説明

多系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法

【課題】本発明は、TUBG2遺伝子欠損マウスを用いた多系統萎縮症治療薬の簡便なスクリ
ーニング方法を提供する。
【解決手段】チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体中型有棘神経細胞に被検物質を投与し、被検物質の該ニューロンのミトコンドリアの形状、GABA性神経伝達物質放出量、ATP含有量への影響のうちいずれか1つ以上を指標ととして選択
する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体中型有棘神経細胞を用いた多系萎縮症治療薬の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病を始めとする神経変性疾患の多くは、原因不明であり、根本的な治療法が開発されていない。多系統萎縮症はオリーブ橋小脳萎縮症、線条体黒質変性症、シャイドレージャー症候群の総称で、パーキンソン病と類似の症状を呈するが、それぞれ症状が異なる。線条体黒質変性症では、病気の主座は線条体と呼ばれる部分と黒質呼ばれる部分で、このうち、線条体に障害を有する線条体黒質変性症ではパーキンソン病とは違って、パーキンソン病治療薬の効果がほとんど期待できない。
【0003】
チューブリンγ2(以下、これを「TUBG2」と称することがある)遺伝子がコードするTUBG2蛋白質はGTP結合蛋白質で、中心体の構成成分であり微小管のマイナス端を構成する蛋白質であるチューブリンγ1(以下、これを「TUBG1」と称することがある)蛋白質とアミノ酸レベルで97%相同な蛋白質である。
TUBG1遺伝子欠損マウス及びTUBG2遺伝子欠損マウスが作製されており、TUBG1遺伝子欠損マウスは胎生致死であるのに対し、TUBG2遺伝子欠損マウスは産仔が得られ、成長する(非特許文献1)。しかし、TUBG2遺伝子欠損マウスは、線条体黒質経路を原因とする運動失調を示し(非特許文献2)、線条体中型有棘神経細胞の機能不全、特に線条体から黒質に投射している中型有棘神経細胞のATP依存的なカルシウムチャンネルの活性低下に起因する線条体中型有棘神経細胞の脱落が見られることが開示されている(非特許文献3)。従って、TUBG2遺伝子欠損マウスを用いた多系統萎縮症治療薬のスクリーニングが可能であると考えられたが、動物において多系統萎縮症の症状を観察することによる治療薬のスクリーニングは工程も煩雑で時間もかかることから、簡便なスクリーニング法の開発が望まれていた。
【非特許文献1】Kubo A., et al., Developmental Biol., 282, 361-373(2005)
【非特許文献2】Kubo A., et al., Molecular Biol. Cell 18 (suppl), abstract 2290/ B196. (2006)
【非特許文献3】日本細胞生物学会大会2008予稿集、ポスター番号3P-PC8(2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、TUBG2遺伝子欠損マウスを用いた多系統萎縮症治療薬の簡便なスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するべく検討した結果、TUBG2遺伝子欠損マウスの線条体の初代培養により、GABA性の線条体中型有棘神経細胞を調製し、該細胞のミトコンドリアの形状、カルシウムチャネル活性、ATP含有量を測定したところ、野生型に比べてミトコンドリアは伸長して明らかに形状が異なり、またカルシウムチャネル活性、ATP含有量も明確に減少していることを見出して、本発明を完成させるに至った。また、TUBG2遺伝子欠損マウスの運動失調については、パーキンソン病の治療薬であるL-ドーパを投与しても効果がないことによりTUBG2遺伝子欠損マウスは多系統萎縮症の治療薬の探索に用いられることが確認された。
【0006】
即ち、本発明は、
(1)チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体中型有棘神経細胞に被検物質を投与し、被検物質の該神経細胞のミトコンドリアの形状、GABA性神経伝達物質放出量、ATP含有量への影響のうちいずれか1つ以上を指標とすることを特徴とする多系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法、
(2)線条体中型有棘神経細胞が、チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体の初代培養により調製されることを特徴とする上記(1)に記載の方法、
(3)チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物が、チューブリンγ2遺伝子が染色体上から欠失した非ヒト動物であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法、
(4)非ヒト動物が、マウスである上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法、
(5)多系統萎縮症が、線条体変性を呈することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法、
からなるものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明のスクリーニング方法を行うことにより、多系統萎縮症の効果的な治療薬を簡便な操作と明確な指標により選択することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
(1)チューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物
本願発明のスクリーニング方法に用いるチューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物とは、TUBG2蛋白質の生体内での機能が欠損している動物を意味するが、好ましくは、TUBG2遺伝子 の発現が天然に、又は人為的に抑制されている動物が挙げられる。TUBG2遺伝子 は、GTP結合蛋白質で、中心体の構成成分であり微小管のマイナス端を構成する蛋白質であるチューブリンγ1蛋白質とアミノ酸レベルで97%相同な蛋白質をコードする遺伝子として既にクローニングされ、アミノ酸配列及び塩基配列は、例えば、Yuba-Kubo, A., et al., (2005) Dev. Biol.,282(2),361-73.に記載のものが挙げられる。
【0009】
本発明において対象となる非ヒト動物は、特に限定されないが、好ましくはマウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類である。特に、動物モデルとして用いることを考慮する場合には、マウスが好ましい。
TUBG2遺伝子の発現が抑制された動物とは、TUBG2遺伝子対の両方の発現が抑制された動物、つまりはTUBG2遺伝子が染色体上から欠失した動物(以下、「TUGB2ノックアウト動物」と称することがある)であることが好ましい。本発明のTUBG2ノックアウト動物は、例えば、Kubo A., et al., Developmental Biol., 282, 361-373(2005)に記載の方法により製造することができる。
【0010】
本発明のスクリーニングに用いるチューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物は、多系統萎縮症の症状を呈しているので、該動物について公知の運動機能テストを行い選択することができる。具体的には、例えば、ローターロッドテストで、ローターロッドを加速するとすぐに落下したり、ビームテストではたびたび足を滑らせ、ゆっくり移動し、バーの上で固縮すること等を指標に選択することができる。また、線条体の活動を必要とする連合学習、例えば、モリスの水迷路では、まっすぐ泳ぐだけでプールの端で旋回することができず、壁にたびたびぶつかる、つまりは前方突進障害を有することも特徴として選択することができる。
【0011】
さらに、本発明で用いられるチューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物のこの運動失調は、既存のパーキンソン病治療薬では治療効果が見られないことから、例えばL-ドーパ(ナカライテスク社製)を投与して、その効果が得られないことにより確認することも有効である。
(2)チューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物の線条体中型有棘細胞
本発明のスクリーニング法に用いられる線条体中型有棘細胞とは、上述のチューブリンγ遺伝子機能が欠損した非ヒト動物から採取された組織あるいは細胞に由来し、細胞体の断面積が60〜150μ平方メートルのものが好ましい。また、細胞体の長直径は10〜15ミクロンであり、短直径は5〜10ミクロンのものが好ましい。また、有棘とは、線樹状突起に特徴的な突起を多く有する神経細胞をいう。また、該細胞は、後述する多系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法における種々の解析に用いられるようなものであれば特に制限はないが、好ましくは、上記TUBG2ノックアウト動物の線条体神経細胞の初代培養細胞が用いられる。
【0012】
TUBG2ノックアウト動物の線条体神経細胞の初代培養細胞の調製方法は、公知の方法に従って、用いる動物に適した方法を選択することができる。TUGB2ノックアウト動物において、例えば8週齢のTUBG2ノックアウトマウスでは線条体神経細胞の数はあまり減少していないが、40週齢以上のTUBG2ノックアウトマウスの線条体では線条体中型棘神経細胞はほとんど失われているので、該動物においては新生動物、好ましくは生後1〜3日目の動物の線条体神経細胞を採取する。
【0013】
以下に、TUBG2ノックアウトマウスから採取した線条体神経細胞を初代培養することによる線条体中型神経細胞の調製方法の詳細について説明する。
TUBG2ノックアウト新生マウスからの線条体神経細胞は、通常の方法(Yao,et.al.2007)に従って、生後1〜3日目のマウスから調製することが好ましい。採取した線条体はリン酸バッファー塩水溶液(PBS)で高濃度グルコース入りのダルベコ改変イーグル培地(DMEM)を1対1に希釈した液等の中に浸漬して、小片に刻み、5mM L-cystein、1mM EDTA、10mM Hepes(NaOH)、100μg /ml BSA 入りのPBSに希釈した10単位/mlのパパインと、0.01%DNase Iで、20分間、37℃で酵素分解する。パパインは半容量の馬血清で中和し、数回ピペッティングした後に、440×gで5分間遠心する。
【0014】
沈殿した細胞は5%牛胎児血清と5%馬血清を含むDMDMの中でピペッティングして分散させてから、グリア細胞を除去するためにポリスチレンチューブ(スミロン社製等)の中で1時間37℃で加温し、上清を集め、440×gで5分間遠心する。集められた神経細胞をポリ-L-リジンとラミニンでコートしたプレートに1.5×105 cells/cm2の密度で蒔き混み、細胞はB27と1μM cytosine arabinosideを加えたニューロベーサルA培地で37℃、10%二酸化炭素の条件下で培養する。
【0015】
かくして得られるTUBG2遺伝子の機能が欠失した非動物の線条体中型有棘神経細胞は、これが後述するスクリーニングに用いられるかどうか、以下の方法で確認することができる。本発明のスクリーニング方法で用いられる線条体中型有棘神経細胞は、GABA性神経伝達物質の放出量が野生型に比べて減少しているので、例えば、全細胞電位固定の条件で培養線条体中型棘神経細胞のカルシウムチャネル活性を測定し、これを野生型の同種動物由来の線条体中型有棘神経細胞と比較し、減少していれば本願発明のスクリーニング法に用いることができる。また、本発明のスクリーニング方法で用いられる線条体中型有棘神経細胞は、ミトコンドリアの形状が、野生型と比べて伸長している特徴があるので、ミトコンドリアの形状を野生型の同種動物由来の線条体中型有棘神経細胞と比較して伸長していれば本願発明のスクリーニング法に用いることができる。伸長しているとは、長辺の長さが野生型に比べて、1.5倍〜3倍であることをいう。さらには、本発明のスクリーニング方法で用いられる線条体中型有棘神経細胞は、ATP含有量が、野生型と比べて減少している特徴があるので、例えば、Luciferaseとルシフェリンを用いる発光検出法、具体的には例えば、東洋インキ製の測定キット等をを用いてATP含有量を測定し、野生型の同種動物由来の線条体中型有棘神経細胞と比較して減少していれば本願発明のスクリーニング法に用いることができる。
(3)多系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法
本発明の多系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法において、用いられる被検物質は、本発明のTUBG2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体中型有棘神経細胞(以下、これを「対象神経細胞」と称することがある)の後述する活性に影響を及ぼす可能性のある物質であれば如何なるものであってもいが、具体的には、例えば、ペプチド、タンパク質、非ペプチド性化合物、低分子化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、動物組織抽出液等が挙げられる。これらの物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。これらの上記対象神経細胞培養液への添加の順序、および添加量等は被検物質の種類、及び対象神経細胞によって適宜選択することができる。
【0016】
被検物質を添加後、上記対象神経細胞は適当な培地で適当な条件下に培養を行う。培養条件及び培養時間については、用いる対象神経細胞及び被検物質に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、TUBG2ノックアウトマウスから採取した線条体神経細胞を初代培養することによる線条体中型神経細胞を対象神経細胞とした場合には、上述のとおり初代培養を行った後に、被検物質を投与して、その後も同様の、例えばB27と1μM cytosine arabinosideを加えたニューロベーサルA培地等で36.5〜37.5℃、好ましくは37℃、二酸化炭素濃度は5〜15%、好ましくは10%で培養することができる。培養時間は、一般的には1〜3時間行うことが好ましい。
【0017】
次に対象神経細胞を解析するが、被検物質の影響を確認するために、被検物質の投与前に同様の解析を行っておくことが好ましい。解析は、本発明のスクリーニング方法の判断の指標となる以下の3つのうち1つ以上について行うことができる。
【0018】
[指標1]GABA性神経伝達物質の放出量
本発明の対象神経細胞は、GABA性神経伝達物質の放出量が野生型に比べて減少しているので、該放出量を指標とすることができる。具体的な測定方法としては、例えば、全細胞電位固定の条件で培養線条体中型棘神経細胞のカルシウムチャネル活性を測定すること等が挙げられる。
【0019】
被検物質を投与後、適当時間培養した後に上記GABA性神経細胞伝達物質の放出量を適当な方法で測定し、これを被検物質投与前、又は対照細胞の値と比較し、増加していれば被検物質は多系統萎縮症治療薬として用いられる可能性があるといえる。増加の程度は、野生型の同種神経細胞と同等となるのが最も好ましい。
【0020】
[指標2]ミトコンドリアの形状
本発明のスクリーニング方法で用いられる線条体中型有棘神経細胞はミトコンドリアの形状が、野生型と比べて伸長している特徴があるので、ミトコンドリアの形状を本発明のスクリーニング方法の指標とすることができる。ミトコンドリアの形状の解析は、公知の方法を用いることができるが、具体的には、ミトコンドリアを染色した後に蛍光顕微鏡等により解析することができる。ミトコンドリアの染色は、公知の通常用いられる方法によることができるが、具体的には、たとえばTMRE(Tetramethyl Rhodamin Ethylester)を10ng/mL濃度で投与して15分適当な条件で培養する等により行うことが好ましい。
【0021】
被検物質を投与後、適当時間培養した後に上記ミトコンドリアの形状を上記適当な方法で解析し、これを被検物質投与前、又は対照細胞の形状と比較し、伸長した形状が回復していれば被検物質は多系統萎縮症治療薬として用いられる可能性があるといえる。野生型の同種動物由来の線条体中型有棘神経細胞と比較して伸長していれば本願発明のスクリーニング法に用いることができる。形状の回復は、野生型の同種神経細胞と同等となるのが最も好ましい。
【0022】
[指標3] ATP含有量
本発明の対象神経細胞は、線条体中型有棘神経細胞はATP含有量が、ATP含有量を本発明のスクリーニング方法の指標とすることができる。ATP含有量は、公知の方法を用いて測定することができるが、具体的には、例えば、Luciferaseとルシフェリンを用いる発光検出法、具体的には、例えば、東洋インキ製の測定キット等を用いて測定することができる。被検物質を投与後、適当時間培養した後に、上記ATP含有量を適当な方法で解析し、これを被検物質投与前、又は対照細胞の値と比較し、増加していれば被検物質は多系統萎縮症治療薬として用いられる可能性があるといえる。野生型の同種動物由来の線条体中型有棘神経細胞と比較して減少していれば本願発明のスクリーニング法に用いることができる。増加の程度は、野生型の同種神経細胞と同等となるのが最も好ましい。
【0023】
本発明のスクリーニング方法では、上記指標のうち、1つ以上を用いて被検物質を選択することができる。選択された医薬品候補化合物は、それ自体既知の方法により試験管内、あるいは生体内における薬理学的または生理学的試験により、その医薬としての活性や安全性のスクリーニングを行なうことにより該疾病治療薬とすることができる。この場合、上記工程により得た化合物を有効成分とする医薬組成物を製造する方法も本発明に含まれる。
【0024】
かくして得られる医薬化合物はそれ自体を単独で用いることも可能であるが、薬学的に許容され得る担体と配合して医薬組成物として用いることもできる。この時の有効成分の担体に対する割合は、1〜90重量%の間で変動され得る。 本発明で得られた医薬化合物は、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、軟カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤、液剤等の剤形として経口的に投与してもよいし、あるいは薬学的に許容し得る液との無菌性溶液または懸濁剤形等の注射剤として非経口的投与、例えば静脈内投与、筋肉内投与、局所内投与、皮下投与してもよい。また坐薬としての投与も可能である。
【0025】
経口、経腸、非経口の組成物を調製する場合には、有機または無機の固体または液体の担体、希釈剤とともに通常用いられる単位容量形態で混和することによって行うことができる。これら製剤における有効成分量は、指示された範囲の適当な容量が得られるようにするものである。 固形製剤を製造する際に用いられる賦形剤としては、例えば乳糖、ショ糖、デンプン、タルク、セルロース、デキストリン、カオリン、炭酸カルシウム等が用いられる。経口投与のための液体製剤、すなわちシロップ剤、懸濁剤、液剤等は、一般的に用いられる不活性な希釈剤、例えば水、植物油等を含む。この製剤は、不活性な希釈剤以外に補助剤、例えば湿潤剤、懸濁補助剤、甘味剤、香味剤、着色剤、保存剤、安定剤等を含むこともできる。
【0026】
非経口投与の製剤、すなわち注射剤、坐剤等の製造に用いられる溶剤または懸濁化剤としては、例えば水、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ベンジルアルコール、オレイン酸エチル、レシチン等が挙げられる。坐剤に用いられる基剤としては、例えばカカオ脂、乳化カカオ脂、ラウリン脂、ウィテップゾール等が挙げられる。
【実施例】
【0027】
[参考例1] TUBG2ノックアウトマウスの運動機能測定
Kubo A., et al., Developmental Biol., 282, 361-373(2005)に記載の方法で取得したTUBG2ノックアウトマウスについて、Tail flick法により脊髄反射を観察したところ、正常な脊髄反射を見せたので、その逃避行動の欠陥は脊髄より上部のものであることがわかった。次に、運動の調節を調べるため、ローターロッドテストとバランスビームテストを行った。TUBG2ノックアウトマウスはローターロッドを加速するとすぐに落下した。ビームテストではたびたび足を滑らせ、ゆっくり移動し、バーの上で固まったりした。これらの行為は何度か繰り返すと明らかに上達するのは野生型マウスと同様なので、運動学習の効率には差がなかった。
【0028】
これらの運動失調の原因をさらに知るために、より高次機能を調べた。TUBG2ノックアウトマウスは海馬依存的学習である円形迷路のような他の行動テストにおいては明らかな異常はなく、他の記憶テストに関しても異常がなかった。TUBG2ノックアウトマウスは、見えているプラットフォームに向かって泳ぐ速度は正常であった。
しかし、線条体の活動を必要とする連合学習では、水を進む距離が短くなり泳ぐ速さも遅かった。モリスの水迷路では、驚いたことに、TUBG2ノックアウトマウスはまっすぐ泳ぐだけでプールの端で旋回することができず、壁にたびたびぶつかった。別の言葉でいえば前方突進障害と言える。
【0029】
この運動失調が古典的パーキンソン病か非定型パーキンソン病かを調べるためにTUBG2ノックアウトマウスにL-ドーパ(ナカライテスク社製)を注射した(25mg/kg i.p)が、L-ドーパ注射はローターロッドテストでの運動調節を改善させなかった。
また、TUBG2ノックアウトマウスでは、自律神経系の排尿障害がみられた。これらの症状は非定型のパーキンソン病、多系統萎縮症に共通である。しかし他のパーキンソン症状である足取りのふらつきはなかった。これらは人の診断の場合なので、TUBG2ノックアウトマウスでの運動失調と固縮、これは少なくとも多系統萎縮症の症状を表していると我々は結論した。
【0030】
[参考例2] TUBG2ノックアウトマウスの免疫組織学的解析
次に我々はTUBG2に特異的なモノクロ抗体を使ってTUBG2を免疫組織化学的に調べた。線条体中型棘神経細胞の細胞体と突起、特に線条体が強く染まった。それらはGABAニューロンのマーカーであるGAD65でも染色された。線条体中型棘神経細胞の軸索末端は線条体黒質のA9ニューロンの樹状突起に入力していた。一方でTUBG2は腹側被蓋野のA10ドーパミンニューロンとつながる、情動行動に重要である側坐核の中型有棘ニューロンに強く検出された。
【0031】
[参考例3] TUBG2ノックアウトマウスの線条体中型有棘神経細胞の解析
8週齢のTUBG2ノックアウトマウスでは線条体中型棘神経細胞の数はあまり減少していないが、40週齢以上のTUBG2ノックアウトマウスの線条体では線条体中型棘神経細胞はほとんど失われていた。グリアや上皮細胞の様な神経以外の細胞と、海馬の錐体神経細胞は変化がなかった。チロシン脱水素酵素(TH)の免疫染色によって調べたところ、全ての行動テストを行った40週までにTUBG2ノックアウトマウスでの線条体に変化はなかった。
【0032】
TUBG2ノックアウトマウスの黒質へ線条体中型棘神経細胞が入力している機能を明らかにするためにホールセルパッチクランプ記録を、中脳の急性スライス標本で行った。4週齢ではこの記録を行った線条体中型棘神経細胞と黒質では神経細胞の消失はなかった。抑制性シナプス電流は電圧一定の条件下で黒質に刺激電極をおくことで惹起された(HP=-60mV)。これは100μMのビキュクリンで完全に抑制されることから、タイプAのGABA受容体によって調整される速い抑制性シナプス電流の成分を持っていた。
【0033】
TUBG2ノックアウトマウスからの抑制性シナプス電流の平均振幅は野生型のより有意に小さかったので、線条体中型棘神経細胞と黒質の間のシナプス機能に欠陥があることになる。さらにTUBG2ノックアウトマウスの連続刺激パルスに対する応答反応電流の大きさの割合が野生型より有意に大きかったことから、線条体中型棘神経細胞側に欠陥があることが強く示唆された。また、TUBG2ノックアウトマウスから記録したミニチュア抑制性シナプス電流(m抑制性シナプス電流)の頻度は野生型からより有意に少ないことからも、線条体の欠陥が予想された。反対に抑制性シナプス電流の振幅、立ち上がりと減衰時間はTUBG2ノックアウトマウスと野生型で差がなかったことから、黒質のニューロンは応答できることがわかる。
【0034】
このように我々は黒質へのGABA性シナプス伝達の抑制はTUBG2ノックアウトマウスで線条体の欠陥により大きく低下していると結論した。
次に黒質ニューロンの自発発火活性を調べた。黒質ニューロンにもともと欠陥があれば、自発発火の割合は低いと予想される。KOでの自発発火活性(5.6+1.3Hz:n=15)は野生型(2.0+0.55Hz;n=13)と比べ驚くほど高く、線条体中型棘神経細胞のGABA性抑制に欠陥があり、黒質は正常な応答をしていることを示した。
【0035】
[実施例1] TUBG2ノックアウトマウス線条体中型棘神経細胞初代培養
TUBG2ノックアウト新生マウスの線条体神経細胞は通常の方法(I. Yao, H. Takagi, H. Ageta et al., Cell 130 (5), 943 (2007))に従って、生後1〜3日目のマウスから調製した。線条体はリン酸バッファー塩水溶液(PBS)で高濃度グルコース入りのダルベコ改変イーグル培地(DMEM)を1対1に希釈した液のなかに取り出して、小片に刻み、5mM L-cystein、1mM EDTA、10mM Hepes(NaOH)、100μg /ml BSA 入りのPBSに希釈した10単位/mlのパパインと0.01%DNase Iで、20分間、37℃で酵素分解した。パパインは半容量の馬血清で中和し、数回ピペッティングした。溶液は440×gで5分間遠心した。
【0036】
沈殿した細胞は5%牛胎児血清と5%馬血清を含むDMDMの中でピペッティングして分散させてから、グリア細胞を除去するためにポリスチレンチューブ(スミロン社製)のなかで1時間37℃で加温した。上清を集め、440×gで5分間遠心した。集められた神経細胞をポリ-L-リジンとラミニンでコートしたプレートに1.5 x 105 cells/cm2の密度で蒔き混み、細胞はB27と1μM cytosine arabinosideを加えたニューロベーサルA培地で37℃、10%二酸化炭素の条件下で培養した。
【0037】
[実施例2] TUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞の神経伝達物質放出の解析
上記で調製したTUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞初代培養について、神経伝達物質の放出を測定した。神経伝達物質の放出は電位依存性のカルシウムチャネルを通ったカルシウムの流入によって引き起こされる。そこで、全細胞電位固定の条件で培養線条体中型棘神経細胞のカルシウムチャネル活性を調べた。
【0038】
その結果、TUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞のカルシウム電流の振幅は大きく抑制されていた(図1)。このTUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞のカルシウムチャネル活性の減弱は、外からTUBG1ではなくFLAG付きのTUBG2を導入すると回復した(図1a,b)ので、通常のTUBG1とは異なるTUBG2の特異的な機能を示唆している。
カルシウムチャネル活性は、細胞内ATP濃度に依存しているので、電極ピペットでATPを外から供給してTUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞の神経機能が回復するかを培養線条体中型棘神経細胞から電位依存性カルシウム電流を測定によって調べた。電極ピペットの内部液が2mM ATPを含むと表現型が明らかに回復した(図2a,b)。さらにTUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞のカルシウム電流は細胞に投与したcaged-ATP(2mM)をUV照射で解放するとすぐに回復した(cagedで50.2+11.8pAが解放すると222.8+72.9pAに、n=10)(図3a,b)。
【0039】
[実施例3] TUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞のATP量及びミトコンドリアの解析
次の重要な問いは、vivoでもTUBG2ノックアウトマウス 線条体中型棘神経細胞でほんとうにATPに問題があるのかどうかだ。線条体では約90%の細胞が線条体中型棘神経細胞である。驚いたことにTUBG2ノックアウトマウスの線条体の全ATPレベルは野生型に比べて非常に減少していた(図4)。
【0040】
次に、ミトコンドリアを調べた。TUBG2ノックアウトマウスからの線条体中型棘神経細胞初代培養細胞でのミトコンドリアは異常に長く(図5a)、TUBG2ノックアウトマウスの線条体中型棘神経細胞ではミトコンドリアのプロトン輸送力(Δp)は野生型に比べて非常に減少していた(図6)。これら形態的且つ機能的表現型はTUBG1ではなくTUBG2の再発現により回復した(図5b、図6)。一方、海馬の培養細胞では両方の遺伝子型で大きな差はなかった。
【0041】
ミトコンドリアの形態は出芽と融合のバランスによって維持されていることが知られている。Drp1という出芽を制御する分子がTUBG2タンパク質と相互作用することがマウスの脳抽出液からの免疫共沈実験によってわかった。線条体中型棘神経細胞培養細胞ではTUBG2とDrp1の相互作用は近接ライゲイションアッセイによって確認された(図7)。これらの結果から神経細胞ではTUBG2がミトコンドリア形態の調節に役割を果たしていることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】線条体中型棘神経細胞のカルシウム電流の変化(a)、カルシウム電流の振幅(b)を示す図である。
【図2】ATPを細胞内に注入した時のカルシウム電流の変化(a)、カルシウム電流の振幅(b)を示す図である。
【図3】caged-ATP(2mM)をUV照射で解放した時のカルシウム電流の変化(a)、カルシウム電流の振幅(b)を示す図である。
【図4】全脳と線条体組織で測定したATP濃度を示す図である。
【図5】Mito-DesRed2を発現させたミトコンドリアの蛍光顕微鏡写真であり(a)、ミトコンドリアの長さの平均値(b)を示す図である。
【図6】ミトコンドリアのプロトン輸送力の相対値を示す図である。
【図7】TUBGとDrp1が相互作用することを示す近接ライゲイションアッセイの微分干渉顕微鏡写真(左)と蛍光顕微鏡写真(右)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体中型有棘神経細胞に被検物質を投与し、被検物質の該神経細胞のミトコンドリアの形状、GABA性神経伝達物質放出量、ATP含有量への影響のうちいずれか1つ以上を指標とすることを特徴とする多
系統萎縮症治療薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
線条体中型有棘神経細胞が、チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物の線条体の初代培養により調製されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
チューブリンγ2遺伝子の機能が欠失した非ヒト動物が、チューブリンγ2遺伝子が染色体上から欠失した非ヒト動物であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
非ヒト動物が、マウスである請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
多系統萎縮症が、線条体変性を呈することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−124706(P2010−124706A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−299597(P2008−299597)
【出願日】平成20年11月25日(2008.11.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月15日(米国時間:2008年11月14日) インターネットアドレス「http://www.ascb.org/meetings/index.cfm(Abstracts/Posters→Browse→Dec.16,2008→Tubulin→1782/B244)」に発表
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】