説明

多孔性膜の断面観察用試料の作製方法

【課題】 多孔性膜の正確な内部構造を観察するための断面観察用試料の作製方法を提供する。
【解決手段】 少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜の断面観察用試料の作製方法であって、前記多孔性膜に、常温で液体、かつ揮発性で、前記多孔性膜を構成する樹脂のうち少なくとも1種との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい有機溶媒を含浸させる含浸工程と、前記有機溶媒を含浸させた前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度または前記樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下に保持して、前記有機溶媒を凍結させる凍結工程と、前記多孔性膜を刃物で厚さ方向に裁断して裁断断面を得る裁断工程と、裁断した前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、前記有機溶媒を乾燥除去させる乾燥工程と、を経て断面観察用試料を得ることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔性膜の断面構造を観察するための観察用試料作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多孔性膜は、液体や気体から微細粒子を除去するろ過膜や電池のセパレータなどの分野で広く用いられている。そして、その内部の微細構造がろ過膜の微粒子分離特性や電池の充放電特性に大きく影響するので、微細構造を簡略にかつ正確に観察することが強く求められている。
【0003】
通常、多孔性膜の内部の微細構造を観察するためには、多孔性膜を何らかの手法で裁断しその断面を観察することが行われる。裁断する手法としては、鋭利な刃物を用いるなどの機械的な手法や収束イオンビームでエッチングする手法がある。
【0004】
しかし、前述の分野で用いられる多孔性膜は樹脂材料で形成されているために、機械強度、耐熱性が小さく、裁断にあたって大きな問題があった。鋭利な刃物などを用いる手法では、機械的に微細構造が損なわれ易いために、種々の工夫がなされており、液体窒素で凍結し刃物で最大強度方向にそって切り出す方法(特許文献1)、液体窒素で冷却し刃物を用いずに凍結割断する方法(特許文献2)、固形パラフイン溶融液を含浸させてたものを、冷却固化して、さらにドライアイスで冷却しながら切り取る方法(特許文献3)などが開示されている。また、収束イオンビームはSEMやTEM観察用の断面作製の有力なツールである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−186752号公報(27頁)
【特許文献2】WO99/48959号公報(19頁)
【特許文献3】WO02/066233号公報(4頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、前述の従来技術、例えば、特許文献1の方法では、微細孔の空間が保持されていないので、微細なところまで本来の形状が保たれているとはいえず、特許文献2の方法では、割断であるために断面に凹凸が生じ、正確な断面が得られにくい。また、特許文献3の方法では、微細孔にパラフインが残留する場合があり、清浄な断面が得られにくいという問題点があった。また、収束イオンビームによる断面作製では、熱が発生するので、樹脂の熱変形が生じ本来の微細構造が変化する問題があった。
【0007】
このように従来技術では、樹脂で形成された多孔性膜の正確な内部構造を観察するのは困難で、観察用試料の作製方法としては十分とはいえなかった。
【0008】
本発明は上記課題を解決すべく、なされたものであり、多孔性膜の正確な内部構造を観察するための断面観察用試料の作製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜の断面観察用試料の作製方法であって、前記多孔性膜に、常温で液体、かつ揮発性で、前記樹脂との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい有機溶媒を含浸させる含浸工程と、前記有機溶媒を含浸させた前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度または前記樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下に保持して、前記有機溶媒を凍結させる凍結工程と、前記多孔性膜を刃物で厚さ方向に裁断して裁断断面を得る裁断工程と、裁断した前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、前記有機溶媒を乾燥除去させる乾燥工程と、を経て断面観察用試料を得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
断面観察用試料の作製に際し、少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜に、常温で液体、かつ揮発性で、前記多孔性膜を構成する樹脂のうち少なくとも1種との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい有機溶媒を含浸させる含浸工程と、前記有機溶媒を含浸させた前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度または前記樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下に保持して、前記有機溶媒を凍結させる凍結工程と、前記多孔性膜を刃物で厚さ方向に裁断して裁断断面を得る裁断工程と、裁断した前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、前記有機溶媒を乾燥除去させる乾燥工程と、を経て行うので微細構造を正確に保持した断面観察用試料が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施の形態について以下に説明する。本発明の少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜の断面観察用試料の作製方法においては、多孔性膜に、常温で液体、かつ揮発性で、前記多孔性膜を構成する樹脂のうち少なくとも1種との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい有機溶媒を含浸させる含浸工程と、前記有機溶媒を含浸させた前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度または前記樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下に保持して、前記有機溶媒を凍結させる凍結工程と、前記多孔性膜を厚さ方向に裁断して裁断断面を得る裁断工程と、裁断した前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、前記有機溶媒を乾燥除去させる乾燥工程と、を含むことが好ましい。
【0012】
含浸工程においては、断面を観察しようとする少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜に有機溶媒を含浸させる。含浸させる方法としては、特に限定されないが、例えば、容器に入れた有機溶媒中に多孔性膜を浸漬すればよい。含浸させる有機溶媒は、常温で液体、かつ揮発性で、前記多孔性膜を構成する樹脂のうち少なくとも1種との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さいことが好ましく、1(cal/cm1/2より小さいことがより好ましい。このような条件を満たす有機溶媒であれば、断面を得ようとする多孔性膜の内部の微細構造の隅々まで、隈なく有機溶媒が滲みこむので、後の凍結工程後の裁断工程で、多孔性膜の内部の微細構造の隅々まで滲み、凍結した有機溶媒が、微細構造を保持するので、裁断工程で微細構造が変形、破壊されることがない。また、乾燥工程で、容易に有機溶媒を除去できるので、清浄な断面を得ることができる。
【0013】
上記の主旨にしたがえば、使用する有機溶媒は粘度が低い方が好ましく、揮発性は大きいほうが好ましい。さらに、使用する有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差を2(cal/cm1/2以下にすると多孔性膜と有機溶媒との濡れ性が向上するので、多孔性膜の微細構造の隅々まで、隈なく有機溶媒が滲みこみ好ましい。
【0014】
溶解性パラメータは液体分子を凝集させる相互作用の大きさを表すパラメータで、下式で定義されるものである。
溶解性パラメータ(δ)=(ΔH/V)1/2 (cal/cm1/2
ここで、ΔHは、モル蒸発熱、Vはモル体積である。単位系の変換は、下式により行う。
【0015】
1(MPa)1/2=0.489(cal/cm1/2
有機溶媒の溶解性パラメータは、モル蒸発熱が分れば、上式から計算で求められるが、樹脂の溶解性パラメータは通常、沸点を求められないので、上式からは求められない。そこで、一般的には(1)溶解性パラメータが既知の有機溶媒への溶解性を調べて求める、(2)樹脂を僅かに架橋させて、溶解性パラメータが既知の有機溶媒で膨潤させて最大膨潤を示す有機溶媒の溶解性パラメータから推定する。(3)樹脂を構成するモノマー単位をさらにいくつかの原子団に分けて、それらの原子団の凝集エネルギーの寄与の和を樹脂の溶解性パラメータとする、などの方法が用いられ、代表的な樹脂については、成書(例えば、POLYMER HANDBOOK THIRD EDITION,J.BRANDRUP et al. ,A WILEY-INTERSCIENCE PUBLICATION)に掲載されている。
【0016】
凍結工程においては、有機溶媒を含浸させた多孔性膜を、有機溶媒から取り出すか、またはそのまま有機溶媒ごと、速やかに有機溶媒の凝固点温度または多孔性膜を形成する樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下の温度に保持し、凍結させる。こうすることにより、多孔性膜に含浸させた有機溶媒は凍結して、固体化して多孔性膜の微細構造を保持する。また、多孔性膜を形成する樹脂はガラス転移温度以下にすることにより硬質化して刃物で裁断し易くなる。温度は低いほうが好ましく、例えば、液体窒素等で冷却し凍結させるのが好ましい。
【0017】
裁断工程においては、凍結した多孔性膜、または、多孔性膜を内部に含む凍結した有機溶媒を、凍結温度に保持したまま、鋭利な刃物で多孔性膜の厚さ方向に裁断する。ここでいう厚さ方向とは、必ずしも膜表面に対して垂直な方向だけに限定されず、膜表面に対して斜めであってもよい。また、刃を入れる方向も膜表面からに限定されず、膜の横からでもよい。
【0018】
乾燥工程においては、裁断工程において断面を形成した膜試料または膜試料から切り出した膜薄片を、有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、有機溶媒を乾燥除去させる。乾燥温度は、有機溶媒の凝固点温度より高い温度であればよいが、高いほうが乾燥が速く行えて好ましい。ただし、多孔性膜の微細構造が熱変形を起こさない範囲に押さえる必要がある。通常、室温程度で乾燥させるのが好ましい。また、減圧乾燥を行ってもよい。
【0019】
乾燥工程を終えた断面観察用試料は、観察方法に応じて、必要ならば、従来公知の処理を、その後行い、観察手段に供すればよい。例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)で断面を観察する場合には、導電性を付与させる必要があるため、裁断した試料を観察用の試料台に貼り付け、試料台ごと、金、白金−パラジウムなどを蒸着などにより付着させて、金属コーティングを施す等の処理を行えばよい。
【0020】
本法は、多孔性膜が異なる2つ以上の樹脂層からなる場合にも適用できる。この場合、最も厚みの厚い樹脂層に対して適用するのが好ましい。
【実施例】
【0021】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
実施例1:
《含浸工程》
n−ドデカン(SP値 7.9(cal/cm1/2 (16.2(MPa)1/2))を約10ml入れたビンの中に、10mm角の大きさに切り取ったポリエチレン樹脂(SP値 7.7(cal/cm1/2 (15.8(MPa)1/2))からなる多孔性膜である電池用セパレータ(東燃機能膜合同会社製E20MMS)を入れて15分浸漬させた。その後、液体をさらに浸透させるため、15分超音波処理を行った。(有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差は、0.2(cal/cm1/2
《凍結工程》
ライカ製凍結装置付き回転式ミクロトーム(LN22+RM2265)のチャンバー内温度を液体窒素により−150℃に設定し、上記工程により液体を含浸させたセパレータをビンから取り出して、直ちにチャンバー内にセットして凍結させた。
《裁断工程》
凍結させたセパレータを、ダイヤモンドナイフを装着したライカ製凍結装置付き回転式ミクロトーム(LN22+RM2265)を用いて裁断した。
《乾燥工程》
裁断したセパレータを取り出し、室温に2時間放置して液体を蒸発、除去して、乾燥済み試料とした。
【0022】
乾燥済み試料を、SEM観察用試料台に両面テープにて貼り付け、白金−パラジウムを蒸着付着させて、観察用試料とした。
実施例2:
《含浸工程》において、n−ドデカン(SP値 7.9(cal/cm1/2 (16.2(MPa)1/2))に代えてトルエン(SP値 8.9(cal/cm1/2 (18.2(MPa)1/2))を用いた以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。(有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差は、1.2(cal/cm1/2
実施例3:
《含浸工程》において、n−ドデカン(SP値 7.9(cal/cm1/2 (16.2(MPa)1/2))に代えてブチルセロソルブ(SP値 9.5(cal/cm1/2 (19.4(MPa)1/2))を用いた以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。(有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差は、1.8(cal/cm1/2
実施例4:
実施例1において、ポリプロピレン樹脂(SP値 9.2(cal/cm1/2 (18.8(MPa)1/2)、厚み 5μm)/ポリエチレン樹脂(SP値 7.7(cal/cm1/2 (15.8(MPa)1/2)、厚み 10μm)/ポリプロピレン樹脂(SP値 9.2(cal/cm1/2 (18.8(MPa)1/2)、厚み 5μm)の積層構造の多孔性膜である電池用セパレータを用いた以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。(有機溶媒と最も厚みの厚い樹脂(ポリエチレン)層との溶解性パラメータ(SP値)の差は、0.2(cal/cm1/2
比較例1:
《含浸工程》において、n−ドデカン(SP値 7.9(cal/cm1/2 (16.2(MPa)1/2))に代えてn−オクタノール(SP値 10.3(cal/cm1/2 (21.1(MPa)1/2))を用いた以外は、実施例1と同様にして観察用試料を裁断した。(有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差は、2.6(cal/cm1/2
比較例2:
《含浸工程》において、n−ドデカン(SP値 7.9(cal/cm1/2 (16.2(MPa)1/2))に代えてシクロヘキサノール(SP値 11.4(cal/cm1/2 (23.3(MPa)1/2))を用いた以外は、実施例1と同様にして試料を裁断した。(有機溶媒と多孔性膜を形成する樹脂との溶解性パラメータ(SP値)の差は、3.7(cal/cm1/2
比較例3:
《裁断工程》において、ダイヤモンドナイフを用いず、凍結させたセパレータにナイフをあて,ナイフの頭をハンマーでたたいて破断させた以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。
比較例4:
《含浸工程》を行わなかった以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。
比較例5:
《含浸工程》、《凍結工程》を行わず、《裁断工程》として、集束させたGaイオンビームを試料に照射し,照射部分の試料をエッチングすることにより断面を作製するFIB加工法を用いて、断面を作製した以外は、実施例1と同様にして観察用試料を作製した。
【0023】
以下の方法により、得られた観察用試料を断面を観察し断面状態を評価した。
〈断面状態の観察〉
観察用試料に、約1.5nmの厚みになるようにスパッタにより白金−パラジウムのコーティングを施した後、SEM(日立ハイテクノロジーズ製S−4800)を用いて、加速電圧1KVで断面の観察を行った。全体像の観察は3500倍、微細構造の詳細な観察には10000倍の倍率にて行った。その結果、断面の微細構造が、ほとんど破損も変形もしていないものを◎、微細部分にわずかに破損または変形が見られるが十分原形を保っているものを○、やや破損または変形が見られるものを△、破損または変形により原形を大きく損ねているものを×とした。
【0024】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの樹脂層を有する多孔性膜の断面観察用試料の作製方法であって、前記多孔性膜に、常温で液体、かつ揮発性で、前記樹脂との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい有機溶媒を含浸させる含浸工程と、前記有機溶媒を含浸させた前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度または前記樹脂のガラス転移温度のいずれか低い方の温度以下に保持して、前記有機溶媒を凍結させる凍結工程と、前記多孔性膜を刃物で厚さ方向に裁断して裁断断面を得る裁断工程と、裁断した前記多孔性膜を前記有機溶媒の凝固点温度より高い温度に保持して、前記有機溶媒を乾燥除去させる乾燥工程と、を経て断面観察用試料を得ることを特徴とする多孔性膜の断面観察用試料の作製方法。
【請求項2】
前記多孔性膜が複数の樹脂層を有することを特徴とする、請求項1記載の多孔性膜の断面観察用試料の作製方法。
【請求項3】
前記有機溶媒として、前記樹脂層のうちの少なくとも1種との溶解性パラメータの差が2(cal/cm1/2より小さい溶媒を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の多孔性膜の断面観察用試料の作製方法。