説明

多孔質コラーゲン、その製造方法およびその用途

【課題】コラーゲン本来の保湿性および水溶性を保持したコラーゲンシートであって、低密度でも硬く外観に優れた多孔質コラーゲンブロックおよびその製造方法の提供。
【解決手段】密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たし、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われていない多孔質コラーゲンは、電動刃でスライスすることにより化粧品用シートに利用できる薄いコラーゲンシートとすることができる。このコラーゲンは濃度が0.3〜2.0質量%の範囲であるコラーゲン水溶液もしくは懸濁液に、粉砕した氷を質量比20/80〜80/20の範囲になるように分散させて凍結し、凍結乾燥することにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スライスによる薄膜化が可能な多孔質コラーゲン、その製造方法およびそのコラーゲンをスライスしてなるコラーゲンシートに関する。得られたコラーゲンシートは、化粧品に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは脊椎動物の体を構成するタンパク質のうち最も多量に存在し、細胞外マトリックスとして組織・器官の力学的強度を担っている。コラーゲンは、少なくとも部分的に螺旋構造(コラーゲン螺旋)を有するタンパク質または糖タンパク質として定義される。これは、3本のポリペプチド鎖から形成される3重螺旋で、分子量10万程度の各ポリペプチド鎖にはグリシン残基が3個目ごとに、またその他のアミノ酸残基としてプロリン残基、ヒドロキシプロリン残基が高頻度に現れる。コラーゲンは無脊椎動物あるいは脊椎動物の組織、特に皮膚から多く抽出することができる。コラーゲン分子には構造の違いによって20種類以上の型の存在が報告されており、さらに同じ型に分類されるコラーゲンにも数種類の異なる分子種が存在する場合がある。
【0003】
中でも、I、II、III型及びIV型コラーゲンが主にバイオマテリアルの原料として用いられている。I型はほとんどの結合組織に存在し、生体内に最も多量に存在するコラーゲン型である。特に腱、真皮及び骨に多く、工業的にはコラーゲンはこれらの部位から抽出される場合が多い。II型は軟骨を形成するコラーゲンである。III型は少量ではあるがI型と同様の部位に存在することが多い。IV型は基底膜を形成するコラーゲンである。I、II及びIII型はコラーゲン線維として生体内に存在し、主に組織あるいは器官の強度を保つ役割をはたしている。IV型は線維形成能力を有しないが、4分子で構成される網目状会合体を形成し、基底膜における細胞分化に関与しているとされる。本明細書において、以下コラーゲンという呼称はI、II、III型あるいはそれら2種類以上の混合物を示すこととする。
【0004】
コラーゲンは工業的には、主に牛、豚、もしくは魚の皮膚から抽出される。生体適合性に優れるため、医療材料として利用されている。低濃度(0.1%未満)でも粘調な水溶液を与え、カルボキシル基およびアミノ基を多数保有するために保湿性が高い。これらの優れた特性を活かして、医療材料以外にも化粧水や乳液の保湿成分として利用されている。また、スキンケアのためのフェイスマスクとして、内径1mm未満のマクロ気孔を有するスポンジ状の多孔質コラーゲンシートが開発されている。多孔質コラーゲンシートに化粧水を含ませて顔面に貼り付け、皮膚の保湿に用いられる。コラーゲンシートの製造方法としては、量産性の観点から、コラーゲン水溶液もしくは懸濁液から凍結乾燥法により多孔質コラーゲンブロック(コラーゲン塊)を作製し、電動刃を用いて厚さ3mm以下のシートにスライスする方法が広く用いられている。薄いシートを切り出すための硬さを多孔質コラーゲンブロックに付与するためには、以下の2つの方法が考えられる。
【0005】
1.濃度の高いコラーゲン水溶液もしくは懸濁液を用いて多孔質コラーゲンブロックの密度を高める方法。
2.多孔質コラーゲンブロックに対し、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理を行う方法。
【0006】
しかし、方法1を用いた場合、確かにコラーゲンの密度の増加にともない硬さが向上するが(非特許文献1)、製造コストの上昇を招いてしまう問題がある。また、方法2を用いた場合、架橋により硬さは向上するが(非特許文献2)、コラーゲンシートは水に不溶となり、コラーゲン本来の粘調な質感や保湿性が損なわれてしまうという問題がある。
【0007】
一方、製造コストを下げるべく、凍結乾燥するコラーゲン水溶液もしくは懸濁液の濃度を下げると、密度の低下による硬さの低下とは別に、凍結時に針状、板状の氷晶が生じやすくなる問題が生じる。針状、板状の氷晶が気孔のレプリカとなるため、凍結乾燥後のシートの外観を著しく損ない、気孔の異方性のため力学特性が悪化してスライスが難しくなることが当業者の間では良く知られた現象である。
針状、板状の氷晶形成を抑制する方法としては、水溶性ポリマー溶液をあらかじめ凍結させ、それをシャーベット状に粉砕してから凍結乾燥する方法が開示されている(特許文献1)。この方法を用いた場合、確かに気孔が球状に近くなり、凍結乾燥により作製される多孔質ポリマーの外観が改善される。この方法を多孔質コラーゲンの製造に用いた場合、確かに気孔が球状に近くなり外観が改善される。しかし、凍結したコラーゲン溶液の粒が個別に凍結乾燥されるため、コラーゲンがつなぎ材として機能せず、脆い多孔質コラーゲンが得られる。
【0008】
すなわち、コラーゲン本来の保湿性および水溶性を保持したコラーゲンシートを低コストで製造するためには、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われておらず、低密度でも電動刃でスライス可能な硬さを有し、かつ外観の優れた多孔質コラーゲンブロックが求められている。また、そのような多孔質コラーゲンブロックを低コストで製造する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−220388号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】松田篤、柚木俊二、田中順三;マテリアルインテグレーション 20,11−16(2007)
【非特許文献2】Gorham, S. D., Light, N. D., Diamond, A. M., Willins, M. J., Bailey, A. J., Wess, T. J., and Leslie, N. J.: Effect of chemical modifications on the susceptibility of collagen to proteolysis. II. Dehydrothermal crosslinking. Int. J. Biol. Macromol., 14, 129-138 (1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の多孔質コラーゲンブロックの製造方法では、電動刃でスライス可能な硬さを付与する場合、コラーゲン密度を高くすることは製造コストが高くなることから採用しにくく、コラーゲン分子間に共有結合を導入する架橋処理を行われていた。コラーゲンの化粧品素材としての特性は、コラーゲン分子が水に部分的もしくは完全に溶解した状態で肌に塗布した場合、使用感に優れ角質層に浸透して長期の保湿性を発揮することにある。しかし、架橋処理を行うとコラーゲン分子が水に対してほとんど溶解しなくなる。その結果、多孔質コラーゲンブロックをシート成型してパックなどの化粧品として用いた場合、水や化粧水は吸収するものの溶解もゲル化もせず、セルロース系高分子などの非水溶性材料となんら違いがなくなる。また、密度を低下させるためにコラーゲン水溶液もしくは懸濁液の濃度を低下させると、針状、板状の氷晶が生じやすくなりシートの外観や力学特性を損なう問題があった。
【0012】
したがって、本発明は、コラーゲン本来の保湿性および水溶性を保持したコラーゲンシートを作製するための、低密度でも硬く外観に優れた多孔質コラーゲンブロックおよびその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記問題点を改善すべく鋭意研究を重ねた結果、密度が3〜15mg/cm3の範囲において、圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)の関係がA/B>17を満たす多孔質コラーゲンが、気孔の異方性が少なく、外観に優れており、架橋処理を行わなくても電動刃でスライスすることで化粧品用シートに利用できる薄いコラーゲンシートとできることを見出した。また、上記の特性を満たす多孔質コラーゲンは、コラーゲン水溶液および懸濁液に粉砕した氷を分散させた状態で凍結した後に、凍結乾燥を行うことにより作製できることを見出し、本発明に到達した。
すなわち、本発明は下記の多孔質コラーゲンおよびその製造方法、及びその多孔質コラーゲンから作製される化粧品に用いることのできるコラーゲンシートである。
【0014】
[1]密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たし、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われていない多孔質コラーゲン。
[2]密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たす多孔質コラーゲンであって、25℃の0.5M酢酸水溶液100質量部に前記コラーゲンを1質量部添加したときの不溶分が10質量%以下である多孔質コラーゲン。
[3]水溶性である前記1または2に記載の多孔質コラーゲン。
[4]濃度が0.3〜2.0質量%の範囲であるコラーゲン水溶液もしくは懸濁液に、粉砕した氷を質量比20/80〜80/20の範囲になるように分散させた後、凍結し、凍結乾燥する工程を含む前記1〜3のいずれかに記載の多孔質コラーゲンの製造方法。
[5]氷が濃度2.0質量%未満のコラーゲン水溶液を凍結してなる氷である前記4に記載の多孔質コラーゲンの製造方法。
[6]前記1〜3のいずれかに記載の多孔質コラーゲンをスライスしてなる厚さ0.5〜3mmのコラーゲンシート。
[7]化粧品用である前記6に記載のコラーゲンシート。
【発明の効果】
【0015】
本発明の多孔質コラーゲンは、気孔の異方性が少なく外観が良好であり、架橋処理を行わなくても低密度において硬く、電動刃によるスライスが可能である。このため、コラーゲン本来の特徴である保湿性および水溶性(水を吸収してゲル化する性質を含む;本明細書において同様)が保持されたコラーゲンシートをスライスにより得ることができ、得られたコラーゲンシートは化粧品用シートとして好適に用いることができる。また、本発明の多孔質コラーゲンは簡易な操作により製造することが可能であり、原料のコラーゲン溶液濃度を下げることができることから製造コストも安価である。
コラーゲンは、本来、水とよく水和するため、化粧品に用いられる場合、皮膚への水分供給源として、いわゆる「モイスチャー効果」を発揮することが良く知られている(フレグランスジャーナル,No.34, p31-, 1979参照)。このモイスチャー効果の発揮には、コラーゲンがその分子内等に水を包含できる様な状態を維持していることが必要であるが、分子間で架橋処理が行われるとこの作用は大きく制限される。本発明のコラーゲンおよびそのシートは実質的に分子間の架橋をしていないことから、化粧水等と用いることで溶解するか、水を吸収してゲル化する。その結果、優れた保湿効果を示し、肌へのモイスチャー効果が顕著に現れる。
オイル、ローション、クレーム等に配合されるコラーゲンの濃度は0.1質量%程度であることが多いが、本発明のコラーゲンシートはほぼ100%がコラーゲンからなるものとできるため、例えば化粧水等と用いることで高濃度のコラーゲンを皮膚に適用することができ、より保湿感を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1、実施例2および比較例1の多孔質コラーゲンの圧縮試験から得られた応力−ひずみ曲線を示すグラフ。
【図2】実施例1、実施例2および比較例1の多孔質コラーゲンの気孔構造の電子顕微鏡写真(SEM)。
【図3】実施例1、実施例2および比較例1の多孔質コラーゲンを最小厚さでスライスしたときのシート外観を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に用いられるコラーゲンはその型について特に限定されるものではないが、工業的な利用という観点から、収量の多いI型コラーゲンあるいはそれを主成分とするコラーゲンが好ましい。
【0018】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いられるコラーゲンは、その分子構造について特に限定されない。コラーゲン分子の両末端に存在する非螺旋領域(テロペプチド)についても、除去されていても除去されていなくても構わない。
【0019】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いられるコラーゲンは、資源量およびコラーゲン収率の観点から脊椎動物の真皮に由来するコラーゲンが好ましく用いられる。なかでも、人獣共通感染症を保有する可能性が家畜よりも潜在的に低い魚類真皮コラーゲン、例えば、鮭皮、サメ皮、マグロ皮、タラ皮、カレイ皮等、特に好ましくは鮭皮が用いられる。
【0020】
本発明の多孔質コラーゲンは、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われておらず、密度が3〜15mg/cm3の範囲で、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)の関係がA/B>17を満たすことを特徴としている。密度が3mg/cm3未満の場合、硬さが低下してスライスが困難になる場合があり好ましくない。密度が15mg/cm3を超える場合、製造コストが増加して好ましくない。A/Bが17以下の場合、外観の悪化が生じる場合があり好ましくない。より好ましい密度は5〜12mg/cm3の範囲であり、より好ましいA/Bの値は20以上である。なお、密度が3〜15mg/cm3の範囲において、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理無しでA/Bの値を30以上にすることは困難である。
【0021】
本発明において、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われていないとは、架橋処理によりコラーゲン本来の特性である保湿性が阻害されない状態をいい、以下の試験によりコラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われている否かの評価を行うことができる。コラーゲンにおける架橋処理の起点はリジン残基のアミノ基であり、架橋がされることにより水に対して溶解しないことはもちろんのこと、アミノ基間もしくはアミノ基−カルボキシル基間が共有結合によりつながり、酸に対しても溶解しにくくなる。そのため、本発明では25℃の0.5M酢酸水溶液100質量部に固形分としてのコラーゲンを1質量部添加したとき、その不溶分が10質量%以下である場合に、前記架橋処理が行われていないとすることができる。架橋処理が行われている場合には、酢酸水溶液にまったく溶けないか、溶けても、通常は数十質量%の不溶分が残る。不溶分量は、ろ紙などで回収し質量を量ることにより測定することができる。
【0022】
本発明で用いる圧縮弾性率とは、以下の条件を満たす圧縮試験によって得られたものである。面積が少なくとも100cm2あり、厚さが20〜25mmの範囲にある多孔質コラーゲンブロックの厚み方向に対して内径5mmの円筒プローブを速度0.5mm/秒で押し込み、得られた応力−ひずみ曲線の押し込み直後の直線領域の傾き(ひずみ0.02〜0.06の範囲)から圧縮弾性率を算出する。測定は1個の試験片について、圧縮点の間隔を少なくとも10mm空けて5点行い、平均値を採用する。
【0023】
本発明の多孔質コラーゲンの製造方法は、コラーゲン水溶液もしくは懸濁液に対し、アイススライサーなどで粉砕した氷を分散させた状態で凍結し、凍結乾燥する工程を含むことを特徴とする。コラーゲン水溶液もしくは懸濁液を直接冷凍庫で凍結させた場合、液は過冷却状態となり、核を起点にして急速に氷晶形成が起こるため、針状もしくは板状の氷晶が形成される場合がある。このような氷晶が凍結乾燥後の気孔のレプリカになるため、得られる多孔質コラーゲンの外観と力学特性を著しく悪化させる。粉砕された氷をコラーゲン水溶液もしくは懸濁液にあらかじめ分散させることにより、針状もしくは板状の氷晶形成を抑制することができ、外観の良好な多孔質コラーゲンを製造することができる。また、硬さの低下の要因となる異方性の気孔が減少するため、密度B(mg/cm3)に対する圧縮弾性率A(kPa)の比、A/Bの値が増加する。
【0024】
コラーゲン水溶液もしくは懸濁液と粉砕した氷は、両者の質量比が20/80〜80/20の範囲になるように混合される。コラーゲン水溶液もしくは懸濁液の質量比が20を下回ると、コラーゲン間のつなぎが悪くなり、圧縮弾性率が低下してスライス性が悪化する場合があり好ましくない。また、コラーゲン水溶液もしくは懸濁液の質量比が80を超えると、コラーゲン水溶液もしくは懸濁液を直接凍結させる方法と同様に、針状もしくは板状の氷晶が形成される場合があり好ましくない。より好ましくは、両者の質量比が40/60〜70/30の範囲である。
【0025】
粉砕した氷を加えるコラーゲン水溶液もしくは懸濁液、および両者の混合液の温度は10℃以下に保つことが好ましい。原料液の温度として0〜10℃のものを用いることにより、粉砕した氷が過度に融解せず、凍結時における前記混合比の維持が容易になる。
【0026】
コラーゲン水溶液もしくは懸濁液に対して分散させる粉砕した氷としては、水と凍結させた氷以外にも、濃度2.0質量%未満のコラーゲン水溶液を凍結して作製したものを用いることができる。濃度2.0質量%を超えると製造コストが上昇して好ましくない。より好ましくは1.2質量%未満である。
【0027】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いるコラーゲン溶液および懸濁液のコラーゲン濃度としては、0.3〜2.0質量%の範囲であることが好ましい。濃度が0.3質量%よりも低い場合、得られる多孔質コラーゲンの密度が低下し、やわらかくなり、スライスが困難になる場合があり好ましくない。濃度が2.0質量%を越えるとコストが上昇して好ましくない。より好ましくは0.5〜1.2質量%の範囲である。
【0028】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いるコラーゲン水溶液の溶媒としては、コラーゲンが可溶化されるものであればその化学組成について特に限定されるものではないが、化粧品として用いた場合に安全性を担保できる塩酸、酢酸、クエン酸、リン酸、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸ナトリウムが好ましく用いられる。
【0029】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いるコラーゲン溶液のpHは、コラーゲン原料の製造方法に応じて変わる。コラーゲンは主に、酸性水溶液で抽出される酸可溶化コラーゲンと、アルカリ水溶液で抽出されるアルカリ可溶化コラーゲンに分けられる。本発明に用いるコラーゲン溶液が酸可溶化コラーゲン溶液の場合、そのpHは2.0〜6.0の間であることが好ましい。pHが2.0よりも低い場合、コラーゲン分子が加水分解を受ける場合があり好ましくない。pHが6.0よりも高い場合、コラーゲンが十分に可溶化されない場合があり好ましくない。一方、本発明に用いられるコラーゲン溶液がアルカリ可溶化コラーゲン溶液の場合、pHは5.5〜10の間であることが好ましい。pHが5.5よりも低い場合、コラーゲンが十分に可溶化されない場合があり好ましくない。pHが10よりも高い場合、コラーゲン分子が加水分解を受ける場合があり好ましくない。
【0030】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いるコラーゲン懸濁液とは、線維化もしくは塩析により水に不溶化したコラーゲンが水、酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸ナトリウムの溶媒のいずれかに分散したものを言う。ここで言う線維化とは、Biochemical Journal 316, p1-11(1996)に詳細に記載されている、一度可溶化されたコラーゲン分子が生体内と同様なコラーゲン線維を再形成する現象を指す。コラーゲン線維は文献(Journal of Agricultural Food Chemistry 48, p2028-2032 (2000))の走査型電子顕微鏡写真に示されているようなファイバー状構造を示す。また、ここで言う塩析とは、他のタンパク質と同様な溶媒の塩濃度が高まることによる析出のことを指す。コラーゲン水溶液の塩析は、酸性下では通常、0.7M以上の食塩を加えて行われる。
【0031】
本発明におけるコラーゲン懸濁液を作製するためのコラーゲンの線維化は、コラーゲン水溶液に対し、変性温度(ゼラチン化温度)以下で線維化を惹起させる溶媒を加える公知の方法で実施することができる。線維化を惹起させる溶媒としては多数報告されているが、化粧品として用いた場合に安全性を担保できる酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、リン酸ナトリウムが好ましく用いられる。
【0032】
本明細書に記載されている架橋(化学架橋)とは、コラーゲン分子間の共有結合のことを意味する。コラーゲン分子間に共有結合を生じさせる方法は数多く報告されている(Biomaterials 18, p95-105 (1997))。物理的な方法としては、コラーゲンに紫外線やガンマ線などの電磁波を照射する方法、もしくは乾燥状態で熱を加える方法が知られている。化学的な方法としては、アルデヒド系、カルボジイミド系、エポキシド系およびイミダゾール系架橋剤を用いる方法が知られている。本発明の多孔質コラーゲンの製造方法は、上記のようなコラーゲン分子間に共有結合を生じさせる処理、すなわち、コラーゲンの本来的な保湿能を阻害するような処理を含まない。
【0033】
本発明の多孔質コラーゲンの製造に用いるコラーゲン溶液および懸濁液には、得られるコラーゲンシートの質感や溶解性を変えるための高分子化合物、あるいは化粧品としての公知の機能を加えるための各種化粧品素材を加えることができる。具体的には、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、加水分解コラーゲンなどの生体高分子、ビタミンCなどの低分子量化合物を加えることができる。
【0034】
本発明の多孔質コラーゲンは硬く均質な気孔構造を持つため、電動刃を用いて厚さ0.5〜3mmのシートにスライスすることができる。気孔構造の異方性が強いと、薄くスライスすることが困難となり、スライスできたとしても気孔に沿って裂けやすいものとなる。
電動刃としては、ミートスライサーや食パンスライサー、バンドソーなど、回転する円盤状の刃や振動する刃に試料を押し付けてスライスする装置全般が使用できる。
得られたコラーゲンシートにはコラーゲン本来の特徴である保湿性および水溶性が保持されており、化粧品用コラーゲンシートとして用いることができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例と比較例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は下記の記載範囲に限定されるものではない。
はじめに各種評価方法および測定方法を示す。
【0036】
1.バンドソーによるスライス性
厚さ0.5mmの歯を取り付けたバンドソーに対して、シート厚さ1mmになるように多孔質コラーゲンブロックを押し付けた。スライスできない場合、シート厚さの設定値を徐々に広げ、スライスが可能となった最小のシート厚さを求めた。シート厚さが小さいほどスライス性が良好であることを示す。
【0037】
2.多孔質コラーゲンの気孔構造の観察
以下の操作により、多孔質コラーゲンの気孔構造を観察した。多孔質コラーゲンを上記スライサーでスライスして厚さ1〜3mmのシートを作製し、イオンコーターを用いて金を蒸着し、走査型電子顕微鏡(SEM)用試料とした。SEM観察は加速電圧10kV、倍率50倍で行った。
【0038】
3.多孔質コラーゲンの圧縮試験
以下の操作により、多孔質コラーゲンの圧縮弾性率を求めた。強度試験機(TA.TX2、Stable Microsystems社製)を用いて、厚さ20〜25mmの多孔質コラーゲンブロックの厚み方向に対して内径5mmの円筒プローブを速度0.5mm/秒で押し込み、得られた応力‐ひずみ曲線の押し込み直後の直線領域の傾き(ひずみ0.02〜0.06の範囲)から圧縮弾性率を算出した。測定は1個の試験片について、圧縮点の間隔を少なくとも10mm空けて5点行った。
【0039】
4.酢酸水溶液に対する溶解性
以下の操作により、多孔質コラーゲンの酢酸水溶液に対する溶解性を評価した。0.5Mの酢酸水溶液100質量部に対し、多孔質コラーゲン1質量部を浸漬した。25℃で24時間撹拌した後、あらかじめ質量を測定しておいたろ紙を用いて吸引ろ過した。ろ紙を60℃で一晩乾燥し、ろ紙の質量増加分から不溶成分量を求め、用いた多孔質コラーゲンに対する割合(質量%)として算出した。
【0040】
実施例1
水を凍結して作製した氷を、アイススライサーを用いて粉砕した。pH4〜5の希塩酸を溶媒として調製した濃度1質量%の鮭皮由来アテロコラーゲン水溶液(温度5℃)70質量部に対し、粉砕した氷30質量部を加えて混合し、速やかに塩化ビニル製の内径100mmの型枠に深さ20〜25mmになるように流し込み、−40℃の冷凍庫に静置して凍結させた。完全に凍結させた後、試料を凍結乾燥機に移して凍結乾燥を行い、多孔質コラーゲンブロックを得た。密度B(mg/cm3)、圧縮弾性率A(kPa)、A/B、バンドソーによるスライス性、および酢酸水溶液に対する溶解性を表1に示す。圧縮試験により得られた代表的な応力−ひずみ曲線を図1に、SEMによる気孔構造の観察結果を図2に、最小厚さでスライスしたときのコラーゲンシートの外観(視野5×5cm)を図3に示す。
【0041】
実施例2
コラーゲン水溶液として、実施例1に記載の濃度1%のコラーゲン水溶液を希釈して調製した濃度0.7質量%のコラーゲン水溶液(温度5℃)を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行ない、多孔質コラーゲンブロックを得た。密度B(mg/cm3)、圧縮弾性率A(kPa)、A/B、バンドソーによるスライス性、および酢酸水溶液に対する溶解性を表1に示す。圧縮試験により得られた代表的な応力−ひずみ曲線を図1に示す。SEMによる気孔構造の観察結果を図2に、最小厚さでスライスしたときのコラーゲンシートの外観(視野5×5cm)を図3に示す。
【0042】
比較例1
実施例2と同様に調製した濃度0.7質量%の鮭皮由来アテロコラーゲン水溶液(温度5℃)をそのままポリプロピレン製の容器(深さ50mm×100mm×150mm)に深さ20〜25mmになるように流し込み凍結させ、実施例1と同様の方法で多孔質コラーゲンブロックを得た。密度B(mg/cm3)、圧縮弾性率A(kPa)、A/B、バンドソーによるスライス性、および酢酸水溶液に対する溶解性を表1に示す。圧縮試験により得られた代表的な応力−ひずみ曲線を図1に示す。SEMによる気孔構造の観察結果を図2に、最小厚さでスライスしたときのコラーゲンシートの外観(視野5×5cm)を図3に示す。
【0043】
比較例2
実施例2と同様の方法で作製した多孔質コラーゲンブロックを、真空ポンプを付属した熱乾燥機に入れ、真空下、130℃で24時間静置し、コラーゲン分子間に架橋を導入した。酢酸水溶液に対する溶解性を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
実施例1から明らかなように、密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たす多孔質コラーゲンブロックは気孔の異方性がほとんど見られず、電動刃により、最小で厚さ1.11mmのシートがスライスできる優れたスライス性を有する。コラーゲン分子間に架橋を生じる処理をしていないため、コラーゲン本来の水溶性が保持され、酢酸水溶液に完全に溶解する。
実施例2から明らかなように、密度が低下して圧縮弾性率が低下しても、圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たす場合、多孔質コラーゲンブロックは気孔の異方性が少なく、電動刃を用いて、最小で厚さ1.23mmのシートがスライスできる優れたスライス性を有する。コラーゲン分子間に架橋を生じる処理をしていないため、コラーゲン本来の水溶性が保持され、酢酸水溶液に完全に溶解する。
一方、比較例1から明らかなように、密度が実施例2よりも高く実施例1と同等でも、圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たさない場合、多孔質コラーゲンブロックは気孔に顕著な異方性を生じ、薄くスライスしようとした場合に気孔に沿った破れや気孔方向と垂直方向へのつぶれが生じ、同刃を用いた最小のシート厚さは1.99mmに達した。
また、比較例2から明らかなように、多孔質コラーゲンブロックに対して真空熱処理のようなコラーゲン分子間に架橋を生じる処理を施した場合、酢酸水溶液不溶成分の割合が高くなった。コラーゲンの水溶性が低下したことを意味する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たし、コラーゲン分子間に共有結合を付与する架橋処理が行われていない多孔質コラーゲン。
【請求項2】
密度が3〜15mg/cm3の範囲であり、かつ圧縮弾性率A(kPa)と密度B(mg/cm3)が関係式A/B>17を満たす多孔質コラーゲンであって、25℃の0.5M酢酸水溶液100質量部に前記コラーゲンを1質量部添加したときの不溶分が10質量%以下である多孔質コラーゲン。
【請求項3】
水溶性である請求項1または2に記載の多孔質コラーゲン。
【請求項4】
濃度が0.3〜2.0質量%の範囲であるコラーゲン水溶液もしくは懸濁液に、粉砕した氷を質量比20/80〜80/20の範囲になるように分散させた後、凍結し、凍結乾燥する工程を含む請求項1〜3のいずれかに記載の多孔質コラーゲンの製造方法。
【請求項5】
氷が濃度2.0質量%未満のコラーゲン水溶液を凍結してなる氷である請求項4に記載の多孔質コラーゲンの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載の多孔質コラーゲンをスライスしてなる厚さ0.5〜3mmのコラーゲンシート。
【請求項7】
化粧品用である請求項6に記載のコラーゲンシート。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−225462(P2011−225462A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−94854(P2010−94854)
【出願日】平成22年4月16日(2010.4.16)
【出願人】(594038025)井原水産株式会社 (10)
【Fターム(参考)】