説明

多層膜不等間隔溝ラミナー型回折格子及び同分光装置

【課題】
多層膜を回折格子表面に形成して回折効率を増したい場合、(1)最大反射率が得られる溝深さ等の条件、(2)多層膜の拡張Bragg条件、(3)入射光と回折光の方向の相関を規定する条件式、(4)結像条件の4つの条件を満たす必要がある。これらの条件を一波長で満たすことは容易であるが、それでは単色計、写真機型分光器としては使用できない。
【解決手段】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、回折格子を用いた分光が効率の低下のため困難である波長0.2〜2nmの領域において、回折効率、分解能が共に高い回折格子及びそれを用いた分光装置を提供することにある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線領域で回折格子を用いて単色光を取り出す軟X線単色計(モノクロメータ)または、入射光を波長により分散及び結像させる写真分光器に関する。
【背景技術】
【0002】
反射鏡の反射率を高める手段として多層膜を形成することは半世紀以上前行われている。この手段を回折格子の回折効率を高めるため利用する場合各種の条件を満たす必要があり、特に軟X線領域では殆ど実用になっていない。
【0003】
一般にラミナー型回折格子では、最大反射率が得られるラミナー型(図4参照)の溝深さ及び山面(Ridge)の幅と格子定数の比(Duty比と呼ばれている)の条件があり、また多層膜をラミナー型回折格子表面に形成して回折効率を増したい場合満たすべき多層膜の拡張Bragg条件がある。また、単色計、写真機型分光器としては入射光と回折光の方向と波長、格子定数との関係式(回折格子の式と呼ばれている)及びそれぞれ分光装置で規定される結像条件も満たす必要がある(例えば、非特許文献1及び2)。
【0004】
上述の4つの条件は個々には研究されており、これらの条件を一波長で満たすことは容易であるとされているが、それでは単色計、写真機型分光器としては使用できず、実験物理学的観点からの研究の域を出なかった。
【非特許文献1】W.R. Hunter, "Multilayer Gratings:," in J. R. Samson and D. L. Ederer Eds., Vacuum Ultraviolet Spectroscopy I in the Experimental Methods in the Physical Sciences, Vol. 31, (Academic Press, New York, 1998), Chapter 18, pp.379-399.
【非特許文献2】M. Koike and T. Namioka, "High-resolution grazing incidence plane grating monochromator for undulator radiation," Rev. Sci. Instrum., 66, 2144-2146(1995).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような課題を解決するために成されたものであり、その目的は、回折格子を用いた分光が効率の低下のため困難である波長0.2〜2nmの領域において、回折効率、分解能が共に高い回折格子及びそれを用いた分光装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために成された本発明は、回折格子を用いた分光装置から高効率で分光された軟X線光を取り出すため、下記の4つの条件を波長に関わらず同時に満たす分光装置の波長走査機構および回折格子の製作条件から成り立つ。
【0007】
4つの条件とは、(1) 入射光、回折光の各方向、回折格子定数の相関を規定する回折格子の式の条件、(2) 最大反射率が得られるラミナー型回折格子の溝深さ及び山面(Ridge)の幅と格子定数の比(Duty比)の条件、(3) 多層膜の拡張Bragg条件、(4)溝間隔を不等間隔にして一定の焦点距離を保つ条件である。この内、(1)と(4)の条件は「特許文献1」、「非特許文献2」に記載された波長走査方式をとることとし、その条件で(2)、(3)の条件を満たす溝形状、多層膜周期をもつよう回折格子を設計すればよい。
【0008】
また、上記ラミナー型回折格子は、感光剤を塗布した回折格子基板に2つのコヒーレント(可干渉性がある)レーザー光による干渉縞の記録を行うホログラフィック法により、Duty比、不等間隔溝制御を含めて実現することが可能であり、さらに、多層膜は重元素と軽元素の組み合わせ、例えば、タングステンと炭素の蒸着膜をイオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法等により交互に形成することにより実現できる。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る回折格子及びそれを用いた分光装置は、波長0.2〜2nmの領域において、回折効率、分解能が共に高く、このことにより同波長領域での微弱光測定等が可能となる。また、多層膜を蒸着することにより、金属単層膜を用いる場合に比較して小さな入射角でも反射率が低下しないので、同じ光束幅の光を受ける場合、刻線方向(回折格子溝の方向と直角の方向、図1で紙面の左右方向)により幅の狭い回折格子を用いることができる。上記分解能とは、(波長)/(分光器から取り出し可能な波長幅)の値で、その値が大きいほど波長分解性能が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明では、レーザー光を用いて多層膜回折格子の溝パターン形成をホログラフィック法で行い,次にこのパターンをマスクとして、イオンビームエッチング法により、ラミナー型の溝形成を行う。さらに、この表面にイオンビームスパッタリング法またはマグネトロンスパッタリング法により多層膜を形成する。このようにして生成された回折格子を入射スリット又は発散点光源から入射した波長0.2〜2nmの軟X線を球面鏡等により収束光となった光で波長により異なった入射角度で照明し、かつ、取り出すべき波長の回折光を位置が固定された出口スリットに導くように波長走査のための回折格子の回転と同期して移動、回転する平面鏡を備えた分光装置内に設置することにより実現される。
【0011】
なお、請求項1の零次光とは、回折格子からは波長によって異なる方向に回折される回折光の他に、回折格子の表面を鏡と見立てたときのスネルの法則を満たす反射(正反射)の方向に進む光が存在するが、この正反射光が零次光である。
【実施例】
【0012】
ここでは、図1,2及び3に基づいて、定量的な回折格子、分光装置の設計について述べる。先ず、基本的なパラメータである回折格子の有効格子定数(回折格子中心での溝間隔)(を1/1200mm、回折次数mを+1次とする。また測定対象とする波長範囲を0.2〜2nmとする。また、軽元素(または軽化合物)層と重元素(または重化合物)層からなる層の組を多数回積層して生成する軟X線多層膜の重元素層の周期長Dを6.64nmとする。
【0013】
回折効率を最大にするには
1) 多層膜回折格子の回折条件
【0014】
【数1】

2) 多層膜回折格子のBragg条件
【0015】
【数2】

を満たす必要がある。式(2)は拡張Bragg条件と呼ばれる場合もある。ここでlは入射光の波長、a,bは光の回折格子表面の垂線から計った入射光の入射角、回折光の回折角で、左廻りを正の角度とする(図1参照)。またRa, Rbはそれぞれ
【0016】
【数3】

であり、且つnを回折格子の多層膜の平均屈折率の実部(多層膜に使用される2つの物質の複素屈折率とその膜厚との関係比)とするとd=n-1である。但し本実施例では簡単のため、n=1(d=0)と仮定する。さらに、mG,mC はそれぞれ回折格子の回折次数、多層膜の干渉次数であるが本実施例ではmG=mC=1であるとする。入射光の使用波長領域を0.2-2.0nmとし、D=6.64nmとした場合の式(1),(2)の双方を満たす入射光の各波長に対する入射角a,回折角bの値を図2に示す。また、最適なDuty比、D.R.は溝の深さをh、山面の幅、谷面の幅をそれぞれg1,g2とすると
【0017】
【数4】

と表される(図1参照)。この式で溝が浅くh〜0とみなされる場合D.R.〜0.5となる。 さらに、最適溝深さhは、D.R.=0.5の場合、Hellwege(Z.Phys. 106, 588-596 (1937))が導いた式
【0018】
【数5】

と式(2)より、
【0019】
【数6】

となり、実施例の場合h=3.32nmとなる。
【0020】
次に不等間隔溝平面回折格子が収束光(図3の9)で照明されている場合、分散方向の焦点距離は
【0021】
【数7】

から求められる。ここでr(<0)は回折格子(図3の1)の中心から入射収束光の焦点(図3の6)までの距離、r'(>0)は回折格子の焦点距離、n20は、回折格子中心を零番として数えたw-l平面上の座標位置(w,l)での溝の番号を表す不等間隔溝回折格子の溝関数nの展開係数である。すなわちnを回折格子のw-l平面上の座標(図1参照)の関数として展開し
【0022】
【数8】

と表した場合のw2の項の係数である。なお有効格子定数sの定義からn10=1である。
数値計算による探索の結果
【0023】
【数9】

とした場合、r'は実効的に約2000mmと一定になる。式(8)と図2のa,bの値を式(6)に代入して求めたr'の値を図2に示す。
【0024】
ここで述べたような不等間隔溝をもつ回折格子はNamiokaらの論文(T. Namioka and M. Koike, "Aspheric wavefront recording optics for holographic gratings, " Appl. Opt., 34, 2180-2186 (1995).)で述べられているごとく、(1)2つのコヒーレント球面波の干渉縞を記録することにより、(2)2つのコヒーレント非球面波の干渉縞を記録することにより、もしくは(3)1つのコヒーレント球面波と1つのコヒーレント非球面波の干渉縞を記録することにより、不等間隔溝パターンをホログラフィック法により生成することができる。さらに、この回折格子の溝パターンをアルゴン、ヘリウム/カドミニウム等のレーザー光を用いてホログラフィック法で不等間隔溝パターンの形成を行い,次にこのパターンをマスクとして、石黒ら(E. Ishiguro et al., "Fabrication and characterization of reactive ion beam etched SiC gratings,"Rev. Sci. Instr., 63(1), 1439 (1992))が述べているように活性ガス(トリフロロメタン)と不活性ガス(アルゴン)を混合したエッチャン等を用いるイオンビームエッチング法により、ラミナー型の溝形成を行う。さらに、この表面にタングステンと炭素の蒸着膜をイオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法により形成する。さらに、多層膜は重元素と軽元素の組み合わせ、例えばタングステンと炭素の蒸着膜をイオンビームスパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法等により交互に形成することにより実現できる。
【0025】
この上述の条件で製作された多層膜ラミナー型回折格子の回折効率を動力学的理論を用いて導出したFranksらの式(A. Franks et al., "The theory, manufacture, structure and performance of N. P. L. x-ray gratings," Phil. Trans. Roy. Soc. London A 277, 503-543 (1975). ):
【0026】
【数10】

により計算した値を図2にEで示す。ただし、ここでは簡単のため多層膜の反射率を100%(R=1)とおいた。このように本発明に係る回折格子と分光装置を用いることによりを広い波長範囲で40%の理論限界に迫る高い回折効率をもつ分光光学系を実現することが可能となることがわかる。
【0027】
図3は本発明に係る分光装置の分光光学系の一例を示す略図である。入射スリット4又は発散点光源から入射した波長0.2〜2nmの軟X線(入射光線2)を凹面鏡等5により収束光9となった光で、波長により異なった入射角度で本発明に係る回折格子1を照明し、かつ、取り出すべき波長の回折光(回折光線3)を、位置が固定された出口スリット8に導くように、波長走査のための回折格子の回転と同期して移動、回転する平面鏡7を備え、これらを分光装置内に設置するられることにより、本発明の分光装置が実現される。ここで平面鏡7の移動と回転の運動は
【0028】
【数11】

を満たすようにすればよい。なお、図中の6は凹面(集光)鏡5による虚焦点である。r1'は回折格子1から平面鏡7までの距離、r2'は平面鏡7から出口スリット8までの距離である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】ラミナー型多層膜平面回折格子を示す図である。
【図2】本発明の実施例に係わるラミナー型多層膜平面回折格子の主要パラメータを示す図である。
【図3】本発明の実施例に係わる分光装置の分光光学系を示す図である。
【図4】ラミナー型の溝を示す図である。
【符号の説明】
【0030】
1: ラミナー型多層膜平面回折格子
2: 入射光線
3: 回折光線
4: 入口スリット
5: 凹面(集光)鏡
6: 凹面(集光)鏡による虚焦点
7: 平面鏡
8: 出口スリット
9: 入射収束光


【特許請求の範囲】
【請求項1】
最大反射率が得られる多層膜の拡張Bragg条件、零次光が消滅し最大回折効率が得られる溝深さ及び山面の幅と格子定数の比の条件を同時に満足し、且つ溝間隔を不等間隔とした多層膜ラミナー型平面回折格子。
【請求項2】
請求項1に記載の平面回折格子を用いることにより、波長に関わらず最大回折効率が得られるよう入射角と回折角を可変とした回折格子分光装置。
【請求項3】
回折格子の垂線と入射光線とに張る角の余弦と回折格子の垂線と回折光線とに張る角の余弦の和に対して、多層膜の周期長が回折光線のほぼ整数倍になるように入射角と回折角を可変とした請求項2に記載の回折格子分光装置。
【請求項4】
波長走査を回折格子中心における回転のみにより波長走査を行う請求項3に記載の回折格子分光装置。
【請求項5】
請求項1に記載の平面回折格子を収束光により照明し、且つ波長走査に関わらず回折光の焦点距離が一定になるよう溝間隔を不等間隔とした請求項4に記載の回折格子分光装置。
【請求項6】
平面回折格子が、2つのコヒーレント球面波の干渉縞を記録することにより溝パターンを形成したホログラフィック平面回折格子である、請求項5に記載の装置。
【請求項7】
平面回折格子が、2つのコヒーレント非球面波の干渉縞を記録することにより溝パターンを形成したホログラフィック平面回折格子である、請求項5に記載の装置。
【請求項8】
平面回折格子が、1つのコヒーレント球面波と1つのコヒーレント非球面波の干渉縞を記録することにより溝パターンを形成したホログラフィック平面回折格子である、請求項5に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−133280(P2006−133280A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−319100(P2004−319100)
【出願日】平成16年11月2日(2004.11.2)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】