説明

多能性幹細胞培養用培地

【課題】多能性幹細胞の未分化性と多能性を維持しつつ、多能性幹細胞の培養増殖が可能な、哺乳動物由来成分を含まない無血清の培養用培地を提供することにある。
【解決手段】本発明による多能性幹細胞培養用培地は、血清代替物としてのセリシンを含んでなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞培養用培地に関する。より詳しくは、本発明は、哺乳動物由来の成分を含まず多能性幹細胞の培養を可能にする培地に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞とは、少なくとも一種類ずつの三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に属する分化細胞に分化する能力(多分化能。多能性ともいう)のある自己複製可能な幹細胞のことをいい、例えば、胚性生殖細胞(Embryonic Germ Cell:EG細胞)、胚性癌細胞(Embryonal Carcinoma Cell:EC細胞)、胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell:ES細胞)、誘導多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cell:iPS細胞)、成体多能性幹細胞(Adult Pluripotent Stem Cell:APS細胞)などを包含する。
【0003】
このうち、ES細胞は胚盤胞の内部細胞塊に由来する細胞を特別な条件で培養することによって樹立される。ES細胞は生殖細胞を含む三胚葉全ての細胞に分化する能力を持ち、特別な条件で培養することにより自己再生し続けることができる。また、ES細胞を胚盤胞期や桑実胚期の胚に注入することでキメラ動物を作成することができ、マウスではキメラマウスを交配させることで特定の遺伝子が破壊されたマウス(ノックアウトマウス)を作成する技術が確立されている。また、ES細胞はイン・ビトロ(in vitro)で分化誘導することで特定の細胞へと分化させることができることから、将来的には失われた機能を再生させる再生医療において細胞の供給源になると期待されている。
【0004】
また近年、成体由来の細胞に人為的に遺伝子を導入し、ES細胞によく似た性質を持つ誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を作成する技術が発明されている(特許第4183742号(特許文献1))。iPS細胞は、ES細胞と同じく生殖細胞を含む三胚葉全ての細胞に分化する能力を持ち、マウスのiPS細胞からはキメラマウスを作成することができる。iPS細胞は由来する細胞、樹立の方法とそれに起因する癌化の可能性、再生医療における意義などいくつかの点でES細胞と異なるが、維持培養方法、分化誘導方法、キメラ形成能など培養に関わる細胞の性質は、多くの点でES細胞と同等であると考えられている。
【0005】
ES細胞の「未分化性」と「多能性」とを維持したまま培養(以下「維持培養」ということがある)する技術はすでに確立されている。すなわち、ES細胞は通常、未分化性と多能性を維持するために、(1)基礎培地に(2)血清と(3)分化抑制因子を添加した培地で培養し、さらに必要に応じて(4)フィーダー細胞(支持細胞)を用いる。また、増殖の補助のためのL−グルタミンや非必須アミノ酸、還元剤としてβ−メルカプトエタノールなどが必要により添加される。
【0006】
上記の内、
(1) 基礎培地は、無機塩類、糖類、アミノ酸、ビタミンなどを含む最小培地であり、必要に応じて添加剤を加えて用いる。
(2) 血清は、通常、細胞増殖因子を供給するためにウシ胎仔血清(Fetal Bovine Serum:FBS)などが用いられる。血清は、ES細胞に対しては増殖に加えて分化を抑制し樹立を促進するはたらきがあると考えられており、また実際、培地から血清を除くとES細胞はその多能性を失うことが報告されている(WilesおよびJohansson, Exp. Cell Research, 1999 (247) 241−248(非特許文献1))。
(3) 分化抑制因子は、動物種によって異なり、例えば、マウスES細胞では白血病抑制因子(Leukemia Inhibitory Factor:LIF)を用い、サルやヒトのES細胞では塩基性線維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor:bFGF)を用いることができる。
(4) フィーダー細胞は、ES細胞が接着するための足場(マトリックス)を提供し、また分化を抑制し増殖を促進する種々の液性因子を供給すると考えられている。フィーダー細胞にはマウスやヒトの初代線維芽細胞またはその株化細胞を用い、マイトマイシンC処理やX線照射などで増殖を停止させて使用する。ES細胞の株によって培養容器表面をゼラチンでコーティングすることでフィーダー細胞を代替することができる。
【0007】
このように、ES細胞の培養には、血清と分化抑制因子を組み合わせて用いることが従来より知られていたが、医療目的でES細胞を用いる場合、動物由来成分は感染源や異種抗原となりえるため、培養中から除かれることが好ましい。このうち、分化抑制因子であるLIFやbFGFに関しては、動物に由来しない組換え体が市販されており、容易に入手可能である。一方、血清に関しては、特定の血清代替物を用いることでES細胞の未分化性や多能性を維持しつつ培養できたとする報告が既にいくつかなされている。
【0008】
例えば、国際公開WO98/30679号(特表2001−508302号公報)(特許文献2)には、血清の代わりにアルブミンまたはアルブミン置換物、アミノ酸、ビタミン、トランスフェリンまたはトランスフェリン置換物、抗酸化剤、インスリンまたはインスリン置換物、コラーゲン前駆体、微量元素等を含む代替組成物によって、ES細胞の樹立と培養が可能であったことが開示されている。一般的にKSR(Knockout Serum Replacement)として使用されるこの組成物は、マウスやサル、ヒトES細胞の無血清培養に広く使用されている。
【0009】
また国際公開WO2006/036925号(特表2008−514230号公報)(特許文献3)には、bFGFを含む数種のサイトカインとアルブミンを添加した無血清培地を用いて、霊長類ES細胞の増殖を支持する培養方法が開示されている。
【0010】
また、文献(Yao S, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 2006, 103: 6907 - 6912.(非特許文献2))には、血清を使用せず、組成の明らかな市販の添加剤を組み合わせることでヒトES細胞を長期間未分化な状態で培養し続けることができたことが報告されている。
【0011】
しかしながら、これらのいずれにおいても、血清自体の使用は回避しているものの、アルブミンなど哺乳動物に由来しうる成分を使用しており、哺乳動物由来の成分の使用を完全に排除しているとは言い難かった。狂牛病をはじめとする種々の感染症や疾患への懸念から、近年、哺乳動物由来の成分を使用することへの不安が高まっている。このため、様々な医療用途への適用の期待が高まっている多能性幹細胞の培養においても、哺乳動物由来成分の混入の可能性を完全に排除し得る培養培地の使用が望まれていると言える。
【0012】
国際公開WO2004/039965号(特許第4374419号)(特許文献4)には、多能性幹細胞の培養の際に、アデニレートシクラーゼ抑制物質を血清や支持細胞に代えて使用することが報告されている。しかしながら、ここでも、血清成分の使用の回避は検討されているものの、使用する血清置換物としてアルブミンが挙げられている。
【0013】
このため、本発明者等の知る限り、このような哺乳動物由来成分を全く含まないとする、多能性幹細胞培養用の培地組成物は未だ報告されていない。
【0014】
近年、セリシンが保水作用、抗酸化作用、酵素安定化作用、凍結保護作用、細胞増殖促進作用など優れた特性を持つことが明らかになり、化粧品原料、生化学試薬または細胞培養試薬としてその用途を拡大している。例えば、国際公開WO2002/086133号(特許第4047176号)(特許文献5)ではセリシンが動物細胞の増殖を促進し、血清の使用を低減または無血清下の培養を可能にすることが示されている。また、特開2006−115837号公報(特許文献6)ではセリシンを用いることで培養細胞を無血清条件下に凍結保存できることが報告されている。
【0015】
一方、上記したように、培地から血清を除くとES細胞はその多能性を実際に失うことが報告されている(非特許文献1)ことから、血清は、ES細胞に対して、増殖作用に加えて、分化を抑制しつつ、その多能性を維持する作用があると考えられている。血清は、哺乳動物由来の成分であって、十分には解明されていない不明確な因子を含む混合物であることから、血清が細胞増殖促進効果に加えて、多能性幹細胞の分化抑制能と多能性維持能を有していたとしても、既知の血清代替物は主として細胞増殖促進効果に着目して得られたものであることから、既知の血清代替物が血清と同様に、多能性幹細胞の分化抑制能と多能性維持能とを同時に保持しているとは言えないことは明らかである。
このため、細胞増殖促進効果のみが期待される従来の培地の血清代替物が、多能性幹細胞培養用の培地における血清代替物としての役割を直ちに奏し得ないことは明らかである。
【0016】
セリシンについては、前記のように、細胞増殖促進効果を期待して血清代替物として培地に加えられることが報告されているに過ぎなかった。そして、これまでセリシンを添加することにより多能性幹細胞を無血清条件下で、未分化性および多能性を維持しつつ、培養できることは、本発明者等の知る限り知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特許第4183742号
【特許文献2】国際公開WO98/30679号
【特許文献3】国際公開WO2006/036925号
【特許文献4】国際公開WO2004/039965号
【特許文献5】国際公開WO2002/086133号
【特許文献6】特開2006−115837号公報
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】WilesおよびJohansson, Exp. Cell Research, 1999 (247) 241 - 248
【非特許文献2】Yao S, Chen S, Clark J, Hao E, Beattie GM, et al., "Long-term self-renewal and directed differentiation of human embryonic stem cells in chemically defined conditions", Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 2006, 103: 6907 - 6912
【発明の概要】
【0019】
本発明者等は今般、多能性幹細胞の未分化性と多能性(多分化能)を維持するために必須な血清成分と分化抑制因子のうち、血清成分を、繭糸由来のセリシンで代替することによって、哺乳動物由来成分を培養培地中に全く含まない条件で、多能性幹細胞の未分化性と多能性を維持しつつ、多能性幹細胞を培養することに成功した。多能性幹細胞の培養において、血清は、増殖作用の他、多能性幹細胞の未分化性と多能性を維持する上で、必須であると考えられていたことから、セリシンという繭糸由来の旧来良く知られた安全な成分でそれが達成できたことは、驚くべきことであったと言える。多能性幹細胞培養用の培地における血清代替物の検討が、従来の培地の血清代替物を単に適用するのでは足らず、種々の検討が必要であり、それらが困難性を伴い容易になし得るものではなかったことは、ES細胞の研究がこれまで多々行われていながら、その培養における血清代替物として今回セリシンが初めて明らかになった事実と、本発明者等が実際にこのような検討をこれまでしなければならなかった状況を見れば、当業者には明らかであろう。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0020】
よって本発明は、多能性幹細胞の未分化性と多能性を維持しつつ、多能性幹細胞の培養増殖が可能な、哺乳動物由来成分を含まない無血清の培養用培地の提供をその目的とする。
【0021】
本発明による多能性幹細胞培養用培地は、血清代替物としてのセリシンを含んでなる。
【0022】
本発明の好ましい態様によれば、本発明による培地は、分化抑制因子をさらに含んでなる。より好ましくは、分化抑制因子が、白血病抑制因子(LIF)、骨形成タンパク4(BMP4)、アデニレートシクラーゼ活性阻害剤、MEK1(MAPK/ERK キナーゼ1)阻害剤、GSK3(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)阻害剤、FGF受容体阻害剤、塩基性線維芽細胞増殖抑制因子(bFGF)からなる群より選択されるものである。
【0023】
本発明のより好ましい態様によれば、本発明による培地は、哺乳動物由来成分を含まないものである。
【0024】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による培地は、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミンおよび亜セレン酸ナトリウムからなる群より選択される1種以上の補助成分をさらに含んでなる。
【0025】
本発明の別の一つの好ましい態様によれば、本発明による培地は、培地基礎成分をさらに含んでなる。
【0026】
本発明による多能性幹細胞の培養方法は、本発明による多能性幹細胞培養用培地を使用して、多能性幹細胞の未分化性と多能性とを維持しつつ細胞増殖させることを含んでなる。本発明の好ましい態様によれば、この方法において、多能性幹細胞は哺乳動物由来のものである。
【0027】
本発明による多能性幹細胞のクローン細胞集団の調製方法は、本発明による多能性幹細胞培養用培地を使用して、未分化の多能性幹細胞を培養し、多能性幹細胞のクローン細胞集団を得ることを含んでなる。本発明の好ましい態様によれば、この方法において、多能性幹細胞は哺乳動物由来のものである。
【0028】
本発明の別の態様によれば、本発明による多能性幹細胞の培養方法または本発明による多能性幹細胞のクローン細胞集団の調製方法により得られた細胞が分化することによって得られた、分化した細胞が提供される。
【0029】
本発明の多能性幹細胞培養用培地によれば、哺乳動物に由来する成分を全く使用することなく、多能性幹細胞を培養し、その未分化性および多能性を維持しつつ増殖させることができる。多能性幹細胞の増殖は、種々の研究や再生医療などへ役立つ一方、セリシンという安全性の高い成分を含む組成の明確な培地によって行うことができることから、哺乳動物由来成分を使用する場合に生ずる需要者の不安を取り除き、安全性の高い医療を提供するのに役立てることができる。また本発明によれば、安全で安定な物質であるセリシンを使用するため、操作や取扱いの上からも有利であり、さらに、細胞培養や、クローン細胞集団の調製に際して、そのコストを低減させることも期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図は、本発明による培地で培養したES細胞の状態を示す(実施例の(3)項)。
【図2】図は、培養されたES細胞の未分化性を確認するために行った、培養ES細胞のアルカリホスファターゼ(ALP)染色の結果を示す(実施例の(4)(a)項)。
【図3】図は、培養されたES細胞における未分化マーカー遺伝子の発現量の測定結果を示す(実施例の(4)(b)項)。
【図4】図は、培養されたES細胞の骨への分化誘導試験の結果を示す(実施例の(5)(i)項)。
【図5】図は、培養されたES細胞の心筋への分化誘導試験の結果を示す(実施例の(5)(ii)項)。
【発明の具体的説明】
【0031】
多能性幹細胞培養用培地
本発明による多能性幹細胞培養用培地は、前記したように、血清代替物としてのセリシンを含んでなる。
【0032】
幹細胞は、自分と同じ細胞を作る自己複製能と、多分化能を有する細胞のことをいう。幹細胞には階層(hierarchy)があり、上位の未分化の幹細胞は自己複製能が高く、さまざまな細胞系列に分化できる多能性も高いが、下位になるほど自己複製能は失われていき特定の細胞系列にしか分化できないようなることが知られている。本発明の培地で主として培養しようとする細胞は、階層的には比較的上位に位置する細胞、すなわち、未分化状態であって、多能性が充分保持された自己複製可能な幹細胞(多能性幹細胞)である。
【0033】
このような多能性幹細胞としては、例えば、胚性生殖細胞(EG細胞)、胚性癌細胞(EC細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)、成体多能性幹細胞(APS細胞)などが包含される。また多能性幹細胞は、動物、昆虫などを由来とするものが含まれうるが、好ましくは哺乳動物由来のものである。
【0034】
ここで「多能性」とは、多分化能とも言い換えることができるが、外胚葉、中胚葉、内胚葉に属するいずれの分化細胞にも分化しうる能力、および外胚葉、中胚葉、内胚葉に属する少なくともそれぞれ1種の分化細胞に分化し得る能力をいい、生殖細胞への分化能もここでは包含されうる。なお分化細胞は将来、体内の組織や臓器を構成する多種類の細胞に分化しうる。
【0035】
「多能性幹細胞培養用培地」とは、このような多能性幹細胞の培養に適した培養用培地またはその組成物をいい、未分化の多能性幹細胞の未分化性と、多能性を維持しつつ、増殖を可能とするものであり、粉末状体でも、液体状態でもいずれの状態で提供されてもよい。
【0036】
「血清代替物」とは、従来の多能性幹細胞の培養用培地では血清成分を必須の成分としていたことから、その血清の代わりに使用でき、血清と同様の効果を奏しうる成分を意味する。
【0037】
セリシン
本発明において用いられるセリシンは、繭糸より抽出されるタンパク質であり、水との親和性に優れ、化粧品や繊維加工などに用いられている。
非結晶性タンパク質であるセリシンは、親水性溶媒、好ましくは水を用いて繭糸から抽出することができる。例えば、蚕繭や生糸など、繭糸を含んでなる原料を熱水に浸漬して処理することにより、原料中のセリシンを加水分解させて水中に溶出させることができる。このとき、必要に応じて、酸、アルカリまたは酵素を併用してもよい。
次いで、抽出液を公知のタンパク質分離精製手法に従って精製することにより、高純度のセリシン水溶液を得ることができる。さらに、熱風乾燥、減圧乾燥、凍結乾燥などの処理に付して乾燥させ、固体としてもよい。このようなセリシンとしては、例えば「ピュアセリシン」(セーレン株式会社製、和光純薬工業株式会社より入手可能)などの市販品を用いることができる。
【0038】
本発明において、セリシンの平均分子量(重量平均分子量)は特に限定されないが、好ましくは5,000〜100,000であり、より好ましくは10,000〜50,000である。平均分子量が5,000未満であると、所望の効果が得られないことがあり、平均分子量が100,000を超えると、それ自身の水溶性が低下して取り扱い性が低下することがあるとともに、水溶性低下に起因して、得られる効果も低下することがある。
なおここで平均分子量は、高速液体クロマトグラフCLASS−LC10(株式会社島津製作所製)を用いたGPC分析により測定し、求めることができる。
【0039】
繭糸に含まれる天然のセリシンには、分子量が異なるいくつかの成分があることが知られている。例えば、特開2002−128691号公報によれば、分子量が約40万、約25万、約20万、約3万5千のセリシンが確認されている。前記した繭糸からの抽出液は、これらセリシンを混合した状態で含んでいる。また、セリシン分子が互いに水素結合し、見かけの分子量を増している場合もある。そして、酸、アルカリまたは酵素を併用してセリシンを加水分解させて得た抽出液は、さらに多様な分子種を含む混合物である。本発明では、用いる剤や濃度、温度、時間などの条件を制御することにより、平均分子量が5,000〜10,000の範囲にあるセリシンを、選択的に調製することができる。
【0040】
本発明において、多能性幹細胞培養用培地におけるセリシンの含有量は特に制限はなく、培養する多能性幹細胞の種類(由来する生物の種類、細胞の種類など)、培養目的、基礎培地の種類等に応じて、適宜変更可能である。
【0041】
本発明の好ましい態様によれば、培地におけるセリシンの含有量は、培地全量に対して、0.001〜10重量%であり、より好ましくは0.02〜0.5重量%であり、さらに好ましくは、0.05〜0.2重量%である。本発明による培地中におけるセリシンの含有量が少量であっても本発明は充分な効果を示すことができるが、セリシンは毒性が無く、水溶性にも優れるため、通常は、多量に添加しても問題は実質的に生じない。
【0042】
本発明の多能性幹細胞培養用培地において、セリシンは血清代替物として用いられる。このため、本発明による培地は、無血清培地である。さらに本発明による培地は、セリシンに限らず他の成分(例えば、分化抑制因子、補助成分および培地基礎成分)についても、哺乳動物由来成分でないものが望ましい。換言すると、本発明による培地は、哺乳動物由来成分を含まないものである。
なお、本発明による培地は、血清や哺乳動物由来成分を使用することなく、未分化性と多能性を維持しつつ多能性幹細胞を培養することを可能とするものであるが、本発明による血清代替物としてのセリシンを、血清を含む培地において血清使用量を減らすために使用することを排除するものではない。あるいは、血清や哺乳動物由来成分が、混入といえる極少量含まれる可能性がある場合においても、本発明に従い血清代替物としてセリシンを使用することは、血清や哺乳動物由来成分を使用する場合の危険性低減という観点で有益である。このような場合も、本発明の範囲から排除するものではない。
【0043】
分化抑制因子
前記したように、本発明の好ましい態様によれば、本発明による培地は、分化抑制因子をさらに含んでなる。
ここで、分化抑制因子は公知のものであればいずれも用いることができる。分化抑制因子は、多能性幹細胞やフィーダー細胞などの細胞自身が放出する液性因子であることから、生体より得ることも可能であるが、本発明においては、哺乳動物由来成分の使用を排除するため、人為的に調製されたものを使用する。
【0044】
具体的には例えば、分化抑制因子は、白血病抑制因子(LIF)、骨形成タンパク4(Bone Morphogenetic Protein 4:BMP4)、アデニレートシクラーゼ活性阻害剤(SQ22536、MDL−12330A等)、MEK1(MAPK/ERK キナーゼ1)阻害剤(PD173074、PD184352等)(ここでMAPK は分裂促進因子活性化タンパクキナーゼ(Mitogen-activated Protein Kinase)、ERKは、細胞外シグナル制御キナーゼ(Extracellular Signal-regulated Kinase)の意味である)、GSK3(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3(Glycogen Synthase Kinase 3))阻害剤(CHIR99021等)、FGF受容体阻害剤(SU5402等)、塩基性線維芽細胞増殖抑制因子(bFGF)からなる群より選択されるものである。また、これらの上流あるいは下流の経路で作用する別の因子(サイトカインや低分子化合物など)を分化抑制因子として用いてもよい。また多能性幹細胞の未分化性・多能性に関わる別の経路を活性化または阻害する因子を用いることもできる。
分化抑制因子は、多能性幹細胞の種類(由来する生物の種類、細胞の種類など)に応じて適宜選択される。例えば、マウスES細胞の場合にはLIFが好ましく、ヒト、サルなどの霊長類ES細胞の場合にはbFGFが好ましい。
これらの因子は哺乳動物に由来せず、サイトカインである場合、組み換え体を用いる。
【0045】
分化抑制因子の含有量は、選択される分化抑制因子の種類により異なる。例えば、マウスES細胞に対してLIFを用いる場合には、100〜3000U/mlが好ましく、より好ましくは500〜2000U/mlであり、霊長類ES細胞に対してbFGFを用いる場合には、0.1〜100ng/mlが好ましく、より好ましくは2〜20ng/mlである。本発明による培地中における分化抑制因子の含有量が少量すぎると、培養する幹細胞で分化が進行することがあり、また分化抑制因子の含有量が多すぎると、細胞毒性を示すことがある。
【0046】
なお、本明細書においてLIFの単位を示すU(unit)は、「1mlの軟寒天培養系でM1−T22細胞300〜400個を7日間培養し、全コロニー数に対する分化型コロニーの割合が50%となるときの量を50units」と定義される(例えば、「ESGRO」(LIF商品名)(Milliporeより入手可能)における説明書のMetcalf(1988)等を参考にすることができる)。
【0047】
補助成分
本発明による培地は、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、アルブミン、インスリンの代替物としての硫化亜鉛、および、トランスフェリンの代替物としての硫酸第一鉄からなる群より選択される1種以上の補助成分をさらに含んでなることができる。本発明においては、これら補助成分は、哺乳動物に直接由来するものでないことが望まれるため、人工的に調製されたものなどが使用される。なお、エタノールアミン、亜セレン酸ナトリウム、硫化亜鉛、硫酸第一鉄は、使用する基礎培地に配合されていることがある。
【0048】
本発明の一つの好ましい態様によれば、前記したように、本発明による培地は、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミンおよび亜セレン酸ナトリウムからなる群より選択される1種以上の補助成分をさらに含んでなる。
【0049】
補助成分の含有量は、選択される補助成分の種類により異なる。例えば、インスリンの場合には、0.1〜100μg/mlが好ましく、より好ましくは1〜20μg/mlであり、トランスフェリンの場合には、0.01〜50μg/mlが好ましく、より好ましくは0.1〜20μg/mlであり、エタノールアミンの場合には、0.1〜10μg/mlが好ましく、より好ましくは1〜5μg/mlであり、亜セレン酸ナトリウムの場合には、0.1〜10ng/mlが好ましく、より好ましくは0.3〜5ng/mlである。本発明による培地中における補助成分の含有量が前記した範囲内であると、多能性幹細胞の未分化性と多能性とを維持しつつ細胞を増殖させるのに有利である。
【0050】
培地基礎成分
本発明の別の一つの好ましい態様によれば、前記したように、本発明による培地は、培地基礎成分をさらに含んでなる。
【0051】
ここで、培地基礎成分は、通常細胞が同化し得る炭素源、消化しうる窒素源および無機塩からなるものであり、具体的には例えば無機塩類、アミノ酸、グルコース、およびビタミン類を含むものである。また培地基礎成分には、必要に応じて微量栄養促進物質、前駆物質などの微量有効物質をさらに配合してもよい。
【0052】
このような培地基礎成分としては、当業者に公知の基礎培地を使用することができ、具体的には、MEM(Minimum Essential Medium)、BME(Basal Medium Eagle)、 DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)、EMEM(Eagle's minimal essential medium)、IMDM(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、GMEM(Glas- gow's MEM)、F12(Ham's F12 Medium)、DMEM/F12、RPMI1640、BMOC-3(Brinster's BMOC-3 Medium)、CMRL−1066、L−15培地(Leibovitz's L-15 medium)、McCoy’s 5A、Media 199、MEM αMedia、MCDB105、MCDB131、MCDB153、MCDB201、Williams’ medium Eなどの培地を用いることができる。本発明においては、ノックアウトDMEM培地(Invitrogen社より入手可能)、ダイゴT培地(日本製薬株式会社製、和光純薬工業株式会社より入手可能)が好ましく用いられる。
【0053】
また本発明による培地には、必要により、核酸、非必須アミノ酸、還元剤からなる群より選択される1種以上の成分をさらに添加することができる。この内、還元剤(抗酸化剤)としては、モノチオグリセロール、2−メルカプトエタノールなどが使用可能であるが、中でも2−メルカプトエタノールが好ましい。
さらに必要であれば、pH調整剤、緩衝剤成分、保湿剤、防腐剤、粘度調整剤等の任意成分を使用することもできる。
【実施例】
【0054】
本発明を以下の実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0055】
(1) 培地の調製
(a) 本発明による培地(セリシン培地)
市販のダイゴT培地(日本製薬株式会社製、和光純薬工業株式会社より入手)に、0.1重量%セリシン、10μg/mlインスリン、0.34ng/ml亜セレン酸ナトリウム、2μg/mlエタノールアミン、0.1mM非必須アミノ酸(L−アラニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、グリシン、L−プロリン、L−セリンを含む混合液、Invitrogen社より入手)、0.055mM 2−メルカプトエタノール、および1000U/ml 白血病抑制因子(LIF)(和光純薬工業株式会社より入手)を添加して、溶解させたもの(以下「セリシン培地」と略すことがある)を用いた。なおここで、セリシンは「ピュアセリシン」(商品名)(セーレン株式会社製、和光純薬株式会社より入手)をリン酸緩衝食塩水(PBS)に溶解し、10重量%としたものを終濃度0.1重量%となるよう培地に添加した。
【0056】
(b) 対照培地(血清培地)
対照として、ノックアウトDMEM(Invitrogen社より入手)に、15容量%ウシ胎仔血清(FBS)(biowest社製)、2mM L−グルタミン、0.1mM 非必須アミノ酸(L−アラニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、グリシン、L−プロリン、L−セリンを含む混合液、Invitrogen社より入手)、0.055mM 2−メルカプトエタノール、および1000U/ml 白血病抑制因子(LIF)(和光純薬工業株式会社より入手)を添加したもの(以下「血清培地」と略すことがある)を用いた。
【0057】
(2) 培養した細胞
実験に使用したマウスES細胞は、ATCC(American Type Culture Collection)より入手した(CRL−1934)。
【0058】
(3) 継代培養
前記したセリシン培地(本発明)を用いて、マウスES細胞を培養した(以下この細胞を「ES−S」と略することがある)。
また対照として、血清培地(対照)を用いて、同じくマウスES細胞を培養した(以下この細胞を「ES−F」と略することがある)。
【0059】
0.1重量%ゼラチン(DSファーマバイオメディカル株式会社より入手)でコートしたφ60mmのシャーレを用い、2日〜3日に一度継代した。
シャーレから培地を除き、PBSで一度洗浄してから0.05重量%トリプシン/EDTA溶液(Sigma社製)を1ml加え、37℃で3分間インキュベートした。細胞の剥離を確認してからパスツールピペットでピペッティングし、コロニーを単一の細胞になるよう崩した。細胞懸濁液を、予めトリプシンインヒビター(Invitrogen社より入手)を分注したチューブに回収した。PBSでシャーレの表面を洗い、回収後1200rpm、3分間遠心した。
上清を除いてから培地5〜10mlを加えて懸濁し、細胞数をカウントして、2日培養では100万cells/φ60mmシャーレ、3日培養では50万cells/φ60mmシャーレとなるように播種し、培養した。
【0060】
ES−Sは、ES−Fと比較して増殖速度の低下が見られるが増殖停止することなく、2ヶ月以上継代培養することが出来た。
【0061】
培養1ヶ月目のES細胞の形態については、図1に示されるとおりであった。
ES−Sのコロニーは中央が盛り上がったドーム状の形態をしており、コロニーの縁がはっきりしているという未分化なES細胞のコロニーの特徴と一致しており、未分化状態が維持されていたことが示された。
ES−Sでは培養中にコロニー全体が基質からはがれることがあり、ES−Fに比べて接着が弱い可能性があった。
【0062】
(4) 培養されたES細胞の未分化性の確認
(a) 細胞染色
培養されたES細胞の未分化性が維持されているか否かを確認するため、細胞のアルカリホスファターゼ(ALP)染色を実施した。ALPは未分化なES細胞で発現が確認される未分化マーカーとして一般に用いられている。
【0063】
具体的には、ALP染色の試験は、Leukocyte Alkaline Phosphatase Kit(Sigma社より入手)を用いて、以下の手順に従って行った。
【0064】
アセトン13mlに、クエン酸塩溶液(18mmol/lクエン酸、9mmol/lクエン酸ナトリウム、12mmol/l塩化ナトリウムを含む、pH3.6)5mlと、37重量%ホルムアルデヒド1.6mlとを混合し、クエン酸塩実験液(Citrate Working Solution)を得た。
0.1mmol/l硝酸ナトリウム0.5mlに、FRVアルカリ溶液(5mg/mlFast red violet LB Baseを含む0.4mol/l塩酸)0.5mlを混合して、室温で2分静置後、脱イオン水(ミリQ水)22mlで希釈し、ジアゾニウム溶液(Diazoniumsolution)を得た。ジアゾニウム溶液4.8mlに対し、ナフトール溶液(4mg/mlナフトールAS−BIリン酸を含む2mol/l AMPD(2−アミノ−2−メチル−1,3−プロパンジオール)緩衝液、pH9.5)200μlを加え、染色液(Staining solution)を得た。
これらの試薬を用いて、ALP染色を行った。
【0065】
培養1ヶ月目のES細胞を、24穴マルチウェルプレートで継代培養後、ウェルから培地を除き、PBSで1回洗浄した。次いでそこに、クエン酸塩実験液を600μl添加し、30秒間固定した後、クエン酸塩実験液を除き、脱イオン水にて2回洗浄した。
次に、シャーレに、染色液を400μl添加し、アルミ箔で遮光して室温、1時間静置した。1時間後に染色液を除去し、脱イオン水で2回洗浄して、風乾した後、顕微鏡による観察を行った。
【0066】
染色の結果は、図2に示されるとおりであった。
培養1ヶ月目のES−SとES−FをALPで染色したところ、両者ともほぼ全てのコロニーがALP陽性であり、未分化状態を維持していたことが判明した。
【0067】
(b) 未分化マーカー遺伝子の発現
さらに、未分化なES細胞で特異的に発現している遺伝子(未分化マーカー遺伝子)の発現をリアルタイムPCRで確認した。
【0068】
RNA抽出を以下の手順に従って行った。
φ35mmシャーレ1枚あたりTRIzol試薬(Invitrogen社より入手)を1ml添加し、数回ピペッティングした後、全量を1.5mlチューブに移し、室温で5分間静置した。
次いで、クロロホルムを200μl加え振動攪拌後、2、3分間静置し、その後、16000rpm、15分間、4℃の条件にて、遠心分離を行った。
上層を新しいチューブに移し、500μlのイソプロパノールを加え、室温で10分間静置した。その後、さらに16000rpm、15分間、4℃の条件にて、遠心分離を行った。
上清を除去し、75容量%エタノールを1ml加えた後、10000rpm、5分間、4℃の条件にて、遠心分離を行った。
そして得られたRNA沈殿物を風乾させた。DEPC水(ジエチルピロカーボネート処理水)を50〜100μl加え2,3回ピペッティング後に55〜60℃で10分間インキュベートし、RNAを溶解させた後、−80℃で保存した。
【0069】
次に、抽出したRNAからcDNAを合成した。
cDNA合成は以下の手順に従って行った。
RNAを氷上で溶かし濃度を測定した。そこにPCRチューブにRNA5μg、ランダムヘキサマー50ngにトータル11μlになるようDEPC水を加えて調製した。そして、70℃、10分間インキュベート後、氷上で1分以上静置した。5×First Srand Buffer(タカラバイオ社より入手)4μl、10mM dNTP 1μl、0.1M DTT 2μl、および10U/ml RNaseインヒビター 1μlを1サンプル分としてサンプル数の1.1倍量をエッペンチューブに調製し、反応液に8μlずつ加えた(トータル19μl)。25℃、5分インキュベートした後、スーパースクリプトII逆転写酵素(SuperScript II RT)(Invitrogen社より入手)を1μl加えた。
次いで、25℃で10分、42℃で50分、70℃で15分の設定でインキュベート後、氷上に静置した。そこに、2U/μl RNaseH 1μlを加え、37℃、20分インキュベートし−80℃に保存した。
合成されたcDNAを鋳型にリアルタイムPCRを行った。
【0070】
リアルタイムPCRは以下の手順に従って行った。
PCR等級水 4μl、Taq MAN PCRマスターMIX(アプライド・バイオシステムズ社より入手)10μl、プライマー(アプライド・バイオシステムズ社より入手) 1μlを1反応分として目的遺伝子ごとに必要量×1.1倍の反応試薬を調製しリアルタイムPCR用96wellプレートに15μl/wellずつ入れた。
cDNAをPCR等級水で20倍に希釈し、5μl/wellずつ加えた。
プレートをシールして遠心分離機にかけ、50℃で2分、95℃で10分後、(95℃で15秒、60℃で1分)を×45サイクル、50℃で15秒の条件でリアルタイムPCRにかけた。
【0071】
未分化なマウスES細胞で特異的に発現する遺伝子のうち、最もよく用いられる「Oct−4」と「Nanog」について、ES−SとES−Fにおける発現量を調べた。
継代培養2ヶ月目のES−SとES−Fを継代から2日目に回収しRNAを抽出した。リアルタイムPCRによって未分化マーカー遺伝子Oct−4、Nanogの発現量を定量し比較した。
【0072】
結果は図3に示されるとおりであった。
図中、縦軸(relative to ALAS)は、内部標準として使用したALAS(5−アミノレブリン酸シンターゼ)に対する各サンプルの目的遺伝子の発現量の比を意味する。具体的には、グラフの値はALASのCp値と目的遺伝子のCp値の差から求められる増幅前のDNA量の相対値(単位はfold)を意味する。なおここで、内部標準は細胞の状態によらず常に発現量が一定となる遺伝子である。また、Cp値とは、PCR反応によってDNAを増幅させたとき、測定器で検出可能な量まで増幅させるのに必要なサイクル数(理論上、1サイクルでDNA量は2倍になる)である。
【0073】
両遺伝子ともES−SはES−Fと同等の発現を維持していた。また、比較のためLIFを除き1μMのレチノイン酸(Sigma社より入手)を添加して1週間分化誘導したES−F(RA誘導)では両遺伝子の発現が低下していた。
【0074】
(5) 培養されたES細胞の多分化能の確認
本発明による培地(セリシン培地)にて培養したES細胞(上記の「ES−S」)が、多分化能を維持していることを確認した。すなわち、セリシン培地にて2ヶ月以上培養したES−Sを、骨および心筋へ分化誘導した。なお骨および心筋は中胚葉から発達する組織・器官である。
【0075】
(i) 骨への分化誘導
培養したES細胞の骨への分化誘導は以下の手順に従って行った。
骨分化誘導培地としては、DMEM培地に、1重量% ペニシリン/ストレプトマイシン、10容量%FBS、100nM デキサメタゾン(和光純薬株式会社より入手)、10mM β−グリセロホスフェート(東京化成工業株式会社より入手)、50μg/ml アスコルビン酸−2−リン酸(Sigma社製)を加えたものを調製し、用いた。
【0076】
細胞をコンフルエントになるまで培養した後、骨分化誘導培地に交換した。
2〜3日に一度、培地を交換しながら3週間培養を続け、アリザリン染色によって骨分化を確認した。
【0077】
アリザリン染色は以下のようにして行った。
アリザリンレッドS(和光純薬株式会社より入手)を1重量%となるよう超純水に溶解し、pH6.0〜6.2に調整し、アリザリンレッド染色液を得た。
培地を除き、95容量%エタノールを加えて10分間静置した後、エタノールを除き、超純水で洗浄した。ここに、アリザリンレッド染色液を加えて30分間静置した。次いで、染色液を除き、超純水を加えて洗浄する操作を3〜6回程度繰り返した後、風乾した。
【0078】
対照としては、分化誘導培地のかわりにセリシン培地または血清培地に交換して培養したものを用意した。
【0079】
結果は図4に示される通りであった。
セリシン培地(本発明)で培養したES細胞では、骨への分化能が維持されていることが確認できた。
【0080】
(ii) 心筋への分化誘導
培養したES細胞の心筋への分化誘導は以下の手順に従って行った。
心筋分化誘導培地としては、GMEM培地に、5容量%KSR(Knockout Serum Replacement)、1mM ピルビン酸ナトリウム、0.1mM 非必須アミノ酸(L−アラニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、グリシン、L−プロリン、L−セリンを含む混合液、Invitrogen社より入手)、0.1mM 2−メルカプトエタノール、1μM 骨形成タンパク4(BMP4、R&D Systems社製、和光純薬工業株式会社より入手)を加えたものを調製し、用いた。
【0081】
ES−Sを500cells/wellとなるよう非接着性96穴マルチウェルプレートに播種した。2日間培養した後、形成した胚様体(Embryoid Body:EB)を回収し、非接着性シャーレにて心筋分化誘導培地を用いて浮遊培養した。
そこで、3日間培養した後、0.1重量%ゼラチン(DSファーマバイオメディカル株式会社より入手)で表面コートした24穴マルチウェルプレートに1穴あたり1つのEBが入るよう播種した。2日間培養後にBMP4を除いた心筋分化誘導培地に交換した。
接着培養開始から8日目に顕微鏡観察により拍動の見られるEB数を測定し、拍動率を算出した。
【0082】
結果は図5に示される通りであった。
セリシン培地(本発明)で培養したES細胞では、心筋への分化能が維持されていることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血清代替物としてのセリシンを含んでなる、多能性幹細胞培養用培地。
【請求項2】
分化抑制因子をさらに含んでなる、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
哺乳動物由来成分を含まない、請求項1または2に記載の培地。
【請求項4】
インスリン、トランスフェリン、エタノールアミンおよび亜セレン酸ナトリウムからなる群より選択される1種以上の補助成分をさらに含んでなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の培地。
【請求項5】
培地基礎成分をさらに含んでなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の培地。
【請求項6】
分化抑制因子が、白血病抑制因子(LIF)、骨形成タンパク4(BMP4)、アデニレートシクラーゼ活性阻害剤、MEK1(MAPK/ERK キナーゼ1)阻害剤、GSK3(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)阻害剤、FGF受容体阻害剤、塩基性線維芽細胞増殖抑制因子(bFGF)からなる群より選択されるものである、請求項2〜5のいずれか一項に記載の培地。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の多能性幹細胞培養用培地を使用して、多能性幹細胞の未分化性と多能性とを維持しつつ細胞増殖させることを含んでなる、多能性幹細胞の培養方法。
【請求項8】
多能性幹細胞が哺乳動物由来のものである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の多能性幹細胞培養用培地を使用して、未分化の多能性幹細胞を培養し、多能性幹細胞のクローン細胞集団を得ることを含んでなる、多能性幹細胞のクローン細胞集団の調製方法。
【請求項10】
多能性幹細胞が哺乳動物由来のものである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれか一項に記載の方法により得られた細胞が分化することによって得られた、分化した細胞。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−152111(P2011−152111A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−17328(P2010−17328)
【出願日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【出願人】(000107907)セーレン株式会社 (462)
【Fターム(参考)】