説明

多価不飽和脂肪酸ヒドロキシ誘導体及びその薬物としての使用

本発明は、多価不飽和脂肪酸誘導体の薬物または機能性食品としての使用に供する。病因が、細胞膜脂質の(いずれかのタイプの)変化、例えば、脂質のレベル、組成または構造における変化に基づく一般疾患の治療または予防における1,2−脂肪酸誘導体の使用に関する。また、脂質組成及び膜の構造(または膜と相互作用するタンパク質)の調節によって病態の回復が引き起こされる疾患における使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病因が細胞膜脂質の変化(例えば、細胞膜脂質及びこれらの脂質と相互作用するタンパク質のレベル、組成または構造における変化)に基づく疾患、また、脂質の組成、膜構造、これらの脂質と相互作用するタンパク質の調節によって病態が回復する疾患の治療における1,2−多価不飽和脂肪酸誘導体の薬物としての使用に関する。
【0002】
そのため、本発明は、その応用範囲の幅広さから、一般に医学及び薬学の分野に含まれる。
【背景技術】
【0003】
細胞膜は、細胞及び細胞に含まれる細胞小器官の組織化されたものの境界を定める構造体である。殆どの生物学的過程は、膜内または膜周囲で起きる。脂質は構造的な役割を有するだけでなく、重要な生物学的過程の活性の調節も行う。更に、膜脂質の組成の調節も、細胞の生理機能の制御に関わる重要なタンパク質(Gタンパク質、PKC等)の位置または機能に影響する(非特許文献5、6、24、15)。これら及びその他の研究が、重要な細胞機能の制御における脂質の重要性を証明している。実際、ヒトの多くの疾患(がん、心血管疾患、神経変性疾患、肥満、代謝障害、突起及び炎症性疾患、感染症、自己免疫疾患等)が生体膜における脂質のレベルまたは組成の変化と関連づけされていて、本発明のものに加えて、膜脂質の組成及び構造を調節する脂肪酸での治療をこれらの疾患からの回復に使用し得るという有益な効果を更に証明している(非特許文献8)。
【0004】
食事で摂取された脂質が、細胞膜の脂質組成を調節する(非特許文献2)。加えて、様々な生理学的及び病理学的状況によって、細胞膜中の脂質が変化し得る(非特許文献3、8)。膜脂質に生理学的変化を引き起こす状況の例として、温度変化のある河川に生息している魚を挙げることができ、温度が20℃(夏)から4℃(冬)に低下すると、魚の脂質は重要な変化を起こす(膜脂質の量及びタイプの変化)(非特許文献3)。これらの変化が、多様性に富んだ細胞タイプにおけるその機能の維持を可能にする。脂質組成に影響し得る病的過程の例は、神経障害または薬物性疾患(非特許文献16)である。したがって、細胞のシグナル伝達の複数の機序の正しい活動は、膜脂質によって決定されると言える。
【0005】
膜脂質組成における変化は細胞のシグナル伝達に影響し、また疾患の発生またはその回復につながり得る(非特許文献8)。過去数年の様々な研究は、膜脂質が、それまで考えられていたより細胞のシグナル伝達により深く関連した役割を果たすことを示している(非特許文献9)。細胞膜における脂質の役割は、膜の唯一の機能要素であるとされている膜タンパク質の支持体としての純粋に構造的なものであるというのが、これまでの見方であった。細胞膜には、水、イオン及びその他の分子が細胞内に進入するのを防止する役割もあるが、健康の維持、疾患の発生及び治癒にとって極めて重要な別の役割も有している。細胞の病変として、膜脂質における変化によって細胞に変化が生じ、これが疾患の発生につながって身体の病気となる。
同様に、膜脂質のレベルの調節を目的とした治療的、栄養補助食品的または化粧品的介入によって病的過程を予防し、また回復(治癒)させることができる。加えて、数多くの研究が、飽和及びトランス−モノ不飽和脂肪の摂取が、健康の悪化に関係していることを示している。
上記の神経疾患に加えて、血管疾患、がんその他も膜脂質と直接関連づけられてきた(非特許文献19)。生物の衰えは、このタイプ及びその他のタイプの疾患(代謝疾患、炎症、神経変性等が含まれ得る)の発生に現れる。
【0006】
細胞膜は選択的な障壁であり、この障壁を通して細胞は別の細胞及びその細胞を取り囲む細胞外環境から代謝物及び情報を受け取る。しかしながら、膜は、細胞において別の極めて重要な機能を果たす。一方では、膜は、重要な器質的機能を制御するメッセージを受け取るまたは送ることに関わるタンパク質の支持体として働く。多くのホルモン、神経伝達物質、サイトカイン、成長因子等によって仲介されるこれらのメッセージが膜タンパク質を活性化させ(受容体)、この膜タンパク質が、受け取ったシグナルを細胞内へと、一部が同じく膜に位置している別のタンパク質(表在性膜タンパク質)を通して伝播させる。(1)これらのシステムが増幅カスケードとして働き、(2)膜脂質がこれらの表在性膜タンパク質の局在化及び活性を調節し得ることから、膜の脂質組成が、細胞の生理機能に大きな影響を有し得る。
特に、特定の表在性膜タンパク質(Gタンパク質、プロテインキナーゼC、Rasタンパク質等)の細胞膜との相互作用は、その脂質組成に左右される(非特許文献22、23)。
更に、細胞膜の脂質組成は、食事の中の脂質のタイプ及び量に影響される(非特許文献7)。実際、栄養補助食品的または医薬品的な脂質の介入によって膜の脂質組成を調節でき、今度は脂質組成が重要な細胞のシグナル伝達タンパク質の相互作用(ひいては活性)を制御できる(非特許文献24)。
【0007】
膜脂質が細胞のシグナル伝達を制御可能であるなら、膜脂質は、細胞の生理学的状態ひいては全体的な健康状態を調節可能であるとも考えられる。実際、脂質が健康に及ぼす悪い影響及び良い影響の両方が述べられている(非特許文献8、9)。予備的な研究は、2−ヒドロキシオレイン酸(モノ不飽和脂肪酸)が、体重過多、高血圧、がん等の特定の病的過程を回復させることが可能であると示している(非特許文献1、15、23)。
【0008】
心血管疾患は、心臓及び血管組織を構成する細胞の過剰な増殖と関連していることが多い。この過剰増殖によって、心血管の内腔及び心血管系の空洞部に沈着が起き、高血圧、アテローム性動脈硬化症、虚血、動脈瘤、発作、梗塞、狭心症、脳卒中(脳血管発作)等の幅広い疾患が発生する(非特許文献18)。実際、細胞増殖を防止する薬剤の開発は、心血管疾患の予防及び治療の良い代替物になると提案されている(非特許文献12)。
【0009】
肥満は、エネルギーの摂取と消費とについて、一つにはこれらの過程を調節している機序が変化した結果、エネルギー摂取量と消費量とのバランスが変化することによって引き起こされる。他方で、この状態は、脂肪細胞の過形成(細胞数の増加)または肥大化(大型化)を特徴とする。数多くの研究が、(遊離または別の分子の一部としての)脂肪酸が、エネルギー恒常性に関係した多数のパラメータ(とりわけ、体脂肪量、脂質代謝、熱産生性、食物摂取)に影響し得ると示している(非特許文献23)。この意味で、脂肪酸の変性は、エネルギー恒常性、すなわちエネルギー摂取量と消費量との間のバランスひいては関連する過程(食欲、体重等)を調節するための方策になり得る。
【0010】
神経変性過程は、症状は異なるが中枢神経系及び/または末梢神経系の細胞の変性または機能不全によって引き起こされるという共通した特徴を有する多数の疾患につながる。これらの神経変性過程の幾つかは、患者の認知能力の著しい低下またはその運動能力の変化を伴う。神経変性障害、神経障害及び神経精神障害では、神経細胞の変性または神経細胞の構成要素(例えばミエリンなどの脂質、例えば、アドレナリン受容体、セロトニン受容体などの膜タンパク質)の変化が共通している。
このような中枢神経系疾患にはとりわけ、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、海馬硬化症及びその他のタイプの癲癇、巣状硬化症、副腎脳白質ジストロフィ及びその他の白質ジストロフィ、脳血管性痴呆、老人性痴呆、偏頭痛を含む頭痛、中枢神経系外傷、睡眠障害、眩暈、疼痛、脳卒中(脳血管発作)、抑鬱、不安、嗜癖が含まれる。更に、特定の神経疾患及び神経変性疾患は、最終的に失明、聴覚障害、見当識障害、気分変化等に至る過程につながり得る。
【0011】
特徴がはっきりしている神経変性障害の一例がアルツハイマー病であり、誤ったペプチドプロセシングとそれに続く細胞外での蓄積から生じる膜タンパク質フラグメント(例えば、β−アミロイドペプチド)から構成される老人斑の形成及びタウタンパク質の神経原線維変化を特徴とする。この過程は、コレステロールの代謝における変化及びその結果としての特定の膜脂質(コレステロール、ドコサヘキサエン酸等)のレベルの変化と関連づけられている(非特許文献17、16)。加えて、パーキンソン病、アルツハイマー病、老人性痴呆(レビー小体型痴呆)等の幾つかの神経変性疾患は、α−シヌクレインタンパク質の線維状凝集体の病的蓄積と関連づけられていて、この蓄積が、トリグリセリドの細胞代謝の著しい変化につながる(非特許文献4)。実際、これら及びその他の神経変性疾患の発生は、血清または細胞脂質(コレステロール、トリグリセリド、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミン等)における変化に関連している。このこともまた、脂質が、神経細胞、神経、脳、小脳及び脊髄の正しい活動において決定的な役割を担っていることを示唆していて、中枢神経系における脂質の豊富さを考えると矛盾がない。本発明による分子は、神経障害、神経変性障害及び神経精神障害に関連した過程の多くを回復させる高いまたは極めて高い潜在能力を有する。
【0012】
更に、異なるタイプの硬化症及び別の神経変性疾患は「脱髄」に関係していて、脱髄では神経細胞の軸索の被覆物で脂質が失われ、結果的にその被覆物が関わる電気シグナルの伝播の過程が変化する。ミエリンは、多くの神経細胞の軸索を取り囲む脂肪層であり、グリア細胞(シュワン細胞)の細胞膜が螺旋に折り畳まれたものから形成される。したがって、脂質が、神経変性疾患の発生において重要な役割を果たすことは明らかである。更に、変性させていない天然の多価不飽和脂肪酸が神経変性過程の発生にそれなりの予防効果を有することが発見された(非特許文献14)。実際、中枢神経系において最も重要な脂質は天然の多価不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸であり、その存在量は、多くの神経変性過程において変化する。
【0013】
代謝疾患は、特定の分子の蓄積または不足を特徴とする疾患群を形成している。典型例がグルコース、コレステロール及び/またはトリグリセリドの通常レベルを超えた蓄積である。全身レベル(例えば、血漿濃度の上昇)、細胞レベル(例えば、細胞膜内)の両方での高いグルコース、コレステロール及び/またはトリグリセリドレベルは、様々なレベルの機能不全につながる細胞のシグナル伝達における変化に関連していて、そのレベル上昇は通常、特定の酵素の活性における誤りまたはこのようなタンパク質の不十分な制御に起因する。
最も重要な代謝疾患には、高コレステロール血症(高コレステロール)及び高トリグリセリド血症(高トリグリセリド)がある。これらの疾患の発生率、罹患率及び死亡率はその他の代謝疾患より高いことから、その治療が最も必要とされている。その他の重要な代謝疾患には、グルコースレベルの制御における問題を特徴とする糖尿病及びインスリン耐性が含まれる。これらの代謝疾患は、がん、高血圧、肥満、アテローム性動脈硬化症等のその他の疾患の発生に関わっている。昨今、上記の代謝障害と密接に関係している別の疾患過程が定義されていて、それ自体が新しいタイプのメタボロパシー(metabolopathy)を構成し得て、これがメタボリックシンドロームである。
【0014】
特定の多価不飽和脂肪酸(PUFA)の特定の疾患に対する予防的役割は、様々な研究者によって語られている。例えば、PUFAはがんの発病を遅らせ、また心血管疾患、神経変性疾患、代謝障害、肥満、炎症等の発生に対抗する良い作用を有する(非特許文献21、13、10)。これらの刺激は、様々な疾患の病因及びその治療の両方における脂質(PUFA)の重要な役割を示している。しかしながら、これらの化合物(PUFA)の薬理学的活性は、血中での迅速な代謝及び短い半減期により大きく限定される。
したがって、今までのPUFAより代謝が遅く、結果的に細胞膜内により長く留まって細胞のシグナル伝達に関わる表在性膜タンパク質の相互作用を促進するPUFAを開発する必要があると思われる。本発明の分子はPUFAの合成誘導体であり、天然のPUFAより代謝が遅く、また顕著かつ著しく優れた治療効果を有する。
【0015】
類型学的には異なるが、細胞膜における脂質の構造的及び/または機能的変化との関連で病因学的には共通している多様な疾患(がん、心血管疾患、肥満、炎症、神経変性疾患、代謝疾患等)を引き起こす細胞膜内の脂質の構造的及び機能的変化間の関係から、本発明は、上述した既知の脂肪酸に関連した技術的な問題を解決可能であり、またそれゆえにこれらの疾患の効果的な治療に有用な新しい合成多価不飽和脂肪酸の使用に注目している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Alemany et al.,2004,Hypertension,43 249
【非特許文献2】Alemany et al.,2007,Biochim Biophys Acta,1768,964
【非特許文献3】Buda et al.,1994,Proc Natl Acad Sci U.S.A.,91,8234
【非特許文献4】Coles et al.,2001,J Biol Chem,277,6344
【非特許文献5】Escriba et al.,1995,Proc Natl Acad Sci U.S.A.,92,7595
【非特許文献6】Mail et al.,1997,Proc.Natl.Acad.Sci USA.,94,11 375
【非特許文献7】Escriba et al.,2003,Hypertension,41,176
【非特許文献8】Escriba,2006,Trends Mol Med,12,34
【非特許文献9】Escriba et al.,2008,J Cell Mol Med,12,829
【非特許文献10】Florent et al.,2006,J Neurochem.,96,385
【非特許文献11】Folch et al.,1951,J Biol Chem,191.83
【非特許文献12】Jackson and Schwartz,1992,Hypertension,20,713
【非特許文献13】Jung et al.,2008,Am J Clin Nutr 87,2003S
【非特許文献14】Lane and Farlow,2005,J Lipid Res,46,949
【非特許文献15】Martinez et al.,2005,Mol Pharmacol.,67,531
【非特許文献16】Rapoport,2008,Postraglandins Leukot.Essent.Fatty Acids 79,153−156
【非特許文献17】Sagin and Sozmen,2008,J Lipid Res,46,949
【非特許文献18】Schwartz et al.,1986,Circ Res 58,427
【非特許文献19】Stender and Dyerberg,2004,Ann Nutr Metab.,48,61
【非特許文献20】Teres et al.,2008,Proc.Natl.Acad.Sci USA,105,13 811
【非特許文献21】Trombetta et al.,2007,Chem Biol Interact.,165,239
【非特許文献22】Vogler et al.,2004,J.Biol Chem,279,36 540
【非特許文献23】Vogler et al.,2008,Biochim Biophys Act,1778,1640
【非特許文献24】Yang et al.,2005,Mol Pharmacol.,68,210
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、病因が、細胞膜脂質またはその脂質と相互作用するタンパク質の構造的及び/または機能的変化に関係する、特には、がん、血管疾患、神経変性障害、神経障害、代謝疾患、炎症性疾患、肥満及び体重過多から選択される一般疾患の治療で使用するための多価不飽和脂肪酸の1,2−誘導体(以下、D−PUFA)に焦点を絞っている。
D−PUFAは、天然の多価不飽和脂肪酸(以下、PUFA)より遅い代謝速度を有する。これは、炭素1及び/または2における水素(H)以外の原子の存在が、β酸化を経たその分解をブロックするからである。これによって膜の組成が大きく変化し、細胞のシグナル伝達に関わる表在性膜タンパク質の相互作用の調節が行われる。これは例えば、膜の表面のパッケージングにおける差につながって、細胞のメッセージの伝播に関与する表在性膜タンパク質の係留の調整が行われる。このため、本発明の主題であるD−PUFA分子はPUFAよりはるかに高い活性を有し、記載の疾患の薬理学的治療で著しく高い効果を示す。
【0018】
上述したように、本発明のD−PUFA分子で治療する疾患の病因は同じであり、細胞膜脂質またはその脂質と相互作用するタンパク質の構造的及び/または機能的な(またはその他の原因)変化に関係する。以下の疾患が、例として挙げられる。
・がん:肝臓がん、乳がん、白血病、脳がん、肺がん等
・血管疾患:アテローム性動脈硬化症、虚血、動脈瘤、発作、心筋症、血管新生、心筋過形成(cardiac hyperplasia)、高血圧、梗塞、狭心症、脳卒中(脳血管発作)等
・肥満、体重過多、食欲制御、セルライト
・代謝疾患:高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、糖尿病、インスリン耐性等
・神経変性疾患、神経障害、神経精神障害:アルツハイマー病、脳血管性痴呆、ツェルウェーガー症候群、パーキンソン病、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、海馬硬化症及びその他のタイプの癲癇、巣状硬化症、副腎脳白質ジストロフィ及びその他のタイプの白質ジストロフィ、脳血管性痴呆、老人性痴呆、レビー小体型痴呆、多発性全身性委縮、プリオン病、偏頭痛を含む頭痛、中枢神経系損傷、睡眠障害、眩暈、疼痛、脳卒中(脳血管発作)、抑鬱、不安、嗜癖、記憶・学習・認知障害並びに本発明の化合物での治療によって誘発される、神経変性の停止または神経再生を必要とする全身疾患
・炎症、心血管炎症、腫瘍誘導性の炎症、リウマチ性の炎症、感染性の炎症、呼吸器の炎症、急性及び慢性の炎症、炎症由来の痛覚過敏、浮腫、外傷または火傷から生じる炎症等を含む炎症性疾患
【0019】
本発明のD−PUFA化合物は、以下の式(I)を特徴とする。
式中、a及びcはそれぞれ0〜7の値、bは2〜7の値、R及びRはそれぞれ分子量が200Da以下のイオン、原子または原子団である。
【0020】
(式1)
COOR−CHR−(CH)−(CH=CH−CH)−(CH)−CH (I)
【0021】
本発明の好ましい構造において、a、b及びcは0〜7の独立した値を有し得て、RはH、RはOHである。
【0022】
本発明の別の好ましい構造において、a、b及びcは0〜7の独立した値を有し得て、RはNa、RはOHである。
【0023】
本発明の別の好ましい構造において、a及びcは0〜7の独立した値を有し得て、bは2〜7の独立した値を有し得て、R及びRは、分子量が独立して200Da以下のイオン、原子または原子団になり得る。
【0024】
本発明の脂肪酸の投与はいかなる手段でも行うことができ、例えば経腸投与(IP)、経口投与、直腸投与、局所投与、吸入、静脈内注射、筋肉内注射または皮下注射である。加えて、投与は、上記の式に従ってまたはその薬学的に許容可能な誘導体(エステル、エーテル、アルキル、アシル、ホスフェート、サルフェート、エチル、メチル、プロピル、塩、錯体等)で行われ得る。
【0025】
加えて、本発明の脂肪酸を、単体で投与することも、あるいは互いに及び/または賦形剤(バインダ、フィラー、崩壊剤、滑沢剤、コーティング剤、甘味料、香料、着色料、輸送剤、これら全ての組み合わせ等)と組み合せた医薬組成物または栄養補助食品組成物に処方することもできる。また、本発明の脂肪酸は、別の活性成分と組み合わせた医薬組成物または栄養補助食品組成物の一部になり得る。
【0026】
本発明の目的上、用語「栄養補助食品(nutraceutial)」は、摂食中に定期的に摂取され、また疾患、このケースでは細胞膜脂質の変化に関連した病因の疾患を予防する化合物と定義される。
また、用語「治療有効量(therapeutically effective amount)」は、有害な副作用を伴うことなく疾患を回復させるまたは予防する量である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】表1の化合物の腫瘍細胞の成長に対する作用を示すグラフ。生存細胞の数を表し(3回の実験の平均及び平均の標準誤差)、点線は、細胞の完全な消失(0%生存率)を表す。y軸は、使用した化合物(x軸)に依存した生存細胞の数(コントロール比%)を表す。 ヒトの肺がん細胞(A549)を、10%の血清を加えたRPMI−1640で48時間にわたって、本発明の化合物250μMの不在下(コントロール)または存在下で培養した。
【図2】特定のPUFA及び本発明のD−PUFA分子の、A10血管細胞の増殖に対する作用を示すグラフ。y軸は、使用した脂肪酸(横軸)に依存した細胞の数(コントロール比%)を表す。 細胞を、完全培地(コントロール、C)、追加成分のない不完全培地(CSS)またはPUFA(182、183A、183G、204、205、226)またはD−PUFA(182A1、183A1、183A2、204A1、205A1、226A1)の存在下の完全培地でインキュベートした。依然としてCSSの値よりは高いものの、増殖の低下は、これらの分子が、毒性となることなく心血管細胞の異常増殖の調節能力を有することを示す。
【図3】A:異なるD−PUFA及びPUFAの不在下(コントロール、C)または存在下で培養された脂肪細胞の増殖を示すグラフ。 y軸は、使用した脂肪酸(x軸)に依存した細胞の数(コントロール比%)を表す。非増殖コントロールとして、血清欠乏培地(血清の割合の低い培地、MSB)を使用した。 B:y軸は体重(無治療コントロール比%)を表し、横軸は、実験動物の治療に使用した化合物を表すグラフ。 x軸は、左から右に向かって、最初がビヒクルでの治療(C)、次が本発明の化合物の幾つかでの治療を表す。文字A、B、N、Pは、表3に従ってラジカルR及びRの組み合わせを示す。SHRラットを1ヵ月間にわたって図の24種類の化合物のそれぞれ(200mg/kg)で治療した。各実験群は6匹のラットから成り、各シリーズについて、ビヒクル(水)で治療したラット群を使用し、結果を、何の治療も受けていないラットの重量と比較した。
【図4】A:外因の不在下(コントロール、C:0%神経細胞死)及びNMDAの存在下(100%神経細胞死)で培養したP19細胞の死を示すグラフ。 縦軸は、使用した脂肪酸(x軸)に依存した神経細胞死(コントロール比%)を表す。PUFAの存在は、NMDAの存在下でのP19細胞の生存率のそれなりの上昇を引き起こした。D−PUFAは細胞生存率の著しい上昇を引き起こし、226A1のケースでは200%を超えた。D−PUFAで処理した細胞の培養物中の細胞の数はコントロールにおける細胞数より多く、これらの化合物がNMDAによって引き起こされる神経細胞死を防止するだけでなく(抗神経変性)、神経再生剤でもあることが確認され得る。 B:アルツハイマー病の動物モデルの放射状迷路での運動パフォーマンスの改善におけるD−226B1 PUFAの作用を示すグラフ。 左の図のy軸は、運動を完了するのにかかった時間を表し、右の図の縦のy軸は、予定された運動の実行で犯された誤りの総数を表す(平均±平均の標準誤差)(ランタイム)。両方の図において、x軸には、左から右に向かって、健康なマウスの結果(コントロール)(第1の棒)、ビヒクルとしての水で治療したアルツハイマー誘発マウスの結果(第2の棒)、化合物226B1で治療したマウスの結果(第3の棒)が示される。アルツハイマー病のマウスは、健康なマウスより運動の完了に時間がかかり、またより多くの誤りを犯し、その差は統計学的に有意であった(*、P<0.05)。コントロール的に、化合物226B1で治療したアルツハイマー病のマウスは、健康なマウスと有意な差を示さなかった。
【図5】A:上段の図は、本発明の異なるD−PUFAによる、単球U937由来のヒトマクロファージにおける細菌リポ多糖類(LPS)によって事前に誘発された(C+、100%)炎症誘発性COX−2タンパク質の発現の阻害を示す免疫ブロット。 下段の図は、以下の化合物(X軸):OOA(2−ヒドロキシ−オレイン酸)、OLA(182A1)、OALA(183A1)、OGLA(183A2)、OARA(204A1)、OEPA(205A1)、ODHA(226A1)についてのコントロール比%(Y軸)としてのCOX−2/COX−1関係を示すグラフ。 B:炎症の動物モデルにおける本発明の異なるD−PUFA化合物の抗炎症有効性を示すグラフ。 本発明の異なる化合物(x軸)についてのマウスにおけるLPSによって誘発されたTNFαの血清レベル(pg/ml)への阻害作用を示す(y軸)。この因子のレベルの低下は、抗炎症薬に直接関係している。化合物は、左のグラフのものと同じである。
【図6A】3T3−L1細胞におけるコレステロールレベルを示すグラフ。 縦軸は、使用した脂肪酸(x軸)に依存したコレステロールのレベルを示す(総脂質に対する%)。記載の値は、分光光度法(コレステロール)で測定した細胞膜中の総脂質に対するコレステロールの平均±平均の標準誤差である。グラフは、上記のD−PUFAまたはPUFAの不在下(コントロール)または存在下で培養された細胞における定量値を示す。
【図6B】3T3−L1細胞における総トリグリセリドレベルを示すグラフ。 縦軸は、使用した脂肪酸(x軸)に依存したトリグリセリドのレベルを示す(総脂質に対する%)。記載の値は、薄層クロマトグラフィ及びそれに続くガスクロマトグラフィで測定した細胞膜中の総脂質に対するトリグリセリドの平均±平均の標準誤差である。グラフは、上記のD−PUFAまたはPUFAの不在下(コントロール)または存在下で培養された細胞における定量値を示す。
【図7A】膜の構造とD−PUFAが及ぼす細胞へ作用との関係を示すグラフ。 縦軸は、HII転移温度(x軸)に対する細胞への作用(コントロール比%)を表す。各D−PUFA分子の作用の平均を求め(調査した全ての疾患モデルにおける各脂質の平均作用及び二重結合の数)、転移温度に対してプロットした。HII転移温度における低下は、膜がより不連続となって、膜に表在性膜タンパク質用の係留部位ができ、細胞のシグナル伝達の調節がより良好になる結果、特定の疾患の制御がより効果的になることを示す。
【図7B】PUFAの治療有効性(白丸)とD−PUFAの治療有効性(黒丸)との関係を示すグラフ。 各点は、各分子の二重結合の数(横軸)に依存した、調査した全ての疾患について観察された作用の平均である(y軸:コントロールに対する変化、%)。両方のケースにおいて、相関関係は有意であった(P<0.05)。治療効果は、分子が有する二重結合の数に左右されることが観察され、この数が膜構造の調節能に関係する。この意味で、D−PUFAに存在するがPUFAには存在しない炭素1、2におけるラジカルの存在は、これらの分子の治療効果を強化するのに必要不可欠である。
【0028】
これらの結果は、本発明に含まれる脂質の作用が共通基盤を有することを示す。これらの相関関係(D−PUFAについてr値は0.77、0.9、両方のケースについてP<0.05)は、使用した脂質の構造がその作用の基盤であり、作用が、各脂質の構造−機能関係によって引き起こされる膜構造の調節を通じて起きることをはっきりと示している。実際、ヒトの疾患が、PUFAのレベルにおける上記の変化に関連しているとの数多くの研究結果があり、細胞の生理機能における脂質の重要な役割を証明している。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明のD−PUFA分子で得られたこの広いスペクトルの治療例から、これらのD−PUFA分子が、膜に膜内で及び膜を通じて行われる活動の正しい処理を可能にする特定の構造特性を付与すると広く考えられる。言い換えると、様々な種類の疾患を引き起こす異常の多くが、細胞機能に関わる特定の重要な脂質及び/または膜と相互作用する及び/または脂質の産生に関係するタンパク質のレベルにおける著しい変化によって引き起こされるということである。
様々な種類の疾患につながり得るこれらの病的変化を、本発明に記載の合成脂肪酸によって予防するまたは回復させることができ、この合成脂肪酸を、病因が、生体膜脂質のレベル、組成、構造における変化もしくは別の変化または生体膜中のこれらの脂質におけるこれらの変化の結果としての細胞のシグナル伝達の制御解除に関係している疾患の治療または予防に効果的に使用することができる。加えて、性質及び/または膜機能を調整すれば病的過程を回復させることが可能である限りは、本発明に含まれる脂質を、別の変化の結果としてある疾患が発生した場合に薬物として使用することもできる。
【0030】
本発明の脂肪酸の治療効果についてのこの研究のために、培養した細胞株及び様々な疾患の動物モデルを使用し、異なる疾患を治療するためのD−PUFA及びPUFAの活性を調査した。
【0031】
本発明の分子の構造を、表1、2、3に示す。式(I)から、本発明の化合物は好ましくは、表1のa、b、cの値の組み合わせを有する。
【0032】
加えて、本発明において、化合物は、3桁の数字とそれに続く記号X1またはX2で命名される。数字1は使用した全てのD−PUFAを表す(ただし数字2となるC18:3ω−6(γ−リノレン酸)をベースとしたシリーズは除く)。この3桁の数字の最初の2桁は分子の炭素数を表す。数字の3桁目は、二重結合の数を表す。文字Xは、A〜Wのいずれかの文字に置き換えられる(表3)。これらの文字A〜Wは、式(I)のR、Rの特定の組み合わせを表す。
【0033】
本発明の特に好ましい化合物を、略称:182X1、183X1、183X2、204X1、205X1、226X1で識別する。略称は、上記の指示に従って解釈される。
【0034】
【表1】

【0035】
表2は、本発明のD−PUFA分子の一部及びこれらが誘導されるPUFAの構造を示す。見てわかるように、表は、a、b、cの値の組み合わせが異なり、ラジカルR、Rが文字Aで表わされる(上述したように、RがH、RがOHであることを示す。表3を参照のこと)本発明の一部の化合物を示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表3は、表1で挙げたa、b、cの値と組み合わせることができるラジカルR、Rの異なる組み合わせを示す。
【0038】
【表3】

【実施例】
【0039】
実施例1:D−PUFA及びPUFAで処理した細胞の膜における全PUFAのパーセンテージ
合成D−PUFA分子は疎水性であることから、これらのD−PUFAに曝露された細胞は、その表面上に高いレベルのこれらの脂肪酸を有する。
【0040】
表4は、100μMのこれらの脂肪酸で48時間にわたって処理した3T3細胞の膜におけるPUFAの総パーセンテージを示す。これらの実験を行うために、膜を抽出し、全脂肪酸を塩基性媒質中での加水分解によって得た。これらの脂肪酸のメタノール塩基をガスクロマトグラフィで定量化した。表のデータは、独立した4回のPUFA質量測定結果の平均を全脂肪酸で割ったものであり、パーセンテージとして表わされる。平均の標準誤差も示す。細胞培養物において、これらの脂肪酸の存在下でインキュベートされた3T3細胞はより高いレベルのPUFA(D−PUFAを含む)及びより低いレベルの飽和脂肪酸を示した。
【0041】
コントロールは、天然または合成脂肪酸が添加されず不在の培養物に対応する。細胞はその天然の形態でその膜にPUFAを有するが、本発明のD−PUFA分子の培地における存在は、細胞膜におけるこれらのPUFAレベルを上昇させる。したがって、これらの結果は、本発明のこれらの化合物による栄養補助食品的または医薬品的介入によって、細胞膜の組成を効果的に調節できることを示唆している。
【0042】
【表4】

【0043】
実施例2:DEPE(ジエライドイルホスファチジルエタノールアミン)細胞膜におけるL(ラメラ)−HII(六方晶)転移
表5、6は、DEPEモデル膜におけるラメラ−六方晶(HII)転移温度を示す。転移温度は、示差走査熱量測定によって求められた。DEPE:D−PUFAの割合は全てのケースにおいて10:1(mol:mol)であった。ラメラ−六方晶転移は、細胞膜の関連するシグナル伝達特性を反映する重要なパラメータである。HII相を形成する傾向(転移温度が低下するに従って高くなる)は、膜表面圧力がより低いことを示し、リン脂質の極性頭部が、ラメラ構造によって形成されるものより密度が低いまたは緻密度の低いネットワークを形成することを意味している(非特許文献9)。これが起きると、特定の表在性膜タンパク質(Gタンパク質、プロテインキナーゼC、Rasタンパク質等)が膜により容易に結合することができ、一方、その他のタンパク質の相互作用は不良となるため(例えば、Gα−タンパク質)、HII転移温度における変化は、健康及びヒトの治療に関係する細胞機能の調節において重要である(非特許文献5、22、8)。
【0044】
コントロール値は、脂肪酸が不在のモデル膜に対応する。本発明のD−PUFAの使用によって得られるHII転移温度の低下は、膜の不連続がより多く引き起こされ、膜に表在性膜タンパク質のための係留部位が形成され、細胞シグナル伝達のより良好な調節ひいては特定の疾患の制御におけるより高い有効性につながることを示す。
【0045】
したがって、表5は、シリーズAの本発明の様々な化合物(200μM)の存在下または不在下でのDEPE(4mM)の膜における(六方晶ラメラからHIIへの)転移温度Tを示す。
【0046】
【表5】

【0047】
表6は、幾つかのシリーズからのD−PUFAの存在下でのDEPE膜におけるラメラ−六方晶転移の温度を示す。
【0048】
【表6】

【0049】
実施例3:Giタンパク質(三量体)のモデル細胞膜への結合
膜脂質組成の調節は、示差走査熱量測定で測定されたように、膜構造における変化をもたらした。この変化は、表7に示されるようなモデル細胞膜におけるGタンパク質の局在化の変化を引き起こす。その結果、後に示すように、様々な病的過程の回復につながる細胞シグナル伝達の調節が行われる。表7は、遠心分離分析とそれに続く免疫ブロット法によって測定され、化学ルミネセンスによって可視化され、画像分析によって定量化されたヘテロ三量体Giタンパク質のホスファチジルコリン:ホスファチジルエタノールアミン(6:4、mol:mol)のモデル膜への結合を示す。これらの実験では、2mMのリン脂質及び表7に示す0.1μMの異なるD−PUFAを使用した。コントロールは、脂肪酸の不在下のモデル膜のサンプルである。
【0050】
これらの結果は、膜の構造的及び機能的特性の変化が、不飽和数の上昇によって大きくなることを示す。不飽和の存在及び炭素1、2における変化の両方によって、PUFAの代謝速度が低下する。この事実は、膜構造に対するこれらの脂質の特定の作用との関係で、異常な細胞への作用が共通の起源を有することを示す。
【0051】
実際、薬理学的な作用とこれらの脂質が脂質膜構造に対して有する作用との間には良好な相関関係があった。
【0052】
【表7】

【0053】
実施例4:がんの治療への1,2−PUFA誘導体の使用
がんは、トランスフォーム細胞の制御不能な増殖を特徴とする疾患である。上述したように、特定の遺伝子変異に加えて、がんは、細胞のシグナル伝達に影響し得る変化したレベルの膜脂質の存在を特徴とする。この意味で、天然のPUFAは、代謝による消費で恐らくは有効性が抑制されたものの、この研究で採用した濃度でヒトのがん細胞(A549)の発達に対して若干の有効性を示した(図1)。しかしながら、D−PUFAは、同じ濃度で、炭素1、2で変性させていない分子より顕著かつ著しく高い有効性を示した(図1、表8)。これらの結果は、天然の多価不飽和脂肪酸を変性させることによって、強力で天然のPUFAよりはるかに高い抗腫瘍作用強度を有し、その結果、ヒト及び動物において医薬品的及び栄養補助食品的アプローチを通じて腫瘍性疾患の治療及び予防において素晴らしい有用性を有する分子が得られることを示す。
【0054】
図1の実験では、10%のウシ胎児血清及び抗生物質を補充したRPMI1640で37℃、5%COで培養したヒトの非小細胞肺がん細胞(A549)を使用した。細胞を、48時間にわたって、濃度250μMの表2に記載のD−PUFA及びPUFAの存在下または不在下で培養した。処理後、細胞数を数え、化合物の抗腫瘍活性に関わる機序の研究をフローサイトメトリで評価した。図1は、細胞生存率を示す(無処理の腫瘍細胞を100%とする)。これらの値は、3回の独立した実験の平均に対応する。
【0055】
別のシリーズにおいて、表3に挙げた化合物を、表8A、8B、8Cの異なる腫瘍タイプに対して使用した。これらのチャートは、本発明の化合物の乳がん細胞、脳がん(グリオーマ)及び肺がんの成長に対する抗腫瘍有効性を示す。有効性データは、72時間のインキュベーション後のIC50値(腫瘍細胞の50%に死をもたらすμM濃度値)で表わされる。その他の実験条件は、先行の段落に記載のものと同じである。
【0056】
結果は、全てのD−PUFAが腫瘍の発達に対して高く効果的であることをはっきりと示している。全体的に、化合物A、Bシリーズが最良であると考えられることから、これらのシリーズの白血病及び肝臓がん細胞の発達に対する有効性(表9、10)を試験した。また、シリーズ204、226(すなわち、サイズのより大きいペア数の修復の番号つきD−PUFA)が最も効果的であると主張することができる。これらの結果は、本発明の薬理学的活性における構造−機能関係の存在を示し、またこの関係の存在は、各化合物の構造に関係した共通する作用機序の主題ひいてはこのセクションにおける本発明の一貫性を支持するものである。
【0057】
表8Aは、マイクロモルIC50値で表わされる、乳がん細胞MDA−MB−231の成長を制御する本発明の化合物の有効性を示す。
【0058】
【表8A】

【0059】
表8Bは、マイクロモルIC50値で表わされる、脳がん細胞(グリオーマ)U118の成長に対する本発明の化合物の有効性を示す。
【0060】
【表8B】

【0061】
表8Cは、マイクロモルIC50値で表わされる、肺がん細胞A549の成長に対する本発明の化合物の有効性を示す。
【0062】
【表8C】

【0063】
表9は、マイクロモルIC50値で表わされる、72時間でのヒト白血病細胞(ジャーカット細胞)の発達に対する本発明の化合物の有効性を示す。
【0064】
【表9】

【0065】
表10は、肝臓がん細胞(HepG2細胞)の発達に対する本発明の化合物の有効性を示す。72時間でのマイクロモルIC50値。
【0066】
【表10】

【0067】
これらの結果は全て、D−PUFAが、ヒト及び動物において栄養補助食品組成物及び医薬組成物を含めたがんの予防及び治療に有用であることを示す。D−PUFAの作用の作用強度が二重結合の数の上昇と相関関係にあり、また炭素1、2における変更の存在が、脂質の抗腫瘍作用強度が治療レベルで関連するのに必要不可欠であることも判明した。これらの化合物は広範囲にわたる腫瘍細胞に対して抗腫瘍作用を有するため、これらの化合物が、広い抗腫瘍スペクトルを備えかつどんながんの発生に対しても汎用性を示し得る分子であることが認められ得る。
【0068】
実施例5:心血管疾患の治療のための1,2−PUFA誘導体の使用
心血管疾患の治療のためのD−PUFAの有用性を調査するために、幾つかの実験アプローチを用いた。まず、培養下の大動脈細胞(細胞株A−10)における本発明の化合物の有効性を調査した。これらの細胞を、完全培地(C、10%のウシ胎児血清、PDGFを補充した)及び不完全培地(CSS、1%のウシ胎児血清を補充した。PDGFなし)を使用して培養した。培養は、72時間にわたって先行の段落の記載と同じやり方で行われた。このインキュベーション期間後、細胞数をフローサイトメトリで数えた。
【0069】
不完全培地(CSS、制御用のPDGFの添加なし)において、細胞は、健康な身体でみられるものと同様の増殖挙動を示す。完全培地で起きる増殖挙動は、病気の生物で起きるものと同様の状況になる。D−PUFAの存在は、培地に増殖剤及びウシ胎児血清が含まれている完全培地の正常な大動脈細胞(A−10)の増殖を著しく低下させた。増殖剤(サイトカイン、成長因子等)の存在下、A10細胞の数は、本発明のD−PUFAの存在下の不完全培地(CSS)で得られたものと同様であった(図2)。コントロール的に、PUFAは、殆どまたは全く抗増殖有効性を示さなかった。これは、これらの脂肪酸に加えられた変更が実質的に心血管疾患(高血圧、アテローム性動脈硬化症、虚血、心筋症、動脈瘤、発作、血管新生、心筋過形成、梗塞、狭心症、脳卒中(脳血管発作)等)を治療するためのその薬理学的潜在能力を上昇させることを証明している。
【0070】
この細胞株への効果は2つの理由から毒性のものとはみなされない。その理由とは(1)完全培地において、D−PUFAは決して、不完全培地でインキュベートした細胞のレベルを下回るほどの細胞増殖の低下を引き起こさなかった、(2)D−PUFAで処理した大動脈細胞(A10)は、分子または細胞壊死、アポトーシスまたはその他いずれのタイプの細胞死の兆候も示さなかった、である。血管細胞の増殖は数多くの心血管疾患の発生に関わるため、D−PUFAは、ヒト及び動物において栄養補助食品的及び医薬品的アプローチを通じたこれらの疾患の予防及び治療に有用である。
【0071】
別のシリーズにおいて、ラットの心筋細胞を単離し、インビトロで24時間にわたって培養し、その後、多数のパラメータを測定した。まず、培養中の細胞の数、長さ及び幅を測定した。シリーズA、Bの全ての化合物(182〜226)が培養で生き残る細胞数(12〜33%)、その長さ及び幅(18〜42%)を上昇させることが可能なことが観察された。加えて、これらの化合物は、酸欠によって誘発される乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の放出の低下を引き起こす(シリーズA、Bの全化合物について9〜68%の低下)。これらの結果は、本発明のD−PUFA分子が心血管細胞に対する保護作用を有し、またその弾性を上昇させ、様々な種類の心臓及び血管疾患(高血圧、アテローム性動脈硬化症、虚血、心筋症、動脈瘤、発作、血管新生、心筋過形成、梗塞、狭心症、脳卒中(脳血管発作)、血液循環不良等)の予防及び治療に使用できることを示す。
【0072】
別の実験シリーズにおいて、本発明のD−PUFA分子のSHRラットの血圧に対する作用を研究した。これらのラットにおいて、血圧及びアポリポタンパク質AI(apoA−I)のレベルの両方を測定した。これらの実験では、高血圧自然発症ラット(SHR)を30日間にわたってビヒクル(水、コントロール)または本発明の化合物で治療した(200mg/kg/日、経口)。この期間の最後に、ラットの血圧及びapoA−Iの血清レベルを測定した。結果から、本発明の化合物が血圧を低下させ、apoA−Iの発現を誘発する能力を有することがわかり、これはこれらの分子が、高血圧及びアテローム性動脈硬化症の治療に有用であることを示す(表11)。これらの実験では、文献に記載(非特許文献20)に記載の非侵襲性の方法が、血圧(cuff−tail法)及びapoA−Iの遺伝子発現(RT−PCR)を調べるために使用された。心血管疾患の治療における本発明の分子の有用性は、血清コレステロール及びトリグリセリドレベルを低下させるその能力によって強化される(以下を参照のこと)。
【0073】
表11は、SHRラットにおける血圧(mmHg)及びapoA−Iのレベル(%)を示す。治療前のSHRの平均値は、それぞれ214mmHg及び100%であった。
【0074】
【表11】

【0075】
実施例6:肥満治療のための1,2−PUFA誘導体の使用
図3Aは、PUFA(天然、合成の両方)がどのようにして脂肪細胞の過形成及び肥大化を阻害可能かを示す。この研究では、3T3−L1脂肪細胞を使用した。この作用は既に知られていて、変性されていない天然PUFAについてこれまでに語られている(Hillら、1993年)。しかしながら、D−PUFAは、脂肪細胞の増殖を阻害するより高い作用強度を有する(図3A)。この作用はいずれのケースにおいても毒性ではないが、これは脂肪細胞の成長の阻害が、不完全培地(1%の血清を添加)で培養された細胞のレベルを下回るほど細胞増殖を低下させるものではなかったからである。使用した培地及び条件は、上記のものと同様であった。
【0076】
これらの結果は、D−PUFAが脂肪細胞の成長を阻害し、ひいては動物及びヒトにおいて肥満及び体脂肪細胞の蓄積(例えば、セルライト)または食欲の変化に関係したその他の過程を栄養補助食品的または医薬品的アプローチを通じて予防及び治療するための高い潜在能力を有することを証明している。観察された作用はここでもまた、使用した分子の二重結合の数及び脂質分子における炭素1、2での変性の存在とのはっきりとした相関関係を示した。
【0077】
加えて、本発明に関係した幾つかの化合物を、ラットの体重へのその作用を研究するために使用した(図3B)。これに関し、化合物182〜226(シリーズA、B、N、P)で治療した高血圧自然発症ラット(SHR)は、200mg/kgでの1カ月にわたる治療後、体重の減少を示した(3.2〜6.9%の減少)。この体重減少は、一つには飼料摂取量の低下、一つには脂肪細胞の増殖の阻害によって引き起こされた(同量の飼料を与えられた無治療のラットでは、体重の減少は治療されたラットほど顕著ではなかった)。これらの結果は、これらの化合物を体重の制御(肥満、体重過多)、食欲の制御及び体脂肪(セルライト)調節に使用できることを証明している。
【0078】
実施例7:神経変性疾患の治療のための1,2−PUFA誘導体の使用
これらの研究において、異なる神経変性モデルを使用した。まず、トランスレチノイン酸で神経細胞分化を誘発させたP19細胞を研究した。このために、P19細胞を、10%のウシ胎児血清及び2μMのトランスレチノイン酸を補充した最少必須培地(α−MEM)で37℃、5%COの存在下でインキュベートした。細胞を、異なる濃度の幾つかのD−PUFAまたはPUFAの存在下または不在下で24時間にわたってインキュベートした。神経毒性を、1μMのNMDAで誘発させた。続いて、細胞の数を、トリパンブルーの存在下、光学顕微鏡法によって数えた。
これらの実験は、PUFAが神経細胞の変性に対して保護作用を有することを示したが、D−PUFAの保護作用はもっと高い(図4A、表12)。この図及び表において、NMDA誘発神経細胞死を阻害することから本発明のD−PUFA分子が神経細胞死を予防することは明らかであり、これらの物質は、神経変性疾患(アルツハイマー病、硬化症、パーキンソン病、白質ジストロフィ等)の予防及び治療に有用になり得る。D−PUFAで処理した培養物中の細胞の数は神経変性剤を添加していない培養物中の細胞数より多いことも判明している。特に、負の細胞死数は、P19細胞数が、コントロールのものより多いことを示す。したがって、本発明のD−PUFA化合物を使用して、外傷過程(事故)または毒物によって引き起こされるもの等の神経再生過程を促進させることができる。
【0079】
表12は、P19細胞における神経細胞死からの保護作用、すなわちNMDAで処理した後の(100%の細胞死)本発明のD−PUFAによる神経細胞死(P19細胞)の阻害を示す。NMDAを使用していないコントロール細胞は、細胞死レベル0%を示した。100%より低いパーセンテージは全て、神経細胞死からの保護を示す。負の値は、神経細胞死からの保護に加えて、あるレベルの神経細胞の増殖もあることを示す。更に、本発明の化合物は、α−シヌクレイン(パーキンソン病、アルツハイマー病、レビー小体型痴呆、多発性全身性委縮、プリオン病等の神経変性過程に関連しているタンパク質)のレベルを低下させる(表13)。したがって、本発明の分子を、神経変性、神経再生、神経学的及び神経精神性の過程の予防及び治療に応用することができる。
【0080】
【表12】

【0081】
表13は、神経細胞培養物(細胞P19)におけるα−シヌクレインの発現を示す。C(コントロール)は、無処理の細胞におけるα−シヌクレインのパーセンテージを表す(100%)。
【0082】
【表13】

【0083】
本発明の化合物が神経再生を誘発するまたは神経変性を阻害する有効性を試験するために、アルツハイマー病の動物モデルを使用した。このモデルにおいては、マウスが脳の損傷につながる一連の変異タンパク質を発現することから、神経変性が発生する(Alzhマウス)。B6マウスを、健康なコントロールマウスとして使用した。両マウス群を、生後3カ月であることから3カ月間にわたってビヒクル(水)または様々なD−PUFAで治療した(1日あたり20mg/kg、経口)。認知能力の改善が治療後に見られたか否かを判断するために、マウスの挙動を放射状迷路で監視した。食欲がでるようにマウスには食餌制限が課せられる。対称8方向放射状迷路には、マウスの定位を促すために視覚マークが置かれ、飼料(15mg錠剤)は4方向の通路に置かれた。各マウスの運動の完了にかかった時間及び誤りの数を、コンピュータシステムに接続したカメラを使用して測定した。
この意味で、アルツハイマー病のマウスは、運動を行うのにかかる時間及び犯した過ちの数の両方において健康なマウスより約50%高い値を有する(図4B)。対照的に、226B1で治療したアルツハイマー病のマウス(Alzh+LP226)は、コントロールのマウスのものと同様でありかつビヒクルで治療したマウス(Alzh)より著しく低い(P<0.05)挙動パラメータを示した。これに関し、化合物183B1、205A1、205B1、226A1、226V1の有効性も試験し、アルツハイマー病のマウスにおける改善が見られた(時間はそれぞれ98、92、93、86、89秒)。一方、これらの同じ化合物(183B1、205A1、205B1、226A1、226B1、226V1)で、コントロールのマウス(健康なB6マウス)が実験を完了するのにかかる時間も短縮されたことも興味深い(時間はそれぞれ8、11、12、18、16、14秒)。
したがって、これらの化合物が、抗神経変性及び神経再生において極めて高い活性を有すると結論づけ得る。本発明のD−PUFA分子で予防及び治療し得る神経変性過程の中には、アルツハイマー病、パーキンソン病、ツェルウェーガー症候群、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、海馬硬化症及びその他のタイプの癲癇、巣状硬化症、副腎脳白質ジストロフィ及びその他のタイプの白質ジストロフィ、脳血管性痴呆、老人性痴呆、レビー小体型痴呆、多発性全身性委縮、プリオン病等がある。加えて、アルツハイマー病のマウス及び健康なB6マウスの両方における作用によって証明される神経再生活性治療を、事故、手術、様々な性質の外傷の結果としてまたは特定の毒素のせいで神経細胞の損失が起きた過程に応用することができる。本発明のD−PUFA分子を、様々な神経学的及び/または神経精神学的な問題(偏頭痛を含む頭痛、中枢神経系損傷、睡眠障害、眩暈、疼痛、脳卒中(脳血管発作)、抑鬱、不安、嗜癖、記憶・学習・認知障害等)の予防または治療並びにヒトの記憶及び認知能力の強化にも使用することができる。
【0084】
実施例8:炎症性疾患の治療のための1,2−PUFA誘導体の使用
シクロオキシゲナーゼ(COX)は膜に結合して特定の脂質を膜から取り除いて炎症性活性を有し得る分子への変換を触媒する酵素である。この酵素の膜脂質への結合は、膜脂質構造にその一因がある。炎症誘発性脂質メディエータを産生するアラキドン酸代謝を阻害することによって、COX1、2アイソフォームの上昇した活性が数多くの炎症性疾患の病因病理と関連づけられている。本発明のD−PUFA化合物は、アラキドン酸の代謝を変化させる一連の細胞シグナルを生成し、その結果、培養中の単球におけるCOXの活性及び発現が阻害された(表14、図5)。また、本発明のD−PUFAは、炎症誘発性サイトカイン(TNF−α)のインビボでの産生を阻害した(表15、図5)。これを目的として、20μgの細菌リポ多糖類(LPS)の腹腔内注射によって炎症反応を引き起こした後、C57BL6/Jマウスを様々な誘導体(200mg/kg、経口)で治療した。これらの結果は、本発明のD−PUFAの炎症過程及び病状を予防するまたは回復させる有効性をはっきりと示している。
【0085】
表14は、培養中の単球におけるCOX−2の発現を示す。単球中のCOX−2の発現の阻害。様々な脂肪酸誘導体によるCOX−2タンパク質レベル(発現)の阻害のパーセンテージ(LPSの存在下の陽性コントロール100%と比較した)。
【0086】
【表14】

【0087】
表15は、マウスにおけるTNF−αの産生を示す(%)。すなわち、C57BL6/Jマウスにおける20μgのLPSの腹腔内注射後の血清中のTNF−αのパーセンテージ。
【0088】
【表15】

【0089】
これらの結果は、本発明の分子が、炎症、心血管炎症、腫瘍誘導性の炎症、リウマチ性の炎症、感染性の炎症、呼吸器の炎症、急性及び慢性の炎症、炎症由来の痛覚過敏、浮腫、外傷または火傷から生じる炎症等を含む炎症性疾患の予防または治療に有用になり得ることを示す。
【0090】
実施例9:代謝疾患の治療のための1,2−PUFA誘導体の使用
脂質は、代謝機能の維持において必要不可欠な分子である。PUFAを使用した治療では、3T3−L1細胞におけるコレステロール及びトリグリセリドレベルでそれなりの低下が起きた。しかしながら、D−PUFAでの治療は、これらの細胞におけるコレステロール及びトリグリセリドレベルに顕著かつ著しい低下をもたらした。これらの実験において、上記の細胞は、10%のウシ胎児血清の存在下のRPMI1640培地において37℃、5%CO、150μMの異なるPUFAまたはD−PUFAの存在下または不在下でインキュベートされた。細胞は24時間にわたってインキュベートされ、次に脂質の抽出に供され、コレステロール及びトリグリセリドレベルを、前述の手順に従って測定した(非特許文献11)。
【0091】
別の実験シリーズにおいて、SHRラットを本発明の様々な化合物で治療し(1日あたり200mg/kg、28日間、経口)、血清中のコレステロール、トリグリセリド及びグルコースのレベルを熱量測定法によって測定した。これらの化合物が、これらの代謝物のレベルの著しい(また多くのケースにおいて顕著な)低下を引き起こすことが観察された(表16)。
【0092】
図6及び表16の結果は、D−PUFAを、医薬品的及び栄養補助食品的アプローチを通じて、代謝疾患(ヒト及び動物の高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、糖尿病、インスリン耐性等)の治療または予防のための薬剤に使用できることをはっきりと示している。高レベルのコレステロール及びトリグリセリド、高グルコースの組み合わせは、心血管及び/または体重変化と共に、欧米社会で増加しつつある「メタボリックシンドローム」につながる。本発明の化合物は、メタボリックシンドロームを治療するための高い治療潜在能力を有する。
【0093】
表16は、SHRラットにおけるコレステロール、トリグリセリド及びグルコースレベルを示す。表は、上記の分子(1日あたり200mg/kg、経口、28日間)で治療したSHRの血清におけるコレステロール(上段の数値)、トリグリセリド(中段の数値)及びグルコース(下段の数値)の値を示す。値はパーセンテージで表わされ、無治療(コントロール)のラットにおいて、値は常に100%と見なされた。
【0094】
【表16】

【0095】
実施例10:PUFAの1,2−誘導体の治療効果の構造的基盤
数多くの研究が、脂質の摂取または脂質による治療によって細胞膜の脂質組成が変化することを示している。更に、そのような脂質組成が膜脂質構造に直接影響し、この膜脂質構造が細胞のシグナル伝達を調節し、また多くの疾患の発生に関係する。
図7は、異なるD−PUFAによって引き起こされた膜の構造における変化(HII転移温度で測定)とこの研究で観察された細胞への作用との相関関係を示す。これを目的として、発明者は、各D−PUFAの平均作用(二重結合の数に関して、研究対象となった全疾患について各脂質の平均をとったもの)を求め、結果を転移温度に対してプロットした。HII転移温度の低下は、膜の不連続の発生が増加して、表在性膜タンパク質のドッキング部位が形成され、これが細胞シグナル伝達のより良好な調節ひいては特定の疾患のより効果的な制御につながることを示す。ある程度、複合生物は薬剤を代謝できるという事実、また幾つかのタイプ(サブタイプ)の疾患では幾つかの別の機序も働いている可能性があるとの事実は、より少ない二重結合の一部の分子がより高い薬理学的活性を有し得ることを示唆している。しかしながら、一般に、治療効果は分子の二重結合の数に左右され、二重結合の数自体が、膜の構造の調節能力に関係しているように見える。この意味で、本発明のD−PUFA化合物に見られ天然のPUFAでは見られない炭素1及び/または2でのラジカルの存在は、これらの分子の治療効果を強化するために必要不可欠である。
【0096】
これらの結果は、本発明に含まれる脂質の作用が共通基盤を有することを示す。これらの相関関係(D−PUFAについてr値は0.77、0.9、両方のケースについてP<0.05)は、使用した脂質の構造がその作用の基盤であり、作用が、各脂質の構造−機能関係によって引き起こされる膜構造の調節を通じて起きることをはっきりと示している。
【0097】
したがって、本発明は、第1の態様において、がん、血管疾患、炎症、代謝疾患、肥満、神経変性疾患及び神経障害から選択される細胞膜脂質の構造的変化及び/または機能特性に基づいた疾患の治療で使用するための、式(I)(式中、a、b、cは独立して0〜7の値を有し得て、R及びRは独立して200Daを超えない分子量のイオン、原子または原子団になり得る)の化合物またはその薬学的に許容可能な誘導体に関する。
【0098】
本発明の第2の態様は、式(I)(式中、a、b、cは独立して0〜7の値を有し得て、R及びRは独立して200Daを超えない分子量のイオン、原子または原子団になり得る)の少なくとも1つの化合物またはその薬学的に許容可能な誘導体の、がん、血管疾患、炎症、代謝疾患、肥満、神経変性疾患及び神経障害から選択される細胞膜脂質の構造的変化及び/または機能的変化に基づいた疾患の治療のための医薬組成物及び/または栄養補助食品組成物の調製のための使用に関する。
【0099】
本発明の最後の態様は、共通する病因が細胞膜内に位置する脂質の構造的及び/または機能的変化に関係する、がん、血管疾患、炎症、代謝疾患、肥満、神経変性疾患及び神経疾患から選択されるヒト及び動物における疾患の治療方法に関し、この方法は、治療有効量の式(I)(式中、a、b、cは0〜7の独立した値を有し得て、R及びRは独立して200Daを超えない分子量のイオン、原子または原子団になり得る)の少なくとも1つの化合物及び/またはその薬学的に許容可能な塩もしくは誘導体を患者に投与することを含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん、血管疾患、炎症性疾患、代謝疾患、肥満、体重過多、神経疾患及び神経変性疾患から選択される細胞膜脂質の構造的及び/または機能的及び/または組成的変化に基づいた疾患の治療または予防に使用するための物質であり、
式(I):
COOR−CHR−(CH−(CH=CH−CH−(CH−CH
(式中、a及びcはそれぞれ0〜7の値、bは2〜7の値、R及びRはそれぞれ分子量が200Da以下のイオン、原子または原子団)
の化合物またはその薬学的に許容可能な塩もしくは誘導体。
【請求項2】
a、b及びcが、次の6種類の値の組み合わせ:a=6、b=2、c=3;a=6、b=3、c=0;a=3、b=3、c=3;a=2、b=4、c=3;a=2、b=5、c=0;a=2、b=6、c=0のいずれかであり、
が、次のラジカル:H、Na、K、CHO、CH−CHO及びOPO(O−CH−CHのいずれかであり、
が、次のラジカル:OH、OCH、O−CHCOOH、CH、Cl、CHOH、OPO(O−CH−CH、NOH、F、HCOO及びN(OCHCHのいずれかである
請求項1に記載の式(I)の化合物。
【請求項3】
式(I)の化合物が、182X1、183X1、183X2、204X1、205X1及び226X1のいずれかである
請求項2に記載の化合物。
【請求項4】
式(I)の化合物が、182A1、183A1、183A2、204A1、205A1及び226A1のいずれかである
請求項3に記載の化合物。
【請求項5】
式(I)(式中、a及びcはそれぞれ0〜7の値、bは2〜7の値、R及びRはそれぞれ分子量が200Da以下のイオン、原子または原子団)の少なくとも1つの化合物またはその塩またはその薬学的に許容可能な誘導体の、
がん、血管疾患、炎症性疾患、代謝疾患、肥満、体重過多、神経変性疾患及び神経疾患から選択される細胞膜脂質の構造的及び/または機能的及び/また組成的変化に基づいた疾患の治療または予防のための医薬組成物及び/または栄養補助食品組成物の製造のための使用。
【請求項6】
a、b及びcが、次の6種類の値の組み合わせ:a=6、b=2、c=3;a=6、b=3、c=0;a=3、b=3、c=3;a=2、b=4、c=3;a=2、b=5、c=0;a=2、b=6、c=0のいずれかであり、
が、次のラジカル:H、Na、K、CHO、CH−CHO及びOPO(O−CH−CHのいずれかであり、
が、次のラジカル:OH、OCH、O−CHCOOH、CH、Cl、CHOH、OPO(O−CH−CH、NOH、F、HCOO及びN(OCHCHのいずれかである
請求項5に記載の使用。
【請求項7】
式(I)の化合物が、182X1、183X1、183X2、204X1、205X1及び226X1のいずれかである
請求項6に記載の使用。
【請求項8】
式(I)の化合物が、182A1、183A1、183A2、204A1、205A1及び226A1のいずれかである
請求項7に記載の使用。
【請求項9】
式(I)(式中、a及びcはそれぞれ0〜7の値、bは2〜7の値、R及びRはそれぞれ分子量が200Da以下のイオン、原子または原子団)
の少なくとも1つの化合物またはその塩またはその薬学的に許容可能な誘導体を含む医薬組成物または栄養補助食品組成物。
【請求項10】
a、b及びcが、次の6種類の値の組み合わせ:a=6、b=2、c=3;a=6、b=3、c=0;a=3、b=3、c=3;a=2、b=4、c=3;a=2、b=5、c=0;a=2、b=6、c=0のいずれかであり、
が、次のラジカル:H、Na、K、CHO、CH−CHO及びOPO(O−CH−CHのいずれかであり、
が、次のラジカル:OH、OCH、O−CHCOOH、CH、Cl、CHOH、OPO(O−CH−CH、NOH、F、HCOO及びN(OCHCHのいずれかである
請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
式(I)の化合物が、182X1、183X1、183X2、204X1、205X1及び226X1のいずれかである
請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
式(I)の化合物が、以下の182A1、183A1、183A2、204A1、205A1及び226A1のいずれかである
請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
式(I)(式中、a及びcはそれぞれ0〜7の値、bは2〜7の値、R及びRはそれぞれ分子量が200Da以下のイオン、原子または原子団)
の少なくとも1つの化合物またはその薬学的に許容可能な塩を、有効量投与し、
病因が細胞膜内に位置する脂質の構造的及び/または機能的及び/または組成的変化に関係する、がん、血管疾患、炎症性疾患、代謝疾患、肥満、体重過多、神経疾患及び神経変性疾患から選択されるヒト及び動物における疾患の治療または予防の方法。
【請求項14】
a、b及びcが、次の6種類の値の組み合わせ:a=6、b=2、c=3;a=6、b=3、c=0;a=3、b=3、c=3;a=2、b=4、c=3;a=2、b=5、c=0;a=2、b=6、c=0のいずれかであり、
が、次のラジカル:H、Na、K、CHO、CH−CHO及びOPO(O−CH−CHのいずれかであり、
が、次のラジカル:OH、OCH、O−CHCOOH、CH、Cl、CHOH、OPO(O−CH−CH、NOH、F、HCOO及びN(OCHCHのいずれかである
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
式(I)の化合物が、182X1、183X1、183X2、204X1、205X1及び226X1のいずれかである
請求項14に記載の方法。
【請求項16】
式(I)の化合物が、182A1、183A1、183A2、204A1、205A1及び226A1のいずれかである
請求項15に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7A】
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【図7B】
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【公表番号】特表2012−520344(P2012−520344A)
【公表日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−500281(P2012−500281)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【国際出願番号】PCT/ES2010/070153
【国際公開番号】WO2010/106211
【国際公開日】平成22年9月23日(2010.9.23)
【出願人】(511226959)リポファーマ セラピューティクス、エス.エル (1)
【氏名又は名称原語表記】LIPOPHARMA THERAPEUTICS, S.L
【住所又は居所原語表記】Ctra.de Valldemossa,Km 7,4,ParcBit Edificio 17,2  piso modulo C−8 07121 Palma de Mallorca Spain
【Fターム(参考)】