説明

変異原物質除去方法

【課題】食用キノコから変異原物質を除去する簡便な方法、及び、該方法により得られる変異原物質を除去した食用キノコ加工物を含有する組成物を提供すること。
【解決手段】アガリクス茸等の食用キノコから10〜20%低級アルコール水溶液に不溶の成分を除去することを特徴とする、アガリチンを除去する方法。該方法によりアガリチンが除去された食用キノコ加工物を配合してなる飲食品、医薬品、飼料又はペットフード。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アガリクス茸等の食用キノコに含まれる変異原物質を簡便に除去する方法、及び、前記変異原物質が除去された食用キノコ加工物の利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アガリクス茸(Agaricus blazei Murill)の抽出物(主にβ−D−グルカンを含む多糖類やその蛋白複合体)は、抗腫瘍作用(特許文献1)、抗糖尿病作用(特許文献2)、免疫細胞の活性化作用(特許文献3)等の有用性が知られており、代替医療や飲食品の分野で広く利用されている。
【0003】
一方で、アガリクス茸やマシュルーム等のアガリクス属に属する担子菌類には、細胞に変異原性を示すヒドラジン誘導体であるアガリチン(β−N−〔γ−L(+)−glutamyl〕−4−hydroxymethylphenyl−hydrazine)が存在することが報告されている(非特許文献1)。前記の担子菌類は食用に供されあるいは経口投与して利用されているが、日常的に長期間摂取することは安全性の面から好ましいことではない。
【0004】
アガリチンは、熱に弱く、加熱処理を施すことにより大部分が分解され、例えば、マッシュルーム及びその加工食品中のアガリチン含量が減少することが報告されている(非特許文献2)が、完全には除去しきれない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−103927号公報
【特許文献2】特開平11−80014号公報
【特許文献3】特開2002−121147号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M.Hamano Nagaoka等、Chem.Pharm.Bull.、第54巻、第6号、第922頁〜第924頁、2006年
【非特許文献2】H.C.Andersson等、Food Additives and Contaminants、第16巻、第10号、第439頁〜第446頁、1999年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
かかる現状に鑑み、本発明は、アガリクス茸等の食用キノコに含まれるアガリチンを完全に除去し得る簡便で効率的な方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するための方策を鋭意検討した結果、アガリクス茸等の食用キノコを所定濃度のアルコール溶液で処理して沈殿物を除去することで、アガリチンを完全に除去した食用キノコ加工物を製造し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明の特徴は、食用キノコから10〜20%低級アルコール水溶液に不溶の成分を除去することを特徴とする変異原物質除去方法である。
前記方法において、食用キノコはアガリクス属に属する担子菌であることが望ましく、より好適にはアガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)である。低級アルコールとしてはエタノールが好ましい。また、変異原物質はアガリチンであることが望ましい。
本発明の他の特徴は、食用キノコから10〜20%低級アルコール水溶液に不溶の成分を除去して得られる、変異原物質が除去された食用キノコ加工物を配合してなることを特徴とする飲食品、医薬品、飼料又はペットフードである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、癌プロモーター等として作用する変異原性物質であるアガリチンがほぼ完全に除去された、アガリクス茸等の食用キノコの抽出物を容易かつ効率良く得ることが出来る。また、この抽出物を用いて、長期間にわたり飲食あるいは経口投与しても安全な飲食品、医薬品、飼料やペットフード等を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
本発明の変異原物質除去方法は、食用キノコから10〜20%低級アルコール水溶液に不溶の成分を除去することを特徴とするものである。
【0012】
本発明において、変異原物質は前記のヒドラジン誘導体であるアガリチン(β−N−〔γ−L(+)−glutamyl〕−4−hydroxymethylphenyl−hydrazine)である。
【0013】
本発明において、食用キノコとしては前記アガリクス茸やマシュルーム等のアガリクス属に属する担子菌類を好適に用いることができる。具体的には、ハラタケ科ハラタケ属(Agaricus)に属するキノコをいい、例えば、ハラタケ(A.campestris)、カワリハラタケ(ブラジル原産のA.blazei、A.blasiliensis、北米原産のA.subrufescens、欧州原産のA.rufotegulis等)、マッシュルーム(A.bisporus)、シロオオハラタケ又はホースマッシュルーム(A.arvensis)、シロモリノカサ(A.silvicola)等を挙げることができる。これらの茸は、従来より食用に供せられ、その子実体が人工栽培されて流通しているものも多く、容易に入手することが可能である。本発明ではカワリハラタケのアガリクス ブラゼイ ムリル(A.blazei Murill)、マッシュルーム又はハラタケを原料として使用することがより望ましく、最も好適にはアガリクス ブラゼイムリルを用いる。
【0014】
本発明は、アガリクス茸やマシュルーム等の他にシイタケ(Lentinula edodes)、エリンギ(Pleurotus eryngii)、ナメコ(Pholiota nameko)、ブナシメジ(Hypsizigus marmoreus)、マイタケ(Grifola frondosa)、エノキタケ(Flammulina velutipes)等の食用キノコにも適用することができる。
【0015】
本発明では、前記の食用キノコの子実体を原料として使用し、その生あるいは乾燥物のいずれも用いることができるが、取り扱い上、保存性及び処理効率等の点から乾燥物がよい。
【0016】
本発明に係る方法の態様は、(a)食用キノコの子実体を後述する所定濃度の低級アルコール水溶液と接触させ、該アルコール水溶液に溶出する成分を採取するか、(b)食用キノコの子実体を常法により処理して得られる水抽出液又はこの乾燥物を所定濃度の低級アルコール水溶液と接触させ、該アルコール水溶液で沈殿する成分を除去する、ことが望ましい。
【0017】
低級アルコールとしてはメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等の一価アルコール類を好適に使用することができる。本発明を実施する際には、これらの低級アルコールは、前述のように所定濃度のアルコール水溶液として用いることが重要である。例えば、エタノールの場合、エタノール濃度が10〜20%(容量/質量基準。以下同様)、より好ましくは15〜20%、最も好ましくは17%の水溶液とする。エタノール濃度が10%を下回ると変異原物質が除去され難くなり、逆に20%を超えると変異原物質とともにβ−D−グルカン等を含む多糖類等の有用成分も除去される度合いが大きくなる。
【0018】
低級アルコールがエタノール以外の場合は、前記エタノール水溶液を参考指標として、エタノールよりも炭素数が1個増加する毎にアルコール濃度を約2〜3%減らした水溶液とし、メタノールのときはアルコール濃度を約2〜3%増やした水溶液とすることを目安に設定すればよい。このような所定濃度のアルコール水溶液を溶媒として用いることによって、本発明に係る変異原物質を容易かつ確実に除去することができる。なお、本発明の方法により得られる、食用キノコから変異原物質を除去した加工物を飲食品用途に供する場合は前記エタノール水溶液を用いることが望ましく、飼料や医薬品の用途に供する場合はこれ以外の溶媒を使用してもさしつかえない。
【0019】
本発明に係る方法を実施するための手順及び条件を以下に詳述する。すなわち、まず前記食用キノコの生又は乾燥物を適宜に凍結破砕、裁断、衝撃破壊、酵素分解等の処理に供して破砕、細断あるいは粉砕して以下の処理原料とする。
【0020】
前記(a)の態様では、前記処理原料の乾燥質量に対して、混合系全体のアルコール濃度が前記所定濃度になるように低級アルコール若しくはその水溶液を約1〜約50倍容量、より好ましくは約2〜約20倍容量加え、常圧又は約0.1〜約5気圧、より好ましくは約0.5〜約3気圧の加圧下、概ね40℃以上に加熱し、より好ましくは還流状態で、必要に応じて撹拌しながら、約10分〜約24時間、より好ましくは約30分〜約5時間浸漬して抽出処理する。このとき、前記条件の加圧下で処理を行えば、抽出物の増収が見込める。この後、濾過、遠心分離等の手段で残渣(不溶部分)を分離除去して溶液(可溶部分)を採取し、適宜に減圧濃縮後、凍結乾燥あるいは噴霧乾燥することにより、本発明の変異原物質が除去された食用キノコ加工物を製造することができる。尚、前記残渣(不溶部分)に前記所定濃度の低級アルコール水溶液を加え同様に処理して二次抽出溶液を得、これから本発明の食用キノコ加工物を得ることも可能である。
【0021】
前記(b)の態様では、前記処理原料の質量に対して、水を約1〜約50倍容量、より好ましくは約2〜約20倍容量加え、常圧又は約0.1〜約5気圧、より好ましくは約0.5〜約3気圧の加圧下、概ね40℃以上、より好ましくは約80〜約95℃に加熱して、適宜に撹拌しながら、約10分〜約24時間、より好ましくは約30分〜約5時間浸漬して抽出処理する。このとき、前記条件の加圧下で処理を行えば、抽出物の増収メリットがある。抽出処理後、残渣を濾別して水抽出液を得る。尚、この抽出残渣に水を加えて同様に処理して二次水抽出液を得、該操作を数回程度繰り返してもよい。得られた水抽出液を併せて任意に濃縮し、噴霧乾燥、凍結乾燥等の処理を施して水抽出物を得る。次いで、前記の水抽出液又は水抽出物の乾燥質量に対して、混合系全体のアルコール濃度が前記所定濃度になるように低級アルコール若しくはその水溶液を約1〜約50倍容量、より好ましくは約2〜約20倍容量加え、常圧又は約0.1〜約5気圧、より好ましくは約0.5〜約3気圧の加圧下、概ね40℃以上に加熱し、より好ましくは還流状態で、必要に応じて撹拌しながら、約10分〜約24時間、より好ましくは約30分〜約5時間浸漬して抽出処理する。この後、濾過、遠心分離等の手段で沈殿物(不溶部分)を分離除去して溶液(可溶部分)を採取し、適宜に減圧濃縮後、凍結乾燥あるいは噴霧乾燥することにより、本発明の変異原物質が除去された食用キノコ加工物を製造することができる。
【0022】
本発明では、前記の(a)及び(b)のいずれの態様も採用することができるが、変異原物質の除去効率の点では(a)の態様よりも(b)の態様が有利である。この理由は明らかではないが、食用キノコに含まれるアガリチン等の変異原物質は遊離体の状態で存在するもののほかに、比較的低分子量で親水性の高い糖類、蛋白質、脂質あるいは他の含有成分との複合体の状態で存在しているものがあり、該複合体は(a)の一段階処理よりも(b)の二段階処理により抽出・分別されやすいことによるものであろうと推測される。
【0023】
尚、前記方法によって得られる食用キノコ加工物は、これを利用する用途や目的に応じて適宜に、活性炭、シリカゲル、オクタデシルシラン結合シリカゲル(ODS)、活性アルミナ、ポリスチレン等の吸着剤、イオン交換樹脂等を用いて精製処理したり、デキストラン、アガロース等を用いて分画処理を施してもよい。これらの処理によって本発明の所望効果を更に高めることが期待できる。
【0024】
かくして得られる本発明の変異原物質が除去された食用キノコ加工物は、これをそのまま又は公知の安定剤、賦形剤、結合剤等の添加物質とともに含有せしめて飲食用途や経口投与する用途において利用することができる。添加物質としては本発明の趣旨に反しないものであれば差し支えなく、食品、医薬品、飼料、ペットフード等に使用されるデンプン、デキストリン、粉末セルロース、結晶セルロース、セルロース誘導体、ショ糖脂肪酸エステル、乳糖、アラビアガム、マンニトール、トレハロース、グルコース、ゼラチン、二酸化ケイ素等を単独で又は組み合わせて利用することが可能である。
【0025】
本発明に係る食用キノコ加工物は、これ自体を飲食品、医薬品、化粧品、飼料、ペットフードその他産業分野の様々な製品とすることができ、あるいは該製品の配合原料の一部として使用する態様でも利用できる。とりわけ飲食品用途が好適である。これらの例を以下に述べるが、本発明はこの例示によって何ら制限を受けるものではない。
【0026】
前記飲食品は、原則として、従来の食用キノコ又はその抽出物を用いた飲食品類を対象にすることができる。その具体例として、野菜ジュース、果汁飲料、清涼飲料、茶等の飲料類、スープ、ゼリー、プリン、ヨーグルト、ケーキプレミックス製品、菓子類、ふりかけ、味噌、醤油、ソース、ドレッシング、マヨネーズ、植物性クリーム、味噌、焼肉用たれや麺つゆ等の調味料、麺類、うどん、蕎麦、スパゲッティ、ハムやソーセージ等の畜肉魚肉加工食品、ハンバーグ、コロッケ、ふりかけ、佃煮、ジャム、牛乳、クリーム、バター、スプレッドやチーズ等の粉末状、固形状又は液状の乳製品、マーガリン、パン、ケーキ、クッキー、チョコレート、キャンディー、グミ、ガム等の各種一般加工食品や、粉末状、顆粒状、丸剤状、錠剤状、ソフトカプセル状、ハードカプセル状、ペースト状又は液体状の栄養補助食品、特定保健用食品、機能性食品、健康食品、濃厚流動食や嚥下障害用食品の治療食等を挙げることができる。
【0027】
これらの飲食品を製造するには、公知の原材料及び本発明の食用キノコ加工物を用い、あるいは公知の原材料の一部を本発明の食用キノコ加工物で置き換え、公知の方法によって製造すればよい。例えば、本発明の食用キノコ加工物と、必要に応じてグルコース(ブドウ糖)、デキストリン、乳糖、澱粉又はその加工物、セルロース粉末等の賦形剤、ビタミン類、ミネラル類、動植物や魚介類の油脂、たん白(動植物や酵母由来の蛋白質、その加水分解物等)、糖質、色素、香料、酸化防止剤、その他の食用添加物、各種栄養機能成分を含む粉末やエキス類等の食用素材とともに混合して粉末、顆粒、ペレット、錠剤等の形状に加工したり、常法により前記例の一般食品に加工処理したり、これらを混合した液状物をゼラチン、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロース等で被覆してカプセルを成形したり、飲料(ドリンク類)の形態に加工して、栄養補助食品や健康食品として利用することは好適である。とりわけ錠剤、カプセル剤やドリンク剤が望ましい。
【0028】
本発明の食用キノコ加工物を飲食品に配合する場合の比率は、飲食品の形態、併用する成分等の相違によるため一律には規定しがたいが、飲食品中の食用キノコ加工物(乾燥物として)の含量が約0.01質量%〜約90質量%、より望ましくは約1質量%〜約50質量%となるようにし、他の原材料を適宜に併用して処方を設計して、常法に従い目的とする飲食品を調製すればよい。食用キノコ加工物の含量が約0.01質量%を下回るような飲食品では食用キノコ加工物による本発明の実質的な所望効果を期待するためには多量の当該飲食品を摂取しなければならず、又、例えばアガリクス茸由来の食用キノコ加工物の場合の特有の風味や飲食品の基本処方等を考慮した飲食品の実用的な態様から、本発明に係る飲食品中の最多食用キノコ加工物の含量は約90質量%である。本発明に係る飲食品は、ヒトの場合1日あたりの食用キノコ加工物の摂取量の目安を約10mg〜約1000mg、望ましくは約30mg〜約500mg、さらに望ましくは約50mg〜約200mgとして、例えば、経口摂取、経管投与等の方法で体内に取り込むことができる。
【0029】
本発明の食用キノコ加工物を配合した医薬品も可能である。前記の食用キノコ加工物に、公知の医薬品に使用され、本発明の趣旨に反しない賦形剤や添加剤を必要に応じて加え、常法により加工して錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、アンプル剤、注射剤等の製剤となし、経口投与、経管投与あるいは皮内投与する。本発明の食用キノコ加工物の配合量は製剤の種類、形態、用法、用量等により一律に規定し難いが、概ね0.01〜50質量%である。経口投与する場合の摂取量の目安は、有効成分として前記食用キノコ加工物を、成人1日あたり約0.01〜約10g、より好ましくは約0.1〜約5gである。該範囲より少ないと本発明の所望効果を奏することが難しく、多すぎても更なる効果を期待できない。
【実施例】
【0030】
次に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。各例において、%、部及び比率はとくにことわらないかぎりいずれも質量基準である。
【0031】
参考試験例1:アガリチンの熱安定性
試料としてアガリチン標準品(和光純薬社製試薬:アガリチン一水和物)、アガリクス茸(A.blazei Murill)の水抽出物を用いて、以下の方法でアガリチンの熱安定性試験を行った。ここで、アガリクス茸の水抽出物は市販のアガリクス茸の乾燥子実体を粗粉砕し、50℃の温水で1時間抽出処理して得た抽出液(固形分:3%)を減圧濃縮及び凍結乾燥したものである。
各試料の0.1%水溶液を調製して60℃又は120℃(オートクレーブ)下におき、経時的にサンプリング(固形物として約10mg相当量)し、0.01%酢酸/メタノール(90/10)溶液100mLを加え超音波処理に供して溶解後、LC/MSによりアガリチン含量を測定した。
【0032】
(LC/MS測定条件)
LC/MS:Agilent 1200 Series HPLC(with G1315 photodiode array detector)及びLC/MSD SL、イオン化:ESI、ネガティブモード、UV:254nm及び230nm、カラム:Capcellpak AQ(3μm、φ2.1×150mm)、カラム温度:35℃、流速:0.2mL/min、LC定量限界:5μg/mL、移動相:(A)0.01%AcOH/MeOH=99:1、(B)MeOHとして、0min→4min:(A)/(B)=100/0、4min→8min:(A)/(B)=50/50、8min→15min:(A)/(B)=100/0、検出:フラグメントピークm/z122(定量)とm/z248(確認)を測定、MS定量限界:5μg/mL
【0033】
この結果、アガリチン含量は、アガリチン純品(標準品)の場合は60℃処理で安定に残存するが、120℃処理では30分後に該処理前量の57%、1時間後に28%、2時間後に7%にまで減少していた。一方、アガリクス茸の水抽出物の場合は60℃処理ではアガリチン含量にほとんど変化が認められず、120℃処理では30分後に該処理前量の58%、1時間後に54%に減少したが、2時間後でも55%であり1時間後の減少率とほぼ同じであった。これらのことから、アガリチンは60℃では安定であり、120℃の高温処理によりアガリチン純品(すなわち遊離体)は大部分が分解されるが、アガリクス茸の水抽出物に含まれるアガリチンの約50%以上は120℃で2時間処理によっても残存していることが明らかになり、アガリクス茸由来のアガリチンの約半分は遊離体ではなく、アガリクス茸に含まれる糖類、蛋白質、脂質あるいはその他の成分との結合物(すなわち複合体)のような形態で存在するものであろうと推測される。
【0034】
参考試験例2:食用キノコのアガリチン含量
食用キノコとして市販のアガリクス茸(A.blazei Murill)、マッシュルーム、シイタケ、エリンギ、ナメコ、ブナシメジ、マイタケ及びエノキタケを用い、参考試験例1に記載の方法に準じて各水抽出物に含まれるアガリチン含量を測定した。この結果、前記食用キノコに含まれるアガリチン含量(mg/水抽出物g)は、アガリクス茸:0.281、マッシュルーム:0.348、シイタケ(京都産):0.008、シイタケ(徳島産):0.005以下、エリンギ:0.008、ナメコ:0.005以下、ブナシメジ:0.015、マイタケ:0.010、エノキタケ:0.007であった。
【0035】
製造例1
アガリクス茸の乾燥子実体100gの粗粉砕物に純水800mLを添加し、常圧下、95℃で2時間加熱処理後、フィルターを用いて濾過し、固形分4.2%の濾液750mLを回収した。本濾液250mLを減圧濃縮後、凍結乾燥して粉末化し、熱水抽出物(試料1=比較試料1)10.5gを得た。
【0036】
製造例2
製造例1に記載の方法で同様に処理して得た濾液500mLに95%エタノール60mLを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水エタノール溶液(エタノール濃度:10%)490mLと沈殿物を回収した。前記含水エタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、10%エタノール可溶物(試料2)19.7gを得た。
【0037】
製造例3
製造例1に記載の方法で同様に処理して得た濾液500mLに90%エタノール100mLを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水エタノール溶液(エタノール濃度:15%)550mLと沈殿物を得た。前記含水エタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、15%エタノール可溶物(試料3)19.5gを得た。
【0038】
製造例4
製造例1に記載の方法で同様に処理して得た濾液500mLに90%エタノール120Lを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水エタノール溶液(エタノール濃度:17%)550mLと沈殿物を得た。前記含水エタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、17%エタノール可溶物(試料4)19.5gを得た。
【0039】
製造例5
製造例1に記載の方法で同様に処理して得た濾液500mLに80%エタノール180mLを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水エタノール溶液(エタノール濃度:21%)640mLと沈殿物を得た。前記含水エタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、21%エタノール可溶物(試料5)19.2gを得た。
【0040】
製造例6
製造例1に記載の方法で同様に処理して得た濾液500mLに90%エタノール250mLを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水エタノール溶液(エタノール濃度:30%)700mLと沈殿物を得た。前記含水エタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、30%エタノール可溶物(試料6=比較試料2)18.9gを得た。
【0041】
製造例7
アガリクス茸の乾燥子実体100gの粗粉砕物に純水800mLを添加し、1.2気圧下、120℃で1.5時間加熱処理後、フィルターを用いて濾過し、固形分4.5%の濾液730mLを回収した。本濾液に90%エタノール170mLを添加し、沈殿物を除去した後、含水エタノール溶液(エタノール濃度:17%)840mLを減圧濃縮、噴霧乾燥して粉末化し、加圧熱水抽出物の17%エタノール可溶物(試料7)32.1gを得た。
【0042】
製造例8
白色マッシュルームの乾燥子実体100gの粗粉砕物に純水800mLを添加し、常圧下、95℃で2時間加熱処理後、フィルターを用いて濾過し、固形分4.2%の濾液750mLを回収した。この濾液500mLに90%メタノール135mLを添加し、室温でゆるやかに攪拌及び静置後、遠心分離法にて含水メタノール溶液(メタノール濃度:19%)570mLと沈殿物を得た。前記含水メタノール溶液は減圧濃縮、凍結乾燥して粉末化し、19%メタノール可溶物(試料8)18.5gを得た。
【0043】
試験例1:アガリチン含量
前記製造例で得た各試料の約10mgを精秤し、参考試験例1に記載の方法と同様に溶解処理及びLC/MSに供してアガリチン含量を測定した。この結果を表1に示す。同表において、略号NDは検出限界値(5μg/mL)未満であることを示し、アガリチン除去率は次の計算式から求めた。
アガリチン除去率(%)=(A−B)/A×100
ここで、A:水抽出液(単位容量)から得た水抽出物中のアガリチン含量であり、B:所定濃度の含水低級アルコール抽出溶液(単位容量)から得た含水低級アルコール可溶物中のアガリチン含量である。
【0044】
【表1】

【0045】
表1のデータから、アガリクス茸に含まれるアガリチンは熱水抽出物をエタノール濃度が約10%〜約20%、とりわけ約15%〜約20%、とくに17%の含水エタノールで処理した場合、その抽出物(可溶部分)から除去されることが明らかになった。又、エタノール濃度が約10%より少ない場合はその抽出物中にアガリチンがなお残存すること、エタノール濃度が約20%より多い場合にもアガリチン除去率が低下し、収量も減少する傾向が強くなることを認めた。これらの知見はマッシュルームの水抽出物をメタノール処理した場合にも観察された。したがって、変異原物質であるアガリチンを含まない安全なアガリクス茸等の食用キノコ加工物を効率的に採取するためには、低級アルコール濃度が約10%〜約20%、とりわけ約15%〜約20%、例えば、17%の含水エタノールや19%の含水メタノールを用いて処理することが重要であると判断した。
【0046】
試作例1
製造例3に記載の方法で調製したアガリクス茸の子実体の熱水抽出物の含水エタノール可溶画分(試料3):170部、ミツロウ:30部及びコーン油:50部を約50℃に加熱混合して均質にした後、カプセル充填機に供して、常法により1粒あたり内容量が250mgのゼラチン被覆ソフトカプセル製剤を試作した。また、前記試料3を製造例4の方法で調製したアガリクス茸の熱水抽出物の含水エタノール可溶画分(試料4)に置き換えることを除き同様に処理してソフトカプセル製剤を試作した。これらのカプセル製剤は、変異原物質を含まない安全なアガリクス茸加工物を配合した、経口摂取の可能な栄養補助食品又は医薬品として利用できる。
【0047】
試作例2
製造例7に記載の方法で調製したアガリクス茸の子実体の加圧熱水抽出物の含水エタノール可溶画分(試料7):100部、化工デンプン(松谷化学工業(株)製、商品名:「パインフロー」):80部、リン酸三カルシウム:85部及びセルロース35部を混合機に仕込み、10分間攪拌混合した。この混合物を直打式打錠機に供して直径7mm、高さ4mm、重量150mg/個の素錠を作成し、ついでコーティング機でシェラック被膜を形成させて、変異原物質を含まない安全なアガリクス茸加工物を配合した、錠剤形状の経口摂取用組成物を試作した。又、試料7を製造例8に記載の方法で調製したマッシュルームの子実体の熱水抽出物の含水メタノール可溶画分(試料8)に置き換えて同様に処理してマッシュルーム加工物配合の錠剤状組成物を試作した。
【0048】
試作例3
市販の緑茶飲料水1000部に製造例4に記載の方法で調製したアガリクス茸の子実体熱水抽出物の含水エタノール可溶画分(試料4):10部を加えて十分に混合し均質な飲料水を試作した。これは冷蔵庫で1週間保存しても外観及び風味に異状や違和感は認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に係るアガリクス茸等の食用キノコの加工物は、変異原物質であるアガリチンを含まず、経口摂取しても安全であり、従来品に置き換えて飲食品、医薬品、飼料、ペットフード等に有効利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食用キノコから10〜20%低級アルコール水溶液に不溶の成分を除去することを特徴とする変異原物質除去方法。
【請求項2】
食用キノコがアガリクス属に属する担子菌類である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アガリクス属に属する担子菌類がアガリクス ブラゼイ ムリル(Agaricus blazei Murill)である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
変異原物質がアガリチンである請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法によって得られる、変異原物質が除去された食用キノコ加工物。
【請求項6】
請求項5に記載の食用キノコ加工物を配合してなることを特徴とする飲食品、医薬品、飼料又はペットフード。

【公開番号】特開2012−5469(P2012−5469A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156216(P2010−156216)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(500081990)ビーエイチエヌ株式会社 (35)
【Fターム(参考)】