説明

多層紙の製造方法

【課題】優れた層間接着強度を有する多層紙の製造方法を提供する。
【解決手段】パルプおよび水を含む紙料を抄紙して湿潤紙層を形成する工程A;工程Aで得た湿潤紙層の上に、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧する工程B;および工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、さらに湿潤紙層を形成する工程C;を少なくとも含む、多層紙の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は2層以上の多重構造を有する多層紙の製造方法に関する。本発明は、より詳しくはセルロースナノファイバーを層間接着剤として用いる多層紙の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護の意識の高まりにより、森林資源を利用する紙・板紙においては省資源化が求められており、紙・板紙の軽量化(低坪量化)は避けられない流れとなっている。しかし、軽量化は引張強さや引裂強さなど強度の低下を招く問題があり、強度の低下は製造時や印刷時の断紙、製函時の加工不良などの原因となる。特に、板紙やはがき用紙等の複数の紙層を抄き合わせた多層紙においては紙層間の層間強度も重要であるが、低坪量化によって紙層間におけるパルプ同士の絡み合いがより起こりにくくなり、層間接着強度が低下するという問題があった。
【0003】
従来、板紙等の多層紙に関し、層間接着強度を向上させる方法が提案されている。例えば特許文献1には、湿潤紙層の両面または片面に乾燥した微細繊維または填料を噴霧する方法が開示されている。また、特許文献2〜5には2つの湿潤紙層を抄き合わせる前に、一方の湿潤紙層に澱粉系の層間接着剤を塗布または噴霧する方法が開示されている。さらに、特許文献6および7には、ポリアクリルアミド系の層間強度向上剤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−186998号公報
【特許文献2】特開2009−249785号公報
【特許文献3】特開2005−264356号公報
【特許文献4】特開2000−080598号公報
【特許文献5】特開平5−230792号公報
【特許文献6】特開2002−317393号公報
【特許文献7】特開2002−138388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らは特許文献1〜7に記載の方法を予備的に検討したところ、これらの方法では層間接着強度を十分に向上できないことを見出した。特に、層間接着強度を向上させるために薬品を多量に使用すると、密度の上昇や地合の悪化を招くことも明らかとなった。このような事情を鑑み、本発明は優れた層間接着強度を有する多層紙の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、セルロースナノファイバーを紙層間に供給することにより層間接着強度を向上できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち上記課題は、以下の本発明:
パルプおよび水を含む紙料を抄紙して湿潤紙層を形成する工程A;工程Aで得た湿潤紙層の上に、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧する工程B;および前記湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、新たに湿潤紙層を形成する工程C、を少なくとも含む多層紙の製造方法、により解決される。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、優れた層間接着強度を有する多層紙の製造方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】層間接着強度の測定方法を示す概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。本明細書において「〜」はその両端を含む。
1.多層紙の製造方法
本発明の多層紙の製造方法は、パルプおよび水を含む紙料を抄紙して湿潤紙層を形成する工程A、前記湿潤紙層の上に、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧する工程B、および前記湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、さらに湿潤紙層を形成する工程Cを備える。
【0010】
1−2.工程A
(1)紙料
工程Aでは紙料を抄紙して湿潤紙層を形成する。紙料とはパルプを含む水懸濁液である。パルプとは木材または植物由来のセルロース繊維の集合体である。本発明では公知のパルプを用いてよく、その例には、ケミカルパルプ(CP)、砕木パルプ(GP)、ケミグラウンドパルプ(CGP)、リファイナーグラウンドパルプ(RGP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)、セミケミカルパルプ(SCP)、およびこれらの晒または未晒パルプ、脱墨パルプ(DIP)、さらには段ボールを古紙原料とする段ボール離解パルプ(RPD)が含まれる。
【0011】
本発明で用いる紙料は填料を含んでいてもよい。填料とは紙に配合される粉末状の添加剤である。本発明では公知の填料を用いてよいが、その好ましい例には、炭酸カルシウム、ホワイトカーボン、カオリン、クレー、およびシリカ−炭酸カルシウム複合体、再生填料が含まれる。中でも入手の容易性や以下に述べるような地合の向上効果が高いこと、さらには中性抄紙に適していることから、炭酸カルシウムが好ましい。
【0012】
また本発明で用いる紙料は、硫酸バンド、AKD、ASAなどの合成サイズ剤、各種澱粉類、乾燥紙力剤、湿潤紙力剤、凝結剤、およびpH調整剤等の添加剤を含んでいてもよい。これら各成分の配合比は公知のとおりとしてよい。
【0013】
(2)抄紙
抄紙とは、抄紙網等の水を透過しうる部材に紙料を供給して濾水し、湿潤紙層を得ることをいう。湿潤紙層とはパルプを主成分とする紙のシートであり水分を含む。湿潤紙層の固形分濃度は5〜60質量%であり、5〜30質量%がより好ましく、10〜25質量%がさらに好ましい。
【0014】
抄紙は、手抄きや機械抄き等の手段を用いて行なってよく、機械抄きとしては長網抄紙機、ツインワイヤー抄紙機、ヤンキー抄紙機、円網抄紙機、円網短網コンビネーション抄紙機など公知の抄紙機を適宜選択して使用することができる。本発明においては、作業効率等の点から多層抄紙機を用いて実施することが好ましい。特に、抄紙網、当該抄紙網の上流に設けられた上流ヘッドボックス、当該上流ヘッドボックスの下流に設けられた1以上の下流ヘッドボックス、および前記上流ヘッドボックスと下流ヘッドボックスとの間に設けられた、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を供給するための供給装置を備える抄紙機を用いて、上流ヘッドボックスから紙料を抄紙網に供給して湿潤紙層を形成することが好ましい。抄紙網とは紙料を供給するための網であり、通常は金網や合成樹脂である。ヘッドボックスとは紙料を貯留し、抄紙網に紙料を供給するための装置である。
【0015】
1−2.工程B
工程Bでは、工程Aで得た湿潤紙層の上に、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧する。
【0016】
(1)セルロースナノファイバーを含む水分散液
セルロースナノファイバーを含む水分散液とは、主成分であるセルロースナノファイバーが分散媒である水に分散した液である。ここでいう主成分とは水分散液中の全固形分に対して、セルロースナノファイバーが50質量%以上含まれることを示す。セルロースナノファイバーを含む水分散液を効率よく塗布または噴霧するために、水分散液中のセルロースナノファイバーの濃度は0.01〜10%(w/v)が好ましく、0.05〜2%(w/v)がより好ましく、0.1〜1%(w/v)がさらに好ましい。濃度が高すぎる場合は、流動性が悪くなり操業効率が低下し、濃度が低すぎる場合は、得られる多層紙に含まれる水分量が増加し、搾水不良や坪量プロファイルの悪化を招くおそれがある。セルロースナノファイバーを含む水分散液は、高速せん断ミキサーや高圧ホモジナイザーを用いてセルロースナノファイバーを水に分散させることにより調製できる。
【0017】
本発明において、水分散液にはセルロースナノファイバー以外に添加剤を含有してもよい。添加剤は1種または複数種類を併用してもよい。このような添加剤としては例えば、一般的な製紙用澱粉、凝結剤、歩留剤、PVA、CMC、アルギン酸、微細繊維などが挙げられるが、これに限定されない。以下、セルロースナノファイバーについて詳しく説明する。
【0018】
1)セルロースナノファイバー
セルロースナノファイバーとは、セルロース系原料を解繊することにより得られる、径が1〜100nmのセルロースのシングルミクロフィブリルであり、繊維径が100nmを超える特許文献1等に記載の微細繊維とは異なる。セルロース系原料とは、各種木材由来のクラフトパルプまたはサルファイトパルプ、それらを高圧ホモジナイザーやミル等で粉砕した粉末セルロース、あるいはそれらを酸加水分解などの化学処理により精製した微結晶セルロース粉末等である。
【0019】
本発明で用いるセルロースナノファイバーの繊維径は50nm以下である。繊維径は、セルロースナノファイバー表面に存在する水素結合性基の量に関係する。水素結合性基とは水酸基、カルボキシル基、またはカルボキシレート基である。繊維径が小さい方がセルロースナノファイバーの表面積が大きくなるので、同質量で比べた場合、表面に存在する水素結合性基の量は、繊維径が大きいセルロースナノファイバーに比べて多くなる。この水素結合性基の量が多いほど湿潤紙層中のパルプとの水素結合を形成しやすいので層間接着強度を高められる。よって、繊維径の上限は50nmであればよいが、層間接着強度をより高めるためには、40nm以下が好ましく、30nm以下がより好ましい。一方、繊維径が過度に小さいと、セルロースナノファイバーを水に分散させた際に、分散液中でセルロースナノファイバーが凝集しやすくなることがある。よって、繊維径の下限は2nmが好ましく、10nmがより好ましい。
【0020】
繊維径は、セルロースナノファイバーの電子顕微鏡像または原子間力顕微鏡像から求めることができる。また後述するとおり、繊維径は主としてセルロースナノファイバー製造における微粒化工程により調整できる。
【0021】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、セルロースのピラノース環における6位の一級水酸基がカルボキシル基またはその塩に酸化されている。ピラノース環とは5つの炭素と1つの酸素からなる六員環炭水化物である。6位の一級水酸基とは6員環にメチレン基を介して結合しているOH基である。N−オキシル化合物を用いてセルロース系原料を酸化する際に、この一級水酸基が選択的に酸化される。この機構は以下のように説明できる。天然セルロースは生合成された時点ではナノファイバーであるが、これらが収束して大きな単位を形成してゆく際にナノファイバー表面で主として水素結合が形成されるのでナノファイバーではなくなっている。しかし、N−オキシル化合物を用いてセルロース系原料を酸化すると、ピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、かつこの酸化反応はミクロフィブリルの表面にとどまるので、ミクロフィブリルの表面のみに高濃度にカルボキシル基が導入される。カルボキシル基は負の電荷を帯びているので互いに反発しあい、水中に分散させると、ミクロフィブリル同士の凝集が妨げられ、この結果、セルロースナノファイバーが得られる。
【0022】
前記カルボキシル基は、アルカリ金属等と塩を形成していてもよい。カルボキシル基およびその塩(以下これらをまとめて「カルボキシル基等」という)の量は、セルロースナノファイバーの乾燥質量に対し1.10mmol/g以上が好ましい。前述のとおり、カルボキシル基等は湿潤紙層中のパルプと水素結合しうるのでこの量が多いと層間接着強度が向上する。よって、この量の下限は1.20mmol/g以上がより好ましく、1.40mmol/g以上がさらに好ましい。しかしながら、カルボキシル基等が多いと、セルロースナノファイバーを水に分散させた際に、水中でセルロースナノファイバーが凝集しやすくなることがある。このため、カルボキシル基等の量の上限は、1.70mmol/g以下が好ましく、1.60mmol/g以下がより好ましい。カルボキシル基等の量は、例えば特願2010−217280に記載の方法によって測定できる。また後述するとおり、セルロースナノファイバー中のカルボキシル基等の量はセルロースナノファイバー製造における酸化工程により調整できる。
【0023】
セルロースナノファイバーの繊維径、繊維長および重合度等の特性は、水分散液としたときの粘度に反映される。本発明においては、層間接着強度を高める観点、および層間接着剤としての取扱性等の観点から、2%(w/v)の濃度の水分散液の粘度が500〜7000mPa・sであることが好ましい。粘度はB型粘度計により、25℃、ロータNo.64により測定される。濃度w/vは水100mLに対するセルロースナノファイバーのg数である。
【0024】
2)セルロースナノファイバーの製造方法
本発明で用いるセルロースナノファイバーは、(a)N−オキシル化合物と(b)臭化物、ヨウ化物およびこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で、(c)酸化剤を用いてセルロース系原料を酸化する酸化工程、および前工程で得た酸化セルロースを湿式微粒化処理してナノファイバー化させる湿式微粒化工程を含む方法にて製造されることが好ましい。
【0025】
i)酸化工程
N−オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。本発明で使用されるN−オキシル化合物の例には、下記一般式(式1)で示される物質が含まれる。
【0026】
【化1】

【0027】
(式1中、R〜Rは同一または異なる炭素数1〜4程度のアルキル基を示す。)
式1で表される化合物のうち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、TEMPOという)、および4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(以下、4−ヒドロキシTEMPOという)を発生する化合物が好ましい。N−オキシル化合物として、TEMPOまたは4−ヒドロキシTEMPOから得られる誘導体も使用できる。中でも活性の点から、4−ヒドロキシTEMPOの誘導体が最も好ましい。その例には、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基を、炭素数4以下の直鎖または分岐状炭素鎖を有するアルコールでエーテル化して得られる誘導体、カルボン酸またはスルホン酸でエステル化して得られる誘導体が含まれる。
【0028】
4−ヒドロキシTEMPO誘導体の具体例には、以下の式2〜式4の化合物が含まれる。
【0029】
【化2】

【0030】
(式2〜4中、Rは炭素数4以下の直鎖または分岐状炭素鎖である。)
また本発明では、下記式5で表されるN−オキシル化合物のラジカル、すなわちアザアダマンタン型ニトロキシラジカルを用いてもよい。この化合物は短時間で均一なセルロースナノファイバーを製造できる。
【0031】
【化3】

【0032】
(式5中、R、Rは同一または異なって、水素または炭素数1〜6の直鎖もしくは分岐鎖アルキル基を示す。)
N−オキシル化合物の量は、セルロース系原料をナノファイバー化できる触媒量であれば特に限定されない。N−オキシル化合物の量は、例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.01〜1mmol、さらに好ましくは0.05〜5mmol程度である。
【0033】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度である。
【0034】
酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物等、公知の酸化剤が使用できる。生産コストの観点から、現在工業プロセスにおいて最も汎用されている安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。酸化剤の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。その量は、例えば、絶乾1gのセルロース系原料に対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度である。
【0035】
セルロース系原料は、すでに述べたとおりである。
本酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は15〜30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0036】
ii)湿式微粒化工程
本工程では、前記工程で得た酸化セルロース系原料からセルロースナノファイバーを製造する。湿式微粒化処理とは、水等の分散媒中で行なう、酸化セルロース系原料の大きさを小さくする処理をいう。すなわち、この湿式微粒化処理により酸化セルロース系原料が解繊されてナノファイバーとされる。本工程では、例えば、高速せん断ミキサーや高圧ホモジナイザーなどの混合・撹拌、乳化・分散装置を必要に応じて単独もしくは2種類以上組合せて用いることができる。特に、100MPa以上、好ましくは120MPa以上、さらに好ましくは140MPa以上の圧力を可能とする超高圧ホモジナイザーを用いて湿式微粒化処理を行なうと、水分散液としたときに、前記の範囲の粘度を有するセルロースナノファイバーを効率よく製造することができる。
【0037】
iii)紫外線照射処理
本発明においては、湿式微粒化工程の前に、酸化工程で得られた酸化セルロース系原料に紫外線を照射してセルロースナノファイバーの分散液の粘度を低下させ、流動性を高める処理を行うことが好ましい。紫外線照射により、セルロースナノファイバーの重合度が減少し、セルロースナノファイバーの分散液の粘度が低下する。紫外線を照射する際の酸化セルロース系原料の温度は、20℃以上であれば光酸化反応の効率が高まるため好ましく、一方、95℃以下であれば酸化セルロース系原料の品質の悪化等に悪影響を及ぼさないため好ましい。また、紫外線を照射する際のpHは特に限定はないが、例えばpH6.0〜8.0程度の中性領域で処理することがプロセス簡素化の点から好ましい。紫外線の波長は、好ましくは100〜400nmである。紫外線処理は複数回繰り返すことができ、繰り返しの回数は目標の品質や後処理との関係に応じて適宜設定できる。
【0038】
(2)塗布または噴霧
塗布にはディスペンサー等の公知の装置を用いることができる。また噴霧には、スプレーノズル等の公知の装置を用いることができる。層間接着強度を高める観点から、塗布または噴霧されるセルロースナノファイバーの量(固形分)は工程Aで形成された湿潤紙層の固形分に対し0.001〜30質量%であり、0.01〜30質量%が好ましく、0.05〜10質量%がより好ましく、0.1〜5質量%がさらに好ましい。湿潤紙層の固形分とは、湿潤紙層を乾燥して得られる固形分である。
【0039】
工程Aで述べたとおり、本発明においては前述の抄紙機を用いることが好ましい。この場合、セルロースナノファイバーを含む水分散液は、供給装置を介して工程Aで得た湿潤紙層の上に塗布または噴霧される。供給装置とは、具体的にはディスペンサーやスプレーノズルである。また、セルロースナノファイバーを含む水分散液の塗布または噴霧は、湿潤紙層の抄紙機幅方向の全幅にわたって行ってもよいし、部分的に行ってもよい。セルロースナノファイバーを含む水分散液を抄紙機幅方向の全幅にわたって塗布または噴霧した場合、セルロースナノファイバーがごく薄い層状となって紙層間の全面に存在するため、層間接着強度がより高くなる。
【0040】
1−3.工程C
工程Cでは、工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、さらに湿潤紙層を形成する。本工程で設ける湿潤紙層を便宜的に「上層湿潤紙層」と称する。
【0041】
上層湿潤紙層を形成する方法は限定されず、例えば、工程Aと同様にして湿潤紙層を調製し、これを、工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面と対向するように貼り合わせることにより上層湿潤紙層を形成できる。あるいは、紙料を工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に供給することにより上層湿潤紙層を形成してよい。工程Cで用いる紙料は、工程Aで用いる紙料と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0042】
既に説明したとおり、本発明においては前記抄紙機を用いることが好ましいので、工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、前記下流ヘッドボックスから前記紙料を供給して上層湿潤紙層を形成することが好ましい。
【0043】
前記工程Cの後に工程Bを行い、さらにこのサイクルを繰り返すことにより、所望の層数を有する多層紙を製造できる。
【0044】
1−4.他の工程
本発明の製造方法は、工程A〜Cで得た層を少なくとも含む湿潤紙層をプレスする工程および乾燥する工程をさらに備えていてもよい。これらの工程は公知のとおりに行なってよい。
【0045】
1−5.作用機構
本発明の製造方法によって、層間接着強度に優れる多層紙が得られる。この機構は限定されないが次のように考えられる。
【0046】
本発明で用いるセルロースナノファイバーは繊維表面に多数の水素結合性基を有する。本発明ではこのセルロースナノファイバーを含む水分散液を湿潤状態にある紙層表面に供給する。このため、湿潤紙層に存在するパルプとセルロースナノファイバーとは流動可能な状態にあり、湿潤紙層に存在するパルプとセルロースナノファイバーは水素結合を介して結合する。さらにこの面上に新たに上層湿潤紙層が形成されるため、上層湿潤紙層表面に存在するパルプとセルロースナノファイバーとが水素結合を介して結合する。この結果、層間接着強度に優れた多層紙が製造できる。
【0047】
2.多層紙
本発明の製造方法で得られる多層紙は、複数の紙層とその層間に存在するセルロースナノファイバーを有する。前述のとおり、紙層表面のパルプとセルロースナノファイバーは水素結合を介して結合しているので、優れた層間接着強度を有する。このため本発明の製造方法で得られる多層紙は各種の用途に使用することができ、段ボール用のライナー、白板紙、紙管原紙、製袋用紙、はがき用紙等として有用である。坪量、紙厚等は特に限定されず、所望の用途に応じて適宜設定すればよい。また、本発明の多層紙はその片面または両面に顔料を含有する塗工層を設けてもよい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、実施例により本発明は限定されない。
[製造例1]
粉末セルロース(日本製紙ケミカル株式会社製、粒径24μm)15g(絶乾)を、TEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、粉末セルロースが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素5%)50ml添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した。反応中、系内のpHが低下したが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応を行なった後、遠心操作(6000rpm、30分、20℃)で酸化した粉末セルロースを分離し、十分に水洗して酸化処理した粉末セルロースを得た。酸化処理した粉末セルロースの2%(w/v)スラリーをミキサーにより12,000rpmで15分処理し、さらに粉末セルローススラリーを超高圧ホモジナイザーにより140MPaの圧力で5回処理して透明なゲル状分散液を得た。なお、得られたセルロースナノファイバーについて、VISCOMETER TV−10粘度計(東機産業株式会社製)を用いて測定したB型粘度(60rpm、20℃、)は890mPa・sであった。また、原子間力顕微鏡(AFM)の観察よりセルロースナノファイバーの最大繊維径が10nm、数平均繊維径が6nmであった。
【0049】
[製造例2]
製造例1と同様にして酸化処理した粉末セルロースを得た後、254nmの紫外線を照射する20W低圧水銀ランプで0.5時間処理した。次いで、紫外線処理した酸化粉末セルロースの1%(w/v)スラリーを超高圧ホモジナイザーにより140MPaの圧力で10回処理し、透明なゲル状分散液を得た。得られたセルロースナノファイバーのB型粘度は700mPa・s、最大繊維径が10nm、数平均繊維径が6nmであった。
【0050】
[実施例1]
段ボールを水中で離解して原料パルプ(CSF(カナダ標準フリーネス)420ml)の水分散液(スラリー)を調製した。スリーワンモーターを用いて、この水分散液を600rpmの速度で撹拌しながら硫酸バンドを添加して紙料を調製した。硫酸バンドの添加量は、紙料中のパルプ固形分の3.5質量%となるようにした。次に、JIS P 8209に基づいて湿潤紙層を抄紙し、クーチロールにて脱水し、水分量75〜80質量%の手抄湿潤紙層6枚を製造した。水分量は、JIS P 8127:1998に準じて求めた。
【0051】
スプレーノズルを用いて、製造例1で得たセルロースナノファイバーの濃度を0.25%(w/v)に調整した水分散液を手抄湿潤紙層片面に噴霧した。この際、手抄湿潤紙層の固形分に対してセルロースナノファイバー固形分が0.1質量%となるようにした。
【0052】
この噴霧面と対向するように、別の手抄湿潤紙層(上層湿潤紙層に相当)を貼り合わせ、JIS P 8209に基づいてプレスを行った。その後、シリンダドライヤにて110℃で5分間乾燥させて多層紙を製造した。同様にして合計3枚の多層紙を製造した。
【0053】
このようにして得た二層からなる多層紙の層間接着強度を以下のように測定した。図1を参照しながら層間接着強度の測定方法を説明する。図1中、1は試験片、2は層間剥離部である。図1において縦型引張試験機は省略してある。
1)二層からなる多層紙を長さ30mm以上、幅38mmに裁断し試験片1を調整した。
2)試験片1の端部近傍の一部において層間を剥離して層間剥離部2を設けた。
3)縦型引張試験機(オートグラフAGS−100D 株式会社島津製作所製)を用いて、層間剥離部2における一方の層を下方台に固定し、もう一方の層を上方クランプに固定した。
4)剥離速度30mm/分で上方クランプを30mm上方に移動させて試験片1を層間剥離させた。
5)測定値を層間接着強度とした。
【0054】
[実施例2]
噴霧したセルロースナノファイバーの固形分を、手抄湿潤紙層の固形分に対して0.8質量%にした以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0055】
[実施例3]
噴霧したセルロースナノファイバーの固形分を、手抄湿潤紙層の固形分に対して1.5質量%にした以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0056】
[比較例1]
セルロースナノファイバーを噴霧しなかった以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0057】
[比較例2]
セルロースナノファイバーの代わりに水を5.0質量%噴霧した以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0058】
[比較例3]
セルロースナノファイバーの代わりに紙力剤(RB14−004 ハリマ株式会社製)を、手抄湿潤紙層の固形分に対して0.4質量%噴霧した以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0059】
[比較例4]
セルロースナノファイバーの代わりに澱粉(SK−100 日本コーンスターチ株式会社製)を、手抄湿潤紙層の固形分に対して1.0質量%噴霧した以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0060】
[比較例5]
前記紙料に、紙料の固形分(パルプと硫酸バンド)に対して0.8質量%のセルロースナノファイバーを添加し、セルロースナノファイバーの水分散液を噴霧しなかった以外は、実施例1と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0061】
[比較例6]
紙料に、セルロースナノファイバーの代わりに0.4質量%の紙力剤(RB14−004 ハリマ株式会社製)を添加した以外は、比較例5と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0062】
[比較例7]
紙料に、セルロースナノファイバーの代わりに1.0質量%の澱粉(SK−100 日本コーンスターチ株式会社製)を添加した以外は、比較例5と同様にして多層紙を製造し評価した。
【0063】
これらの結果を表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
この結果から、セルロースナノファイバーを湿潤紙層間に供給することにより、層間接着強度が大幅に向上することが明らかとなった。
また実施例と比較例2〜4との比較から、水分、紙力剤、または澱粉を湿潤紙層間に供給することで、層間接着強度はやや向上するが、セルロースナノファイバーほどの向上効果はないことが明らかになった。
【0066】
さらに実施例と比較例5との比較から、セルロースナノファイバーを紙料に内添しても、層間接着強度は向上しないことが明らかとなった。
さらにまた実施例と比較例6〜7との比較から、紙力剤または澱粉を紙料に内添すると層間接着強度はやや向上するが、実施例ほどの向上効果はないことが明らかになった。紙力剤または澱粉を紙料に内添すると紙層の微細繊維の歩留が向上するので、比較例6〜7ではこのことにより層間接着強度がやや向上したと考えられる。
【符号の説明】
【0067】
1 試験片
2 層間剥離部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルプおよび水を含む紙料を抄紙して湿潤紙層を形成する工程A、
工程Aで得た湿潤紙層の上に、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧する工程B、および
前記湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、さらに湿潤紙層を形成する工程C、
を少なくとも含む、多層紙の製造方法。
【請求項2】
抄紙網、当該抄紙網の上流に設けられた上流ヘッドボックス、当該上流ヘッドボックスの下流に設けられた1以上の下流ヘッドボックス、および前記上流ヘッドボックスと下流ヘッドボックスとの間に設けられた、繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーを含む水分散液を供給するための供給装置を備える抄紙機を用い、
前記工程Aにおいて、前記上流ヘッドボックスから前記紙料を前記抄紙網に供給して湿潤紙層を形成し、
前記工程Bにおいて、工程Aで得た湿潤紙層の上に、前記供給装置を用いて前記セルロースナノファイバーを含む水分散液を塗布または噴霧し、かつ
前記工程Cにおいて、工程Bで得た湿潤紙層の前記水分散液が塗布または噴霧された面の上に、前記下流ヘッドボックスから前記紙料を供給して湿潤紙層を形成する、請求項1に記載の多層紙の製造方法。
【請求項3】
複数の紙層と、その層間に存在する繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーとを有する多層紙。
【請求項4】
請求項1または2に記載の方法で得られた、複数の紙層と、その層間に存在する繊維径が50nm以下であるセルロースナノファイバーとを有する多層紙。

【図1】
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