説明

変速機油組成物

【課題】電動自動車又はハイブリッド車等に搭載される変速機や電動モータの兼用油、若しくは変速機と電動モータがパッケージ化された、変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用油として有用な、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能等が付与された変速機油組成物を提供すること。
【解決手段】変速機油組成物は、鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物、及びこれらの混合物からなる群より選択され、80℃における動粘度が1.5〜4.0mm2/sである基油と、組成物全体量基準で0.1〜4.0質量%の、(A)炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、(C)トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物と、(D)無灰分散剤とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×108Ω・m以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁性、冷却性及び潤滑性に優れる、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される変速機油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の省燃費性能向上のため、自動車用変速機には動力伝達効率の向上や小型軽量化が求められており、変速機構においても手動変速機から自動変速機、最近では無段変速機が一部の車輌に搭載されるに至っている。
一方、鉛畜電池、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池、燃料電池等を搭載し、電動モータを装着した電気自動車、あるいはこれらの電池と内燃機関とを併用したハイブリッド自動車が開発されており、これらの自動車には、変速機油と電動モータ油とが別々に使用されている。
最近、電気自動車又はハイブリッド自動車においては、これらの油の共通化や変速機と電動モータをパッケージ化することによる小型軽量化が要望されつつあり、手動変速機油、自動変速機油又は無段変速機油としての潤滑性能に加え、電動モータ油としての絶縁性及び冷却性を併せ持った新規な油が要望されてきた。
変速機油には、熱・酸化安定性、清浄分散性、摩耗防止性、焼付き防止性等が要求される。これらの要求を満たすため、変速機油としては一般に、鉱油系あるいは合成系基油に各種添加剤(酸化防止剤、清浄分散剤、摩耗防止剤、防錆剤、金属不活性化剤、摩擦調整剤、消泡剤、着色剤、シール膨張剤、粘度指数向上剤等)を添加したものが用いられている。このような変速機油は、体積抵抗率が低く、絶縁性が不十分なため、電動モータ油として使用した場合、電動モータがショートする等の不具合や、動粘度が高いことに起因する冷却性不良や動力ロスが問題となる。
一方、電動モータ油は、絶縁性、冷却性等が要求され、潤滑性は必要とされないため、添加剤はほとんど含有されておらず、変速機に用いた場合、ベアリング、歯車等が著しく摩耗してしまうという問題がある。
すなわち、電気自動車又はハイブリッド自動車等の電動モータ装着車において、変速機油としての焼付き防止性能、摩耗防止性能を有し、かつ絶縁性、冷却性を兼ね備えた自動車用変速機油組成物はこれまで全く存在していない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の目的は、電動自動車又はハイブリッド車等に搭載される変速機や電動モータ用、あるいはその兼用油、若しくは変速機と電動モータがパッケージ化された、すなわち変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用油として有用な、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能等が付与された変速機油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
すなわち、本発明によれば、鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物、及びこれらの混合物からなる群より選択され、80℃における動粘度が1.5〜4.0mm2/sである基油と、
組成物全体量基準で0.1〜4.0質量%の、(A)炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、(C)トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物と、(D)無灰分散剤とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×108Ω・m以上である、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される変速機油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機油組成物(以下、本発明の変速機油組成物と略す)が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
本発明の変速機油組成物は、基油として、鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物及びこれらの任意の混合油を含む。
鉱油としては、具体的には例えば、原油を常圧蒸留及び/又は減圧蒸留して得られた留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理等の精製処理等を適宜組み合わせて精製したパラフィン系、ナフテン系等の溶剤又は潤滑油やノルマルパラフィン等が使用でき、特に溶剤精製や水素化精製により塩基性窒素化合物、硫黄化合物、多環芳香族分、樹脂分、含酸素化合物等を除去あるいは異性化した後に、ワックス分を除去して低温流動性を改善したもの、水分を除去したものが望ましい。精製度を高めることにより、酸化安定性が高く、体積抵抗率の高い自動車用変速機油組成物を与えることができる。なお、これら鉱油の精製過程において、白土処理や硫酸処理を採用すると絶縁性能に極めて優れた基油を得ることができるが、コストや廃棄物処理の観点からは、これらの処理をしない鉱油が好ましい。
【0006】
合成油としては、ポリ−α−オレフィン(1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー、エチレン−プロピレンオリゴマー等)及びその水素化物、イソブテンオリゴマー及びその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、アルキルジフェニルエタン、モノイソプロピルビフェニル、ジメチルシリコーン、ジエステル(ジトリデシルグルタレート、ジ2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ2−エチルヘキシルセバケート等)、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ポリオキシアルキレングリコール、ジアルキルジフェニルエーテル、並びにポリフェニルエーテル等の合成系潤滑油及びこれらの混合油等が使用できる。これらのうち、ポリ−α−オレフィン及びその水素化物、イソブテンオリゴマー及びその水素化物、イソパラフィン、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、アルキルジフェニルエタン、モノイソプロピルビフェニル、ジメチルシリコーン等は80℃における体積抵抗率が1×1013Ω・m以上であり組成物の絶縁性能を高めるために好ましく用いることができる。また、エステル系化合物は一般に80℃における体積抵抗率が1×109〜1×1013Ω・m程度であり、残存水分や不純物を十分除去したものが好ましい。
本発明における合成油としては、上記合成油のうち、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物及びこれらの混合物からなる群より選択されるものが好ましい。この場合には、使用条件下で低温流動性と低揮発性とをバランス良く維持することができる。
【0007】
なお、本明細書において80℃における体積抵抗率とは、JIS C 2101の24.(体積抵抗率試験)に準拠して測定されたものを示す。
また、これら基油の粘度指数としては、特に制限はないが、粘度指数が80以上のものを含有することが好ましく、100以上のものを含有することがさらに好ましい。
また、これら基油の動粘度は、80℃における動粘度が、1.5〜4.0mm2/sである。
【0008】
本発明の自動車用変速機油組成物は、(A)炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、(C)トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物を含有する。また、これら(A)又は(C)成分に加え、さらに(D)無灰分散剤を含有する。更に、(B)トリアリールホスフェートを含有することもできる。
【0009】
(A)成分としては、通常、炭素数2〜30、好ましくは3〜20の炭化水素基を含有する化合物を用いることができる。
この炭素数2〜30の炭化水素基としては、具体的には、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基等のアルキル基(これらアルキル基は直鎖状でも分枝状でもよい);ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基、トリデセニル基、テトラデセニル基、ペンタデセニル基、ヘキサデセニル基、ヘプタデセニル基、オクタデセニル基等のアルケニル基(これらアルケニル基は直鎖状でも分枝状でもよく、また二重結合の位置も任意である);シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基等の炭素数5〜7のシクロアルキル基;メチルシクロペンチル基、ジメチルシクロペンチル基、メチルエチルシクロペンチル基、ジエチルシクロペンチル基、メチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、メチルエチルシクロヘキシル基、ジエチルシクロヘキシル基、メチルシクロヘプチル基、ジメチルシクロヘプチル基、メチルエチルシクロヘプチル基、ジエチルシクロヘプチル基等の炭素数6〜11のアルキルシクロアルキル基(アルキル基のシクロアルキル基への置換位置も任意である);フェニル基、ナフチル基等のアリール基;トリル基、キシリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ヘプチルフェニル基、オクチルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ウンデシルフェニル基、ドデシルフェニル基等の炭素数7〜18の各アルキルアリール基(アルキル基は直鎖状でも分枝状でもよく、またアリール基への置換位置も任意である);ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基、フェニルブチル基、フェニルペンチル基、フェニルヘキシル基等の炭素数7〜12の各アリールアルキル基(これらアルキル基は直鎖状でも分枝状でもよい)等が例示できる。
【0010】
(A)成分として好ましい化合物としては、具体的には、ジプロピルジチオリン酸亜鉛、ジブチルジチオリン酸亜鉛、ジペンチルジチオリン酸亜鉛、ジヘキシルジチオリン酸亜鉛、ジヘプチルジチオリン酸亜鉛、ジオクチルジチオリン酸亜鉛等のジアルキルジチオリン酸亜鉛等が例示できる。なお、これらジアルキルジチオリン酸亜鉛のアルキル基は直鎖状でも分枝状でもよいが、第1級又は第2級アルキル基であることが好ましく、特に第1級アルキル基が、歯車の摩耗防止性により優れ、体積抵抗率を低下させないことからより好ましく用いられる。
【0011】
本発明の変速機油組成物における(A)成分の含有量の下限値は、組成物全量基準で0.1質量%、好ましくは0.5質量%、特に好ましくは1.2質量%とすることができる。一方、(A)成分の含有量の上限値は、組成物全量基準で、15.0質量%、好ましくは10.0質量%、さらに好ましくは4.0質量%、特に好ましくは3.0質量%である。(A)成分の含有量を上記下限値以上とすることにより、焼付き防止性を向上させることができる。一方、(A)成分の含有量を上記上限値以下とすることにより、絶縁性を維持し、スラッジの発生を抑えることができる。
【0012】
(B)成分であるトリアリールホスフェートは、置換基を伴なわないアリール基を有するものでもよく、アルキルアリール基又はアルケニルアリール基等の、置換基を伴なうアリール基を有するものでもよい。具体的には例えば、フェニル基、ナフチル基等のアリール基;トリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ヘプチルフェニル基、オクチルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ウンデシルフェニル基、ドデシルフェニル基、キシリル基、メチルエチルフェニル基、ジエチルフェニル基、メチルプロピルフェニル基、ジプロピルフェニル基、トリメチルフェニル基、ジメチルエチルフェニル基、ジエチルメチルフェニル基、トリエチルフェニル基、エテニルフェニル基、プロペニルフェニル基等の炭素数7〜18の各アルキル又はアルケニルアリール基(アルキル基又はアルケニル基は直鎖状でも分枝状でもよく、アリール基への置換数も任意であり、またアリール基への置換位置も任意である)等を有するトリアリールホスフェートが例示できる。
(B)成分として好ましい化合物としては、具体的には、トリフェニルホスフェート、トリトリルホスフェート(トリクレジルホスフェート)、トリキシリルホスフェート、トリ(エチルフェニル)ホスフェート、トリ(プロピルフェニル)ホスフェート、トリ(ブチルフェニル)ホスフェート等が例示できる。
本発明の変速機油組成物において、(B)成分を含有させる場合の含有量の下限値は、組成物全量基準で0.1質量%、好ましくは0.2質量%とすることができ、一方その上限値は、組成物全量基準で、15.0質量%、好ましくは2.0質量%、特に好ましくは1.0質量%である。(B)成分の含有量を上記下限値以上とすることにより、焼付き防止性及び摩耗防止性を向上させることができる。一方、(B)成分の含有量を上記上限値以下とすることにより、絶縁性能を維持し、沈殿の発生を抑えることができる。
【0013】
(C)成分はトリアリールチオホスフェートである。前記トリアリールチオホスフェートは、置換基を伴なわないアリール基を有するものでもよく、置換基を伴なうアリール基を有するものでもよい。具体的には例えば、(B)成分のトリアリールホスフェートが有するものとして上に列挙したものと同様な、各種のアリール基、アルキルアリール基又はアルケニルアリール基等を有するトリアリールチオホスフェートが例示できる。
(C)成分として好ましい化合物としては、具体的には、トリフェニルチオホスフェート、トリトリルチオホスフェート(トリクレジルチオホスフェート)、トリキシリルチオホスフェート、トリ(エチルフェニル)チオホスフェート、トリ(プロピルフェニル)チオホスフェート、トリ(ブチルフェニル)チオホスフェート等が例示できる。
本発明の変速機油組成物における(C)成分の含有量の下限値は組成物全量基準で0.1質量%、好ましくは0.4質量%とすることができ、一方、その上限値は、組成物全量基準で、15.0質量%、好ましくは2.0質量%、特に好ましくは1.5質量%である。(C)成分の含有量を上記下限値以上とすることにより、焼付き防止性能及び摩耗防止性を向上させることができる。一方、(C)成分の含有量が上記上限値以下とすることにより、絶縁性能を維持し、沈殿の発生を抑えることができる。
【0014】
本発明の変速機油組成物における、(A)又は(C)成分及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物の含有量は、その下限値が組成物全量基準で0.1質量%、好ましくは0.5質量%であり、一方上限値が、組成物全量基準で15.0質量%、好ましくは10.0質量%、さらに好ましくは6.0質量%、特に好ましくは4.0質量%である。(A)及び(C)成分の合計の含有量が上記下限値を下回る場合、焼付き防止性能及び摩耗防止性が劣る。一方、(A)及び(C)成分の合計の含有量が上記上限値を超える場合、絶縁性能に劣り、沈殿が発生する恐れがある。
【0015】
本発明の変速機油組成物における(D)成分は無灰分散剤であり、前記リン化合物と併用することで優れた摩耗防止性能を付与させることができ、特に(A)成分と併用した場合、(A)成分単独の場合に比べ、極めて摩耗防止性能を改善することができる。
(D)無灰分散剤としては、炭素数12〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有する含窒素化合物又はその誘導体、あるいはアルケニルコハク酸イミドの変性品等が挙げられる。
このアルキル基又はアルケニル基としては、直鎖状でも分枝状でもよいが、好ましいものとしては、具体的には、プロピレン、1−ブテン、イソブチレン等のオレフィンのオリゴマーやエチレンとプロピレンのコオリゴマーから誘導される分枝状アルキル基や分枝状アルケニル基等が挙げられる。
このアルキル基又はアルケニル基の数平均分子量としては、その下限値が150であることが好ましく、800であることがさらに好ましく、一方その上限値が5000であることが好ましく、2000であることがさらに好ましく、1200であることが特に好ましい。
【0016】
また、無灰分散剤の一例として挙げた含窒素化合物の誘導体としては、具体的には例えば、前述したような含窒素化合物に炭素数2〜30のモノカルボン酸(脂肪酸等)やシュウ酸、フタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸等の炭素数2〜30のポリカルボン酸を作用させて、残存するアミノ基及び/又はイミノ基の一部又は全部を中和したり、アミド化した、いわゆる酸変性化合物;前述したような含窒素化合物にホウ酸やホウ酸塩等のホウ素化合物を作用させて、残存するアミノ基及び/又はイミノ基の一部又は全部を中和したり、アミド化した、いわゆるホウ素変性化合物;前述したような含窒素化合物に硫黄化合物を作用させた硫黄変性化合物;及び前述したような含窒素化合物に酸変性、ホウ素変性、硫黄変性から選ばれた2種以上の変性を組み合わせた変性化合物等が挙げられる。
(D)成分としてホウ素を含有する無灰分散剤を用いる場合、(D)成分中のホウ素含有量は、通常0.1〜10質量%とすることができるが、摩耗防止性により優れる点から0.2〜6質量%であることが好ましく、0.6〜3質量%であることが特に好ましい。
【0017】
本発明の変速機油組成物における(D)成分の含有量は、組成物の80℃における体積抵抗率が本発明の規定を満たす限りにおいて、特に制限はないが、組成物全量基準で、その下限値は通常0.01質量%とすることができ、望ましくは窒素元素換算量において、その下限値は10質量ppmであることが好ましく、60質量ppmであることが特に好ましい。一方、その上限値は10質量%とすることができ、望ましくは窒素元素換算量において、その上限値は2000質量ppmであることが好ましく、400質量ppmであることがさらに好ましく、180質量ppmであることが特に好ましい。(D)成分の含有量を上記下限値以上とすることにより、良好な摩耗防止性能を得ることができ、一方、上記上限値以下とすることにより、良好な絶縁性能を得ることができる。
【0018】
本発明の変速機油組成物の80℃における体積抵抗率は、1×108Ω・m以上であることが好ましく、5×108Ω・m以上であることがより好ましく、1×109Ω・m以上であることが特に好ましい。組成物の80℃における体積抵抗率を上記以上とすることで、新油時だけでなく劣化時においても絶縁性能をより高く維持することが可能となり、長期に渡って電動モータがショートする等のトラブルを回避することができる。
【0019】
本発明の変速機油組成物は、鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物、又はこれらの混合油である特定動粘度の基油と上記(A)又は(C)成分及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物と上記(D)成分とから実質的に成る組成物であり、当該組成物には、各種潤滑油、特に手動変速機油、自動変速機油、無段変速機油としての基本的な性能を維持するため、公知の潤滑油用添加剤、例えば、金属系清浄剤、上記(A)又は(C)成分以外の極圧添加剤及び摩耗防止剤、酸化防止剤、粘度指数向上剤、錆止め剤、帯電防止剤及び腐食防止剤、流動点降下剤、ゴム膨潤剤、消泡剤、着色剤等を単独で、あるいは数種類組み合わせて、本発明の変速機油組成物の絶縁性が低下しない範囲内で含有させることができる。
【0020】
金属系清浄剤としては、例えば、アルカリ土類金属スルフォネート又はフェネート、アルカリ土類金属サリシレート等が挙げられる。アルカリ土類金属としてはマグネシウム、カルシウムが好ましく、カルシウムが特に好ましい。また、これらの金属系清浄剤としては、全塩基価がそれぞれ0〜500mgKOH/g、好ましくは0〜400mgKOH/gのものを適宜選択し、必要に応じて混合使用することができる。なお、金属系清浄剤は組成物の体積抵抗率を著しく下げるため、組成物の体積抵抗率が好ましくは5×108Ω・mを下回らない範囲で使用可能である。例えば、基油として80℃における体積抵抗率が1×1011Ω・m程度のものを用いる場合、他の添加剤の含有量にもよるが、組成物全量基準で1質量%以下、好ましくは0.1質量%以下の含有割合で用いることができる。
【0021】
(A)又は(C)成分以外の極圧添加剤および摩耗防止剤としては、例えば、硫黄系化合物やリン系化合物が使用できる。硫黄系化合物としては、例えば、ジスルフィド類、硫化オレフィン類、硫化油脂類、硫化エステル類が、またリン系化合物としては、例えば、リン酸モノエステル類、リン酸ジエステル類、リン酸トリエステル類、亜リン酸モノエステル類、亜リン酸ジエステル類、亜リン酸トリエステル類、及びこれらのエステル類とアミン類、アルカノールアミン類との塩等が挙げられる。これらは金属系清浄剤ほどではないものの、(A)又は(C)成分に比べ、体積抵抗率を低下させてしまうため、金属系清浄剤と同様、その配合量には注意が必要であるが、好ましくは5×108Ω・mを下回らない範囲で使用可能である。
【0022】
酸化防止剤としては、フェノール系化合物やアミン系化合物等、潤滑油に一般的に使用されているものであれば、いずれも使用可能であって、例えば、2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール等のアルキルフェノール類、4,4−メチレン−ビス(2,6−ジ−tert−ブチル−4−メチルフェノール)等のビスフェノール類、フェニル−α−ナフチルアミン等のナフチルアミン類、エステル基含有フェノール類、ジアルキルジフェニルアミン類、フェノチアジン類、(3、5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)脂肪酸(プロピオン酸等)と1価又は多価アルコール、例えばメタノール、オクタデカノール、1、6ヘキサジオール、ネオペンチルグリコール、チオジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ペンタエリスリトール等とのエステル等が使用可能であり、中でもフェニル−α−ナフチルアミン等のアミン系酸化防止剤が好ましい。
【0023】
粘度指数向上剤としては、分散型又は非分散型オレフィンコポリマー系、分散型又は非分散型ポリメタクリレート系及びこれらの混合物等が使用できる。
錆止め剤としては、例えば、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸エステル、多価アルコールエステル、石油スルフォネート、ジノニルナフタレンスルフォネート等が使用できる。
帯電防止剤兼腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、チアゾール、チアジアゾール系、イミダゾール系の化合物等が使用可能であり、ベンゾトリアゾール系化合物が好ましい。
流動点降下剤としては、例えば、使用する潤滑油基油に適合するポリメタクリレート系のポリマー等が使用できる。
消泡剤としては、例えば、ジメチルシロキサン、フェニルメチルシロキサン、環状オルガノシロキサン等のシリコーン系化合物が使用可能である。
これらの添加剤の添加量は任意であるが、通常組成物全量基準で、消泡剤の含有量は0.0005〜0.01質量%、粘度指数向上剤の含有量は0.01〜20質量%、腐食防止剤の含有量は0.005〜0.2質量%、その他の添加剤の含有量は、それぞれ0.005〜10質量%程度とすることができ、80℃における組成物の体積抵抗率が1×107Ω・m、好ましくは5×108Ω・mを下回らない範囲で添加可能である。
【0024】
本発明の変速機油組成物は、その80℃における動粘度が、好ましくは1.5〜4.0mm2/sである。80℃における動粘度を1.5mm2/s以上とすることにより、焼付き防止性能及び摩耗防止性能に優れた組成物とすることができ、15mm2/s以下とすることにより、冷却性能に優れ、電動モータの動力ロスを少なくすることができる。このような動粘度を有する組成物は、配合する基油の動粘度及び配合割合を適宜調節することにより得ることができる。なお、電動モータを冷却する性能を考慮すると、40℃での動粘度が1.0〜6.0mm2/s、好ましくは2.0〜5.0mm2/sである鉱油及び/又は合成油を10〜90質量%、好ましくは20〜80質量%含有させ、80℃における動粘度を1.5〜3.5mm2/sとした組成物が特に好ましい。
【0025】
本発明の変速機油組成物の製造方法は、特に限定されず、上記の基油及び添加剤を混合することにより製造することができる。
本発明の変速機油組成物に、水分や不純物が含まれていると、組成物の体積抵抗率を低下させるおそれがあるため、配合する添加剤としてこれらが十分除去されたものを用い、水分や不純物の含有割合の少ない組成物を調製することが望ましい。具体的には、組成物中の水分量は、1000質量ppm以下であることが好ましく、100質量ppm以下であることがさらに好ましく、50質量ppm以下であることが特に好ましい。
【0026】
本発明の変速機油組成物は、焼付き防止性能に優れ、かつ絶縁性能、冷却性能等に優れた組成物であり、電気自動車又はハイブリッド車等の電動モータ装着車における変速機油、電動モータ油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータがパッケージ化された、すなわち、変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用油等の用途に、新規な潤滑油として使用することができる。
特に、本発明の変速機油組成物は、上記性能に加えて、さらに摩耗防止性能にも極めて優れ、特に優れた潤滑油として使用することができる。
また、本発明は、本発明の変速機油組成物を含む上記変速機、電動モータ、装置、あるいは本発明の変速機油組成物を用いることによる、上記変速機、電動モータ、装置の潤滑方法、絶縁方法、冷却方法を提供することができる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の内容を実施例および比較例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。なお、本発明の組成物の性能は、以下に示す性能評価試験により評価した。
(体積抵抗率)
JIS C 2101の24.(体積抵抗率試験)に準拠し、油温80℃における組成物の体積抵抗率を測定した。
(動粘度)
JIS K 2283に準拠し、40℃および100℃における動粘度を測定し、組成物の80℃における動粘度を計算により算出した。
(FZG歯車試験)
DIN 51354に準拠し、Aタイプ歯車、油温90℃の下で組成物の焼き付き防止性を評価した。試験は定められた12段階の荷重ステージについて、低荷重ステージ側より順番に試験を実施し、焼き付きが発生した段階で終了した。評価は、焼き付きが発生したステージ数で表わし、ステージ数が大きいほど焼き付き防止性に優れることとなる。例えば、焼き付き防止性の最も劣る場合はステージ1と表わし、逆に全12ステージにおいて焼き付きが発生しなかった場合をステージ12以上と表わす。
(シェル高速四球試験)
ASTM D4172に準拠し、回転数1200rpm、荷重40kgf、試験時間1hにて、油温室温における鋼球の摩耗痕径を測定することにより、摩耗防止性能を評価した。
【0028】
参考例1〜15、実施例1〜10
鉱油又は合成油と添加剤とを表1及び2に示す組成で混合し、自動車用変速機油組成物を調製した。これらについて、体積抵抗率及び動粘度の測定、FZG歯車試験並びにシェル高速四球摩耗試験を実施した。結果を表1及び2に示す。
なお、変速機油としての潤滑性に優れる一般的な自動変速機油(ATF)(比較例6)のFZG歯車試験における焼き付きステージは9であるので、本発明の組成物の焼き付き防止性に関しては、ステージが9以上であれば問題ないと判断される。また、シェル高速四球試験の結果における摩耗痕径が0.5mm以下であれば変速機油としての十分な摩耗防止性能を有しているが、変速機油としての摩耗防止性能に極めて優れる一般的な自動変速機油(ATF)(比較例6及び7)のシェル高速四球試験における摩耗痕径が0.4mm以下であるので、これと同等の結果が得られれば、極めて優れた摩耗防止性能を有していると言える。
【0029】
【表1】

【0030】
なお、表1〜3において、基油の質量%は、基油全量に対する各基油成分の割合を示し、その他の成分の質量%は、組成物全量に対する各成分の割合を示す。また表1中の注1〜7は、それぞれ以下の事項を示す。
注1)動粘度(40℃):3.3mm2/s
注2)動粘度(80℃):3.8mm2/s、粘度指数:110
注3)動粘度(80℃):5.9mm2/s、粘度指数:120
注4)動粘度(80℃):10.2mm2/s、粘度指数:130
注5)アルキル基:第1級オクチル基
注6)アルキル基:第2級ブチル基及び第2級ヘキシル基
注7)アミン系酸化防止剤、ベンゾトリアゾール、ポリメタクリレート、ジメチルシリコーン等を含む
【0031】
【表2】

【0032】
なお、表2中の注1〜13は、それぞれ以下の事項を示す。
注1)動粘度(40℃):3.3mm2/s
注2)動粘度(80℃):3.8mm2/s、粘度指数:110
注3)1−デセンオリゴマー水素化物、動粘度(80℃):2.5mm2/s、粘度指数:125
注4)ネオペンチルグリコール2エチルヘキサン酸エステル、動粘度(80℃):2.9mm2/s、粘度指数:61
注5)アルキルベンゼン、動粘度(80℃):3.0mm2/s、粘度指数:19
注6)アルキル基:第1級オクチル基
注7)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:300、窒素含有量:3.0質量%)
注8)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:1000、窒素含有量:2.0質量%)
注9)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:3000、窒素含有量:0.9質量%)
注10)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:1000)のホウ酸変性化合物(ホウ素含量:2.0質量%、窒素含有量:2.3質量%)
注11)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:1000)のホウ酸変性化合物(ホウ素含量:0.9質量%、窒素含有量:1.6質量%)
注12)ポリブテニルコハク酸イミド(ポリブテニル基の数平均分子量:1000のホウ酸変性化合物(ホウ素含量:0.4質量%、窒素含有量:1.8質量%)
注13)アミン系酸化防止剤、ベンゾトリアゾール、ポリメタクリレート、ジメチルシリコーン等を含む
【0033】
表2より明らかなように、本発明の組成物は、いずれも80℃における体積抵抗率が1×107Ω・m以上であって、絶縁性能に優れており、またFZG歯車試験における焼き付きステージは9以上であり、良好な焼付き防止性能を有している。さらに冷却性能が高まる変速機油組成物として、80℃における動粘度を1.5〜4.0mm2/sと低粘度とした組成物であっても、十分な焼付き防止性能を示し良好な結果であった。なお、基油としてポリ−αオレフィン水素化物、エステル系化合物、アルキルベンゼンを使用した場合(実施例8〜10)においても本発明の優れた効果が認められる。
(D)無灰分散剤を含む場合、極めて摩耗防止性能に優れた組成物とすることができることが分かる。特に(A)成分と併用した場合、摩耗痕径を半分以下に改善できるという優れた併用効果が認められる。
なお、基油、(A)〜(D)成分、その他成分の種類、含有量を適宜選択することによって、80℃における体積抵抗率が5×108Ω・m以上、特に1×109Ω・m以上の高い絶縁性を有し、かつ焼き付き防止性に優れ、さらには冷却性能や摩耗防止性能が付与された組成物を得ることが可能である。
【0034】
比較例1〜5
鉱油及び添加剤の組成を表3に示す通りとした他は実施例と同様に操作し、自動車用変速機油組成物を調製し、体積抵抗率及び動粘度の測定、FZG歯車試験、並びにシェル高速四球試験を実施した。結果を表3に示す。
(A)又は(C)成分が、本発明で規定する含有量より少ない場合(比較例1及び2)、80℃における体積抵抗率は1×107Ω・m以上と高く絶縁性に優れていたが、いずれも焼付き防止性能が低く、歯車、ベアリング等に十分な潤滑性を付与することができなかった。またホスファイト系化合物(亜リン酸ジエステル)を使用した場合(比較例4及び5)は、いずれもFZG歯車試験において8ステージで焼付きを生じ、焼付き防止性能が不十分であった。
【0035】
(比較例6〜10)
一般的なATF、ギヤ油及び絶縁油について、体積抵抗率及び動粘度の測定(比較例6〜10)並びにFZG歯車試験(比較例6、8、10)あるいは高速四球試験(比較例6、7、10)を実施した。結果を表3に示す。一般的なATF及びギヤ油の場合(比較例6〜9)、いずれも80℃における体積抵抗率が低く絶縁性が不十分であった。一般的な絶縁油の場合(比較例10)、80℃における体積抵抗率は高いが、焼付き防止性能が著しく低く、さらに高速四球試験中に焼付きを起こし、摩耗防止性能に極めて劣っていた。
【0036】
【表3】

【0037】
なお、表3中の注1〜7は、それぞれ以下の事項を示す。
注1)動粘度(40℃):3.3mm2/s
注2)動粘度(80℃):3.8mm2/s、粘度指数:110
注3)動粘度(80℃):5.9mm2/s、粘度指数:120
注4)動粘度(80℃):10.2mm2/s、粘度指数:130
注5)アルキル基:第1級オクチル基
注6)アルキル基:第2級ブチル基及び第2級ヘキシル基
注7)アミン系酸化防止剤、ベンゾトリアゾール、ポリメタクリレート、ジメチルシリコーン等を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油、ポリ−α−オレフィン、ポリ−α−オレフィンの水素化物、アルキルベンゼン、エステル系化合物、及びこれらの混合物からなる群より選択され、80℃における動粘度が1.5〜4.0mm2/sである基油と、
組成物全体量基準で0.1〜4.0質量%の、(A)炭化水素基含有ジチオリン酸亜鉛、(C)トリアリールチオホスフェート及びこれらの混合物からなる群より選択されるリン化合物と、(D)無灰分散剤とを含有し、かつ、80℃における体積抵抗率が1×108Ω・m以上である、電気自動車又はハイブリッド自動車に搭載される変速機油、変速機・電動モータ兼用油、又は変速機と電動モータの潤滑システムが共有化された装置用変速機油組成物。
【請求項2】
組成物中の水分含有量が、1000質量ppm以下である請求項1に記載の変速機油組成物。

【公開番号】特開2008−285682(P2008−285682A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−190538(P2008−190538)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【分割の表示】特願2003−500186(P2003−500186)の分割
【原出願日】平成14年5月28日(2002.5.28)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】