説明

多孔質膜

【課題】天然由来の素材から簡易な方法で製造される貫通孔が形成された粒子及び多孔質膜を提供する。
【解決手段】β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子、並びに該粒子を含有する多孔質膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子、並びに該粒子を含有する多孔質膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノからマイクロメートルスケールの材料開発が精力的に行われている。その研究開発の主たるドライビングフォースは、精密に構造制御された材料が、従来は予想しなかった高機能を発揮するという事実、或いは発揮しうるという期待である。中でも膜面方向の表面に複数の孔を有する多孔質膜は、精力的な研究開発の対象であり、細孔制御のような精密な構造制御や効率の良い成膜法の開発などが求められている。
【0003】
従来の多孔質膜の製造方法としては、例えば延伸法や相分離法を挙げることが出来る。しかしながら、これらの方法では、膜表面に形成される孔の大きさを一様にすることが困難である。一方、孔の直径や配列を制御しうる手法として、フォトリソグラフィーやナノインプリントリソグラフィーなどの手法が開発されているが、リソグラフィー技術は操作が複雑で且つ高価な機器を必要とするため、かかる手法を用いる多孔質膜製造は高コストとなる。
【0004】
最近開発された新たな多孔質膜として、高分子ハニカムフィルムを挙げることが出来る。高分子ハニカムフィルムは、基板上に形成された水滴を鋳型とし、この基板の上に高分子の希薄溶液をキャストすることにより得られるものである。その構造的な特徴として、細孔の大きさや配列が高度に制御されていることを挙げることが出来る(特許文献1及び非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-157574号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Langmuir, 19, 6297, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高分子ハニカムフィルムを構成する高分子は、例えばポリスチレン、ポリ乳酸、ポリブタジエン、ポリアクリルアミドなどであるが、その多くは石油を由来とする合成ポリマーである。過去数十年に亘って、人類は、燃料や材料の素材の多くを石油に求めることで現在の社会の繁栄の礎を築いてきた。しかしながら、地球温暖化や石油枯渇への懸念から、このような素材を石油から天然資源に求める動きが急速に高まりつつある。このような脱石油・天然資源への回帰の観点から、現状の石油由来素材から製造される多くの燃料及び材料を見直す必要がある。
【0008】
多孔質膜もまた、このような見直しの例外ではない。かかる見直しにおいて、評価の基準となるのは、一定程度以上の細孔制御が可能であること、そして可能な限り天然由来の素材から構成されることの2点である。後者の基準については、特に多孔質膜の用途として期待されている、バイオテクノロジー分野の用途に適用する際に重要となる。
【0009】
それ故、本発明は、天然由来の素材から簡易な方法で製造される貫通孔が形成された粒子及び多孔質膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、微細藻のひとつであるユーグレナが生産する多糖であるパラミロン粒子を出発原料とすることにより、簡易な方法で貫通孔が形成された粒子及び多孔質膜を効率よく製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子。
(2) 粒子の長径が1〜20μmの範囲であり、貫通孔の長径が0.1〜15μmの範囲である、前記(1)の粒子。
(3) 前記(1)又は(2)のいずれかの粒子を含有する多孔質膜。
(4) β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子の製造方法であって、
β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有するパラミロン粒子を出発原料として準備する、パラミロン粒子準備工程;
パラミロン粒子のグルカンを部分的に除去し、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔を形成する、貫通孔形成工程;
を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、天然由来の素材から簡易な方法で製造される貫通孔が形成された粒子及び多孔質膜を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】パラミロン粒子の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。スケール:5μm。
【図2】本発明の粒子(実施例1)の走査プローブ電子顕微鏡写真を示す図である。
【図3】本発明の粒子(実施例3)の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。スケール:5μm。
【図4】本発明のガラス基板支持多孔質膜(実施例4)(結合剤:セルロースファイバー)のデジタルカメラ写真を示す図である。スケール:1 cm。
【図5】本発明のガラス基板支持多孔質膜(実施例4)(結合剤:セルロースファイバー)の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。スケール:10μm。
【図6】本発明の自立型多孔質膜(実施例4)(結合剤:セルロースファイバー)のデジタルカメラ写真を示す図である。スケール:5 mm。
【図7】本発明のガラス基板支持多孔質膜(実施例5)(結合剤:消石灰)のデジタルカメラ写真を示す図である。スケール:5 mm。
【図8】本発明のガラス基板支持多孔質膜(実施例5)(結合剤:消石灰)の走査型電子顕微鏡写真を示す図である。スケール:50μm。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
1. β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子
本明細書において、「β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカン」は、β-1,3-グルカンとしても知られる多糖であって、βグルコースの1-位と別のβグルコースの3-位とがβ-1,3-グルコシド結合を形成している構造を基本単位とする多糖を意味する。
【0015】
上記のβ-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンは、限定するものではないが、例えば、微細藻が生産する多糖から調製されるグルカンが好ましい。ユーグレナ(Euglena gracilis)が生産するパラミロン粒子から調製されるグルカンが特に好ましい。
【0016】
本明細書において、「ユーグレナ」は、ユーグレナ植物門に属する微細藻(Euglena gracilis)を意味する。ユーグレナは、光合成による独立栄養培養に加え、暗黒下ではグルコースや廃糖蜜などを炭素源とする従属栄養培養、さらに有機炭素源を利用しつつ光合成も行う光従属栄養培養も可能な微細藻である。ユーグレナは、光合成産物としてパラミロン粒子を細胞内に蓄積する。その生産量は、培養条件を調整することにより、乾燥細胞重量の60%以上、数10 g/Lオーダーに到達することが知られている。
【0017】
本明細書において、「パラミロン粒子」は、光合成産物としてユーグレナが生産するβ-1,3-グルカンを含有する粒子を意味する。パラミロン粒子は、水には不溶であるが、アルカリ水溶液、ジメチルスルホキシド(DMSO)及びギ酸に可溶である。パラミロン粒子を構成する多糖は、通常、重合度700-800のβ-1,3-グルカンからなるホモ多糖である。また、パラミロン粒子は、通常、球状、扁平球状又は円盤状の形状を有する粒子として生産される(Miyatake, K., Kitaoka, S., Bull. Univ. Osaka Pref., Ser. B, 第35巻, p. 55-58 (1983); 宮武和孝, 炭水化物の代謝, ユーグレナ−生理と生化学−, 北岡正三郎編, 学会出版センター(1989); Miyatake, K., Takenaka, S., Yamaji, R., Nakano, Y., J. Soc., Powder Technol., Japan, 第32巻, p. 566-572 (1995))。
【0018】
以下において詳細に説明するが、本発明の粒子は、出発原料となるグルカンを含有する粒子から該粒子のグルカンを部分的に除去することにより製造することができる。このため、本発明の粒子を構成するグルカン分子は、分子内のβ-1,3-グルコシド結合がほとんど又は全く加水分解されることなく、出発原料のグルカンの重合度を実質的に保持していると考えられる。それ故、パラミロン粒子が出発原料である場合、本発明の粒子を構成するグルカン分子は、通常、700〜800個のβ-1,3-グルコシド結合により構成されている。上記のグルカンにより構成されることにより、本発明の粒子は生体適合性を有することが可能となる。
【0019】
本発明者らは、パラミロン粒子を以下で説明する方法で処理することにより、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子を調製できることを見出した。なお、本明細書において、「貫通孔の軸」は、貫通孔の貫通方向に沿った軸を意味する。
【0020】
本発明の粒子は、以下で説明する当該粒子の製造方法で使用される出発原料及び反応条件に依存して、貫通孔が形成された球状、扁平球状又は円盤状の形状を有する粒子となる。ここで、貫通孔は、通常、粒子の短手方向に該粒子を貫くように形成される。それ故、本発明の粒子は、典型的には、貫通孔が該粒子の短手方向に形成された扁平球状であるか又は円盤状、すなわちドーナツ状の形状である。粒子の長径は、通常、1〜20μmの範囲であり、典型的には、2〜10μmの範囲である。また、粒子に形成される貫通孔の長径は、通常、0.1〜15μmの範囲であり、典型的には、0.1〜8μmの範囲である。なお、本明細書において、「貫通孔の長径」は、走査型電子顕微鏡(SEM)により測定される貫通孔の最大孔径を意味し、より具体的には、本発明の粒子を貫通孔の軸に垂直な仮想平面に投影して得られる環形の投影図における、該貫通孔の最大孔径を意味する。上記の形状の粒子を用いることにより、細孔の大きさ及び/又は配列が制御された多孔質膜を製造することが可能となる。
【0021】
なお、粒子の長径は、走査型電子顕微鏡(SEM)により粒子の長軸方向の長さを測定し、10程度の測定値の平均値として算出することによって決定することができる。同様に、貫通孔の長径は、走査型電子顕微鏡(SEM)により上記環形の投影図における貫通孔の最大孔径を測定し、10程度の測定値の平均値として算出することによって決定することができる。
【0022】
2. 多孔質膜
本明細書において、「多孔質膜」は、膜面方向及び/又は膜厚方向の表面に複数の孔を有する膜を意味する。
【0023】
本発明者らは、上記で説明した本発明の粒子を用いて成膜することにより、膜面方向及び膜厚方向の表面に開放口を有する、多数の孔が形成された多孔質膜を製造できることを見出した。本発明の多孔質膜の孔は、本発明の粒子に形成される貫通孔に由来する。それ故、本発明の多孔質膜に形成される孔の長径は、通常、上記で説明した貫通孔の長径と同様の範囲となる。なお、本明細書において、「孔の長径」は、走査型電子顕微鏡(SEM)により測定される孔の最大孔径を意味し、より具体的には、本発明の多孔質膜を孔の軸に垂直な仮想平面に投影して得られる投影図における、該孔の最大孔径を意味する。
【0024】
本発明の多孔質膜は、上記で説明した本発明の粒子のみを用いて成膜してもよい。高い強度を必要としない用途の場合、本発明の粒子のみを用いて成膜することが好ましい。
【0025】
或いは、本発明の多孔質膜は、結合剤、可塑剤、着色剤、安定剤、滑剤及び充填剤のような少なくとも1種類の添加剤を加えて成膜してもよい。この場合、結合剤としては、当業界で公知の任意の材料を使用すればよい。上記の結合剤としては、限定するものではないが、例えば、繊維状セルロース、セルロース誘導体、ポリ乳酸、水酸化カルシウム(消石灰)、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリスルホン又はエポキシ樹脂が好ましい。上記の結合剤を用いることにより、様々な機能を有する多孔質膜を得ることが可能となる。
【0026】
本発明の多孔質膜は、以下で説明する製造方法に依存して、基板に支持された支持膜又は基板を有しない自立型膜のいずれかの形態とすることが出来る。所望の機能又は用途に依存して、いずれかの形態を選択すればよい。支持膜の場合、基板としては、限定するものではないが、例えば、ガラス及びマイカのような無機基板、並びにポリプロピレン、フッ素樹脂及びアクリル樹脂のような高分子基板を挙げることが出来る。
【0027】
また、本発明の多孔質膜は、以下で説明する製造方法に依存して、任意の大きさに成膜することが出来る。所望の機能又は用途に依存して、膜面方向の表面寸法及び膜厚を適宜設定すればよい。
上記の形態を選択することにより、様々な用途に適合する多孔質膜を得ることが可能となる。
【0028】
3. β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子の製造方法
本発明の粒子は、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子から該グルカンを部分的に除去し、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔を形成する工程を含む方法により製造することが出来る。ここで、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子としては、微細藻が生産する多糖から調製されるグルカン粒子が好ましく、ユーグレナが生産するパラミロン粒子がより好ましい。また、グルカン粒子からグルカンを部分的に除去する手段としては、限定するものではないが、例えば、アセチル化、ニトロ化及びアルキル化のようなグルカンの誘導体化反応を挙げることができる。アセチル化反応が好ましい。
【0029】
特に好ましくは、本発明の粒子は、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有するパラミロン粒子を出発原料として準備する、パラミロン粒子準備工程;パラミロン粒子とアセチル化剤及び酸とを接触させて、パラミロン粒子のグルカンをアセチル化して部分的に除去し、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔を形成する、貫通孔形成工程;を含む製造方法により製造することが出来る。各工程について、以下に説明する。
【0030】
3-1. パラミロン粒子準備工程
上記で説明したように、本発明の粒子を構成するグルカンは、ユーグレナが生産するパラミロン粒子から調製されるグルカンであることが好ましい。それ故、本工程では、出発原料となるパラミロン粒子を準備することを目的とする。
【0031】
3-2. 貫通孔形成工程
パラミロン粒子を、無水酢酸及び触媒量の酸と接触させて室温で撹拌すると、セルロースのアセチル化反応と同様に、β-1,3-グルカンのアセチル化反応が進行する。通常、室温で8時間程度反応させると、反応液中のパラミロン粒子は溶解し、均一な溶液となる。この溶液中には、パラミロン粒子に由来するアセチル化されたβ-1,3-グルカンが含まれる。溶解したアセチル化β-1,3-グルカンは、貧溶媒である水を加えることにより、反応液から容易に析出させることが出来る。
【0032】
パラミロン粒子の形態については、透過型電子顕微鏡などを用いた観察により詳細に研究されており、多糖類の中でも最も高い結晶構造率を持つことが知られている(Amer. J. Bot., 第74(6)巻, p. 877, 1987年; Carbohydr. Res., 第75巻, p. 231, 1979年)。
【0033】
本発明者らは、パラミロン粒子の電子顕微鏡写真を詳細に解析することにより、パラミロン粒子はその粒子全体が均一な構造ではなく、不均一な構造であろうと考えた。すなわち、パラミロン粒子は、β-1,3-グルカンからなる繊維状分子が同心円状に、或いは渦巻き状に巻かれることにより構築されるものと推定した。
【0034】
上記の推定に基づき種々の実験を行った結果、本発明者らは、上記の反応において、パラミロン粒子が完全に溶解する前、即ち不均一溶液の段階でパラミロン粒子を取り出すと、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状である形態の粒子が得られることを見出した。
【0035】
それ故、本工程は、パラミロン粒子のグルカンを部分的に除去し、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔を形成することを目的とする。
【0036】
アセチル化反応によってグルカン粒子からグルカンを部分的に除去する場合、使用されるアセチル化剤としては、限定するものではないが、例えば、無水酢酸、塩化アセチル及び酢酸エステル(例えば酢酸メチル及び酢酸エチル)を挙げることができる。無水酢酸が好ましい。本工程において使用されるアセチル化剤の量は、パラミロン粒子のグルカンをアセチル化するのに充分な量であればよい。具体的には、無水酢酸をアセチル化剤として使用する場合、パラミロン粒子が300〜600 mgの範囲の量である場合、無水酢酸は5〜30 mlの範囲の量であることが好ましい。また、パラミロン粒子とアセチル化剤及び酸とを接触させることによって得られる反応液は、所望により、媒体を含有してもよい。媒体としては、限定するものではないが、例えば、酢酸、酢酸エステル(例えば酢酸メチル及び酢酸エチル)、ケトン(例えばアセトン)並びにハロゲン化アルキル(例えばクロロホルム、ジクロロメタン及びジクロロエタン)を挙げることができる。酢酸が好ましい。使用される媒体の量は、パラミロン粒子を分散させるのに充分な量であればよい。具体的には、パラミロン粒子が300〜600 mgの範囲の量である場合、媒体は0〜30 mlの範囲の量であることが好ましい。
【0037】
本工程において使用される酸としては、β-1,3-グルカンのアセチル化反応を触媒しうる任意の酸を使用することができる。上記の酸としては、限定するものではないが、例えば、硫酸、発煙硫酸、塩酸、過塩素酸、次亜塩素酸、亜塩素酸、臭化水素酸及び硝酸を挙げることができる。硫酸が好ましい。上記の酸は、10〜1000 μlの範囲の量であることが好ましい。
【0038】
本工程において、反応温度は15〜30℃の範囲であることが好ましい。反応時間は2〜5時間の範囲であることが好ましい。
【0039】
本工程において、好適な形状の貫通孔が形成された粒子を得るためには、上記の反応時間でグルカンの誘導体化反応を停止させることが重要となる。これにより、パラミロン粒子を構成するグルカンが完全に溶解する前、即ち不均一溶液の段階で誘導体化反応を停止させることができる。アセチル化反応によってグルカン粒子からグルカンを部分的に除去する場合、アセチル化反応を停止させる手段としては、例えば、遠心分離によって、アセチル化剤を含有する反応液から本発明の粒子を分離する方法、及び反応停止剤を該反応液に加えて反応を停止させる方法を挙げることができる。本明細書において、「反応停止剤」は、アセチル化剤を不活性化してアセチル化反応の進行を停止させる化合物を意味する。上記の反応停止剤としては、限定するものではないが、例えば水並びにアルコール(例えばメタノール、エタノール、1-プロパノール、イソプロピルアルコール及び1-ブタノール)を挙げることができる。水が好ましい。上記の反応停止剤は、使用されるアセチル化剤に対して過剰量であればよい。
上記の条件で本工程を実施することにより、上記で説明した好適な形状及び貫通孔を有する粒子を調製することが可能となる。
【0040】
4. 多孔質膜の製造方法
本発明の多孔質膜は、上記の方法で得られる本発明の粒子と、媒体と、所望により結合剤、可塑剤、着色剤、安定剤、滑剤及び充填剤のような少なくとも1種類の添加剤とを接触させて粒子の分散液を調製し、これを成膜することによって製造することが出来る。
【0041】
本方法において、所望により使用される結合剤は、上記で説明した結合剤であることが好ましい。結合剤を用いることにより、様々な機能を有する多孔質膜を得ることが可能となる。
【0042】
本方法において使用される成膜手段としては、限定するものではないが、例えば、キャスト法、スピンコーティング法及び押出延伸法を挙げることが出来る。キャスト法を使用することが好ましい。キャスト法を使用する場合、上記で説明した支持膜又は自立型膜のいずれの形態の多孔質膜も製造することが出来る。基板に支持された支持膜を製造する場合、本発明の粒子の分散液を上記で説明した基板に塗布し、媒体を蒸発させることよって、本発明の多孔質膜を得ることができる。基板を有しない自立型膜を製造する場合、本発明の粒子の分散液をシリコンウェハーのような剥離性基板に塗布し、媒体を蒸発させた後に剥離性基板から剥離することよって、本発明の多孔質膜を得ることができる。使用される媒体は、水、アルコール(例えばメタノール若しくはエタノール)又はハロゲン化アルキル(例えばクロロホルム、ジクロロメタン若しくはジクロロエタン)であることが好ましい。この場合において、媒体の蒸発温度は50〜100℃の範囲であることが好ましい。蒸発時間は2〜12時間の範囲であることが好ましい。上記の条件により、基板支持膜又は自立型膜のいずれかの形態の本発明の多孔質膜を得ることが可能となる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1:貫通孔が形成された粒子の調製(反応停止剤:水65 ml)
パラミロン粒子524.9 mgを酢酸12.5 mlに分散させ、窒素雰囲気下で45分間、室温にて攪拌した。続いて硫酸100μl、無水酢酸15 ml及び酢酸15 mlを加えて、室温で攪拌した。4時間後、水65 mlを加えて反応を停止させた。得られた白濁液から、遠心分離により白色沈殿を回収した。得られた白色沈殿を水及びメタノールで洗浄し、真空下で乾燥させることにより、目的物を得た(収量:320.0 mg;収率:61.0%)。FT-IR (λ:cm-1): 3400, 2940, 1370, 1315, 1270, 1158, 1104, 1048, 1014, 894。
【0044】
パラミロン粒子の走査型電子顕微鏡写真を図1に、得られた粒子の走査プローブ電子顕微鏡写真を図2に、それぞれ示す。
【0045】
図2に示すように、上記の方法で得られた粒子の長径は約6μmであり、貫通孔の長径は約3μmであった。
【0046】
また、得られた粒子のFT-IRスペクトルを測定したところ、アセチル基のC=O伸縮振動による特性吸収帯(1760-1735 cm-1)は観測されなかった。この結果から、貫通孔が形成された粒子は、アセチル化されたβ-1,3-グルカンを含有しないことが明らかとなった。
【0047】
実施例2:貫通孔が形成された粒子の調製(反応停止剤:水10 ml)
パラミロン粒子550.6 mgを酢酸15 mlに分散させ、窒素雰囲気下で60分間、室温にて攪拌した。続いて硫酸100μl、無水酢酸15 ml及び酢酸10 mlを加えて、室温で攪拌した。3時間後、水10 mlを加えて反応を停止させた。得られた白濁液を遠心分離して、上清液を除去することにより白色沈殿を回収した。得られた白色沈殿を水及びメタノールで洗浄し、真空下で乾燥させることにより、目的物を得た(収量:283.4 mg;収率:51.5%)。FT-IR (λ:cm-1): 3400, 2940, 1370, 1315, 1270, 1158, 1104, 1048, 1014, 894。
【0048】
得られた粒子のFT-IRスペクトルを測定したところ、アセチル基のC=O伸縮振動による特性吸収帯(1760-1735 cm-1)は観測されなかった。この結果から、貫通孔が形成された粒子は、アセチル化されたβ-1,3-グルカンを含有しないことが明らかとなった。
【0049】
実施例3:貫通孔が形成された粒子の調製(反応停止剤:無し)
パラミロン粒子50.9 mgを酢酸1.25 mlに分散させ、窒素雰囲気下で30分間、室温にて攪拌した。続いて硫酸10μl、無水酢酸1.5 ml及び酢酸1.5 mlを加えて、室温で攪拌した。3時間15分後、撹拌を停止した。その後、反応液を遠心分離して、上清液を除去することにより白色沈殿を回収した。得られた白色沈殿を真空下で乾燥させることにより、目的物を得た(収量:19.5 mg;収率:38.3%)。FT-IR (λ:cm-1): 3400, 2940, 1754 (w), 1370, 1315, 1270, 1158, 1104, 1048, 1014, 894。
【0050】
得られた粒子の走査型電子顕微鏡写真を図3に示す。
図3に示すように、上記の方法で得られた粒子の長径は約6μmであり、貫通孔の長径は約3μmであった。
【0051】
また、得られた粒子のFT-IRスペクトルを測定したところ、1760-1735 cm-1の領域にアセチル基のC=O伸縮振動によると推測される弱い吸収帯が観測された。この吸収帯は、パラミロン粒子から除去されたアセチル化されたβ-1,3-グルカンが、貫通孔が形成された粒子に僅かながら付着していることによると推測される。
【0052】
実施例4:セルロースファイバーを結合剤として含有する多孔質膜の調製
市販の繊維状セルロースであるセリッシュKY-100G(ダイセルファインケム社製)201.4 mg(固体重量19.5 mg)をイオン交換水4.0 mlとともに試験管に入れ、超音波照射した。得られたナノサイズのセルロースファイバー水分散液500μlと、上記の方法で調製した粒子22.6 mgとを混合し、超音波照射することにより、貫通孔が形成された粒子及びセルロースファイバーを含有する水分散液を得た。この水分散液を、ガラス基板上に300μl、シリコンウェハー上に100μlずつそれぞれ塗布し、風乾させることにより、ガラス基板支持多孔質膜及び自立型多孔質膜を得た。ガラス基板支持多孔質膜のデジタルカメラ写真を図4に、走査型電子顕微鏡写真を図5に、それぞれ示す。また、自立型多孔質膜のデジタルカメラ写真を図6に示す。
図4及び6に示すように、得られた多孔質膜の膜面方向の長辺は、少なくとも数cmであった。
【0053】
図5に示すように、得られた多孔質膜の表面には、本発明の粒子の貫通孔に由来する孔が多数形成されていた。多孔質膜の表面の孔の長径(貫通孔の長径)は約3μmであった。
【0054】
実施例5:消石灰を結合剤として含有する多孔質膜の調製
消石灰の1 N塩酸水溶液(45 mg/ml)0.1 mlと、実施例1で調製した貫通孔が形成された粒子22.1 mgとを混合し、超音波照射することにより、貫通孔が形成された粒子及び消石灰を含有する水分散液を得た。この水分散液100μlをガラス基板上に塗布し、風乾させることにより、ガラス基板支持多孔質膜を得た。ガラス基板支持多孔質膜のデジタルカメラ写真を図7に、走査型電子顕微鏡写真を図8に、それぞれ示す。
【0055】
図7に示すように、得られた多孔質膜の膜面方向における長手方向の長さは、少なくとも数cmであった。
【0056】
図8に示すように、得られた多孔質膜の表面には、本発明の粒子の貫通孔に由来する孔が多数形成されていた。多孔質膜の表面の孔の長径(貫通孔の長径)は約3μmであった。
【0057】
使用例:多孔質膜の吸水性試験
実施例4及び5で調製したガラス基板支持多孔質膜(長手方向の長さ:約1 cm)の表面にイオン交換水2μlを滴下して、各多孔質膜の吸水性を評価した。
【0058】
その結果、いずれの多孔質膜でも、表面に滴下した水は水滴状にならず直ちに多孔質膜中に吸収された。この結果は、調製したガラス基板多孔質膜の表面が実際に多孔性であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明により、微細藻の生産するパラミロン粒子から、粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする粒子、及び該粒子を含有する多孔質膜を製造することが可能となる。パラミロン粒子は、太陽光と水と二酸化炭素とを原料として生産されることから、地球環境に配慮したテクノロジーという点でその意義は大きいものと考えられる。また、本発明の方法は、リソグラフィー技術のような従来技術に比べて簡易である。さらに、本発明の多孔質膜は、本発明の粒子を多数集積させることで製造されるという、従来の多孔質膜には見られない構造上の特徴を有する。このような特徴から、バイオテクノロジー分野だけにとどまらず様々な分野、例えば材料工学や化学工学などの分野での活用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子。
【請求項2】
粒子の長径が1〜20μmの範囲であり、貫通孔の長径が0.1〜15μmの範囲である、請求項1の粒子。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれか1項の粒子を含有する多孔質膜。
【請求項4】
β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有する粒子であって、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔が形成されており、該貫通孔の軸に垂直な断面の形状が環状であることを特徴とする前記粒子の製造方法であって、
β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを含有するパラミロン粒子を出発原料として準備する、パラミロン粒子準備工程;
パラミロン粒子のグルカンを部分的に除去し、該粒子の対向する位置に一対の開放口を有する1個の貫通孔を形成する、貫通孔形成工程;
を含む、前記方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2012−92223(P2012−92223A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−240708(P2010−240708)
【出願日】平成22年10月27日(2010.10.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】