説明

多焦点コンタクトレンズの処方方法及び処方システム

【目的】本発明は交替視タイプの多焦点コンタクトレンズの処方方法において、頭位、眼位の前傾角の個人差を考慮し1回で多焦点コンタクトレンズの適応患者の選択及び遠方視力、中間視力、近方視力を常に安定的に保証できる処方方法を提供することを目的とする。
【構成】近方視時の視線と角膜前面との交点から下眼瞼縁までの距離と遠方視時の視線と角膜前面との交点から下眼瞼縁までの距離から近用度数加入度の高さを決定することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は交替視タイプの多焦点コンタクトレンズのセグメントラインの高さを決定するための処方方法及び処方システムに関する。
【0002】
【従来の技術】多焦点コンタクトレンズは、主として高齢者における眼の水晶体の調節機能の低下を補正し、遠方及び近方の両方に対して良好な視力矯正を行うために開発されたもので、現在同時視タイプと交替視タイプの2つのタイプの多焦点コンタクトレンズが知られている。
【0003】同時視タイプの多焦点コンタクトレンズは、遠方からの光線と近方からの光線を同時に網膜上に結像させるタイプで、装用者は無意識に調節の楽な方を選択して網膜上へのピント合わせを行う。このタイプのレンズはレンズ中央部に近用部、周辺部に遠用部を同心円状に形成したものが一般的である。
【0004】交替視タイプの多焦点コンタクトレンズは眼鏡レンズで用いられているバイフォーカルレンズと同じ原理を用いて設計されたもので、図6に示すようにレンズ上部に主として遠方視に適した矯正度数を有する遠用部61と、レンズ下部に主として近方視に適した矯正度数を有する近用部62が形成されている。そしてこれら遠用部61と近用部62をセグメントライン63で区分したものである。
【0005】さらにこのタイプのレンズは装用中に回転すると用をなさないので、回転を防止するためにレンズ下方の厚みや重量を大きくしたプリズムバラストと呼ばれる処方を施したものが一般的である。
【0006】このような交替視タイプのレンズにおいては、遠方を見るときは遠用部61を使用し、近方を見るときは近用部62を使用しないと良好な視力が得られないため、被検者の眼に合わせてセグメントラインの高さを決定するのが、このタイプの多焦点コンタクトレンズの処方における重要なポイントである。
【0007】従来、このセグメントラインの高さを決定する処方方法としては、「CONTACTLENS PRACTICE」(ROBERT B.MANDELL著:FOURTH EDITION,THOMAS BOOKS 1988年)の800頁17行〜21行及び804頁15行〜27行に記載されている方法が知られている。この方法は、被検者にレンズの装着状態をチェックするための試験レンズ(以下トライアルレンズという)を装着させ、ぼんやりした照明下で遠方視を保持させた時の眼の瞳孔下縁から下眼瞼縁までの距離を求め、それをセグメントラインの高さとする方法である。
【0008】しかしこの方法には以下のような欠点があった。すなわち、ヒトの瞳孔の大きさは周囲の明るさや心理状態によって変化することはよく知られている。そのため測定時の環境や被検者の心理状態によって測定結果が著しく変化するため、必ずしも被検者に最適なセグメントラインの高さが得られないという欠点である。例えば、測定時の状況が非常にまぶしい状態あるいは極度の緊張状態であるなどして、被検者の瞳孔が最も小さい状態であった場合に、その時の測定値に基づいてセグメントラインの高さを決定すると、通常の状態では遠方視の時にもセグメントラインが瞳孔を横切ることになり、近方からの光線も網膜上に結像して良好な遠方視力が得られないという問題が生じる。
【0009】この欠点を解決する方法として、米国では以下のような方法が一般に用いられている。その方法は、最適遠方視値すなわち遠方視時の視線と角膜前面との交点から下眼瞼縁までの距離を求め、その値から所定の補正値を差し引いた値をセグメントラインの高さとするものである。
【0010】図7は最適遠方視値を測定する方法の概略を示す図である。通常視線は瞳孔中心71を通るので実際の測定では瞳孔中心を通りかつ瞳孔直径を結ぶ線72に直角な線を視線73と見なして測定を行っている。
【0011】被検者が視線73を水平に保った状態が遠方視の状態であるから瞳孔中心71から下眼瞼縁74までの距離を測定すれば、それが視線73と角膜前面75との交点76から下眼瞼縁74までの距離すなわち最適遠方視値HFとなる。
【0012】最適遠方視値HFを測定する方法は、瞳孔中心と同じ高さに設置した細隙灯顕微鏡やスチールカメラ等を用いて77の方向から眼球の正面画像を撮影し、その画像から実測する方法が一般的である。
【0013】また、所定の補正値は被検者の瞳孔の大きさ及び瞬きなどによる装用中のレンズの位置ズレを考慮し、遠方視時の視線上に近用部が存在したり、あるいは逆に近方視時の視線上に遠用部が存在したりするという現象(以下、交替視不良という)が起きないように設定されたもので、現在米国では過去の処方経験に基づいて平均的な値として1.0〜1.5mmという値が用いられている。
【0014】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、この方法は装用中の遠方視時の視線の位置のみに基づいてセグメントラインの高さを決定するものであり、近方視時の眼球の動きや姿勢については全く考慮していないため、良好な近方視の視力を得られない可能性が大きいという問題を有している。
【0015】すなわち、一般に近方視時には、眼球を下方に回転させるだけでなく頭位を前傾させる傾向があり、しかもこの頭位の前傾量及び眼球の下転角にはかなりの個人差がある。そのため、眼球の下転角が著しく小さい場合には近方視時にもレンズの近用部に視線が移動せず、交替視不良が生じてしまう。
【0016】従来の方法では、このような個人差を無視して、遠方視時の視線の位置のみに基づいてセグメントラインの高さを決定しているため、遠方視力については保証されるが、近方視力については被検者によって全く保証できなくなってしまうという問題が生じる。
【0017】その結果、従来は適切なセグメントラインの高さを得られるまで何度も試用しては作り直すということを繰り返していた。このため、当然製作コストが高くなるばかりでなく、最適なコンタクトレンズを装用できるようになるまでにかなりの時間と労力を費やさなければならないという問題を有していた。
【0018】そこで本発明は、頭位の前傾角と眼球の下転角の個人差を考慮して確実に最適なセグメントラインの高さを決定することができ、常に良好な遠方視力及び近方視力を保証できる処方の方法及びシステムを提供することを目的とする。
【0019】
【課題を解決するための手段】本発明の処方方法は、交替視タイプの多焦点コンタクトレンズのセグメントラインの高さを決定する多焦点コンタクトレンズの処方方法において、最適近方視値及び最適遠方視値を測定し、両方の測定値に基づいてセグメントラインの高さを決定することを特徴とする。
【0020】また、それぞれ近方視時及び遠方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて最適近方視値及び最適遠方視値を測定することを特徴とする。
【0021】さらに、近方視時の視線の延長線上に撮影手段を設置して近方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて最適近方視値を測定することを特徴とするか、もしくは遠方視時の視線の延長線上に撮影手段を設置して近方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離を測定し、該測定値、近方視時の下転角及び瞳孔中心から角膜前面までの距離に基づいて最適近方視値を算出することを特徴とするさらにまた、瞳孔中心から角膜前面までの距離を眼球の断面画像を用いて測定することを特徴とする。
【0022】また本発明の処方システムは、上記のような眼球の正面画像及び断面画像の少なくとも1つの画像を撮影するための撮影手段、該撮影手段から入力された画像データから最適近方視値、最適遠方視値、近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離及び瞳孔中心から角膜前面までの距離の少なくとも1つを実測する画像処理手段及び該画像処理手段から入力された実測値に基づいてセグメントラインの高さを算出する演算手段からなることを特徴とする。
【0023】さらに、前記撮影手段から出力される画像データが写真画像であり、該写真画像をデジタル化して前記画像処理手段で処理可能な画像データに変換する画像変換手段を含むことを特徴とする。
【0024】本発明において、最適遠方視値とは、遠方視時の視線と角膜前面との交点から下眼瞼縁までの距離を示し、最適近方視値とは、近方視時の視線と角膜前面との交点から下眼瞼縁までの距離を示す。また、セグメントラインの高さとは、多焦点コンタクトレンズの光学中心を通る垂直線上における、通常の装用状態の時に下眼瞼縁と接する多焦点コンタクトレンズの下端部からセグメントラインまでの距離を示す。
【0025】本発明においても、最適遠方視値は、図7に示したような従来と同様の測定方法により簡単に求めることができる。しかし、最適近方視値は、近方視時の視線の方向に個人差があるため、図7の測定方法では求められない。
【0026】図1は本発明の最適近方視値を測定する方法の概略を示す図である。11が近方視時の視線であり、通常は瞳孔中心12を通りかつ瞳孔直径を結ぶ線13と垂直な線と一致している。HLが近方視時の視線11と角膜前面14との交点15から下眼瞼縁16までの距離すなわち最適近方視値である。
【0027】本発明の第一の測定方法は、まず被検者の近方視時の眼球の下転角δを求め、撮影手段(図示せず)を視線11の延長線上に下転角δに等しい仰角をもって設置し、17の方向から眼球の正面画像を撮影し、その画像から瞳孔中心12から下眼瞼縁16までの距離を実測するものである。この方法によれば図7に示したような遠方視時の測定と同様に、瞳孔中心12から下眼瞼縁16までの距離は、近方視時の視線11と角膜前面14との交点15から下眼瞼縁16までの距離すなわち最適近方視値と等しくなるから、瞳孔中心12から下眼瞼縁16までの距離から、最適近方視値HLが求められる。このような第一の測定方法によれば、眼球の正面画像から直接最適近方視値が求められるので、以下に説明する第二の測定方法のような面倒な計算式を用いる必要がないという利点がある。
【0028】本発明の第二の測定方法は撮影手段を水平線18の延長線上に水平に設置し、19の方向から眼球の正面画像を撮影し、さらに被検者の近方視時の眼球の下転角δを求めるものである。
【0029】この方法では、撮影画像からは瞳孔中心12から下眼瞼縁16までの垂直方向の距離HSが実測できる。この値と、下転角δ及び瞳孔中心12から角膜前面14までの距離rとから以下の計算式によって最適近方視値HLが求められる。
【0030】すなわち、瞳孔中心12から視線11と角膜前面14との交点15までの垂直方向の距離を△Kとすると、△K=sinδ×r …(1)
となる。従って、最適近方視値HLは、HL=(HS−△K)/cosδ=(HS−sinδ×r)/cosδ…(2)
で求められる。
【0031】このような第二の測定方法によれば、最適遠方視値と最適近方視値の両方を、撮影手段を全く移動させることなく求められるので、撮影手段の構造が簡略化できるという利点がある。
【0032】瞳孔中心12から角膜前面14までの距離rとしては、Gullstrandの模擬眼で周知(金原出版発行の西信元嗣著「眼光学の基礎」等を参照)の3.6mmという値を使用する方法と、眼球の断面画像を撮影し、そこから実測した値に基づいて求める方法とがある。前者の方法は、極めて簡便な方法であるが、個人差を考慮し、より正確な測定値求めるためには、後者の方法を用いるのが望ましい。
【0033】図2は、眼球の断面画像を撮影する方法の概略を示す図である。図2は眼球を上方から見た図であり、正面すなわち遠方視時の視線21の延長線上の方向からスリット光線22を照射し撮影角θで23の方向から眼球の断面画像を撮影する。撮影画像からは、撮影方向23に垂直な方向の瞳孔中心24から視線21と角膜前面25との交点26までの距離HRが実測できるので、瞳孔中心24から角膜前面26までの距離rはr=HR/sinθ …(3)
で求められる。
【0034】なお、これまでの説明は、煩雑さを避けるために、撮影画像はすべて等倍であることを前提に説明している。しかし実際には、正確に等倍の撮影画像を得るのは困難であることから、上記の(2)式及び(3)式について、以下のような倍率補正を行なう必要がある。
【0035】すなわち、眼球の正面画像あるいは断面画像を撮影する際に、被検者に予め正確な寸法(例えば直径)が判っているトライアルレンズを装着させ、撮影画像上のトライラルレンズの寸法を実測することにより、倍率補正値が求められる。トライアルレンズの実際の直径をLT、撮影画像から得られた実測値をLRとすると、倍率補正値Yは、Y=LT/LRとなる。この値を用いて、(2)式及び(3)式を以下のように補正することにより、正しい測定値が求められる。
【0036】HL=(HS×Y−sinδ×r)/cosδ…(2’)
r =(HR×Y)/sinθ…(3’)
次に近方視時の眼球の下転角を求める方法について説明する。
【0037】図3は、第1の近方視時の眼球の下転角測定方法の概略を示す図であり、被検者31の正面に、所定の測定距離Nだけ離してスケール32を垂直に設置し、遠方視時の視線にスケールの目盛ゼロを一致させる。次に、最適近方視まで視線を動かし、その時最も良好に読み取れるスケールの目盛りを被検者に読みとってもらうことにより、最適近方視時の下転角を求めることができる。
【0038】スケールの目盛りが通常の長さの目盛りである場合には最適近方視時に読みとったスケールの目盛りをXとすると、下転角δは、δ=tan1(X/N)
で求めることができる。
【0039】図4は、第2の近方視時の眼球の下転角測定方法の概略を示す図であり、図3のスケールに替えて、角度の目盛りを有する半径Nの円弧状の分度器41を用いた例である。この場合は、被検者が読みとった値が直接最適近方視時の眼球下転角となる撮影手段としては、細隙灯顕微鏡を用いた写真撮影が一般的であるが、ビデオカメラ、CCDカメラ、スチールカメラ、ポラロイドカメラ等を用いて直接撮影することもできる。
【0040】撮影画像から測定値を求める方法としては、細隙灯顕微鏡による観察像を写真にし、その写真にスケールを当てて実測する方法や、撮影画像をデジタル化して画像処理装置に入力して画像処理により測定値を求める方法等がある。
【0041】後者の方法によれば、必要な眼球の画像を撮影するだけで自動的に必要な処方値が得られる処方システムを実現することができる。
【0042】図5は本発明の処方システムの一例を示す概略図であり、51は、眼球の正面画像や断面画像などの必要な画像を撮影するための撮影手段であり、ビデオカメラ、CCDカメラ、スチールカメラあるいはポラロイドカメラなどのカメラもしくは細隙灯顕微鏡にその観察像を画像化するこれらのカメラを取り付けたものから構成される。最適近方視値を第一の測定方法で測定する場合には、撮影手段を近方視時の視線の延長線上に移動させる手段が含まれ、さらに測定方法にかかわらず眼球の下転角を測定する図3あるいは図4に示すような測定手段も含まれる。52は、撮影手段によって得られる撮影画像がスチール写真のようなアナログデータである場合に、イメージセンサなどの画像変換素子を用いて、デジタル化して公知の画像処理技術で処理できる画像データに変換する画像変換手段であり、撮影手段がビデオカメラ、CCDカメラなどの電子カメラを用いていて、出力される撮影画像がすでにデジタル化された画像データである場合には不要となる。
【0043】53は、入力された画像データから、公知の画像処理技術を用いて必要な測定値を実測する画像処理手段であり、最適近方視値を第一の測定方法で測定する場合には、最適遠方視値及び最適近方視値を実測し、第二の測定方法で測定する場合には、最適遠方視値、近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離及び瞳孔中心から角膜前面までの距離を求める。また、必要がある場合には、測定方法にかかわらず、撮影倍率の補正値を算出するためのトライアルレンズの直径などの寸法も実測する。この画像処理手段53は、公知の画像処理技術をコンピュータプログラム化した画像処理プログラムを内蔵するパソコン等のコンピュータにより構成される。
【0044】簡単に公知の画像処理について説明する。デジタル化された画像データは、撮影箇所の輝度あるいは色に対応した値を持つ点の集合から構成されている。例えば、瞳孔は、黒の円として撮影されるから、画像データにおける瞳孔中心を通る垂直または水平線上の黒色の点の数をカウントする。撮影手段もしくは画像変換素子に固有の解像度によって、1mmあたりの点の数は決まるから、黒色の点の数から瞳孔の直径が求められる。予め画像処理手段53に、カウントすべき点すなわち瞳孔、角膜、瞼などの平均的な輝度もしくは色を記憶させておき、これに該当する点をカウントするようにプログラムしておくことにより、ガゾウデータから所望の実測値を求めることができる。
【0045】54は演算手段であり、画像処理手段から入力された実測値と別に入力された近方視時の眼球の下転角及び必要がある場合にはトライアルレンズの実際の寸法とから、先に述べたような計算式を用いて測定値を算出し、さらに所定の補正値を用いてセグメントラインの高さを算出する。この演算手段54は、画像処理手段53を構成するパソコン等のコンピュータに所望の演算プログラムを内臓させることによって構成できる。
【0046】セグメントラインの高さを決定するにあたっては、瞳孔の大きさ及び装用中のレンズの位置ズレを考慮し、交替視不良が生じないように所定の補正値を加える必要がある。最適近方視値に補正値を加えた値がセグメントラインの位置すなわち高さとなる。
【0047】この補正値は、従来技術の説明において述べた補正値と同様の意味を持つ。すなわち、補正値を加えない場合は、近方視時の視線は、セグメントライン上を通過することになるため、交替視不良となる。したがって、良好な近方視力を保証するためには、所定の補正値を加えて、近方視時の視線が多焦点コンタクトレンズの近用部を通過し、かつ瞳孔の大半の領域が近用部で覆われるように処方する必要がある。
【0048】このような補正値を決定するための要因としては、主として被検者の瞳孔の大きさ(直径)、装用中のレンズの位置ズレ(瞬きに伴うレンズの移動、プリズムバラスト不足によるレンズの傾き等)が挙げられるが、レンズが安定した状態に重点をおくと、瞳孔の大きさが決定的な要因となる。瞳孔の大きさについては、過去の眼科学の研究の結果から、通常の状態において若年者は直径4〜6mm、高齢者になると2〜4mmであると言われている。本発明が適用される多焦点コンタクトレンズは、一般的には眼の水晶体の調節機能の低下が起こると言われている40代以上の高齢者を対象とするものであるから、瞳孔の大きさは直径2〜4mm程度と想定するのが妥当である。
【0049】被検者の瞳孔が直径2mmであった場合には、補正値を1mmとすると、近方視時に瞳孔は完全にレンズの近用部で覆われることになり、極めて良好な近方視力が得られる。補正値を0.5mmにすると、見かけ上の瞳孔の約80%がレンズの近用部で覆われ、残りの約20%は遠用部で覆われることになる。補正値を1mmとした時に比べると、網膜上に結像する近方物体からの光量が約20%減少することになるが、この程度であればほぼ良好な近方視力を得られることが期待できる。また、瞳孔が大きい被検者の場合には、補正値もそれに応じて大きくする必要がある。したがって補正値は、0.5〜2mmの範囲で調整されることになる。さらに装用中のレンズの位置ズレも考慮すると、被検者によってはさらに大きな補正値を必要とする場合がある。したがって、補正値は0.5〜2.5mmの範囲で調整し、決定するのが望ましい。
【0050】本発明の処方方法及び処方システムは、交替視タイプの多焦点コンタクトレンズであれば、どのようなコンタクトレンズの処方にも適用できるが、特に「タンジェントストリーク」の名称で販売されている特開昭62−283312号公報に記載されているような、無跳躍交替視タイプの多焦点コンタクトレンズに好適である。
【0051】
【実施例】40代〜60代の交替視タイプの多焦点コンタクトレンズの装用を希望する被検者のうちから、本人の同意を得ながら10名の被検者を選び、無跳躍交替視タイプの多焦点コンタクトレンズ(商品名;タンジェントストリーク、セイコーエプソンコンタクトレンズ株式会社製)を用いて本発明による処方を行った。実際に各被検者に装用してもらい、良好な矯正視力が得られたかどうかを確認するために、通常のコンタクトレンズの処方と同様に、各被検者に適合する矯正度数、角膜の形状に合わせたベースカーブなどの処方も行ったが、本発明には直接関係しないので、セグメントラインの高さを決定する処方以外の処方結果については説明を省略する。
【0052】最適近方視値の測定方法としては、本発明の第二の測定方法を使用した。すなわち、被検者に直径9mm、矯正度数0のトライアルレンズを装着させ、被検者の眼の高さと同じ位置に水平に設置された細隙灯顕微鏡に、その観察像を画像化するためのビデオカメラ及び眼球の下転角を求めるための図3に示すようなスケール32を取り付けた撮影手段を用い、まず視線を遠方視すなわち水平に保った状態で遠方視時の眼球の正面画像を撮影し、次に視線をその被検者にとって近方視に最適な位置まで移動してもらい、その時に最も良好に読み取れるスケールの目盛りを読みとってもらうと共に、その状態で近方視時の眼球の正面画像を撮影した。最後に、再度視線を水平に戻し、細隙灯顕微鏡の側方に、所定の距離だけ離して設置した目標物が真正面に見える位置まで頭を水平に回転させた状態で、細隙灯顕微鏡に内蔵された光源からスリット光線を照射して眼球の断面画像を撮影した。細隙灯顕微鏡から眼球までの距離すなわち撮影距離と、細隙灯顕微鏡から前記目標物までの距離とを予め決めておけば、所定の撮影角の断面画像が得られる。
【0053】このようにして撮影した各画像を、画像処理プログラムを内蔵するパソコンからなる画像処理手段に入力し、トライアルレンズの画像上での直径、最適遠方視値、近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離及び撮影方向に垂直な方向の瞳孔中心から視線と角膜前面との交点までの距離を求めた。画像処理手段を構成するパソコンに、各被検者ごとに読みとってもらったスケールの目盛りから求められる眼球の下転角を入力し、画像処理プログラムで求めた各測定値と、予め記憶されているトライアルレンズの実際の直径、断面画像の撮影角及び補正値に基づいて、内蔵されている演算プログラムを用いてセグメントラインの高さを求めた。
【0054】補正値としては、最初最適近方視値に、従来の処方方法において最も処方失敗の可能性が小さい値として用いられている、1.3mmを加えるように設定し、この値では逆に最適遠方視値とセグメントラインの高さとの差が1mm未満になる場合には、セグラントラインの高さを最適遠方視値と最適近方視値との中間の値に補正するように設定した。
【0055】このようにして10名の被検者についてセグメントラインの高さを処方した結果を表1に示す。
【0056】また比較のために、同じ被検者10名に対して本実施例で用いたのと同じコンタクトレンズを用い、従来の処方方法、すなわち最適遠方視値のみを測定し、その値から所定の補正値を差し引いた値をセグメントラインの高さとする処方を行い。両方の処方に基づいて製作されたレンズを装用して比較してもらった。補正値は、本実施例と同じように1.3mmとした。その処方結果についても表1に示す。
【0057】
【表1】


【0058】表1から明らかなように、従来の処方方法では、被検者Cは近方視時の視線がセグメントライン上を通過し、被検者Fはセグメントラインが近方視時の視線よりも下になるため、完全な交替視不良となってしまう。また、被検者B及びHの場合には、セグメントラインの高さと最適近方視値との差が、それぞれ2mm及び1mmしかなく、近方視不良となる可能性が大きいと判断され、事実実際に装用してもらったところ、近方視不良を訴えた。
【0059】従来の処方方法では、最適近方視値が全く不明のまま、セグメントラインの高さを処方しなければならないため、これらの被検者B、C、F及びHについてもいったんは表1の処方結果に基づいてレンズを製作し、実際に装用してもらってから、近方視の不良程度を確認して経験とカンに基づいてセグメントラインの高さを調整し、レンズを作り直すという無駄な作業が必要となる。
【0060】これに対し本発明の処方方法によれば、最初からその被検者に最適なセグメントラインの高さを処方することが可能となる。表1の結果からは、被検者B、C及びHの場合には、セグメントラインの高さと最適遠方視値及び最適近方視値との差がいずれも0.6〜0.7mm程度しかないが、先に説明したように0.5mm以上の差があれば、完全ではないがほぼ満足できる良好な遠方及び近方視力を保証できると判断できる。事実被検者B、C及びHからは何の問題も指摘されなかった。
【0061】また、被検者Fの場合には、セグメントラインの高さと最適遠方視値及び最適近方視値との差がいずれも0.4mmしかなく、処方不能と判断された。このように最適遠方視値と最適近方視値との差の著しく小さい被検者は、近方視時に視線をほとんど動かさずに、頭位を前傾させる傾向の強い人であり、交替視タイプの多焦点コンタクトレンズには適応できない症例である。このような被検者には同時視タイプの多焦点コンタクトレンズの装用を進めるのが、最も適切な対応策であるが、本発明の処方方法によれば、このような被検者を事前に確認することも可能となり、レンズを試用しては何度も作り直したあげく、適応不能と判定するという、無駄な作業及び被検者にとっても精神的に大きなダメージを受けるような事態の発生を未然に防止することが可能となる。
【0062】
【発明の効果】請求項1あるいは2記載の発明によれば、最適近方視値と最適遠方視値の両方の値に基づいてセグメントラインの高さを決定することにより被検者に最適な処方を有する多焦点コンタクトレンズを確実に提供することが可能となる。
【0063】また、遠方視と近方視とで眼球の動きが著しく小さく、交替視タイプの多焦点コンタクトレンズに適応できない被検者を事前に確認することが可能となり、従来のように試用しては何度も作り直すといった作業を繰り返してから非適応の判断を下すという無駄な作業を未然に防止することが可能となる。
【0064】請求項3記載の発明によれば、面倒な計算式を用いずに、直接最適近方視値を測定することが可能となる。
【0065】請求項4記載の発明によれば、簡単な構成の撮影手段により、最適近方視値を求めることが可能となる。
【0066】請求項6記載の発明によれば、請求項1あるいは2記載の発明と同様の効果が得られるとともに、必要な眼球の画像を撮影するだけで自動的に被検者に最適な処方値を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の最適近方視値を測定する方法の概略を示す図。
【図2】 本発明の眼球の断面画像を撮影する方法の概略を示す図。
【図3】 本発明の第一の近方視時の眼球の下転角測定方法の概略を示す図。
【図4】 本発明の第二の近方視時の眼球の下転角測定方法の概略を示す図。
【図5】 本発明の処方システムの一例を示す概略図。
【図6】 交替視タイプの多焦点コンタクトレンズの設計原理を示す図。
【図7】 従来の最適遠方視値を測定する方法の概略を示す図。
【符号の説明】
11 視線
12 瞳孔中心
13 瞳孔中心を通りかつ瞳孔直径を結ぶ線
14 角膜前面
15 視線と角膜前面との交点
16 下眼瞼縁
17 撮影方向
18 水平線
19 撮影方向
21 遠方視時の視線
22 スリット光線
23 撮影方向
24 瞳孔中心
25 角膜前面
26 視線と角膜前面との交点
31 被検者
32 スケール
41 被検者
42 分度器
51 撮影手段
52 画像変換手段
53 画像処理手段
54 演算手段
61 遠用部
62 近用部
63 セグメントライン
71 瞳孔中心
72 瞳孔中心を通りかつ瞳孔直径を結ぶ線
73 視線
74 下眼瞼縁
75 角膜前面
76 視線と角膜前面との交点
77 撮影方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】 交替視タイプの多焦点コンタクトレンズのセグメントラインの高さを決定する多焦点コンタクトレンズの処方方法において、最適近方視値及び最適遠方視値を測定し、両方の測定値に基づいてセグメントラインの高さを決定することを特徴とする多焦点コンタクトレンズの処方方法。
【請求項2】 それぞれ近方視時及び遠方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて最適近方視値及び最適遠方視値を測定することを特徴とする請求項1記載の多焦点コンタクトレンズの処方方法。
【請求項3】 近方視時の視線の延長線上に撮影手段を設置して近方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて最適近方視値を測定することを特徴とする請求項2記載の多焦点コンタクトレンズの処方方法。
【請求項4】 遠方視時の視線の延長線上に撮影手段を設置して近方視時の眼球の正面画像を撮影することによって得られる撮影画像を用いて近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離を測定し、該測定値、近方視時の下転角及び瞳孔中心から角膜前面までの距離に基づいて最適近方視値を算出することを特徴とする請求項2記載の多焦点コンタクトレンズの処方方法。
【請求項5】 瞳孔中心から角膜前面までの距離を眼球の断面画像を用いて測定することを特徴とする請求項4記載の多焦点コンタクトレンズの処方方法。
【請求項6】 請求項2ないし5に記載された眼球の正面画像及び断面画像の少なくとも1つの画像を撮影するための撮影手段、該撮影手段から入力された画像データから最適近方視値、最適遠方視値、近方視時の瞳孔中心から下眼瞼縁までの垂直方向の距離及び瞳孔中心から角膜前面までの距離の少なくとも1つを実測する画像処理手段及び該画像処理手段から入力された実測値に基づいてセグメントラインの高さを算出する演算手段からなることを特徴とする多焦点コンタクトレンズの処方システム。
【請求項7】 前記撮影手段から出力される画像データが写真画像であり、該写真画像をデジタル化して前記画像処理手段で処理可能な画像データに変換する画像変換手段を含むことを特徴とする請求項6記載の多焦点コンタクトレンズの処方システム。

【図1】
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【図2】
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【図6】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開平7−318873
【公開日】平成7年(1995)12月8日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−106474
【出願日】平成6年(1994)5月20日
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)