説明

多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法

【課題】ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂から亜臨界水分解により所望の分子量範囲の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を選択的に回収可能な多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法を提供する。
【解決手段】熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布を設定する工程と、所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した熱硬化性樹脂の原料を選択する工程と、この選択した熱硬化性樹脂の原料を亜臨界水分解して所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得る工程とを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂の亜臨界水分解による多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、熱硬化性樹脂を材料とするプラスチック廃棄物のほとんどは埋立て処分されていた。しかしながら、埋立用地の確保が困難であること、埋立て後の地盤の不安定化という問題があり、この熱硬化性樹脂を材料とするプラスチック廃棄物を再資源化することが望まれている。
【0003】
熱硬化性樹脂を材料とするFRP等のプラスチック廃棄物を再資源化する技術として、これまでに、亜臨界水を反応媒体とする熱硬化性樹脂の分解方法が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0004】
また、この分解方法を応用して、分解物として得られるスチレンフマル酸共重合体をアルコールによりエステル化改質し、熱硬化性樹脂向けの低収縮剤として再利用可能にした変性スチレンフマル酸共重合体が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
一方、従来より多塩基酸−ビニルモノマー共重合体およびそのエステルは、様々な用途の機能性高分子として用いられているが、その分子量に応じて用途が選択されている。例えば、スチレンマレイン酸共重合体は、分子量20000以下では分散剤として(例えば、特許文献4参照)、100000以上では樹脂として他のポリマーとのポリマーアロイとしての用途が提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【0006】
そのため、上述の亜臨界水分解により得られるスチレンフマル酸共重合体を分子量ごとに回収することができれば、熱硬化性樹脂向け低収縮剤以外の機能性高分子にも用途が広がり、FRP亜臨界水分解リサイクル技術をさらに飛躍させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−24274号公報
【特許文献2】特開2004−155964号公報
【特許文献3】特開2008−208186号公報
【特許文献4】特開平8−39931号公報
【特許文献5】特開2006−16559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1〜3で提案されているようなFRP亜臨界水分解リサイクル技術においては、使用済みのFRP(廃FRP)を原料とすることから、生成物であるスチレンフマル酸共重合体の構造制御は難しく、分子量ごとに回収する手段は未だ提案されていない。
【0009】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、原料である廃FRP等のポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂から亜臨界水分解により所望の分子量範囲の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を選択的に回収することができる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法は、ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂を原料として亜臨界水分解を行い、多塩基酸ビニルモノマー共重合体を製造する方法において、熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布を設定する工程と、所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した熱硬化性樹脂の原料を選択する工程と、この選択した熱硬化性樹脂の原料を亜臨界水分解して所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得る工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
この多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法において、熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータおよび熱硬化性樹脂の成形条件から選ばれる少なくとも1種の情報と、この情報に対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する工程とを含み、前記熱硬化性樹脂の原料を選択する工程は、前記対応データに基づいて、所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した前記分子構造を有しまたは前記成形条件により成形された熱硬化性樹脂の原料を選択するものであることが好ましい。
【0012】
この多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法において、前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量であることが好ましい。
【0013】
この多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法において、前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合であることが好ましい。
【0014】
この多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法において、前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂の成形温度であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、原料である廃FRP等のポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂から亜臨界水分解により所望の分子量範囲の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を選択的に回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法の一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明について詳細に説明する。
【0018】
本発明において分解の対象となるプラスチックは、ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂である。
【0019】
ここで「ポリエステル」とは、多価アルコール成分と多塩基酸成分が重縮合して得られる、多価アルコール残基と多塩基酸残基がエステル結合を介して互いに連結したポリマーである。また、このポリエステルは、例えば不飽和多塩基酸に由来する、二重結合を含んでいてもよい。
【0020】
「架橋部」とは、前記ポリエステルの分子間を架橋する部分である。この架橋部は、例えば、架橋剤に由来する部分であるが、特に限定されない。また、この架橋部は、1個の架橋剤に由来する部分でもよく、複数の架橋剤が重合したオリゴマーまたはポリマーに由来する部分でもよい。架橋剤の分子とポリエステルの結合位置および結合様式も特に限定されない。
【0021】
従って、「ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂」とは、多価アルコール成分と多塩基酸成分から得られるポリエステルが架橋部を介して架橋された網状熱硬化性樹脂(網状ポリエステル樹脂)である。このような熱硬化性樹脂の構造およびその構成成分、架橋部(架橋剤)の種類、量、および架橋度、添加物の種類および量等は特に限定されない。
【0022】
なお、本発明における「熱硬化性樹脂」とは、主として加熱等により硬化(架橋)された樹脂を意味するが、加熱等により硬化(架橋)が進行する未硬化または部分的に硬化された樹脂も含まれる。
【0023】
上述の多価アルコール成分としては、特に限定されないが、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール等のグリコール類等を用いることができる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0024】
上述の多塩基酸成分としては、特に限定されないが、例えば、無水マレイン酸、マレイン酸、フマル酸等の不飽和ジカルボン酸等の不飽和多塩基酸、無水フタル酸等の飽和多塩基酸等を用いることができる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0025】
上述の架橋剤としては、特に限定されないが、例えば、スチレン、メタクリル酸メチル等の重合性ビニルモノマー等を用いることができる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0026】
そして本発明は、上述したような熱硬化性樹脂による廃FRP等の原料の性状を選択して亜臨界水分解することで、分解物としての多塩基酸ビニルモノマー共重合体をその分子量分布を制御して製造することを特徴としている。
【0027】
すなわち、この分子量分布の制御を達成し所望の分子量の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得るために、原料として最適な熱硬化性樹脂を選択して亜臨界水分解するようにしている。
【0028】
本発明では最初の工程として、熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布を設定する。これは後述するような多塩基酸ビニルモノマー共重合体の用途等に応じて設定することができる。
【0029】
本発明では次の工程として、所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した熱硬化性樹脂の原料を選択する。所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得るために最適な原料の選択は、各種の方法により行うことができる。例えば、廃FRPとして回収する各種の成形品についてその製品、型番、用途等の種別ごとに亜臨界水分解後の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布を予め把握しておき、あるいは製品、型番、用途等に基づく予測、類推等も含めて行うことができる。
【0030】
亜臨界水分解を行う熱硬化性樹脂の原料は、1種であってもよく、目的とする多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布が得られる範囲内であれば2種以上であってもよい。
【0031】
また、好ましい態様の一つにおいて、本発明は、熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータおよび熱硬化性樹脂の成形条件から選ばれる少なくとも1種の情報と、この情報に対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する工程とを含む。そして前記熱硬化性樹脂の原料を選択する工程は、この対応データに基づいて、所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した分子構造を有しまたは成形条件により成形された熱硬化性樹脂の原料を選択するものである。
【0032】
ここで、熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータには、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合が含まれる。
【0033】
熱硬化性樹脂の成形条件には、熱硬化性樹脂の成形温度、すなわち廃FRP等の成形品の製造時における成形温度が含まれる。
【0034】
多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量分布は、分子量に関する分布情報、例えば重量平均分子量や数平均分子量に基づくものやその他の統計的な数値、測定値等を広く含み、特に限定されない。
【0035】
対応データの作成は、次のようにして行うことができる。
【0036】
例えば、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量に基づいて対応データを作成する際には、平均分子量の異なる各種の熱硬化性樹脂について平均分子量とその亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布との相関を測定しておく。本発明者らの知見によれば、例えば、ポリエステルの重量平均分子量が20000程度の熱硬化性樹脂を用いたときには分子量35000程度のスチレンフマル酸共重合体(以下、「SFC」という。)を得ることができる。また、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量とSFCの分子量分布との間には一定の相関がある。例えば、ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量が大きくなるほど、得られるSFCの分子量は小さくなる傾向にある。
【0037】
以上のような事項に基づいて、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量と、これに対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する。このような対応データは、例えば、2次元プロットのデータ、回帰式その他の各種の形式で、データベースに格納しておくことができる。
【0038】
熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合に基づいて対応データを作成する際には、次のようにして行うことができる。まず、当該割合の異なる各種の熱硬化性樹脂について当該割合とその亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布との相関を測定しておく。本発明者らの知見によれば、例えば、全有機酸に対する不飽和ジカルボン酸の占める割合が80〜100%のものを選んで用いたときは、分子量が5000〜25000程度のSFCを得ることができる。一方、全有機酸に対する不飽和ジカルボン酸の占める割合が0〜40%のものを選んで用いたときは、分子量35000〜75000程度のSFCを得ることができる。
【0039】
このような測定を行った具体的な一例を示す。熱硬化性樹脂としてのFRP破砕物4gと0.8mol/lのNaOH水溶液16.5gとを取り、これらを反応管に仕込んだ。次に、反応管を230℃の恒温槽に浸漬し、反応管内のNaOH水溶液を亜臨界状態にし、浸漬したまま放置することにより熱硬化性樹脂の分解処理を2時間行った。その後、反応管を恒温槽から取り出して冷却槽に浸漬し、反応管を急冷して室温にまで戻した。分解処理後の反応管の内容物は、水可溶成分と未反応樹脂残渣と炭酸カルシウムやガラス繊維等の無機成分であった。この内容物を濾過することにより固形分を分離して反応管から水可溶成分を回収した。次に、未反応樹脂残渣を分析し分解率を算出した。
【0040】
次に、水可溶成分を硫酸で中和させて生じた沈殿物を回収し、乾燥させてSFCを得た。SFCについては、質量を測定して反応管に仕込んだ熱硬化性樹脂との質量の比較・計算をすることによりSFC生成率を、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により重量平均分子量を、核磁気共鳴分光分析(NMR分析)によりスチレン/フマル酸比(S/F比)をそれぞれ分析した。
【0041】
不飽和ジカルボン酸の割合40%以下のFRP破砕物(タンク)と不飽和ジカルボン酸の割合100%のFRP破砕物(浴槽)のそれぞれについて、樹脂に対するアルカリの比率や、反応温度、反応時間等を統一して上述の試験を行った。
【0042】
その結果、不飽和ジカルボン酸の割合40%以下のFRP破砕物(タンク)は分解率97.9%、SFC生成率98.0%、重量平均分子量62000であった。不飽和ジカルボン酸の割合100%のFRP破砕物(浴槽)は分解率83.4%、SFC生成率90.3%、重量平均分子量35000であった。
【0043】
以上のような事項に基づいて、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合と、これに対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する。このような対応データは、例えば、2次元プロットのデータ、回帰式その他の各種の形式で、データベースに格納しておくことができる。
【0044】
熱硬化性樹脂の成形温度に基づいて対応データを作成する際には次のようにして行うことができる。まず、成形温度の異なる各種の熱硬化性樹脂について成形温度とその亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布との相関を測定しておく。本発明者らの知見によれば、例えば、140℃程度で成形したものを選んで用いたときには分子量20000程度の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得ることができる。一方で、常温で成形したものを選んで用いたときには分子量60000程度の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得ることができる。
【0045】
具体的な例として、上述の不飽和ジカルボン酸の割合を変更したFRP破砕物の測定と同様の方法で、成形温度140℃のFRP破砕物(モータ封止材)と常温で成形したFRP破砕物(タンク)について試験を行った。その結果、成形温度140℃のFRP破砕物(モータ封止材)は分解率93.3%、SFC生成率93.3%、重量平均分子量21000であった。一方、常温で成形したFRP破砕物(タンク)は分解率97.9%、SFC生成率98.0%、重量平均分子量62000であった。
【0046】
以上のような事項に基づいて、熱硬化性樹脂の成形温度と、これに対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する。このような対応データは、例えば、2次元プロットのデータ、回帰式その他の各種の形式で、データベースに格納しておくことができる。
【0047】
以上の例示のように、熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータおよび熱硬化性樹脂の成形条件から選ばれる1種の情報により多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とある程度の相関をもつ対応データを作成できる。例えば、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量、ポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合、熱硬化性樹脂の成形温度のいずれかの情報によって多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とある程度の相関をもつ対応データを作成できる。
【0048】
しかしこれに限らず、熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータおよび熱硬化性樹脂の成形条件から選ばれる2種以上の情報により多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布と相関をもつ対応データを作成できる。例えば、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量、ポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合、熱硬化性樹脂の成形温度のうち2種以上を組み合わせた情報により多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布との相関の精度を高めることができる。
【0049】
次に、この対応データに基づいて、所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した前記分子構造を有しまたは前記成形条件により成形された熱硬化性樹脂の原料を選択する。
【0050】
この選択は、例えば、各種の廃FRPの成形品について前記分子構造に関連するパラメータを測定しておき、あるいは熱硬化性樹脂の成形条件を調査し把握して行うことができる。また、廃FRPとして回収する各種の成形品についてその製品、型番、用途等の種別ごとに予め前記分子構造に関連するパラメータや熱硬化性樹脂の成形条件を把握しておき、それと同一の製品、型番、用途等の廃FRPを回収した際には予め把握しておいたデータと照合することもできる。
【0051】
亜臨界水分解を行う熱硬化性樹脂の原料は、1種であってもよく、目的とする多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布が得られる範囲内であれば2種以上であってもよい。
【0052】
本発明では、次に、この選択した熱硬化性樹脂の原料を亜臨界水分解して多塩基酸ビニルモノマー共重合体を製造する。
【0053】
熱硬化性樹脂の原料は、熱硬化性樹脂の分解温度未満の亜臨界水(亜臨界状態の水)で処理される。すなわち、熱硬化性樹脂(主として廃FRP)に水を加え、温度および圧力を上昇させて水を亜臨界状態にして熱硬化性樹脂を分解処理する。これにより、例えば、ポリエステル由来のモノマー(多価アルコールと多塩基酸)と、ポリエステル由来の酸残基(フマル酸)と架橋部(スチレンポリマー)由来の残基を含んでなるSFC等の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を回収することができる。
【0054】
熱硬化性樹脂と水との配合割合は、特に限定されるものではないが、熱硬化性樹脂100質量部に対して水の添加量を100〜500質量部の範囲にするのが好ましい。
【0055】
本発明における「亜臨界水」とは、水の温度および圧力が水の臨界点(臨界温度374.4℃、臨界圧力22.1MPa)以下であり、かつ、温度が140℃以上(この場合、イオン積が常温の約100倍になり、水の誘電率が常温の約50%に下がることから、加水分解が促進されて熱硬化性樹脂をモノマー等に分解することができる。)、その時の圧力が0.36MPa(140℃の飽和蒸気圧)以上の範囲にある状態の水をいう。
【0056】
本発明における亜臨界水の温度は、熱硬化性樹脂の熱分解温度未満であり、好ましくは180〜270℃の範囲である。分解反応時の温度が180℃未満であると、分解処理に多大な時間がかかり、処理コストが高くなる場合がある。一方、分解反応時の温度が270℃を超えると、ポリエステルと架橋部が分解されて、SFCを回収することが困難になる場合がある。
【0057】
亜臨界水による処理時間は、反応温度等の条件により異なるが、1〜4時間程度が好ましい。この処理時間は、処理コストが少なくなるので、短い方が好ましい。さらに、分解反応(亜臨界水での処理時)の圧力は、反応温度等の条件により異なるが、2〜15MPa程度の範囲が好ましい。
【0058】
亜臨界水は、アルカリ塩を含有することが好ましい。アルカリ塩により熱硬化性樹脂の加水分解反応が促進されるので、処理時間を短くすることができ、処理コストを低くすることができる。ここで、「アルカリ塩」とは、酸と反応して塩基性の性質を示すアルカリ金属やアルカリ土類金属の塩を意味する。例えば、水酸化カリウム(KOH)や水酸化ナトリウム(NaOH)等のアルカリ金属の水酸化物、炭酸カルシウム、炭酸バリウム、水酸化カルシウム、炭酸マグネシウム等を用いることができる。中でも、アルカリ金属の水酸化物が好ましい。
【0059】
亜臨界水中のアルカリ塩の含有量は、特に限定されるものではないが、多塩基酸ビニルモノマー共重合体としてSFCを得る場合には、SFCに含まれる酸残基の理論モル数に対して、2モル当量以上であることが好ましい。アルカリ塩の含有量が2モル当量未満であると、SFCを回収しにくくなる場合がある。なお、亜臨界水中のアルカリ塩の含有量の上限は、特に限定されるものではないが、10モル当量以下であることが、コスト面等から好ましい。
【0060】
分解処理後、分解物を冷却した後、濾過等の方法で固液分離する。ここで、熱硬化性樹脂に含まれていたガラス繊維や炭酸カルシウム等の無機充填剤は固形分として得られる。また、水およびこれに溶解されている水可溶成分は、液分として得られる。なお、固形分中に熱硬化性樹脂の未反応残渣等が含まれている場合は、必要に応じて、固形分をクロロホルム等の溶剤と混合する。これにより、溶剤に可溶な成分(熱硬化性樹脂の未反応残渣)と溶剤に不溶な無機充填剤とを分離することができる。その結果、無機充填剤を高純度で回収することができる。
【0061】
一方、固液分離で得られた液分に塩酸等の酸性溶液を添加して中和し、あるいは酸性にすることにより、沈殿を生じさせる。次に、濾過等の方法により水相と沈殿物とに分離する。そして、この沈殿物を回収することにより、分子量の制御されたSFC等の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得ることができる。
【0062】
このようにして得られたSFC等の多塩基酸ビニルモノマー共重合体は、例えば、高分子界面活性剤、フォトレジストインキ、粉体塗料用マット剤、エマルジョン系ワックス、キレート剤、コーティング剤、洗剤ビルダー、ポリマー原料、ポリマーアロイ向け相溶化剤等として用いることができる。これらの用途には、それぞれに適した分子量範囲があるが、本発明により所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得ることができるため、これらの用途に好適に利用することができる。
【0063】
また、本発明により得られたSFCは、エステル化改質して、スチレン−フマル酸エステル共重合体として、熱硬化性樹脂、特に不飽和ポリエステル樹脂の低収縮剤として用いることができる。この場合は、本発明の方法により分子量20000〜35000程度のSFCを製造して用いるのが好適である。
【0064】
一方、上述のようにして得られた水相を蒸留することにより、水とグリコール等の多価アルコールと有機酸とをそれぞれ別々に回収することができる。これらは、プラスチックの製造原料(モノマー)等として再利用できる。なお、蒸留で得られた水は、再度、亜臨界水を生成するための水として利用することができる。
【0065】
図1は、本発明の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法の一例を説明する図である。この例では、各種の廃FRPの成形品A、B、C、D、E、F、G・・・から亜臨界水分解する熱硬化性樹脂の原料を選択し、所望の分子量分布のSFCを製造する。
【0066】
この分子量分布の制御を達成するために、成形品A、B、C、D、E、F、G・・・のうちから最適な樹脂を選択して亜臨界水分解するようにしている。
【0067】
まず、例えば、上述のように対応データを作成するケースでは、廃FRPの成形品A、B、C、D、E、F、G・・・について、上述したような分子構造に関連するパラメータを測定しておき、また熱硬化性樹脂の成形条件を調査してこれらの情報を把握する(S1)。このとき、廃FRPの成形品A、B、C、D、E、F、G・・・のいずれかが以前に亜臨界水分解の対象とされた成形品の製品、型番、用途等と同一である場合には、当該成形品について既に把握されている分子構造に関連するパラメータや熱硬化性樹脂の成形条件のデータと照合することもできる。
【0068】
次に、亜臨界水分解により得ようとするSFCの目的とする分子量または分子量分布を設定する(S2)。例えば、上述したような各種の再利用の用途等を考慮して分子量または分子量分布を設定する。
【0069】
次に、所望の分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した熱硬化性樹脂の原料を選択する(S3)。なお、この原料の選択においては、例えば、廃FRPの成形品A、B、C、D、E、F、G・・・について予め把握している分子構造に関連するパラメータ、あるいは熱硬化性樹脂の成形条件を、予めデータベース化している対応データと照合し、所望の分子量または分子量分布のSFCに対応した熱硬化性樹脂の原料を選択することができる(S3−1)。ここでは所望の分子量または分子量分布のSFCに対応するものとして廃FRPの成形品AとCが選択される。
【0070】
次に、選択した廃FRPの成形品AとCを、攪拌翼等を内部に供えた密閉式の分解槽にて亜臨界水分解し(S4)、得られた分解物を分解槽よりフィルタープレス等を備えた固液分離装置に送出し、固液分離する(S5)。これにより目的とする分子量または分子量分布のSFCを製造することができる。
【実施例】
【0071】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1>
ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂(FRP成形品)を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合と、これに対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られるSFCの重量平均分子量とを関連付けた対応データを2次元データとして作成し、データベースに格納した。
【0072】
対応データの作成に際しては、上述したように、全有機酸に対する不飽和ジカルボン酸の占める割合の異なる各種のFRP成形品について当該割合を測定し、またFRP成形品の亜臨界水分解により得られるSFCの重量平均分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。FRP成形品の亜臨界水分解は通常の条件にて行った。
【0073】
対応データの一部について説明すると、全有機酸に対する不飽和ジカルボン酸の占める割合80〜100%に対して、SFCの重量平均分子量5000〜25000が対応している。一方、全有機酸に対する不飽和ジカルボン酸の占める割合0〜40%に対して、SFCの重量平均分子量35000〜75000が対応している。
【0074】
次に、不飽和ジカルボン酸の割合40%以下のFRP破砕物(タンク)と不飽和ジカルボン酸の割合100%のFRP破砕物(浴槽)のそれぞれについて、上述の対応データに照合して目的とするSFCの重量平均分子量を推定し、亜臨界水分解を行い、固液分離してSFCを得た。
【0075】
FRP破砕物のタンクと浴槽のそれぞれについてSFCの重量平均分子量を測定したところ、目的範囲の重量平均分子量のSFCを得ることができた。
<実施例2>
ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂(FRP成形品)の成形温度と、これに対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られるSFCの重量平均分子量とを関連付けた対応データを2次元データとして作成し、データベースに格納した。
【0076】
対応データの作成に際しては、上述したように、熱硬化性樹脂の成形温度の異なる各種のFRP成形品について当該成形温度を把握し、またFRP成形品の亜臨界水分解により得られるSFCの重量平均分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。FRP成形品の亜臨界水分解は通常の条件にて行った。
【0077】
対応データの一部について説明すると、熱硬化性樹脂の成形温度140℃〜常温に対して、SFCの重量平均分子量20000〜60000が対応している。
【0078】
次に、熱硬化性樹脂の成形温度が140℃〜常温の範囲内の複数のFRP破砕物のモータ封止材、タンク、浴槽等のそれぞれについて、上述の対応データに照合して目的とするSFCの重量平均分子量を推定し、亜臨界水分解を行い、固液分離してSFCを得た。
【0079】
FRP破砕物のモータ封止材、タンク、浴槽等のそれぞれについて、SFCの重量平均分子量を測定したところ、目的範囲の重量平均分子量のSFCを得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステルとその架橋部を含んでなる熱硬化性樹脂を原料として亜臨界水分解を行い、多塩基酸ビニルモノマー共重合体を製造する方法において、熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布を設定する工程と、所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した熱硬化性樹脂の原料を選択する工程と、この選択した熱硬化性樹脂の原料を亜臨界水分解して所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体を得る工程とを含むことを特徴とする多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法。
【請求項2】
熱硬化性樹脂に関する分子構造に関連するパラメータおよび熱硬化性樹脂の成形条件から選ばれる少なくとも1種の情報と、この情報に対応する熱硬化性樹脂の亜臨界水分解により得られる多塩基酸ビニルモノマー共重合体の分子量または分子量分布とを関連付けた対応データを作成する工程とを含み、前記熱硬化性樹脂の原料を選択する工程は、前記対応データに基づいて、所望の前記分子量または分子量分布の多塩基酸ビニルモノマー共重合体に対応した前記分子構造を有しまたは前記成形条件により成形された熱硬化性樹脂の原料を選択するものであることを特徴とする請求項1に記載の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法。
【請求項3】
前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの平均分子量であることを特徴とする請求項2に記載の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法。
【請求項4】
前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂を構成するポリエステルの原料の有機酸中における不飽和ジカルボン酸の占める割合であることを特徴とする請求項2に記載の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法。
【請求項5】
前記対応データの前記情報は、熱硬化性樹脂の成形温度であることを特徴とする請求項2に記載の多塩基酸ビニルモノマー共重合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−36261(P2012−36261A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175740(P2010−175740)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000005832)パナソニック電工株式会社 (17,916)
【Fターム(参考)】