説明

変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質およびそれを用いたポリヒドロキシアルカン酸の製造方法

【課題】ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の工業的発酵生産において、高い生産性にてPHAを生産するとともに、共重合PHAのモノマー組成比を制御することを可能にする変異型PHA結合タンパク質(フェイシン)を提供する。
【解決手段】微生物由来のPHA結合タンパク質のN末端から20番目までのアミノ酸領域において1以上のアミノ酸が置換されてなるアミノ酸配列を有する、変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。特に、Aeromonas属微生物由来のPHA結合タンパク質のN末端から4番目のアミノ酸が置換される。また、該タンパク質をコードする遺伝子、及び、更にプロモーターとターミネーターを含む遺伝子発現カセットを提供する。更には該遺伝子又は該遺伝子発現カセットを微生物に導入して得られる形質転換微生物、及び、該形質転換微生物を用いたPHAの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)に結合するタンパク質(フェイシン:Phasin)、及び、それを用いたPHAの製造方法に関する。より詳しくは、変異型フェイシン遺伝子、及び、これをPHA生産微生物に導入することで高効率にPHAを生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
数多くの微生物がエネルギー貯蔵物質としてポリエステルを菌体内に蓄積することが知られている。そのようなポリエステルの1種である、3−ヒドロキシアルカン酸のホモポリマーあるいはコポリマーであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は熱可塑性高分子であり、かつ環境中で炭酸ガスと水に分解されることから環境にやさしいプラスチックとして注目されてきた。また、バイオマスを炭素源として発酵生産されるPHAは、石油由来プラスチックに比べて温室効果ガスを削減できることが示され、地球温暖化を抑制する効果も明らかとなった。
【0003】
PHAは、C3〜C5の3−ヒドロキシアルカン酸からなるshort−chain−length PHAs(scl−PHAs)と、C6〜C16の3−ヒドロキシアルカン酸からなるmedium−chain−length PHAs(mcl−PHAs)に分類されるが、その混合型も報告されている。これらのうち、scl−PHAs(例えば、PHB:ポリ−3−ヒドロキシ酪酸、PHBV:ポリ(3−ヒドロキシ酪酸−co−3−ヒドロキシ吉草酸))については優れた研究開発が行われ、工業的規模での生産技術も開発されてきた。
【0004】
一方、Aeromonas caviaeが脂肪酸や油脂を炭素源として3−ヒドロキシ酪酸(3HB)と3−ヒドロキシヘキサン酸(3HH)の共重合ポリエステル(PHBH)を生産することが報告されている。PHBHは3HH組成比により硬質から軟質に至る幅広い物性を示すことから、scl−PHAsよりも広範な用途に適用可能である。
【0005】
Aeromonas caviaeを用いたPHBH発酵生産では非常に低いポリマー生産性しか得られないが、A.caviaeよりPHA合成酵素遺伝子がクローニングされたことによりPHBH生産性の改善が進められた。当該遺伝子をCupriavidus necator PHB−4(旧名Alcaligenes eutrophus PHB−4、Ralstonia eutropha PHB−4)に導入した形質転換株を用い、植物油脂を炭素源に用いることで高いPHBH生産性が得られる。また、宿主をC.necator野生株に変更することでPHBH生産性を更に向上できることも報告されている。本菌株は軟質PHBH(高3HH組成)の製法への適用についても検討され、3HBの供給経路を遺伝子レベルで調節することにより3HH組成比を高めることができるようになっている。さらにPHA合成酵素の改変体に関する研究が行われ、3HH組成比の高い軟質PHBHの生産に有利な変異型酵素が見出されている。本変異型酵素を用いてPHBH生産株の育種も行なわれている。
【0006】
一方、PHA生産性向上や共重合ポリエステルの共重合比の制御を目指し、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)に結合するタンパク質(フェイシン:Phasin)を利用した研究も進められている。
【0007】
種々の微生物のフェイシンが研究され、当該遺伝子がクローニングされている。C.necatorでは4種類のフェイシン遺伝子(phaP1〜P4)が確認されており、そのうちフェイシンP1(phaP1:GA24)が主要構成成分である(非特許文献1、非特許文献2を参照)。Paracoccus denitrificansのフェイシン(GA16)、Rhodococcus ruberのフェイシン(GA14)、A.caviaeのフェイシンも報告されている(非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5を参照)。フェイシンが菌体内に多量に存在すると、一般的にPHAの顆粒サイズが小さくなり、粒子数が増加することが知られている。
【0008】
フェイシンがPHA生産性や共重合ポリエステルの共重合比に与える影響についても研究されている。宿主大腸菌にPHA合成系遺伝子を導入したPHA生産系において、C.necatorやA.caviaeのフェイシンの高発現はPHA生産性を向上する(非特許文献6、非特許文献7を参照)。また、A.caviaeのフェイシンがPHBHの3HH組成比を高める効果のあることも報告されている。宿主として大腸菌やAeromonas hydrophilaを用いた場合、A.caviaeのフェイシンはこれらの菌株において3HH組成比を向上させることから、フェイシンは軟質PHBHの生産に適していることが示されている(非特許文献7、非特許文献8を参照)。
【0009】
上記の種々の技術により、PHAの生産性向上や共重合ポリエステルの共重合比の制御が可能となっている。しかしながら、PHAの工業的な生産技術の構築には更に高生産性が求められており、また共重合ポリエステルの共重合比のより広範な制御技術が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Wieczorek等, J. Bacteriol., vol.177, 2425 (1995)
【非特許文献2】Potter等, Microbiology, vol.150, 2301 (2004)
【非特許文献3】Maehara等, J. Bacteriol., vol.181, 2914 (1999)
【非特許文献4】Pieper-Furst等, J. Bacteriol., vol.177, 2513 (1995)
【非特許文献5】Fukui等, Biomacromolecules, vol.2, 148 (2001)
【非特許文献6】York等, J. Bacteriol., vol.184, 59 (2002)
【非特許文献7】Tian等, FEMS Microbiol.Lett., vol.244, 19 (2005)
【非特許文献8】Han等, FEMS Microbiol.Lett., vol.239, 195 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記現状に鑑み、PHAの工業的発酵生産において、高い生産性にてPHAを生産するとともに、複数のモノマーから構成される共重合PHAのモノマー組成比を制御することを可能にする変異型PHA結合タンパク質(変異型フェイシン)、及び、それを用いたPHAの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
現在までに、フェイシンはPHA生産性を向上させること、及び、PHBHの3HH組成比を高くする機能を有することが報告されているが、フェイシンの構造と、PHA生産性又はPHBHの3HH組成比との関係については十分な解析が行なわれていない。
【0013】
フェイシンのカルボキシ末端には疎水性アミノ酸を含む領域が存在しており、この領域でPHA顆粒に結合していると考えられている。また、PHA顆粒にはフェイシン以外にも、PHA合成酵素やデポリメラーゼ、PhaR等が結合しており、PHA生合成系・分解系において複雑な相互作用をしていると推定されている(Microbiology,vol151,825(2005))。
【0014】
本発明者らは、これらの相互作用にフェイシンタンパク質の構造、特にアミノ末端領域が関与していると考え、鋭意研究を行なった。その結果、フェイシンのアミノ末端領域の改変体がPHA生産性を向上させ、PHBHの3HH組成比を高くすることを見出し、本研究を完成するに至った。
【0015】
すなわち本発明は、微生物由来のポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質のN末端から20番目までのアミノ酸領域において1以上のアミノ酸が置換されてなるアミノ酸配列を有する、変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質である。
【0016】
また本発明は、前記変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質をコードする遺伝子、又は、前記遺伝子に加えて、ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物において機能するプロモーター及びターミネーターを含む、遺伝子発現カセットでもある。
【0017】
さらに本発明は、前記遺伝子又は前記遺伝子発現カセットをポリヒドロキシアルカン酸生産微生物に導入して得られる形質転換微生物でもある。
【0018】
さらにまた本発明は、前記形質転換微生物を培養してポリヒドロキシアルカン酸を発酵生産する工程を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法でもある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、PHA生産を工業的規模で生産性よく実施することが可能となる。また、共重合PHAのモノマー組成比を広範囲に調節でき、特に軟質PHAを容易に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】pBBR1phaPCJAcABReD171Lのベクター構築図
【図2】PCRを用いたphaC変異導入条件を説明する図
【図3】PCRを用いたphaP変異導入条件を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0022】
本発明におけるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は以下の一般式で表される。
【0023】
【化1】

【0024】
(式中、R1及びR2は炭素数1以上13以下であるアルキル基を表し、互いに同一であっても異なっていても良い。m及びnは該PHAのモノマー単位数を表し、3種以上のモノマー単位から構成される場合はモノマー単位数を増やすことができる。)で表される3−ヒドロキシアルカン酸をモノマー単位として含む重合体(単独重合体または共重合体)である。PHAは、R1及びR2がともにメチル基のホモポリマーであるPHBであってもよい。または、モノマー単位が3−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ吉草酸、3−ヒドロキシヘキサン酸、3−ヒドロキシヘプタン酸、3−ヒドロキシオクタン酸、3−ヒドロキシノナン酸、3−ヒドロキシデカン酸、3−ヒドロキシウンデカン酸、3−ヒドロキシドデカン酸、3−ヒドキシトリデカン酸、3−ヒドロキシテトラデカン酸、3−ヒドロキシペンタデカン酸、及び3−ヒドロキシヘキサデカン酸からなる群より選択されるモノマー単位の2種以上から構成される共重合PHAであってもよい。特に、3−ヒドロキシ酪酸をモノマー単位として含む共重合PHAが好ましく、3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸をモノマー単位として含む共重合PHAがより好ましい。
【0025】
本発明における微生物由来のポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質(フェイシン)は、PHAを生産する微生物由来であればどのような微生物由来のフェイシンでもよい。具体的には、C.necator、Paracoccus denitrificans、Rhodococcus ruber、Pseudomonas sp.の他、A.caviae、A.hydrophila、A.salmonicida、A.allosaccharophila、A.bestiarum、A.encheleia、A.enteropelogenes、A.eucrenophila、A.ichthiosmia、A.jandaei、A.media、A.popoffii、A.punctata、A.schubertti、A.sobria、A.trota等のAeromonas属由来のフェイシンが挙げられる。好ましくはA.caviae、又は、A.hydrophila由来のフェイシンであり、より好ましくは、A.caviae由来のフェイシンである。
【0026】
A.hydrophila由来のフェイシンのアミノ酸配列については、A.caviae由来のフェイシンのアミノ酸配列と同じであることが報告されている(非特許文献7)。
【0027】
フェイシン遺伝子のDNA配列情報は、科学論文や「日本DNAデータバンク(DDBJ)」などより入手することができる。当該フェイシンを有する微生物より調製した染色体DNAを鋳型にし、当該DNA配列情報に基づいて作製したPCRプライマーを用いてPCRを行うことでフェイシン遺伝子をクローニングすることができる。一例として、A.caviaeのフェイシンDNA配列(配列番号2)はFukui等,J.Bacteriol.,vol179,4821(1997)にORF1として報告されていることから、当該DNA配列に基づいてPCRプライマーを作成し、A.caviae FA440の染色体DNAを鋳型にしたPCRによってフェイシン遺伝子をクローニングすることができる。
【0028】
フェイシン遺伝子への変異導入は、一般的な方法を適用することができる。一例として当該遺伝子に対してランダムプライマーを用いた変異導入法、部位特異的変異を有するプライマーを用いた変異導入法などを利用することができる。これらの方法を用いることによりフェイシンを構成するいずれのアミノ酸に対しても効率よく変異を導入することができる。
【0029】
フェイシンに対する変異導入はアミノ末端領域に行われ、具体的には、アミノ末端(N末端)から20番目までのアミノ酸領域において1以上のアミノ酸が置換される。好ましくはN末端から4番目のアミノ酸に対して行われる。一例として、A.caviae由来のフェイシンのアミノ酸配列(配列番号1)のうちN末端から4番目のアミノ酸はアスパラギン酸であるが、このアスパラギン酸を、アスパラギン酸以外の19種類のアミノ酸に置換することができる。好ましくは、N末端から4番目のアスパラギン酸を、極性だが電荷のない天然アミノ酸(セリン、スレオニン、システイン、チロシン、アスパラギン、グルタミンに加え、分子内でアミノ基・カルボキシル基の占める割合の大きいグリシンを含める。)の一つに置換することができる。より好ましくは、N末端から4番目のアスパラギン酸を、アスパラギンに置換することができる。A.caviae由来のフェイシンのアミノ酸配列においてN末端から4番目のアミノ酸がアスパラギン酸からアスパラギンに置換されてなるアミノ酸配列を配列番号3に示す。
【0030】
フェイシンに対する変異導入は、N末端から4番目のアミノ酸のみに限定されない。本発明の効果が発揮される限り、他のアミノ酸残基において変異が導入されていてもよい。この時、本発明の変異型フェイシンのアミノ酸配列は、配列番号1に示されるアミノ酸配列(A.caviae由来の野生型フェイシンのアミノ酸配列を表す)と85%以上の配列同一性を示すことが好ましい。より好ましくは90%以上であり、さらに好ましくは95%以上であり、さらに好ましくは97%以上である。
【0031】
PHA生産微生物において変異型フェイシンを発現させるために、変異型フェイシン遺伝子の上流にプロモーター、下流にターミネーターを連結して変異型フェイシン遺伝子発現カセットを構築することが好ましい。プロモーターとしては当該PHA生産微生物において機能するものであればどのようなプロモーターでもよく、一例として、ラクトースオペロンプロモーター、λファージプロモーター、A.caviae由来のPHAオペロンプロモーター、C.necator由来のPHAオペロンプロモーターなどを利用することができる。また、ターミネーターとしては当該PHA生産微生物において機能するものであればどのようなターミネーターでもよく、一例として、rrnターミネーター、A.caviae由来のPHAオペロンターミネーター、C.necator由来のPHAオペロンターミネーターなどを利用することができる。
【0032】
上記のように作製した変異型フェイシン遺伝子発現カセットは、種々の形質転換法を用いてPHA生産微生物に形質転換することができる。PHA生産微生物としては、例えば、Aeromonas属、Alcaligenes属、Bacillus属、Chromobacterium属、Cupriavidus属、Escherichia属、Pseudomonas属、Rhodobacter属、又は、Rhodospirillum属に属する微生物が挙げられる。より具体的には、Aeromonas caviae、A.hydrophila、Alcaligenes latus、Bacillus megaterium、Chromobacterium violaceum、Cupriavidus necator、Escherichia coli、Pseudomonas aeruginosa、P.putida、P.oleovorans、Rhodobacter sphaeroides、又は、Rhodospirillum rubrumに属する微生物が挙げられる。このうち、C.necator、A.caviae、A.hydrophila、P.putida、Pseudonas aerginosa等は、本来PHAを生産する微生物である。また、E.coliのように本来PHAを生産できない微生物にPHA合成系遺伝子群等を形質転換することでPHAを生産可能となった微生物も利用することができる。更に、本来PHAを生産する微生物のPHA合成酵素遺伝子が破壊され、且つ他の微生物由来のPHA合成酵素遺伝子を形質転換することでPHAを生産可能となった微生物も利用することができる。
【0033】
変異型フェイシン遺伝子発現カセットの前記PHA生産微生物への形質転換には、一般的な種々の方法を利用することができる。自律増殖可能なプラスミドベクターを用いる場合、当該ベクターに当該発現カセットを挿入することで発現プラスミドを構築し、電気導入法やカルシウム法などにより発現プラスミドをPHA生産微生物に形質転換することができる。例えば、大腸菌で自律増殖可能なプラスミドベクターとしてpBBR1MCS−2を用い、当該ベクターにA.caviae由来の変異型フェイシン及びポリエステル合成系遺伝子群発現カセットを組み込んだ発現プラスミドを大腸菌に形質転換し、形質転換微生物を取得できる。また、本発現プラスミドはC.necatorにおいて自律増殖することができることから、C.necator由来の宿主に形質転換することもできる。
【0034】
また、当該発現カセットをPHA生産微生物の染色体上に組み込むことで形質転換することもできる。具体的には、発現カセットの上流と下流にPHA生産微生物のゲノム配列の一部を連結し、当該構築物を電気導入法やカルシウム法などにより形質転換することで当該微生物の染色体上に組み込むことができる。更に、本来PHAを生産する微生物は、当該微生物由来のフェイシン遺伝子を保有している。このため、形質転換する変異型フェイシン遺伝子を用いて当該微生物のフェイシン遺伝子を破壊・置換することが好ましい。発現カセットの染色体上への挿入には、種々の抗生物質耐性遺伝子や糖代謝に関わるsacB遺伝子などの適切な選択マーカーが種々準備されており、それらを適切に組み合わせて用いることができる。
【0035】
上記形質転換微生物を用いてポリヒドロキシアルカン酸を発酵生産することで、変異型フェイシンの効果(PHA生産性向上、共重合比の制御)を明らかにすることができる。形質転換微生物の培養では、炭素源、炭素源以外の栄養源である窒素源、無機塩類、そのほかの有機栄養源を含む培地を用いて、当該形質転換微生物を培養することが好ましい。炭素源としては、糖類、油脂類、脂肪酸類などが好ましく、より好ましくはブドウ糖、蔗糖、植物油脂、植物由来脂肪酸類である。窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩の他、ペプトン、肉エキス、酵母エキス等が挙げられる。無機塩類としては、例えばリン酸2水素カリウム、リン酸水素2ナトリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム等が挙げられる。そのほかの有機栄養源としては、例えばグリシン、アラニン、セリン、スレオニン、プロリン等のアミノ酸、ビタミンB1、ビタミンB12、ビタミンC等のビタミン等が挙げられる。また、培養液中に、発現プラスミドに存在する抗生物質耐性遺伝子に対応する抗生物質(アンピシリン、カナマイシン等)を添加しても良い。
【0036】
本発明において、形質転換微生物の菌体からのPHA(ホモポリマー、共重合ポリエステル)の回収は、特に限定されないが、例えば次のような方法により行うことができる。培養終了後、培養液から遠心分離機等で菌体を分離し、その菌体を蒸留水およびメタノール等により洗浄し、乾燥させる。この乾燥菌体から、クロロホルム等の有機溶剤を用いてPHAを抽出する。このPHAを含んだ有機溶剤溶液から、濾過等によって菌体成分を除去し、その濾液にヘキサン等の貧溶媒を加えてPHAを沈殿させる。さらに、濾過や遠心分離によって上澄み液を除去し、乾燥させてPHAを回収する。
【0037】
得られたPHAの重量平均分子量(Mw)はGPCを用いて測定することができ、また得られたPHAが共重合ポリエステルの場合には、その組成の分析をガスクロマトグラフ法や核磁気共鳴法等により行うことができる。例えば共重合ポリエステルがPHBHの場合、3HB/3HH組成比を決定することができる。
【0038】
本発明により、PHAの工業的発酵生産により高い生産性にてPHAを生産する方法が提供され、複数のモノマーから構成される共重合PHAのモノマー組成比を制御することで硬質から軟質に至る物性を示すPHAを製造する方法が提供される。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によりその技術的範囲を限定されるものではない。なお一般的な遺伝子操作は、Molecular Cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press、(1989))に記載されている方法等を用いることができる。また、遺伝子操作に使用する酵素、クローニング宿主等は、市場の供給者から購入し、その取扱説明書に従い使用することができる。なお、酵素としては、遺伝子操作に使用できるものであれば特に限定されない。
【0040】
(実施例1)A.caviaeのフェイシン(PhaPAC)変異体D4Nの取得
(1)pBBR1phaPCJAcABRe
本プラスミドは、E.coliを宿主とした糖からのPHBホモポリマー合成および脂肪酸からのPHBH合成の両方に利用できるプラスミドである。Kichise等によって作製されたプラスミドpBSEE32phbAB(Kichise等,Appl.Env.Microbiol.,vol68,2411(2002))を制限酵素(HindIIIおよびXbaI)で処理することで調製した発現ユニットphaPCJAcABReを、制限酵素(HindIIIおよびXbaI)で切断した広域ベクターpBBR1MCS−2に挿入することで作製した。当該発現ユニットの上流にはA.caviae由来のプロモーター、および、E.coliでより転写活性の高いlacプロモーターが配置されている。その構造を図1に示す。
【0041】
(2)pBBR1phaPCJAcABRe D171Xの作製
pBBR1phaPCJAcABReのA.caviae由来phaC(PHA合成酵素遺伝子)のD171位(171番目のアスパラギン酸)に対してPCRを用いた部位特異的ランダム変異導入(Nucleic Acids Res.,vol19,2785(1991))を行った後、BKLキット(タカラバイオ製)による平衡末端化、リン酸化及び自己ライゲーション反応を行った。PCRの条件を図2に示す。
【0042】
次に自己ライゲーション反応液をE.coli JM109またはE.coli LS5218のコンピテントセルに形質転換することで種々のD171位の変異体を取得した。導入された変異は、当該プラスミドの全長又はphaC、phaPの塩基配列を決定することで解析した。
【0043】
その結果、phaCのD171がL(ロイシン)に置換されたプラスミドpBBR1phaPCJAcABReD171Lを取得した(比較例)。
【0044】
同時に、phaCのD171のLへの置換に加えて、PhaPのD4(4番目のアスパラギン酸)がN(アスパラギン)に置換されたプラスミドpBBR1phaP(D4N)CJAcABReD171Lも取得した。同プラスミドには同変異に加えてmob(プラスミド伝達に関与する遺伝子)のR177(177番目のアルギニン)がC(システイン)に置換され、L301(301番目のロイシン)にはサイレント変異が導入されていた。PCRの条件を図2に示す。
【0045】
野生型PhaPのアミノ酸 配列を配列番号1に、D4がNに置換された変異型PhaPのアミノ酸配列を配列番号3に示す。
【0046】
ベクター部分の変異の影響を避けるため、phaC(D171L)およびPhaP(D4N)の変異を有する発現ユニット(phaP(D4N)CJAcABReD171L)を前述の方法を用いてpBBR1MCS−2に再挿入し、pBBR1phaP(D4N)CJAcABReD171Lを作製した(実施例)。
【0047】
さらに、phaCが野生型(WT)でかつPhaPのD4がNに置換されたプラスミドpBBR1phaP(D4N)CJAcABReWTを作製した(実施例)。本プラスミドは、pBBR1phaP(D4N)CJAcABReD171Lを制限酵素KpnIとSgfIで処理し、同酵素で処理したpBBR1phaPCJAcABReベクターに挿入することで構築した。
【0048】
(実施例2)大腸菌を宿主としたフェイシン変異体(phaP(D4N))のPHA生産に与える効果
(1)形質転換体の培養方法
実施例1において作製した4種類のプラスミド(pBBR1phaPCJAcABRe、pBBR1phaPCJAcABReD171L、pBBR1phaP(D4N)CJAcABReWT、pBBR1phaP(D4N)CJAcABReD171L)をE.coli LS5218に形質転換し、カナマイシン(50mg/L)を含むLB寒天培地に塗り広げ、37℃で一晩培養することでそれぞれの形質転換体を培養した。
【0049】
プレート培地に形成された単一コロニー(形質転換体)をLB液体培地に植菌し、37℃、150回/minで16時間振盪培養した(前培養)。次に500ml振とうフラスコに、単一炭素源としてドデカン酸ナトリウム(2.5g/L)を含む100mlのM9液体培地(表1)を入れ、前培養液1mlを植菌し、37℃、130回/minで72時間振とう培養した(本培養)。なお、抗生物質としてカナマイシン(50mg/L)を加えた。また、炭素源であるドデカン酸ナトリウムは水に対する溶解度が低く、これを補うために非イオン性界面活性剤BRIJ35(ポリオキシエチレンラウリルエーテル)を0.4vol%加えた。
【0050】
【表1】

【0051】
(2)集菌方法
上記(1)の培養液を250ml遠沈管に移し、振とうフラスコ内を適量のヘキサンで1回、純水で3回すすいだ。この洗液も遠沈管に加えて激しく撹拌した後、4℃、6000rpmで10min遠心分離し、上清を除いた。菌体ペレットを適量の純水で懸濁して激しく撹拌した後、4℃、6000rpmで10min遠心分離し、上清を除いた。ペレットを適量の純水(5ml未満)に懸濁し、風袋を秤量済みの5ml集菌チューブに移して凍結乾燥した。乾燥後のチューブを秤量することで乾燥菌体重量を得た。
【0052】
(3)分析方法
(3−1)ガスクロマトグラフィー(GC)
培養菌体が合成したPHAの含有率とモノマー組成比は、ガスクロマトグラフィー(GC)を用いて内部標準法により求めた。この方法では、メタノリシス反応により生じた乾燥菌体内PHA分解物であるメチルエステルを測定する。
【0053】
乾燥菌体をネジ蓋付き試験管に約10mg採り、15%硫酸-メタノール溶液2mlとクロロホルム2mlを加え、途中で数回激しく撹拌しながら100℃で140min加熱した。室温まで放冷した後、超純水1mlを加えて激しく混合し、一晩放置した。二層分離したサンプル溶液の下層(クロロホルム層)をパスツールピペットで採り、φ0.45μm ポリフッ化ビニリデン(PVDF)フィルター(Advantec製)でろ過した。
【0054】
1.5mlバイアル管にこのろ液と0.1%オクタン酸メチル−クロロホルム溶液を500μlずつ加え、8mmポリテトラフルオロエチレン(PTFE)/シリコンセプタムを挟んで蓋をした。この溶液をサンプルとした。
【0055】
GC測定は、以下の条件下で行った。
【0056】
(GC分析装置)
GC装置:ガスクロマトグラフGC−14B(島津製作所製)
キャピラリーカラム:100%メチルポリシロキサン無極性カラム1010−11143(架橋タイプ、内径 0.25mm × 30m、膜厚 0.4μm)(ジーエルサイエンス製)
検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
オートインジェクタ:AOC−20iオートインジェクタ221−44527−30(島津製作所製)
オートサンプラ:AOC−20sオートサンプラ221−44880−30(島津製作所製)
解析装置:クロマトパックC−R7A plus(島津製作所製)
(GC測定条件)
GC測定条件を、表2および表3に示す。
【0057】
【表2】

【0058】
【表3】

【0059】
FIDにより検出した各保持時間のピークの積分値から、PHA菌体内含有率およびモノマー組成比を決定した。GC測定結果の解析は以下の手順で行った。
【0060】
GC測定の結果、各モノマーに対応するメチルエステルa、b、c(モノマーユニット数に対応)が検出されたとき、その積分値をA、B,Cとし、対応する補正係数(相対感度の逆数)をX、Y、Zとすると、aのモル分率は次式から求められる。
【0061】
【数1】

【0062】
なお、3HBの値で規格化された各補正係数を表4に示す。
【0063】
【表4】

【0064】
内部標準物質であるオクタン酸メチルのピークの積分値をS、サンプルに用いた乾燥菌体の重量をm(mg)とすると、PHA菌体内含有率P(wt%)は以下の式より算出できる。
【0065】
【数2】

【0066】
ここでKはPHBを用いて作成した検量線から決定した定数で、本実施例では次式よりK値を5.8とした。
【0067】
【数3】

【0068】
フェイシン変異体の培養結果を表5に示す。表中のDCW(乾燥菌体重量)、PHA含量および3HH組成比に関する各数値は、平均値±標準偏差である。この結果より、phaCのD171L変異の有無に関わらず、phaPのD4N変異体においてPHA(PHBH)含量および3HH組成比が大きく向上していることが明らかになった。
【0069】
【表5】

【0070】
(実施例3)フェイシン変異体(D4X)の作製
pBBR1phaPCJAcABReのphaPのD4位(4番目のアスパラギン酸)に対してPCRを用いた部位特異的ランダム変異導入(Nucleic Acids Res.,vol19,2785(1991))を行った後、BKLキット(タカラバイオ製)による平衡末端化、リン酸化及び自己ライゲーション反応を行った。PCRの条件を図3に示す。次に自己ライゲーション反応液をE.coli JM109またはE.coli LS5218のコンピテントセルに形質転換することで種々のD171位の変異体を取得した。導入された変異は、当該プラスミドのphaPの塩基配列を決定することで解析した。
【0071】
その結果、phaPの4番目のアスパラギン酸に対して、アスパラギン酸以外の19種類の天然アミノ酸に置換された変異体を作製することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物由来のポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質のN末端から20番目までのアミノ酸領域において1以上のアミノ酸が置換されてなるアミノ酸配列を有する、変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項2】
前記微生物がAeromonas属微生物である、請求項1に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項3】
配列番号1に示されるアミノ酸配列と85%以上の配列同一性を示すアミノ酸配列を有する、請求項2に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項4】
前記Aeromonas属微生物由来のポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質のN末端から4番目のアミノ酸が置換されてなるアミノ酸配列を有する、請求項2又は3に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項5】
前記Aeromonas属微生物由来のポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質のN末端から4番目のアミノ酸が、アスパラギン酸を除く19種類の天然アミノ酸の一つに置換されてなるアミノ酸配列を有する、請求項4に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項6】
前記アスパラギン酸を除く19種類の天然アミノ酸が、非電荷の極性天然アミノ酸である、請求項5に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項7】
前記非電荷の極性天然アミノ酸がアスパラギンである、請求項6に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項8】
前記Aeromonas属微生物が、A.caviae、A.hydrophila、A.salmonicida、A.allosaccharophila、A.bestiarum、A.encheleia、A.enteropelogenes、A.eucrenophila、A.ichthiosmia、A.jandaei、A.media、A.popoffii、A.punctata、A.schubertti、A.sobria、又はA.trotaである、請求項2〜7のいずれか一項に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項9】
前記Aeromonas属微生物が、A.caviae又はA.hydrophilaである、請求項8に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項10】
前記Aeromonas属微生物がA.caviaeである、請求項9に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の変異型ポリヒドロキシアルカン酸結合タンパク質をコードする遺伝子。
【請求項12】
ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物において機能するプロモーター及びターミネーターと、請求項11に記載の遺伝子と、を含む、遺伝子発現カセット。
【請求項13】
請求項11に記載の遺伝子又は請求項12に記載の遺伝子発現カセットをポリヒドロキシアルカン酸生産微生物に導入して得られる形質転換微生物。
【請求項14】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が、Aeromonas属、Alcaligenes属、Bacillus属、Chromobacterium属、Cupriavidus属、Escherichia属、Pseudomonas属、Rhodobacter属、又は、Rhodospirillum属に属する微生物である、請求項13に記載の形質転換微生物。
【請求項15】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が、Aeromonas caviae、A.hydrophila、Alcaligenes latus、Bacillus megaterium、Chromobacterium violaceum、Cupriavidus necator、Escherichia coli、Pseudomonas aeruginosa、P.putida、P.oleovorans、Rhodobacter sphaeroides、又は、Rhodospirillum rubrumに属する微生物である、請求項14に記載の形質転換微生物。
【請求項16】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が、C4〜C16のヒドロキシアルカン酸からなる群から選ばれる1以上のヒドロキシアルカン酸をモノマー単位として含むポリヒドロキシアルカン酸を生産する微生物である、請求項13〜15のいずれか一項に記載の形質転換微生物。
【請求項17】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が、C4〜C16のヒドロキシアルカン酸からなる群から選ばれる2以上のヒドロキシアルカン酸をモノマー単位として含む共重合ポリヒドロキシアルカン酸を生産する微生物である、請求項16に記載の形質転換微生物。
【請求項18】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物がポリヒドロキシ酪酸を生産する微生物である、請求項16に記載の形質転換微生物。
【請求項19】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が3−ヒドロキシ酪酸をモノマー単位として含む共重合ポリヒドロキシアルカン酸を生産する微生物である、請求項17に記載の形質転換微生物。
【請求項20】
前記ポリヒドロキシアルカン酸生産微生物が、3−ヒドロキシ酪酸と3−ヒドロキシヘキサン酸をモノマー単位として含む共重合ポリヒドロキシアルカン酸を生産する微生物である、請求項19に記載の形質転換微生物。
【請求項21】
請求項13〜20のいずれか一項に記載の形質転換微生物を培養してポリヒドロキシアルカン酸を発酵生産する工程を含む、ポリヒドロキシアルカン酸の製造方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2013−42697(P2013−42697A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−182352(P2011−182352)
【出願日】平成23年8月24日(2011.8.24)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】