説明

変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラム

【課題】変圧器の上蓋を開閉することなく、さらに、手間が少なく短時間で巻線の位置ずれの有無を判定することができるようにする。
【解決手段】変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯における他方の巻線の伝達関数を測定することを健全状態と点検時とで行い(S1−1,S1−2)、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較する(S2−1,S2−2,S3)ことによって巻線の位置ずれの有無に基づいて変圧器の健全性を判定する(S4)ようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムに関する。さらに詳述すると、本発明は、変圧器における巻線の位置ずれの有無の判定に用いて好適な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電力流通設備の維持管理におけるコスト低減の要請や循環型社会形成のための産業廃棄物低減の要請から、配電用柱上変圧器のリユースが行われている。非特許文献1では、変圧器巻線部の再利用判定基準として、(1)焼損又は巻線の汚れなどの異常の有無,(2)導通(断線)の有無又は絶縁抵抗の値の良否,(3)巻線修理履歴が2回以上ある場合は巻替えの要否の三項目を紹介している。また、雷などでヒューズ切れが発生した場合にも同様の試験が行われることがある。
【0003】
しかしながら、上記の試験では柱上変圧器の異常として問題になる鉄心に巻かれた巻線の層間短絡(レアショートとも呼ばれる)や位置ずれを検出することができない。また、柱上変圧器の健全性の診断は、手間を低減するためや柱上変圧器内への水分の混入を防ぐためにも柱上変圧器の上蓋を開閉することなく実施できることが望ましい。なお、巻線の位置ずれとは、変圧器の1次巻線と2次巻線との相対位置が設計位置(即ち健全状態)からずれることであり、例えば巻線の軸心方向に相対位置が設計位置からずれる、具体的には1次巻線の底面と2次巻線の底面とがずれることである。
【0004】
配電用柱上変圧器の巻線の異常の有無を判定する従来の方法としては、例えば、変圧器の巻線に周波数の異なる交流電圧を順次印加して周波数の異なる交流電圧に対する変圧器の励磁電流を測定し、測定された励磁電流値の近似曲線を1階微分し、微分値が正の場合に短絡無しと判定し、微分値が負の場合に短絡有りと判定するものがある(特許文献1)。
【0005】
また、変圧器巻線の異常診断手法として周波数応答解析(Frequency Response Analysis:FRA)がある。周波数応答解析では、正弦波の電気的信号(例えば電圧)を入力して出力信号(例えば電流)の振幅の測定を数十〔Hz〕から数〔MHz〕まで周波数を変化させながら行って伝達関数(例えばインピーダンス)を求める。伝達関数は漏れインダクタンスや対地容量や巻線間容量などの電気定数によって共振を示すものであるところ、変圧器巻線に異常があればこれらの電気定数が変化して伝達関数(具体的には例えば共振周波数)が変化する。そして、周波数応答解析では、健全状態である時に測定しておいた伝達関数と比較してその変化の有無で変圧器巻線の異常を診断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−14528
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】電気学会技術報告第1164号:配電用品のライフサイクルマネジメントの動向と課題,2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の変圧器巻線の異常の有無判定方法では、300〜2000〔Hz〕の広範囲に亘って周波数を掃引して電流を測定する装置が必要であると共に数百点(数百の周波数)での測定が必要であり、コスト並びに多大な手間と時間とがかかるという問題がある。特に、配電用柱上変圧器は非常に多数設置されているので、配電用柱上変圧器を対象にした場合には特許文献1の変圧器巻線の異常の有無判定方法は汎用性が高いとは言えない。
【0009】
また、周波数応答解析も、数十〔Hz〕から数〔MHz〕まで周波数を変化させて測定を行う必要があり、コスト並びに多大な手間と時間とがかかる。実際に、周波数応答解析は配電・変電クラスよりも大型の変圧器に対して専ら適用されており、設置数が非常に多い配電用柱上変圧器への適用例はない。
【0010】
そこで、本発明は、変圧器の上蓋を開閉することなく、さらに、手間が少なく短時間で巻線の位置ずれの有無を判定することができる変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、変圧器の上蓋を開閉することなく且つ少ない手間・短時間で実施可能な変圧器の健全性評価方法の検討を行う中で、柱上変圧器の共振周波数帯における健全状態時と点検時との伝達関数を比較することで巻線の位置ずれの有無を判定することができることを突き止めた。本発明に特有のこの技術的思想の妥当性を検証するための試験(以下、検証試験と呼ぶ)を以下に説明する。
【0012】
周波数応答解析において測定する伝達関数は、巻線インピーダンス,アドミタンス,電圧レシオなどの中から原理的には任意に選択することができる。検証試験では、図3に示すように、巻線に注入した入力電圧Vin(jω)と50Ωインピーダンスを基準とした出力電圧Vout(jω)とを測定し、数式1で定義される伝達関数H(jω)を求める。なお、図3において、符号1は柱上変圧器,符号2Aは1次巻線,符号2Bは2次巻線,符号5は測定装置をそれぞれ表す。
【数1】

ただし、j:虚数単位,
ω:角周波数 をそれぞれ表す。
【0013】
本検証試験では、1次巻線2Aと2次巻線2Bとのそれぞれに対し、測定していない側の巻線を短絡した状態での測定(以下、短絡測定と呼ぶ)及び測定していない側の巻線端子間に何も接続しない状態での測定(以下、開放測定と呼ぶ)を行う。
【0014】
まず、上述の条件での測定による正常(即ち健全)な柱上変圧器の伝達関数の例を図4に示す。図4(a)に示す伝達関数は定格容量が10〔kVA〕の柱上変圧器のものであり、同図(b)に示す伝達関数は定格容量が50〔kVA〕の柱上変圧器のものである。
【0015】
図4に示す結果から、以下のことが確認される。
i)1次巻線の開放測定(図中実線)
商用周波数よりも周波数が高くなると伝達関数は漸減する。
ii)1次巻線の短絡測定(図中点線)
商用周波数よりも周波数が高くなると伝達関数は漸減する。
第一共振周波数は開放測定の場合よりも高い。
なお、共振のうち周波数が最も小さいものを第一共振と呼ぶ。また、共振時の周波数を共振周波数と呼ぶ。
iii)2次巻線の開放測定(図中一点鎖線)
第一共振周波数は数百〔Hz〕、具体的には200〜300〔Hz〕である。
なお、共振の発現として伝達関数の値が増減している周波数帯のことを共振周波数帯と呼ぶ。
数百〔kHz〕に第一共振とは別の比較的大きな共振が現れる。
iv)2次巻線の短絡測定(図中二点鎖線)
数十〔kHz〕以下の周波数では伝達関数がほぼ0〔dB〕になる。
【0016】
次に、上記と同じ柱上変圧器で鉄心に巻かれた巻線の位置ずれを模擬した上で伝達関数を測定する。ここで、本検証試験で用いた柱上変圧器の巻線構造を図5に示す。
【0017】
1次巻線2Aのレアは、鉄心4の左右それぞれに12枚巻かれており、合わせて24枚である。各レアのターン数は、タップ盤3に最も近い左右それぞれのレアで150回であり、他のレアは全て234回である。
【0018】
また、2次巻線2Bのレアは、鉄心4の左右それぞれに2枚巻かれており、合わせて4枚である。各レアのターン数は21回である。2次巻線2Bのレアは、鉄心4の左側のレアが右側のレアに、右側のレアが左側のレアに接続される構造になっている。
【0019】
そして、柱上変圧器のL+端子−接地間に470〔pF〕のコンデンサを挿入することによって巻線の位置ずれを模擬する。
【0020】
コンデンサを挿入する前後それぞれの伝達関数の測定結果を図6に示す。図6に示す結果から、コンデンサを挿入していない健全状態において490〔kHz〕に見られた共振の共振周波数が低くなっていることが確認される。
【0021】
この共振は、対地静電容量と2次側から見た漏れインダクタンスによると考えられる。本検証試験の柱上変圧器の共振周波数の計算値は550〔kHz〕であり、伝達関数測定結果とほぼ一致する。図6に示す現象は、コンデンサを挿入することによって巻線の位置ずれが模擬されて巻線が大地に近づいて対地静電容量が増加したことにより、共振周波数は低周波側に移動するためと考えられる。
【0022】
ここで、巻線の位置ずれによって巻線が接地電極に近づいて対地静電容量Cgが(1+r)倍になった場合を考える。漏れインダクタンスをLlとすると共に対地静電容量の変化によって共振周波数がfからf'になったとすると、数式2−1が成り立ち、当該数式2−1から数式2−2が導かれ、当該数式2−2から数式2−3が導かれる。
【数2】

【0023】
図6に示す例では、f=490〔kHz〕,f'=427〔kHz〕(したがって、Δf=63〔kHz〕)であり、数式2−3からr=0.315になる。これから計算される対地静電容量の変化量は550〔pF〕であり、挿入したコンデンサの容量とほぼ一致する。したがって、数式2−3を用いて対地静電容量の変化率が求められれば、巻線と接地電極との距離の変化率、即ち巻線の位置ずれ量を推定することができる。
【0024】
具体的には例えば、面積S〔m2〕の平板電極が誘電率ε〔F/m〕の誘電体を挟んで距離d〔m〕で対向しているときの静電容量C〔F〕は数式3で表され、当該数式3を仮定することによって静電容量Cの変化率に対する距離dの変化率を算出することができる。なお、柱上変圧器の巻線は実際には平板ではないので、数式3をそのまま用いることは近似値の算出には十分と考えられるが、必要に応じ、巻線の形状に合わせた数式3の変形や計算値と実測値との相関に基づく補正などによって精度を向上させるようにしても良い。
(数3) C=εS/d
【0025】
上述の考え方の妥当性を更に検証するため、柱上変圧器に巻線異常を発生させる目的で大電流を通電させて通電前後で伝達関数を測定する。
【0026】
具体的には、供試変圧器(定格容量50〔kVA〕)の巻線の外観検査を行って異常がないことを確認してから、2次巻線を短絡した状態で1次巻線に短絡電流395〔A〕(2次側換算13〔kA〕)を0.3秒間1回通電して巻線の位置ずれを発生させ、当該短絡状態大電流通電前後で1次巻線2Aと2次巻線2Bとのそれぞれに対して開放測定を行う。
【0027】
短絡状態での大電流通電前後それぞれの2次巻線(L+−O端子間)・開放測定の伝達関数測定結果を図7に示す。図7に示す結果から、1次巻線,2次巻線共に伝達関数が変化していることが確認される。具体的には、1次巻線では数十kHz帯に現れる共振の周波数が変化し、2次巻線では数百kHz帯に現れる共振の周波数が変化していることが確認される。
【0028】
測定後に変圧器内から巻線を取り出して調査した結果、大電流通電前は一致していた1次巻線と2次巻線との底面がずれており、巻線の位置ずれが発生していることが確認された。
【0029】
以上の検証試験の結果から、1次巻線の場合には数十kHz帯,2次巻線の場合には数百kHz帯の共振周波数帯の伝達関数に基づいて巻線の位置ずれの有無を判定することが可能であり、柱上変圧器の共振周波数帯の健全状態時と点検時との伝達関数を比較することで巻線の位置ずれの有無を判定するという本発明に特有の技術的思想の妥当性が確認される。なお、本検証試験では配電用柱上変圧器を対象としているが、本検証試験によって得られる知見は変圧器における巻線の位置ずれの有無を判定することができるということであり、上記の技術的思想は他の種類の変圧器に対しても当てはめ得るものである。
【0030】
また、検証試験の結果から、配電用柱上変圧器における巻線の位置ずれの有無を判定するための伝達関数の測定周波数帯(即ち共振周波数帯)は、2次巻線の開放測定を行う場合には100〔kHz〕〜1〔MHz〕程度が適当であり、1次巻線の開放測定を行う場合には10〜100〔kHz〕が適当であることが確認される。
【0031】
本発明は上述の知見に基づくものであり、具体的には、請求項1記載の変圧器の健全性診断方法は、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯における他方の巻線の伝達関数を測定することを健全状態と点検時とで行い、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定するようにしている。
【0032】
また、請求項2記載の変圧器の健全性診断装置は、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データ及び点検時の伝達関数データが記録されている記憶手段と、該記憶手段から健全状態の伝達関数データを読み込む手段と、記憶手段から点検時の伝達関数データを読み込む手段と、健全状態の伝達関数データを用いて健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する手段と、点検時の伝達関数データを用いて点検時の伝達関数における共振周波数を特定する手段と、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定する手段とを有するようにしている。
【0033】
また、請求項3記載の変圧器の健全性診断プログラムは、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データが蓄積されている健全状態伝達関数データベース及び点検時の伝達関数データが蓄積されている点検時伝達関数データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、健全状態伝達関数データベースから健全状態の伝達関数データを読み込む処理と、点検時伝達関数データベースから点検時の伝達関数データを読み込む処理と、健全状態の伝達関数データを用いて健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、点検時の伝達関数データを用いて点検時の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定する処理とを行わせるようにしている。
【0034】
したがって、これらの変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによると、健全状態の変圧器の伝達関数において共振が現れる周波数帯の伝達関数に基づいて巻線の位置ずれの有無を判定するようにしているので、伝達関数の測定における周波数の掃引が限定的な範囲に限られ、また、変圧器の上蓋を開閉することなく巻線の位置ずれの有無が判定される。
【発明の効果】
【0035】
本発明の変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、限定的な範囲で周波数を掃引して伝達関数を測定することで巻線の位置ずれの有無を判定することができるので、手間を軽減し測定時間を短縮して健全性診断技術としての汎用性の向上を図ることが可能になる。
【0036】
また、本発明の変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、変圧器の上蓋を開閉することなく巻線の位置ずれの有無を判定することができるので、健全性を診断することによって柱上変圧器の健全性を損なってしまうことを回避して汎用性の向上を図ることが可能になる。特に、柱上変圧器の設置場所は通常は野外であるところ本発明によれば上蓋を開閉することがないので柱上変圧器内部状態の保全に注意する必要がなく、現場適用性を大幅に向上させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の変圧器の健全性診断方法の実施形態の一例を説明するフローチャートである。
【図2】本実施形態の変圧器の健全性診断方法をプログラムを用いて実施する場合の変圧器の健全性診断装置の機能ブロック図である。
【図3】伝達関数測定方法を説明する図である。
【図4】検証試験の正常な柱上変圧器の伝達関数を示す図である。
【図5】検証試験の柱上変圧器の巻線構造を説明する図である。
【図6】検証試験の巻線の位置ずれを模擬した柱上変圧器の伝達関数を示す図である。
【図7】検証試験の大電流通電前後の2次巻線・開放測定の伝達関数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態の一例に基づいて詳細に説明する。
【0039】
図1及び図2に、本発明の変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムの実施形態の一例を示す。本発明の変圧器の健全性診断方法は、図1に示すように、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯における他方の巻線の伝達関数を測定することを健全状態と点検時とで行い(S1−1,S1−2)、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較する(S2−1,S2−2,S3)ことによって巻線の位置ずれの有無に基づいて変圧器の健全性を判定する(S4)ようにしている。
【0040】
また、本発明の変圧器の健全性診断装置は、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データ及び点検時の伝達関数データが記録されている記憶手段(16)と、該記憶手段(16)から健全状態の伝達関数データを読み込む手段(11a)と、記憶手段(16)から点検時の伝達関数データを読み込む手段(11b)と、健全状態の伝達関数データを用いて健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する手段(11c)と、点検時の伝達関数データを用いて点検時の伝達関数における共振周波数を特定する手段(11d)と、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無に基づいて変圧器の健全性を判定する手段(11e)とを備えている。
【0041】
上述の変圧器の健全性診断方法及び変圧器の健全性診断装置は、本発明の変圧器の健全性診断プログラムをコンピュータ上で実行することによっても実現される。本発明の変圧器の健全性診断プログラムは、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データが蓄積されている健全状態伝達関数データベース及び点検時の伝達関数データが蓄積されている点検時伝達関数データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、健全状態伝達関数データベースから健全状態の伝達関数データを読み込む処理と、点検時伝達関数データベースから点検時の伝達関数データを読み込む処理と、健全状態の伝達関数データを用いて健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、点検時の伝達関数データを用いて点検時の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無に基づいて変圧器の健全性を判定する処理とを行わせるようにしている。
【0042】
本実施形態では、変圧器の健全性診断プログラムをコンピュータ上で実行する場合を例に挙げて説明する。
【0043】
変圧器の健全性診断プログラム17を実行するためのコンピュータ10(即ち変圧器の健全性診断装置10;以下、単に健全性診断装置10と呼ぶ)の全体構成を図2に示す。この健全性診断装置10は、制御部11、記憶部12、入力部13、表示部14及びメモリ15を備え相互にバス等の信号回線により接続されている。また、健全性診断装置10にはデータサーバ16がバス等の信号回線により接続されており、その信号回線を介して相互にデータや制御指令等の信号の送受信(即ち出入力)が行われる。
【0044】
制御部11は記憶部12に記憶されている変圧器の健全性診断プログラム17によって健全性診断装置10全体の制御並びに変圧器の健全性の診断に係る演算を行うものであり、例えばCPU(中央演算処理装置)である。記憶部12は少なくともデータやプログラムを記憶可能な装置であり、例えばハードディスクである。メモリ15は制御部11が各種の制御や演算を実行する際の作業領域であるメモリ空間となるものであり、例えばRAM(Random Access Memory の略)である。
【0045】
入力部13は少なくとも作業者の命令を制御部11に与えるためのインターフェイスであり、例えばキーボードである。
【0046】
表示部14は制御部11の制御により文字や図形等の描画・表示を行うものであり、例えばディスプレイである。
【0047】
そして、変圧器の健全性診断プログラム17を実行することにより、データサーバ16にアクセス可能なコンピュータである健全性診断装置10の制御部11には、健全状態伝達関数データベース18から健全状態の伝達関数データを読み込む処理を行う健全状態伝達関数読込部11aと、点検時伝達関数データベース19から点検時の伝達関数データを読み込む処理を行う点検時伝達関数読込部11bと、健全状態の伝達関数データを用いて健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する処理を行う健全状態共振周波数特定部11cと、点検時の伝達関数データを用いて点検時の伝達関数における共振周波数を特定する処理を行う点検時共振周波数特定部11dと、健全状態の伝達関数における共振周波数と点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無に基づいて変圧器の健全性を判定する処理を行う健全性判定部11eとが構成される。
【0048】
なお、本実施形態では、データサーバ16が、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データが蓄積されている健全状態伝達関数データベース及び点検時の伝達関数データが蓄積されている点検時伝達関数データベースが格納されている記憶手段として機能する。
【0049】
本発明の実施にあたっては、まず、変圧器の健全状態と点検時との伝達関数が測定される(S1−1,S1−2)。なお、診断対象の変圧器が複数ある場合であってそれら変圧器の型式が異なる場合には、S1−1の処理は変圧器の型式毎に行われる。また、診断対象の変圧器が複数ある場合には、S1−2の処理は診断対象の変圧器毎に行われる。また、健全性点検時が複数時点ある場合には、S1−2の処理は点検時毎に行われる。
【0050】
本発明では、健全状態である時と点検時とにおいて、変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯における他方の巻線の伝達関数が測定される。以下、本実施形態では、変圧器の2次巻線の伝達関数測定結果を用いて巻線の位置ずれの有無を判定する場合について説明するものとし、したがって、変圧器の1次巻線を開放した状態で2次巻線の伝達関数が測定される。
【0051】
伝達関数の測定は、例えば、変圧器を対象として行われる周波数応答解析において従来から用いられてきた方法・装置によって行われる。例えば、図3に示すように、例えば100〔kHz〕から1〔MHz〕まで掃引可能な発振器,アンプ,50Ω抵抗,電圧計を備える測定装置5を用い、柱上変圧器1の2次巻線2Bに注入した入力電圧Vin(jω)と50Ωインピーダンスを基準とした出力電圧Vout(jω)とを測定し、数式1で定義される伝達関数H(jω)を求めることによって行われる。
【0052】
ここで、本発明では、共振が現れる周波数帯での伝達関数を測定する。本発明において伝達関数を測定する周波数帯としては、柱上変圧器の場合には2次巻線・開放測定の共振が現れる周波数帯は具体的には例えば100〔kHz〕〜1〔MHz〕程度が考えられるので当該範囲の周波数帯での伝達関数を測定することが考えられるが、これに限られるものではなく、診断対象の変圧器の伝達関数の共振が現れる周波数帯であればその他の周波数でも良い。なお、同型の変圧器であれば、伝達関数は一致し、したがって、共振が現れる周波数帯は一致する。
【0053】
伝達関数を測定する周波数を独自に定める場合で、診断対象の変圧器と同型の変圧器(ただし、健全なもの)での伝達関数の既存の測定結果がある場合には当該測定結果を用いて測定周波数帯を決定するようにしても良いし、診断対象の変圧器の設計仕様に基づいて共振が発生する周波数帯を計算して当該計算結果を用いて測定周波数帯を決定するようにしても良い。また、同型の複数の変圧器を診断する場合には一つの健全な変圧器の伝達関数を測定した結果を用いて測定周波数帯を決定するようにしても良い。
【0054】
また、健全な変圧器の伝達関数を予め測定して測定周波数帯を決定する場合には、例えば、健全な変圧器において数百kHz程度の共振周波数から周波数を徐々に減少させていって伝達関数の値が共振時の半分になる周波数f1と前記共振周波数から周波数を徐々に増加させていって伝達関数の値が共振時の半分になる周波数f2とを測定し、これら周波数f1から周波数f2の範囲を測定周波数帯とすることが考えられる。
【0055】
そして、本実施形態では、健全状態の伝達関数データは健全状態伝達関数データベース18として、また、点検時の伝達関数データは点検時伝達関数データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。なお、診断対象の変圧器が複数ある場合には、健全状態及び点検時の伝達関数データは個々の変圧器を識別する情報(例えばID)と対応づけられた上で健全状態伝達関数データベース18及び点検時伝達関数データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。また、健全性点検時が複数時点ある場合には、点検時の伝達関数データは測定時点の情報と対応づけられた上で点検時伝達関数データベース19としてデータサーバ16に蓄積される。
【0056】
次に、S1−1,S1−2の処理によって整備された伝達関数データを用いて健全状態と点検時とのそれぞれにおける伝達関数の共振周波数が特定される(S2−1,S2−2)。
【0057】
具体的には、制御部11の健全状態伝達関数読込部11aが健全状態伝達関数データベース18として蓄積されている健全状態の伝達関数データをデータサーバ16から読み込んで当該伝達関数データをメモリ15に記憶させ、さらに、制御部11の点検時伝達関数読込部11bが点検時伝達関数データベース19として蓄積されている点検時の伝達関数データをデータサーバ16から読み込んで当該伝達関数データをメモリ15に記憶させる。
【0058】
そして、制御部11の健全状態共振周波数特定部11cがメモリ15に記憶された健全状態の伝達関数データを読み込んで当該伝達関数データを用いて変圧器の健全状態の伝達関数における共振周波数を特定し、さらに、制御部11の点検時共振周波数特定部11dがメモリ15に記憶された点検時の伝達関数データを読み込んで当該伝達関数データを用いて変圧器の点検時の伝達関数における共振周波数を特定する。
【0059】
変圧器の伝達関数の共振周波数の特定は、データベース18,19に蓄積されている測定周波数帯の伝達関数の値が最小になっている周波数を共振周波数として特定することによって行う。
【0060】
そして、健全状態共振周波数特定部11cは特定した健全状態の変圧器の伝達関数における共振周波数の値をメモリ15に記憶させ、さらに、点検時共振周波数特定部11dは特定した変圧器の点検時の伝達関数における共振周波数の値をメモリ15に記憶させる。なお、診断対象の変圧器が複数ある場合には、健全状態及び点検時の共振周波数の値は個々の変圧器を識別する情報と対応づけられた上でメモリ15に記憶させられる。また、健全性点検時が複数時点ある場合には、点検時の共振周波数の値は測定時点の情報と対応づけられた上でメモリ15に記憶させられる。
【0061】
続いて、S2−1,S2−2までの処理によって得られた健全状態と点検時との伝達関数における共振周波数が比較され(S3)、変圧器の健全性が判定される(S4)。なお、診断対象の変圧器が複数ある場合には、S3及びS4の処理は診断対象の変圧器毎に行われる。また、健全性点検時が複数時点ある場合には、S3及びS4の処理は点検時毎に行われる。
【0062】
具体的には、制御部11の健全性判定部11eは、S2−1の処理においてメモリ15に記憶された健全状態の変圧器の伝達関数における共振周波数の値とS2−2の処理においてメモリ15に記憶された変圧器の点検時の伝達関数における共振周波数の値とをメモリ15から読み込む。
【0063】
そして、健全性判定部11eは、健全状態の共振周波数の値と点検時の共振周波数の値との差分を計算し、当該差分の絶対値が健全性判定閾値未満の場合には巻線の位置ずれが発生しておらず変圧器の健全性が保たれていると判定し、健全性判定閾値以上の場合には巻線の位置ずれが発生して変圧器の健全性が損なわれていると判定する。
【0064】
ここで、健全性判定閾値は、巻線の位置ずれが発生して変圧器の健全性が損なわれていることを判定するための共振周波数の変化の程度・幅である。本発明における健全性判定閾値は、柱上変圧器の場合には具体的には例えば10〜50〔kHz〕程度に設定することが考えられるが、これに限られるものではなく、例えば診断対象の変圧器と同一型式の変圧器での健全状態と異常状態との伝達関数における共振周波数の値の比較に基づいて設定された値でも良い。なお、健全性判定閾値は例えば変圧器の健全性診断プログラム17の中に予め規定される。
【0065】
そして、健全性判定部11eは、S3及びS4の処理における判定結果として、変圧器の健全性が保たれている旨若しくは損なわれている旨を、必要な場合には診断対象の変圧器別・点検時毎に、表示部14に表示したり、例えば記憶部12やデータサーバ16内に診断結果データファイルとして保存したりする。
【0066】
そして、制御部11は、変圧器の健全性診断の処理を終了する(END)。
【0067】
以上の構成を有する本発明の変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、限定的な範囲で周波数を掃引して伝達関数を測定することで巻線の位置ずれの有無を判定することができるので、手間を軽減し測定時間を短縮して健全性診断技術としての汎用性の向上を図ることが可能になる。また、本発明の変圧器の健全性診断方法、健全性診断装置及び健全性診断プログラムによれば、変圧器の上蓋を開閉することなく巻線の位置ずれの有無を判定することができるので、健全性を診断することによって柱上変圧器の健全性を損なってしまうことを回避して汎用性の向上を図ることが可能になる。
【0068】
さらに、低周波数帯で周波数を掃引して測定を行う場合には測定時間が一般に長くかかるところ、本発明によって2次巻線・開放測定の伝達関数測定結果を用いて変圧器の健全性の判定を行う場合には伝達関数の測定周波数帯が高周波帯の一定範囲に限られるので、従来の方法と比べて測定時間を大幅に短縮することが可能になる。
【0069】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、変圧器の1次巻線を開放した状態で2次巻線の伝達関数を測定するようにしているが、これとは逆に、2次巻線を開放した状態で1次巻線の伝達関数を測定するようにしても良い。この場合には、例えば柱上変圧器の場合には10〜100〔kHz〕程度の1次巻線・開放測定の共振が現れる周波数帯での伝達関数を測定する。
【0070】
また、本実施形態では、伝達関数データが蓄積される記憶手段をデータサーバ16としているが、記憶部12でも良いし、他の記憶装置を用いるようにしても良い。
【0071】
また、本発明は、配電用柱上変圧器に限らず、二つの巻線を有する種々の変圧器に対して適用可能である。
【符号の説明】
【0072】
1 変圧器
10 変圧器の健全性診断装置
17 変圧器の健全性診断プログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯における他方の巻線の伝達関数を測定することを健全状態と点検時とで行い、前記健全状態の伝達関数における共振周波数と前記点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定することを特徴とする変圧器の健全性診断方法。
【請求項2】
変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データ及び点検時の伝達関数データが記録されている記憶手段と、該記憶手段から前記健全状態の伝達関数データを読み込む手段と、前記記憶手段から前記点検時の伝達関数データを読み込む手段と、前記健全状態の伝達関数データを用いて前記健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する手段と、前記点検時の伝達関数データを用いて前記点検時の伝達関数における共振周波数を特定する手段と、前記健全状態の伝達関数における共振周波数と前記点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定する手段とを有することを特徴とする変圧器の健全性診断装置。
【請求項3】
変圧器の1次巻線と2次巻線とのどちらか一方の巻線を開放した状態で共振が現れる周波数帯で他方の巻線について測定された健全状態の伝達関数データが蓄積されている健全状態伝達関数データベース及び点検時の伝達関数データが蓄積されている点検時伝達関数データベースが格納されている記憶手段にアクセス可能なコンピュータに、前記健全状態伝達関数データベースから前記健全状態の伝達関数データを読み込む処理と、前記点検時伝達関数データベースから前記点検時の伝達関数データを読み込む処理と、前記健全状態の伝達関数データを用いて前記健全状態の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、前記点検時の伝達関数データを用いて前記点検時の伝達関数における共振周波数を特定する処理と、前記健全状態の伝達関数における共振周波数と前記点検時の伝達関数における共振周波数とを比較することによって巻線の位置ずれの有無を判定する処理とを行わせることを特徴とする変圧器の健全性診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−253885(P2011−253885A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−125803(P2010−125803)
【出願日】平成22年6月1日(2010.6.1)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】