説明

多核金属錯体変性物及びその用途

【課題】レッドクス触媒として高反応活性であり、安定性にも優れる、多核金属錯体変性物を提供する。
【解決手段】[1](a)分子内に、5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを、有する多核金属錯体を、加熱処理等の変性処理より、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物。
[2]上記(a)と同様の多核金属錯体と、特定の有機化合物又はカーボン担体を混合した混合物を加熱処理等の変性処理より、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物。
[3]上記[1]又は[2]を含むレドックス触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒として好適な多核金属錯体変性物に関する。さらに本発明は、該多核金属錯体変性物を含む触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
金属錯体は、酸素添加反応、酸化カップリング反応、脱水素反応、水素添加反応、酸化物分解反応等の電子移動を伴うレドックス反応における触媒(レドックス触媒)として作用し、有機化合物又は高分子化合物の製造に使用されている。さらに、添加剤、改質剤、電池、センサーの材料等、種々の用途にも使用されている。
【0003】
特に、該金属錯体の中でも、レドックス触媒としては、分子内に複数の金属原子を有し、且つ金属原子同士が、ある程度集積された多核錯体を用いると、多電子移動を伴う酸化還元反応が可能となることから、該酸化還元反応の反応速度を高めたり、一電子移動で生じるラジカル種による副反応を抑制したりすることができる(例えば、非特許文献1参照)。また、酸化カップリング反応においては、二分子以上のラジカルを同時に生成することができ、反応速度を高めるだけでなく、反応選択性を制御することができることが知られている。
ここで、多核錯体とは、非特許文献2に記載されるように、一つの錯体中に2つ以上の金属原子が中心原子として含まれるものを示すものである。
前記レドックス触媒の例として、フリーラジカル(ヒドロキシルラジカル、ヒドロペルオキシラジカル、等)の発生を抑制しつつ、過酸化水素を水と酸素とに分解する触媒(過酸化水素分解触媒)としてマンガン2核錯体を用いる例が知られている(例えば、非特許文献3参照)。
【0004】
【非特許文献1】小柳津研一、湯浅 真、表面 2003、41(3)、22.
【非特許文献2】大木道則他編,「化学大辞典」,1338頁,東京化学同人,第1版(第7刷)2005年7月1日発行
【非特許文献3】A. E. Boelrijk and G. C. Dismukes Inorg. Chem. 2000、39、3020.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献3で開示されているようなマンガン二核錯体を過酸化水素分解触媒として用いた場合、当該二核錯体の安定性が不十分であり、とりわけ酸の存在下で反応を行う場合や加熱反応を行う場合、この触媒は安定性が不十分であった。このように多核錯体触媒を適用する反応において、酸の存在または熱に対する安定性をより向上させることが切望されていた。
【0006】
本発明の目的は、レッドクス触媒として高反応活性であり耐酸性や熱安定性にも優れ、触媒として好適な多核金属錯体変性物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、とりわけレドックス触媒として高い反応活性を有し、熱安定性に優れる触媒を見出すべく鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は、下記の[1]〜[12]に示す触媒として好適な、多核金属錯体変性物を提供する。
[1]分子内に、5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを有する多核金属錯体を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理により、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下となるまで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物
[2]前記金属原子が、周期表の第4周期から第6周期に属する遷移金属原子であることを特徴とする前記[1]に記載の多核金属錯体変性物
[3]前記金属原子の個数が2〜10であることを特徴とする前記[1]又は[2]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[4]前記配位原子が、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子及び硫黄原子からなる群より選ばれることを特徴とする前記[1]〜[3]の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
[5]前記大環状配位子が、下記一般式(I)で示される大環状配位子であることを特徴とする前記[1]〜[4]の何れかに記載の多核金属錯体変性物

(式中Qは、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子及び硫黄原子からなる群より選ばれる配位原子を1つ以上含む二価の有機基であり、nは5以上15以下の整数を示す。)
[6]前記変性処理が、250℃以上1000℃以下の温度での加熱処理であることを特徴とする前記[1]〜[5]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[7]前記変性処理前後の重量減少率が7重量%以上90重量%以下であることを特徴とする前記[1]〜[6]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[8]多核金属錯体処理物の炭素含有率が10重量%以上であることを特徴とする前記[1]〜[7]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[9]励起波長532nmのレーザーラマン分光測定により求めたスペクトルにおいて、1550〜1600cm-1の範囲に吸収極大を有することを特徴とする前記[1]〜[8]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[10]X線光電子分光法によるN1sスペクトルにおいて、396eV〜404eVにピーク極大を有する多核金属錯体処理物のシグナルの半値幅が2eV以上であることを特徴とする前記[1]〜[9]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[11]X線光電子分光法によるN1sスペクトルにおいて、396eV〜404eVにピーク極大を有する多核金属錯体処理物のシグナルの半値幅が、処理前の多核金属錯体のシグナルの半値幅の1.3倍以上であることを特徴とする前記[1]〜[10]の何れかに記載の多核金属錯体変性物
[12]分子内に、(a)5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを有する多核金属錯体と、(b)カーボン担体、沸点あるいは融点が250℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物から選ばれる少なくとも1種の有機化合物と、からなる混合物を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理より、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物
[13]前記[1]〜[12]の何れかに記載の多核金属錯体変性物と、カーボン担体及び/又は導電性高分子とを含む組成物
【0009】
さらに本発明は、[14]前記[1]〜[12]の何れかに記載の多核金属錯体変性物及び/又は前記[13]に記載の組成物を含む触媒、を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、過酸化物分解反応、酸化物分解反応、酸素添加反応、酸化カップリング反応、脱水素反応、水素添加反応、電極反応等の電子移動を伴うレドックス反応の触媒として、酸の存在下や加熱下であっても高反応活性を有する触媒が得られ、該触媒は、有機化合物、高分子化合物の合成用途や、添加剤、改質剤、電池、センサーの材料用途に好適に用いることができ、工業的に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明における多核金属錯体変性物は、分子内に、5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを有する多核金属錯体、又は該多核金属錯体と、カーボン担体又は特定の有機化合物とからなる混合物を、特定の変性処理により処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性処理し、該変性処理後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物である。
【0012】
本発明者等は、これまで開示されている金属配位ポリマーでは、ポリマー側鎖にある配位部位に金属イオンが1つだけ配位した単核状態であり、金属原子同士の集積が不安定であることから、良好な反応活性が得られないことを見出し、また、触媒活性を向上させるためには、このように金属原子同士が集積するような配位構造は、多核錯体を熱処理等により、変性することが該配位構造を安定化するという新規な知見を得た。
一方、これまで開示されている多核金属錯体を熱処理して得られる触媒は、配位子自体が揮発しやすいため、熱処理工程にて、金属錯体中における金属原子の配位構造が、損なわれているという考えを得、前記の知見と併せることで、前記の多核金属錯体変性物が、本発明の課題を解決し得る新規な触媒として有用であることを見出した。
【0013】
本発明に適用する多核金属錯体に含まれる金属原子は、無電荷でも、荷電しているイオンであってもよい。
また、配位原子とは、久保亮五他編「岩波 理化学辞典 第4版」(1991年1月10日発行、岩波書店)966頁に記載のとおり、該金属原子の空軌道に電子を供与する非共有電子対を有し、金属原子と配位結合で結合する原子を示す。
さらに、前記配位原子を有する大環状配位子とは、大木道則他編「化学大辞典」(平成17年7月1日発行、東京化学同人)1323〜1324頁に記載の「大環状効果」を示すことにより、安定な配位構造を形成しうる環状有機化合物である。また、本発明の大環状配位子は、前記のような環状有機化合物が、複数連結された構造を有し、その配位原子の総数が5〜15個であるものも包含する。
【0014】
ここで、前記の金属原子としては、元素周期表(長周期型)の第4周期〜第6周期に属する遷移金属であると好ましい。
具体的には、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、テクネシウム、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、銀、ランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジウム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、白金及び金からなる群から選ばれる金属原子が例示される。
より好ましくはスカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、銀、ランタン、セリウム、プラセオジウム、ネオジウム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、ハフニウム、タンタル及びタングステンからなる群から選ばれる金属原子であり、
さらに好ましくはスカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、タンタル及びタングステンからなる群から選ばれる金属原子である。
これらの中でも、とりわけ、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル及び銅からなる群から選ばれる金属原子であると好ましく、特に好ましくは、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル及び銅からなる群から選ばれる金属原子である。
【0015】
本発明に用いる多核金属錯体は、前記の例示から選ばれる金属原子を複数有するが、その好ましい個数としては30個以下であり、より好ましくは2〜5個であり、さらに好ましくは2〜3個であり、特に好ましくは2個である。
【0016】
前記多核金属錯体における、大環状配位子としては、その環の中に、金属原子と配位結合で結合しうる配位原子を5〜15個有するものであるか、複数の大環状配位子からなり、その配位原子の総数が5〜15個であるものである。該大環状配位子中の配位原子の総数は、好ましくは5〜12個であり、より好ましくは6〜10個であり、特に好ましくは6〜8個である。
また、該配位原子は電気的に中性であっても、荷電したイオンであってもよい。
【0017】
該配位原子としては、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子又は硫黄原子から選ばれ、複数ある配位原子は互いに同一でも異なっていてもよい。より好ましくは窒素原子、酸素原子、硫黄原子、リン原子であり、さらに好ましくは窒素原子、酸素原子、硫黄原子であり、特に好ましくは窒素原子、酸素原子である。特に、配位原子が窒素原子及び/又は酸素原子である大環状配位子であると、後述する変性処理においても、変性処理前の多核金属錯体にある複数の金属原子の空間的配置が、変性後も保持されやすく、触媒として好適な金属原子の集積状態が維持されるので好ましい。
【0018】
さらに、前記大環状配位子の分子量は160以上であることが好ましい。より好ましくは250以上であり、さらに好ましくは300以上であり、特に好ましくは400以上である。分子量が160未満であるか、配位原子が4個以下である場合、その沸点が低くなったり、金属原子と配位したときの錯体構造自体が不安定となる傾向がある。そうであると、前記の変性処理を行った際に、有機成分が蒸散しやすいことから重量減少率が著しく大となる場合や、多核錯体構造が著しく損なわれる場合があり、いずれも本発明の触媒活性が低下するため好ましくない。また、分子量の上限としては3000以下が好ましい。より好ましくは2000以下であり、さらに好ましくは1000以下である。前記大環状配位子の分子量が大きい場合、該多核錯体変成物が不均一となりやすい傾向がある。
【0019】
該大環状配位子は、前記のとおり、環状有機化合物であるか、複数の環状有機化合物が連なった化合物であり、より好ましくは、下記式(I)で表される環状有機化合物あるいは式(II)で表される2つの環状有機化合物が連結された化合物を挙げることができる。

(式中、Qは、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子及び硫黄原子からなる群から選ばれる配位原子を一つ以上含む二価の基であり、nは5以上15以下の整数である。複数あるQは、互いに同一でも異なっていてもよい。)

(式中、Q’、Q’’は式(I)におけるQと同義である。n’およびn’’は、1以上の整数を表わし、n’+n’’が5以上15以下である。Zは配位原子を含んでいてもよい二価の基であり、複数あるQ’の何れかと、複数あるQ’’の何れかと、を連結する基である。mは0以上7以下の整数であり、Zが複数ある場合、それらは互いに同一でも異なっていてもよい。)
【0020】
一般式(I)あるいは(II)中のQ、Q’及びQ’’の具体例としては、オキシ基、チオキシ基、アミノ基、イミノ基(イミノ基は、炭素数1〜50のアルキル基又は炭素数2〜60の芳香族基を有する、3級イミノ基も含む)、あるいはこれらの基を含むアルキレン基、アルケニレン基又は2価の芳香族基(芳香族複素環基を含む)、アミノ基、水酸基、チオール基等の配位原子を有する1価の基が置換された、アルキレン基、アルケニレン基、2価の芳香族基(芳香族複素環基を含む)が挙げられる。
また、前記のアルキレン基、2価の芳香族基、2価の芳香族複素環基は、さらにアルキル基、アリール基、アラルキル基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン原子等で置換されていてもよい。
【0021】
前記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基、ヘキシル基、シクロへキシル基、ノルボニル基、ノニル基、デシル基、3,7−ジメチルオクチル基等の炭素数1〜50程度の直鎖、分岐または環状のアルキル基が挙げられる。
前記アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、ビフェニル基、ナフチル基、アントラリル基、フェナントリル基、ターフェニル基等の炭素数6〜50程度のアリール基が挙げられる。
前記アラルキル基としては、例えば、フェニルメチル基、1−フェニルエチル基、2−フェニルエチル基、1−フェニル−1−プロピル基、1−フェニル−2−プロピル基、2−フェニル−2−プロピル基、1−フェニル−3−プロピル基、1−フェニル−4−ブチル基、1−フェニル−5−ペンチル基、1−フェニル−6−ヘキシル基等の炭素数6〜50程度のアラルキル基が挙げられる。
また、前記ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子から選ばれる。
【0022】
前記のQ、Q’及びQ’’の例示の中でも、下記に示す(Q−1)〜(Q−14)で表される、配位原子として窒素原子又は酸素原子を有する2価の有機基を含むと、好ましい。

なお、上式において、R10は水素原子又は1価の有機基であり、該有機基の典型的なものとしては、前記のとおり炭素数1〜50のアルキル基又は炭素数2〜60の芳香族基である。
【0023】
また、上記の(Q−3)、(Q−5)における水酸基は、プロトンを放出したフェノラート基になり、金属原子と配位していてもよい。
【0024】
前記式(II)中のZは、置換されていてもよいアルキレン基、置換していてもよいアルケニレン基、置換されていてもよい芳香族基、オキシ基、チオキシ基、イミノ基(該イミノ基は炭素数1〜50のアルキル基、炭素数2〜60の芳香族基を有する3級イミノ基も含む)等の2価の基が例示され、これらから選ばれる2価の基が連結した2価の基であってもよい。
【0025】
該アルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、1,1−プロピレン基、1,2−プロピレン基、1,3−プロピレン基、2,4−ブチレン基、2,4−ジメチル−2,4−ブチレン基、1,2−シクロペンチレン基、1,2−シクロヘキシレン基などの全炭素原子数1〜20程度の直鎖、分岐または環状のアルキレン基が挙げられる。
さらに、該アルキレン基は、炭素数1〜50のアルキコキシ基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン原子等で置換されていてもよい。
該アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ヘキシルオキシ基、デシルオキシ基等、炭素数1〜50程度のアルコキシ基が挙げられる。ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子から選ばれる。
【0026】
一般式(II)のZにおける置換されていてもよい芳香族基は、芳香族化合物が水素原子を2個失って生じる二価の基である。
該芳香族化合物とは、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、テトラセン、ビフェニル、ビフェニレン、フラン、ジベンゾフラン、チオフェン、ジベンゾチオフェン、ピリジン、ビピリジン、フェナントロリン、キサンテンなどの全炭素原子数2〜60程度の芳香族化合物が挙げられる。
該芳香族基は、アルキル基、アラルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、シアノ基、ハロゲン原子等で置換されていてもよい。
ここで、アルキル基、アルコキシ基、アラルキル基、ハロゲン原子としては、前記アルキレン基に対する置換基として記したものと同様の基が例示される。
【0027】
一般式(II)中のmは、0〜7の整数を表す。好ましくは1〜5であり、より好ましくは1〜3である。なお、mが0であるとは、複数のQ’からなる環状化合物と、複数のQ’’からなる環状化合物とが、直接結合で連結していることを意味する。
【0028】
前記一般式(I)あるいは(II)に示される大環状配位子として、下記の式(III―a)〜(III―h)で例示される化合物が挙げられる。好ましくは式(III―a)〜式(III―e)で表される化合物であり、より好ましくは式(III―a)〜式(III―d)で表される化合物であり、特に好ましくは式(III―a)で表される化合物である。


なお、式(III―a)〜(III―h)において、R1、R2は水素原子又は置換基であり、隣合う2つの原子に結合している2つのR1あるいはR1とR2は互いに連結していてもよく、複数あるR1、R2はそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。式(III―a)〜(III―d)における、Yは大環状配位子を形成する2価の基であり、具体的な例示は、前記式(II)のZと同様である。また、式(III―e)および式(III―f)中の、Zは前記式(II)と同義である。
【0029】
上記式(III―a)〜(III―h)におけるR1、R2は水素原子であるか、置換基であり、該置換基としては、ハロゲン原子;ヒドロキシ基;カルボキシル基;メルカプト基;スルホン酸基;ニトロ基;ホスホン酸基;炭素数1〜3のアルキル基を有するシリル基;等の官能基;
全炭素数1〜50程度のアルキル基;全炭素数1〜50程度のアルコキシ基;全炭素数2〜60程度の芳香族基等が挙げられる。
ここで、アルキル基、アルコキシ基としては前記の式(I)、式(II)におけるQ、Q’Q’’又はZの置換基として例示した基と同様の基が挙げられる。
さらに、該芳香族基としては、フェニル基、メチルフェニル基、ナフチル基、ピリジル基、フラジル基、オキサゾリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、ピラジル基、ピリミジル基、ピリダジル基、ベンゾイミダゾリル基等の全炭素数2〜60程度の芳香族基;
等が例示される。
これらのアルキル基、アルコキシ基又は芳香族基は、前記の官能基で置換されていてもよい。
【0030】
前記の式(III―a)〜(III―h)中のR1、R2の中でも、とりわけ好ましくは、水素原子、メチル基、フェニル基、メチルフェニル基、ナフチル基、ピリジル基であり、このような基をR1、R2として有すると、後述する変性処理を行って得られる多核金属錯体変性物の触媒活性が向上するため、好ましい。
【0031】
前記の式(III―a)〜(III―d)におけるYは、前記式(II)のZと同等の例示を具体的に挙げることができるが、中でも、置換されてもよいアルキレン基、置換されてもよいシクロアルキレン基又は2価の芳香族基が好ましい。
アルキレン基は、脂肪族炭化水素から同一又は異なる炭素上の水素2個を除いた残基であり、具体例としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、イソプロピレン基、イソブチレン基等を挙げることができる。
シクロアルキレン基は、脂環式炭化水素から同一又は異なる炭素上の水素2個を除いた残基であり、その具体例としては、シクロプロピレン基、シクロブチレン基、シクロペンチレン基、シクロヘキシレン基、シクロペンチリデン基、シクロヘキシリデン基等を挙げることができる。
2価の芳香族基は、芳香族化合物から同一又は異なる炭素上の水素2個を除いた残基である。該芳香族化合物としては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、テトラセン、ビフェニル等を挙げることができる。
【0032】
前記Yとして、より好ましくはエチレン基、プロピレン基、イソプロピレン基、ブチレン基、フェニレン基、ナフチレン基、アントラセニレン基、シクロブチレン基、シクロペンチレン基及びシクロヘキシレン基であり、さらに好ましくはエチレン基、プロピレン基、ブチレン基、フェニレン基、シクロヘキシレン基、ナフチレン基、アントラセニレン基、シクロヘキシレン基であり、とりわけ好ましくはエチレン基、プロピレン基、フェニレン基、ナフチレン基及びシクロヘキシレン基であり、特に好ましくはプロピレン基又はフェニレン基である。
【0033】
ここで、前記式(III―a)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―a―1)〜(III―a―6)に例示する。中でも、式(III―a―1)〜(III―a―4)が特に好ましい。

【0034】
前記式(III―b)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―b−1)〜(III―b−2)に例示する。

【0035】
前記式(III―c)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―c−1)〜(III―c−3)に例示する。

【0036】
前記式(III―d)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―d−1)〜(III―d―2)に例示する。

【0037】
前記式(III―e)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―e―1)〜(III―e―3)に例示する。

【0038】
前記式(III―f)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―f―1)〜(III―f―2)に例示する。

【0039】
前記式(III―g)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―g―1)〜(III―g―2)に例示する。

【0040】
前記一般式(III―h)の構造を有する大環状配位子の具体的な構造を下記式(III―h―1)〜(III―h―2)に例示する。

【0041】
本発明の多核金属錯体における大環状配位子は、前記に具体的に例示した式(I)、式(II)で示される化合物が好ましく、特に式(I)で示される大環状配位子が好ましい。
【0042】
本発明の多核金属錯体としては、複数の金属原子と、1つ以上の大環状配位子を有することを必須とするが、前記大環状配位子に加え、他の配位子を有していてもよい。他の配位子としてはイオン性でも電気的に中性の化合物でもよく、このような他の配位子を複数有する場合、これらの他の配位子は互いに同一でも異なっていてもよい。
【0043】
前記他の配位子における電気的に中性の化合物としては、アンモニア、ピリジン、ピロール、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、1,2,4―トリアジン、ピラゾール、イミダゾール、1,2,3―トリアゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、1,3,4−オキサジアゾール、チアゾール、イソチアゾール、インドール、インダゾール、キノリン、イソキノリン、フェナントリジン、シンノリン、フタラジン、キナゾリン、キノキサリン、1,8−ナフチリジン、アクリジン、2,2’−ビピリジン、4,4’−ビピリジン、1,10−フェナントロリン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、フェニレンジアミン、シクロヘキサンジアミン、ピリジンN−オキシド、2,2´−ビピリジンN,N’−ジオキシド、オキサミド、ジメチルグリオキシム、o―アミノフェノールなどの窒素原子含有化合物;水、フェノール、シュウ酸、カテコール、サリチル酸、フタル酸、2,4−ペンタンジオン、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオン、ヘキサフルオロペンタンジオン、1,3−ジフェニルー1,3―プロパンジオン、2,2’−ビナフトール等の酸素含有化合物;ジメチルスルホキシド、尿素等の硫黄含有化合物;1,2−ビス(ジメチルホスフィノ)エタン、1,2−フェニレンビス(ジメチルホスフィン)等のリン含有化合物等が例示される。
好ましくはアンモニア、ピリジン、ピロール、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、1,2,4―トリアジン、ピラゾール、イミダゾール、1,2,3―トリアゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、1,3,4−オキサジアゾール、インドール、インダゾール、キノリン、イソキノリン、フェナントリジン、シンノリン、フタラジン、キナゾリン、キノキサリン、1,8−ナフチリジン、アクリジン、2,2’−ビピリジン、4,4’−ビピリジン、1,10−フェナントロリン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、フェニレンジアミン、シクロヘキサンジアミン、ピリジンN−オキシド、2,2’−ビピリジンN,N’−ジオキシド、オキサミド、ジメチルグリオキシム、o―アミノフェノール、水、フェノール、シュウ酸、カテコール、サリチル酸、フタル酸、2,4−ペンタンジオン、1,1,1−トリフルオロ−2,4−ペンタンジオン、ヘキサフルオロペンタンジオン、1,3−ジフェニル−1,3―プロパンジオン、2,2’−ビナフトールであり、
より好ましくはアンモニア、ピリジン、ピロール、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、1,2,4―トリアジン、ピラゾール、イミダゾール、1,2,3―トリアゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、1,3,4−オキサジアゾール、インドール、インダゾール、キノリン、イソキノリン、フェナントリジン、シンノリン、フタラジン、キナゾリン、キノキサリン、1,8−ナフチリジン、アクリジン、2,2’−ビピリジン、4,4’−ビピリジン、1,10−フェナントロリン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、フェニレンジアミン、シクロヘキサンジアミン、ピリジンN−オキシド、2,2’−ビピリジンN,N’−ジオキシド、o―アミノフェノール、フェノール、カテコール、サリチル酸、フタル酸、1,3−ジフェニルー1,3―プロパンジオン、2,2’−ビナフトールが挙げられる。
これらの中でも、ピリジン、ピロール、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン、ピラゾール、イミダゾール、オキサゾール、インドール、キノリン、イソキノリン、アクリジン、2,2’−ビピリジン、4,4’−ビピリジン、1,10−フェナントロリン、フェニレンジアミン、ピリジンN−オキシド、2,2´−ビピリジンN,N’−ジオキシド、o―アミノフェノール、フェノールがさらに好ましい。
【0044】
また、アニオン性を有する配位子としては、水酸化物イオン、ペルオキシド、スーパーオキシド、シアン化物イオン、チオシアン酸イオン、フッ化物イオン、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンなどのハロゲン化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、炭酸イオン、過塩素酸イオン、テトラフルオロボレートイオン、テトラフェニルボレートイオンなどのテトラアリールボレートイオン、ヘキサフルオロホスフェイトイオン、メタンスルホン酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、p−トルエンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、リン酸イオン、亜リン酸イオン、酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオン、プロピオン酸イオン、安息香酸イオン、水酸化物イオン、金属酸化物イオン、メトキサイドイオン、エトキサイドイオン等が挙げられる。
好ましくは、水酸化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、炭酸イオン、過塩素酸イオン、テトラフルオロボレートイオン、テトラフェニルボレートイオン、ヘキサフルオロホスフェイトイオン、メタンスルホン酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、p−トルエンスルホン酸イオン、ベンゼンスルホン酸イオン、リン酸イオン、酢酸イオン、トリフルオロ酢酸イオンが例示され、
これらの中でも、水酸化物イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、炭酸イオン、テトラフェニルボレートイオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、p−トルエンスルホン酸イオン、酢酸イオン、トリフルオロ酢酸がより好ましい。
【0045】
さらに、前記アニオン性を有する配位子として例示したイオンは、本発明の多核金属錯体自体を電気的に中和する対イオンであってもよい。
【0046】
また、本発明の多核錯体は、電気的中性を保たせるようなカチオン性を有する対イオンとして持つ場合がある。カチオン性を有する対イオンとしては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、テトラ(n−ブチル)アンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン等のテトラアルキルアンモニウムイオン、テトラフェニルホスホニウムイオンなどのテトラアリールホスホニウムイオン等が例示され、具体的には、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、ルビジウムイオン、セシウムイオン、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、テトラ(n−ブチル)アンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラフェニルホスホニウムイオンであり、より好ましくはテトラ(n−ブチル)アンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、テトラフェニルホスホニウムイオンが挙げられる。
これらの中でも、カチオン性を有する対イオンとして、テトラ(n−ブチル)アンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオンが好ましい。
【0047】
次に、本発明における、多核金属錯体の変性処理の条件について詳述する。
変性処理に用いる多核金属錯体は、1種の多核金属錯体のみを用いてもよく、2種以上の多核金属錯体を用いることもできる。
該多核金属錯体は、変性処理を施す前処理として、15℃以上200℃以下の温度、10Torr以下の減圧下において6時間以上乾燥させておくと特に好ましい。該前処理としては、真空乾燥機等を用いることができる。
【0048】
多核金属錯体の変性処理を行う際に用いる雰囲気としては、水素、ヘリウム、窒素、アンモニア、酸素、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、アセトニトリル、並びにこれらの混合ガスの存在下であることが好ましい。
好ましくは水素、ヘリウム、窒素、アンモニア、酸素、ネオン、アルゴン、並びにこれらの混合ガスの存在下であり、より好ましくは水素、窒素、アンモニア、アルゴン、並びにこれらの混合ガスの存在下である。
また、変性処理に係る圧力は、選択する変性処理において適宜変更することができる。
【0049】
まず、加熱処理に関して具体的に説明する。
該多核金属錯体を加熱処理する際の温度は、該加熱処理の前後において、重量減少率を5重量%以上にできるものであれば、特に限定されない。
該加熱処理の処理温度としては、好ましくは250℃以上であり、より好ましくは300℃以上、さらに好ましくは400℃以上、特に好ましくは500℃以上である。また、焼成処理にかかる温度の上限も、処理後の変性物の炭素含有率が5重量%以上にできるものであれば、特に限定されないが、好ましくは1200℃以下であり、より好ましくは1000℃以下以下、特に好ましくは800℃以下である。
【0050】
加熱処理にかかる処理時間は、前記の使用ガスや温度等により適宜設定できるが、上記ガスの密閉あるいは通気させた状態において、室温から徐々に温度を上昇させ目的温度到達後、すぐに降温してもよい。中でも、目的温度に到達後、温度を維持することで、徐々に多核錯体を変性させることが、耐久性をより向上させることができるため好ましい。目的とする温度到達後の保持時間は、好ましくは1〜100時間であり、より好ましくは1〜40時間であり、さらに好ましくは2時間〜10時間であり、特に好ましくは2〜3時間である。
【0051】
加熱処理を行う装置も、特に限定されるものではなく、オーブン、ファーネス、IHホットプレート等が例示される。また、加熱処理を行う多核金属錯体が数十mg程度であれば、通常熱分析に使用される熱分析計のファーネスを適用することもできる。熱分析計の中でも熱重量分析計を用いると、重量減少率を確認しながら所望の熱重量減少率が得られた段階で加熱処理を停止できるため、簡便に本発明の加熱処理を実施することができる。
【0052】
本発明の多核金属錯体変性物は、前記のような加熱処理による、低分子脱離を伴って重量減少を生じ、大環状配位子同士が反応することで、多核金属錯体が縮合体を形成し、その縮合体の中で配位構造が安定するものと考えられる。該加熱処理に代わる、変性処理においても、重量減少率を前記の範囲にできる処理において、同等の効果が得られる。
【0053】
加熱処理に代わる変性処理としては、α線、β線、中性子線、電子線、γ線、X線、真空紫外線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、電波、レーザー等の電磁波又は粒子線等から選ばれる何れかの放射線を照射する方法、コロナ放電処理、グロー放電処理、プラズマ処理(低温プラズマ処理を含む)等の放電処理から選択することができる。
これらの中でも、好ましい変性処理としては、X線、電子線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波及びレーザーから選ばれる放射線を照射する処理又は低温プラズマ処理が挙げられる。より好ましくは、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、レーザーから選ばれる放射線を照射する方法である。
これらの方法は、通常高分子フィルムの表面改質処理に用いられる機器、処理方法に準じて行うことが可能であり、例えば文献(日本接着学会編、「表面解析・改質の化学」、日刊工業新聞社、2003年12月19日発行)等に記載された方法を用いることができる。
【0054】
ここで、前記の放射線照射処理又は放電処理を行う際に、該多核金属錯体が、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下になり、且つ処理後の変性物の炭素含有率が5重量%以上にできるよう、変成できる条件を任意に設定することができるが、好ましい処理時間としては10時間以内、より好ましくは3時間以内、さらに好ましくは1時間以内、特に好ましくは30分以内である。
【0055】
前記のようにして加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理を施し、重量減少率が5重量%以上、好ましくは10重量%以上、より好ましくは15重量%以上、さらに好ましくは20重量%以上、とりわけ好ましくは25重量%以上になるまで変性処理を行って本発明の多核金属錯体変性物が得られる。
【0056】
一方、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の際に、大幅に重量減少する場合は錯体の多核構造の分解が顕著となるため好ましくない。重量減少率の上限として好ましくは80重量%以下、より好ましくは70重量%以下、とりわけ好ましくは60重量%以下である。
【0057】
さらに、本発明の多核金属錯体変性物は元素分析における炭素含有率が5重量%以上である。該炭素含有率が10重量%以上であると好ましく、20重量%以上であるとより好ましく、30重量%以上であるとさらに好ましく、40重量%以上であると特に好ましい。処理物の炭素含有率が高いほど多核構造がより安定化し、該多核金属錯体変性物における金属原子の集積度が向上しやすいため好ましい。
【0058】
本発明の多核金属錯体変性物は、前記に示したように、変性処理に伴って大環状配位子同士の反応、すなわち大環状配位子同士が低分子脱離を伴って縮合し、大環状配位子が縮合して生じた配位子変性体の中に、金属原子が変性前の多核金属錯体とほぼ同等の空間的配置を維持してなるものと推定される。ここで、大環状配位子の変性体はグラフェン状で縮合・連結された状態であると、より酸に対する安定性、熱安定性が高まるので好ましい。また、本発明の多核金属錯体変性物を燃料電池の触媒層に適用する場合、導電性も向上するという効果もある。かかるグラフェン状構造の存在は、励起波長532nmのレーザーラマン分光分析により得られるスペクトルにおいて、グラフェン状構造の存在を表す1550〜1600cm-1のピーク(極大)の存在により確認される。
なお、「グラフェン状」とは、炭素原子がsp2混成軌道によって化学結合し二次元に広がった炭素六角網面構造を意味し、グラフェン状構造を構成する炭素原子の一部は、窒素などの原子に置き換えられてもよい。また、前述のグラフェン状構造が積層したグラファイト状構造を取ってもよい。
【0059】
また、大環状配位子がグラフェン状に変性されてなる多核金属錯体変性物は、X線光電子分光スペクトル(以下、「XPS」と呼ぶ)を測定することによっても確認することができる。すなわち、XPS測定により得られたスペクトルにおいて、炭素原子の1s軌道の光電子放出を示すC1sピークが比較的広幅なピークとなり、高結合エネルギー側にテーリングすることから、このC1sピークを定性的な指標として、グラフェン状構造を呈する炭素原子の存在を確認することもできる。
【0060】
また、変性前の多核金属錯体の大環状配位子に窒素原子を配位原子として含んでいる場合、XPS測定により得られたスペクトルにおいて、窒素原子の1s軌道の光電子放出を示すN1sスペクトル(396eV〜404eV)にピークが観測される。このような多核金属錯体を用いてなる多核金属錯体変性物についてXPS測定を行うと、N1sピークも、広幅化されることが多いので、ピークの半値幅を前記変性処理の指標とすることができる。好ましくは、変性後のN1sスペクトルピークの半値幅が2eV以上であり、このような多核金属錯体変性物は、異なる化学結合を有する複数の窒素原子を含んでいることが推認され、変性が十分に進行していることから好ましい。
【0061】
特に、XPS測定で得られるスペクトルにおいてN1sスペクトルを、変性処理前後で比較した場合、多核金属錯体変性物のピークの半値幅(ピーク半値幅)が、処理前の多核金属錯体の半値幅に対して1.3倍以上となると変性の効果が大きく、窒素原子のグラフェン状構造への導入量が多くなるという観点から好ましい。変性処理前後のピーク半値幅の変化は、1.4倍以上であると更に好ましく、1.5倍以上であると特に好ましい。
【0062】
次に、本発明の多核錯体変性物における別の実施形態について説明する。
前記に記載したような(a)多核金属錯体と、(b)カーボン担体、沸点あるいは融点が250℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物とを、含む多核金属錯体混合物を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理を施し、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物である。ここで、重量減少率は、多核金属錯体混合物におけると、(a)と(b)の合計重量に対して求める。
【0063】
該多核金属錯体混合物における(a)と(b)の混合比率は、(a)多核金属錯体中に含まれる金属原子を基準にして設定する。すなわち、(a)と(b)の合計重量に対し、(a)に由来する金属原子の含有量が、1〜70重量%になるように設定することが好ましい。前記金属原子の含有量は2〜60重量%であると、より好ましく、3〜50重量%であると、特に好ましい。
【0064】
前記カーボン担体の例としては、ノーリット、ケッチェンブラック、バルカン、ブラックパール、アセチレンブラック等のカーボン粒子、C60やC70等のフラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、カーボン繊維等が挙げられる。
【0065】
沸点あるいは融点が250℃以上である有機化合物の例としては、ペリレン―3,4,9,10―テトラカルボン酸二無水物、3,4,9,10―ペリレンテトラカルボン酸ジイミド、1,4,5,8―ナフタレンテトラカルボン酸二無水物、1,4,5,8―ナフタレンテトラカルボン酸ジイミド、1,4,5,8―ナフタレンテトラカルボン酸、ベンゼン(ピロメリット酸)、二無水ピロメリット酸等の芳香族系化合物カルボン酸誘導体が挙げられる。ここで、沸点又は融点は、公知の方法を用いて測定することが可能であり、測定された値から選択することが可能であるが、文献等に記載されている値を用いて選択することもできる。
また、計算機シミュレーション等で求められた計算値でもよく、例えば、Chemical Abstract Serviceから提供されるソフトウェアであるSciFinderに登録されている沸点あるいは融点の計算値を用いても選んでもよい。下記に示す化合物において沸点(b.p.)にある「calc」の表記は、前記SciFinderに登録されている計算値である。

【0066】
また、250℃以下で熱重合を開始する化合物は、芳香族環の他に二重結合または三重結合を有する有機化合物であり、例えばアセナフチレンやビニルナフタレンなどの有機化合物が例示される。下記に示す化合物に記載の数値は、各有機化合物の重合開始温度である。なお、該数値は「炭素化工学の基礎」(第1版第2刷、昭和57年、オーム社)に記載されている。

【0067】
このような多核金属錯体混合物を、変性処理する際の条件等は、前記の多核金属錯体を変性処理する条件と同様である。
【0068】
本発明の多核金属錯体変性物は、種々の用途に応じて、種々の担体、添加剤等を併用することや、その形状を加工することができる。用途として、過酸化物の分解触媒、芳香族化合物の酸化カップリング触媒、排ガス・排水浄化用触媒、色素増感太陽電池の酸化還元触媒層、二酸化炭素還元触媒、改質水素製造用触媒、酸素センサーなどの用途が挙げられる。
【0069】
また、本発明の多核金属錯体変性物は、触媒として使用する際に、カーボン担体及び/又は導電性高分子とを含む組成物として用いることもできる。このようにすると、多核金属錯体変性物の安定性が増したり、触媒活性が向上したりする等の観点から有用である。なお、導電性高分子としては、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリピロール等を挙げることができる。また、カーボン担体の具体例は前記と同等である。また、このような組成物としては、本発明の多核金属錯体変性物を複数混合して使用することもできるし、カーボン担体又は導電性高分子を複数使用することもできるし、カーボン担体と導電性高分子を組合わせて使用することもできる。
【0070】
以下に、本発明の多核金属錯体変性物の、好ましい用途について説明する。
本発明の多核金属錯体変性物は、過酸化物の分解触媒、特に過酸化水素の分解触媒に用いることがより好ましい。過酸化水素の分解触媒に用いる場合、ヒドロキシルラジカルの発生を抑制しつつ水と酸素に分解できるという特徴を有する。具体的には、固体高分子電解質型燃料電池用や水電気分解用のイオン伝導膜の劣化防止剤や、医農薬や食品の抗酸化剤等の用途が挙げられる。
また、芳香族化合物の酸化カップリング触媒としても好適であり、この用途である場合、例えば、ポリフェニレンエーテルやポリカーボネートなどのポリマー製造に関わる触媒として使用することができる。使用形態としては、前記変性物を反応溶液に直接添加する方法や、該変性物をゼオライトやシリカ等に担持させる方法が挙げられる。
【0071】
また、本発明の多核金属錯体変性物は、各種工場や自動車からの排ガス中に含有されている硫黄酸化物や窒素酸化物を硫酸やアンモニアへ転換するための脱硫・脱硝触媒としても使用できる。工場からの排ガスが通気する塔に充填する方法や、自動車のマフラーに充填する方法等が挙げられる。
【0072】
また、本発明の多核金属錯体変性物は、改質水素中のCO(一酸化炭素)を変成させる触媒として使用することもできる。改質水素中にはCOなどが含まれており、改質水素を燃料電池として使用する場合、燃料極がCOの被毒を受けることが問題であり、COの濃度を極力低減することが望まれる。具体的な使用形態については、例えば、Chemical Communications,2005,p3385.に記載の方法等が挙げられる。
【0073】
また、本発明の多核金属錯体変性物を二酸化炭素還元触媒として使用する場合、例えばCO2とH2とを反応させて水と共にCH4やCOを生成させることができる。具体的な使用方法については、特開平7−68171号公報や特開2002−104811号公報に開示されている方法と同等である。
【実施例】
【0074】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。なお、「多核金属錯体」は「多核錯体」と略して表記する。
【0075】
合成例1[多核錯体(A)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(A)[複核Mn(マンガン)錯体]をBulletin of Chemical Society of Japan, 68, 1105,(1995).に記載の方法に準じて合成した。
【0076】

0.33gの4―メチル−2,6−ジホルミルフェノールと0.49gの酢酸マンガン4水和物を含んだ10mlのメタノールを50mlナスフラスコに入れ、室温にて攪拌した。この溶液に0.15gの1,3−プロパンジアミンを5mlのメタノールに溶解させた溶液を徐々に添加した。上記混合物を1時間攪拌後、黄色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、メタノールで洗浄後、真空乾燥することで複核Mn錯体を得た(収量0.25g:収率39%)。なお、上記反応式において、「(OAc)2」とは、2当量の酢酸イオンが対イオンとしてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C2832Mn246;C,53.34;H,5.12;N,8.89.Found:C,53.07;H,5.12;N,8.72.
【0077】
合成例2[多核錯体(B)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(B)[複核Fe(鉄)錯体]をAustralian Journal of Chemistry,1970, 23,2225に記載の方法に従い合成した。

窒素雰囲気下において0.4gの塩化鉄4水和物と0.33gの4―メチル−2,6−ジホルミルフェノールを含んだ20mlメタノール溶液を50mlナスフラスコに入れ、室温にて攪拌した。この溶液に0.15gの1,3−プロパンジアミンを10mlのメタノールに溶解させた溶液を徐々に添加した。上記混合物を3時間攪拌後、赤褐色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、乾燥することで複核Fe錯体(I)を得た(収量0.50g:収率85%)。なお、上記反応式において、「Cl2」とは、2当量の塩素イオンが対イオンとしてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd forC2426Cl2Fe242;C,49.27;H,4.48;N,9.58.Found:C,44.92;H,4.94;N,10.86.
【0078】
合成例3[多核錯体(C)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(C)[複核Ni(ニッケル)錯体]をAustralian Journal of Chemistry,1970,23,2225に記載の方法に従い合成した。

窒素雰囲気下において0.84gの塩化ニッケル6水和物、0.39gの1,3−プロパンジアミンおよび0.58gの4―t―ブチル−2,6−ジホルミルフェノールを含んだ10mlのイソプロパノール溶液を100mlナスフラスコに入れ、攪拌しながら18時間還流を行った。反応終了後、沈殿をメタノールで洗浄した後、乾燥することで複核Ni錯体(I)を得た。なお、上記反応式において、「Cl2」とは、2当量の塩素イオンが対イオンとしてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C3038Cl2Fe242;C,53.84;H,5.72;N,8.37.Found:C,53.32;H,5.74;N,8.25.
【0079】
合成例4[多核錯体(D)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(D)[複核Cu(銅)錯体]をChemische Berichte 1994,127,465に記載の方法に準じて合成した。

0.20gの酢酸銅1水和物を含んだ2.5mlのメタノール溶液を25mlナフフラスコに入れ、0.1gの1,2―フェニレンジアミンを1mlのメタノールに溶解させた溶液を攪拌しながら加えた。続いて0.21gの4―t―ブチル−2,6−ジホルミルフェノールを2mlのメタノールに溶解させた溶液を徐々に添加した後、3時間還流を行った。エバポレーターで溶媒を取り除いた後、残渣を少量のN、N−ジメチルホルムアミドに溶解させ、10mlのメタノールを加えた後、冷蔵庫で冷却することで褐色の沈殿を得た。この沈殿を濾取し、乾燥することで複核Cu錯体(I)を得た(収量0.16g:収率31%)。なお、上記反応式において、「(OAc)2」とは、2当量の酢酸イオンが対イオンとしてあることを示し、「3DMF」とは、3当量のジメチルホルムアミド(DMF)分子が他のは配位子としてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C4961Cu279;C,57.75;H,6.03;N,9.62.Found:C,55.12;H,5.42;N,10.22.
【0080】
合成例5[多核錯体(E)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(E)[複核Co(コバルト)錯体]をAustralian Journal of Chemistry,1970,23,2225に記載の方法に従い合成した。

窒素雰囲気下において1.9gの塩化コバルト6水和物と1.31gの4―メチル−2,6−ジホルミルフェノールを含んだ50mlメタノール溶液を100mlのナスフラスコに入れ、室温にて攪拌した。この溶液に0.59gの1,3−プロパンジアミンを20mlのメタノールに溶解した溶液を徐々に添加した。上記混合物を3時間還流することにより茶褐色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、乾燥することで多核錯体(F)を得た(収量1.75g:収率74%)。なお、上記反応式において、「Cl2」とは、2当量の塩素イオンが対イオンとしてあることを示し、「2MeOH」とは、2当量のメタノール分子が大環状配位子以外の配位子としてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C2634Cl2Co244;C,47.65;H,5.23;N,8.55.Found:C,46.64;H,5.02;N,8.58.
【0081】
合成例6[多核錯体(F)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(F)[複核Co錯体]を以下の方法で合成した。

窒素雰囲気下において0.476gの塩化コバルト6水和物と0.412gの4―tert-ブチル−2,6−ジホルミルフェノールを含んだ10mlエタノール溶液を50mlナスフラスコに入れ、室温にて攪拌した。この溶液に0.216gのo−フェニレンジアミンを5mlのエタノールに溶解させた溶液を徐々に添加した。上記混合物を2時間還流することにより茶褐色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、乾燥することで多核錯体(G)を得た(収量0.465g:収率63%)。なお、上記反応式において、「Cl2」とは、2当量の塩素イオンが対イオンとしてあることを示し、「2H2O」とは、2当量の水分子が他の配位子としてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C3638Cl2Co244;C,55.47;H,4.91;N,7.19.Found:C,56.34;H,4.83;N,7.23.
【0082】
合成例7[多核錯体(G)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(G)[複核Co錯体]を以下の方法で合成した。

窒素雰囲気下において0.476gの塩化コバルト6水和物と0.328gの4―メチル−2,6−ジホルミルフェノールを含んだ10mlメタノール溶液を50mlナスフラスコに入れ、室温にて攪拌した。この溶液に0.228gのシクロヘキシルジアミンを5mlのメタノールに溶解させた溶液を徐々に添加した。上記混合物を2時間還流することにより茶褐色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、乾燥することで多核錯体(H)を得た(収量0.141g:収率21%)。なお、上記反応式において、「Cl2」とは、2当量の塩素イオンが対イオンとしてあることを示し、「2H2O」とは、2当量の水分子が他の配位子としてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C3038Cl2Co244;C,50.93;H,5.41;N,7.92.Found:C,49.60;H,5.47;N,8.04.
【0083】
合成例8[多核錯体(H)の合成]
下記反応式に示される多核錯体(H)[複核V(バナジウム)錯体]をJournal of Chemical Society,Dalton Transactions,1996,1223に記載の方法に従い合成した。


窒素雰囲気下において1.63gのオキシ硫酸バナジウム水和物と1.63gの2,6−ジアセチルピリジンを含んだ30mlメタノール溶液を100mlナスフラスコに入れ、攪拌しながら80℃に加熱した。この溶液に0.90gの1,3−ジアミノプロパンを20mlのメタノールに溶解させた溶液を30分間かけて滴下した。上記混合溶液を8時間還流することにより濃青紫色沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、乾燥することで多核錯体(I)を得た(収量3.1g:収率45%)。なお、上記反応式において、「(SO42」とは、2当量の硫酸イオンが対イオンとしてあることを示し、「4MeOH」とは、4当量のメタノール分子が他の配位子としてあることを示す。
元素分析値(%):Calcd for C284426142;C,39.35;H,5.19;N,9.83.Found:C,39.73;H,5.44;N,10.42.
【0084】
実施例1〜8[多核錯体の加熱処理]
熱重量/示差熱分析装置(セイコーインスツルEXSTAR-6300、以下熱分析装置と呼ぶ)を用いて、合成例1〜8で得られた、多核錯体(A)〜(H)の熱処理時における重量変化(TGA)を測定した。測定条件は窒素雰囲気下(昇温速度10℃/min)であり、熱処理には白金皿あるいはアルミナ皿を使用した。
多核錯体(A)〜(H)の分析結果(分析チャート)をそれぞれ、図1〜8に示す。
【0085】
上記、熱重量分析結果から得られた知見を元に、熱処理時の重量減少率が5重量%以上となるように焼成処理を行った。すなわち、多核錯体を管状炉を用いて、窒素雰囲気下において目的温度で2時間熱処理を行った。
熱処理に用いた管状炉および熱処理条件を以下に示す。
管状炉:プログラム制御開閉式管状炉EPKRO−14R、いすゞ製作所
熱処理雰囲気:窒素ガスフロー(200ml/min)
昇温速度および降温速度:200℃/h

表1に使用した多核錯体、熱処理温度を示し、処理後の重量減少率を示す。また、熱処理後の炭素含有量(元素分析値)についても、熱処理前の炭素含有量と併せて示す。
【0086】
【表1】

【0087】
ここで、多核錯体(A)〜(H)を熱処理して得られた変性錯体を、それぞれ変性錯体(A)〜(H)とする。
【0088】
実施例9[多核錯体(A)と変性錯体(A)のレーザーラマンスペクトルの測定]
図9に、多核錯体(A)と変性錯体(A)のレーザーラマンスペクトルを示す。測定は、下記の条件で行った。
使用装置 :顕微レーザーラマン分光装置NSR1000(日本分光)
励起波長 :532nm
対物レンズ :50倍
測定範囲 :200〜3900cm-1
図9から、変性錯体(A)は、1580cm-1に極大ピークを有していることが分かる。このことから、変性処理によりグラフェン状炭素が生成していることが示される。
【0089】
実施例10[多核錯体(E)と変性錯体(E)のX線光電子スペクトルの測定]
多核錯体(E)と変性錯体(E)のX線光電子スペクトルを測定した。X線光電子分光(XPS)測定にはSII社製SSX−100を用いた。X線として単色化Al Kα線(1486.6eV、X線スポット1000μm)を用い、また、測定時の帯電中和のために、試料の上にNiメッシュをかぶせ、中和電子銃を使用して測定した。スペクトルの結合エネルギーはC1sのC−C、C−H結合を284.6eVとして較正した。
図10に、C1sスペクトルを、図11にN1sスペクトルを示す。図10において、変性錯体(F)のC1sのピークが高結合エネルギー側においてテーリングしており、グラフェン状炭素の生成を示唆している。
また、図11において、変性錯体(E)のピークの半値幅は3.5eVである。また、変性錯体(E)のピークの半値幅は、多核錯体(E)のピークの半値幅の2.3倍であった。
【0090】
実施例11〜18、比較例1〜8[変性錯体(A)〜変性錯体(H)の金属保持能力の評価試験]
実施例1〜8で得られた変性錯体(A)〜変性錯体(H)10mgをpH4の酒石酸緩衝溶液(0.2mol/L酒石酸水溶液と0.1mol/L酒石酸ナトリウム水溶液から調製)2mlに浸漬し、室温にて20分間攪拌した。溶液をろ過した後、ろ液に含まれる金属量を誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP−AES)法または吸光光度法により定量し、金属保持率を算出した。
また、加熱処理を行っていない多核錯体(A)〜多核錯体(H)に関し、金属保持能力の評価試験を行って、実施例11〜18と比較した。すなわち、実施例11〜18における変成錯体(A)〜(H)を多核錯体(A)〜(H)に変更した以外は、同様の操作を行い、ろ液に含まれる金属量を実施例11〜18と同様に定量し、金属保持率を算出した。熱処理を行っていない多核錯体(A)〜(H)は、各変性錯体(A)〜(H)と比較して、金属保持能力に劣るものであった。
【0091】
【表2】

【0092】
実施例19[変性錯体(A)の過酸化水素分解試験]
変性錯体(A)1.6mg(約8μmol(1金属原子当り))を2口フラスコに量り取り、ここに溶媒として酒石酸/酒石酸ナトリウム緩衝溶液(1.00ml(0.20mol/l酒石酸水溶液と0.10mol/l酒石酸ナトリウム水溶液から調製、pH4.0))とエチレングリコール(1.00ml)を加え攪拌した。これを触媒混合溶液として用いた。
【0093】
この触媒混合溶液の入った2口フラスコの一方の口にセプタムを取り付け、もう一方の口をガスビュレットへ連結した。このフラスコを80℃下5分間攪拌した後、過酸化水素水溶液(11.4mol/l、0.20ml(2.28mmol))をシリンジで加え、80℃下20分間、過酸化水素分解反応を行った。発生する酸素をガスビュレットにより測定し、分解した過酸化水素を定量した。
分解された過酸化水素量は、該過酸化水素分解試験で発生する酸素体積から求めた。下式により、実測の発生気体体積値vは水蒸気圧を考慮した0℃,101325Pa(760mmHg)下の気体体積Vに換算した。
結果を図12に示す。本発明の変性錯体(A)は、後述のブランク試験と比較して、発生気体体積量が高く、過酸化水素分解に係る触媒効果を確認した。
【0094】

(式中、P:大気圧(mmHg)、p:水の蒸気圧(mmHg)、t:温度(℃)、v:実測の発生気体体積(ml)、V:0℃、101325Pa(760mmHg)下の気体体積(ml)を示す。)
【0095】
[ブランク試験]
2口フラスコに溶媒として酒石酸水溶液/酒石酸ナトリウム緩衝溶液1.00ml(0.20mol/l酒石酸水溶液と0.10mol/l酒石酸ナトリウム水溶液から調製、pH4.0)とエチレングリコール1.00mlを加えた。この2口フラスコの一方の口にセプタムを取り付け、もう一方の口をガスビュレットへ連結した。このフラスコを80℃下5分間攪拌した後、過酸化水素水溶液(11.4mol/l、0.200ml(2.28mmol))を加え、80℃下20分間、発生する気体をガスビュレットにより定量した。
本ブランク試験は、溶液中に溶存している空気等が主に検出されるものと考えられる。
【0096】
比較例9[多核錯体(A)の過酸化水素分解試験]
実施例19の変性錯体(A)を多核錯体(A)に変更した以外は、実施例19と同等の試験を行った。結果を図12に、実施例19と併せて示す。
気体発生量はブランク実験と差異がなく、過酸化水素分解の触媒効果は認められなかった。
【0097】
実施例20[変成錯体(A)による過酸化水素分解試験におけるラジカル発生の有無]
変成錯体(A)(1.6−2.2mg、約8μmol(1金属原子当り))、およびポリ(4−スチレンスルホン酸)・ナトリウム塩(アルドリッチ市販品、重量平均分子量:約70,000)21.1mgを2口フラスコに量り取り、ここに溶媒として酒石酸/酒石酸ナトリウム緩衝溶液(1.00ml(0.2mol/l酒石酸水溶液と0.1mol/l酒石酸ナトリウム水溶液から調製、pH4.0))とエチレングリコール(1.00ml)を加え攪拌した。これを触媒混合溶液として用いた。
【0098】
この触媒混合溶液の入った2口フラスコの一方の口にセプタムを取り付け、もう一方の口をガスビュレットへ連結した。このフラスコを80℃下5分間攪拌した後、過酸化水素水溶液(11.4mol/l、0.20ml(2.28mmol))をシリンジで加え、80℃下20分間、過酸化水素分解反応を行った。発生する酸素をガスビュレットにより測定し、分解した過酸化水素を定量した。この後、反応溶液を水/アセトニトリル混合溶液(水:アセトニトリル=7:3(v/v))で溶液量が10.0mlになるよう希釈し、この溶液をシリンジフィルターで濾過した。この濾液をGPC測定し、試験後のポリ(ナトリウム 4−スチレンスルホナート)の下記の方法によりGPCパターンを求め、試験に使用したポリ(4−スチレンスルホン酸)・ナトリウム塩自体と比較した。
図13にGPCパターンを示す。
ポリ(4−スチレンスルホン酸)のピークには、ほとんど低分子量化は認められず、多核錯体(A)が過酸化水素を分解する際にポリ(4−スチレンスルホン酸)を分解するヒドロキシラジカル等のラジカル種が発生していないことを認めた。単核金属錯体による過酸化水素の分解では、ラジカル種を発生する場合が多いことを考慮すると、本試験の結果は、本発明における変成錯体(A)が複核構造を保っていることを示すものである。
【0099】
[GPC分析条件]
カラム :東ソー(株)製TSKgel α−M
(13μm、7.8mmφ×30cm)
カラム温度 :40℃
移動相 :50mmol/l酢酸アンモニウム水溶液:CH3CN
=7:3(v/v)
流速 :0.6ml/min
検出器 :RI
注入量 :50μl
【0100】
実施例21[多核錯体(A)を含む混合物の加熱処理]
合成例1で得られた多核錯体(A)0.053gとペリレン-3、4、9、10−テトラカルボン酸ニ無水物0.20gとの混合物を、メノウ乳鉢を用いて均一に混合した。この混合物を熱分析装置にて500℃(昇温速度10℃/min)までの熱処理を行った。処理後の重量減少率は、混合物全体の初期重量に対し、28%であった。本熱処理物中に含まれる炭素量は、重量減少率及び共存する元素割合から計算すると、その下限値は57%であった。
【0101】
実施例22[多核錯体(E)を含む混合物の加熱処理]
合成例5で得られた多核錯体(E)20mgとケッチェンブラック(ライオン、EC300J)160mgとの混合物にエタノール15mlを加え、室温にて20分間攪拌しスラリーを得た。該スラリーを室温にて1.5Torrの減圧下で12時間乾燥した。該乾燥物を管状炉を用いて200ml/minの窒素気流下450℃で2時間熱処理を行った。処理後の重量減少率は、混合物全体の初期重量に対し、5.3%であった。本熱処理物中に含まれる炭素量は89.56%であった。
【0102】
実施例23[多核錯体(F)を含む混合物の加熱処理]
合成例6で得られた多核錯体(F)20mgとケッチェンブラック(ライオン、EC300J)160mgとの混合物にエタノール15mlを加え、室温にて20分間攪拌しスラリーを得た。該スラリーを室温にて1.5Torrの減圧下で12時間乾燥した。該乾燥物を管状炉を用いて200ml/minの窒素気流下500℃で2時間熱処理を行った。処理後の重量減少率は、混合物全体の初期重量に対し、7.2%であった。本熱処理物中に含まれる炭素量は85.85%であった。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】多核錯体(A)の熱重量分析チャート
【図2】多核錯体(B)の熱重量分析チャート
【図3】多核錯体(C)の熱重量分析チャート
【図4】多核錯体(D)の熱重量分析チャート
【図5】多核錯体(E)の熱重量分析チャート
【図6】多核錯体(F)の熱重量分析チャート
【図7】多核錯体(G)の熱重量分析チャート
【図8】多核錯体(H)の熱重量分析チャート
【図9】実施例9の多核錯体(A)、変性錯体(A)のレーザーラマンスペクトル
【図10】実施例10の多核錯体(E)、変性錯体(E)のXPS測定によるN1sスペクトル
【図11】実施例10の多核錯体(E)、変性錯体(E)のXPS測定によるC1sスペクトル
【図12】実施例19、比較例9の過酸化水素分解試験の結果
【図13】実施例20のGPC分析チャート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子内に、5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを有する多核金属錯体を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理により、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下となるまで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物。
【請求項2】
前記複数の金属原子が、周期表の第4周期から第6周期に属する遷移金属原子であることを特徴とする請求項1に記載の多核金属錯体変性物。
【請求項3】
前記複数の金属原子が、2〜10個の金属原子であることを特徴とする請求項1又は2に記載の多核金属錯体変性物。
【請求項4】
前記配位原子が、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子及び硫黄原子からなる群より選ばれることを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項5】
前記大環状配位子が、下記一般式(I)で示される大環状配位子であることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の多核金属錯体変性物。

(式中Qは、炭素原子、窒素原子、酸素原子、リン原子及び硫黄原子からなる群より選ばれる配位原子を1つ以上含む二価の有機基であり、nは5以上15以下の整数である。)
【請求項6】
前記変性処理が、250℃以上1000℃以下の温度での加熱処理であることを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項7】
前記変性処理前後の重量減少率が7重量%以上90重量%以下であることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項8】
多核金属錯体処理物の炭素含有率が10重量%以上であることを特徴とする請求項1〜7の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項9】
励起波長532nmのレーザーラマン分光測定により求めたスペクトルにおいて、1550〜1600cm-1の範囲にピークを有することを特徴とする請求項1〜8の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項10】
X線光電子分光法によるN1sスペクトルにおいて、396eV〜404eVにピーク極大を有する多核金属錯体処理物のシグナルの半値幅が2eV以上であることを特徴とする請求項1〜9の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項11】
X線光電子分光法によるN1sスペクトルにおいて、396eV〜404eVにピーク極大を有する多核金属錯体処理物のシグナルの半値幅が、処理前の多核金属錯体のシグナルの半値幅の1.3倍以上であることを特徴とする請求項1〜10の何れかに記載の多核金属錯体変性物。
【請求項12】
分子内に、(a)5〜15個の配位原子を有する大環状配位子を1つ以上と、複数の金属原子とを有する多核金属錯体と、(b)カーボン担体、沸点あるいは融点が250℃以上の有機化合物、又は熱重合開始温度が250℃以下である有機化合物から選ばれる少なくとも1種の有機化合物と、からなる混合物を、加熱処理、放射線照射処理又は放電処理の何れかの変性処理より、処理前後の重量減少率が5重量%以上90重量%以下まで変性し、変性後の炭素含有率が5重量%以上である多核金属錯体変性物。
【請求項13】
請求項1〜12の何れかに記載の多核金属錯体変性物と、カーボン担体及び/又は導電性高分子とを含む組成物。
【請求項14】
請求項1〜12の何れかに記載の多核金属錯体変性物及び/又は請求項13に記載の組成物を含む触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2007−238601(P2007−238601A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17444(P2007−17444)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】