香族炭化水素基であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の増ちょう剤。
【請求項4】
前記R1、R2およびR3は、芳香族炭化水素基であることを特徴とする請求項2または請求項3記載の増ちょう剤。
【請求項5】
前記式(1)または式(2)において、n=0であることを特徴とする請求項1記載の増ちょう剤。
【請求項6】
請求項1記載の増ちょう剤の製造方法であって、
前記式(1)または式(2)で表される化合物は、酸無水物化合物とアミノ化合物とを反応させる工程、または酸無水物化合物とイソシアネート化合物とを反応させる工程を有することを特徴とする増ちょう剤の製造方法。
【請求項7】
前記式(1)で表される化合物からなる増ちょう剤の製造方法であって、
該化合物は、ジイソシアネートと酸一無水物とを反応させる工程を有することを特徴する請求項6記載の増ちょう剤の製造方法。
【請求項8】
前記式(2)で表される化合物からなる増ちょう剤の製造方法であって、
該化合物は、モノイソシアネートと酸二無水物とを反応させる工程を有することを特徴する請求項6記載の増ちょう剤の製造方法。
【請求項9】
請求項7または請求項8記載の製造方法において
前記反応がアミン系触媒の存在下に行なわれることを特徴とする増ちょう剤の製造方法。
【請求項10】
前記アミン系触媒がジアミンであることを特徴とする請求項9記載の増ちょう剤の製造方法。
【請求項11】
基油に増ちょう剤を含んでなるグリースであって、
前記増ちょう剤が請求項1ないし請求項5のいずれか1項記載の増ちょう剤であることを特徴とするグリース。
【請求項12】
前記グリースの基油がエーテル油、エステル油およびイオン液体から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項11記載のグリース。
【請求項13】
請求項11または請求項12記載のグリースの製造方法であって、
前記増ちょう剤が前記基油中で原料成分を反応させてグリース化することを特徴とするグリースの製造方法。
【請求項14】
請求項11または請求項12記載のグリースの製造方法であって
前記基油に増ちょう剤粉末を混合してグリース化することを特徴とするグリースの製造方法。
【請求項15】
グリースが封入されてなるグリース封入軸受であって、
前記グリースが請求項11または請求項12記載のグリースであることを特徴とするグリース封入軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2011−168699(P2011−168699A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−33959(P2010−33959)
【出願日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】