説明

多結晶繊維状シリコンの製造方法および多結晶繊維状シリコン

【課題】繊維状多結晶Siを製造する方法、及び、当該方法により製造される繊維状多結晶Siを提供する。
【解決手段】Siとアルカリ金属を主成分として含む混合融液より糸状物を紡糸する行程と、当該紡糸された糸状物からアルカリ金属を蒸発させて除去する行程を有する繊維状多結晶Siの製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶組織を有する繊維状シリコン(Si)の製造方法および当該製造方法により製造される多結晶繊維状Siに関するものである。この多結晶繊維状Siは、例えばエレクトロニクス、触媒、センサー、あるいはマイクロマシンなどの分野で応用が期待される。
【背景技術】
【0002】
Siは元素半導体材料として知られているもので、エレクトロニクスやオプトエレクトロニクスデバイスを中心に幅広く使用されている。Siは、高純度の原料が利用でき、電気的特性もドーピングにより制御可能で、純度、基礎物性、特性の制御に関してもっとも深く幅広く研究が行われている素材である。さらに、環境や生体に対しての負荷や安全性にも優れた素材で、現在ならびに将来の情報化社会を支える基幹素材としてますますその重要性を増しつつある。
【0003】
旧来は、エレクトロニクス分野においてSiはウェハー状の単結晶材料として用いられることが主流であったが、近年では、数mm程度の結晶粒径を持つ多結晶Siや、それ以下の結晶粒径を持つ微結晶Siとして様々な用途への使用が見込まれている。
【0004】
Siを用いた太陽電池においても、旧来の単結晶を用いたものから、近年では多結晶Siや微結晶Siを用いたものが使用されるようになっている。また、単に多結晶Siとするのみでなく、結晶粒間に微細な空孔を導入して多孔体とすることで可視光の発光体とするなど、Siの組織制御を行うことによる機能を発現させて様々な用途へ応用することが模索されている。
【0005】
しかしながら、従来の多結晶Si等の組織制御は、主に所定の基板上に気相や液相よりSiを析出する際の析出条件を制御することによりなされていたため、得られる多結晶Si等の形態は必然的に薄膜状のものに制限されることとなり、その使用用途に応じた形態のものとすることが困難であった。
【0006】
一方、近年は、例えば表示装置や太陽電池等の分野において、フレキシビリティを付与することで素子の機能性を向上する試みが広くなされている。このような素子において所定の多結晶組織を有することにより所定の特性を発現するSiを用いようとした場合、基板上に成膜された薄膜状の多結晶Siによっては、その形態の自由度の低さに起因した用途の制限が生じる場合がある。また、触媒やガスセンサー等の用途についても、薄膜状の多結晶Siでは単位体積当たりの比表面積が制限される等の問題が生じており、今後のSiを利用した製品におけるさらなる高機能化や新たな製品開発において、単に薄膜状だけでなく、従来にない多様な形態や組織を有するSiが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−239298号公報
【特許文献2】特開平9−110591号公報
【特許文献3】特開平7−041393号公報
【特許文献4】特開平8−229924号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Wagner, R. S. & Ellis, W. C. Vapor-Liquid-Solution mechanism of single crystal growth. Appl. Phys. Lett. 4, 89-90 (1964).
【非特許文献2】Holmes, J. D., Johnston, K. P., Doty, R. C. & Korgel B. A. Control of Thickness and Orientation of Solution-Grown Silicon Nanowire. Science. 287, 1471-1473 (2000).
【非特許文献3】Heitsch, A. T., Fanfair, D. D., Tuan, H. Y. & Korgel B. A. Solution-Liquid-Solid (SLS) Growth of Silicon Nanowires. J. Am. Chem. Soc. 130, 5436-5437 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでにも薄膜状以外の形態のSiを得る手段として、ナノメートルサイズでは、Siの髭(ウィスカー)状結晶が主として気相-液相-固相(VLS)機構や超臨界流体を用いたSupercritical Fluid-Liquid-Solid (SFLS)法、Si水素化物をSiの供給源とするSolution-Liquid-Solution(SLS)法がある。(例えば、非特許文献1、2、3参照)、また、特許文献1には、数百μmサイズの細線状Si単結晶の素材が引き下げ法で作製されることが知られている。また、例えば、特許文献2,3には、シリコンを連続鋳造する等の方法で、板状シリコンを得る技術が記載されている。また、特許文献4には、パイプ状のシリコンを製造する方法が記載されている。
【0010】
しかしながら、上記のように、新規用途においてはSiに多様な形態や組織を付与することが求められるのに対し、現実には薄膜状以外の形態で組織制御された多結晶Siを得ることが困難であった。
【0011】
上記問題点を解決し、薄膜状以外の形態で組織制御された多結晶Siを得るために、本発明は、所定の微細組織を有しながら繊維状の形態を持つ多結晶状Siを製造するための製造方法を提供すること、及び、当該製造方法により製造される繊維状多結晶状Siを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本願はSiとアルカリ金属を主成分として含む混合融液より糸状物を紡糸する行程と、当該紡糸された糸状物からアルカリ金属を蒸発させて除去する行程を有する繊維状多結晶Siの製造方法を提供する。また、混合融液より糸状物を紡糸する行程は、当該混合融液から混合融液の一部を糸状に放出することにより行われる繊維状多結晶Siの製造方法を提供し、また、当該繊維状多結晶Siの製造方法により製造された様々な形態を有する繊維状多結晶Siを提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る製造方法によれば、概ね1mm以下の様々な太さの多結晶繊維状Siを作製することができる。また、当該製造方法により製造される多結晶繊維状Siを提供することができる。当該多結晶繊維状Siは、らせん状にねじれているものや、表面に多数の凹凸があるもの、先端が尖ったものなど、様々な形態とすることが可能である。また、多結晶繊維状Siの製造条件をコントロールすることにより、多結晶組織の組織制御を行うことが可能である。この様な多結晶繊維状Siはエレクトロニクスあるいはオプトエレクトロニクスの分野や触媒の分野における応用が期待される新しい産業上有用な素材である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施の形態として、(a)NaSiを作製する工程概要を示す斜視図と、(b)Siを晶出させる工程概要を示す斜視図である。
【図2】実施例1における生成物の外観写真として例示した図である。
【図3】実施例1における生成物を例示した図である。
【図4】実施例1における生成物のX線回折パターンを例示した図である。
【図5】実施例1における生成物を例示した図である。
【図6】実施例1における生成物を例示した図である。
【図7】実施例1における生成物を例示した図である。
【図8】本発明者らが明らかにしたNa−Si二元系状態図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図8に、本発明者らが明らかにしたNa−Si二元系状態図を示す(J.Alloys & Comp.,Vol.480,p.723−726,23 Feb.2009;第47回セラミックス基礎科学討論会発表、2009年1月9日;第144回日本金属学会発表、2009年3月30日:第56回応用物理学会発表、2009年4月1日)。図8に示されるとおり、NaとSiの間に存在する金属間化合物であるNaSiの融点は、純粋なSiの融点よりも大幅に低温の798℃であり、当該NaSiを798℃以上の温度に加熱することにより、Siの組成が50mol%である融液を得ることができる。また、NaSiのSi側の共晶点では、更に低温の750℃においてSi−richの融液を得ることができる。
【0016】
従来よりアルミニウム(Al)などの低融点の金属融液を、Siを溶解するための、いわば「溶媒」として用いることにより、比較的低温で高濃度のSiを含有する融液を生成できることが知られていた。本発明者らは、この「溶媒」として、Al融液等に代えてNa融液を用いることにより、さらに低温で極めて高い濃度のSiを含有する融液が得られることを図8に示す状態図により明らかにした。
【0017】
本発明者らは、この金属間化合物を800℃〜900℃に加熱して得られる融液から一定条件下でNaを蒸発させることにより、析出するSiの組織を制御して単結晶や様々な微細組織を有する多結晶体を作製できることを見出し、特許出願を行った(特願2008−256932)。
【0018】
本発明者は、このようなNaに代表されるアルカリ金属とSiからなる低温の混合融液からアルカリ金属を蒸発除去してSi単結晶や多結晶体の製造する方法を更に検討する過程において、アルカリ金属とSiの融液に特有の性質が存在することを知見し、この知見に基づいて本発明を着想して完成した。すなわち、アルカリ金属とSiの混合融液は、紡糸に適する程度の粘度や流動性を持つことが明らかとなり、容易に繊維状に引き伸ばすことが可能であることが明らかになった。また、当該引き伸ばされたアルカリ金属とSiの混合融液の繊維からアルカリ金属を蒸発除去する過程においても当該繊維が破壊等することがなく、いわば「溶液紡糸法」により繊維状の多結晶Siを容易に得ることが可能であることが明らかとなった。
【0019】
従来から、有機合成されたポリマーを紡糸する手段としては、「溶融紡糸法」と「溶液紡糸法」が知られている。前者は、繊維の原料となるポリマーを溶融して繊維状に成形して凝固させることで繊維を得る方法である。一方、後者は、繊維の原料となるポリマーを溶媒に溶解させて流動可能とすることで繊維状に紡糸し、その後に溶媒を除去することで繊維を得る方法であり、溶融紡糸の困難な高融点の材料等を用いた場合でも低温で紡糸を行うことが可能となる特徴を有する。前記特許文献1に記載されるような、溶融状態の純Siを細線状に成型して凝固させて細線状Siを得る従来の方法は、上記「溶融紡糸法」に相当するものである。これに対し、本発明に係る紡糸方法は上記「溶液紡糸法」に相当するものであり、Siの融点(1410℃程度)以下の低い温度での紡糸が可能となる他、「溶媒」に相当するアルカリ金属の除去条件のコントロールによりSi繊維の凝固組織を制御することが可能となる。
【0020】
以下、本発明に係る繊維状多結晶シリコンの製造方法、及び、当該製造方法で製造される繊維状多結晶シリコンについて、実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は当該実施例等の内容に限定されるものではない。
【0021】
繊維状多結晶シリコンを紡糸する際の原料となるアルカリ金属とSiの混合融液は、代表的にはNaまたはLi(リチウム)として例示されるアルカリ金属の蒸気または融液を固体状や融液状のSiと接触させることで得られる。また、アルカリ金属とSiの接触を、アルカリ金属とSiとから生成される金属間化合物の融点以下で行えば、固相のアルカリ金属−Siの金属間化合物が得られ、紡糸の際にはこれを融解して用いればよい。
【0022】
アルカリ金属の蒸気を用いてSiとの混合融液等を生成させるためには、当該生成を行う温度においてSiに固溶、或いは溶解によりSiと混合したアルカリ金属が示す蒸気圧(以下、「平衡蒸気圧」という)以上の蒸気圧をアルカリ金属に付与することで、アルカリ金属とSiの混合、或いは金属間化合物の生成を行うことができる。また、Siへのアルカリ金属の侵入と脱離の現象は可逆的に生じることが明らかになっている。つまり、Siと混合したアルカリ金属は、雰囲気中をアルカリ金属の平衡蒸気圧以下にすることで蒸気として雰囲気中に放出されるため、雰囲気中のアルカリ金属の蒸気圧に応じて、アルカリ金属原子を固相・液相のSiに対し可逆的に侵入させ、又は脱離させることができる。
【0023】
このようにして生成されるアルカリ金属とSiの混合融液(或いは、固相の混合物や金属間化合物)の組成は、紡糸を行う温度等に応じて、状態図上で許される組成範囲内において適宜に設定される。つまり、アルカリ金属とSiの金属間化合物の融点以上の温度で紡糸を行う場合であれば、混合融液中のアルカリ金属の比率をSi側共晶点である45mol%以上とすれば均一な混合融液を得ることができて、低温で良好な紡糸が可能である。アルカリ金属の比率がSi側共晶点以下となると非常に容易に金属Siが析出し、安定した紡糸が困難になる。また、アルカリ金属の比率が過剰に大きい場合には、後に説明する融液からのアルカリ金属の蒸発除去の際の体積変化が大きくなる点で望ましくない。典型的には、アルカリ金属を50mol%程度とすることが安定した紡糸と、その後のアルカリ金属の蒸発除去に望ましい。
【0024】
このようにして生成させたアルカリ金属とSiの混合融液等は、紡糸を行うのに適切な温度に加熱され、融体として保持される。この際の雰囲気中のアルカリ金属の蒸気圧は、当該融体が示すアルカリ金属の蒸気圧と略同一に保たれ、融液中への過剰なアルカリ金属の溶解や放出が生じないようにすることが望ましい。
【0025】
アルカリ金属とSiの混合融液から繊維状の多結晶Siを紡糸する際には、例えば特開平5−239711号公報に記載されるような、従来から「溶液紡糸法」により紡糸を行う際に使用されていた手段を適宜選択して使用できる。つまり、融液を加圧してノズルから糸状物として放出し、当該糸状物が放出される空間(以下、「紡糸空間」という)を融液中の溶媒であるアルカリ金属が蒸発して除去される環境にしておくことで、繊維状の多結晶Siが晶出して紡糸が行われる。
【0026】
この際、紡糸空間の温度は、アルカリ金属とSiの混合物が融液として存在する温度に設定され、紡糸空間における圧力は、混合融体におけるアルカリ金属の平衡蒸気圧以下に保たれることが望ましい。このようにすることで、例えば、NaSiの組成の融液を用いる場合には、紡糸空間を798℃以上の温度、Naの蒸気圧以下とすることで、紡糸空間に放出された混合融体からNaが蒸発してSiが800℃の温度レベルにおいて晶出され、繊維状多結晶Siが得られる。
【0027】
これに対し、紡糸空間の温度が過剰に低く、また圧力が高い場合には、アルカリ金属の蒸発除去が良好に行われず、アルカリ金属とSiの混合物からなる固形物を生じる等、繊維状多結晶Siを得ることができない。一方、紡糸空間の温度と圧力が紡糸に適切な範囲内であれば、温度と圧力を適宜調整することにより、主に混合融体からのアルカリ金属の蒸発速度の調整を通じて、紡糸される繊維状多結晶Siの組織を制御することができる。
【0028】
紡糸空間の典型的な雰囲気としては、Ar、He等の不活性ガス雰囲気や、N2雰囲気下が選択される。ただし、N2を使用する場合には、紡糸空間の温度を800℃から900℃未満とすることも考慮される。900℃においては、NaSi23が生成する可能性がある。不活性ガスの圧力は1気圧(大気圧)もしくは数気圧程度の加圧とすることが一般的に考慮される。
【0029】
図8に示す状態図から明らかなように、Siの析出(凝固)は、Na等のアルカリ金属の蒸発に伴って非常に大きな過冷度の下で行われる結果、一般に非常に微細な組織が得られる。また、紡糸空間の温度や圧力を調節することによりアルカリ金属の蒸発速度を適宜設定することにより、Siの凝固組織を制御することができる。
【0030】
また、アルカリ金属とSiの混合融液を糸状に成形し、その後にアルカリ金属を蒸発除去可能であれば、上記の手段以外にも、ガス圧による押し出し、機械的引き上げ、引き抜きなどを用いることでも繊維状の多結晶Siの紡糸が可能である。また、以下の実施例の結果からも明らかなとおり、アルカリ金属とSiの混合融液を比較的低い圧力下で加熱し、融液の周囲にアルカリ金属が蒸発して生じる多結晶Siの被膜を生成させて融液を略密閉状態に包み込むことで、当該被膜に包まれた融液内のアルカリ金属の圧力により多結晶Siの被膜を突き破って融液の一部を糸状に噴出させることによっても繊維状の多結晶Siの紡糸が可能である。
【0031】
更に紡糸により得られた繊維状多結晶Siを適宜の条件で熱処理することにより、当該繊維状多結晶Siの微細組織の制御が可能である。
【0032】
図面等を示しつつ本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【実施例1】
【0033】
(紡糸原料の作製)
まず、繊維状多結晶Siを紡糸する原料であるアルカリ金属とSiの混合融液を得るために、以下に説明するように、固体状態の純Siとアルカリ金属としてのNaをともに加熱することで、NaSi金属間化合物を生成させた。
【0034】
高純度Arの不活性ガス雰囲気(O2,H2O濃度<1ppm)のグローブボックス内で、Na:Siのモル比が1:1となるよう、0.25gの金属ナトリウム1(日本曹達株式会社製、純度99.95%)と0.30gの粉末状のシリコン2(高純度化学研究所、純度99.999%、粒径<75μm)とを秤量し、ともにBNルツボ3の内部に入れた。BNルツボ3としては、焼結BNルツボ(昭和電工株式会社製)を用いた。
【0035】
次に、図1(a)のように、ステンレス製(SUS316)の反応容器4の内部にBNルツボ3を配置し、アルゴン雰囲気中で反応容器4をステンレス製のキャップ5で密封した。使用した反応容器4は、内径が10mm、長さが80mmである。その後、反応容器4を電気炉内に設置し、700℃まで2時間で昇温して24時間保持した後、室温まで冷却して反応容器4を取り出した。以上の少量の金属ナトリウムとシリコンを均一に混合する紡糸原料の作成を複数回行うことで、以下に説明する紡糸に使用した。
【0036】
反応容器4をグローブボックス内で切断してBNルツボ3を取り出し、BNルツボ3の内部に生じた銀色のバルク状固体を取り出した。このバルク状固体は、X線回折測定(株式会社リガク製、製品名「Rint」、線源;CuKα)により、NaSi(組成比1:1)の金属間化合物を主相とするものであると同定された。
【0037】
なお、本実施例においては、上記のように予めNaとSiの混合物(金属間化合物)を生成した後、再度加熱を行って繊維状多結晶Siの紡糸を行ったが、例えば、所定の温度で融解したNa中にSiを投入することで生成した混合融体から繊維状多結晶Siの紡糸を行うことも可能である。また、上記例ではNa:Si=1:1の組成としたが、目的に応じて他の混合比を選択して用いることが可能であることは、図8に示す状態図から明らかである。
【0038】
また、使用するNa−Si混合融液に、多結晶繊維状Siに所定の機能を付加するための添加元素を添加しておくことにより、製造される多結晶繊維状Siに所望の濃度の添加元素を添加することが可能である。
【0039】
(アルカリ金属−Si混合融体からの紡糸)
本実施例では、Na−Si混合融体からの繊維状多結晶Siの紡糸を、Na−Si混合融体内のNaの蒸気圧により混合融体が吹き出す現象を利用して行った。
【0040】
上記で得られた複数のバルク状固体を粉砕し、円盤状(直径15mm、高さ2.5mm)のペレット状の圧粉体6とした。次に、図1(b)に示すように、ステンレス製(SUS316)の反応容器8の内部に圧粉体6を入れたBN板7を配置し、アルゴン雰囲気中で反応容器8をキャップ9で密封した。次に、圧粉体6が配置されている反応容器8の下部のみを電気炉11内に設置すると共に、反応容器8の上部を室温雰囲気に晒すことで、反応容器8の内部に温度勾配が形成できるようにした。
【0041】
反応容器8の内部に温度勾配を形成することで、密封した反応容器8の下部のみを加熱して溶解した圧粉体6が溶解して生じるNa−Si混合融液からNaを蒸発させる際に、当該Naが低温の反応容器8の上部に凝集し、反応容器8のNa蒸気圧を低く維持可能となり、継続的にNa−Si混合融液からNaが蒸発可能とできる。
【0042】
この状態で、反応容器8の下部に配置されている圧粉体6を融解してNa−Si混合融液を得るために、電気炉11により反応容器8の下部を加熱して12時間保持する加熱処理を行った。この時、反応容器8の下部が圧粉体6の融点(798℃)以上である800℃となるようにした。当該加熱処理の間、試料近傍の温度は約800℃程度に保たれることから、試料近傍におけるNaの蒸気圧は約46kPa程度であったと考えられる。その後、反応容器8を電気炉11内で室温まで冷却し、取り出した反応容器8からグローブボックス内でキャップ9を外し、BN板7を取り出した。
【0043】
反応容器8の内部においては、金属状のNaが上部内面に固体状で凝結していた。一方、取り出したBN板7の上には装入した圧粉体6が溶解し、Naが蒸発除去されて生じたディスク(円盤)状のSiが存在し、当該Siの上部表面には図2に示すような繊維状のSiが多数生成していた。
【0044】
図3は、図2に示した繊維状Siの走査電子顕微鏡(SEM)写真である。観察される繊維状Siの長さは最大で2.5mm程度であり、直径は10〜50μm程度であった。また、繊維状Siの多くには図3(a)や(b)に見られるように、右回りと左回りの両方のらせん形状の溝が形成されると共に、図3(a)のようにナノオーダーの多数の凹凸があるものや、図3(c)のように表面が平滑なものまで、表面形状が異なっていた。
【0045】
図4は、当該繊維状Siについて、イメージングプレートを装備した単結晶X線回折装置で測定した結果を示す。図4に示すように、X線回折パターンがスポットではなくデバイシェラーリングを成すことから、繊維状Siは非常に微細で等方的な多結晶組織を有することが示された。各リングはいずれも格子定数a=0.543nm 空間群Fd-3mO2のSiで説明することができた。
【0046】
上記のように、Na−Si混合融液からNaを蒸発させて除去する際に繊維状多結晶Siが生成する機構は以下のように説明される。つまり、Na−Si混合融液の表面からNaが蒸発して混合融液の表面にSiが析出して皮膜が形成され、その後、当該皮膜の内部に残留するNa−Si混合融液から蒸発したNaが被膜内部の圧力を高めることで、被膜の一部を破ってNa−Si混合融液を糸状に外部に放出し、Na−Si混合融液が紡糸される。その後、糸状に放出されたNa−Si混合融液は、その繊維状の形状を維持しつつNaを蒸発させて微細で等方的なSiを析出して繊維状多結晶Siを生成する。
【0047】
図5には、上記方法で生成した多結晶繊維状Siの根元部分のSEM写真を示す。図のように層状にしわの入った盛り上がりが試料表面上に見られ、その先かららせん形状の多結晶繊維状Siが生成していた。一つのSi結晶粒の盛り上がりから2、3本の多結晶繊維状Siが生成している場合もある。図6(a)は多結晶繊維状Siの先端部分を示す。図のように多結晶繊維状Siの先端は、ほとんどのものが先の尖った形状をしていた。図6(b)は多結晶繊維状Siの破断面のSEM写真である。図のように中に扁平の穴が空いていることが明らかになった。図6(c)に示すように表面にみられた盛り上がりの内部に扁平の穴が続いていた。このような多結晶繊維状Siの内部に存在する穴は、糸状に放出されたNa−Si混合融液からNaが蒸発する際に生成するものである。
【0048】
EDXを用いた組成分析の結果、多結晶繊維状Siの表面やディスク表面のSi結晶粒内には1〜2%のNaの残存していることが明らかになった。これは、加熱前後における重量変化から見積もった残存Na量とほぼ一致する。得られた試料を塩酸水溶液で洗浄後に組成分析したところ、多結晶繊維状Si表面からNaは検出されなかった(EDXの検出限界は約0.1%)。試料表面に残ったNaは酸で洗浄することにより除去することができる。また、多結晶繊維状Siやディスク内にはSiとNa以外の元素は検出されなかった。
【0049】
図7(a)は多結晶繊維状Siを斜めに切断した切断面の光学顕微鏡写真である。断面には数十μmの2つの穴が観察されたが、これは多結晶繊維状Siを斜めに切断したことによると考えられる。図3等に示されるように、本発明に係る多結晶繊維状Siの多くは、外見的には複数の繊維が絡んだ「らせん形状」を有するように観察されるが、図7(a)からも明らかなように、中空の繊維の表面に連続した2本の溝がらせん状に生成することにより、全体として「らせん形状」を有するように観察される。これらの溝は、糸状に放出されたNa−Si混合融液からNaが蒸発する際の体積減少により生じるものであり、多結晶繊維状SiからNaが蒸発を完了する直前まで繊維が比較的柔軟に変形し、その形状を維持したままNaを放出可能であることを示している。
【0050】
本発明で得られる多結晶繊維状Siは、上記のような形態を有することから、他のマトリックス中に分散して用いる場合には、高い密着性や引き抜き強度を示すものと考えられる。また、触媒やガスセンサー等に用いる場合にも、非常に大きな比表面積を有すると共に、繊維の中央に形成された穴を通じて反応物質や冷媒等を供給可能である。
【0051】
図7(b)は図7(a)の点線で囲った領域について観察された透過型電子顕微鏡の明視野像で、マーブル状の結晶組織が観察された。また、試料のどの領域においても図7(c)に示すような高倍率の明視野像でナノオーダーの角ばった孔が数多く観察された。図7(d)は点線で囲った領域の一部で撮影した電子線回折(ED)パターンを示す。X線回折パターンはリング状になっていたが(図4)、図7のように電子線回折ではスポット状の回折パターンが得られた。この電子線回折パターンではCubic−Siの回折スポット([011]電子線入射)の他にSiの11-1および200スポットの間に見られるようなエキストラスポットやストリークが観測された。ナノサイズのウィスカー状Siや多結晶Si薄膜でも同様なエキストラスポットやストリークが観察されることが報告されている。複数の微細な結晶粒がマイクロまたはナノ双晶を形成する場合にエキストラスポットが観察される。本手法で得られた多結晶繊維状Siにも同様の微細な双晶組織が存在していると考えられる。図7(d)の電子線回折パターンの11-1回折について観察した暗視野像を図7(e)に示す。この写真からも一定の結晶方位をもったSiが試料の広範囲にまだらに広がっており、二重らせん形状の多結晶繊維状Siが、粒状などのある特定の大きさと形状を持った結晶粒の集まりではなく、マイクロ双晶やナノ双晶を多数含む融液からの結晶化体であることが明らかになった。
【0052】
上記実施例から明らかなとおり、Na−Si混合融液は、ガス圧による吹き出し等により糸状に紡糸可能であると共に、紡糸された融液からNaを蒸発させることで非常に微細な多結晶組織を有するSiからなる繊維を形成することができる。
【0053】
また、上記実施例では、Na−Si混合融液の紡糸をガス圧による吹き出しによって行ったが、Na−Si混合融液が良好に糸状に成形可能であることから、従来知られた「溶液紡糸法」において紡糸温度や紡糸圧力を適宜決定することによってもNa−Si混合融液を多結晶繊維状Siに紡糸することが可能である。その際に、紡糸する繊維の太さや長さを適宜決定することができる。また、上記実施例においてはSiを溶解するためのアルカリ金属としてNaを用いた例を示したが、Li等の他のアルカリ金属やアルカリ金属同士の合金についても、Siと同様の低温の混合融液を生成し、また融液からの蒸発除去が可能であることから、本発明に係る紡糸方法に用いることが可能である。更に、紡糸に使用するアルカリ金属−Si混合融液に、多結晶繊維状Siに様々な機能を付加するための添加元素を添加しておくことにより、製造される多結晶繊維状Siに所望の濃度の添加元素を添加することが可能である。
【0054】
本願発明により製造される多結晶繊維状Siは、その微細組織や形態を利用して様々な用途に使用することが可能である。例えば、非常に大きな比表面積を利用して、センサー、吸着剤、フィルター充填剤および構成材、触媒(触媒担持・担体)、単体および他の金属との混合・複合体によるガスや液体を検知する検知用センサー等に使用できる。また、多結晶結晶粒界を利用した電気的・機械的特性の制御を行うことで、ストレインゲージ、マニピュレータ針、プローブ用電極、三次元立体配線用ワイヤ等として使用することも可能である。更に、全体が中空のチューブ状であることを利用して、チューブ内への異種物質の充填による導電率制御、電池の電極物質や電解物質の保持材、チューブ内に異種元素を含有する複合体構造によるセンター、マイクロスポイト、マイクロピペット、マイクロ領域のハンダ取り等としても使用することが可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 金属ナトリウム
2 シリコン
3 BNルツボ
4 反応容器
5 反応容器ふた
6 NaSiの圧粉体
7 BN板
8 反応容器
9 反応容器ふた
10 水冷アタッチメント
11 電気炉
12 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siとアルカリ金属を主成分として含む混合融液より糸状物を紡糸する行程と、当該紡糸された糸状物からアルカリ金属を蒸発させて除去する行程を有することを特徴とする繊維状多結晶Siの製造方法。
【請求項2】
前記混合融液より糸状物を紡糸する行程は、当該混合融液から混合融液の一部を糸状に放出することにより行われることを特徴とする請求項1に記載の繊維状多結晶Siの製造方法。
【請求項3】
請求項1〜2のいずれか一項に記載の繊維状多結晶Siの製造方法により製造されたことを特徴とする繊維状多結晶Si。
【請求項4】
前記繊維状多結晶Siの表面には、らせん状の溝が形成されていることを特徴とする請求項3に記載のSi多結晶繊維状Si。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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