説明

変異原性抑制剤

【課題】変異原物質による変異原性を効果的に抑制ないし防止することができる変異原性抑制剤を開発し、これを産業上有効に活用できる態様の組成物を提供する。
【解決手段】アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出した抽出物、望ましくはアガリクス茸子実体の熱水抽出物の含水アルコール可溶画分、更に望ましくは、これとケール、ブロッコリー、ダイコン等の植物との組み合わせを有効成分としてなる、N−ニトロソジメチルアミン、3−アミノ−1,4−ジメチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール等の変異原性抑制剤。又、該変異原性抑制剤を含有してなる飲食品、飼料及び医薬品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の抗変異原性物質を含有してなる変異原性抑制剤及びこれを配合してなる飲食物等に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の遺伝子や染色体に変化をひき起こし、突然変異した遺伝情報を発現させる作用のある因子を一般に変異原、変異原物質あるいは遺伝毒性物質等といい、変異原としての性質や作用の強さを変異原性という。自然界には様々な変異原、例えば、放射線、紫外線、活性酸素、種々の化学物質等が存在し、生物は変異原の影響を受けるリスクを絶えず負っている。遺伝子や染色体の異常変化は生体の障害や疾病の発現につながる懸念があるため、変異原の影響を軽減ないしは防止するための取り組みが各方面において推進されている。例えば、炭酸ガス排出規制をはじめとする地球環境問題への取り組み、アルキルフェノール類、フタル酸エステル類、ダイオキシン等のいわゆる環境ホルモン物質への対策等がある。
【0003】
変異原物質と疾病との相関性については、とりわけ発癌性との関連が従来から注目され、詳細な研究と考察が重ねられてきた結果、変異原物質は必ずしも発癌性物質であるとは限らないが、発癌性物質(イニシエーター)のほとんどは変異原性を有するという認識が最近の定説となっている。又、飲食に供される物質は、その物質自体及びそれが摂取された後の代謝産物が変異原性を有さないことをもって、当該物質を配合した飲食物の安全性が担保されるべきであるが、飲食物はさまざまな成分を含有し、これらが混合され複合化した成分から構成されているため、特に代謝産物の生体内における挙動を詳細に確認することは実際上不可能なことであり、変異原性や発癌性の感受性が個体によって異なる事情もあって、現実的には食経験を指標のひとつとして飲食物の安全性が判断されているのが実情である。
【0004】
変異原性物質として、食肉や魚介類等の動物性蛋白質に含まれるアミン類と亜硝酸塩との反応により生じるニトロソアミン、ニトロソグアニジン等のニトロソ化合物、肉や魚の焦げ部分、自動車の排気ガス、工場排煙やタバコ煙等に含まれるベンゾ〔a〕ピレン(ベンツピレン)、焼肉や焼魚の焦げ部分に含まれるトリプトファンの熱分解物であるTrp−P1(3−アミノ−1,4−ジメチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール)、Trp−P2(3−アミノ−1−メチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール)等がよく知れらている。
【0005】
このような現状から、変異原物質の変異原性を抑制する作用のある物質や成分の開発が行われ、ビタミンC、β−カロテン、カフェイン、ケルセチン、クルクミン、クロロゲン酸等が変異原性抑制成分として知られている。又、天然物由来の変異原性抑制物質として乳酸菌(特許文献1)、アロエの搾汁液や抽出物(特許文献2)、シナモンやトウガラシ等の香辛料(特許文献3)、海苔の酵素分解ペプチド(特許文献4)、米糠や玄米の抽出物(特許文献5)等が提案され、担子菌類を利用する例としてアガリクス・ブラジー子実体の遊離不飽和脂肪酸(特許文献6)、霊芝等の食用担子菌類又はその抽出物とフラビン類と葉酸との組み合わせ(特許文献7)等が公知である。
【0006】
しかしながら、通常、変異原性抑制物質はあらゆる変異原に対して効力を有するものではなく、特定の変異原物質に対しては抗変異原性作用を示すが、他の変異原性物質に対しては効力を示さないことが多く、又、変異原物質が多種にわたるため有効性を予測し難い。例えば、特許文献6では、アガリクス茸の子実体をヘキサンで抽出して得た遊離不飽和脂肪酸やクロロホルム/メタノール混合溶媒で抽出して得た13−ヒドロキシ・シス−9,トランス−11・オクタデカジエノイック・アシッドがベンゾ〔a〕ピレンに対して抗変異原性作用を示すことが開示されているが、これ以外の変異原物質に対する変異原性抑制作用は未知であり、特許文献7は、霊芝を40%エタノール水溶液で抽出処理した抽出液がTrp−P2に対して抗変異原性作用を示すことを開示しているにすぎない。
【0007】
【特許文献1】特開平5−236872号公報
【特許文献2】特開平7−53397号公報
【特許文献3】特開平7−308170号公報
【特許文献4】特開平10−175997号公報
【特許文献5】特開2003−231643号公報
【特許文献6】特開平6−90773号公報
【特許文献7】特開平8−266246号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
かかる現状に鑑み、本発明者らは、とりわけ飲食物に関連する変異原物質による変異原性を効果的に抑制ないし防止することができる変異原性抑制剤を開発し、これを産業上有効に活用できる態様の組成物を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明者らは、各種多様な原料素材と変異原性抑制作用との関連性について鋭意検討を重ねた結果、担子菌類の一種であるアガリクス茸にその顕著な有効性を知見し、又、これを飲食品、飼料、医薬品等の分野に有効利用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明によれば、アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理した抽出物を有効成分として含有してなることを特徴とする変異原性抑制剤が提供される。
【0011】
本発明に係る変異原性抑制剤は、望ましくは、アガリクス茸の子実体を熱水抽出処理して得た熱水抽出物をさらに70重量%エタノール水溶液を用いて抽出処理して得たエタノール抽出物を有効成分として含有してなることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る変異原性抑制剤において、アガリクス茸はアガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)であることが好ましい。
【0013】
本発明によれば、又、アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理した前記抽出物と、アブラナ属、ダイコン属、セイヨウワサビ属及びワサビ属からなる群から選択される1種又は2種以上の属に属する植物の乾燥粉末及び/又は抽出物とを併用して含有してなることを特徴とする変異原性抑制剤が提供される。
【0014】
ここで、アブラナ属に属する植物はアブラナ、キャベツ、ケール、ブロッコリー又はナタネであることが望ましく、ダイコン属に属する植物はダイコン又はハツカダイコンであることが望ましく、セイヨウワサビ属に属する植物はホースラディッシュであることが望ましく、又、ワサビ属に属する植物はワサビであることが望ましい。
【0015】
尚、本発明に係る変異原性抑制剤が対象とする変異原物質はN−ニトロソジメチルアミン(以下、NDMAという)、3−アミノ−1,4−ジメチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール(以下、Trp−P1という)、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(以下、MNNGという)及び4−ニトロキノリン−1−オキシド(以下、4−NQOという)からなる群から選択される少なくとも1種であることが望ましく、更にはNDMA及び/又はTrp−P1であることがより望ましい。
【0016】
本発明によれば、更に、前記いずれかの変異原性抑制剤を含有してなることを特徴とする飲食品、飼料又は医薬品が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、一般に飲食に供されているアガリクス茸から採取される抽出物を有効成分として含む変異原性抑制剤が提供される。この変異原性抑制剤は、畜肉や魚介類の焼き焦げ部分に含まれ、継続的に多量摂取すれば発癌イニシエーターとして作用するNDMA、トリプトファンの加熱分解物であり、同様に発癌イニシエーターとしての懸念があるTrp−P1等の食物由来の変異原物質の変異原性を顕著に抑制することができる。このため、本発明に係る変異原性抑制剤は、飲食品、飼料、医薬品等の分野において、これをそのままの形態又は従来の各種製品に含有せしめた形態として、前記変異原物質により誘発される変異原性の抑制や染色体異常、発癌等の予防のために有効利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明を詳細に説明する。本発明に係る変異原性抑制剤は、アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理して得られる抽出物を有効成分として含有してなることを特徴とする。ここで、アガリクス茸はハラタケ科のキノコの一種であり、アガリクス属(Agaricus)に属するものをいい、アガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)、マッシュルーム(Agaricus bisporus)等を例示することができる。アガリクス ブラゼイ ムリルはブラジル原産の茸で、カワリハラタケ、ヒメマツタケ等ともよばれ、近年、我国でも人工栽培されるようになり食用に供されている。その含有成分である多糖体(β−グルカン)や多糖蛋白複合体は抗腫瘍増殖抑制、免疫増強、血糖値低減等の作用を有することが知られている。マッシュルームはツクリタケ、シャンピニオン等の別名をもち、一般の食材として利用されており、その抽出物は活性酸素消去能を有するといわれている。本発明においてはアガリクス ブラゼイ ムリルを好適に使用することができる。
【0019】
本発明に係る抽出物は、前記アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理することにより得ることができる。親水性溶媒の具体例として水、低級1価アルコール、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類及びこれらの混合物を挙げることができるが、このうち水及び低級1価アルコールが好ましく、低級1価アルコールとしてはメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等を好適に使用することができる。本発明に係るアガリクス茸抽出物を飲食品用途に供する場合は水及び/又はエタノールを用いることが望ましく、飼料や医薬品の用途に供する場合はこれ以外の溶媒を使用してもさしつかえない。親水性溶媒として含水アルコールを用いる際の含水率は、アルコールの種類及び極性により異なるが、概ね5重量%以上である。含水率がこれを下回ると目的物の収量が減少し又は変異原性抑制作用が低下することがある。又、エタノール以外のアルコールを用いる場合、アルコールの炭素数が大きくなるほど含水率を高めるのがよい。この含水率のめやすは、メタノールのとき約30重量%以下、エタノールのとき約50重量%以下、イソプロパノールのとき約60重量%以下、又、ブタノールのときは約80重量%以下である。
【0020】
尚、前記親水性溶媒はアルカリ性を呈するものが望ましい。これを用いることにより、本発明の所望効果の高い抽出物を更に多量に得ることが可能となる。この場合のアルカリ性は弱ないし中程度であることが望ましく、pHが約10までのもの、より好適なpHは7.5〜9である。カリウムやナトリウム等のアルカリ金属類の水酸化物やリン酸化物を用いて常法により調製する。
【0021】
本発明に係る抽出物を得るための抽出処理は次のように行う。すなわち、アガリクス茸の子実体の生又は乾燥物を適宜に凍結破砕処理、裁断処理、衝撃破壊処理、酵素処理等に供して破砕、細断あるいは粉砕し、この重量に対して前記親水性溶媒を1〜50倍容量、より好ましくは2〜20倍容量加え、常圧又は0.1〜5気圧、より好ましくは0.5〜3気圧の加圧下、約40℃以上、より好ましくは80〜95℃に加熱して、適宜に撹拌しながら、約10分〜24時間、より好ましくは30分〜5時間抽出処理する。このとき、前記条件の加圧下で処理を行えば、抽出物の増収メリットがある。抽出処理後、残渣を濾別して抽出液を得る。尚、この抽出残渣に前記親水性溶媒を加えて同様に処理して二次抽出液を得、該操作を数回程度繰り返してもよい。得られた抽出液を併せて濃縮し、噴霧乾燥、凍結乾燥等の処理を施して本発明に係る抽出物を製造することができる。
【0022】
本発明に係る抽出物は前述のように抽出処理して得ることができるが、該抽出処理の手順は、アガリクス茸の子実体を先ず熱水(80〜95℃)抽出して熱水抽出物を得て、次いで該熱水抽出物を更に約70重量%含水エタノールで分別処理し、該含水エタノールに可溶分を採取することが一層望ましい。この場合、例えば、熱水抽出物の重量に対して前記含水エタノールを2〜10倍容量添加し、常圧下、常温〜沸点以下の温度で10分〜12時間、適宜に撹拌しつつ、生じた沈殿物をフィルター濾過、遠心分離等の処理に供して除去し、可溶分を採取、脱溶媒して本発明に係る抽出物を製造する。かかる手順により得られる抽出物は本発明の所望効果を顕著に奏するものである。
【0023】
なお、本発明に係るアガリクス茸抽出物の成分組成は明らかではないが、少なくとも遊離脂肪酸、グリセリド、レシチン等の脂質類を全く含まず、アミノ酸や単糖類も微量にしか含まれない。
【0024】
かくして得られる抽出物は、これをそのまま又は公知の安定剤、賦形剤、結合剤等の添加物質とともに含有せしめて本発明の変異原性抑制剤とすることができる。添加物質は本発明の趣旨に反しないものであればよく、食品、飼料、医薬品等に使用されるデンプン、デキストリン、粉末セルロース、結晶セルロース、セルロース誘導体、ショ糖脂肪酸エステル、乳糖、アラビアガム、マンニトール、トレハロース、グルコース、ゼラチン等を単独で又は組み合わせて利用できる。
【0025】
次に、本発明によれば、アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理した抽出物と、アブラナ属、ダイコン属、セイヨウワサビ属及びワサビ属からなる群から選択される1種又は2種以上の属に属する植物の乾燥粉末及び/又は抽出物とを併用して含有してなることを特徴とする変異原性抑制剤が提供される。この態様の変異原性抑制剤は前述のアガリクス茸抽出物と特定植物の乾燥粉末及び/又は抽出物とを組み合わせてなるものであり、本発明の所望効果をより一層顕著に奏する。
【0026】
この態様の変異原性抑制剤において、アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理した抽出物は前述したものと同じである。該抽出物と併用する特定植物はアブラナ科植物に属するものであって、アブラナ属(Brassica)、ダイコン属(Raphanus)、セイヨウワサビ属(Armoracia)又はワサビ属(Eutrema)に属するものが好ましい。本発明では、これらの属に属する植物を単独で又は複数組み合わせて使用することができ、各植物の乾燥粉末及び抽出物のいずれか一方又は両方を選択できる。使用部位は根、茎、葉、花、果実、植物体全体、種子、発芽物等のいずれでもよい。
【0027】
具体的には、アブラナ属に属する植物としてアブラナ、カブ、カラシナ、カリフラワー、キャベツ、クロガラシ、ケール、コールラビ、コマツナ、セイヨウアブラナ、セイヨウカラシナ、タカナ、ナタネ、ハクサイ、ハクラン、ハボタン、ブロッコリー、メキャベツ等を一例として挙げることができ、ダイコン属に属するものとしてキバナダイコン、ダイコン、ハツカダイコン(ラディッシュ)、ハマダイコン等、セイヨウワサビ属に属するものとしてホースラディッシュ等、ワサビ属に属するものとしてワサビ(沢わさび、水わさび、陸わさび、畑わさび等)を例示することができる。これらのうち、アブラナ属のアブラナ、キャベツ、ケール、ブロッコリー及びナタネ、ダイコン属のダイコン及びハツカダイコン、セイヨウワサビ属のホースラディッシュ、ワサビ属のワサビがより望ましく、キャベツ、ケール及びブロッコリーが最も好適である。
【0028】
これらの植物は、通常、野菜として食用に供せられており、本発明においても生のまま又は搾汁の形態で利用してもよいが、乾燥及び粉砕処理した乾燥粉末、生若しくは乾燥物を水、低級アルコール(メタノール、エタノール、イソプロパノール等)、アセトン等の親水性溶媒を用いて前述のアガリクス茸の場合と同様に抽出処理した抽出物の形態が簡便であり、好適である。なお、抽出物の場合は、活性炭、シリカゲル、オクタデシルシラン結合シリカゲル(ODS)、活性アルミナ、ポリスチレン等の吸着剤、イオン交換樹脂等を用いて精製処理したり、デキストラン、アガロース等を用いて分画処理を施してもよい。これらの処理によって本発明の所望効果を更に高めることが可能となる。
【0029】
本発明の変異原性抑制剤において、アガリクス茸抽出物と前記特定植物とを併用する場合の比率は、アガリクス茸抽出物1重量部に対して前記特定植物を約0.05重量部〜約1.5重量部がよく、より望ましくは約0.1重量部〜約1.0重量部である。前記特定植物が0.05重量部未満の場合はアガリクス茸抽出物単独のときと効果が変わらず、1.5重量部超過の場合は更なる併用効果が期待できない。
【0030】
本発明の変異原性抑制剤が対象とする変異原物質は、NDMA、Trp−P1、MNNG及び4−NQOからなる群から選択される少なくとも1種であることが望ましい。NDMAは食肉、魚介類、煙草等に含まれるアミン類と亜硝酸塩との反応により生じるニトロソ化合物の一種であり、化学工業や食品加工業等の副生物として発生すること、環境中でも二級アミンと亜硝酸性窒素との反応によって生成すること、最近では排水の浄水処理・下水処理時の塩素処理によっても生じること、肝毒性があり、肝臓癌等を発生させることが知られている。Trp−P1はトリプトファンの熱分解物の一種であり、焼肉や焼き魚の焦げ部分に含まれる肝臓癌を誘発する。MNNGはNDMAと同じくニトロソ化合物の一種であり、胃癌や大腸癌を誘発する発癌物質であると認められている。又、4−NQOは胃癌、大腸癌を誘発し、ラットでは舌癌を発生させることが公知であり、生体内においてアミノ酸の一種であるセリンと結合してセリル−4HAQO(セリル−4−ヒドロキシアミノキノリンN−オキシド)に変化し、これがDNA塩基と反応して微生物の突然変異や動物の癌を発生させるとされている。
【0031】
本発明の変異原性抑制剤は、多種多様な変異原物質の中でもとりわけ前記変異原物質の変異原性を抑制する効果に優れ、更にはNDMA及びTrp−P1に対して一層顕著な抗変異原性効果を奏する。又、本発明の変異原性抑制剤はこれらの変異原物質が単一である場合のみならず複数存在する場合においても抗変異原性作用を発現する。
【0032】
本発明に係る変異原性抑制剤は、これ自体を飲食品、医薬品、化粧品、飼料その他産業分野の様々な製品とすることができ、あるいは該製品の配合原料の一部として使用する態様でも利用できる。とりわけ飲食品用途が好適である。これらの例を以下に述べるが、本発明はこの例示によって何ら制限を受けるものではない。
【0033】
前記飲食品の具体例として、野菜ジュース、果汁飲料、清涼飲料、茶等の飲料類、スープ、ゼリー、プリン、ヨーグルト、ケーキプレミックス製品、菓子類、ふりかけ、味噌、醤油、ソース、ドレッシング、マヨネーズ、植物性クリーム、味噌、焼肉用たれや麺つゆ等の調味料、麺類、うどん、蕎麦、スパゲッティ、ハムやソーセージ等の畜肉魚肉加工食品、ハンバーグ、コロッケ、ふりかけ、佃煮、ジャム、牛乳、クリーム、バター、スプレッドやチーズ等の粉末状、固形状又は液状の乳製品、マーガリン、パン、ケーキ、クッキー、チョコレート、キャンディー、グミ、ガム等の各種一般加工食品や、粉末状、顆粒状、丸剤状、錠剤状、ソフトカプセル状、ハードカプセル状、ペースト状又は液体状の栄養補助食品、特定保健用食品、機能性食品、健康食品、濃厚流動食や嚥下障害用食品の治療食等を挙げることができる。
【0034】
これらの飲食品を製造するには、公知の原材料及び本発明に係る変異原性抑制剤を用い、あるいは公知の原材料の一部を本発明の変異原性抑制剤で置き換え、公知の方法によって製造すればよい。例えば、本発明に係る変異原性抑制剤と、必要に応じてグルコース(ブドウ糖)、デキストリン、乳糖、澱粉又はその加工物、セルロース粉末等の賦形剤、ビタミン、ミネラル、動植物や魚介類の油脂、たん白(動植物や酵母由来の蛋白質、その加水分解物等)、糖質、色素、香料、酸化防止剤、その他の食用添加物、各種栄養機能成分を含む粉末やエキス類等の食用素材とともに混合して粉末、顆粒、ペレット、錠剤等の形状に加工したり、常法により前記例の一般食品に加工処理したり、これらを混合した液状物をゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース等で被覆してカプセルを成形したり、飲料(ドリンク類)の形態に加工して、栄養補助食品や健康食品として利用することは好適である。とりわけ錠剤、カプセル剤やドリンク剤が望ましい。
【0035】
本発明に係る変異原性抑制剤を飲食品に配合する場合の比率は、飲食品の形態、本発明に係る変異原性抑制剤中のアガリクス茸抽出物や併用する特定植物の種類、品質、性状、成分等の相違によるため一律には規定しがたいが、飲食品中のアガリクス茸抽出物含量が約0.01重量%〜約90重量%、より望ましくは約1重量%〜約50重量%となるようにし、前記特定植物や他の原材料を適宜に併用して処方を設計し、常法に従い本発明が目的とする飲食品を調製すればよい。アガリクス茸抽出物の含量が0.01重量%を下回るような飲食品ではアガリクス茸抽出物による所望効果を期待するためには多量の当該飲食品を摂取しなければならず、又、アガリクス茸抽出物の特有の風味を考慮した飲食品の実用的な態様から、本発明に係る飲食品中の最多アガリクス茸抽出物含量は約90重量%である。本発明に係る飲食品は、ヒトの場合1日あたりのアガリクス茸抽出物摂取量の目安を約10mg〜約1000mg、望ましくは約30mg〜約500mg、さらに望ましくは約50mg〜約200mgとして、例えば、経口摂取、経管投与等の方法で体内に取り込むことができる。
【0036】
本発明に係る変異原性抑制剤及び飲食品は、本発明の目的に沿って、日常の食生活において継続的に摂取することが望ましく、このような態様によって本発明の所望効果、とりわけ日常生活の中で体内に取り込まれる変異原物質の変異原性を低減ないし抑制し、該変異原物質による発癌を予防することが可能となる。この観点から、本発明においては、本発明の変異原性抑制剤やこれと併用する前記特定植物・成分を必ずしも同一組成物中に含有せしめる制限はなく、これらを別々に含む複数の組成物あるいは飲食品として調製し、該組成物あるいは飲食品をほぼ同時に経口摂取することは本発明の技術的範囲に属する。
【0037】
本発明の変異原性抑制剤を配合した医薬品も可能である。前記のアガリクス茸抽出物に、本発明の趣旨に反しない公知の賦形剤や添加剤を必要に応じて加え、常法により加工して錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、注射剤等の製剤となし、経口投与、経管投与あるいは皮内投与する。変異原物質の変異原性の低減、染色体や遺伝子の損傷防止、変異原性と関連する癌、その他の疾患の予防等のために適用する。本発明に係るアガリクス茸抽出物の配合量は製剤の種類、形態、用法、用量等により一律に規定し難いが、概ね0.01〜50重量%である。経口投与する場合の摂取量は、有効成分として前記アガリクス茸抽出物を、成人1日あたり0.01〜10g、より好ましくは0.1〜5gである。該範囲より少ないと所望効果を奏することが難しく、多すぎても更なる効果を期待できない。
【実施例】
【0038】
次に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。各例において、%、部及び比率はいずれも重量基準である。
【0039】
製造例1
アガリクス ブラゼイ ムリルの乾燥子実体を約0.7cm角サイズに粗砕したもの300gをステンレス製耐圧釜に仕込み、水(pH8)3Lを添加し、常圧下、90℃で3時間抽出処理した後、減圧濾過して残渣を分離し第1抽出液を採取した。次いで、前記残渣に水(pH8)2.5Lを加えて同様に処理して第2抽出液を採取した。両抽出液を合わせて減圧濃縮及び凍結乾燥処理し、本発明に係るアガリクス茸抽出物(試料1)40.5gを得た。試料1は遊離脂肪酸、グリセリド、レシチン等の脂質類を全く含まないものであった。
【0040】
製造例2
製造例1において、常圧下を1.3気圧の加圧下に置き換えて同様に処理して本発明に係るアガリクス茸抽出物(試料2)88.0gを得た。試料2も脂質類を全く含まない。
【0041】
製造例3
製造例2で得た試料2の一部50gにエタノール濃度が70%の含水エタノール400mLを加え、常圧下で一旦溶解後30℃にて1時間静置し、生じた沈殿物を遠心分離して除き、含水エタノール可溶分を採取し、減圧濃縮及び乾燥処理して本発明に係るアガリクス抽出物(試料3)17.4gを得た。
【0042】
製造例4
ケールの葉部の乾燥物を粉砕機で粗砕したもの(約0.5cm以下のサイズ)100gにイオン交換水3Lを加え、常圧下、80〜90℃で2時間抽出処理し、残渣除去、濃縮及び乾燥処理してケール抽出物(試料4)28.5gを得た。
【0043】
製造例5
ブロッコリーの発芽体をミキサー処理して搾汁液1Lを調製し、これにエタノール濃度が40%の含水エタノール3Lを加え、60℃で1時間抽出処理し、以後、製造例4と同様に処理してブロッコリー抽出物(試料5)35.0gを得た。
【0044】
製造例6
製造例5において、ダイコンの根部分を用い、40%含水エタノールを70%含水エタノールに置き換えること以外は同様に処理してダイコン抽出物(試料6)20.4gを得た。
【0045】
比較製造例1
アガリクス ブラゼイ ムリルの乾燥子実体を約0.7cm角サイズに粗砕したもの300gをステンレス製耐圧釜に仕込み、ヘキサン3Lを添加し、常温常圧下で1時間抽出処理後、減圧濾過して抽出液と残渣に分離した。抽出液を脱溶媒及び乾燥処理してヘキサン抽出物(比較試料1)を得た。この抽出物の成分は遊離脂肪酸、エルゴステロール等の遊離ステロール及びその配糖体、リン脂質、セラミド等の脂質類がほとんどを占め、遊離脂肪酸はリノール酸が主成分であった。
【0046】
試験例
上記の各製造例で調製した試料の変異原性抑制作用を、復帰突然変異試験法(エイムズ法)を利用して試験評価した。すなわち、前記の各試料を0.1モルリン酸緩衝液(pH7.4)に溶解し、その最終濃度が2.5及び10mg/mLとなるように各溶液を調製し、各0.1mLを試験管に分注した。次いで、これに前記緩衝液又はS9mixを0.5mL、変異原物質をジメチルスルホン酸アミドに溶解した溶液を0.05mL、及びサルモネラ ティフィムリウム(Salmonella typhimurium)TA−100株培養液を0.1mLそれぞれ添加して混合溶液を調製した。ここで、変異原物質はNDMA、MNNG、4−NQO及びTrp−P1を用い、その濃度(単位:nmol/plate)を200,000、5、0.4及び20として試験した。前記混合溶液を37℃にて20分間振とう後、軟寒天液2mLを加え、エイムズ・プレート(1LあたりD−グルコース:20g、寒天:15g、Vogel−Bonner培地:100mL、ヒスチジン:0.62mg及びビオチン:0.98mgを含む)にまき、37℃で48時間インキュベートし、該プレート上に出現した復帰突然変異コロニー数を計測した。試験試料による変異原物質の変異原性抑制率(%)は{1−(変異原物質及び試料添加時の変異数−自然発生変異数)/(変異原物質添加時の変異数−自然発生変異数}×100の計算式から求めた。ここで、自然発生変異数とは試料のみ添加時に発生する変異コロニー数である。この結果を表1に示す。
【0047】
NDMAに対して、アガリクス茸抽出物(試料1〜試料3)は変異原性を抑制する作用を有することが認められた。特に、アガリクス茸の熱水抽出物の70%エタノール可溶画分(試料3)は顕著な抑制効果を奏した。しかし、アガリクス茸のヘキサン抽出物(比較試料1)の抑制効果は弱かった。又、ケール葉抽出物(試料4)、ブロッコリー発芽体抽出物(試料5)及びダイコン根抽出物(試料6)の変異原性抑制率は、それぞれ単独の場合はアガリクス茸抽出物と比べて小さいが、これらをアガリクス茸抽出物と併用した場合には相乗的に強い抑制効果を発現した。この併用効果は、アガリクス茸の熱水抽出物の70%エタノール可溶画分とブロッコリー発芽体の抽出物との組み合わせのときに著しく、又、該組み合わせにおいてアガリクス茸抽出物を主たる有効成分とすることによって本発明の所望の効果が強く発揮されることを確認した。
【0048】
その他の変異原物質の変異原性に対しても、NDMAの場合と同様に、アガリクス茸の熱水抽出物の70%エタノール可溶画分をはじめとする本発明に係るアガリクス茸抽出物が抑制し、とりわけこれをケール葉抽出物、ブロッコリー発芽体抽出物又はダイコン根抽出物と併用すれば一層強く抑制することが確認された。これらの効果はTrp−P1に対して格別顕著であり、MNNGに対して同等レベルであり、4−NQOにも有効であった。尚、同時実施した前記以外の変異原物質(N−メチル−N−ニトロソウレア、2−(2−フリル)−3−(5−ニトロ−2−フリル)アクリルアミド、メチルメタンスルホネート)に対する試験では、本発明に係るアガリクス茸抽出物には所望効果が認められなかった。
【0049】
【表1】

【0050】
試作例1:食品、医薬品
製造例3に記載の方法で調製したアガリクス茸の熱水抽出物の含水エタノール可溶画分(試料3):170部、ミツロウ:30部及びコーン油;50部を約50℃に加熱混合して均質にした後、カプセル充填機に供して、常法により1粒あたり内容量が300mgのゼラチン被覆ソフトカプセル製剤を試作した。このカプセル製剤は経口摂取できる栄養補助食品又は医薬品として利用できる。
【0051】
試作例2:食品
試作例1において、試料3:170部を試料3:100部及び製造例5の方法で調製したブロッコリー発芽物の含水エタノール抽出物(試料5):70部の混合物に置きかえて同様に処理して栄養補助食品を試作した。
【0052】
試作例3:食品
試作例1において、試料3:170部を製造例2の方法で調製したアガリクス茸の加圧熱水抽出物(試料2):85部及び製造例4の方法で調製したケール葉の熱水抽出物(試料4):85部の混合物に置きかえて同様に処理して栄養補助食品を試作した。
【0053】
試作例4:食品、医薬品
試料3:100部、試料5:30部、製造例6の方法で調製したダイコン根の含水エタノール抽出物(試料6):30部、化工デンプン(松谷化学工業(株)製、商品名:「パインフロー」):70部、リン酸三カルシウム(米山化学工業(株)製):85部、及びセルロース35部を混合機に仕込み、10分間攪拌混合した。この混合物を直打式打錠機に供して直径7mm、高さ4mm、重量150mg/個の素錠を作成し、ついでコーティング機でシェラック被膜を形成させて錠剤形状の経口摂取用組成物を試作した。
【0054】
試作例5:飲料
市販のグレープジュース1000部に試料3:10部、試料5:5部を加えて十分に混合し均質なグレープ風味飲料を試作した。これは冷蔵庫で1週間保存しても外観及び風味に異状及び違和感は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係るアガリクス茸抽出物、これとケール、ブロッコリー、ダイコン等の植物との組み合わせは、NDMAやTrp−P1等の特定の変異原物質の変異原性を顕著に抑制する。このため、これらを有効成分としてなる変異原性抑制剤は、これを経口摂取等することにより、該変異原物質の変異原性によってひき起こされる染色体異常、DNA損傷等の抑制ないし防止にとって有用であり、これらの異常や損傷により誘発される奇形、癌等の疾病の発生を予防するための飲食品、医薬品、飼料等に有効利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アガリクス茸の子実体を親水性溶媒を用いて抽出処理した抽出物を有効成分として含有してなることを特徴とする変異原性抑制剤。
【請求項2】
抽出物がアガリクス茸の子実体を熱水抽出処理して得た熱水抽出物をさらに70重量%エタノール水溶液を用いて抽出処理して得たエタノール抽出物である請求項1に記載の変異原性抑制剤。
【請求項3】
アガリクス茸がアガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)である請求項1又は2に記載の変異原性抑制剤。
【請求項4】
アブラナ属、ダイコン属、セイヨウワサビ属及びワサビ属からなる群から選択される1種又は2種以上の属に属する植物の乾燥粉末及び/又は抽出物を併用するものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の変異原性抑制剤。
【請求項5】
アブラナ属に属する植物がアブラナ、キャベツ、ケール、ブロッコリー又はナタネであり、ダイコン属に属する植物がダイコン又はハツカダイコンであり、セイヨウワサビ属に属する植物がホースラディッシュであり、ワサビ属に属する植物がワサビである請求項4に記載の変異原性抑制剤。
【請求項6】
変異原がN−ニトロソジメチルアミン、3−アミノ−1,4−ジメチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドール、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン及び4−ニトロキノリン−1−オキシドからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1〜5のいずれか1項に記載の変異原性抑制剤。
【請求項7】
変異原がN−ニトロソジメチルアミン及び/又は3−アミノ−1,4−ジメチル−5H−ピリド〔4,3−b〕インドールである請求項1〜5のいずれか1項に記載の変異原性抑制剤。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の変異原性抑制剤を含有してなることを特徴とする飲食品、飼料又は医薬品。

【公開番号】特開2007−326840(P2007−326840A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−184916(P2006−184916)
【出願日】平成18年6月6日(2006.6.6)
【出願人】(500081990)ビーエイチエヌ株式会社 (35)
【Fターム(参考)】