説明

多孔質アパタイトおよびその製造方法

【課題】吸着剤として用いることが可能な大きな比表面積を有する多孔質アパタイトおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】天然骨由来のヒドロキシアパタイトとしての骨灰を遊星ボールミルにより回乾式粉砕し、次いで蒸留水を加えてさらに湿式粉砕する。これにより、アパタイト微粒子の比表面積が増大し、架橋結合を加水分解して比表面積50m/g以上120m/g以下のアパタイト微粒子を有し、細孔容積0.10cm/g以上0.25cm/g以下のミクロ孔およびメソ孔が形成される多孔質アパタイトが製造される。また、廃棄物を原料に、有機溶媒、酸、アルカリ等の危険・有害な薬品を使用せずに簡便かつ安全に多孔質アパタイトを製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質アパタイトおよびその製造方法に関し、特に大きな比表面積のアパタイト微粒子を有する多孔質アパタイトの製造に適用して有効な技術である。
【背景技術】
【0002】
アパタイト系ナノ粒子および多孔質アパタイトの多くは、溶液から合成するウェットケミカル法により製造される。例えば非特許文献1では、このウェットケミカル法により、100〜200m2/g程度の比表面積を有するアパタイト粒子が得られると報告されている。
【0003】
一方、近年ではリサイクル資源の有効活用の観点や、製造プロセスを簡便かつ安全にし、有機溶媒、酸、アルカリ等の危険・有害な薬品の使用を防ぐ観点から、従来の活性炭に代わって、食肉等の産業廃棄物に含まれる天然骨を用いて多孔質アパタイトを製造することが望まれている。天然骨由来アパタイトは一般に、天然骨を高温焼成して製造される。特に、狂牛病(BSE)の問題から、牛骨では約1000℃での焼成が必要である。
【0004】
また、天然骨由来の多孔質アパタイトの製造方法の一つとして、例えば非特許文献2では、焼成後の天然骨由来アパタイトを硝酸で溶解した後、その溶液をアパタイトの再合成のカルシウム源として用いることにより、アパタイト多孔質体を製造する方法が提案されている。この方法によれば、比表面積30〜40m2/gのアパタイト粒子を有し、細孔が形成された多孔質アパタイトを製造できる。
【非特許文献1】Key Engineering Materials Vols.361-363(2008) pp47-50
【非特許文献2】赤澤敏之他「動物骨由来生体模倣材料の開発と応用」、生体機能性材料の開発と再生医療及び先進医用工学の応用(平成18〜20年度)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ヒドロキシアパタイト材料は、タンパク質、ウイルス、花粉、揮発性有機化合物(VOC)などの吸着剤として多く用いられる。吸着剤が効果的に機能するためには、大きな比表面積を有し、かつ大きな容積の細孔が形成されていることが必要である。特に、排気処理や空気清浄機などの流通空気下で吸着剤として用いるためには、直径数nmのミクロ孔およびメソ孔を有していることが好ましい。
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、ミクロ孔およびメソ孔の容積は0.03cm3/g程度と低く、動的環境下で使用する吸着剤としては適していない。また、ウェットケミカル法は、一般的に生産性が低いのみならず生産コストが高いことが知られている。さらに、非特許文献1に記載の方法は、原料のカルシウム源として水溶性の高い硝酸カルシウム等の試薬が必要であり、廃材である天然骨を原料とすることはできない。
【0007】
一方、一般的な焼成工程で得られる天然骨由来アパタイト粒子は焼結し、比表面積が4cm2/g程度と非常に小さく、細孔も形成されないため吸着剤として用いることはできない。
【0008】
また、非特許文献2に記載の提案では、上述のようにアパタイト粒子の比表面積を大きくできるとともに、細孔も形成できるが、その細孔径は100〜800μmと大きく、揮発性有機化合物(VOC)などの吸着剤として有利なミクロ孔およびメソ孔が形成された多孔質アパタイトは製造できない。
【0009】
本発明の目的は、吸着剤として用いることが可能な大きな比表面積を有する多孔質アパタイトおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0011】
すなわち、アパタイト微粒子を有する多孔質アパタイトの製造方法であって、ヒドロキシアパタイト粉体を乾式粉砕し、水を添加して湿式粉砕することで、前記アパタイト微粒子の比表面積を増大させた。
【発明の効果】
【0012】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0013】
すなわち、ヒドロキシアパタイト粉体を乾式粉砕し、水を添加して湿式粉砕することで、アパタイト微粒子の比表面積を増大させる。
【0014】
つまり、はじめに乾式粉砕を行い、粒子を十分に微細化した後、水を添加してさらに湿式粉砕することにより、大きな比表面積のアパタイト微粒子を有する多孔質アパタイトが製造できる。
【0015】
これにより、吸着剤として用いることが可能な大きな比表面積を有する多孔質アパタイトを製造することができる。
【0016】
また、例えば天然骨等の廃棄物を原料に、有機溶媒、酸、アルカリ等の危険・有害な薬品を使用せずに簡便かつ安全に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の一実施の形態である多孔質アパタイトの製造方法では、まず、天然骨由来のヒドロキシアパタイトとしての骨灰(エクセラ 焼成骨粉 平均粒径500nm)3gを遊星ボールミル(Fritch Premum mill P-7)により回転数800rpmで90分間乾式粉砕する。次に、蒸留水1mLを加えてさらに90分間湿式粉砕する。
【0018】
粉砕助剤を添加する場合には、助剤となる化合物粉体を骨灰に対して10重量%(本形態で例では0.3g)添加して粉砕を行う。回収した粉体は真空乾燥する。
【0019】
これにより、アパタイト微粒子の比表面積が増大し、比表面積50m2/g以上120m2/g以下のアパタイト微粒子を有し、細孔容積0.10cm3/g以上0.25cm3/g以下のミクロ孔およびメソ孔が形成される多孔質アパタイトが製造される。
【0020】
得られた多孔質アパタイトは例えば、窒素吸着による吸脱着等温線の測定、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いた形態観察などにより確認でき、比表面積および細孔容積はBET法により測定できる。
【0021】
このように、ヒドロキシアパタイト粉体を乾式粉砕した後に、少量の水を添加して湿式粉砕することにより、大きな比表面積のアパタイト微粒子を有し、吸着に有利な細孔容積が形成される多孔質アパタイトを製造する本発明に至ったのは、以下の知見が得られたためである。
【0022】
つまり、一般的に乾式粉砕は湿式粉砕よりも強度が高く、微粉砕しやすい傾向がある。しかし、ヒドロキシアパタイト粉体を乾式粉砕した場合には、アパタイト粒子の表面に存在するP-OH基が互いにメカノケミカル脱水縮合反応を起こす結果、粒子間を架橋する化学結合が形成されてしまう問題が新たに分かった。粒子間架橋結合の形成は、粒子の合一化を引き起こすため、著しい比表面積の低下を引き起こし、細孔として機能するはずの粒子間隙が閉塞されてしまうことも分かった。
【0023】
水中での湿式粉砕を行えば脱水縮合反応を抑制できるが、粉砕強度の低下から乾式粉砕ほどの粒子の微細化は起こらない。また、一般的に粉砕限界を超えて微細な粒子を得るためには、粉砕助剤の添加を行うが、その効果も湿式粉砕ではほとんど失われることが分かった。
【0024】
そこで、はじめに乾式粉砕を行い、粒子を十分に微細化した後、少量の水を添加してさらに湿式粉砕することで、架橋結合を加水分解することにしたのである。架橋結合が加水分解されたことは、製造後の多孔質アパタイトについて、例えばIR(真空拡散反射赤外分光)スペクトルを用いた表面水酸基の分析により、3693cm-1に表面P−OHの伸縮振動のピークを有することで確認できる。湿式粉砕の際に、例えばエタノール等の水以外の液体を添加しても、3693cm-1に表面P−OHの伸縮振動のピークを有さず、アパタイト粒子の比表面積の増加も見られないため、所望の多孔質アパタイトを製造することはできない。
【0025】
また、上述の粉砕助剤として、例えば、アミノ基、カルボキシル基、水酸基、フェノール基、カテコール基、ピロガロール基などのアパタイトと親和性の高い官能基の少なくともいずれかを有する化合物を系に粉砕助剤として添加することで、同じ粉砕条件でもより微細な粒子が製造できる。
【0026】
この親和性の高い官能基を有する化合物の中でも、尿素、没食子酸(3,4,5−トリオキシ安息香酸)が、特に好適に用いられる。例えば、ピロガロール基を有する没食子酸を10重量%添加し、先に述べた乾式粉砕および湿式粉砕をした場合には、比表面積が約100m2/g、ミクロ・メソ孔容積が約0.2cm3/gの多孔質アパタイト粒子を得ることができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例によって、本発明をさらに説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されない。
(多孔質アパタイトの調製)
【0028】
「発明を実施するための最良の形態」の欄で説明した条件により、骨灰を遊星ボールミルにより乾式粉砕した後に湿式粉砕し、必要に応じて粉砕助剤として尿酸または没食子酸を添加することにより、多孔質アパタイトを得た。また、乾式粉砕のみを行った以外は同様にして、湿式粉砕のみを行った以外は同様にして、水の代わりにエタノール1mlを添加した以外は同様にして、それぞれ多孔質アパタイトを得た。これらの多孔質アパタイトを真空乾燥して性状分析用の試料を調製した。
【0029】
(多孔質体アパタイトの性状分析)
調製した試料について、アパタイト粒子の比表面積および細孔容積の測定、SEMを用いた形態観察、IRスペクトルを用いた表面水酸基の分析を行った。
(1)まず、粉砕前の骨灰と乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトとについて、SEMを用いて形態観察をした。図1に粉砕前の骨灰のSEM像、図2に乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトのSEM像を示す。また、粉砕前の骨灰、乾式粉砕のみによる多孔質アパタイト、湿式粉砕のみによる多孔質アパタイトについて、BET法による比表面積を測定した。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
図1および図2に示したSEM像より、粉砕前は数100nmの粒子のオーダーであった原料骨灰が、乾式粉砕により数10nmまで微細化されていることがわかった。しかし、表1に示したように、乾式粉砕の前後で顕著な比表面積の増加は見られなかった。なお、湿式粉砕では、比表面積は60m2/gと中程度の値まで増加した。
【0032】
(2)次に、表面拡散FT−IR(フーリエ変換赤外分光)により、乾式粉砕のみによる多孔質アパタイト、湿式粉砕のみによる多孔質アパタイト、乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイト、乾式粉砕とエタノールを添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトについて分析を行った。図3(a)および図4(a)は乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトのスペクトルを示し、図3(b)は湿式粉砕のみによる多孔質アパタイトのスペクトルを示す。図4(b)は乾式粉砕とエタノールを添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトのスペクトル、(c)は乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトのスペクトルを示す。
【0033】
また、乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトおよび乾式粉砕とエタノールを添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトについて、BET法による比表面積を測定した。結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
図3に示した表面拡散FT−IRでは、(a)の乾式粉砕のみの試料から3693cm−1に表面P−OHの伸縮振動のピークが消失していた。このことは、メカノケミカル脱水縮合反応により粒子間のP−O−P架橋結合が生成していることに起因している。一方、(b)の湿式粉砕のみの場合には脱水縮合反応は起こらず、粉砕後も3693cm−1のピークは残存していた。
【0036】
図4に示した表面拡散FT−IRでは、(c)の乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる試料で、乾式粉砕で消失した3693cm-1における表面P−OHの伸縮振動のピークが、その後の水を添加した湿式粉砕で再生していることが分かった。また、それに伴い表2に示すように、比表面積も74m2/gまで増加した。これは、湿式粉砕のメカノケミカル効果で架橋結合が加水分解された結果である。一方、(b)の水の代わりにエタノールを低下した湿式粉砕では、(c)と同様なピークの再生と比表面積の増加が起こらなかったことから、エタノール中での湿式粉砕では架橋結合の解裂は起こらないことが分かった。
【0037】
(3)最後に、乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトにおいて、粉砕助剤を添加しない例、粉砕助剤として尿素を添加した例、粉砕助剤として没食子酸を添加した例について、BET法による比表面積と全細孔容積とを測定するとともに、BJH法によるメソ孔の直径を測定した。また、湿式粉砕のみによる多孔質アパタイトにおいて、没食子酸を添加した例についても同様に測定した。結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
表3に示したように、いずれの例でも揮発性有機化合物(VOC)などの吸着剤として好適な比表面積および全細孔容積の値が得られた。また、乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる場合には、アパタイトと親和性の高い官能基を有する粉砕助剤の添加によりさらに比表面積が増大した。しかし、湿式粉砕の場合には、粉砕助剤の効果による比表面積の増加は観測されなかった。このことより、粉砕助剤を効率的に用いつつ粒子間架橋結合を形成させないためには、段階的な乾式粉砕と湿式粉砕とが必要であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、大きな比表面積のアパタイト微粒子を有する多孔質アパタイトの製造に有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】粉砕前の骨灰のSEM像を示す写真である。
【図2】乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトのSEM像を示す写真である。
【図3】表面拡散FT−IR(フーリエ変換赤外分光)の結果を示すグラフであり、(a)は乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトのスペクトルを示し、(b)は湿式粉砕のみによる多孔質アパタイトのスペクトルを示す。
【図4】表面拡散FT−IR(フーリエ変換赤外分光)の結果を示すグラフであり、(a)は乾式粉砕のみによる多孔質アパタイトのスペクトル、(b)は乾式粉砕とエタノールを添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトのスペクトル、(c)は乾式粉砕と水を添加した湿式粉砕とによる多孔質アパタイトのスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アパタイト微粒子を有する多孔質アパタイトの製造方法であって、
ヒドロキシアパタイト粉体を乾式粉砕し、水を添加して湿式粉砕することで、前記アパタイト微粒子の比表面積を増大させたことを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の多孔質アパタイトの製造方法において、
増大させた前記アパタイト微粒子の比表面積が、50m2/g以上120m2/g以下であることを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の多孔質アパタイトの製造方法において、
前記多孔質アパタイトは、前記ヒドロキシアパタイト粉体として天然骨を焼成して得られたアパタイト粒子を用いて製造され、細孔容積0.10cm3/g以上0.25cm3/g以下のミクロ孔およびメソ孔が形成されることを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の多孔質アパタイトの製造方法において、
前記多孔質アパタイトは、粉砕助剤としてアミノ基、カルボキシル基、水酸基、フェノール基、カテコール基およびピロガノール基の少なくともいずれかを有する化合物を用いて製造され、増大させた前記アパタイト微粒子の比表面積が100m2/g以上120m2/g以下であることを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の多孔質アパタイトの製造方法において、
前記粉砕助剤は、尿素または没食子酸であることを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の多孔質アパタイトの製造方法において、
前記乾式粉砕による粒子間の架橋結合を前記湿式粉砕により加水分解することを特徴とする多孔質アパタイトの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の多孔質アパタイトの製造方法により製造されることを特徴とする多孔質アパタイト。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−90014(P2010−90014A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263686(P2008−263686)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)