説明

壊死の治療および予防のための組成物および方法

【課題】細胞内エラスターゼを利用して細胞壊死およびそれを伴う疾患を治療または予防する。
【解決手段】壊死を起こしつつある細胞内で活性化された細胞内エラスターゼの酵素活性を阻害することができるエラスターゼ阻害剤と、製薬上許容される賦形剤とを含んでなる、細胞壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための医薬組成物及びそれを含む製剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞壊死の治療および予防のための方法および組成物に関する。より詳しくは、本発明の方法および組成物は、壊死を被っている細胞内で作用する細胞内エラスターゼの活性を阻害することにより壊死を治療または予防する。
【背景技術】
【0002】
エラスターゼは、哺乳類結合組織の主要構造タンパク質であるエラスチンなどのタンパク質の分解を触媒するセリンプロテアーゼである。従来技術は、エラスターゼの阻害が種々の病態および疾患の治療に有効でありうることを示唆している。
【0003】
例えば、米国特許第4,683,241号(特許文献1)は、エラスターゼが炎症性結合組織疾患の病因において重要な役割を果たすと考えられることを示している。この特許は、エラスターゼ阻害作用を示すフェノールエステル類を開示している。
【0004】
米国特許第5,216,022号(特許文献2)は、多数の好中球エラスターゼ媒介性病態の治療のための、ヒト好中球エラスターゼ(白血球エラスターゼとしても公知である)の阻害剤としてのフェニレンジアルカノアートの芳香族エステルの使用を開示している。
【0005】
米国特許第6,159,938号(特許文献3)は、内因性血管エラスターゼの阻害が肺血管疾患および他の関連病態の治療に有効でありうることを示している。
【0006】
壊死は、細胞破裂を引き起こす、細胞環境に対する攪乱(perturbation)に引き続く比較的無制御な細胞死過程である。壊死は高圧酸素の使用により治療されうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第4683241号明細書
【特許文献2】米国特許第5216022号明細書
【特許文献3】米国特許第6159938号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、意外にも、細胞内エラスターゼが壊死細胞死に関与していること、および罹患細胞内の該酵素の阻害が細胞壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための有効な手段として役立ちうることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、細胞の壊死およびそれを伴う疾患の治療および予防方法であって、該細胞内の1以上のエラスターゼ酵素の酵素活性を阻害することを含んでなる方法を提供する。
【0010】
1つの態様においては、前記方法は、治療すべき細胞内の細胞内エラスターゼの酵素活性を阻害する1以上のエラスターゼ阻害剤の治療的有効量を被験体に投与することを含む。
【0011】
本発明はまた、治療すべき細胞内に1以上のエラスターゼ阻害剤の有効量を進入させることを含んでなる、in vitroでの細胞壊死の抑制および阻止方法を包含する。
【0012】
また、本発明者らは、驚くべきことに、罹患細胞内のエラスターゼの阻害が少なくとも部分的には細胞壊死をアポトーシス細胞死に変化させうることを見出した。したがって、好ましい実施形態において、本発明は、細胞内のエラスターゼの酵素活性を阻害することおよびアポトーシス細胞死を阻害することを含んでなる、細胞壊死およびそれを伴う疾患の治療および予防方法を提供する。
【0013】
本発明はまた、治療すべき細胞内の1以上のエラスターゼ酵素の酵素活性を阻害する1以上の物質の治療的有効量を含んでなる、該細胞の壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための医薬組成物に関する。したがって、前記医薬組成物は、治療すべき細胞内に進入しうる1以上のエラスターゼ阻害剤と1以上の適当な製薬上許容される賦形剤とを含む。
【0014】
本発明の1つの好ましい実施形態においては、前記医薬組成物は1以上のアポトーシス阻害剤を更に含む。
【0015】
本発明のもう1つの態様においては、細胞内に進入しうる1以上のエラスターゼ阻害剤の、該細胞の壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための医薬の製造における使用を提供する。
【0016】
好ましい実施形態においては、本発明はまた、細胞内に進入しうる1以上のエラスターゼ阻害剤と、1以上のアポトーシス阻害剤との、該細胞の壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための医薬の製造における使用に関する。
【0017】
細胞壊死およびそれを伴う疾患の治療および予防のための本発明で使用するエラスターゼ活性の阻害剤はすべて、該阻害剤がその阻害作用を標的細胞内で発揮するようその標的細胞内に進入しうる。
【0018】
好ましくは、本発明においては、壊死は、ニューロン細胞、プルキンエ細胞、海馬(hypocampal)錐体細胞、グリア細胞、造血起源の細胞(例えば、リンパ球およびマクロファージ)、肝細胞、胸腺細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、上皮細胞、気管支上皮細胞、糸球体、肺上皮細胞、ケラチノサイト、胃腸細胞、表皮細胞、骨細胞および軟骨細胞よりなる群から選ばれる細胞において治療または予防されうる。
【0019】
好ましくは、本発明により治療および/または予防されうる細胞壊死を伴う疾患は、神経変性疾患、白血病、リンパ腫、新生児呼吸窮迫、仮死、嵌頓ヘルニア、糖尿病、結核、子宮内膜症、血管ジストロフィー、乾癬、凍傷、鉄負荷(iron-load)合併症、ステロイド治療の合併症、虚血性心疾患、再灌流障害、脳血管疾患または脳血管損傷、壊疽、とこずれ、膵炎、肝炎、ヘモグロビン尿症、細菌敗血症、ウイルス敗血症、熱傷、高熱、クローン病、小児脂肪便症、区画症候群、壊死性直腸結腸炎(necrotizing procolitis)、嚢胞性線維症、慢性関節リウマチ、腎毒性、多発性硬化症、脊髄損傷、糸球体腎炎、筋ジストロフィー、変形性関節症、チロシン血症(tyrosemia)、代謝性遺伝病、マイコプラズマ疾患、炭疽菌感染、他の細菌の感染、ウイルス感染、アンダーソン(Anderson)病、先天性ミトコンドリア疾患、フェニルケトン尿症、胎盤梗塞、梅毒、無菌壊死、虚血壊死、アルコール中毒ならびにコカイン、薬物(例えば、パラセタモール、抗生物質、アドリアマイシン、NSAID、シクロスポリン)、化学毒素、例えば四塩化炭素、シアン化物、メタノール、エチレングリコールおよびマスタードガス、農薬、例えば有機リン酸エステル類およびパラコート、重金属(鉛、水銀)、他の化学兵器有機リン酸エステル類の投与および/または自己投与および/または曝露に関連した壊死よりなる群から選ばれる。
【0020】
もう1つの実施形態においては、1以上のエラスターゼ酵素の酵素活性、より詳しくはその細胞内活性を阻害し、所望により、それと組み合わせてアポトーシスを阻害し老化防止剤を使用することにより、老化を治療および/または予防するために、本発明の組成物および方法を使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、オリゴマイシンおよび抗Fasでの処理及びそれら無しでの処理の後に観察された壊死細胞およびアポトーシス細胞の割合(%)をグラフに示す。
【図2】図2は、オリゴマイシンおよび/または抗Fasで3時間処理されたU-937細胞/未処理のU-937細胞のライセートに関するゼラチン基質ゲル電気泳動結果の写真表示である。
【図3】図3は、0.5mM KCNで3時間処理されたU-937細胞/未処理のU-937細胞のライセートに関して得られたゼラチン基質ゲル電気泳動結果の写真表示である。
【図4】図4は、ゼラチン基質電気泳動ゲルの写真表示であり、KCNでの細胞ライセートの処理がプロテアーゼ活性のバンド(レーンB)の出現を引き起こしたことを示している。このバンドは、200μM エラスターゼ阻害剤の存在下でKCNが与えられた場合(レーンC)には消失した。
【図5A】図5は、PC-12細胞におけるKCN誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤III(El.In.III)の効果を示す結果を表す。パネルAは、種々の処理の後の生細胞、壊死細胞およびアポトーシス細胞の割合を図示する。付随している表に、これらの割合の数値が示されている。
【図5B】図5は、PC-12細胞におけるKCN誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤III(El.In.III)の効果を示す結果を表す。パネルBは、エラスターゼ阻害剤IIIの存在下/非存在下でKCNで処理した後に生存していたPC-12細胞の割合(%)をグラフにより示す。
【図6】図6は、エラスターゼ阻害剤IIIの存在下/非存在下でKCNで処理した後の生存U937細胞、壊死U937細胞およびアポトーシスU937細胞の割合を図示する。付随している表に、これらの割合の数値が示されている。
【図7A】図7は、U-397細胞におけるFas誘発性アポトーシス/壊死に対するエラスターゼ阻害剤III(パネルB)およびエラスチナール(elastinal)(パネルC)の効果をグラフに示す。
【図7B】図7は、U-397細胞におけるFas誘発性アポトーシス/壊死に対するエラスターゼ阻害剤III(パネルB)およびエラスチナール(elastinal)(パネルC)の効果をグラフに示す。
【図7C】図7は、U-397細胞におけるFas誘発性アポトーシス/壊死に対するエラスターゼ阻害剤III(パネルB)およびエラスチナール(elastinal)(パネルC)の効果をグラフに示す。
【図8】図8は、オリゴマイシンおよび/またはSTSでの処理/それらの無しでの処理に引き続いて検出された壊死PC-12細胞およびアポトーシスPC-12細胞の割合(%)を図示する。
【図9】図9は、PC-12細胞におけるSTS誘発性アポトーシスに対するエラスターゼ阻害剤の効果をグラフに示す。
【図10】図10は、PC-12細胞におけるSTS誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤の効果をグラフに示す。
【図11】図11は、PC-12細胞におけるKCN誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤の効果を示す。
【図12】図12は、U-937細胞におけるSTS誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤の効果をグラフに示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書で用いる「壊死」なる語は、細胞壊死状態、ならびに壊死の特徴及びアポトーシスの特徴を示す中間状態を含む。本明細書で用いる「エラスターゼ」なる語はその酵素の1以上の形態を指す。
【0023】
本明細書中でエラスターゼ阻害物質またはエラスターゼ阻害剤と称される、エラスターゼ阻害的プロフィールを示す化合物が当技術分野で公知であり、例えばSteinら [Biochemistry 25, p. 5414 (1986)]、Powersら [Biochim. Biophys. Acta. 485, p. 15 (1977)]、米国特許第4,683,241号、米国特許第5,216,022号および米国特許第6,159,938号によって開示されている。また、エラスターゼの阻害剤は例えばSigma-AldrichまたはCalbiochem-Novabiochem Corporationから商業的に入手可能である。
【0024】
本発明で使用するエラスターゼ阻害剤は、無毒性であり不活性な固体、半固体または液体の任意のタイプの充填剤、希釈剤、カプセル化材料または製剤化補助剤である1以上の製薬上許容される担体と共に製剤化される。該医薬組成物は、任意の許容される経路、好ましくは経口、非経口または局所経路で、ヒトおよび他の哺乳類被験体に投与することができる。
【0025】
経口投与用の固体剤形には、カプセル剤、錠剤、丸剤、散剤および顆粒剤が含まれる。そのような固体剤形においては、少なくとも1つの不活性な製薬上許容される賦形剤または担体、例えばクエン酸ナトリウムまたはリン酸二カルシウムおよび/または充填剤または増量剤、例えばデンプン、ラクトース、スクロース、グルコースおよびマンニトール、結合剤、例えばカルボキシメチルセルロースおよびゼラチン、湿潤剤、例えばグリセロール、崩壊剤、例えば寒天、炭酸カルシウムおよび馬鈴薯デンプン、吸収剤ならびに滑沢剤と、活性化合物とを混合する。該固体剤形は、当技術分野で公知の方法に従い、コーティングおよび外皮を伴って製造されうる。
【0026】
経口投与用の液体剤形には、製薬上許容される液剤、乳剤、懸濁剤およびシロップ剤が含まれる。液体剤形は、活性化合物に加えて、当技術分野で一般的に使用される不活性希釈剤、例えば水または他の溶媒、可溶化剤および乳化剤、例えばエチルアルコール、イソプロピルアルコール、炭酸エチル、酢酸エチル、プロピレングリコールおよび油を含有しうる。該経口組成物は、不活性希釈剤に加えて、添加剤、例えば湿潤剤、乳化懸濁化剤、甘味剤、香味剤および芳香剤をも含みうる。
【0027】
非経口投与に適した注射剤は、製薬上許容される無菌の水性または非水性の溶液、分散液、懸濁液または乳濁液、および使用前に無菌注射溶液または分散液に再構成される無菌散剤の形態で提供される。適当な水性または非水性の担体またはビヒクルの例には、水、リンゲル液および等張塩化ナトリウム溶液が含まれる。無菌油も適当な懸濁化媒質として使用されうる。注射剤は、例えば、細菌保持フィルターを通した濾過により又はその中に滅菌剤を含有させることにより滅菌することができる。
【0028】
本発明のエラスターゼ阻害剤の局所または経粘膜投与用の剤形には、ペースト剤、クリーム剤、ローション剤、ゲル剤、散剤、液剤および噴霧剤が含まれうる。ペースト剤、クリーム剤およびゲル剤は、有効成分に加えて、脂肪、油、ろう、パラフィン、デンプン、セルロース誘導体、ポリエチレングリコール、タルク、酸化亜鉛またはこれらの混合物のような賦形剤を含有しうる。散剤および噴霧剤は、ラクトース、タルク、ケイ酸、水酸化アルミニウム、ケイ酸カルシウムおよびそれらの混合物のような賦形剤を含有しうる。
【0029】
エラスターゼ阻害剤(および所望により抗アポトーシス剤)を含有する局所および経粘膜組成物の医学的または薬学的用途に加えて、本発明は、化粧料として使用するための該組成物をも提供することに注目すべきである。
【0030】
他の適当な製剤は、有効成分を脂質小胞内もしくは生分解性高分子マトリックス内に封入することにより、または有効成分をモノクローナル抗体に結合させることにより、製造することが可能である。リポソームを形成させるための方法は当技術分野で公知である。
【0031】
本発明の医薬組成物中の有効成分の投与量は、個々の患者の所望の治療応答を達成するのに有効な量(すなわち、治療的有効量)のエラスターゼ阻害剤が得られるような様々なものとなりうる。選択される剤形は、個々のエラスターゼ阻害剤の活性、投与経路、治療される病的状態の重症度、および治療される患者に伴う他の要因に左右されるであろう。典型的な計画投与量は0.1〜200mg/kgである。
【0032】
もう1つの態様において、本発明は、細胞内エラスターゼの酵素活性を阻害することによる、およびそれに加えて、アポトーシス細胞死を抑制することによる、細胞壊死の治療または予防に関する。本発明のこの態様の好ましい実施形態においては、アポトーシス細胞死の抑制は、[R]-N-[2-ヘプチル]-メチルプロパルジルアミン(R-2HMP)、ビタミンE、ビタミンD、カスパーゼ阻害剤および親水性胆汁酸塩ウルソデオキシコール酸よりなる群から好ましくは選ばれる抗アポトーシス剤の治療的有効量を被験体に投与することにより達成される。本発明においては、例えばアポトーシス誘発性タンパク質および抗アポトーシスタンパク質の発現の調節によりアポトーシスを阻害するための当技術分野で公知の他の方法を用いることも可能である。そのような方法は例えばLiら [Acta. Anaesthesiol Sin, 38(4), p. 207-215 (2000)]により記載されている。
【実施例】
【0033】
実験プロトコール
1.in vitroでの壊死のモデル
スタウロスポリン(Staurosporine)および抗Fas誘発性壊死
対数期のヒト前単球U-937細胞を4×105/mlの濃度で播いた。ついで該細胞を2回洗浄し、1時間にわたり2mMピルビン酸(Beit Haemek, Israel)および10% 透析FCS(Gibco, BRL)を添加したグルコース不含RPMI-1640培地(Beit Haemek, Israel)に再び播いた。
【0034】
ラットクロム親和性細胞腫PC-12細胞系を、5% 熱不活化子ウシ血清、10% 熱不活化ウマ血清および2mM L-グルタミンで補足されたDMEM培地(Gibco, BRL)で増殖させた。対数期のPC-12細胞を24ウェルプレート(Cellstar)内に1.2×105/ウェルの濃度で播いた。ついで該細胞を2回洗浄し、グルコース不含RPMI-1640培地(Beit Haemek, Israel)中で維持し、1時間にわたり2mMピルビン酸および10% 透析FCSを添加した。U-937細胞およびPC-12細胞を1μM オリゴマイシン(Sigma)の存在下および非存在下で45分間インキュベートし、そしてU-937細胞においてはさらに7時間、PC-12細胞においてはさらに5時間にわたり1.25μM スタウロスポリン(STS)(Sigma)で又はそれ無しで細胞を処理した。あるいは、100ng/ml 抗Fas(pstate biotechnology, USA)で又はそれ無しで同じ時間にわたり細胞を処理した。
【0035】
KCN誘発性壊死
完全RPMI-1640培地で培養されたU-937培地およびPC-12細胞を洗浄し、前記のとおりにグルコース非含有RPMI-1640培地に播き、U-937細胞では7時間、PC-12細胞では5時間にわたり0.5mM KCN(Merck, Germany)で又はそれ無しで処理した。
【0036】
2.エラスターゼ阻害剤の試験
200μM エラスターゼ阻害剤III(Calbiochemから入手したMeOSuc-Ala-Ala-Pro-Val-CMK)を(それを添加する場合には)該誘発剤の添加の30分前に加えた。該阻害剤は100mMの濃度になるようDMSOに溶解された。該系におけるDMSOの最終濃度は0.2%であり、それをすべての処理に加えた。別の実験においては、該誘発剤の添加の30分前に200μMのエラスターゼ阻害剤(Cortech Inc.により製造されたCE1037)を加えた。該阻害剤はPBSに溶解されていた。
【0037】
3.細胞死アッセイ
トリパンブルー排除
各時点で、トリパンブルー排除法(Daniel CP, Parreira A.ら, Leukemia Res. 11:191-196 (1987))により細胞生存性を測定した。アッセイは二回重複して行った。
【0038】
アポトーシスおよび壊死の形態学的定量
アポトーシス性または壊死性細胞死に関連した形態学的変化を受けている細胞を、McGahonら [Methods Cell Biol, 46: p. 153-85 (1995)]により記載されているようにしてモニターした。簡潔に説明すると、1mlの該細胞を集め、遠心分離した。そのペレットを色素混合物(PBS中に含まれる100μg/ml アクリジンオレンジおよび100μg/ml 臭化エチジウムから構成される)の20倍希釈液に再懸濁させ、スライドガラス上に載せ、倒立蛍光顕微鏡で観察した。各サンプルにつき少なくとも200個の細胞を評価した。
【0039】
細胞ライセートの調製
種々の誘発剤で処理されたまたは未処理の4×107個のU-937細胞を、3時間のインキュベーションの後で集め、氷冷PBSで2回洗浄し、氷冷細胞溶解バッファー(50 nM Tris-HCl pH 7.5, 0.1% NP-40, 1 mM DTT, 100μl ロイペプチンおよび100μM TLCK)となるよう108/mlで再懸濁させた。氷上でポリトロン装置(それぞれ7秒間を4サイクル)を使用して該細胞を破壊し、超遠心機における120,000×g、4℃で30分間の遠心分離により細胞破片をペレット化した。上清を更なる研究に使用するか、または-70℃で保存した。各サンプルのタンパク質含量をタンパク質アッセイ(BioRad)により測定した。
【0040】
5.電気泳動
ゼラチン基質ゲル上での電気泳動を、既に記載されているとおり(Distefano J. F., Cotto C. A.ら, Cancer Invest. 6, 487-498, (1988))に行った。200μgのタンパク質を含有する該細胞ライセートの100μl アリコートを、2.5% SDS、10% スクロースおよび0.03% フェノールレッドを加えた50μlの0.625M Tris-HClバッファー(pH 6.8)に加えることにより、プロテアーゼを可逆的に不活化した。ついで、11% ポリアクリルアミドゲル中に共重合した0.1% ゼラチンを使用して、サンプルを電気泳動した。電気泳動後、SDSを除去しプロテアーゼを再活性化するために、該ゲルを、2.5%(V/V)Triton-x-100を含有する0.1M Tris-HClバッファー(pH 7.0)中に3回反復して液浸した。該ゲルを薄片にし、0.1M グリシン-NaOHバッファー(pH 7.0)中、100μM TPCK(キモトリプシン様セリンプロテアーゼ阻害剤)および100μM エラスチナール(エラスターゼ様セリンプロテアーゼ阻害剤)を加えるかまたは加えないで、37℃で一晩インキュベートした。プロテアーゼ活性のバンドをアミドブラック染色で発色させた。
【0041】
結果
1.U-937細胞における抗Fas誘発性アポトーシス/壊死
図1は、抗Fasでの処理が、対照と比較して約60%のアポトーシス誘導したことを示している。オリゴマイシンはそれ単独では不活性だが、オリゴマイシンに100ng/mlの抗Fasを加えると、アポトーシス細胞死を壊死細胞死に切り替えさせた。これらの条件下、約70%の壊死が生じ、アポトーシスは対照レベルに戻った。アクリジンオレンジおよび臭化エチジウムでの二重染色の後、蛍光顕微鏡で核の形態を判定し分析した。
【0042】
2.オリゴマイシンの存在下で抗Fasにより誘発された壊死細胞死の際のエラスターゼ様活性の誘発
1μM オリゴマイシンを加えてまたは加えずに45分間プレインキュベートしたグルコース不含培地でU-937細胞を維持し、さらに100ng/ml 抗Fasで又はそれ無しで3時間処理した。この後、細胞ライセートを「実験プロトコール」に記載のとおりに調製し、ゼラチン基質ゲル電気泳動に供した。図2に示す結果は、抗Fasおよびオリゴマイシンでの処理がプロテアーゼ活性のバンド(レーンD)の出現を引き起こしたことを示しており、これは未処理対照細胞(レーンA)、抗Fas処理細胞(レーンB)またはオリゴマイシン処理細胞(レーンC)のいずれにおいても見出されなかった。このバンドは100μM エラスチナールの存在下(レーンD)では消失したが、100μM TPCKの存在下(レーンD)では消失せず、このことは、抗Fasおよびオリゴマイシンでの処理がエラスターゼ様活性を誘発したがキモトリプシン様活性を誘発しなかったことを示している。
【0043】
3.KCNにより誘発された壊死細胞死の際のエラスターゼ様活性の誘発
U-937細胞を0.5mM KCNで又はそれ無しで3時間処理し、ついで細胞ライセートを「実験プロトコール」に記載のとおりに調製し、ゼラチン基質ゲル電気泳動に供した。図3に示す結果は、KCNでの処理がプロテアーゼ活性のバンド(レーンB)の出現を引き起こしたことを示しており、これは未処理対照細胞(レーンA)においては見出されなかった。このバンドは100μM エラスチナールの存在下(レーンB)では消失したが、100μM TPCKの存在下(レーンB)では消失せず、このことは、KCNでの処理がエラスターゼ様活性を誘発したがキモトリプシン様活性を誘発しなかったことを示している。
【0044】
4.壊死細胞死中のエラスターゼ様活性の誘発に対するエラスターゼ阻害剤の効果
U-937細胞を5mM KCNで又はそれ無しで処理した。200μM エラスターゼ阻害剤(Cortech)を3時間加え、ついで細胞ライセートを「実験プロトコール」に記載のとおりに調製し、ゼラチン基質ゲル電気泳動に供した。結果を図4に示す。KCNでの処理はプロテアーゼ活性のバンド(レーンB)の出現を引き起こしたと理解されうるが、これは未処理対照細胞(レーンA)においては見出されなかった。このバンドは、200μM エラスターゼ阻害剤の存在下でKCNが加えられた場合(レーンC)には消失した。
【0045】
5.PC-12細胞におけるエラスターゼ阻害剤IIIによるKCN誘発性壊死の阻止
0.5mM KCNに対するPC-12細胞の曝露は、対照と比較して著しく壊死細胞死を誘発した。それ単独では不活性であるエラスターゼ阻害剤IIIの添加は、KCNにより誘発される壊死を顕著に阻害した(図5)。トリパンブルー排除により同じ条件下で細胞生存を判定した場合にも、エラスターゼ阻害剤IIIの保護効果が見られた(図5A)。
【0046】
6.U-937細胞におけるKCN誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤IIIの阻害効果
KCNでの処理は95%の壊死を引き起こしたが、対照では10%であった。KCNと共にエラスターゼ阻害剤IIIを加えると、壊死細胞死が21%へと著しく減少し、壊死細胞死の22%がアポトーシス細胞死に移行した。この阻害剤により該細胞の52%が壊死細胞死から保護された。エラスターゼ阻害剤IIIは細胞損傷を何ら引き起こさなかった(図6)。
【0047】
7.抗Fas誘発性壊死に対する透過性エラスターゼ阻害剤と非透過性エラスターゼ阻害剤との阻害効果の比較
図7Aは抗Fas誘発性アポトーシス/壊死を示す。これらの条件下、細胞を透過性エラスターゼ阻害剤(Cortech Inc.)に曝露した。この曝露はアポトーシス性および壊死性細胞死を完全に妨げた(図7B)。非透過性エラスターゼ阻害剤であるエラスチナールはこの系において何ら影響を及ぼさなかった(図7C)。
【0048】
8.PC-12細胞におけるSTS誘発性アポトーシス/壊死
図8は、1.25μM STSでの処理が、対照と比較して約73%のアポトーシスを誘発したことを示している。オリゴマイシンはそれ単独では不活性だが、オリゴマイシンにSTSを加えると、アポトーシス細胞死を壊死細胞死に切り替えさせた。これらの条件下、約70%の壊死が生じ、アポトーシスは対照レベルに戻った。アクリジンオレンジおよび臭化エチジウムでの二重染色の後、蛍光顕微鏡で核の形態を判定し分析した。
【0049】
9.PC-12細胞におけるエラスターゼ阻害剤によるSTS誘発性アポトーシスの阻害
1.25μM STSに対するPC-12細胞の曝露は、対照と比較して著しくアポトーシス細胞死を誘発した。それ単独では不活性である200μM エラスターゼ阻害剤(Cortech Inc.)の添加は、STSにより誘発されるアポトーシスを顕著に阻害した(図9)。
【0050】
10.PC-12細胞におけるエラスターゼ阻害剤によるSTS誘発性壊死の阻止
図10Aに見られるとおり、1μM オリゴマイシンを加えた1.25μM STSは約70%の壊死を誘発した。200μM エラスターゼ阻害剤はそれ単独では不活性だが、STSにより誘発される壊死を完全に妨げた。同じ条件下、100μM エラスターゼ阻害剤は壊死細胞死を9%へと著しく減少させ、壊死細胞死の39%をアポトーシス細胞死に移行させた(図10B)。
【0051】
11.PC-12細胞におけるKCN誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤の阻害効果
0.5mM KCNに対するPC-12細胞の曝露は、対照と比較して著しく壊死細胞死を誘発した。それ自体は不活性である200μM エラスターゼ阻害剤の添加は、KCNにより誘発される壊死を顕著に阻害した(図11)。
【0052】
12.U-937細胞におけるSTS誘発性壊死に対するエラスターゼ阻害剤の効果
図12に見られるとおり、オリゴマイシンの存在下でのSTSでの処理は、対照と比較して細胞生存を著しく減少させた。エラスターゼ阻害剤はそれ単独では僅かな効果しか示さないが、STSおよびオリゴマイシンにより誘発される細胞死滅を顕著に阻害した。該阻害効果は48時間の延長インキュベーション中に測定した。細胞生存度はトリパンブルー排除により測定した。アポトーシスについても同様の結果を得た(データは示さず)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞壊死およびそれを伴う疾患の治療および/または予防のための1種類以上の細胞透過性エラスターゼ阻害剤を含む医薬組成物の製剤であって、
前記医薬組成物の有効成分の投与量は、個々の患者の所望の治療応答を達成するのに有効な量のエラスターゼ阻害剤が得られるように変えることができ、
選択される剤形は、個々のエラスターゼ阻害剤の活性に応じて変えることができ、
前記エラスターゼ阻害剤が、1以上の製薬上許容される賦形剤とともに製剤化されたものであり、
前記1以上の製薬上許容される賦形剤は、無毒性であり不活性な固体、半固体または液体の充填剤または製剤化補助剤であり、
前記エラスターゼ阻害剤は、壊死を起こしつつある細胞内で活性化された細胞内エラスターゼの酵素活性を阻害することができる、医薬組成物製剤。
【請求項2】
1つのアポトーシス阻害剤を更に含み、
前記エラスターゼ阻害剤の量が、細胞壊死を少なくとも部分的にアポトーシス細胞死に移行させ得る量であって、かつ前記アポトーシス阻害剤が用いられないときに細胞壊死を阻害する量より少ない量である、請求項1記載の医薬組成物製剤。
【請求項3】
老化の治療および/または予防のための薬剤をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の医薬組成物製剤。
【請求項4】
1以上のアポトーシス阻害剤または1以上の老化防止剤を更に含み、
前記エラスターゼ阻害剤の量が、細胞壊死を少なくとも部分的にアポトーシス細胞死に移行させ得る量であって、かつアポトーシス阻害剤が用いられないときに細胞壊死を阻害する量より少ない量である、請求項1記載の医薬組成物製剤。
【請求項5】
ニューロン細胞、プルキンエ細胞、海馬(hypocampal)錐体細胞、グリア細胞、造血細胞、リンパ球、マクロファージ、肝細胞、胸腺細胞、筋細胞、繊維芽細胞、心筋細胞、上皮細胞、気管支上皮細胞、糸球体、肺上皮細胞、ケラチノサイト、胃腸細胞、表皮細胞、骨細胞および軟骨細胞よりなる群から選ばれる細胞における細胞壊死の治療および/または予防のための医薬組成物を含む、請求項1乃至3何れかに記載の医薬組成物製剤。
【請求項6】
細胞壊死を伴う疾患が、神経変性疾患、新生児呼吸窮迫、糖尿病、血管ジストロフィー、白血病、仮死、リンパ腫、嵌頓ヘルニア、結核、子宮内膜症、凍傷、鉄負荷(iron-load)合併症、ステロイド治療の合併症、虚血性心疾患、脳血管疾患または脳血管損傷、壊疽(足壊疽を除く。)、肝炎、ヘモグロビン尿症、高熱、小児脂肪便症、区画症候群、壊死性直腸結腸炎(necrotizing procolitis)、腎毒性、多発性硬化症、脊髄損傷、筋ジストロフィー、チロシン血症 (tyrosemia)、代謝性遺伝病、マイコプラズマ疾患、炭疽菌感染、他の細菌の感染、ウイルス感染、アンダーソン(Anderson)病、先天性ミトコンドリア疾患、フェニルケトン尿症、胎盤梗塞、梅毒、無菌壊死、虚血壊死、アルコール中毒ならびにコカイン、薬物、化学毒素、農薬および重金属の投与および/または自己投与および/または曝露に関連した壊死よりなる群から選ばれる、請求項1乃至3何れかに記載の医薬組成物製剤。
【請求項7】
細胞壊死を伴う疾患が、乾癬、再灌流障害、とこずれ、膵炎、細菌敗血症、ウイルス敗血症、熱傷、クローン病、嚢胞性線維症、慢性関節リウマチ、糸球体腎炎、変形性関節症よりなる群から選ばれる、請求項1乃至3何れかに記載の医薬組成物製剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−189438(P2010−189438A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115149(P2010−115149)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【分割の表示】特願2003−577802(P2003−577802)の分割
【原出願日】平成15年3月26日(2003.3.26)
【出願人】(510137146)
【Fターム(参考)】