説明

多孔質材料の構造解析方法

【課題】多孔質材料の構造を容易かつ詳細に解析することを目的とする。
【解決手段】本発明の多孔質材料の構造解析方法は、小角電子線散乱により多孔質材料の電子線回折像の中央部に現れる小角電子線散乱部分を結像させることで小角電子線散乱像15を形成することを特徴とする。特に、小角電子線散乱像15の画像データに構造解析処理を施すことができる。また、小角電子線散乱部分の構造解析処理を併用することができる。さらに、透過像を併用することもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線散乱を用いた活性炭などの多孔質材料の構造解析法に係り、特に、電気二重層キャパシタなどエネルギーデバイスの電極などに用いる場合に好適な炭素材料に関する。
【背景技術】
【0002】
活性炭など細孔を有する多孔質炭素材料は、優れた吸着効果や良好な導電性がある等の理由から、公害防止分野や電気二重層大容量キャパシタ(EDLC)の電極などの電気電子材料として広く利用されている。EDLCは、高速充放電ができ、劣化しにくく寿命が長いため、モバイル機器のバックアップ電源、OA機器、電力変換機器、電気自動車等、様々な用途に使われており、蓄電デバイスの一つとして重要で不可欠なものとなっている。EDLCは用途に応じて、有機系あるいは水溶液系の溶媒が使い分けられ、その電極材としての活性炭の適否により、EDLCの性能が決まるため、より高性能な電極材の開発が望まれている。
【0003】
活性炭は構造的に複合系アモルファス炭素材料の一つであると考えられており、巨大な比表面積と持つとともに良好な電気伝導性を示し、また、耐熱性、化学的安定性にも優れている。活性炭が高比表面積を有する理由は、内部に極めて多数の微細孔が形成されていると考えられているが、細孔の形状が乱雑でかつナノメータサイズであることから解析が難しく、その構造は必ずしも解明されていない。特に、電気二重層キャパシタや電池電極などに活性炭を利用する場合、その性能向上には、有効な細孔が形成され、荷電粒子やイオンが高速でスムーズに移動できる構造となっている必要がある。このような材料を実現するためには、活性炭の細孔径分布や細孔どうしの接続、外部開口部への連結などの構造を把握することが不可欠であり、これをもとに材料設計を行うことが必要である。
【0004】
活性炭の構造把握の手法としては、これまで気体吸着によるBET法や小角X 線散乱法などによる細孔径分布測定が利用されてきた。気体吸着による測定法は吸着等温線から特定の細孔モデルに従った計算により細孔径を推定するものであり、細孔モデルや計算手法により細孔分布の結果が異なる。また、小角X線散乱法は、100nm以下の微細な粒子からなる系や、このサイズの密度の不均一な領域をもつ材料にX線が通過する際、物質の組織に対応したX線回折の小角側に生ずる散漫散乱を利用している。この手法を使えば、メソ孔からマイクロ孔に対応する1〜100nmの大きさ程度の系の情報が得られるため、活性炭の構造解析に用いられている。
【0005】
小角X線散乱法については、X線異常分散現象を利用して着目した元素に関与する密度構造に関する知見を得る小角X線散乱の解析法に最適な小角散乱X線装置、電子線回折法については、非晶質材料膜からのハローリングパターンの強度分布から、原点からピーク位置までの距離を求め、非晶質材料膜の短距離秩序の周期間隔を算出する方法などが公開されている(以下の特許文献1、特許文献2参照)。
【0006】
一方、透過電子顕微鏡(TEM)による方法は直接的に試料の観察を行うものであり、局所の状態に関する情報を視覚化して得られるという特徴がある。特に高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)は、1nm以下の原子・分子サイズのレベルまで、観察が可能である。1981年にGlasgow大学のFryerはHRTEMにより乱層構造をもつ炭素材料の細孔観察を行い、HRTEMによる細孔観察の有効性を示す論文を発表している(以下の非特許文献1参照)。
【0007】
このようなTEMを用いた観察技術については、高倍における高分解能観察と低倍における良質で高視野の像の観察を両立させることのできるもの、アイランド構造を持つ結晶粒子を非晶質膜上に配置して、標準試料として非晶質膜を用いることにより非点収差を補正し、倍率補正やカメラ長補正を行えるようにした報告がある(以下の特許文献3、特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−145916号公報(小角散乱X線装置)
【特許文献2】特開平9−213253号公報(電子線回折による非晶質材料の構造解析方法)
【特許文献3】特開昭62−110246号公報(電子顕微鏡)
【特許文献4】特開2002−367551号公報(電子線装置)
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】フライヤー (J. R. Fryer), Carbon 19 (1981)P. 431-439 "The micropore structure of disordered carbons determined by high resolution electron microscopy"
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の気体吸着による測定法や小角X線散乱測定に基づく活性炭の構造解析手法は、いずれも間接的な手法であり、バルクとしての試料全体の平均的な結果しか得られなかった。また、これまで活性炭の解析に、X線の小角散乱は利用されてきたが、電子線の小角散乱が使われた報告はない。
【0011】
一般にTEMによる観察法は、拡大率により結像原理が異なるため高倍率の観察は近視野的であり、広範囲な領域と局所の関連はつかみにくい。すなわち、低倍率では散乱吸収コントラストにより、高倍率では回折コントラストあるいは位相コントラストにより像が現れる。したがって、活性炭の観察において高倍率では原子・分子サイズの格子像が観察され、直径2nm以下のマイクロ孔を含む領域が観える一方、直径2-50nmのメソ孔や直径50nm以上のマクロ孔を観察することが困難である。
【0012】
また、上記の特許文献3及び4に記載された二つの技術を合わせると非晶質の物質の低倍から高倍での観察に利用できると考えられるが、本発明は、これらとは考え方と原理が全く異なるものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
活性炭の構造解析手法の一つであるX線回折はX線の散乱を利用し、TEMは電子線の回折を使っており、回折の原理は基本的にX線もTEMの電子線も同じである。したがって、TEMにおいても電子線の小角散乱を利用することにより、電子線散乱をシグナルとして解析するとともに像として視覚的な観察が可能である。これによりTEMによる観察のスケール範囲をマイクロ孔からマクロ孔まで拡大し、より正確な活性炭の構造を把握できる。
【0014】
TEMの設定においては、小角電子線散乱の分解能を上げるため、カメラ長を長くとることにより、小角散乱部分の詳細な解析を行うことが可能になる。さらに小さい対物絞りを用いることにより、小角電子線散乱による像を得て、マイクロ孔からマクロ孔の観察を行うことができる。
【0015】
本発明ではTEMの小角電子線散乱を用いて、活性炭の2nm以上の細孔を像として視覚的に観察することができる。通常の高分解能観察を小角電子線散乱で観察した同じ視野(少なくとも一部に共通の領域を含む対応する視野)で行って、マイクロ孔も観察することにより、マイクロ孔とメソ孔およびマクロ孔の位置関係や接続状態に関する知見が得られる。これらの結果をもとに、活性炭細孔の3次元構造を求めるとともに、立体モデルを作成することができる。TEMの電子線回折パターンについても、画像処理手法を用いて、多くの情報が含まれる小角散乱部分の解析を行い、細孔構造を求めることが可能になる。
【0016】
小角電子線散乱を利用するには、TEMのカメラ長を長くとり、小角電子線散乱パターンを拡大し、散乱パターンを解析することによって、散乱体の大きさや形状等の情報を得ることができる。
【0017】
例えば、直径1μm程度の非常に小さい対物絞りを挿入して、Bragg反射をしていない小角電子線散乱部分のみを通過させて結像することにより、電子線が通過した物質中の微小な不均一構造の像を得ることができる。この像は、活性炭のような多孔質材料の場合は、物質と空孔の構造を示す像となる。
【発明の効果】
【0018】
気体吸着法や小角X線散乱は試料のバルクとしての平均的な情報を間接的に求める方法であるが、TEMの小角電子線散乱を用いれば、活性炭のような多孔質材料の細孔構造を像として直接的、視覚的に得ることができる。また、平均値ではわからない局所の変化の情報を得ることができる。この技術を確立することは、TEMの新たな観察手法となり得る。
【0019】
また、気体吸着法や小角X線散乱法による構造解析手法に対し異なる方向からの比較法を提供することで、それぞれの手法の妥当性を検証し、解析技術を進展させられる。
【0020】
小角電子線散乱による観察では細孔部分の領域の判定を行い、大きな孔から小さい孔につながる、活性炭細孔の3次元立体像を作成できる。これまで困難であった活性炭の複雑な細孔構造を解明することができる。さらにミクロ空間を制御して、より高性能な活性炭を開発するため基礎データを提供し、材料設計にフィードバックできる。
【0021】
応用面では、活性炭を始めとする多孔質低結晶性炭素材料を電極に用いた電気二重層キャパシタの高性能化が行われ、各種用途の蓄電システムの開発に多大な貢献が期待できる。また、選択的に気体あるいは液体を吸着できる分子ふるい機能を有する活性炭を開発することで、環境問題に役立てられる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】透過電子顕微鏡の光学系。
【図2】多孔質炭素材料の制限視野電子線回折像。
【図3】多孔質炭素材料の透過電子顕微鏡による明視野像。
【図4】多孔質炭素材料の小角電子線電子線像。
【図5】マイクロ孔とメソ孔を含む活性炭の高分解能透過電子顕微鏡像。
【図6】マイクロ孔とメソ孔を含む活性炭の小角電子線散乱像。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態として実施例を図1〜図6に基づいて説明する。
【0024】
[実施例]
図1において、TEMの結像経路は多段の電子レンズ2、5、8、9により構成されている。TEMを使う場合は、まず電子銃1の電子加速電圧を上げ、フィラメントを加熱して電子線を発生させる。電子銃1から発せられた電子線は、光路11に従い収束レンズ2により集められ、微小平行光束として試料4に照射される。電子線の光量を調節するため、収束レンズと試料の間に収束絞り3を挿入する。電子線を発生させたときは、収束絞りが光路の中央になるよう調整を行う。試料を透過した電子線は対物レンズ5に到達し、第1段階の拡大が行われる。この拡大像が中間レンズ8、投影レンズ9によりさらに拡大され最終の観察像10となる。6は対物絞りで、対物レンズの後焦点面に挿入し、像のコントラストを上げるときなどに用いる。制限視野絞り7は、観察像中の一部分の電子線回折像を得る場合に挿入する。蛍光盤に写し出された最終の拡大像10をガラス窓から肉眼で、あるいは小型蛍光盤上の像を双眼鏡により観察する。像の撮影は蛍光盤をはずし、写真フィルムに直接電子線を照射して露光する。蛍光盤のかわりにカメラを取り付けて像を撮影し、モニタ画面に表示してもよい。また、CCDカメラで取り込んだ像をデジタル画像として保存できるシステムを構成しても構わない。
【0025】
試料が比較的薄く電子線のほとんどが透過する部分では、入射した電子線の一部はBraggの条件を満たして弾性散乱し、直進する透過波とは別の経路を通り、後焦点面において透過波の周りに分布して通過する。これが回折波で電子線散乱の特別な場合である。試料が結晶性薄片のときは、Bragg反射した電子線は後焦点面でいくつかのスポットを形成する。中間レンズ8の励磁電流を調節して焦点距離を変えることにより、結像面10でこれらのスポットを逆格子空間像として観察することができる。これを電子線回折像と呼び、実像と区別される。実像を観察しながら制限視野絞り7を挿入したのち回折像モードに切り替えれば、特定の領域に関する電子線回折像が得られ、これを制限視野回折(Selected Area Diffraction、SAD)像という。回折像を観察する場合には対物絞り6は挿入しない。選んだ視野内の試料の組織・結晶構造に関する情報を制限視野回折像から得ることができる。
【0026】
図2は、多孔質炭素材料の一つである活性炭の制限視野回折像である。活性炭のような非晶質材料の組織・構造は、ランダムな向きで配向性がないため、同心円状に広がっている。また、結晶構造の002回折面を示すリング状の回折スペクトル12が現れているが、結晶性が低く回折スペクトルはブロードである。その中央部が小角電子線回折部分13である。ここで、回折角2θは5〜10度以下である。なお、図示の回折像に見られる針状の影は中心の透過電子線を遮るためのビームストッパである。
【0027】
図2の002回折面によるリング状の回折スペクトル12が通過する比較的大きな対物絞り6を挿入し、対物絞り6の外側の回折波を遮断して透過波のみを通すと、像観測面でBragg反射した部分が暗く、それ以外は明るい像(Bright-field Image、明視野像)が得られる。図3は日本電子製の透過電子顕微鏡JEM2010FEFにより加速電圧200KV、アンダーフォーカス70nmの条件で観察した、多孔質炭素材料の明視野像14である。材料の端では、炭素六角網面がランダムな向きで観察され、この網面が図2の電子線回折像に現れたリング状の002回折面の回折スペクトル12に対応している。
【0028】
この002回折スペクトル12に対応する像が、図3の明視野像においては、活性炭内部のマイクロ孔からマクロ孔と重なって現れているため、これらの孔を観察することができない。
【0029】
図2で示す電子線回折において、Bragg反射した電子線が通過しない直径1μm程度の非常に小さい対物絞り6を挿入して、中央の小角電子線散乱部分13のみを通過させて結像すると、図4に示す小角電子線散乱像15が得られる。小角電子線散乱は電子線が通過した物質中の微小な不均一構造に起因しており、この散乱線を結像することにより、不均一構造を視覚化することができる。ここで、小角電子線回折部分13は、材料の原子間又は分子間の距離d、電子線の波長λに対して、sinθ<λ/2dの範囲の回折波に相当し、当該回折波のみを通過させるために、上記対物絞り6により上記式中の回折角θの角度範囲に限定する。
【0030】
同様な方法が小角X線散乱でも行われるが、実際に像として観察することができないため、視覚化できるという点で、ここで提案する小角電子線散乱法が優れている。小角電子線散乱像15は活性炭内部のメソ孔からマクロ孔を示している。明視野像14と比較することにより、マイクロ孔とメソ孔およびマクロ孔の位置関係を知ることができる。
【0031】
マイクロ孔とメソ孔の位置関係の一例として図5にその様子を示す。図5はメソ孔を多く含む活性炭の高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)像である。この試料はメソ孔を多数含むため、透過電子顕微鏡の高分解能領域でマイクロ孔と合わせてメソ孔を同時に観察できる特殊なものである。16はマイクロ孔を、17はメソ孔を示している。マイクロ孔は炭素六角網面の間に形成されている2nm以下の空間である。HRTEM像であるため、メソ孔そのものが直接観察されているのではなく、メソ孔を囲む炭素六角網面が観察されることにより、その存在がわかる。炭素の塊である粒子が集まり、その空隙がメソ孔となっている。また、炭素粒子の内部にマイクロ孔が存在する。マイクロ孔がメソ孔につながり、メソ孔が外部へ開いているとき、マイクロ孔が吸着に有用な孔となる。TEM観察において、一般的には、マイクロ孔とメソ孔は重なっており、この例のように区別して観察することはできない。このため、メソ孔とマイクロ孔の関係は、本特許申請の小角電子線散乱法とTEM観察によらなければ、知ることができない。すなわち、同じ視野領域(少なくとも一部が共通する領域を有する対応する像における共通する視野領域)において小角電子線散乱像と、TEM像(例えば、明視野像)とを比較することによって、大きさの異なる孔の位置関係を特定することができるとともに、3次元構造を把握することも可能になる。
【0032】
図6に示す18は、図5で示したマイクロ孔とメソ孔を含む活性炭の小角電子線散乱像である。マイクロ孔は見えなくなり、マクロ孔とこれを形成する炭素の塊が見える。図5のHRTEM像と図6の小角電子線散乱像18とを同じ視野領域において比較することにより、マイクロ孔とメソ孔の位置関係を知ることができる。
【0033】
本手法によれば、図3で示した明視野透過像14では見ることのできない、比較的厚い部分の孔の様子を観察することができる。
【0034】
図3で示した明視野透過像14に2次元フーリエ変換を施して、空間周波数領域においてマイクロ孔およびマクロ孔のサイズに対応する周波数成分を抽出した後、2次元逆フーリエ変換により実空間の像を形成することも可能であるが、フーリエ変換による方法は2次元の画像に対して行われるもので、電子線に垂直な材料の厚さ方向の3次元的な組織・構造の情報は失われている。これに対して小角電子線散乱法は3次元的な情報から結像するもので、より正確な細孔の構造が得られ、この点でフーリエ変換による方法よりも優れている。
【0035】
図2で示す小角電子線散乱部分13の散乱パターンを解析することによっても、散乱体の大きさや形状等の情報を得ることができる。すなわち、図2に示す小角電子線回折像(回折像のうち小角電子散乱部分13)から散乱パラメータsによる散乱強度の依存特性I(s)を求め、この依存特性から構造解析を行うことができる。この場合、実施例の活性炭の組織には配向性がないため、上記回折像は同心円状であり、中心点に対して回転方向に積分して中心点からの距離で割ることで散乱強度の依存特性I(s)を求める。なお、配向性を有する組織を有する場合には特定の配向面に対応する特定の方位角範囲を指定して当該方位角範囲を積分範囲とすることにより特定の配向面に関する散乱強度を求めることができるので、この散乱強度に基づいて同様の解析を行うことで、当該配向面に関する構造情報を得ることができる。
【0036】
ここで、電子線の散乱パラメータsは以下の数式1で与えられる。
【0037】
【数1】

【0038】
ここで、eとeは、それぞれ入射電子線および散乱電子線の方向を示す単位ベクトルである。粒子中の総電子数をnとし、M個の粒子が存在するとしたとき、散乱強度は以下の数式2となる。
【0039】
【数2】

【0040】
ここで、IとRは、それぞれ電子一個あたりの散乱強度および慣性半径である。この式の両辺の対数をとりプロットすることにより、その傾きからRが求まる。
【0041】
散乱強度I(s)を散乱パラメータsの領域別に分析することにより、粒子の大きさ、形状、表面の構造を推定することができる。これらの領域は、粒子の大きさを示す領域I、粒子の形状を示す領域II、及び、粒子の表面構造を示す領域IIIの3つの部分に区別される。
領域Iは慣性半径の逆数1/R以下のsが最も小さい領域であり、顕微鏡像内の粒子全体が視界に入っていることに対応し、形状に関わらず粒子の大きさが評価でき、Guinier領域と呼ばれる。領域IIは粒子の形状が評価できる部分で、粒子の形状が球であれば散乱曲線はs−4に、円盤状であればs−2に、棒状であればs−1に、それぞれ比例して減衰する。
領域IIIでは、粒子表面の凹凸がわかり、散乱曲線がs−4に比例して減少すれば、滑らかな表面であることがわかる。粒子の表面がフラクタルであれば、散乱曲線を両対数プロットすることにより、その傾きから表面のフラクタル次元を求めることができる。
【0042】
粒子(空孔)が均質な媒質中に存在するときは、総電子数nを両者の電子密度差Δρと粒子(空孔)の体積Vとの積に置き換えることにより、粒子(空孔)形状に関係した散乱強度Iについて数式3が得られる。ここで、Mは粒子(空孔)の個数である。ただし、数式3では粒子(空孔)間の相互作用は考慮していない。
【0043】
【数3】

【0044】
しかしながら、この数式3では散乱強度Iが電子密度差Δρの二乗に比例するので、散乱強度Iは、空間に電子密度ρの粒子が浮かんでいる場合と、逆に電子密度ρの媒体中に粒子と同じ形状の細孔(空孔)が存在する場合の区別がつかない、相補の関係にある。このように散乱強度のみから物質か空間かを区別できないが、散乱電子線を結像することにより、どちらであるかを判定することができる。例えば、小角電子線散乱像の明度の高い部分が空孔に対応し、明度の低い部分が粒子に対応することがわかる。したがって、散乱強度のみしか得られない小角X線散乱法よりも、散乱像をあわせて得られる小角電子線回折法が優れている。すなわち、小角電子線回折法では、小角電子線回折像に基づく構造解析法によって得られる上述の構造情報に、小角電子線散乱像によって得られる情報を組み合わせ、両者を同じ視野領域について比較検討することによって、相補の関係にある不明確な情報を明確化して、より詳細な構造解析をすることができる。
【0045】
また、本手法により得られた多孔質炭素材料の情報を、小角X線散乱による結果と比較することにより、小角X線散乱では、これまで補系の関係にあり、特定できなかった物質と空孔の関係を確認することが可能で、小角X線散乱法を補強することもできる。なお、本発明に係る小角電子線回折像に基づく構造解析手法としては上記の散乱パラメータを用いて領域毎に解析する方法に限らず、散乱強度を複数のガウス正規分布曲線等でフィッティングし、個々の正規分布曲線を実空間の周波数と対応させることで空孔若しくは粒子の径や形状を求めることができる。具体的には、例えば、粒子若しくは空孔の形状を球形や円筒形などに適宜にモデル化したうえで上述のフィッティングすることで上記粒子若しくは空孔の径を求めることができる。一般的に、散乱強度分布に基づいて構造解析を行う手法としては、以下の数式4に示す距離分布関数(rは粒子若しくは空孔間の距離)を求める方法、Fankuchen's methodと呼ばれる方法などがある。
【0046】
【数4】

【0047】
さらに、空間周波数解析により、上記の小角電子線散乱像を元にして構造解析(小角電子線散乱像の画像データに基づく構造解析処理)を行うことも可能である。例えば、小角電子線散乱像に、好ましくは像の外形に対応した適宜のウィンドウ処理(ハミングウィンドウやブラックマンウィンドウなど)を施したうえで、二次元フーリエ変換を施してパワースペクトルを求める。そして、このパワースペクトルを上記の小角電子線回折像と同様に積分し、パワースペクトル強度の空間波長依存性を得ることができる。この周波数特性に基づいて、パワースペクトルを構成する複数の周波数成分中の特定の一又は複数の周波数成分を抽出した後に、この抽出した一又は複数の周波数成分に二次元逆フーリエ変換を施して一又は複数の再生像を得ることで、周波数成分に対応する構造を再生像として抽出することができ、この再生像から空孔若しくは粒子の大きさや形状等の構造解析を行うことも可能である。
【0048】
他の小角電子線散乱像の画像データに基づく構造解析処理により粒子若しくは空孔の形状を明瞭化する方法としてはフラクタル次元の解析手法がある。この解析手法では上述のように散乱強度からフラクタル次元を求めることができるが、小角電子線散乱像から求めることも可能である。例えば、小角電子線散乱像を二値化し、この二値化画像の明るい空孔断面の断面積Sをその輪郭線長Xの関数として測定する。輪郭線のフラクタル次元Dは次の数式5を用いて求められる。ここで、Aは定数でXとSの両対数グラフで得られる直線(最小自乗法等によるフィッティングで求める。)の切片である。空孔の輪郭線のフラクタル次元Dは当該直線の傾きから得られる。このフラクタル次元Dの値により空孔表面の構造を推定できる。例えば、Dが1.7〜1.8程度であれば、線の次元1よりも面の次元2に近いために空孔断面の輪郭線は複雑に入り組んでいることがわかる。なお、3次元空間の空孔表面のフラクタル次元は空孔断面の輪郭線のフラクタル次元に1.0を加えることで求められる。
【0049】
【数5】

【0050】
上述のような小角電子線回折法による散乱像を得るには、同じ視野領域、或いは、少なくとも一部に共通の領域を含む視野領域について測定を行う場合に、透過像や明視野像の撮影時よりも、上記小角電子線散乱部分13のみを通過させるために対物絞り6の開口径を小さくする必要がある。一方、小角電子線回折法による回折パターンを用いた構造解析では、撮影時において回折像の範囲を絞り込む必要は必ずしもなく、一般的な回折パターンを取得し、そのうちの小角電子線回折部分13を解析するようにしてもよい。また、上記の小角電子線回折像に基づく構造解析法においてより精密な構造情報を得るためには、小角電子線回折部分13の回折パターンの分解能を高めることが望まれるので、透過像や明視野像の撮影時よりも、透過電子顕微鏡のカメラ長L(=Rd/λ;Rは回折像上の回折点の中心点(透過点)からの距離、dは構造間隔(面間隔)、λは電子線の波長)を大きくとって小角電子線散乱像や小角電子線回折像を形成することが好ましい。
【符号の説明】
【0051】
1…電子銃、2…収束レンズ、3…収束絞り、4…試料、5…対物レンズ、6…対物絞り、7…制限視野絞り、8…中間レンズ、9…投影レンズ、10…像、11…光路、12…002回折リング、13…電子線小角散乱部分(回折像の一部)、14…明視野像、15…小角電子線散乱像、16…マイクロ孔、7…メソ孔、18…小角電子線散乱像

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小角電子線散乱により多孔質材料の電子線回折像の中央部に現れる小角電子線散乱部分を結像させることで小角電子線散乱像を形成することを特徴とする多孔質材料の構造解析方法。
【請求項2】
さらに、前記小角電子線散乱像の画像データに構造解析処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の多孔質材料の構造解析方法。
【請求項3】
前記小角電子線散乱像と少なくとも一部に共通する領域を含む視野領域について透過像を形成し、前記共通する領域において前記小角電子線散乱像と前記透過像を比較することを特徴とする請求項1又は2に記載の多孔質材料の構造解析方法。
【請求項4】
前記小角電子線散乱像は、前記透過像の撮影条件に比べて、前記透過型電子顕微鏡のカメラ長を長くとるとともに対物絞りの開口径を小さくして形成することを特徴とする請求項3に記載の多孔質材料の構造解析方法。
【請求項5】
さらに、前記小角電子線散乱部分の散乱強度分布に基づいて構造解析を行うことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の多孔質材料の構造解析方法。
【請求項6】
前記小角電子線回折像から前記小角電子線散乱部分の散乱強度の散乱パラメータ依存性I(s)を導出し、該散乱強度の散乱パラメータ依存性I(s)を解析することにより多孔質材料の粒子若しくは空孔の大きさ又は形状を求めることを特徴とする請求項5に記載の多孔質材料の構造解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−184943(P2012−184943A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−46390(P2011−46390)
【出願日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】