説明

多層積層構造体

【課題】炭化水素系重合体等のフィルムやシートが有している優れた物性を犠牲にすることなく耐熱性が付与された多層積層構造体を提供すること。
【解決手段】炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層が形成された多層積層構造体であって、多層積層構造体の厚みをD(μm)とし、分光エリプソメトリーによって求められた両面のフッ化重合体層の厚みの合計をd(μm)としたときに、d/Dが少なくとも0.03であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素系重合体またはその組成物のフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層が形成された多層積層構造体に関し、特に、炭化水素系重合体またはその組成物のフィルムまたはシートの両面に層厚制御されたフッ化重合体層が形成された耐熱性に優れる多層積層構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
熱可塑性樹脂は、融点またはガラス転移点以上に加熱することで容易に軟化し、様々な形状に成形加工することが容易であるが、反面、融点またはガラス転移点以上では、溶融または軟化して形状を保持することができないために、成形品としての使用には限界があった。
【0003】
そこで、樹脂の耐熱性を高めるために、分子鎖の剛直化、対称化、分子間凝集力のアップ、結晶性の向上など様々な取り組みがなされている。これらの手段は、一次構造そのものを変えるアプローチであるため、樹脂の耐熱性を向上させることができる一方で成形性を悪化させたり、別の観点から不都合を生じるというデメリットもあった。
【0004】
例えば、ポリエチレン系重合体では、成形後に過酸化物や電子線を用いて架橋することで耐熱性を付与するということがしばしば行われている。この場合、軽度の架橋であれば樹脂本来の柔軟性を維持することができるものの、不融化しているためにリサイクル性が失われてしまうという難点がある。
また、特許文献1には、スチレン成分とアクリロニトリル成分の合計量が重合体全体の80重量%以上を占め、且つ該スチレン成分と該アクリロニトリル成分の重量比が75/25から60/40の範囲にある組成を有するスチレン・アクリロニトリル系共重合体が提案されているものの、重合体の分子構造そのものを変えるアプローチであるため、簡便な方法とはいえない。
また、特許文献2には、N−フェニル置換マレイミド・オレフィン共重合体およびスチレン系共重合体からなる樹脂組成物が提案されているものの、異なる重合体のブレンド物であるため、混和可能な重合体が限られるという難点がある。
【0005】
【特許文献1】特開平5−257014号公報
【特許文献2】特開2006−36967号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、従来技術では、原料樹脂の構造を製造段階に遡って改変することにより樹脂の耐熱性を向上させるため、製造工程が複雑になって高コストになったり、樹脂が本来有している優れた物性が損なわれるという問題があった。
従って、本発明は、フィルムやシートの原料樹脂の構造を製造段階に遡って改変することをせずに、公知の手段で容易に得ることのできる炭化水素系重合体またはその組成物(以下、炭化水素系重合体等と略称することがある)のフィルムやシートに化学的な処理を施すことで耐熱性を付与する方法を提供することであり、いいかえれば炭化水素系重合体等のフィルムやシートが有している優れた物性を犠牲にすることなく耐熱性が付与された多層積層構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層を所定の厚さで形成することにより、フィルムまたはシートの耐熱性を著しく向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、以下の〔1〕〜〔10〕の事項を含む。
〔1〕炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層が形成された多層積層構造体であって、
多層積層構造体の厚みをD(μm)とし、分光エリプソメトリーによって求められた両面のフッ化重合体層の厚みの合計をd(μm)としたときに、d/Dが少なくとも0.03であることを特徴とする多層積層構造体。
【0009】
〔2〕フッ化重合体層が、フィルムまたはシートをフッ素ガスと不活性ガスとからなるガスでフッ化処理することにより形成されることを特徴とする上記〔1〕に記載の多層積層構造体。
【0010】
〔3〕フィルムまたはシートが、炭化水素系重合体またはその組成物からなる単層構造または二種以上の層からなる多層構造を有することを特徴とする上記〔1〕または〔2〕に記載の多層積層構造体。
【0011】
〔4〕フィルムまたはシートが、延伸フィルムまたは延伸シートであること特徴とする上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の多層積層構造体。
【0012】
〔5〕フィルムまたはシートが、無延伸のフィルムまたはシートであること特徴とする上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の多層積層構造体。
【0013】
〔6〕フィルムまたはシートに含まれるゲルおよびフィッシュアイが10個/m2以下であることを特徴とする上記〔1〕〜〔5〕のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【0014】
〔7〕炭化水素系重合体が、ポリオレフィン、ポリスチレン、スチレン−ジエン共重合体、スチレン−ジエン共重合体の水添物および脂環構造含有炭化水素系重合体からなる群から選択されることを特徴とする上記〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の多層積層構造体。
【0015】
〔8〕多層積層構造体の厚みが、10μm〜3mmであることを特徴とする上記〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の多層積層構造体。
【0016】
〔9〕85%以上の全光線透過率および10%以下のヘイズを有することを特徴とする上記〔1〕〜〔8〕のいずれかに記載の多層積層構造体。
【0017】
〔10〕前記炭化水素系重合体またはその組成物の軟化点で前記多層積層構造体を1時間加熱するとき、加熱前の前記多層積層構造体の長さをL(mm)とし、加熱後の前記多層積層構造体の長さをL(mm)としたときに、(L−L)/L×100%が−3〜3%の範囲にあることを特徴とする上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層を所定の厚さで形成した多層積層構造体とすることにより、炭化水素重合体等が本来有している優れた物性を失うことなく耐熱性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
<多層積層構造体>
本発明による多層積層構造体は、炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面に所定の厚さのフッ化重合体層が形成されたものであって、この多層積層構造体の厚みをD(μm)とし、両面のフッ化重合体層の厚みの合計をd(μm)としたときのd/Dにより特徴付けられる。本発明では、多層積層構造体の厚みとフッ化重合体層の厚みとが上記のような関係を満たすことにより、多層積層構造体に優れた耐熱性が付与される。そのため、本発明による多層積層構造体は、炭化水素系重合体等の軟化点においても、その形状を維持することができる。このような特性は、所定温度で所定時間加熱したときの多層積層構造体の長さ方向または幅方向の寸法変化率を測定することによって確認することができる。本発明における寸法変化率とは、加熱前の長さ方向または幅方向の長さをL(mm)とし、加熱後の長さをL(mm)としたとき、(L−L)/L×100%により表されるものである。本発明による多層積層構造体を炭化水素系重合体等の軟化点で1時間加熱するとき、寸法変化率が、−3%〜3%、好ましくは−2%〜2%、より好ましくは−1%〜1%の範囲にあれば、形状を維持している、即ち、耐熱性に優れていると言える。
なお、軟化点とは、炭化水素系重合体等がポリオレフィン等の結晶性重合体の場合は融点であり、炭化水素系重合体等がポリスチレン、脂環構造含有炭化水素系重合体等の非結晶性重合体の場合はガラス転移点である。また、多層積層構造体の長さ方向または幅方向の寸法変化率は、膨張時にはプラス、収縮時にはマイナスで表現される。
【0020】
(フッ化重合体層の厚み)
本発明による多層積層構造体におけるフッ化重合体層の厚みは、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートの厚みによって異なるが、両面のフッ化重合体層の厚みの合計d(μm)と多層積層構造体の厚みD(μm)との比(d/D)が、少なくとも0.03であり、好ましくは0.05、さらに好ましくは0.1であることが必要である。d/Dが、0.03未満では本発明で目的とする耐熱性が得られない。また、d/Dの上限は、好ましくは0.5であり、さらに好ましくは0.4であり、最も好ましくは0.3である。d/Dが0.5を超える、即ち、フッ化重合体層の厚みを厚くし過ぎても、耐熱性は示されるが、フッ化処理される前の炭化水素重合体等が有する長所が失われることがある上に、経済的にも好ましくない。
【0021】
また、フィルムまたはシートの両面に形成されたフッ化重合体層の厚みは、異なっていても構わないが、均等であることがより好ましい。両面のフッ化重合体層の厚みが異なる場合には、フィルムやシートが加熱された場合に反りが出易い傾向がある。本発明における均等とは、両面のフッ化重合体層の厚みの違いが小さいことであり、厚みの違いは10%以内、好ましくは5%以内である。
【0022】
本発明のフッ化重合体層の厚みは、分光エリプソメトリーによって求められた値である。分光エリプソメトリーとは、白色光を試料に斜めに照射して、その反射光の偏光状態の変化を測定し、モデル関数で解析することにより、単層膜や多層膜の膜厚および薄膜の光学定数(屈折率、消衰係数)を測定する方法である。この分光エリプソメトリーにより測定可能な膜厚の範囲は、およそ1Å〜10μmである。
【0023】
本発明の多層積層構造体において、ポリスチレン、スチレン−ジエン共重合体およびその水添物、脂環構造含有炭化水素系重合体等の非晶性炭化水素系重合体のフィルムまたはシートから得られる多層積層構造体は、透明性が高く、着色することがないので、光学用途への応用が可能である。光学用途へ使用する場合、全光線透過率は、85%以上、好ましくは90%以上、ヘイズは、10%以下、好ましくは5%以下である。
【0024】
(炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシート)
本発明に用いられる炭化水素系重合体は、その構成原子が炭素原子および水素原子のみからなる重合体であればよいが、具体的にはポリオレフィン、ポリスチレン、スチレン−ジエン共重合体およびその水添物、脂環構造含有炭化水素系重合体が代表的には挙げられる。
【0025】
ポリオレフィンとしては、高密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、エチレンプロピレン共重合体およびエチレンブテン共重合体等のエチレン系(共)重合体、ポリプロピレン、エチレンプロピレンランダム共重合体およびエチレンプロピレンブロック共重合体等のプロピレン系重合体、ポリブテン、ポリメチルペンテン等が代表例として挙げられる。中でもエチレン系(共)重合体、プロピレン系(共)重合体が取り扱い易く好ましく、市販品を容易に入手することができる。
【0026】
スチレン−ジエン共重合体およびその水添物としては、スチレン−ジエンランダム共重合体、スチレン−ジエンブロック共重合体およびそれらの水添物が挙げられる。例えば、スチレン−ブタジエンランダム共重合体、スチレン−イソプレンランダム共重合体、スチレン−ブタジエンブロック共重合体、スチレン−イソプレンブロック共重合体、水添スチレン−ブタジエンランダム共重合体、水添スチレン−ブタジエンブロック共重合体、水添スチレン−イソプレンブロック共重合体等が代表例として挙げられる。スチレン−ジエンブロック共重合体の水添物は、その水添構造から、スチレン−エチレン・プロピレン−スチレンブロック共重合体(SEPS)、スチレン−エチレン・ブテン−スチレンブロック共重合体(SEBS)、スチレン−エチレン・イソブチレン−スチレンブロック共重合体と呼ばれることも多く、市販品を容易に入手することができる。中でも水添スチレン−ブタジエンブロック共重合体、水添スチレン−イソプレン共重合体がポリマーの耐候安定性の点で好ましい。
【0027】
脂環構造含有炭化水素系重合体としては、脂環構造を有する炭化水素モノマーをメタセシス重合して得られる重合体、それらの水素添加物、脂環構造を有する炭化水素モノマーとオレフィンとをメタロセン触媒により共重合することによって得られる重合体が代表例として挙げられる。代表的にはノルボルネンのメタセシス重合体およびその水添物、ジメタノナフタレンのメタセシス重合体およびその水添物、エチレンとノルボルネンおよび/またはジメタノナフタレンのメタロセン触媒による共重合体に代表されるエチレンとノルボルネン誘導体のメタロセン触媒による共重合体等が挙げられる。中でも重合体の安定性の観点からエチレンとノルボルネン誘導体のメタロセン触媒による共重合体がその安定性や光学特性の点から好ましい。
【0028】
ポリスチレン、スチレン−ジエン共重合体およびその水添物、脂環構造含有炭化水素系重合体等の非晶性炭化水素系重合体のフィルムまたはシートから得られる多層積層構造体は透明性が高く、光学用途への応用が期待される。特に、ポリスチレンは、負の固有複屈折率を有するため、液晶表示素子の位相差フィルム等として有用である。
【0029】
これまで例示してきた炭化水素系重合体の分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーで測定することができ、キシレンまたはo−ジクロルベンゼン中で測定されるポリスチレン換算重量平均分子量(Mw)で20,000〜1、000,000であり、好ましくは30,000〜300,000である。
【0030】
本発明に用いられる炭化水素系重合体またはその組成物には、顔料や染料の如き着色剤、熱安定剤、抗酸化剤、紫外線吸収剤、光安定剤、帯電防止剤、滑剤、ブロッキング防止剤等の添加剤を必要に応じて添加することができる。
【0031】
本発明では、炭化水素系重合体は単独で用いることができるが、上記した炭化水素系重合体同士の組成物として用いることもできる。また必要に応じてフィルムやシートの成形性を損なわない程度に充填剤を配合した組成物とすることも可能である。
【0032】
本発明における炭化水素系重合体等のフィルムまたはシートとは、炭化水素系重合体等を公知の手段により、例えば、押出し成形またはインフレーション成形等の手段で容易に製造されるが、既に包装資材用や物流資材用として市場から入手できる場合もあり、これらを用いることも可能である。フィルムやシートは無延伸のもの、延伸されているもののいずれでも使用することができる。また、本発明に使用するフィルムやシートにゲルおよびフィッシュアイが少ないものを使用することによりゲルおよびフィッシュアイの少ないフッ化重合体層を有する多層積層構造体とすることが可能となる。特に、該ゲルおよびフィッシュアイの存在が多くとも10個/m2のフィルムやシートを使用することにより、光学、電子情報関係用途に好適な材料とすることが可能となる。更に、好ましくは該ゲルおよびフィッシュアイの存在が多くとも1個/m2である。
【0033】
本発明における炭化水素系重合体等のフィルムまたはシートは、炭化水素系重合体等からなる単層品でもよいが、層間の接着強度が経時的に劣化することのないものであれば、異なる炭化水素系重合体等からなる二層以上の層を有する多層フィルムまたは多層シートであっても構わない。これらの多層フィルムまたは多層シートは、共押出し法、共インフレーション法、押出しラミネート法等の成形手段で製造することができる。
【0034】
本発明に用いられる炭化水素系重合体等のフィルムまたはシートの厚みは、10μm〜3mmであり、好ましくは20μm〜1mmである。10μm未満ではフッ化処理に際しての取り扱いが極めて難しく現実的でない。また、3mmを超える厚みのシートは、材料が硬くなると取り扱いが困難である。なお、フィルムまたはシートをフッ化処理しても全体の厚みは変化しない。
【0035】
<多層積層構造体の製造方法>
本発明の多層積層構造体は、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートをフッ素含有ガスに接触させ、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートの表面にフッ化重合体層を形成することによって製造することができる。
より具体的には、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートを反応槽に入れ、反応槽内を減圧にしてフィルムまたはシートの表面に吸着した水分、酸素等を脱気する。次いで、必要に応じて反応槽内の不活性ガス置換を行った後、フッ素含有ガスを導入して、所定の温度で、所定時間、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートと接触させる。フッ化処理終了後は、反応槽を減圧にして未反応のフッ素ガスやフィルムまたはシートに吸着したフッ素ガスを除き、不活性ガスを導入して反応槽内を大気圧に戻し、フッ化処理を行ったフィルムまたはシートを取り出す。
【0036】
本発明において、フッ化重合体層の形成は、炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートの両面同時に行ってもよく、片面ずつ別々行ってもよいが、両面同時にフッ化重合体層を形成した方が効率的であり、望ましい。両面処理を行うには、フィルムまたはシートを反応槽に入れる際に、その両面が反応槽内壁および、複数のフィルムまたはシートをフッ化処理する場合は他のフィルムまたはシートに、触れないように適切な支持体等で保持すればよい。
【0037】
本発明の反応槽として、連続処理方式のものを使用してもよい。連続処理方式とは、例えば、反応槽内にフィルムまたはシートのロールを走行させる装置を設置して、フィルムまたはシートを走行させながら、連続的にフッ化処理を行う方式である。
【0038】
本発明において、フッ素含有ガスとはフッ素ガスと不活性ガスとが混合されたガスである。不活性ガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン等が挙げられ、経済性の観点から窒素が好ましい。
また、本発明に用いられるフッ素ガスは、通常、フッ化ナトリウムを添加したフッ化水素を電気分解することにより得られる。電気分解により得られたフッ素ガスを使用することも可能であるが、市販のフッ素ガス発生装置(例えば、昭和電工株式会社製エフジェネ等)から発生されるフッ素ガスを使用してもよい。また、ボンベに充填されたフッ素ガスを使用することも可能である。
【0039】
本発明において、フッ素含有ガスのフッ素ガス濃度は、通常、0.05〜25体積%であり、好ましくは0.1〜20体積%である。0.05体積%未満ではフッ化処理に時間が掛かり過ぎて現実的でなく、25体積%を越える高濃度ではフッ化反応が激しすぎて望ましいフッ化重合体層の厚みの制御が困難である。フッ素含有ガスとして予め別の容器を用いて所定の濃度に調整したフッ素含有ガスを用いてもよいし、反応槽内にフッ素ガスと不活性ガスとを別々に導入して混合してもよい。
【0040】
フッ化処理に際しては、系内の水分量を極力低下させることが重要であり、1体積ppm以下、好ましくは100体積ppb以下、さらに好ましくは20体積ppb以下にすべきである。1体積ppmを超える水分はフッ素ガスと反応してフッ素ガスを分解させるだけでなく、反応槽の腐食の原因となり好ましくない。
【0041】
また、系内の酸素量を極力低下させることも重要であり、1000体積ppm以下、好ましくは500体積ppm以下、さらに好ましくは200体積ppm以下にすべきである。フッ化処理中に酸素が共存するとフッ化処理の進行をさまたげ好ましくない。
【0042】
本発明におけるフッ化処理時の温度は、通常、0〜100℃であり、好ましくは10〜50℃である。炭化水素系重合体等はその種類に応じて結晶性の有無、融点、Tg等に違いがあるため、フィルムやシートは温度によって取り扱い性に大きな差がある。従って、フィルムやシートのフッ化処理時の取り扱い性をも考慮に入れた更に好ましい処理温度範囲の上限が存在する。更に好ましい処理温度の上限は、結晶性重合体ではその融点をTmとするとTmが80℃以下の重合体では〔Tm−5〕℃であり、非晶性重合体ではそのガラス転移温度をTgとするとTgが80℃以下の重合体では〔Tg−5〕℃である。0℃未満でもフッ素ガス濃度次第でフッ化処理は可能であるが、反応装置の冷却をも考慮すると経済性が低く実用的でない。また100℃を超える温度ではフッ化反応が激しく反応制御が難しい。
【0043】
本発明におけるフッ化処理の時間は、所望するフッ化重合体層の厚み、フッ素ガス濃度および処理温度によって変化するが、一般には30秒〜10時間であり、好ましくは1分〜5時間である。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明する。ただし、実施例は単なる例示であり、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0045】
(フッ化処理)
まず実施に当たっての炭化水素系重合体等からなるフィルムまたはシートのフッ化処理法について説明する。
A5(148mm×210mm)サイズに切断したフィルムまたはシートを、その両面が反応槽に触れないように、テフロン(登録商標)製支持体で保持してテフロン(登録商標)製反応槽に入れた。反応槽内を0.1kPaまで減圧にした後、窒素ガスを導入して、反応槽内を窒素置換した。窒素置換を5回繰り返した後、反応槽を0.1kPaまで減圧にして、所定濃度の窒素で希釈したフッ素ガスを大気圧まで導入し、所定温度で所定時間、フッ化処理を行った。フッ化処理後、反応槽を0.1kPaまで減圧にして、次いで、反応槽内の窒素置換を5回行い、未反応のフッ素ガスやフィルムまたはシート表面に吸着したフッ素ガスを除去した後に、両面にフッ化重合体層を形成したフィルムまたはシート(多層積層構造体)を取り出した。
【0046】
得られた多層積層構造体の解析、評価は次の方法で行った。
(フッ素重合体層の厚みの測定)
フッ化処理を行った炭化水素系重合体等からなるA5サイズのフィルムまたはシートを、50mm×50mmのサイズに切断し、分光エリプソメータにより片面のフッ化重合体層の厚みを測定した。分光エリプソメータとして、ジェー・エー・ウーラム・ジャパン製M−2000を使用し、裏面をサンドペーパーで荒らしたフィルムまたはシートを試料台にセットし、入射角を50°、60°および70°と変えて、それぞれ、波長370〜1700nmの範囲で、反射光の偏光状態の変化を測定した。測定結果をCauchyの分散式の二層モデルにより解析して、フッ化重合体層の厚みを求めた。両面のフッ化重合体層の厚みを測定し、その合計をフッ化重合体層の厚み(d)とした。尚、両面のフッ化重合体層の厚みは同一であった。
【0047】
(全光線透過率およびヘイズの測定)
村上色彩技術研究所製ヘイズ・透過率計により、フッ化処理を行ったフィルムまたはシートの全光線透過率およびヘイズを測定した。
【0048】
(寸法変化率の測定)
フッ化処理を行った炭化水素系重合体等からなるA5サイズのフィルムまたはシートを、100mm×100mmのサイズに切断し、炭化水素系重合体等の軟化点に加熱したオーブン中で1時間放置し、フィルムまたはシートが延伸したものである場合は機械方向(MD)および横方向(TD)の寸法変化率を、無延伸の場合は縦/横の寸法変化率を測定した。寸法変化率は、膨張の場合はプラス、収縮の場合はマイナスで表わした。
【0049】
<実施例1〜6>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、二軸延伸ポリスチレンフィルム(旭化成ケミカルズ製市販品OPS GMNO、厚さ50μm)を使用した。所定濃度の窒素で希釈したフッ素ガスにより、所定温度で所定時間、フッ化処理を行った。フッ化処理を行ったポリスチレンフィルムを、ポリスチレンのガラス転移点の100℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。また、加熱後の全光線透過率およびヘイズを測定した。
【0050】
寸法変化率、全光線透過率およびヘイズの測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表1にまとめた。いずれも寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。加熱後の全光線透過率は、95%以上、ヘイズは6%以下であり、加熱後も高い透明性を示した。
【0051】
<比較例1>
フッ素濃度を3体積%とした以外は、実施例1と同様にして、二軸延伸ポリスチレンフィルム(旭化成ケミカルズ製市販品OPS GMNO、厚さ50μm)のフッ化処理を行い、ポリスチレンのガラス転移点の100℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。また、加熱後の全光線透過率およびヘイズを測定した。寸法変化率、全光線透過率およびヘイズの測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表1にまとめた。フッ化重合体層の厚みが1.0μmと十分でないために、寸法変化率は−3%〜3%の範囲を超えて耐熱性が劣るうえに、ヘイズが著しく大きくなって透明性の低下を示した。
【0052】
<比較例2>
フッ化処理を行わない二軸延伸ポリスチレンフィルム(旭化成ケミカルズ製市販品OPS GMNO、厚さ50μm)を100mm×100mmのサイズに切断し、ポリスチレンのガラス転移点の100℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、大きくカールして測定することができなかった。
【0053】
【表1】

【0054】
<実施例7>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、高密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品HF316E、厚さ50μm)を使用した以外は、実施例2と同様にして、フッ化処理を行い、高密度ポリエチレンの融点の130℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表2にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0055】
<比較例3>
フッ化処理を行わない高密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品HF316E、厚さ50μm)を100mm×100mmのサイズに切断し、高密度ポリエチレンの融点の130℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、大きく収縮して測定することができなかった。
【0056】
【表2】

【0057】
<実施例8>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、低密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品LH521H、厚さ50μm)を使用した以外は、実施例2と同様にして、フッ化処理を行い、低密度ポリエチレンの融点の110℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表3にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0058】
<比較例4>
フッ化処理を行わない低密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品LH521H、厚さ50μm)を100mm×100mmに切断し、低密度ポリエチレンの融点の110℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、大きく収縮して測定することができなかった。
【0059】
【表3】

【0060】
<実施例9>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、直鎖状低密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品SM620、厚さ50μm)を使用した以外は、実施例2と同様にして、フッ化処理を行い、直鎖状低密度ポリエチレンの融点の130℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表4にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0061】
<比較例5>
フッ化処理を行わない直鎖状低密度ポリエチレンインフレーションフィルム(日本ポリエチレン製市販品SM620、厚さ50μm)を10cm×10cmに切断し、直鎖状低密度ポリエチレンの融点の130℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、フィルムが融解して測定することができなかった。
【0062】
【表4】

【0063】
<実施例10>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、ポリプロピレン無延伸フィルム(サンアロマー製市販品PF724S、厚さ50μm)を使用した以外は、実施例2と同様にして、フッ化処理を行い、ポリプロピレンの融点の150℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表5にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0064】
<比較例6>
フッ化処理を行わないポリプロピレン無延伸フィルム(サンアロマー製市販品PF724S、厚さ50μm)を100mm×100mmのサイズに切断し、ポリプロピレンの融点の150℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、フィルムの変形が大きく、測定することができなかった。
【0065】
【表5】

【0066】
<実施例11>
炭化水素系重合体等からなるフィルムとして、シクロオレフィンコポリマー無延伸フィルム(恵和製市販品オプコンフィルム、厚さ100μm)を使用した以外は、実施例2と同様にして、フッ化処理を行い、シクロオレフィンコポリマーのガラス転移点の140℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のフィルムの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、フィルムの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表6にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0067】
<比較例7>
フッ化処理を行わないシクロオレフィンコポリマー無延伸フィルム(恵和製市販品オプコンフィルム、厚さ100μm)を100mm×100mmのサイズに切断し、シクロオレフィンコポリマーのガラス転移点の140℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、フィルムが変形して測定することができなかった。
【0068】
【表6】

【0069】
<実施例12>
炭化水素系重合体等からなるシートとして、スチレン−ブタジエンブロック共重合体シート(電気化学工業製クリアレンシート、厚さ0.3mm)を使用した以外は、実施例1と同様にして、フッ化処理を行い、スチレン−ブタジエンブロック共重合体のガラス転移点の100℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後のシートの寸法変化率を測定した。寸法変化率の測定結果をフッ化処理条件、フッ化重合体層の厚み、シートの厚み(D)とフッ化重合体層の厚み(d)の比d/Dと共に表7にまとめた。寸法変化率は−3%〜3%であり、耐熱性は良好であった。
【0070】
<比較例8>
フッ化処理を行わないスチレン−ブタジエンブロック共重合体シート(電気化学工業製クリアレンシート、厚さ0.3mm)を100mm×100mmのサイズに切断し、スチレン−ブタジエンブロック共重合体のガラス転移点の100℃に加熱したオーブン中で1時間放置し、加熱後の寸法変化率を測定したが、大きく収縮して測定することができなかった。
【0071】
【表7】

【0072】
上記実施例の結果から明らかなように、本発明によれば、フッ化処理される前の炭化水素重合体等が有する長所を失うことなく耐熱性を向上させた多層積層構造体を得ることができる。本発明による多層積層構造体は、炭化水素系重合体等の軟化点においても形状を保持することができ、高価な樹脂を使用したり、重合体の分子構造や組成を変える必要がなく、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素系重合体またはその組成物からなるフィルムまたはシートの両面にフッ化重合体層が形成された多層積層構造体であって、
多層積層構造体の厚みをD(μm)とし、分光エリプソメトリーによって求められた両面のフッ化重合体層の厚みの合計をd(μm)としたときに、d/Dが少なくとも0.03であることを特徴とする多層積層構造体。
【請求項2】
前記フッ化重合体層が、前記フィルムまたは前記シートをフッ素ガスと不活性ガスとからなるガスでフッ化処理することにより形成されることを特徴とする請求項1に記載の多層積層構造体。
【請求項3】
前記フィルムまたは前記シートが、炭化水素系重合体またはその組成物からなる単層構造または二種以上の層からなる多層構造を有することを特徴とする請求項1または2に記載の多層積層構造体。
【請求項4】
前記フィルムまたは前記シートが、延伸フィルムまたは延伸シートであること特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項5】
前記フィルムまたは前記シートが、無延伸のフィルムまたはシートであること特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項6】
前記フィルムまたは前記シートに含まれるゲルおよびフィッシュアイが10個/m2以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項7】
前記炭化水素系重合体が、ポリオレフィン、ポリスチレン、スチレン−ジエン共重合体、スチレン−ジエン共重合体の水添物および脂環構造含有炭化水素系重合体からなる群から選択されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項8】
前記多層積層構造体の厚みが、10μm〜3mmであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項9】
85%以上の全光線透過率および10%以下のヘイズを有することを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の多層積層構造体。
【請求項10】
前記炭化水素系重合体またはその組成物の軟化点で前記多層積層構造体を1時間加熱するとき、加熱前の前記多層積層構造体の長さをL(mm)とし、加熱後の前記多層積層構造体の長さをL(mm)としたときに、(L−L)/L×100%が−3〜3%の範囲にあることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の多層積層構造体。

【公開番号】特開2009−23293(P2009−23293A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−190879(P2007−190879)
【出願日】平成19年7月23日(2007.7.23)
【出願人】(000187068)昭和高分子株式会社 (224)
【Fターム(参考)】