説明

多機能性シクロデキストリン誘導体、その包接化合物およびそれらの製造方法。

【課題】
この発明は、膜親和性の高い多機能性シクロデキストリン誘導体ならびにアモキシシリン(AMPC)などの抗生物質の性質を安定化するシクロデキストリン包接化合物を提供すること。
【解決手段】
この発明に係る多機能性シクロデキストリン誘導体は、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数を意味する)
で表されるシクロデキストリン誘導体である。
また、この発明に係るシクロデキストリン包接化合物は、上記シクロデキストリン誘導体にアモキシシリン(AMPC)などの抗生物質を包接して、その抗生物質の性質を安定化した化合物であり、抗生物質製剤として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、多機能性シクロデキストリン誘導体ならびにその包接化合物およびそれらの製造方法に関するものである。更に詳細には、この発明は、シクロデキストリン化合物とウレア化合物との反応生成物である多機能性シクロデキストリン誘導体ならびにその多機能性シクロデキストリン誘導体と、特にペニシリン類等のβ−ラクタム系抗生物質などの抗生物質との包接化合物およびそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細菌などの外的要因による感染症や炎症性疾患などは今でも世界中で蔓延している。しかし、今では、それらの疾患の治療や予防のために多種多様の抗生物質が開発されていて、それによって大多数の感染症や炎症性疾患などが予防・治療できるようになっている。それにも拘わらず、毎年、感染症や炎症性疾患などで相当数の患者が死亡しているのも現状である。
【0003】
一方では、感染症や炎症性疾患などの治療や予防のために抗生物質が多用され、それによる抗生物質に耐性を持つ起因細菌の多発や増加により、その抗生物質による予防や治療ができない疾患も増加しているとともに、副作用の発生も懸念されている。
【0004】
このような細菌の一種として、グラム陰性菌のらせん菌であるヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)が存在する。このピロリ菌は、胃表層粘液内に棲息し(非特許文献1)、胃・十二指腸潰瘍、慢性萎縮性胃炎のリスクファクターとなり、胃ガン発症の要因の一つとも言われている。ピロリ菌は、アミノ酸やTCAサイクルの中間代謝物であるウレア(urea)をエネルギー源として取り入れる現象であるウレア走化性を有していて、ピロリ菌が有するウレアーゼによって産生されたアンモニウムイオンによって、胃粘膜層の変性やびらんなどの胃粘膜障害を引き起こす危険性を持っている。それと同時に、菌が産生したアンモニウムイオンによって菌自体は発育至適pH条件を保ち、胃の強酸条件から保護されている。従って、ピロリ菌は、アンモニア合成の原料となるウレアが存在しないと生存することができない。さらに、菌が産生するサイトトキシンは胃細胞の空泡化変性や細胞傷害などを起こす原因となっている。
【0005】
以上のような性質を持つピロリ菌を除菌するには、現在、プロトンポンプ阻害剤(PPI)の投与下でアモキシシリン(AMPC)などの抗生物質が使用されている。しかし、胃内というピロリ菌の厳しい生育環境のために、投与された抗生物質が胃内の強酸性条件下で分解されたり、またはイオン化されたりして満足のいく治療効果が得られない場合もある。さらに、ピロリ菌は、変異しやすい細菌であることが報告されていて、抗生物質による耐性菌への変質も懸念されている。
【0006】
一方、胃やピロリ菌の菌表層には、糖脂質、糖タンパク質などの糖鎖部分からなる非拡散層が存在していて、この非拡散層の糖鎖部分が、薬物の膜透過性をさらに抑えているとともに、疎水性の物質を透過しにくくするフィルターの作用をしている。したがって、ピロリ菌を除菌するためには、胃表層粘膜や菌の莢膜・細胞等との親和性が高く、透過性も良い薬剤が必要である。
【0007】
以上のようなピロリ菌の性質ならびに胃表層粘膜等の性質を考慮して、ピロリ菌の有効な除菌をするためには、膜親和性の高い抗生物質製剤を開発する必要がある。また、かかる抗生物質製剤は、当然のことながら、ピロリ菌の除菌ばかりではなく、その他の感染症や炎症性疾患などの起因細菌にも有効に作用すると期待される。
【0008】
そこで、本発明者らは、食品、医薬品、化粧品などの分野で利用されているシクロデキストリンに注目し、このシクロデキストリンをピロリ菌のウレア走化性を利用できるようにウレア化合物で修飾するとともに、アモキシシリン等の抗生物質を製剤化して、その抗生物質の効能を改善する試みを行うことにした。このシクロデキストリンは、分子の中心に空洞があり、その空洞の中に空洞に合った大きさの化合物を物理的な引力で取り込む(包接する)ことが知られている。このシクロデキストリン(ホスト化合物)が有機化合物などのゲスト化合物をその空洞に包接すると、包接されたそのゲスト分子は、そのホスト分子の空洞の影響を受けて、その性質を変化させることができる。このことを利用して、ゲスト化合物を用いる製品では、そのゲスト化合物をホスト分子であるシクロデキストリンに包接させて、ゲスト分子の特性を改良、改善することができることから、このような包接複合体(包接化合物)は、食品、医薬品、化粧品分野などにおいて、環内に包接されたゲスト化合物の安定性の増加、溶解性の改善、酸化、熱分解、光分解の防止、異味異臭の除去などに利用されている。
【0009】
かかるシクロデキストリン包接化合物としては、種々の包接化合物が既に提案されているが、特許文献1には、アモキシシリン(AMPC)と、シクロデキストリンまたはジメチル−β−シクロデキストリン等のシクロデキストリン誘導体とのアモキシシリン包接体が、アモキシシリン(AMPC)を酸性条件下で安定化できると記載されている。この文献記載のアモキシシリン包接体のホスト化合物は、ウレア化合物で修飾されていないので、ピロリ菌のウレア走化性を利用することができないと考えられる。
【0010】
そこで、本発明者らは、膜親和性の高い別のシクロデキストリン誘導体を合成し、アモキシシリン(AMPC)を包接した包接化合物を作成すれば、より有効な抗生物質製剤を調製することができると予測して、シクロデキストリン誘導体を合成したところ、膜親和性が高く、かつ、一般的なターゲツト部位へのピンポイント指向機能を持つことを見出して、シクロデキストリン誘導体に関する発明を完成した。
【0011】
さらに、本発明者らは、上記シクロデキストリン誘導体とアモキシシリン(AMPC)とを包接して得られたシクロデキストリン包接化合物が、そのゲスト分子であるアモキシシリンを安定化させることができることを見出して、別の形態であるシクロデキストリン包接化合物に関する発明を完成した。
【非特許文献1】Masuda H., et al., FEBS Lett.,464,71-74, (1999) .
【特許文献1】特開2001−58994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、この発明は、その1つの形態として、多機能性シクロデキストリン誘導体およびその製造方法を提供することを目的としている。
【0013】
また、この発明は、別の形態として、上記多機能性シクロデキストリン誘導体と、抗生物質との包接化合物またはその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために、この発明は、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数、好ましくは0または1〜4の整数を意味する)
で表されるシクロデキストリン誘導体を提供する。
【0015】
この発明は、その好ましい態様として、上記シクロデキストリン誘導体 [I] において、符号Zで表されるシクロデキストリン残基が、置換基を有していてもよいα−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であるシクロデキストリン誘導体を提供される。
【0016】
この発明は、さらに別の態様として、一般式 [II]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−COOH [II]

(式中、nは0または1〜6の整数、好ましくは0または1〜4の整数を意味する)
で表されるカルバミルアミノアルキルカルボン酸と、一般式 [III]:

H2N−Z [III]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味する)
で表されるアミノシクロデキストリン類と反応させて、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zおよびnは前記と同じ意味を有する)
で表されるシクロデキストリン誘導体を得ることからなるシクロデキストリン誘導体の製造方法を提供する。
【0017】
また、この発明は、別の形態として、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数、好ましくは0または1〜4の整数を意味する)
で表されるシクロデキストリン誘導体と、抗生物質とから構成されるシクロデキストリン包接化合物を提供する。
【0018】
この発明の好ましい態様としての上記シクロデキストリン誘導体 [I] において、Zで表される上記シクロデキストリン残基は、α−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であって、各シクロデキストリン残基には、例えば、メチル基等のアルキル基などの置換基が存在していてもよい。
また、上記抗生物質としては、例えば、β−ラクタム系抗生物質、好ましくはペニシリン系抗生物質、さらに好ましくはアモキシシリンなどであるシクロデキストリン包接化合物を提供する。
【0019】
この発明は、さらに別の態様として、上記シクロデキストリン誘導体に、上記抗生物質を包接化して上記シクロデキストリン包接化合物を得ることからなるシクロデキストリン包接化合物の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
この発明に係るシクロデキストリン誘導体は、膜親和性が高く、かつ、一般的なターゲツト部位へのピンポイント指向機能を有している、つまりピロリ菌のウレア走化性を利用できることから、特に抗生物質を包接した抗生物質製剤として有効に適用できるという効果を有している。
また、この発明のシクロデキストリン包接化合物は、ゲスト化合物である抗生物質を安定化することができるという効果を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
この発明に係るシクロデキストリン誘導体は、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数、好ましくは0または1〜4の整数を意味する)
で表される。
【0022】
この発明に係る上記シクロデキストリン誘導体 [I] において、上記シクロデキストリン残基(Z)は、例えば、置換基を有していてもよいα−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であるのがよい。置換基としては、例えば、ヒドロキシ基で置換されていてもよい炭素数1〜4のアルキル基、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基等またはヒドロキシアルキル基、例えばヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基等、または糖残基、特にグリコシル基、マルトシル基などが挙げられる。また、シクロデキストリンの置換基の数は、かかるアルキル基の場合には1〜3個、またかかる糖残基の場合には1〜6個であってもよい。
【0023】
この発明の上記シクロデキストリン誘導体 [I] は、例えば、一般式 [II]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n −CO N H2 [II]

(式中、nは0または1〜6の整数を意味する)
で表されるカルバミルアミノアルキルカルボン酸に、一般式 [III]:

H2N−Z [III]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味する)
で表されるアミノシクロデキストリン類をアミド化反応させて製造することができる。
【0024】
なお、原料化合物の1つである一般式 [III] で表されるアミノシクロデキストリン類は、例えば、シクロデキストリンの一級水酸基にアミン類を常法に従って反応させて、アミノ基を導入することによって製造することができる。
【0025】
上記反応はアミド化反応によって常法に従って実施することができる(例えば、日本化学会編「実験化学講座」第4版(丸善) 、22巻、137〜173頁)。かかるアミド化反応のより具体的な方法は、例えば、カルバミルアミノアルキルカルボン酸 [II] の反応性誘導体、例えば酸クロリド等の酸ハロゲン化物、酸無水物を、アミン化合物であるアミノシクロデキストリン類 [III] と反応させることにより行うことができる。
【0026】
この発明の別の形態に係るシクロデキストリン包接化合物は、シクロデキストリン誘導体に抗生物質を包接させることにより得ることができる。この発明において包接させることができる抗生物質としては、シクロデキストリン誘導体と包接化合物を構成して、その効能を発揮できる抗生物質であれば、特定の抗生物質に限定されるものではなく、いずれの抗生物質でも使用することができる。なお、この発明において、この発明のシクロデキストリン誘導体の多機能性を十分に発揮させるためには、抗生物質としては、特にβ−ラクタム系抗生物質を使用するのが好ましい。
【0027】
かかるβ−ラクタム系抗生物質としては、例えば、ペニシリン系抗生物質、セファロスポリン系抗生物質などが挙げられる。ペニシリン系抗生物質としては、例えば、アンピシリン、アモキシシリン、カルベニシリン、ヘタシリン、シクラシリン、メシリナム、スルベニシリン、チカルシリン、ピペラシリン、アパルシリン、メズロシリン、アスポキシシリン、タランピシリン、バカンピシリン、レナンピシリン、ピブメシリナム、バクメシリナム、カリンダシリンまたはカルフェシリンなどが挙げられ、好ましくは、アンピシリン、アモキシシリン、カルベニシリン、スルベニシリン、チカルシリン、ピペラシリン、アパルシリン、メズロシリン、アスポキシシリン又はバカンピシリンなどが挙げられる。セファロスポリン系抗生物質としては、例えば、セファロチン、セファロリジン、セファゾリン、セファピリン、セファセトリル、セフテゾール、セファマンドール、セフォチアム、セフロキシム、セフォタキシム、セフチゾキシム、セフメノキシム、セフトリアキソン、セフゾナム、セフタジジム、セフォペラゾン、セフピミゾール、セフピラミド、セフスロジン、セフォキシチン、セフメタゾール、ラタモキセフ、セフォテタン、セフブペラゾン、セフミノクス、フロモキセフ、セファログリシン、セファレキシン、セフラジン、セファトリジン、セファクロル、セフロキサジン、セファドロキシル、セフプロジル、セフロキシム・アキセチル、セフォチアム・ヘキセチル、セフィキシム、セフテラム・ピボキシル、セフポドキシム・プロキセチル、セフチブテン、セフェタメト・ピボキシル、セフジニル、セフカメイト・ピボキシルなどが挙げられ、好ましくはセファロチン、セファロリジン、セファゾリン、セファマンドール、セフォチアム、セフロキシム、セフォタキシム、セフチゾキシム、セフメノキシム、セフトリアキソン、セフゾナム、セフタジジム、セフォペラゾン、セファレキシン、セファクロル、セフロキシム、セフォチアム・ヘキセチル、セフィキシムまたはセフテラム・ピボキシルなどが挙げられる。これらの抗生物質は、単独でもまたは2種以上を組合せても使用することができる。
【0028】
この発明に係るシクロデキストリン包接化合物は、シクロデキストリン誘導体と抗生物質との包接化合物を調製することができる方法であれば、いずれの方法によっても調製することができる。かかる包接化合物の調製方法としては、例えば、シクロデキストリン誘導体の飽和溶液に、抗生物質をそのまま、あるいは少量の適当な溶媒に溶解して析出してくるシクロデキストリン包接化合物を得る方法、シクロデキストリン誘導体に少量の水を添加しスラリー状にし、これに抗生物質の溶液を添加・乾燥してシクロデキストリン包接化合物を得る方法、シクロデキストリン誘導体と抗生物質の溶液から溶媒を留去してシクロデキストリン包接化合物を得る方法、シクロデキストリン誘導体と抗生物質との粉末混合物を粉砕してシクロデキストリン包接化合物を得る方法などが挙げられる。
【0029】
この発明に係るシクロデキストリン包接化合物おいて、シクロデキストリン誘導体と抗生物質との配合モル比について、抗生物質としてアモキシシリンを例にとって説明する。アモキシシリンは、胃内酸性条件(pH=1.2)において分解(半減期:4〜5時間)されるが、シクロデキストリン誘導体と包接されることによって安定化されるが、その包接機構は下記のように考えられる。
【0030】
【化1】

【0031】
上記包接機構に示すように、アモキシシリンのフェニル基がシクロデキストリン誘導体に包接されたComplex1とペナム環が包接されたComplex2の2通りの生成様式があり、シクロデキストリン誘導体の濃度が増加すると、それらの包接がさらに進行し、Complex3となると考えられる。一方、目的とするシクロデキストリン包接化合物は、ウレア残基などの置換基とピロリ菌等の莢膜(細胞膜)と親和性を持ち、その局在した部位でアモキシシリンを菌に作用させて除菌するための薬剤であるところから、Complex3の生成をできるだけ抑制することが望ましい。そこで、Complex2の生成条件を得るためにアモキシシリンの加水分解反応によって検討した。
【0032】
アモキシシリン(AMPC)は、酸触媒で加水分解されるが、その分解反応は、包接されていない遊離なアモキシシリン(AMPC)とComplex1で起こり、しかも早い包接平衡仮定の下で起こると考えられる。これらのことを考慮すると、シクロデキストリン誘導体の包接作用は、アモキシシリン(AMPC)の加水分解反応を遅延させる触媒機能の役割として処理できるので、速度式を次のように仮定することができる。
v = kabs[AMPC][H2O]
ここで、kabs
= kO + kH+[H+] + kcomp[CD] であり、またkcomp[CD] はシクロデキストリン(CD) による包接化に関する分解阻止率を示す(包接化合物形成とその逆方向の寄与をまとめて示し、添え字compはComplex1生成寄与を表した略記号である)。結局、速度式は、一般の加水分解反応として下記のような疑一次反応として取り扱えることになる。
v’ = k’abs[AMPC][H2O]
ここで、k’abs
は見掛けの疑一次速度定数である。
【0033】
この発明のシクロデキストリン包接化合物の調製に当たっては、α−シクロデキストリン、βーシクロデキストリン、γーシクロデキストリン、ジメチルーβーシクロデキストリンなどの種々のシクロデキストリン誘導体を単独で用いることもできるし、またこれらを2種以上組み合わせて用いることもできる。
【0034】
また、この発明のシクロデキストリン包接化合物の配合モル比は、抗生物質1モルに対してシクロデキストリン誘導体が約2〜20モル、好ましくは約4〜10モル、特に好ましくは約5モルであるのがよい。このように抗生物質とシクロデキストリン誘導体とを配合して包接させることによって、この発明のシクロデキストリン包接化合物は、抗生物質を化学安定化させとともに、膜親和性を高めた薬剤を提供することができる。なお、シクロデキストリン包接化合物の配合モル比は、一定濃度のシクロデキストリン誘導体含有水溶液中に抗生物質を飽和するまで加え撹拌後、濾液中の抗生物質の量をUV法またはHPLC法によって定量することによって得ることができる。
【0035】
この発明に係るシクロデキストリン包接化合物は、医薬製剤に常用されている製剤学的に許容される賦形剤、結合剤、崩壊剤、甘味剤、香料、色素あるいは滑沢剤などを配合して製剤化することができ、また公知の方法により、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、ドライシロップ剤などの剤形に調製することができる。
【実施例1】
【0036】
シクロデキストリン誘導体の調製(1)
6−[(アミノカルボニル)アミノ]ヘキサン酸(0.250g、1.44mmol)と、モノ−6−デオキシアミノ−β−シクロデキストリン(NH2−βCD)(1.630g、1.44mmol)と、N−メチルモルホリン(1.63 μL、1.44mmol)とをメタノール(8.64mL)中で10分間攪拌した。続いて、DMT-MM (4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチル−モルホニウムクロライドn−ハイドレートを等モル量添加した後、溶液の白濁が消失するまで
DMF(N,N−ジメチルホルムアミド)を滴下し、得られた混合液を3時間室温で攪拌した。その後、溶媒をエバポレーターで留去して油状物質を得た。得られた油状物質にアセトンを添加した後、析出した物質をグラスフィルターで吸引ろ過し、減圧乾燥した。得られた物質を水−メタノール溶液で再結晶すると、目的とするシクロデキストリン誘導体であるモノ−6−(N−カルバモイルアミノヘキサノイル)アミノ−6−デオキシ−β−シクロデキストリン(urea−C6−βCD)が0.87g得られた。この目的物質のNMRは図1に示すとおりである。
【実施例2】
【0037】
シクロデキストリン誘導体の調製(2)
ヒダントイン酸(0.75g、6.37x10-3mol)と、モノ−6−デオキシアミノ−β−シクロデキストリン(NH2−βCD)(6.03g、5.31x10-3mol)とを実施例1と同様に処理して、目的とするシクロデキストリン誘導体であるモノ−6−(N−カルバモイルアミノエタノイル)アミノ−6−デオキシ−β−シクロデキストリン(urea−C2−βCD)が2.05g(収率31.3%)得られた。この目的物質のNMRは図1に示すとおりである。
【実施例3】
【0038】
シクロデキストリン誘導体の包接化によるアモキシシリンの酸触媒加水分解
まず、pH1.2の水溶液中にアモキシシリンとβ−シクロデキストリンとを、モル比が1:1〜1:30になるように溶解し、アモキシシリンの分解反応を行い、濃度変化から分解速度定数を求めた。
なお、例えば、モル比が1:1の溶液の調製においては、アモキシシリン(1.8270x10-2g、5.00x10-5mol)とβ−シクロデキストリン(5.675 x 10-2g、5.00x10-5mol)とを、pH1.2の緩衝液を用いてメスフラスコに全量で100mLにした。この溶液を37℃の恒温槽中で攪拌し、一定時間毎に溶液を5μL採取し、HPLC(移動相:pH4.5の緩衝液)によりアモキシシリンの残存量をUV検出器付きHPLCで求めた。
そのときの時間(hr)に対するln(C/C)変化を図2(モル比:1:1〜1:30)に示す。図2に示すように、直線的な時間変化は、疑一次反応で分解反応が進んでいることを示している。それら直線の勾配から得られた分解定数は、モル比の増加によって減少が見られた。表1および表2には7時間までのアモキシシリン (AMPC)とβ−シクロデキストリン(βCD)ならびにAMPCとurea−βCDとの濃度変化から得られた速度定数と半減期をそれぞれ示す。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
上記の結果から、アモキシシリン水溶液(pH1.2)にβ−シクロデキストリンをモル比で1:1になるように調製した溶液では、分解速度定数値が約21.4%小さくなり、モル比が1:5の場合は、約65.5%であった。このことはアモキシシリンの酸による分解が著しく改善していることを示している。なお、10倍量以上の添加により速度定数値から異なる様式でのアモキシシリン分解寄与が見られた。すなわち、アモキシシリンの分解反応は、2種類の機構で進行していると考えられる。つまり、β−シクロデキストリンのモル比を1:1から増加することによって平衡が、Complex1とComplex2の生成方向に傾くこと、さらに上記反応式で示したようにアモキシシリンが2分子のβ−シクロデキストリンによって包接されたComplex3の形成の結果、加水分解がさらに抑制されたものと考えられる。
【0042】
図3には、アモキシシリンと種々の修飾シクロデキストリンとのモル比を横軸に取り、アモキシシリンの加水分解速度定数を縦軸に取った相関図を示している。この結果から、アモキシシリン1モルに対してシクロデキストリン誘導体が約4〜15モル、好ましくは約4〜10モル、特に好ましくは約5モルであるのがよい。なお、他の抗生物質とシクロデキストリン包接化合物との配合モル比は、両者の性質などによって適宜変えるのがよい。
【0043】
次に、この発明に係るシクロデキストリン包接化合物(urea−C6−βCD)の膜親和性について分子軌道法により検討した。その結果、包接現象は、軌道エネルギーによりβシクロデキストリン(βCD)からアモキシシリン(AMPC)への電荷移動による効果は少なく、ファン・デル・ファールス相互作用が重要であることが判明した。図4にβCD の軌道図(HOMO−HOMO−4)、図5にAMPCの軌道図 (LUMO−LUMO+4
)をそれぞれ示した。図4および図5にそれぞれ示した軌道図から、βCD の軌道は環状に非局在した軌道であり、アモキシシリンにおいては、その軌道がフェニル基に局在していることから、シクロデキストリンの包接化がアモキシシリンのペナム環の包接より優位であることが推測される。すなわち、Complex1の生成が優位となるが推測される。このアモキシシリン−βシクロデキストリン包接化合物のComplex1の生成による軌道図から、βシクロデキストリンの包接機能によるアモキシシリンの安定化以外に、膜との強い相互作用などの新たな機能出現は内容に考えられる。
【0044】
一方、urea−C6−βCD と AMPC−urea−C6−βCD 包接化合物の軌道図(図6、図7)から、urea−C6−βCD の被占軌道の軌道分布は、上記βシクロデキストリンのそれに比べて置換位置に局在化した軌道が見られる。アモキシシリンの加水分解抑制能は、β−シクロデキストリンの方がurea−C6−βCD より強いことから、軌道相互作用による包接化合物形成の強さが反映されていると考えられる。また、urea−C6−βCD と AMPC−urea−C6−βCD 包接化合物の軌道図から、urea−C6−βCD によりアモキシシリンが包接されることによって、AMPC−urea−C6−βCD 包接化合物の上位被占軌道に、ウレア(urea)に局在した軌道が見られ、膜との機能出現が見られることが示唆されている。
【産業上の利用可能性】
【0045】
以上のように、この発明は、その多機能性シクロデキストリンが抗生物質を安定化すると共に、それを用いた包接化合物が細胞膜との親和性が向上した薬剤を提供することができる。従って、この発明に係る薬剤は、現在、病院などで大きな問題となっている抗生物質耐性菌に有効で、かつ、抗生物質の使用量抑制にも大きく寄与できる薬剤として価値がある。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】この発明の目的物質(実施例1)のNMRを示す図。
【図2】β−シクロデキストリンの存在下におけるアモキシシリンの加水分解の時間(hr)に対するln(C/C)変化を示す図。
【図3】アモキシシリンと種々の修飾シクロデキストリンとのモル比と、アモキシシリンの加水分解速度定数との相関関係を示す図。図中、Glc−C6−βCD はモノ−6−グルコシルアミノ−6−デオキシ−β−シクロデキストリン (n = 4) である。
【図4】β−シクロデキストリンの被占軌道を示す図。
【図5】アモキシシリンの空軌道を示す図。
【図6】urea−C6−βCD(実施例1)の被占軌道を示す図。
【図7】アモキシシリン−urea−C6−βCD(実施例3)の被占軌道を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数を意味する)
で表されるシクロデキストリン誘導体。
【請求項2】
請求項1に記載のシクロデキストリン誘導体であって、式中Zで表される前記シクロデキストリン残基が、置換基を有していてもよいα−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であることを特徴とするシクロデキストリン誘導体。
【請求項3】
一般式 [II]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−COOH [II]

(式中、nは0または1〜6の整数を意味する)
で表されるカルバミルアミノアルキルカルボン酸またはその反応性誘導体と、一般式 [III]:

H2N−Z [III]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味する)
で表されるアミノシクロデキストリン類と反応させて、一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zおよびnは前記と同じ意味を有する)
で表されるシクロデキストリン誘導体を得ることを特徴とするシクロデキストリン誘導体の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のシクロデキストリン誘導体の製造方法であって、式中Zで表される前記シクロデキストリン残基が、置換基を有していてもよいα−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であることを特徴とするシクロデキストリン誘導体の製造方法。
【請求項5】
一般式 [I]:

H2N−CO−NH−CH2−(CH2) n−CO−NH−Z [I]

(式中、Zはシクロデキストリン残基を意味し、nは0または1〜6の整数を意味する)
で表されるシクロデキストリン誘導体と、抗生物質とから構成されるシクロデキストリン包接化合物。
【請求項6】
請求項5に記載のシクロデキストリン包接化合物であって、Zで表される前記シクロデキストリン残基が、置換基を有していてもよいα−シクロデキストリン残基、β−シクロデキストリン残基またはγ−シクロデキストリン残基であり、また前記抗生物質がβ−ラクタム系抗生物質であることを特徴とするシクロデキストリン包接化合物。
【請求項7】
請求項5または6に記載のシクロデキストリン包接化合物であって、前記抗生物質がペニシリン系抗生物質であることを特徴とするシクロデキストリン包接化合物。
【請求項8】
請求項5ないし7のいずれか1項に記載のシクロデキストリン包接化合物であって、前記抗生物質がアモキシシリンであることを特徴とするシクロデキストリン包接化合物。
【請求項9】
請求項1または2に記載のシクロデキストリン誘導体と抗生物質とを包接化して請求項5ないし8のいずれか1項に記載のシクロデキストリン包接化合物を得ることを特徴とするシクロデキストリン包接化合物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−174105(P2010−174105A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−17053(P2009−17053)
【出願日】平成21年1月28日(2009.1.28)
【出願人】(598015084)学校法人福岡大学 (114)
【Fターム(参考)】