説明

壺状菌を検出するための核酸、プライマー対、核酸プローブカクテル、及びそれらを用いた壺状菌の検出方法

【課題】特異性及び感度の改善された壺状菌検出用核酸(プライマー対、核酸プローブ等)を開発し、該核酸を用いた壺状菌の検出方法を提供する。
【解決手段】海苔養殖に適した海域か否かを判定するため、また壺状菌の発生をより早く確認し対策を講じることを目的として、壺状菌染色体DNAの18SrRNA遺伝子コード領域(18SrDNA)の塩基配列に特異的なプライマー対を用いたPCR法による、漁場海水から壺状菌遊走子を検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は海苔壺状菌を検出するための核酸、プライマー対、核酸プローブ、及びそれらを用いた壺状菌の検出方法に関する。また本発明は、該プライマー対を用いた海苔養殖に適した海域か否かを判定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
壺状菌病は、海苔養殖において毎年発生し、多大な被害を及ぼす病害である。壺状菌病に感染した海苔は光沢がない商品価値の低い乾燥海苔にしかならず、また養殖網から外れてしまうため生産量が下がる。
【0003】
壺状菌病の病原菌である壺状菌(Olpidiopsis porphyrae sp. nov.)は、海苔に細胞内絶対寄生する全実性、単細胞の鞭毛菌である。壺状菌は卵菌網、クサリフクロカビ目のOlpidiopsis属の一種であると考えられていたものの、分離培養が困難なことから、最近まで詳細な菌の分類、同定はなされていなかった(非特許文献1及び2参照)。また、本菌の生理生態については、海苔葉体に感染したときにおける特性のみが調べられているに過ぎなかった(非特許文献3及び4参照)。本発明者らは、近年、壺状菌の分離培養、分類及び同定に成功した(非特許文献6)。壺状菌の有効な駆除方法は見つかっていないため、壺状菌病の防除対策のためには壺状菌感染発生をより早く確認し、海苔を漁場から早期に引き上げることが重要である。
【0004】
本発明者らは、壺状菌染色体DNAの18SrRNA遺伝子コード領域(18SrDNA)の塩基配列に特異的なプライマー対を用いたPCR法により、漁場海水から壺状菌遊走子を検出する方法を確立した(特許文献1、非特許文献5)。この方法を用いることにより、壺状菌の発生を早期に検出し、壺状菌感染が拡大する前に海苔網を漁場から避難することが可能となった。
【0005】
しかし、18SrDNAは生物間でのホモロジーが非常に高く、これまでに開発されたプライマーでは、壺状菌以外の生物由来の18SrDNAをも増幅し得るため、誤った判定を導いてしまう可能性があった。そのため、より特異性の高い壺状菌検出用プライマーの開発が求められていた。また、漁場海水をサンプルとして用いた場合の検出限界が、壺状菌遊走子数百個相当と、濾過海水を用いた場合より感度が低くなってしまうため、より検出感度を上げることが求められていた。
【特許文献1】特開2005−168359号公報
【非特許文献1】日水試、第26巻、543〜548頁、1960年
【非特許文献2】Asia-Pasific Mycological Conference on Biodiversity and Biotechnology (AMC2002), Kunming, China, November 4-8, 2002抄録
【非特許文献3】長大水研報、第28巻、131〜145頁、1969年
【非特許文献4】Transactions of the Mycological Society of Japan, vol. 18, p279-285, 1977
【非特許文献5】Nippon Suisan Gakkaishi, vol. 71, No. 6, p.917-922, 2005
【非特許文献6】Mycological Research, vol. 112, p. 361-374, 2008
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記事情に鑑み、本発明は、特異性及び感度の改善された壺状菌検出用核酸(プライマー対、核酸プローブ等)を開発し、該核酸を用いた壺状菌の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を行い、壺状菌18SrDNAのイントロンの二次構造及び塩基配列を詳細に解析した結果、特異性及び感度の点で従来のものよりも優れた壺状菌検出用核酸を作成することに成功した。そして、以下の要件を満たすプライマー対の中からとりわけ特異性及び検出感度の優れた壺状菌検出用プライマー対を見出し、本発明を完成するに至った:
(1)双方のプライマーが壺状菌18SrDNAのイントロン領域内にハイブリダイズし得る。
(2)壺状菌18SrDNAのイントロンの2次構造を他の生物の該イントロンの2次構造と整列・比較した場合、生物種間で変化が激しく、壺状菌に特異性の高い領域にプライマーがハイブリダイズし得る。
(3)PCRにより、4種類の壺状菌18SrDNAのいずれもが増幅され得る。
【0008】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号7又は配列番号15で表される塩基配列、或いはその相補配列を含む壺状菌検出用核酸。
[2]配列番号1で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、又は配列番号1で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる壺状菌検出用プライマー対。
[3][2]記載のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応を行うことを含む、試料中の壺状菌を検出する方法。
[4]海苔養殖に適した海域か否かを判定するための方法であって、試験海域における海水から採取したDNA含有試料における壺状菌の存在を、配列番号1で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、又は配列番号1で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる壺状菌検出用プライマー対を用いてPCRを行うことにより検定すること、及び壺状菌が検出されなかった海水が由来する海域を海苔養殖に適した海域であると判定することを含む、方法。
[5]配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を含有する、壺状菌検出用核酸プローブ。
[6][5]記載の核酸プローブを用いてin situハイブリダイゼーションを行うことを含む、試料中の壺状菌を検出する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の壺状菌検出用核酸を用いれば、特異的且つ高感度に壺状菌を検出することが可能となるので、海苔の漁場において壺状菌感染が発生する前あるいは発生初期の段階でこれを正確に検出し、感染拡大阻止のための対策を迅速に講じることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
[1.壺状菌検出用核酸]
本発明は、以下のいずれかの塩基配列又はその相補配列を含む壺状菌検出用核酸を提供する:
5’-TGATATCTTACCACGCATGG-3’ (配列番号1:1105F)
5’-TACCGAATCATCTTCCATCC-3’ (配列番号2:1200R)
5’-CTTACCACGCATGGTAAAAC-3’ (配列番号3:1111F)
5’-GAATCATCTTCCATCCAAAG-3’ (配列番号4:1196R)
5’-GACAAAAGACAACCCAGTCA-3’ (配列番号5:1179R)
5’-ATGCGCATTTAAAGTTTTACC-3’ (配列番号6:1124R)
5’-CTATACCCGAGGTCATTAAC-3’ (配列番号7:1300R)
5’-TGCGTGGTAAGATATCAACTT-3’ (配列番号15:1102R)
【0011】
本発明の核酸は、壺状菌を検出するためのプライマー、核酸プローブ等として有用である。
【0012】
本発明の核酸は、いずれも壺状菌の18SrDNAの塩基配列又はその相補配列に特異的にハイブリダイズすることにより壺状菌を特異的に検出し得る。18SrDNAとは、壺状菌染色体DNA上の18SrRNA遺伝子をコードする領域を意味する。壺状菌は4種類の18SrDNAを有しており、その塩基配列や、イントロン/エクソン構造は公知である(特開2005−168359号公報)。
【0013】
本発明の核酸は、DNA、RNAのいずれであってもよいが、分子の安定性等を考慮すると、好ましくはDNAである。本発明の核酸は、1本鎖又は2本鎖のいずれであってもよい。本発明の核酸は、天然に存在するもの又は合成されたもののいずれでもよいが、100bp程度以下の大きさのものであれば、ホスホトリエチル法、ホスホジエステル法等により、通常用いられるDNA自動合成装置を利用して合成することが可能である。
【0014】
本発明の核酸の大きさは、使用目的に応じて適宜選択することが可能であるが、通常20〜200bpである。本発明の核酸を遺伝子増幅反応(PCR等)のプライマーとして用いる場合には、当該核酸の大きさは、特に限定されないが、好ましくは20〜100bp、より好ましくは20〜50bp、更に好ましくは20〜30bp、最も好ましくは20〜23bpである。また、本発明の核酸をサザンブロッティング、ノザンブロッティング、in situハイブリダイゼーション等のプローブとして用いる場合には、当該核酸の大きさは、特に限定されないが、好ましくは20〜100bpであり、更に好ましくは20〜50bpである。
【0015】
本発明の核酸は、配列番号1〜7又は15のいずれかの塩基配列に加えて、付加配列を有していてもよい。付加配列の長さは、該核酸を用いた壺状菌の特異的検出が妨げられない限り特に限定されないが、通常1〜180bp、好ましくは1〜30bp、より好ましくは1〜10bp、更に好ましくは1〜5bpである。付加配列の位置も、該核酸を用いた壺状菌の特異的検出が妨げられない限り特に限定されない。付加配列の位置は、配列番号1〜7及び15から選択されるいずれかの塩基配列の5’側、3’側、又は5’及び3’側の両側であり、好ましくは配列番号1〜7又は15のいずれかの塩基配列の5’側である。本発明の核酸の18SrDNAへのハイブリダイゼーションを阻害する可能性があるため、3’側への付加は無い方が好ましい。付加配列の塩基配列は特に限定されない。
【0016】
本発明の核酸のGCコンテントは、40〜60%であることが好ましいが、特にこの範囲に限定されない。
【0017】
本発明の核酸は、検出感度を高めるために、検出可能な標識剤により標識されていてもよい。当該標識としては、例えば、蛍光(FITC、ローダミン、テキサスレッド、6-カルボキシ-フルオレッセイン(FAM)、テトラクロロ-6-カルボキシフルオレッセイン(TET)、2,7-ジメトキシ-4,5-ジクロロ-6-カルボキシフルオレッセイン(JOE)、ヘキソクロロ-6-カルボキシフルオレッセイン(HEX)、6-カルボキシ-テトラメチル-ローダミン(TAMRA)、Q-dot等)標識、ビオチン標識、ジゴキシゲニン標識、放射性同位体(32P、H)標識等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0018】
以下に本発明の核酸の好適な使用態様を示す。
【0019】
[2.壺状菌検出用プライマー対]
上記本発明の核酸から選択される適切な2つの核酸を組み合わせることにより、壺状菌検出用プライマー対として用いることが出来る。即ち、本発明は、上記本発明の核酸から選択される適切な2つの核酸の組み合わせからなる壺状菌検出用プライマー対を提供する。適切な核酸の組み合わせとしては、以下を挙げることが出来る:
(A)配列番号1で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸からなる組み合わせ;
(B)配列番号3で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号4で表される塩基配列を含む核酸からなる組み合わせ;
(C)配列番号1で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる組み合わせ;及び
(D)配列番号3で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号4で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる組み合わせ。
【0020】
とりわけ(A)及び(C)の組み合わせは、以下の特性を有しており、特異性及び感度の両面において優れている:
(1)双方のプライマーが壺状菌18SrDNAのイントロン領域内にハイブリダイズし得る。
(2)壺状菌18SrDNAのイントロンの2次構造を他の生物の該イントロンの2次構造と整列・比較した場合、生物種間で変化が激しく、壺状菌に特異性の高い領域にプライマーがハイブリダイズし得る。
(3)PCRにより、4種類の壺状菌18SrDNAのいずれもが増幅され得る。
【0021】
本発明のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応を行うことにより、試料中の壺状菌を検出することが出来る。本発明は、このような壺状菌の検出方法を提供する。
【0022】
本明細書において、「壺状菌の検出」は、壺状菌の菌体のみならず、その遊走子を検出することをも包含する。
【0023】
本明細書において、「壺状菌の検出」は、壺状菌の菌体の有無を判定することのみならずその存在量を定量することをも包含する。
【0024】
壺状菌の検出にあたっては、試料から全DNAを回収する。該試料は、壺状菌やその遊走子の染色体DNAを含み得る。該試料の種類としては、例えば海苔葉体、海水、海底泥、乾燥海苔、焼海苔等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0025】
海苔葉体からの全DNAの回収は、例えば特開2002−112774号公報等に記載されたCTAB法や、DNA抽出キット Isoplant II(ニッポンジーン社製)等の自体公知の方法を用いて行うことができるが、回収方法はこれらに限定されない。海苔葉体が壺状菌に感染している場合は、回収される全DNA中に、海苔葉体由来のDNAと壺状菌由来のDNAが含まれる。
【0026】
海水からの全DNAの回収は、例えばフィルター等を用いて海水中に浮遊する微生物(壺状菌遊走子を含み得る)を集菌し、回収された微生物から全DNAを抽出することにより行うことができるが、回収方法はこれに限定されない。集菌の際に使用するフィルターとしては、壺状菌遊走子の大きさを考慮し、保留粒子径が0.8μm以下のメンブレンフィルター(例えば、ADVANTEC社製のK080A047A)が好ましい。回収された微生物からの全DNAの回収は、CTAB法や、DNA抽出キット Isoplant II(ニッポンジーン社製)等の自体公知の方法を用いて行うことができる(特開2005−168359号公報)。
【0027】
海底泥からの全DNAの回収は、例えばガラスビーズ等を用いた自体公知の方法を用いて行うことができるが、回収方法はこれに限定されない。例えば、泥試料と共に0.5mmガラスビーズ(BIOSPEC社製)をスクリューキャップ付き2mlチューブ等に入れ、MINI-BEADBEATER(BIOSPEC社製)等を用いて強振することにより、泥中の細胞、遊走子等を破砕する。その後、例えばSDS水溶液等を用いた自体公知の方法により全DNAが回収される。その際、通常用いられる1%SDS水溶液に変えて0.1%サルコシン酸ナトリウムを加えた液を用いるのが好ましい。あるいは、DNA抽出キット Isoplant II(ニッポンジーン社製)等を用いることも可能である(特開2005−168359号公報)。
【0028】
このように試料から回収されたDNAは、適切な緩衝液、例えばTE(10 mM Tris-HCl, 1 mM EDTA, pH 8.0)等に溶解され、本発明の検出方法に供される。
【0029】
次に、本発明のプライマー対を用いて、試料から回収されたDNAをテンプレートとして遺伝子増幅反応を行う。
【0030】
遺伝子増幅反応としては、PCR、LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)(例えば、WO 00/28082参照)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)(例えば、WO 00/56877参照)等を挙げることが出来るが、これらに限定されるものではない。本発明において好適に用いられる遺伝子増幅反応は、PCRである。
【0031】
PCRは、例えばScience, 230, 1350 (1985)等に記載された、自体公知の方法により行うことができる。例えば、試料から回収されたDNA、本発明のプライマー対、TaqポリメラーゼをPCRバッファー中に加え、PCRを行うことにより、PCR産物を得る。Taqポリメラーゼ、PCRバッファーの組成は、自体公知のものから適宜選択可能である。また、PCRにおける温度設定、反応時間及びサイクル数は、使用するテンプレートDNAの量、プライマー対の種類等に応じて適宜設定することができる。PCRにおけるアニーリングの温度は、プライマー対のGCコンテントに基づき適宜設定することができる。本発明のプライマー対を用いた場合の好適なアニーリング温度は、通常45〜63℃(例えば50℃)である。得られたPCR産物は、電気泳動(例えば、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動等)により分離される。電気泳動後、ゲルがエチジウムブロマイド溶液等の自体公知の染色液により染色され、トランスイルミネーター等を用いてPCR産物が検出される。そして、特異的PCR産物の有無や量を指標として、試料中の壺状菌又はその遊走子の存在の有無や存在量が判定される。
【0032】
また、本発明の検出方法において用いられるPCRは、リアルタイムPCR (例えば「TaqMan PCR, ABI PRISMTM 7700 SEQUENCE DETECTION SYSTEM, Applied Biosystems, Ver1, June 1996」参照)であってもよい。この場合、本発明のプライマー対に加えて、適切な検出用蛍光標識プローブ(TaqManプローブ)が用いられる。当該プローブは、リアルタイムPCRの種類や、プライマー対の位置等に応じて適宜設計することができる。
【0033】
本発明の検出方法において試料中の壺状菌の存在量を定量する場合には、ポジティブコントロールとして、壺状菌染色体DNA標準試料を同時に用いることが好ましい。当該標準試料は、あらかじめ壺状菌染色体DNA量が既知であることが好ましい。試料DNAを用いて得られた特異的遺伝子増幅産物の量等と、当該標準試料を用いたときの特異的遺伝子増幅産物の量等とを比較することにより、試料中の壺状菌の染色体DNA量存在量を算出し、壺状菌の存在量を定量することが可能となる。
【0034】
また、本発明の検出方法において、複数のプライマー対を組み合わせて用いることによって、より正確で、感度の高い壺状菌の検出が達成できる。このようなプライマー対の組み合わせは、壺状菌18SrDNAの入れ子の(Nested)遺伝子増幅を可能とするように、適宜設定することができる。プライマー対の組み合わせには、本発明のプライマー対同士の組み合わせ及び本発明のプライマー対とその他のプライマー対との組み合わせが含まれる。好適な組み合わせとしては、上記(A)のプライマー対と上記(B)のプライマー対との組み合わせ並びに上記(C)のプライマー対と上記(D)のプライマー対との組み合わせが挙げられる。前者の場合、まず(A)のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応が行われ、その反応産物の一部をテンプレートとして(B)のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応が行われる。後者の場合、まず(C)のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応が行われ、その反応産物の一部をテンプレートとして(D)のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応が行われる。これにより、特異性を失うことなく高倍率で壺状菌18SrDNAを増幅することが可能となる。
【0035】
本発明の検出方法を用いると、特異的且つ高感度に壺状菌を検出することが可能となるので、海苔の漁場において壺状菌感染が発生する前あるいは発生初期の段階でこれを正確に検出し、その漁場における将来的な壺状菌感染の発生を事前に予測することが出来る。従って、本発明は、海苔養殖に適した海域か否かを判定するための方法であって、試験海域における海水から採取したDNA含有試料における壺状菌の存在を、上記本発明の壺状菌検出用プライマー対を用いてPCRを行うことにより検定することを含む方法を提供する。検定の結果、海水から壺状菌が検出されなかった場合には、該海水が由来する海域は壺状菌感染が発生するリスクが低く、海苔養殖に適した海域であると判定される。一方、海水から壺状菌が検出された場合には、該海水が由来する海域は壺状菌感染が発生するリスクが高く、海苔養殖に不適な海域であると判定される。
【0036】
また、本発明は、本発明のプライマー対を含有する壺状菌検出用キットを提供する。当該キットは、更に上記PCRバッファー、Taqポリメラーゼ、壺状菌染色体DNA標準試料を含むことができる。該キットに含まれるプライマー対は、好ましくは、上記(A)又は(B)のプライマー対である。一態様において、本発明のキットは、上記(A)及び(B)のプライマー対を含む。本発明のキットを用いれば、上記本発明の検出方法により容易に壺状菌の検出を実施することが可能となる。
【0037】
[3.壺状菌検出用核酸プローブ及び核酸プローブカクテル]
上記本発明の核酸は、壺状菌18SrDNAに対する特異性が高いので、壺状菌を検出するために行われるin situハイブリダイゼーション、ノザンブロッティング、サザンブロッティング、アレイ等における核酸プローブとして用いることが出来る。即ち、本発明は、上記本発明の核酸からなる壺状菌検出用核酸プローブを提供する。該核酸プローブには、配列番号2、配列番号5、配列番号6、配列番号7又は配列番号15で表される塩基配列を含む核酸が好適に用いられる。配列番号2で表される塩基配列を含む核酸が感度及び特異性の観点から特に好ましい。
【0038】
検出感度を向上させる目的で、上記本発明の核酸から選択される複数種類の核酸を混合することにより、壺状菌検出用核酸プローブカクテルとして用いてもよい。混合する核酸の種類や数は特に限定されない。検出特異性及び感度の優れた好ましい核酸プローブカクテルとして、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、配列番号5で表される塩基配列を含む核酸、配列番号6で表される塩基配列を含む核酸、配列番号7で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号15で表される塩基配列を含む核酸を含む核酸プローブカクテルが提供される。
【0039】
本発明の核酸プローブカクテルにおいては、各核酸プローブが出来る限り同モル数ずつ混合されていることが好ましい。該核酸プローブカクテルにおける各核酸プローブの含有比率(モル比)の差は、通常2倍以内、好ましくは1.5倍以内、より好ましくは1.25倍以内である。
【0040】
本発明の核酸プローブ又は核酸プローブカクテルを用いてin situハイブリダイゼーションを行うことにより、試料中の壺状菌を可視的に検出することが出来る。本発明は、このような壺状菌の検出方法を提供する。
【0041】
in situハイブリダイゼーションは、自体公知の方法に従い行うことが出来る。例えば、試料となる細胞をパラホルムアルデヒド等で固定し、界面活性剤でパーミアビライズした後に、本発明の核酸プローブ又は核酸プローブカクテルを含む緩衝液中でインキュベートする。その結果、核酸プローブの特異的ハイブリダイゼーションが観察された場合には、試料中に壺状菌または壺状菌遊走子が含まれると判定される。
【0042】
また、本発明は、本発明の核酸プローブ又は核酸プローブカクテルを含有する壺状菌検出用キットを提供する。当該キットは、更に細胞固定用パラホルムアルデヒド、パーミアビライズ用界面活性剤、ハイブリダイゼーション用緩衝液を含むことができる。該キットに含まれる核酸プローブは、好ましくは、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸である。一態様において、本発明のキットは、配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、配列番号5で表される塩基配列を含む核酸、配列番号6で表される塩基配列を含む核酸、配列番号7で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号15で表される塩基配列を含む核酸をそれぞれ核酸プローブとして含む。本発明のキットが複数の核酸プローブを含む場合、それらは別々の容器に分離して収納されていてもよいし、混合され核酸プローブカクテルとしてキット内に含まれていても良い。
【0043】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0044】
[実施例1]
プライマーの特異性の確認
以下の生物試料から全DNAを抽出し、それらをTE(10mM Tris-HCl, 1 mM EDTA, pH 8.0)液に溶解し、そのうちの一部をテンプレートとして用いてPCR反応を行った。
壺状菌遊走子
Porphyra(紅藻アマノリ属藻類)
NJM0132(卵菌 Atkinsiella dubia)
NJM0470(卵菌 Haliphthoros milfordensis)
Ectocarpus(褐藻シオミドロ属藻類)
【0045】
Taqポリメラーゼとしては、Z−taqポリメラーゼ(Takara社製)を用い、PCRバッファーは付属のものを用いた。
【0046】
壺状菌18SrDNAのイントロン領域を増幅し得る以下のPCRプライマー対を使用した:
1105F(5’-TGATATCTTACCACGCATGG-3’:配列番号1)
1200R(5’-TACCGAATCATCTTCCATCC-3’:配列番号2)
からなるプライマー対(プライマー対I)、及び
1111F(5’-CTTACCACGCATGGTAAAAC-3’:配列番号3)
1196R(5’-GAATCATCTTCCATCCAAAG-3’:配列番号4)
からなるプライマー対(プライマー対II)。
【0047】
これらのプライマー対は、壺状菌18SrDNAのイントロンの二次構造(図1)及び塩基配列を解析し、以下の条件を満たすプライマー対から選択されたものである。
(1)双方のプライマーが壺状菌18SrDNAのイントロン領域内にハイブリダイズし得る。
(2)壺状菌18SrDNAのイントロンの2次構造を他の生物の該イントロンの2次構造と整列・比較した場合、生物種間で変化が激しく、壺状菌に特異性の高い領域にプライマーがハイブリダイズし得る。
(3)PCRにより、4種類の壺状菌18SrDNAのいずれもが増幅され得る。
【0048】
また、海苔と壺状菌の両方に共通する配列を増幅するコントロールプライマー対として以下を用いた。
SR-4(5’-AGCCGCGGTAATTCCAGCT-3’:配列番号12)
SR-7(5’-TCCTTGGCAAATGCTTTCGC-3’:配列番号13)
【0049】
PCR反応液の組成は、50μLの反応液中にZ−taqポリメラーゼ(2.5 U/μL)
が0.5 μL、10×Z-taq buffer(30 mM MgCl2含有)が5μL、dNTP mixture(各2.5 mM含有)が4 μL、鋳型DNAが10 ng、プライマーがそれぞれ最終濃度で0.2μMである。
【0050】
PCR反応のプログラムは以下の表の通りである。
【0051】
【表1】

【0052】
得られたPCR産物は1%アガロースゲル電気泳動に供され、分離された。電気泳動後、当該ゲルをエチジウムブロマイド染色液により染色し、トランスイルミネーターにより観察した。結果を図2に示す。また、各レーンの説明を表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
図2から明らかなように、いずれのプライマー対も、壺状菌由来DNAをテンプレートとして用いた場合にのみPCR産物を増幅した。以上の結果から、プライマー対I及びIIが特異性の優れた壺状菌検出用プライマー対であることが確認された。
【0055】
[実施例2]
アニーリング温度の設定
実施例1と同様に、壺状菌遊走子の染色体DNAをテンプレートとして、プライマー対Iを用いてPCRを行った。45〜63℃の間で種々のアニーリングの温度を設定した。それ以外の条件は実施例1と同一である。結果を図3に示す。また、各レーンの説明を表3に示す。レーン11はテンプレートとして精製水を用いたネガティブコントロールである。
【0056】
【表3】

【0057】
図3から明らかなように、45〜63℃の間のいずれのアニーリング温度においても特異的なPCR増幅が観察された。45℃の低いアニーリング温度においても非特異的PCR産物の増幅が認められなかったことから、プライマー対Iの特異性が極めて高いことが示唆された。非特異的なPCR産物を生じ得る塩基配列がテンプレート中に含まれないことを検査する目的で、以降の試験においてアニーリング温度として比較的低い50℃を採用することとした。
【0058】
[実施例3]
PCRによる壺状菌の検出
実施例1と同様に、壺状菌に感染した海苔葉体から抽出した全DNAをテンプレートとしてPCRを行った。上述のプライマー対Iに加え、比較として壺状菌18SrDNAのイントロン領域を増幅し得る以下のプライマー対III及びIVを用いた。
プライマー対III
1215F(5’-CGGTAGTAGGCGACACCATC-3’:配列番号8)
1335R(5’-CGGATTGTCCATTGTCATTC-3’:配列番号9)
プライマー対IV
0176F(5’-AAAAACCCAACTGCTTGTCG-3’:配列番号10)
0615R-2(5’-GGCGTCAGCAGTTGGAACTA-3’:配列番号11)
【0059】
その他のPCRの条件は実施例1と同様である。結果を図4に示す。
【0060】
図4から明らかなように、プライマー対I、III及びIVは、いずれも壺状菌特異的なPCR産物を増幅した。しかしテンプレートの量を段階的に希釈していくと、プライマー対III→プライマー対IVの順でバンドが消失したが、プライマー対Iを用いた場合にはテンプレートを1/200倍まで希釈したときにも特異的なバンドが検出された。プライマー対IIIでは、非特異的な増幅産物が確認された。
以上の結果から、プライマー対Iが感度及び特異性の優れた壺状菌検出用プライマー対であることが確認された。
【0061】
[実施例4]
佐賀県有明海におけるタカツ海苔漁場における海水を平成18年1月11日から同年3月6日にかけて定期的に採取した。海水中の壺状菌遊走子を保留粒子径0.8μmのメンブレンフィルター(ADVANTEC社製、K080A047A)を用いて回収し、DNAを抽出した(Nippon Suisan Gakkaishi, 71(6), 917-922, 2005)。抽出されたDNAはTE(10mM Tris-HCl, 1 mM EDTA, pH 8.0)液に溶解された。そのうちの一部のDNAを用いてPCR反応を行った。PCRに用いたプライマーはプライマー対Iである。PCRの条件は実施例1と同一である。
【0062】
PCRと平行して同一漁場における養殖海苔の検鏡検査を行った。採取した海苔葉体を顕微鏡観察し、壺状菌の観察の有無により漁場における壺状菌の発生をモニターした。結果を表4に示す。
【0063】
【表4】

【0064】
顕微鏡観察における「○」は、壺状菌感染が確認されたことを示す。PCRにおける○は、特異的PCR増幅が認められたことを意味する。
【0065】
表4から明らかなように、実際に漁場において壺状菌感染が発生する20日前に、PCRにより壺状菌遊走子が検出された。この結果から、本発明のプライマー対を用いたPCRにより、海苔の漁場において壺状菌感染が発生する前あるいは発生初期の段階でこれを正確に検出し、感染拡大阻止のための対策を迅速に講じ得ることが示された。
【0066】
[実施例5]
蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)による壺状菌の検出
壺状菌遊走子をPES(EDTA含有PBS)中の4%(v/v)パラホルムアルデヒドで2時間処理することにより固定した。遠心分離(4000rpm、30min、室温)により細胞を回収した。Triton−X処理及びプロテアーゼ処理により細胞をパーミアビライズした。その後、50%(v/v)EtOH、80%(v/v)EtOHの順でEtOH処理することにより脱水し、細胞は使用時まで−20℃にて保存した。
【0067】
壺状菌の検出のために、5’末端をビオチンで標識した以下の核酸プローブの混合物(カクテル)をハイブリダイゼーションに用いた。
1200R(5’-TACCGAATCATCTTCCATCC-3’:配列番号2)
1179R(5’-GACAAAAGACAACCCAGTCA-3’:配列番号5)
1124R(5’-ATGCGCATTTAAAGTTTTACC-3’:配列番号6)
1300R(5’-CTATACCCGAGGTCATTAAC-3’:配列番号7)
1102R(5’-TGCGTGGTAAGATATCAACTT-3’:配列番号15)
【0068】
また、1200Rのみを単独でプローブとして用いる試験を平行しておこなった。
【0069】
また、ポジティブコントロールとして、海苔および壺状菌の双方に共通な塩基配列を含む以下のユニバーサルプローブを用いた。
5’- TCTAAGGGCATCACAGACCT -3’:配列番号14
【0070】
ハイブリダイゼーションの検出にはQdotストレプトアビジンコンジュゲートを使用した。壺状菌遊走子は、DAPIにより対比染色した。
【0071】
その結果、1200R核酸プローブのみを用いた場合には、壺状菌遊走子が特異的に染色されたが、その蛍光強度は弱かった(図5)。しかし、上記5つのプローブを混合して用いた場合には、壺状菌遊走子が特異的に染色され、かつその蛍光強度も野外サンプル(漁場サンプル)を用いた場合にも十分な程度であった(図6)。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の壺状菌検出用核酸を用いれば、特異的且つ高感度に壺状菌の存在を検出・定量することができるので、壺状菌感染の発生前あるいは発生初期の段階で感染拡大阻止のための対策を講じることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】壺状菌18SrRNAの二次構造。
【図2】壺状菌検出用プライマー対による壺状菌18SrDNAのPCR増幅。
【図3】種々のアニーリング温度による、壺状菌18SrDNAのPCR増幅。
【図4】壺状菌検出用プライマー対によるPCR。レーン1:コントロール(SR4-SR7:350bp)レーン2:1105F-1200R:115bpレーン3:1215F-1335R:140bpレーン4:0176F-0615-R-2:421bpM:マーカー(250bpラダー)
【図5】1200R核酸プローブを用いたin situハイブリダイゼーションによる壺状菌遊走子の検出。
【図6】核酸プローブカクテルを用いたin situハイブリダイゼーションによる壺状菌遊走子の検出。Tsubo_FL:壺状菌検出用核酸プローブカクテルuni_FL:ユニバーサルプローブ(ポジティブコントロール)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号7又は配列番号15で表される塩基配列、或いはその相補配列を含む壺状菌検出用核酸。
【請求項2】
配列番号1で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、又は配列番号1で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる壺状菌検出用プライマー対。
【請求項3】
請求項2記載のプライマー対を用いて遺伝子増幅反応を行うことを含む、試料中の壺状菌を検出する方法。
【請求項4】
海苔養殖に適した海域か否かを判定するための方法であって、試験海域における海水から採取したDNA含有試料における壺状菌の存在を、配列番号1で表される塩基配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列を含む核酸、又は配列番号1で表される塩基配列の相補配列を含む核酸及び配列番号2で表される塩基配列の相補配列を含む核酸からなる壺状菌検出用プライマー対を用いてPCRを行うことにより検定すること、及び壺状菌が検出されなかった海水が由来する海域を海苔養殖に適した海域であると判定することを含む、方法。
【請求項5】
配列番号2で表される塩基配列を含む核酸を含有する、壺状菌検出用核酸プローブ。
【請求項6】
請求項5記載の核酸プローブを用いてin situハイブリダイゼーションを行うことを含む、試料中の壺状菌を検出する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−240266(P2009−240266A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−92929(P2008−92929)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(397022911)学校法人甲南学園 (18)
【出願人】(590003722)佐賀県 (38)
【Fターム(参考)】