説明

多孔質吸着膜

【課題】電気伝導度の高い溶液であっても、目的タンパク質と、夾雑物と、を含む混合液から、夾雑物を有効かつ迅速に除去し、目的タンパク質を効率的に精製可能な、混合リガンドを有する多孔質吸着膜を提供する。
【解決手段】細孔を有する基材と、リガンドと、基材及びリガンド間を結合しているリンカーと、を備える多孔質吸着膜であって、リガンドは、(a)アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、(b)疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、を含み、(a)のユニットと、(b)のユニットと、は、共重合体を形成している、多孔質吸着膜を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質吸着膜、及び当該多孔質吸着膜を用いたタンパク質の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオテクノロジー産業において、タンパク質の大量精製が重要な課題となっている。特に、医薬の分野において、血液製剤、抗体医薬等の需要が急速に拡大しており、効率的に大量のタンパク質を生産及び精製可能な技術の確立が強く望まれている。
【0003】
一般的に、タンパク質は、動物由来の細胞株を用いる細胞培養によって産生される。細胞培養液からタンパク質を精製する通常の操作においては、最初に、細胞培養液を遠心分離し、濁質成分を沈降除去する。次いで、遠心分離で除去しきれない約1μm以下の細胞デブリを、精密ろ過膜を用いるサイズろ過により除去する。さらに無菌化するために、最大細孔径が0.22μm以下のろ過膜を用いて無菌化ろ過を施して、目的タンパク質の清澄な溶液を得る(ハーベスト工程)。続いて、プロテインAに代表されるアフィニティークロマトグラフィーを初めとする、複数のクロマトグラフィー技術の組み合わせによる精製プロセスを用いて、Host Cell Protein(HCP)、デオキシリボ核酸(DNA)、目的タンパク質の凝集物、エンドトキシン、ウイルス、及びカラムから脱離したプロテインAなどの夾雑物を清澄な溶液から除去し、目的タンパク質を分離・精製する(ダウンストリーム工程)。
【0004】
以上説明した従来のタンパク質の精製方法の対象となる細胞培養液中の目的タンパク質の濃度は、現状では通常1g/L程度である。また、夾雑物の濃度も、目的タンパク質の濃度とほぼ同程度であると考えられる。このような濃度範囲では、ハーベスト工程及びダウンストリーム工程を含む従来のタンパク質の精製方法は、有効である。
【0005】
しかしながら、抗体医薬の需要が急速に拡大し、抗体医薬に用いられるタンパク質の大量生産が指向されたため、近年では細胞培養液中のタンパク質濃度を高める細胞培養技術が急速に発達している。そのため、近年では細胞培養液中の目的タンパク質の濃度が10g/Lあるいはそれ以上にまで到達しようとしている。しかし同時に、細胞培養液中の夾雑物の濃度も同様に増加しており、従来のタンパク質の精製方法では、目的タンパク質の精製が困難になりつつある。
【0006】
近年では効率的に目的タンパク質を分離精製するために、複数のリガンドを有する混合モードの樹脂を充填したクロマトグラフィーカラムを用いることが、広く検討されている。このようなクロマトグラフィーカラムに用いられるリガンドとしては、ミックスモードリガンド又はマルチモーダルリガンドと呼ばれるリガンドが用いられている。
【0007】
このようなモードのリガンドを用いるクロマトグラフィーでは、リガンドに対する目的タンパク質と、夾雑物と、の電荷相互作用及び疎水性相互作用等の複数の相互作用の差を利用するため、より高精度な分離が可能になるだけでなく、複数の夾雑物を同時にかつ有効に除去できることが期待されている。
【0008】
例えば、特許文献1には、イオン交換基及び疎水性基からなるマルチモーダルリガンドのクロマトグラフィーを用いて、生理的塩濃度のような比較的高いイオン強度において、タンパク質の分離精製をおこなう方法が記載されている。
【0009】
また、特許文献2及び3では、疎水性単量体と親水性単量体を共重合し、さらに親水性単量体にイオン交換性基を導入してなる、イオン交換による捕捉力と、疎水性相互作用による捕捉力と、を有するミックスリガンド樹脂からなる粒子のクロマトグラフィーを用いて、タンパク質を吸着、溶出することで、目的タンパク質を効率的に濃縮する方法が記載されている。
【0010】
特許文献1乃至3に開示されているように、タンパクの分離精製に関して、ミックスリガンドを用いたクロマトグラフィー担体が開発されている背景には、タンパク質医薬品市場の拡大により、製薬メーカーが、精製のプロセスウィンドウを広げると共に、生産をより効率的に行うことを望む事が挙げられる。
【0011】
さらに、効率的に大量のタンパク質を精製する方法として、多孔質膜を用いたイオン交換吸着膜の報告もなされている。ビーズを基礎とするクロマトグラフィーでは、吸着のために利用できる表面積の大部分がビーズに対して内部にある。したがって、物質移動速度が細孔拡散によって典型的に制御されるため、この分離方法は本質的に遅い。この拡散抵抗を最小にし、そしてそれに伴って結合能力を最大にするために、さらに小さな直径のビーズを使用することができる。しかし、小さな直径のビーズを使用すると、カラムの圧力降下の増大という犠牲を払うことになる。そのため、クロマトグラフィー分離の最適化は、効率、吸着容量、及びカラムの圧力降下との妥協を伴うことが多い。これに対して、膜を基礎とするクロマトグラフィーは、リガンドが対流性の膜孔に直接結合しており、それによって物質移行に及ぼす内部細孔拡散の影響が排除される。したがって、吸着膜媒体の物質移動速度は、標準的なビーズを基礎とするクロマトグラフィー媒体の物質移動速度よりも大きさが一桁大きいため、高効率分離と、高流量分離と、の両方を可能にすることができる。
【0012】
例えば、特許文献4及び5には、多孔質膜にイオン交換基を導入して、タンパク質吸着能力を付与したタンパク質吸着膜が開示されている。
【0013】
特許文献6及び7には、カチオン交換基及びアニオン交換基をポリエーテルスルホン多孔膜に導入したタンパク質吸着膜が開示されている。
【0014】
また、特許文献8には、アニオン交換基を固定化したグラフト鎖を細孔表面に有するタンパク質吸着膜を用いて、タンパク質を精製する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特表2004−516928号公報
【特許文献2】特開2001−343378号公報
【特許文献3】特開2010−137207号公報
【特許文献4】米国特許第5,547,575号明細書
【特許文献5】米国特許第5,739,316号明細書
【特許文献6】米国特許第6,783,937号明細書
【特許文献7】米国特許第6,780,327号明細書
【特許文献8】国際公開第2009/054226号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述のとおり、目的タンパク質を効率よく分離精製する方法は、数多く提案、報告されている。
【0017】
しかしながら、現実には全ての夾雑物を有効かつ迅速に除去して目的タンパク質を精製することは、現状でも困難であり、特にアフィニティークロマトグラフィー後の塩濃度の高い中間精製溶液において、微量に残存するHCP及び凝集体などを医薬品として要求されるレベルにまで除去し、高精度な目的タンパク質を回収することは、細胞培養液中の目的タンパク質濃度が大幅に向上しつつある状況において、さらに困難になることが懸念されている。
【0018】
特許文献1に開示されたマルチモーダルのリガンドについては、クロマトグラフィーカラムに用いるビーズのみを対象としており、高流速で通液することが困難である。特許文献2及び3に開示された共重合高分子からなるミックスリガンド樹脂についても、クロマトグラフィーカラムに用いるビーズのみを対象としており、高流速で通液することが困難である。
【0019】
また、前述のように、アフィニティークロマトグラフィー後の中間精製溶液には、通常、塩が含まれている。特許文献4−7に開示されたタンパク質吸着膜は、イオン交換基の吸着作用のみでのタンパク吸着能を有するため、一般的なイオン交換カラムと同様に、これらの吸着膜のタンパク質吸着量は、溶液中に0.1mol/L以上の塩が含まれていると、著しく減少する。したがって、特許文献4−7に開示されたタンパク質吸着膜を用いて、電気伝導度の高いアフィニティークロマトグラフィー工程あるいはカチオン交換クロマトグラフィー工程の溶液から、不純物タンパク質を除去することは現実的ではない。
【0020】
特許文献8に開示されたタンパク質吸着膜は、グラフト鎖によってアニオン交換基を立体的に配置することにより、タンパク質との相互作用点を増やすことで、溶液中に0.15mol/L程度の塩が含まれていても、タンパク吸着性を維持できることが示されている。しかし、イオン交換基の吸着作用のみでタンパク質を吸着していることから、塩が含まれていない溶液でのタンパク質吸着量に比べると、塩が含まれている溶液でのタンパク質吸着量は低下する。
【0021】
さらに、全ての夾雑物を有効にかつ迅速に除去してタンパク質を精製することの困難さは、フロースルーモード及び結合モードの両方において、有効にタンパク質を分離精製するための有効な塩濃度、pH、溶液組成などの条件、すなわちプロセスウィンドウが狭く、安定で汎用的な精製条件を決定することが容易ではないことに基づいている。この状況は、より効率的にタンパク質を精製することを目的とした混合モードリガンドのクロマトグラフィーにおいても同様である。
【0022】
かかる状況に鑑み、本発明は、タンパク質の分離精製の中でも、特に求められている塩濃度に対するプロセスウィンドウを広くすることを目的として、電気伝導度の高い溶液であっても、目的タンパク質と、夾雑物と、を含む混合液から、夾雑物を有効かつ迅速に除去し、目的タンパク質を効率的に精製可能な、混合リガンドを有する多孔質吸着膜を提供することを課題とする。さらに、本発明は、塩濃度に対するプロセスウィンドウが広く、タンパク質分離精製ステップの簡素化や、溶液処理の時間短縮を可能とする、多孔質吸着膜を用いたタンパク質の精製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは、課題を解決するために鋭意検討した結果、アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットとの共重合体を有するリガンドが、多孔質基材の細孔中に網状に分布された構造を有する多孔質吸着膜を用いることが、塩濃度に対するプロセスウィンドウを広くすることが可能であり、電気伝導度が高い溶液から、医薬品として使われるタンパク質を効率よく且つ迅速に精製することに対して有用であることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の態様は以下の通りである。
【0024】
[1]細孔を有する基材と、リガンドと、基材及びリガンド間を結合しているリンカーと、を備える多孔質吸着膜であって、
リガンドは、
(a)アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、
(b)疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニット
を含み、(a)と、(b)と、は、共重合体を形成している、多孔質吸着膜。
【0025】
[2]アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマーが、ジアミン化合物モノマーである、[1]に記載の多孔質吸着膜。
【0026】
[3]アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマーが、疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットである、[1]又は[2]に記載の多孔質吸着膜。
【0027】
[4]ジアミン化合物モノマーが下記構造式(1)の構造を有し、
構造式(1) NH2 − R1 − NH2
構造式(1)のR1が、炭素数2から6のアルキレン基からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[1]乃至[3]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0028】
[5]疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマーが、ジグリシジル化合物モノマーである、[1]乃至[4]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0029】
[6]ジグリシジル化合物モノマーが、下記構造式(2)の構造を有し、
【化1】

構造式(2)のR2が、炭素数2から6のアルキレン基、炭素数2から6のアルキレン基エーテル、又は六員環からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[1]乃至[5]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0030】
[7]リンカーが、基材の表面に導入されたグラフト鎖である、[1]乃至[6]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0031】
[8]グラフト鎖がメタクリル酸グリシジルの重合体である、[1]乃至[7]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0032】
[9]多孔質吸着膜の基材の材料が、ポリオレフィン系重合体を含む、[1]乃至[8]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0033】
[10]多孔質吸着膜が中空糸多孔膜である、[1]乃至[9]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0034】
[11]多孔質吸着膜のタンパク質吸着容量をCとするとき、
0.15mol/L NaClの水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0.15が、NaClを含まない水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0に対して、少なくとも35%を下回らない、[1]乃至[10]のいずれかに記載の多孔質吸着膜。
【0035】
[12]目的とするタンパク質と、夾雑物と、を含む混合溶液から目的とするタンパク質を精製する方法であって、
[1]乃至[11]のいずれかに記載の多孔質吸着膜を用いて混合溶液をろ過し、夾雑物を除去する、タンパク質の精製方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明の多孔質吸着膜を用いることにより、電気伝導度が高い溶液であっても、目的タンパク質と、夾雑物と、を含む混合液から、該溶液に含まれる夾雑物を除去し、目的タンパク質の精製を効率よく且つ迅速に行うことが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の本実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0038】
本実施の形態に係る多孔質吸着膜は、細孔を有する基材と、リガンドと、基材及びリガンド間を結合しているリンカーと、を備える多孔質吸着膜であって、リガンドは、(a)アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、(b)疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、の共重合体を有している多孔質吸着膜である。(a)ユニットと、(b)ユニットからなる共重合体を、リガンドとして有することで、吸着作用点を3次元的に立体配置可能であり、吸着物質との相互作用を強めることが可能となる。さらに、リガンドが、疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つことで、溶液中に含まれる塩が増加しても、疎水性相互作用が有効に作用し、吸着タンパク質との相互作用が著しく低下することなく保たれ得る。
【0039】
アニオン交換能を有す基としては、混合液中に含まれる目的タンパク質及び/又は夾雑物、特に、夾雑物として、不純物タンパク質、DNA、HCP、ウイルス及びエンドトキシンなどを吸着する能力のある官能基であれば、特に限定されないが、1級アミン、2級アミン、3級アミン、及び4級アミンなどが挙げられる。
【0040】
疎水性相互作用を有す基としては、混合液中に溶存する目的タンパク質及び/又は夾雑物、特に、夾雑物として、目的タンパク質の二量体及び三量体などの凝集体、目的タンパク質の誤って折りたたまれた種、並びに脂質などを吸着する能力ある官能基であれば特に限定されないが、アルキレン基、アルキレン基エーテル、及び六員環などが挙げられる。
【0041】
アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマーとしては、ジアミン化合物モノマーを用いることができる。疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマーとしては、ジグリシジル化合物モノマーを用いることができる。この場合、リガンドは、ジアミン化合物モノマーと、ジグリシジル化合物モノマーと、を共重合させることによって得ることができる。共重合リガンドの形成方法は、特に限定されないが、例えば、ジアミン化合物モノマー溶液と、ジグリシジル化合物モノマー溶液と、を混合させることにより、共重合体を形成させることが可能である。
【0042】
アニオン交換能を有するジアミン化合物モノマーとしては、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、イソプロピレンジアミン、ブタンジアミン、ペンタンジアミン、及びヘキサンジアミンなどが挙げられる。
【0043】
疎水性相互作用を有するジグリシジル化合物モノマーとしては、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、プロピレングリコールジグリシジルエーテル、ブタンジオールジグリシジルエーテル、ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、及びシクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテルなどが挙げられる。
【0044】
共重合リガンドを、多孔質基材膜に固定する方法としては特に限定されないが、基材が有する官能基に直接固定する方法や、基材に反応性を有する化合物をリンカーとして導入し、該リンカーを介して固定する方法などが挙げられる。これらの中でも、リガンドを3次元的に立体配置可能であり、これにより効率的に吸着物質を捕捉可能になることから、反応性を有する化合物として重合性モノマーを基材に導入して、基材にグラフト鎖を形成させ、該グラフト鎖を介して共重合リガンドを多孔質基材膜に固定する方法が好ましい。
【0045】
多孔基材膜の表面及び細孔に、グラフト鎖を導入し、さらに該グラフト鎖に共重合リガンドを固定する方法としては、限定されるものではないが、例えば特開平2−132132号公報に開示される方法が挙げられる。
【0046】
本実施の形態において、基材の重量に対する、共重合リガンドが固定される前の基材に導入されたグラフト鎖の重量の比(百分率)を、グラフト率という。
【0047】
グラフト率は、10%以上250%以下であることが好ましく、より好ましくは10%以上150%以下であり、さらに好ましくは20%以上90%以下である。グラフト率を10%以上とすることにより、タンパク質の吸着容量が著しく高くなり実用的である。また、グラフト率を250%以下とすることにより、実用的な強度が得られる。
【0048】
通常、吸着したタンパク質を溶出する際に、塩溶液を多孔膜に通液するが、それにより膜体積は膨張する特性があり、グラフト率が高いほど膨張率が高い。塩溶液通液による膜体積の膨張率は、多孔膜とグラフト鎖の構造にもよるが、グラフト率60%では約2%以下、90%では約3%以下、150%では約5%以下である。通液により膨張するという観点から、多孔膜において、グラフト率を250%以下とするのが、実用上好適ある。
【0049】
本実施の形態において、基材に導入されるグラフト鎖とは、導入反応後にジメチルホルムアミドなどの有機溶剤で洗浄しても、除去されない化学構造を有する。グラフト鎖としては、例えば、メタクリル酸グリシジル、酢酸ビニル及びヒドロキシプロピルアセテートの重合体が挙げられるが、共重合リガンドを導入しやすいことから、メタクリル酸グリシジル又は酢酸ビニルの重合体が好ましく、メタクリル酸グリシジルの重合体がより好ましい。
【0050】
本実施の形態において、多孔質吸着膜の基材としては、特に限定されないが、機械的性質の保持のために、ポリオレフィン系重合体から構成されていることが好ましい。ポリオレフィン系重合体としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン及びフッ化ビニリデンなどのオレフィンの単独重合体、該オレフィンの2種以上の共重合体、又は1種もしくは2種以上のオレフィンと、パーハロゲン化オレフィンと、の共重合体などが挙げられる。パーハロゲン化オレフィンとしては、テトラフルオロエチレン及び/又はクロロトリフルオロエチレンなどが挙げられる。
【0051】
これらの基材の中でも、機械的強度に特に優れ、かつタンパク質などの夾雑物の高い吸着容量が得られる素材である点で、ポリエチレン又はポリフッ化ビニリデンが好ましく、ポリエチレンがより好ましい。
【0052】
ポリオレフィン系重合体を用いて多孔質膜を製造する方法は、当業者にとって公知のものであるが、例えば、特開平3−42025号公報に開示される方法などが挙げられる。
【0053】
多孔質吸着膜は、上記基材中に細孔を有する多孔質膜である。細孔径は、特に限定されないが、夾雑物である溶存したタンパク質などの吸着除去が有効になされ、かつ液中に含まれるサイズの大きな夾雑物である濁質成分が有効に除去される範囲であることが好ましい。
【0054】
細孔径は、多孔質膜の形状を保持しかつ通液時の圧損が実用上問題のない程度であれば、特に限定されないが、0.01μm〜5μmであることが好ましく、より好ましくは0.05μm〜3μmであり、さらに好ましくは0.1μm〜1μmである。多孔質吸着膜中の細孔の占める体積である空孔率も、多孔質膜の形状を保持しかつ通液時の圧損が実用上問題のない程度であれば、特に限定されないが、好ましくは5%〜99%であり、より好ましくは10%〜95%であり、さらに好ましくは30%〜90%である。
【0055】
細孔径及び空孔率の測定は、Marcel Mulder著「膜技術」(株式会社アイピーシー)などに記載されているような、当業者にとって公知の方法により行うことができるが、測定方法としては、例えば、電子顕微鏡による観察、バブルポイント法、水銀圧入法、及び透過率法などが挙げられる。
【0056】
多孔質吸着膜の形態は、多孔質体であれば特に限定されないが、平膜、不織布、中空糸膜、モノリス、キャピラリー、円板又は円筒状などが挙げられる。これらの形態の中でも、製造の容易さ、スケールアップ性、モジュール成型した際の膜のパッキング性などから、多孔質吸着膜は、中空糸多孔膜であることが好ましい。
【0057】
本実施の形態において、中空糸多孔膜とは、中空部分を有する円筒状又は繊維状の多孔膜であり、中空糸の内層と外層が、貫通孔である細孔によって連続しており、その細孔によって内層から外層、あるいは外層から内層に、液体あるいは気体が透過する性質を有する多孔体を意味する。
【0058】
中空糸の外径及び内径は、物理的に形状を保持することができ、かつモジュール成型可能であれば、特に限定されない。
【0059】
本実施の形態の多孔質吸着膜において、タンパク質吸着容量をCとするとき、0.15mol/L NaClの水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0.15が、NaClを含まない水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0に対して、35%以上であることが好ましく、40%以上であることがより好ましい。
【0060】
吸着容量C0.15を吸着容量C0に対して35%以上とすることによって、塩濃度に対するプロセスウィンドウを広くすることが可能であり、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いて、電気伝導度が高い溶液から、目的タンパク質を効率よく且つ迅速に精製することが可能となる。
【0061】
本実施の形態の目的とするタンパク質の精製方法は、目的とするタンパク質と、夾雑物と、を含む混合溶液から目的とするタンパク質を精製する方法であって、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いて混合溶液をろ過し、夾雑物を除去することを含む、タンパク質の精製方法である。
【0062】
本実施の形態に係る多孔質吸着膜は、混合溶液中に含まれる1種類以上の夾雑物から、目的とするタンパク質を分離、精製する用途に用いることが有効である。
【0063】
目的とするタンパク質を分離・精製する方法としては、混合溶液を本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いてろ過することにより、(a)夾雑物を多孔質吸着膜に吸着させ、精製された目的タンパク質を、非吸着の画分として回収するフロースルーモード、あるいは(b)目的タンパク質を多孔質吸着膜に吸着した後、選択的に溶出回収する結合モード、の2種類の態様が例えば挙げられる。
【0064】
本実施の形態に係る多孔質吸着膜にろ過させる混合溶液としては、アフィニティークロマトグラフィーカラムから溶出された、抗体を含有する溶出液が好適である。アフィニティークロマトグラフィーに用いられるカラムに充填する樹脂のリガンドは、通常プロテインAのようなFc結合タンパク質を含む。このようなアフィニティークロマトグラフィーの樹脂は市販されており、容易に入手することが可能である。溶出液中に含まれる、除去すべき夾雑物としては、HCP、DNA、ウイルス、エンドトキシン、遊離プロテインA、プロテインAと抗体との間で形成された複合体、並びに抗体の凝集体などが含まれる。
【0065】
なお、アフィニティークロマトグラフィー工程前の溶液を、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いてろ過してもよい。
【0066】
上述した(a)の方法のろ過形態であるフロースルーモードを実施する場合には、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いて混合溶液をろ過し、素通りした画分を精製された抗体の溶液として回収する。この場合、抗体の大半は、吸着されることなく素通りするが、夾雑物は吸着により除去される。フロースルーを得るための条件は、精製すべき抗体の性質、例えば電荷及び電荷分布に依存するが、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いることにより、プロセスウィンドウを広くとることができるため、例えば混合溶液の電気伝導度やpHの調節によって、当業者が容易に条件を設定することが可能である。
【0067】
上述した(b)の方法のろ過形態である結合モードを実施する場合にも、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いて抗体を含む溶液をろ過する。この場合、抗体のみ、あるいは抗体と一部の夾雑物が、本実施の形態に係る多孔質吸着膜に吸着される。この場合も、所望の物質を結合させるための条件は、本実施の形態に係る多孔質吸着膜を用いることにより、プロセスウィンドウを広くとることができるため、例えば溶液の電気伝導度やpHなどの調節によって、当業者が容易に条件を設定することが可能である。
【0068】
抗体のみを吸着した場合には、抗体を含む溶液を通液した後に、多孔質吸着膜から吸着物を除去しない緩衝液によって多孔質吸着膜を洗浄し、その後、吸着物に対する溶出緩衝液を多孔質吸着膜に通液することにより、精製された目的の抗体を多孔質吸着膜からの溶出画分として得る。
【0069】
吸着物として、抗体と夾雑物を共に吸着した場合には、それらの溶出条件の違いを利用して、抗体のみを溶出した画分を得ることにより、精製された目的の抗体を得る。
【0070】
本実施の形態に係る多孔質吸着膜は、アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、の共重合部分を有するリガンドが、多孔質基材の細孔中に網状に分布された構造を有する多孔質吸着膜であるため、塩濃度に対するプロセスウィンドウを広げることができ、電気伝導度が高い溶液から、目的タンパク質を効率よく精製することが可能である。また、樹脂を充填するカラムプロセスに比べて、高流速で溶液を通液できるため、精製に要する処理時間を大幅に短縮することが可能である。
【実施例】
【0071】
以下、実施例及び比較例に基づいて本実施の形態をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例のみに限定されない。
【0072】
(実施例1:エチレンジアミンと、ジエチレングリコールジグリシジルエーテルと、の共重合リガンドが固定された多孔質吸着膜)
【0073】
(i)多孔質中空糸へのグラフト鎖の導入
外径3.0mm、内径2.0mm、最大細孔径が0.3μmのポリエチレン多孔質中空糸を密閉容器に入れて、容器内の空気を窒素で置換した。その後、容器の外側からドライアイスで冷却しながら、γ線200kGyを照射し、ラジカルを発生させた。得られたラジカルを有するポリエチレン多孔質中空糸をガラス反応管に移し、200Pa以下に減圧することにより、反応管内の酸素を除いた。ここに40℃に調整したグリシジルメタクリレート(GMA)3体積部、及びメタノール97体積部よりなる反応液を、多孔質中空糸1質量部に対し20質量部注入した後、12分間密閉状態で静置してグラフト重合反応を施し、多孔質中空糸にグラフト鎖を導入した。なお、反応液は予め窒素でバブリングして、反応液内の酸素を窒素置換した。
【0074】
グラフト重合反応後、反応管内の反応液を除去した。次いで、反応管内にジメチルスルホキシドを入れて多孔質中空糸を洗浄することにより、残存したグリシジルメタクリレート、そのオリゴマー及び多孔質中空糸に固定されなかったグラフト鎖を除去した。
【0075】
洗浄液を除去した後、さらにジメチルスルホシキドを入れて2回洗浄を行った。メタノールを用いて同様にして洗浄を3回行った。洗浄後の多孔質中空糸を乾燥し、重量を測定したところ、グラフト鎖が導入されたポリエチレン多孔質中空糸の重量はグラフト鎖導入前の150%であり、下記式(1)で算出される、基材重量に対するグラフト鎖の重量比として定義されるグラフト率(dg)は50%であった。
式(1) dg = (w1 − w0) / w0
ここでw0は反応前のポリエチレン多孔質中空糸の重量、w1はグラフト鎖が導入されたポリエチレン多孔質中空糸の重量である。
【0076】
50%のグラフト率は、下記式(2)によって算出される、基材ポリエチレンの骨格単位であるCH2基(分子量14)のモル数に対して導入されたGMA(分子量142)のモル数が4.92%であることに相当する。
式(2) 導入GMAのモル数% = (グラフト率 / 142) / (100 / 14) × 100
【0077】
固体NMR法により、グラフト反応後の多孔質中空糸中のポリエチレン骨格単位CH2基のモル数と、グラフト鎖を構成するGMAに特有なエステル基(COO基)のモル数と、の比を測定した。
【0078】
測定はグラフト反応後の多孔質中空糸を凍結粉砕した粉末サンプル0.5gを用いて、Bruker Biospin社製DSX400を使用し、核種を13Cとして、High Power Decoupling法(HPDEC法)の定量モードにより、待ち時間100s、積算1000回の条件で、室温下で測定を行った。
【0079】
得られたNMRスペクトルのエステル基に対応するピーク面積と、CH2基に対応するピーク面積との比が、GMAとCH2基のモル数の比に対応することから、測定結果よりCH2基のモル数に対する導入されたGMAのモル数を算出したところ、4.9%と得られた。これはグラフト率49.7%に相当し、グラフト反応後のサンプルを固体NMR法で測定することにより、グラフト率が得られることが示された。
【0080】
(ii)共重合リガンドの合成
エチレンジアミン(EDA)20体積部、及び純水80体積部からなるEDA溶液と、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル(DEG−DGE)20体積部、イソプロパノール40体積部、及び純水40体積部からなるDEG−DGE溶液をそれぞれ調整し、10℃に冷却した。その後、10℃のウォーターバス中で撹拌しながら、EDA溶液38体積部に対し、DEG−DGE溶液62体積部を、3滴/秒ずつ混合し、EDAと、DEG−DGEと、の共重合体からなる共重合リガンドを調整した。さらに、共重合リガンドを含む溶液66体積部に対し、イソプロパノール34体積部添加し、溶液のイソプロパノール最終比が50体積部となるように調節した。
【0081】
得られた共重合リガンドにおいて、EDAのモル比率は50%であり、DEG−DGEのモル比率は50%であった。
【0082】
(iii)共重合リガンドのグラフト鎖への固定
ガラス反応管に、グラフト鎖を導入した、乾燥した多孔質中空糸を乾燥重量で1質量部、さらに(ii)で調整した共重合リガンド導入のための反応溶液99質量部入れ、撹拌後40℃に調整した。ガラス反応管を密閉して72時間静置し、グラフト鎖のエポキシ基を開環し、共重合リガンドを導入した。
【0083】
反応後の多孔質中空糸膜を、イソプロパノール及び純水で十分洗浄し、真空乾燥後の重量を測定した。その結果、共重合リガンドを導入する前に比べて、多孔質中空糸の重量が106.6%に増加しており、エポキシ基が反応して、共重合リガンドが導入されていることが示された。
【0084】
(実施例2:ヘキサンジアミンと、ヘキサンジオールジグリシジルエーテルと、の共重合リガンドが固定された多孔質吸着膜)
【0085】
実施例1の(ii)において、ヘキサンジアミン(HDA)を純水に溶解させ、1.9mol/LのHDA溶液と、ヘキサンジオールジグリシジルエーテル(HDO−DGE)20体積部、イソプロパノール40体積部、及び純水40体積部からなるHDO−DGE溶液を調整した。さらに、HDA溶液50体積部に対し、HDO−DGE溶液50体積部を混合し、HDAと、HDO−DGEと、の共重合体からなる共重合リガンドを調製した。その後、共重合リガンドを含む溶液63体積部に対し、イソプロパノール37体積部添加した。
【0086】
得られた共重合リガンドにおいて、HDAのモル比率は51%であり、HEG−DGEのモル比率は49%であった。それ以外は、実施例1と同じ操作を実施した。
【0087】
得られた中空糸多孔膜は、共重合リガンドを導入する前に比べて、重量が106.9%に増加しており、エポキシ基が反応して、共重合リガンドが導入されていることが示された。
【0088】
(実施例3:ヘキサンジアミンと、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテルと、の共重合リガンドが固定された多孔質吸着膜)
【0089】
実施例1の(ii)において、ヘキサンジアミン(HDA)を純水に溶解させ、1.5mol/LのHDA溶液と、シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル(CHDM−DGE)20体積部、イソプロパノール40体積部、及び純水40体積部からなるCHDM−DGE溶液を調整した。さらに、HDA溶液50体積部に対し、CHDM−DGE溶液50体積部を混合し、HDAと、CHDM−DGEと、の共重合体からなる共重合リガンドを調製した。その後、共重合リガンドを含む溶液63体積部に対し、イソプロパノール37体積部添加した。
【0090】
得られた共重合リガンドにおいて、HDAのモル比率は49%であり、CHDM−DGEのモル比率は51%であった。それ以外は、実施例1と同じ操作を実施した。
【0091】
得られた中空糸多孔膜は、共重合リガンドを導入する前に比べて、重量が108.1%に増加しており、エポキシ基が反応して、共重合リガンドが導入されていることが示された。
【0092】
(実施例4:ウシ血清アルブミンを用いたタンパク質吸着能評価)
(iv)NaCl濃度が0mol/Lのときのタンパク質吸着能評価
実施例1で得られた中空糸多孔膜を用いて、膜体積0.38mL、膜面積4.1cm2のモジュールを作製した。このモジュールにNaCl濃度が0mol/Lの20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)を30mL通液して平衡化した後、緩衝液にウシ血清アルブミン(BSA)を混合して、濃度を1mg/mLに調整したBSA溶液を30mL通液し、フロースルーにて得られる画分を回収した。次に、緩衝液を10mL通液して、中空糸多孔膜中の非吸着のBSAを洗浄し、洗浄にて得られる画分を回収した。次に1mol/L NaCl溶液を10mL通液して、中空糸多孔膜中に吸着しているBSAを溶出し、溶出にて得られる画分を回収した。得られたフロースルー、洗浄及び溶出回収液の量を測定すると共に、吸光度計で波長280nmの吸光度を測定し、アルブミンの吸光係数0.6を用いて濃度を求めた結果、中空糸多孔膜のBSA吸着容量は12.2mg/mLであった。
【0093】
また、実施例2で得られた中空糸多孔膜を用いて、膜体積0.38mL、膜面積4.1cm2の単糸モジュールを作製した。上記と同様にして、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LのときのBSAの吸着容量を求めた結果、中空糸多孔膜のBSA吸着容量は10.8mg/mLであった。
【0094】
さらに、実施例3で得られた中空糸多孔膜を用いて、膜体積0.38mL、膜面積4.1cm2の単糸モジュールを作製した。上記と同様にして、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LのときのBSAの吸着容量を求めた結果、中空糸多孔膜のBSA吸着容量は13.5mg/mLであった。
【0095】
(v)NaCl濃度が0.15mol/Lのときのタンパク質吸着能評価
(iv)において、緩衝液を20mmol/L Tris−HCl, 0.15mol/L NaCl緩衝液(pH8.0)にした以外は、同じ操作を実施した。実施例1で得られた中空糸多孔膜のBSA吸着容量は5.9mg/mLであった。
【0096】
また、実施例2で得られた中空糸多孔膜の、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LのときのBSA吸着容量は4.8mg/mLであった。
【0097】
また、実施例3で得られた中空糸多孔膜の、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LのときのBSA吸着容量は5.1mg/mLであった。
【0098】
(vi)塩濃度が変化したときのタンパク質吸着能変化
実施例1で得られた中空糸多孔膜について、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、48.4%であった。
【0099】
実施例2で得られた中空糸多孔膜について、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、44.4%であった。
【0100】
実施例3で得られた中空糸多孔膜について、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、37.8%であった。
【0101】
(比較例1:陰イオン交換リガンドが固定された多孔質吸着膜)
実施例1の(i)によって得られた、グラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を、メタノールに10分以上浸漬して膨潤させた後、純水に浸漬して水置換した。また、精製水12.5mLと、1mol/L NaOH水溶液12.5mLと、を混合し、ここに、1.19gのトリメチルアミン塩酸塩加えて、反応液を作製した。次に、上記(i)で得られたグラフト鎖導入後の中空糸多孔膜の乾燥重量に対して25質量部の反応液をガラス反応管に入れ、40℃に調整した。その後、反応液に、純水浸漬後のグラフト鎖を導入した中空糸多孔膜を挿入し、24時間静置して、グラフト鎖のエポキシ基をトリメチルアミノ基に置換し、トリメチルアミノ基がグラフト鎖を介して固定された中空糸多孔膜を得た。
【0102】
得られた中空糸多孔膜は、トリメチルアミノ基を導入する前に比べて、重量が113.2%に増加しており、エポキシ基が反応して、トリメチルアミノ基が導入されていることが示された。
【0103】
得られた中空糸多孔膜を用いて、膜体積0.38mL、膜面積4.1cm2の単糸モジュールを作製した。実施例3と同様にして、目的タンパク質としてウシ血清アルブミン(BSA)を1mg/mL含む20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)を通液し、BSAの吸着容量を求めた。
【0104】
吸着の際のNaCl濃度が0mol/Lのときのタンパク質吸着能は、40.7mg/mLであった。また、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/Lのときのタンパク質吸着能は、1.7mg/mLであった。
【0105】
よって、塩濃度が変化したときのタンパク質吸着能変化は、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、4.1%であった。
【0106】
このことから、本実施の形態の方法に比べて、比較例1に係る中空糸多孔膜は、電気伝導度の高い溶液におけるタンパク質吸着能の低下が著しく、塩濃度に対するプロセスウィンドウが狭いことが分かった。
【0107】
(比較例2:市販の膜)
市販のアニオン交換基を有する膜として、ザルトリウス製Sartobind Q MA75(リンカー:グラフト鎖、リガンド:4級アンモニウム、膜体積2.06mL)、及びポール製Mustang Q Acrodisc(リンカー:スペーサー基、リガンド:4級アミン、膜体積0.18mL)の2種類を用い、実施例3と同様にして、目的タンパク質としてウシ血清アルブミン(BSA)を1mg/mL含む20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)を通液し、BSAの吸着容量を求めた。
【0108】
吸着の際のNaCl濃度が0mol/Lのときのタンパク質吸着能は、それぞれ、Sartobind Qが26.2mg/mL、Mustang Qが56.2mg/mLであった。
【0109】
また、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/Lのときのタンパク質吸着能は、それぞれ、Sartobind Qが2.4mg/mL、Mustang Qが3.3mg/mLであった。
【0110】
よって、塩濃度が変化したときのタンパク質吸着能変化は、Sartobind Qについて、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、9.1%であった。また、Mustang Qについて、緩衝液が20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)であって、吸着の際のNaCl濃度が0.15mol/LであるときのBSAの吸着容量は、吸着の際のNaCl濃度が0mol/LであるときのBSAの吸着容量に比べて、5.9%であった。
【0111】
このことから、本実施の形態の方法に比べて、比較例2に係る膜は、電気伝導度の高い溶液におけるタンパク質吸着能の低下が著しく、塩濃度に対するプロセスウィンドウが狭いことが分かった。
【0112】
(実施例6:フロースルーモードによる夾雑物の吸着除去)
(vii)抗体含有細胞培養液の調製
無血清培地にて培養したチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞の培養液(電気伝導度8.7mS/cm、細胞密度1.1×107/mL)196mLに抗体50mg/mLを含むヒトγ−グロブリン溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)4mLを添加し、0.45μm精密ろ過膜(ザルトリウス製、ミニザルト16555K)を透過させることにより、pH7.4で抗体1mg/mLを含有する細胞培養液を調製した。
【0113】
得られた細胞培養液中の代表的な夾雑物であるHCP濃度を、ELISA法を用いて測定した。Cygnus Technologies製、CHO Host Cell Protein ELISA Kitの96ウェルプレートに細胞培養液を滴下し、GEヘルスケアバイオサイエンス製、Ultrospec Visible Plate Reader II96のプレートリーダーを用いてHCP濃度を測定した。その結果、細胞培養液中のHCP濃度は、354μg/mLであった。
【0114】
他の代表的な夾雑物であるDNAの定量は、invitrogen製、Quant−iT(登録商標)dsDNA HS Assay Kitを用いて評価する細胞培養液を処理した後、Qubit(登録商標)フルオロメーターを用いて行った。その結果、細胞培養液中のDNA濃度は7560ng/mLであった。
【0115】
(viii)プロテインAカラムを用いた抗体精製
(vii)で得られた抗体含有細胞培養液25mLを0.2μm除菌膜(ザルトリウス製、Minisart plus)に通液した後、20mmol/Lのリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)10mLで平衡化したプロテインAカラム(GEヘルスケアバイオサイエンス製、HiTrap ProteinA HP 1mL)に10mL添加し、抗体を吸着させた。カラムに上記緩衝液20mLを通液して洗浄した後、0.1mol/Lのクエン酸ナトリウム緩衝液(pH3.0)を10mL通液して、抗体を溶出回収した。得られた溶出回収液に、ほぼ等量の10mmol/Lリン酸ナトリウム緩衝液(pH8.2)を添加し中和した後、少量の1.5mol/LのTris−HCl(pH8.0)で溶出回収液をpH8.0に調整し、抗体の精製液20mLを得た。精製液はプロテインAカラムに通液する前に対して2倍希釈されている。
【0116】
得られた抗体の精製液中のHCP濃度を(vii)と同様にして測定した結果、3.02μg/mLであった。また、(vii)と同様にしてDNA濃度を測定した結果、67.5ng/mLであった。さらに、得られた溶出回収液を、20mmol/LのTris−HCl(pH8.0)により10倍希釈し、波長280nmの吸光度を測定し、抗体の吸光係数E1% 280nm = 14を用いてLambert−Beerの法則に従って濃度を求めたところ、0.46g/Lであり、2倍希釈されていることから、得られた抗体のアフィニティークロマトグラフィー後の回収率は92%であった。
【0117】
(ix)固定された多孔質吸着膜による夾雑物除去
実施例1で得られた中空糸多孔膜を用いて、膜体積0.54mL、膜面積6.4cm2のモジュールを作成した。このモジュールに20mmol/L Tris−HCl緩衝液(pH8.0)を20mL通液して平衡化した後、(viii)で得られたアフィニティークロマトグラフィー後の抗体の精製液を20mL通液し、フロースルーにて得られる画分を回収した。得られたフロースルー回収液中のHCP濃度を(vii)と同様にして測定した結果、30ng/mLであり、フロースルーによりHCP含有量は約100分の1に低下した。また、(vii)と同様にしてDNA濃度を測定した結果、検出限界(10ng/mL)以下であった。さらに、得られた回収液を20mmol/LのTris−HCl(pH8.0)により10倍希釈し、波長280nmの吸光度を測定し、抗体の吸光係数E1% 280nm = 14を用いてLambert−Beerの法則に従って濃度を求めたところ、0.90g/Lであり、抗体が中空糸多孔膜には吸着されなかったことを示していた。
【0118】
以上の実施例で示したように、本実施の形態に係る中空糸多孔膜を用いることにより、夾雑物を有効に除去し、速やかに抗体を精製することが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明により、塩濃度に対するプロセスウィンドウを広げることができ、電気伝導度が高い溶液から、目的タンパク質を効率よく精製することが可能な、共重合リガンドを有する多孔質吸着膜を得ることができる。また、アフィニティークロマトグラフィー工程後の中間精製において、HCP、DNAなどの夾雑物を有効に且つ迅速に除去できるので、細胞培養液に含まれる目的タンパク質の精製において、産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細孔を有する基材と、リガンドと、前記基材及び前記リガンド間を結合しているリンカーと、を備える多孔質吸着膜であって、
前記リガンドは、
(a)アニオン交換能を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、
(b)疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットと、
を含み、
前記(a)のユニットと、前記(b)のユニットと、は、共重合体を形成している、多孔質吸着膜。
【請求項2】
前記(a)のモノマーが、ジアミン化合物モノマーである、請求項1に記載の多孔質吸着膜。
【請求項3】
前記(a)のモノマーが、アニオン交換基と、疎水性相互作用を有す基を主鎖に持つモノマー由来ユニットである、請求項1乃至2のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項4】
前記ジアミン化合物モノマーが、下記構造式(1)の構造を有し、
構造式(1) NH2 − R1 − NH2
前記構造式(1)のR1が、炭素数2から6のアルキレン基からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項5】
前記(b)のモノマーが、ジグリシジル化合物モノマーである、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項6】
前記ジグリシジル化合物モノマーが、下記構造式(2)の構造を有し、
【化1】

前記構造式(2)のR2が、炭素数2から6のアルキレン基、炭素数2から6のアルキレン基エーテル、又は六員環からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項7】
前記リンカーが、前記基材の表面に導入されたグラフト鎖である、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項8】
前記グラフト鎖がメタクリル酸グリシジルの重合体である、請求項1乃至7のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項9】
前記多孔質吸着膜の基材の材料が、ポリオレフィン系重合体を含む、請求項1乃至8のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項10】
前記多孔質吸着膜が中空糸多孔膜である、請求項1乃至9のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項11】
前記多孔質吸着膜のタンパク質吸着容量をCとして、0.15mol/L NaClの水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0.15が、NaClを含まない水溶液のイオン強度と同一のイオン強度のタンパク質溶液をろ過した場合の吸着容量C0に対して、少なくとも35%を下回らない、請求項1乃至10のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜。
【請求項12】
目的とするタンパク質と、夾雑物と、を含む混合溶液から、目的とするタンパク質を精製する方法であって、
請求項1乃至11のいずれか1項に記載の多孔質吸着膜を用いて前記混合溶液をろ過し、前記夾雑物を除去することを含む、タンパク質の精製方法。

【公開番号】特開2012−211110(P2012−211110A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77862(P2011−77862)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(507365204)旭化成メディカル株式会社 (65)
【Fターム(参考)】