説明

増殖性疾患の内用放射線治療剤

【課題】腫瘍等の増殖性疾患の内用放射線治療に有用な内用放射線治療剤を提供する。
【解決手段】下記式(1)で表される化合物またはその塩を有効成分として含有する、増殖性疾患の内用放射線治療剤を提供する。


(式中、Xは、125I、131I及び211Atからなる群より選択される放射性ハロゲンであり、Zは、NH、O又はSである。)該内用放射線治療剤は、抗癌剤の更なる投与を必要とせず、また、TPの阻害による細胞障害を引き起こさないような極少量の投与量においても、十分な治療効果を奏する。また、該内用放射線治療剤は、腫瘍への高い集積性、血中における安定性が十分に高いといった優れた性質を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチミジンホスホリラーゼに親和性を有する放射性化合物を有効成分として含有する、腫瘍等の増殖性疾患の内用放射線治療に有用な治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現在のところ、がんなどの悪性腫瘍の治療方法としては、患部を切除する外科療法及び患部に放射線を照射する放射線治療の他、がん細胞に特異的に結合する放射性化合物を用いた内用放射線治療も知られている。
【0003】
ピリミジンヌクレオシド代謝に関与する酵素であるチミジンホスホリラーゼ (TP) は、 近年、 腫瘍の悪性度や増殖などを大きく反映する血管新生に関連する酵素として注目を浴びている(非特許文献1〜6)。
【0004】
古くから知られる代表的なTP阻害剤に、6-amino-5-chlorouracil(ACU)や6-amino- thymineなどの6-アミノウラシル類がある(非特許文献7)。多くのTP阻害剤は、この構造を基にした構造活性相関研究により開発されてきた(非特許文献7〜11)。その中で最も強い阻害活性を示すものとして、5-chloro-6-[1-(iminopyrrolidinyl)methyl]uracil (CIMU)や5-bromo-6-[(2-imino-imidazolidinyl)methyl]uracil (BIMU) が挙げられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Yonenaga F., Takasaki T., Ohi Y., Sagawa Y., Akiba S., Yoshinaka H., Aikou T., Miyadera K., Akiyama S., Yoshida H., The expression of thymidine phosphorylase/platelet-derived endothelial cell growth factor is correlated to angiogenesis in breast cancer., Pathol. Int., 48, 850-856 (1998).
【非特許文献2】Miszczak-Zaborska E., Wojcik-Krowiranda K., Kubiak R., Bienkiewicz A., Bartkowiak J., The activity of thymidine phosphorylase as a new ovarian tumor marker., Gynecol Oncol., 94, 86-92 (2004).
【非特許文献3】Arima J., Imazono Y., Takebayashi Y., Nishiyama K., Shirahama T., Akiba S., Furukawa T., Akiyama Y., Expression of thymidine phosphorylase as an indicator of poor prognosis for patients with transitional cell carcinoma of the bladder., Cancer, 88, 1131-1138 (2000).
【非特許文献4】Takebayashi Y., Yamada K., Miyadera K., Sumizawa T., Furukawa T., Kinoshita F., Aoki D., Okumura H., Yamada Y., Akiyama S., Aikou T., The activity and expression of thymidine phosphorylase in human solid tumours, Eur. J. Cancer. 32A, 1227-1232 (1996).
【非特許文献5】O'Brien T., Cranston D., Fuggle S., Bicknell R., Harris A.L., Different angiogenic pathways characterize superficial and invasive bladder cancer, Cancer Res., 55, 510-513 (1995).
【非特許文献6】Shimaoka S., Matsushita S., Nitanda T., Matsuda A., Nioh T., Suenaga T., Nishimata Y., Akiba S., Akiyama S., Nishimata H., The role of thymidine phosphorylase expression in the invasiveness of gastric carcinoma, Cancer, 88, 2220-2227 (2000).
【非特許文献7】Langen P., Etzold G., Barwolff D., Preussel B., Inhibition of thymidine phosphorylase by 6-aminothymine and derivatives of 6-aminouracil., Biochem. Pharmacol., 16, 1833-1837 (1967).
【非特許文献8】Miyadera K., Sumizawa T., Haraguchi M., Yoshida H., Wierzba K., Yamada Y., Akiyama S. Role of thymidine phosphorylase activity in the angiogenic effect of platelet-derived endothelial cell growth factor/thymidine phosphorylase. Cancer Res., 55, 1687-1690 (1995).
【非特許文献9】Esteban-Gamboa A., Balzarini J., Esnouf R., Clercq E.D., Camarasa M-J., Perez-Perez M-J., Design, synthesis, and enzymatic evaluation of multisubstrate analogue inhibitors of Escherichia coli thymidine phosphorylase, J. Med. Chem., 43, 971-983 (2000).
【非特許文献10】Yano S., Kazuno H., Sato T., Suzuki N., Emura T., Wierzba K., Yamashita J., Tada Y., Yamada Y., Fukushima M., Asao T. Synthesis and evaluation of 6-methylene-bridged uracil derivatives. Part 2: Optimization of inhibitors of human thymidine phosphorylase and their selectivity with uridine phosphorylase. Bioorg. Med. Chem., 12, 3443-3450 (2004).
【非特許文献11】Murray P. E., McNally V. A., Lockyer S. D., Williams K. J., Stratford I. J., Jaffar M., Freeman S. Synthesis and enzymatic evaluation of pyridinium-substituted uracil derivatives as novel inhibitors of thymidine phosphorylase. Bioorg. Med. Chem., 10, 525-530 (2002).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
TP阻害活性を有する化合物であるTP阻害剤は、がんの化学療法に利用されている。しかし、従来の化学療法において一般に用いられている方法では、TP阻害剤によってTPの活性をおさえ、同時に投与された抗癌剤の効果を高めるといった考え方に基づいており、十分な効果を得るためには、TP阻害剤に加えて抗癌剤を投与する必要がある。そのため、TP阻害剤に加えて抗癌剤の安全性をも担保する必要がある他、TP阻害剤の投与量が増大し、TP阻害剤の大量投与による細胞障害作用の発現も問題となる。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、TP阻害剤による細胞障害作用を発現しない極少量の投与量においても腫瘍等の増殖性疾患の治療に有効に用い得る、内用放射線治療剤を提供することを目的とした。
なお、我々は、上記目的の達成のため、TP に対して選択的に結合するTP阻害剤を放射性同位元素(RI)で標識した化合物の検討を進めてきた。しかし、RI標識したTP阻害剤を、腫瘍を初めとする増殖性疾患の内用放射線治療剤として用いるためには、更なる工夫が必要である。すなわち、当該化合物を内用放射線治療剤として用いるには、RI標識を行ってもTPへの特異的な結合性が維持されていることが必要であり、さらに、血中における安定性が十分に高いといった性質を有する化合物をデザインする必要がある。このような性質を有した内用放射線治療剤は、これまでのところ、開示されていない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、BIMUのウラシル環5位のハロゲンを特定の放射性同位元素に置換した放射性化合物を合成し、その薬物動態を調べた結果、当該放射性化合物が、TP発現腫瘍細胞に取り込まれるとともに、担がんマウスを用いたin vivo実験においても腫瘍移行性を示し、TPの阻害による細胞障害作用を発現しない極少量の投与量においても十分な抗腫瘍効果を奏するといった、これまで知られていなかった新たな知見を得た。我々はこの知見を元に、当該BIMU誘導体が腫瘍等の増殖性疾患の内用放射線治療に使用できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明は、下記式(1)で表される化合物またはその塩を有効成分として含有する、増殖性疾患の内用放射線治療剤を提供する。
【0010】
【化1】

(式中、Xは、125I、131I及び211Atからなる群より選択される放射性ハロゲンであり、Zは、NH、O又はSである。)
【発明の効果】
【0011】
従来より提案されてきたTP阻害剤を用いた化学療法は、TP阻害剤によってTPの活性をおさえ、同時に投与された抗癌剤の効果を高めるといった考え方に基づいていた。従って、このような方法で十分な効果を得るためには、TP阻害剤に加えて抗癌剤を投与する必要があるため、これら二つの化合物の安全性をあらかじめ担保しておく必要があった。
本発明に係る内用放射線治療剤は、抗癌剤の更なる投与を必要とせず、上記式(1)で示される化合物からなる単独の有効成分を投与することで治療効果を得ることが可能となる。
また、上述した従来の化学療法は、TP阻害剤による間接的な作用によって治療効果を高める方法であるので、化合物の投与量が増大するといった問題もあった。TP阻害剤の投与量が増大すると、TPの生理的な機能をも阻害するといった問題があり、好ましくない。
本発明に係る内用放射線治療剤は、TPの阻害による細胞障害を引き起こさないような極少量の投与量においても、十分な抗腫瘍効果を奏することができる。
さらに、後述するように、本発明に係る内用放射線治療剤は、腫瘍への集積性が十分に維持され、また、血中における安定性が十分に高いといった優れた性質を有しているため、腫瘍を初めとする増殖性疾患の内用放射線治療剤として、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】IIMU(非放射性ヨード体)の合成スキーム。
【図2】[125I]IIMU(放射性ヨード体)の合成スキーム。
【図3】用いた腫瘍細胞でのTP発現を確認するためのウェスタンブロット法の結果を示す写真。
【図4】本発明の放射性化合物のTP発現腫瘍細胞への集積量の経時変化を示すグラフ。
【図5】非放射性IIMUの共存下における本発明の放射性化合物のTP発現腫瘍細胞への集積量を示すグラフ。
【図6】本発明の放射性化合物を血漿中で180分間インキュベートした後の未変化体と放射性代謝物の割合を示すHPLCクロマトグラム。
【図7】図6の結果を基に、未変化体の割合を算出した結果を示すグラフ。
【図8】非放射性IIMU添加群(7.2 pmol)、[125I]NaI添加群(0.41 MBq) 及び[125I]IIMU添加群(0.41 MBq)におけるA431細胞の生存率を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(非放射性化合物の合成)
以下、本発明の化合物の非放射性体である6-[(2-iminoimidazolidinyl)methyl]-5-iodouracil hydrochloride (以下、IIMU)の合成方法について説明する。
【0014】
IIMUの合成については、図1に示すように、まず、化合物(4)とエチレンジアミン(Ethylenediamine)との反応を行い、6-[(2-aminoethyl)-amino]methyluracil(2c)を得、次に、当該化合物(2c)と臭化シアンとの反応により6-[(2-iminoimidazolidinyl)methyl]uracil hydrobromide(7a)を得る。そして、HBr塩である化合物(7a)を、N-iodosuccinimide(NIS)と相互作用しないトリフルオロ酢酸塩(7b)へと塩交換した後、NISと反応させることにより、ほぼ定量的に化合物(8a)のトリフルオロ酢酸塩を得ることができる。さらに、生体内への投与を考慮し、トリフルオロ酢酸塩を塩酸塩へと塩交換することで、目的とするIIMU(8b)を得ることができる。なお、塩交換は、化合物(8a)をHPLCに付すことなどにより行うことができる。
なお、化合物7bにおけるイミダゾリジンの2位のイミノ基をSとした化合物は、化合物2cに対して1,1'-thiocarbonyldiimidazoleを反応させることによって得ることができる。同様に、化合物7bにおけるイミダゾリジンの2位のイミノ基をOとした化合物は、化合物2cに対して、triphosgeneまたはphosgene、あるいは1,1'-carbonyldiimidazoleを反応させることによって得ることができる。
【0015】
(放射性化合物の合成方法)
次に、放射性同位体として125Iを使用した場合を例に、本発明の放射性化合物の製造方法について説明する。
【0016】
[125I]IIMUは、図1に示した非放射性IIMU(8b)の合成と同様に、6-[(2-iminoimidazolidinyl)methyl]uracilのトリフルオロ酢酸塩(7b)を得た後、これとNISとを反応させることにより、ほぼ定量的に得ることができる。
すなわち、図2に示すように、まず、N-chlorosuccinimide(NCS)と[125I]NaIとの反応により[125I]NIS(9)を合成する。得られた化合物(9)を、非放射性IIMUの合成の場合と同様に、あらかじめ合成した6-[(2-iminoimidazolidinyl)methyl]uracilのトリフルオロ酢酸塩(7b)と反応させ、 [125I]標識体(10a)を含む反応混合物を得る。さらに、得られた反応混合物をHPLCに付すことで、塩酸塩への塩交換ならびに分取、精製を行い、目的とする[125I]IIMU(10b)を得ることができる。
【0017】
(本発明に係る治療剤の調製方法及び使用方法)
本発明に係る治療剤は、他の一般に知られている内用放射線治療剤と同様、本発明に係る放射性化合物を所望により適当なpHに調整された水又は生理食塩水、あるいはリンゲル液等に配合させた液として調製することができる。この場合における本化合物の濃度は、配合された本化合物の安定性が得られる濃度以下とする必要がある。本化合物の投与量は、治療するために十分な濃度であれば特に限定する必要はない。患者の状態に応じた必要量を、静脈投与又は局所投与して使用することができる。
【0018】
(治療可能な疾患)
本発明の治療剤で治療可能な増殖性疾患としては、例えば、悪性腫瘍を初めとする腫瘍が挙げられる。悪性腫瘍としては、例えば、皮膚癌、悪性リンパ腫(ホジキン病・非ホジキンリンパ腫)、咽頭癌、甲状腺癌、肺癌、胃癌、肝臓癌、腎臓癌、膀胱腫瘍、直腸癌、大腸癌、前立腺癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、脳腫瘍(原発性脳腫瘍・転移性脳腫瘍)、悪性黒色腫が挙げられる。
【実施例】
【0019】
以下、参考例及び実施例を記載して本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの内容に限定されるものではない。
【0020】
なお、以下において、6-クロロメチルウラシル及びNCSは、東京化成工業より購入した。[125I]NaI は、パーキンエルマー社から購入した。
Thymidine phosphorylaseには、thymidine phosphorylase from Escherichia coli (minimum 500 unit/mL, Buffered aqueous solution, Sigma- Aldrich) を用いた。
ヒト扁平上皮がん(A431)細胞は、大日本住友製薬より購入した。A431細胞は、10% FBS,1% L-グルタミン,1% 非必須アミノ酸,ペニシリン/ストレプトマイシン含有イーグルMEM培地を用い、37 ℃、5%CO2条件下にて培養し、常法により維持した。
ヒト胃がん(AZ521)細胞は、ヒューマンサイエンス振興財団研究支援バンクから購入し、A431細胞と同様に培養、維持した。
FBS、L-グルタミン、非必須アミノ酸、ペニシリン/ストレプトマイシン、イーグルMEM 培地は、MP Biomedicals 社より購入した。
ヌードマウス(BALB/cAJc1-nu/nu)は、日本クレアより購入した。なお、実験動物はすべて「北海道大学医学研究科における動物実験に関する指針」に準拠して実施した。
その他の試薬および溶媒は、すべて和光純薬工業株式会社より購入した。
【0021】
(参考例1)6-[(2-Iminoimidazolidinyl)methyl]uracilのトリフルオロ酢酸塩(非放射性)の合成
図1に示すように、アルゴン雰囲気下、化合物(2c)(340.6 mg、1.85 mmol)を1.38 mmol/mL の臭化シアン水溶液(2.7 mL、3.73 mmol)に溶解し、遮光下室温で撹拌した。2時間後、溶媒および臭化シアンを減圧留去し、6-[(2-Iminoimidazolidinyl)methyl]uracil(7a)のHBr塩を定量的に得た。これを逆相HPLC(溶出溶媒;0.1%トリフルオロ酢酸-H2O:メタノール = 95 : 5)に付すことにより、標題化合物(7b)を白色固体として得た。
【0022】
1H NMR (CD3OD)δ:3.59-3.78 (4H), 4.30 (2H, d, J = 1.15 Hz), 5.51 (1H, s);
LR-MS (FAB) m/z 210 [(M+H-TFA)+];
HR-MS (FAB) calcd for C8H12N5O2 210.0991, found 210.1007 [(M+H-TFA)+];
Anal. Calcd. For C10H12F3N5O4: C, 37.16; H, 3.74; N, 21.67. Found: C, 37.24; H, 3.78; N, 21.45.
【0023】
(参考例2)IIMU(非放射性ヨード体)の合成
図1に示すように、アルゴン雰囲気下、参考例1で得られた化合物(7b)(30.2 mg、0.09 mmol)を水:アセトニトリル = 1 : 2 の混液(1.5 mL)に溶解し、NIS(25.3 mg、0.112 mmol)を加え、50℃で撹拌した。1時間後、溶媒を減圧留去し、残渣を逆相HPLC(溶出溶媒;0.01N HCl-H2O : メタノール = 95 : 5)に付した。目的物を含む画分を採取し、溶媒を減圧留去し、標題化合物(8b)(32.2 mg、0.08 mmol、収率 93%)を白色固体として得た。
【0024】
1H NMR (CD3OD) δ:3.67 (4H, s), 4.49 (2H, s);
LR-MS (FAB) m/z 336 [(M+H-HCl)+];
HR-MS (FAB) calcd for C8H11IN5O2 335.9957, found 335.9968 [(M+H-HCl)+];
Anal. Calcd. For C8H11ClIN5O2: C, 25.86; H, 2.98; N, 18.85; Cl, 9.54; I, 34.15. Found: C, 25.37; H, 2.92; N, 18.20; Cl, 9.39; I, 34.06.
【0025】
(実施例1)[125I]IIMU(放射性ヨード体)の合成
図2に示すように、アルゴン雰囲気下、[125I]NaI(25.9 MBq)(642.8 GBq/mg)にNCSのアセトン溶液(15 μg/50 μL)を加え、室温で10分間静置した。窒素気流により溶媒を留去し、ここに、水とアセトニトリル(1:2)の混液に溶解した参考例1の化合物(7b)(100 μg/50 μL)溶液を加え、50℃で1時間加熱した。室温に冷却後、窒素気流により溶媒を留去し、10mmol/L HCl : メタノール = 95 : 5 を溶出溶媒、流速2.0 mL/minとした逆相C-18HPLCに付し、標題化合物(10b)を含む画分を集め、溶媒を留去した。また、合成終了後、10 mmol/L HCl : メタノール = 95 : 5 を溶出溶媒、流速2.0 mL/minとした分析HPLCにより、放射化学的純度、化学的純度の測定を行なった。その結果、99%以上の放射化学的純度、50 GBq/μmol 以上の比放射能の[125I]IIMUを放射化学的収率80%以上で得たことがわかった。なお、得られた放射性化合物が[125I]IIMUであることの確認は、そのHPLCでの保持時間が標品の非放射性IIMUのものと一致することを確認することにより行った。また、合成に要した時間は単離精製を含めて2.5時間であった。以上の結果から、本法は短時間で細胞実験や動物実験、および臨床使用が十分可能な収量を得ることが可能であり、比放射能の大幅な低減が起こらず本発明の放射性化合物を合成することが可能であることが示された。
【0026】
(実施例2)TP発現腫瘍細胞への取り込み
[125I]IIMUのin vitroにおけるTP発現腫瘍細胞への集積性を、ヒト扁平上皮がん(A431)細胞とヒト胃癌(AZ521)細胞を用いて検討した。
【0027】
実験に先立ち、ウェスタンブロット法でTP発現を確認した。
A431細胞をPBS(-)で洗浄し、氷冷Lysis buffer[1% Triton-X, 150 mmol/L Tris-HCl, 5 mmol/L EDTA]で回収した。得られた細胞溶解液を遠心(4℃, 10 min, 14000×g) 後、上清を分注し、BCA法によりタンパク定量を行った。タンパク量にして10 μgの試料を用いて、SDS-PAGEを行った(20 mA, 105 min)。ゲルは、5-20%ポリアクリルアミドゲル(PAGEL(登録商標), ATTO) を用いた。泳動終了後、タンパクをゲルからPVDF膜(MILLIPORE)にトランスファーした(15 V, 60 min)。PVDF膜をTPBS(1 × PBS, 0.05% Tween 20)で洗浄後、blocking buffer (Blocking One, ナカライテスク社)と室温で1時間反応させた。TPBSで洗浄後、1次抗体(Anti-thymidine Phosphorylase Mouse mAb, Calbiochem(登録商標)) と4℃で一晩反応させた。TPBSで洗浄後、2次抗体(Goat Anti Mouse IgG:HRP, Serotec(登録商標))(1 : 10000)と室温で45分間反応させた。反応終了後、TPBSで再度洗浄し、ECL Plus detection kit (Amersham Biosciences) を用いて検出した。
また、対照群として、1次抗体にβ-actin (Monoclonal Anti-β-Actin (Mouse IgG1 isotype), SIGMA) (1 : 2000) を用い、同様の操作を行い検出した。
その結果、A431細胞ではTPの発現が認められたのに対し、AZ521細胞では検出されなかった (図3)。
【0028】
24 well plateにA431細胞を1.0×105cells播種し、37℃、5%CO2条件下で24時間インキュベートした。培地を除去し、細胞をPBS(-)1.0 mLで1回洗浄した。PBS(-)0.5 mLを加え、10分間前処置し、[125I]IIMU(37 kBq)を添加し、37℃で維持した。5、15、30、および60分後に培養液を除去し、氷冷PBS(-)で洗浄した後、0.1 mol/L水酸化ナトリウム水溶液(300 μL)を加え、細胞を回収し、細胞内に取込まれた放射能を測定した。また、BCA法によるタンパク定量を行い、タンパク量による補正を行った。結果を図4に示す。
図4から、[125I]IIMUをAZ521細胞とインキュベートした場合には、取り込みの増加は認められなかったのに対し、A431細胞とインキュベートした場合には、取り込みは経時的に増加し、検討した投与120分後で最も高い値(5.3 ± 0.2 % Dose / mg protein)を示したことがわかる。従って、[125I]IIMUは、TPの発現に対応して細胞に取り込まれることが示された。
【0029】
(実施例3)取り込み阻害実験
TP発現A431細胞による[125I]IIMUの取り込みの特異性を調べるために、非放射性IIMUを同時に添加した場合のA431細胞への[125I]IIMU 集積を検討した。
24 well plate にA431細胞を1.0×105cells播種し、37℃、5%CO2条件下で、24時間インキュベートした。培地を除去し、細胞をPBS(-)1.0 mLで1回洗浄した。PBS(-)0.5 mLを加え、10分間前処置し、[125I]IIMU(37 kBq)と非放射性IIMU(終濃度4×10-7 〜 4×10-12 M)を同時に添加し、37℃、5%CO2条件下で維持した。60分後に培養液を除去し、氷冷PBS(-)で洗浄した後、0.1M水酸化ナトリウム水溶液(300 μL)を加え、細胞を回収し、細胞内に取込まれた放射能を測定した。また、BCA法によるタンパク定量を行い、タンパク量による補正を行った。その結果を図5に示す。
図5から、[125I]IIMUの集積は、添加した非放射性IIMUの濃度に依存して低減し、400 nMの非放射性IIMUを添加したときの集積量は、添加しなかった場合と比べ、約70%低下したことがわかる。このことは、[125I]IIMUは細胞内でTPに特異的に結合していることを示す。したがって、実施例2の結果と合わせ、本発明の放射性化合物は、TPへの特異的な結合に基づき、TP発現細胞に集積すると考えられた。
【0030】
(実施例4)In vitro血漿中安定性
ddY系雌性マウスより得た血液にヘパリンを添加し、遠心(4℃, 30 min, 400 × g)して血漿を調製した。100μLの血漿に、生理食塩水に溶解した[125I]IIMU(37 kBq, 5μL)を加え、37℃でインキュベートした。0、30、および180分後、氷冷メタノール(480μL)を加え、遠心(4℃, 15 min, 1900 × g)して除タンパクし、得られた上清を0.22μmのフィルターでろ過後、HPLCおよびTLCで分析した。
図6に、180分間のインキュベート後におけるHPLC分析によって得られたクロマトグラムを示す。また、HPLCで分析した結果を基に、未変化体の割合を算出した結果を図7に示す。[125I]IIMUは、ほぼすべてが未変化体として検出され、180分後においても、その95%以上が未変化体として存在した。なお、HPLC分析の前処理として行ったフィルターろ過によって、放射能は減少しなかった。TLCによる分析の場合にも、同様の結果が得られた。以上のことから、[125I]IIMUは血漿中で安定であることが示された。
【0031】
(実施例5)担がんマウスにおける[125I]IIMUの生体内分布
本実施例では、本発明の放射性化合物のin vivoでの腫瘍移行性を調べた。
7週齢の雌性ヌードマウスを実験に供するまで2週間訓致した。培養したA431細胞の数をヘモサイトメーターにて計測し、PBS(-)で希釈し、5×106 cells/0.1 mLの細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液0.1 mLをマウスの右背側部に注入し、ヒト皮膚がんモデルマウスを作製した。
また、A431細胞の代わりにAZ521細胞を用いた以外、上記と同様の方法で、ヒト胃がんモデルマウスを作製した。
【0032】
ヒト皮膚がんモデルマウスでは細胞移植後16日目に、ヒト胃がんモデルマウスでは細胞移植後35日目に、ペントバルビタールの腹腔内投与による麻酔下、[125I]IIMUの生理食塩水溶液(37 kBq/0.1 mL)を尾静脈より投与した。投与0.5、1、3、および24時間後、心臓からの全採血により致死させ、血液、腫瘍、筋肉 (左大腿)、肺、肝臓、腎臓、子宮を採取した。0.1 mLの血液、血漿、また、他の臓器の全量または一部について重量を測定した後、γカウンターにて放射能量を測定した。測定した臓器の放射能量は、組織重量の1gあたりに換算し、%ID/gとして標準化して表した。結果を表1及び表2に示す。
【0033】
A431移植マウス(表1)とAZ521移植マウス(表2)とを比較したとき、血液からの放射能消失は同等で、その他の筋肉などの放射能集積量にも、大きな相違は認められなかった。しかし、その一方で、腫瘍への集積量は、A431腫瘍とAZ521腫瘍との間で大きく異なり、TP発現レベルが高いA431で高く、TP発現が認められないAZ521では低いことが示された。このことから、本発明の放射性化合物は、in vivoにおいても、TPの発現に対応して取り込まれ、腫瘍の内用放射線治療に好適に使用できることが示唆された。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
(実施例6) [125I]IIMUのTP発現細胞殺傷効果
文献(Thomas Fischer, Klaus Schmaecker, Harald Schicha, “Diethylstilbestrol (DES) Labeled with Auger Emitters: Potential Radiopharmaceutical for Therapy of Estrogen Receptor-Positive Tumors and Their Metastases.”, Int J Radiat Biol, 2008, 84(12), p.1112-1122)記載の方法に準じ、薬液と培養細胞とをインキュベートした後、生存する細胞の数の相対値を、cell proliferation reagent WST-1(Roche社)を用いてミトコンドリア脱水素酵素活性を測定することにより求めた。
【0037】
すなわち、先に示した通りに培養したTP発現A431細胞について、培地を用いて細胞懸濁液を調製し、これを96 well マイクロタイタープレート(Corning社、cat. No. 3596)に1×104 cells/100μL/well となるように加え、5%CO2、37℃で培養した。24時間後、培地を除去し、PBS(-)0.2 mLで2回、洗浄した後、0.41 MBqの[125I]IIMU(57.0 GBq/μmol)、または、それと同じ物質量(7.2 pmol)の非放射性IIMU、または、同じ放射能(0.41 MBq)の[125I]NaIを含む培地 100μLを添加し、5%CO2、37℃で培養した(n = 4)(それぞれ、[125I]IIMU添加群、非放射性IIMU添加群、及び[125I]NaI添加群とする)。別に対照群として、培地のみ100μLを添加し、5%CO2、37℃で培養した(n = 4)。なお、吸光度測定時のバックグラウンドとして、細胞を加えずに培地のみを添加したwellも設けた(n = 4)。24 時間後、全てのwellにcell proliferation reagent WST-1(10μL)を添加し、5%CO2、37℃でインキュベートした。2時間後、1分間攪拌し、それぞれのwellについて、450 nm の吸光度および reference として595 nmの吸光度を測定し、これらの吸光度の差を求めた(下記数式(1)において、「吸光度の差」とする)。得られた値を下記式(1)に代入し、対照群の生存細胞数を100%とした時のそれぞれのwellにおける生存細胞数の割合を算出し、細胞生存率とした。
得られた結果につき、Bonferroni/Dunn test(*p<0.0083)を伴う一元配置分散分析法(one way - ANOVA、p<0.05)を用いて、各群間の有意差を検定した。
【0038】
【数1】

【0039】
(結果)
図8に、対照群(control)、非放射性IIMU添加群(Non-radioactive IIMU)、[125I]NaI添加群([125I]NaI)及び[125I]IIMU添加群([125I]IIMU)における、A431細胞の細胞生存率(Viability of A431 cells)を示す。
[125I]IIMU添加群では、その他の全ての群と比べ、細胞生存率は有意に低下していた。一方、非放射性IIMU添加群では、若干の細胞生存率の低下が認められたものの、対照群および[125I]NaI添加群との間に有意差は認められなかった(図8)。
以上のことから、[125I]IIMUは、TP阻害による細胞障害作用を示さないごく少量の物質量でも、細胞と結合した[125I]IIMUから放出される放射線の効果により、TP発現細胞を殺傷できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明に係る内用放射線治療剤は、腫瘍等の増殖性疾患の内用放射線治療剤の分野において利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表わされる化合物またはその塩を有効成分として含有する、増殖性疾患の内用放射線治療剤。
【化1】

(式中、Xは、125I、131I及び211Atからなる群より選択される放射性ハロゲンであり、Zは、NH、O又はSである。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−202591(P2010−202591A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−50415(P2009−50415)
【出願日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【出願人】(505116781)学校法人東日本学園・北海道医療大学 (13)
【Fターム(参考)】