説明

多目的天然高分子複合繊維とその織物

【課題】水溶性高分子素材、特に天然多糖およびポリアミノ酸水溶液から水不溶性複合繊維を紡糸し、得られた複合繊維から織物を製造するための技術を提供する。
【解決手段】アニオン性高分子電解質水溶液およびカチオン性高分子水溶液を混合し、両水溶液界面での高分子複合体形成を利用して得る。
【効果】複合繊維とその織物は、実用的な強度、染色性、可食性、化学物質の吸着・透過性、さらに、自然環境に廃棄しても微生物により二酸化炭素と水に分解される完全な生分解性を有する。本発明において示した天然高分子複合繊維とその織物は、繊維工業製品、食品、医療、農芸、および衛生用品など、多目的な応用が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は新規な天然高分子複合繊維から製造される織物に関する。本発明における天然高分子複合繊維とは、本願発明者により特許公開2002-339155に記載された原料および製造手法を用いて製造される複合繊維のことである。本願では、この製造手法を得に「水溶液界面紡糸法」と呼ぶ。水溶液界面紡糸法によって製造される天然高分子複合繊維は、製造過程での安全性、環境汚染のない水および希酢酸のみを溶剤に使用、特別な設備を用いずに連続生産可能などの特徴を持ち、水溶性高分子複合繊維とその織物の工業生産一般に用いることができる。加えて、溶媒としての水の使用による製造コストの低下、製造プロセスの安全性の改善、製造時の廃液削減等に特に有効な技術である。
【背景技術】
【0002】
天然の生糸の模倣から合成繊維ナイロンが生まれたことは周知の通りである。ナイロン繊維の性能を越える合成絹の工業化を目指し、1945年ごろから約25年間ポリアミノ酸繊維が広範に研究され、有望な新繊維として期待されていた。しかしながら、原料アミノ酸および紡糸溶媒としてのジクロロ酢酸の高価格と溶媒の安全性が問題となった。幾つかのポリアミノ酸繊維、特にポリグルタミン酸は、工業化の最有力候補であったが、このもの自体の高い水溶性が欠点となり、ポリグルタミン酸繊維の性能を活用できるような用途は見出されず、実用化は断念された。現在の繊維工業においても、ポリアミノ酸あるいは多糖の水溶液からの複合繊維の直接紡糸は、最も理想的であるがしかし困難な技術的課題の一つである。
【0003】
以上の背景が示すとおり、水溶性天然高分子化合物は、もしそれを繊維にすることができるならば、絹以上の有用繊維としての幅広い用途が期待されている。これを実現するためには、過去に2つの問題があった。一つは、溶媒、他方は、原料高分子の水溶性に由来する繊維の非耐水性である。
【0004】
原理的には、水溶性高分子の水溶液から水不溶性の繊維を作り出すことはできない。従って、水溶性高分子を水中で紡糸して水不溶性繊維とする技術はこれまでに報告されていなかった。本願発明者が開発した「水溶液界面紡糸法」は、天然高分子水溶液を用い、かつ、水溶液同士あるいは水と水溶性溶媒の界面での高分子反応を利用した手法であり、上述した水溶性天然高分子繊維の効率的な製造を可能にするという最大の利点がある。
【0005】
特許公開H10-279604および2002-339155に記載されている手法では、例えば、溶液界面での高分子反応のために使用可能な水溶性高分子がカチオン性多糖であるキトサンとアニオン性多糖(特にジェランガムが好ましいとされる)を用いる場合、両者の水溶液界面から、キトサンとジェランの複合繊維が連続して紡糸できる。
【0006】
【特許文献1】特許公開H10-279604
【特許文献2】特許公開2002-339155
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは上記の、天然高分子複合繊維の水中からの連続紡糸法、について鋭意検討した結果、天然高分子複合繊維を連続的に生産するための紡糸技術とそれを可能にする紡糸後置を開発し、特許公開2002-339155に記載した。水溶性高分子の界面反応による繊維の製造法は、水を媒質として利用するので、温度は室温程度、pHは中性付近、つまり生体内あるいは自然環境に近い穏和な条件下で行うことができる。また,天然多糖あるいはポリアミノ酸などの高分子電解質の種類を変えることにより,繊維の物理形状を容易に制御できるという利点がある。
【0008】
天然高分子複合繊維の初生質に関しては、本願発明者らの一連の連休報告がある。その内の重要なものを列挙する。(i)再生可能な材料、バイオマスおよび発酵による原料生産、(ii)水溶性高分子電解質からの水不溶性繊維形成、(iii)低価格な界面反応溶媒 (水、希酢酸)、(iv)簡単な連続紡糸、(v)低価格な脱水溶剤(メタノール、エタノール、アセトン)、(vi)架橋による繊維強度の改良(化学架橋剤、光架橋、酵素架橋)、(vii)良好な染色特性、(viii)自然環境下での生分解。
【0009】
以上のように、水溶液界面紡糸法によって製造される天然高分子複合繊維は、安全・環境に無害な製造法、大量紡糸装置の簡便性、実用的な機械的性質、および完全な生分解性を兼ね備えているので、新たな多目的・基幹的繊維材料である。
【0010】
本願発明では、天然高分子複合繊維、一例として、キトサンおよびジェランから紡糸される複合繊維を大量規模で製造し、得られた複合繊維から織物を作る技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願は、ポリアミノ酸および天然多糖などの、カチオン性高分子電解質、アニオン性高分子電解質、およびそれらの水溶液の使用を特徴とする溶液界面紡糸法によって製造される水溶性天然高分子複合繊維、同繊維から製造される織物、およびその製造技術に関する。
【0012】
アニオン性高分子電解質としてポリアミノ酸を用いる場合、カルボキシル基を有するポリグルタミン酸である。カチオン性高分子電解質としてポリアミノ酸を用いる場合、アミノ基を有するポリリシンあるいはポリオルニチンである。ポリアミノ酸以外のアニオン性高分子電解質として、カチオン性高分子電解質として天然多糖であるキトサン、アニオン性天然多糖としてジェラン、ビニルポリマーの一種であるポリアクリル酸を用いて多種類の複合繊維を紡糸することができる。
【0013】
上に列挙した水溶性高分子電解質を用いて、ポリリシン-ジェランガム複合繊維、ポリオルニチン-ジェランガム繊維、キトサン-ポリグルタミン酸複合繊維、ポリリシン-ポリグルタミン酸複合繊維、ポリオルニチン-ポリグルタミン酸複合繊維が紡糸可能である。また、高分子電解質成分としてポリアミノ酸を含まない複合繊維としては、キトサン-ポリアクリル酸繊維が紡糸可能である。
【発明の効果】
【0014】
以上の物性試験から、PIC織物は、現在の主要なテキスタイル素材であるPE、および、天然の最高級繊維である絹の両方と比較しても、織物としての性能に関しては全く遜色がない。数値化した物性からは、PIC織物が、PE織物とも絹織物とも異なる新たな風合いを有するテキスタイル素材であることが分かった。PIC織物は、天然素材らしい心地よい堅さと通気性、および、肌さわりを併せ持つ新天然素材織物であると結論できた。
【0015】
本発明の天然複合繊維織物は、キトサン-ジェラン複合繊維の他、〔0007〕に列挙した全ての複合繊維について応用可能である。
【発明の実施の形態】
【0016】
[実施例1]
上述の手法により、これまで、水溶液から直接繊維にすることができなかった多糖であるキトサンおよびジェランガム、ならびに、ポリアミノ酸であるポリリシンおよびポリグルタミン酸を用い、これらの水溶液から水不溶性の繊維を得ることができるようになった。製造実施例として、図1に、特許公開2002-33915の装置を用いて紡糸し、ボビンに巻き取ったキトサン-ジェラン複合繊維を示す。
【天然高分子複合繊維織物の製造実施例】
【0017】
[実施例2]
以下の実施例により、本発明の利用例を更に詳細に説明する。しかし、本実施例により、本発明の有効性が限定解釈されるものではない。
【0018】
キトサン-ジェラン複合繊維を大量に紡糸し、4本のボビンにそれぞれ同じ長さを巻き取った。繰返し再繰機を用いて4本の繊維を1本のボビンに同時に巻き取った。合糸した繊維をリング式精紡機を用いて処理を行い、撚り糸を作成した。レピア織機によりキトサン-ジェラン複合繊維(以下、PIC繊維と略す)を用いた織物を作成した。レピア織機には、縦糸としてポリエステル(以下、PEと略す)、絹、木綿、および、PICを用いた。4種類の繊維を用いて8種類の織物を作成することができた。作成した織物の内、縦糸または横糸、あるいはその両方にPICを含むものは、PIC×PIC織物、PIC×PE織物、PIC×木綿織物、PIC×絹織物の4種である。10 cm×10 cmのPIC×PIC織物を作成するために必要なキトサン-ジェラン複合繊維の繊維長は、縦糸約130 m、横糸約120 mであった。作成した織物の織密度は1インチあたり縦63本、横58本であった。自動織機を用いて同時に織ったので、織密度は上記4種のPIC織物全てについて同じ値を示した。
【0019】
1972年に川端季雄らが、主に織物の風合い計量のための力学的特性を計測する機器としてを開発した、Kawabata
Evaluation System (KES)により作成した織物の力学的性質および風合いを評価した。PIC×PIC織物の比較対照試料として、絹×絹織物、およびPE×PE織物を用いた
【0020】
[実施例3]
圧縮回復性については、3種類のどの試料もほぼ同じ数値を示たことから圧縮による反発性は同等であった。圧縮直線性は小さな力での圧縮性であり、肌で触れた瞬間の織物の質感のかたさに相当する。PIC×PIC < PE×PE
< 絹×絹の順に大きくなった。圧縮仕事量は織物の圧縮されやすさであり、絹×絹 < PE×PE < PIC×PICの順に圧縮されやすい結果となった。
【0021】
織物の縦糸、または横糸にPICが織られている試料の曲げ剛性は、絹およびPEと比べて非常に大きくなっており、曲げがかたいことが示唆される。曲げヒステリシスは曲げに対する弾性を表し、数値が大きくなると曲げに対する反発性は小さくなる。絹×絹 < PE×PE < PIC×PICの順に数値は大きくなった。
【0022】
表面摩擦係数の平均に関して、PIC×PIC織物が他の織物と比べ、小さい値を示している。PE繊維および絹繊維は、微小直径の繊維を多数撚っているため、撚り糸表面の摩擦係数が大きい。これはPIC繊維、PE繊維および絹繊維の撚り糸の形態の違いにより起こると考える。PIC繊維の場合は、撚り糸表面は滑らかであった。
【0023】
接触冷温感は、肌で触れたときの熱的物性で、数値が大きいと冷感が強く、小さいと温感が強いことを示す。PIC×PIC < 絹×絹
< PE×PEとなっていることから、PIC×PIC織物は温感が強いことがわかった。定常熱伝導率は、PIC×PICおよび絹×絹織物は同じ値を示し、PE×PE織物の値は大きかった。PIC×PIC織物は絹と同等の熱伝導率を持つことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
PIC織物は、ポリエステルおよび絹と同様に自動織機によって織ることが可能であった。このことは、PIC織物の被服化が可能であることを直接示している。さらに、PIC織物の主成分の一つであるキトサンは抗菌性を有するため、医療用被服への応用も考えられる。天然多糖の生産量については、キトサンはセルロース(綿)に次いで多く、産業廃棄物である海老殻および蟹殻などから生産される。廃棄物の再利用の観点からも、PIC織物は、新世代テキスタイル材料として多方面への応用が期待される。
【0025】
水溶液界面紡糸法によって製造される天然高分子複合繊維は、実用的な強度、染色性、可食性、化学物質の吸着・透過性、さらに、自然環境に廃棄しても微生物により二酸化炭素と水に分解される完全な生分解性を有する。従って、本発明において示した天然高分子複合繊維とその織物は、繊維工業はもちろん、食品、医療、農芸、および衛生用品など、多目的な応用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に関わるキトサン-ジェラン複合繊維の写真である。
【0027】
【図2】本願発明に係るPIC織物試料の模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン性高分子電解質水溶液およびカチオン性高分子電解質水溶液を混合し、両水溶液界面での高分子複合体形成を利用することを特徴とする複合繊維の製造法、および、その複合繊維より得られる織物。
【請求項2】
アニオン性高分子電解質がポリグルタミン酸あるいはジェランであることを特徴とする請求項1記載の複合繊維およびその織物。
【請求項3】
カチオン性高分子電解質がポリリシン、ポリオルニチンあるいはキトサンであることを特徴とする請求項1記載の複合繊維およびその織物。
【請求項4】
カチオン性およびアニオン性高分子電解質の組み合わせとして、キトサン-ジェラン、ポリリシン-ジェラン、ポリオルニチン-ジェラン、キトサン-ポリグルタミン酸、ポリリシン-ポリグルタミン酸、およびポリオルニチン-ポリグルタミン酸であることを特徴とする請求項1記載の複合繊維およびその織物。
【請求項5】
請求項4記載の複合繊維およびその織物の製造法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−124872(P2006−124872A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−315014(P2004−315014)
【出願日】平成16年10月29日(2004.10.29)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】