説明

多軸疲労寿命評価方法

【課題】多軸負荷による疲労損傷を高精度に予測可能な多軸疲労寿命評価方法を提供する。
【解決手段】評価対象の構造物の各時刻での応力またはひずみ状態を基に、各時刻での主応力または主ひずみに対して直交する面である主応力・主ひずみ面をそれぞれ求め、求めた各時刻での主応力・主ひずみ面のそれぞれに対して、当該主応力・主ひずみ面に作用する各時刻での主応力または主ひずみの垂直成分の値をそれぞれ算出すると共に、当該算出した値と、予め求めておいた単軸負荷時のSN線図とに基づき、各主応力・主ひずみ面での累積損傷評価を行い、当該累積損傷評価で最も損傷が大きいと評価された主応力・主ひずみ面を評価対象の主応力・主ひずみ面として、疲労寿命の評価を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機エンジン、過給器などの回転機械や、圧力容器などを含む一般構造物の疲労寿命を評価する際に用いられる多軸疲労寿命評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
実機部材の受ける荷重は、時刻と共に変化するランダム荷重である。したがって、主応力や主ひずみの方向(主軸という)が変化することも想定される。主軸方向を変化させた多軸疲労試験結果によれば、せん断ひずみと軸ひずみの位相あるいはせん断応力と軸応力の位相がずれるに従い、疲労寿命は単軸の寿命(等価ひずみあるいは等価応力を用いて求めた疲労寿命)よりも低下していくことが報告されている。
【0003】
こうした問題点を解決するために、負荷経路(主軸方向変化を含む負荷経路)を考慮して、主軸の変化にも対応できる多軸疲労寿命評価方法がいくつか提案されている。
【0004】
なかでも、非特許文献1,2では、評価対象とする期間中で主応力・主ひずみが最も大きな値となる主応力・主ひずみ面に着目して、主軸の変化量を定量化する方法、および負荷経路(主軸方向変化を含む負荷経路)に基づいた多軸疲労寿命評価方法(IS(Itoh-Sakane)法)が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】伊藤隆基、「非比例多軸低サイクル疲労寿命評価モデル」、材料、社団法人日本材料学会、2001年12月15日、vol.50、No.12、pp.1317−1322
【非特許文献2】Takamoto Itoh、Tomohiko Ozaki、Toru Amaya、and Masao Sakane、「DETERMINATION OF STRESS AND STRAIN RANGES UNDER NON-PROPORTIONAL CYCLIC LOADING」、8th International Conference on Multiaxial Fatigue & Fracture、2007年
【非特許文献3】Takamoto Itoh、Masao Sakane、Takahiro Hata、Naomi Hamada、「A design procedure for assessing low cycle fatigue life under proportional and non-proportional loading」、International Journal of Fatigue 28、2006年、pp.459−466
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、従来のIS法では、評価対象とする期間中(例えば1サイクル中)で主応力・主ひずみが最大となる面に着目して、疲労損傷を評価してきた。つまり、従来のIS法では、主応力・主ひずみが最大となる面が、最も疲労損傷が大きいとして評価を行ってきた。
【0007】
しかしながら、実機に作用する応力・ひずみの状態によっては、主応力・主ひずみが最大となる面が、最も疲労損傷が大きいとは限らないという問題がある。
【0008】
例えば、1サイクル中に大きな軸負荷がn回作用し、小さいねじり負荷がN回作用する場合について考えると、n≒Nであれば、主応力・主ひずみが最大となる面が最も疲労損傷が大きい面となる。しかし、n<<Nである場合、すなわち、大きい軸負荷が1回作用する間に、多数回の小さいねじり負荷が作用するような場合においては、回数の多いねじり負荷による疲労損傷が大きくなり、主応力・主ひずみが最大となる面が最も疲労損傷が大きい面とならない場合もある。
【0009】
このような場合に、従来通り主応力・主ひずみが最大となる面を評価対象として疲労寿命の評価を行うと、最も疲労損傷が大きい面でない面を評価対象としていることとなり、危険側の評価となってしまう。
【0010】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、多軸負荷による疲労損傷を高精度に予測可能な多軸疲労寿命評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、評価対象の構造物の各時刻での応力またはひずみ状態を基に、各時刻での主応力または主ひずみに対して直交する面である主応力・主ひずみ面をそれぞれ求め、求めた各時刻での主応力・主ひずみ面のそれぞれに対して、当該主応力・主ひずみ面に作用する各時刻での主応力または主ひずみの垂直成分の値をそれぞれ算出し、当該算出した値と、予め求めておいた単軸負荷時のSN線図とに基づき、各主応力・主ひずみ面での累積損傷評価を行い、当該累積損傷評価で最も疲労損傷が大きいと評価された主応力・主ひずみ面を評価対象の主応力・主ひずみ面として、疲労寿命の評価を行う多軸疲労寿命評価方法である。
【0012】
前記疲労寿命の評価は、前記評価対象の主応力・主ひずみ面での主応力・主ひずみ軸を基準軸とし、[数1]に示す式(1)
【0013】
【数1】

【0014】
により、非比例負荷係数fNPを求め、求めた非比例負荷係数fNPに基づき、下式(2a)または下式(2b)
Nf_NP={(1+αfNP)Δε/A}1/B ・・・(2a)
Nf_NP={(1+αfNP)Δσ/A}1/B ・・・(2b)
但し、Nf_NP:疲労寿命となるサイクル数
A,B:材料定数
Δε:基準軸に投影して算出されるひずみ範囲
Δσ:基準軸に投影して算出される応力範囲
α:非比例負荷での追硬化の程度あるいは寿命低下の程度
を表す係数
により寿命評価を行うとよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、多軸負荷による疲労損傷を高精度に予測可能な多軸疲労寿命評価方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図2】(a),(b)は、図1の多軸疲労寿命評価方法において、ある時刻tnの主応力・主ひずみ面に作用する別の時刻tiの主応力・主ひずみS(ti)の垂直成分について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を添付図面にしたがって説明する。
【0018】
まず、本実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法で用いるIS法について説明する。なお、IS法については、非特許文献1,2に詳細に記載されているため、ここでは概略のみを説明する。
【0019】
IS法は、主応力(ひずみ)基準のクライテリアであり、下式(3)で定義される。
ΔSINP=(1+αfNP)ΔSI ・・・(3)
【0020】
式(3)において、ΔSIは評価対象となる主応力・主ひずみ面に作用する垂直成分として算出される応力(ひずみ)範囲、すなわち、評価対象の主応力・主ひずみ面での主応力・主ひずみ軸を基準軸としたとき、その基準軸に投影して算出される応力(ひずみ)範囲である。また、αは非比例負荷(応力またはひずみの主軸方向が変化する負荷)での追硬化の程度あるいは寿命低下の程度を表す係数であり、非比例負荷による時間強度の低下率からも求めることができる。αは材料定数であるため、予め材料データとして取得しておくとよい。fNPは、負荷経路の非比例の程度を表すパラメータであり、非比例負荷係数と呼称する。
【0021】
非比例負荷係数fNPは、[数2]に示す式(1)より得られる。
【0022】
【数2】

【0023】
式(1)における積分記号の中の「|e1×eRSI(t)|」は、主応力(主ひずみ)の方向変化を含む値の変化量を表しており、dsは応力(ひずみ)経路、すなわち負荷経路を表している。負荷経路の全経路に沿って、主応力(ひずみ)の変化量を経路積分することにより、非比例負荷係数fNPを求めることができる。なお、式(1)において積分値にπ/(2SImax・Lpath)を乗じているのは、fNPを基準化するためである。軸ひずみεまたは軸応力σとせん断ひずみγまたはせん断応力τが90度の位相差で負荷される円形負荷では、fNPは1となる。
【0024】
また、e1は最大主応力(最大主ひずみ)の方向を示す単位ベクトルであり、eRは、ある時刻t(e1を基準(時刻0)とした時刻)での主応力(主ひずみ)の方向を示す単位ベクトルである。よって、e1とeRの外積は、e1とeRのなす角度ξ(t)を用いて、sinξ(t)で表すことができる。よって、式(1)の積分記号の中の「|e1×eRSI(t)|」は、「SI(t)|sinξ(t)|」と表すこともできる。
【0025】
以下、本実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法を図1を用いて説明する。
【0026】
図1に示すように、本実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法では、まず、ステップS1にて、評価対象の構造物の各時刻での応力またはひずみ状態を基に、各時刻での主応力または主ひずみを計算する。これにより、各時刻での主応力または主ひずみに対して直交する面である各時刻での主応力・主ひずみ面も得られることになる。
【0027】
なお、ステップS1で計算に用いる各時刻での応力またはひずみ状態としては、例えば、疲労寿命の評価を行う部位がセンサを配置した測定点である場合は、そのセンサによる測定データを用いることができる。また、測定点でない部位の疲労寿命の評価を行う際には、応力またはひずみ状態を任意の方法で解析した解析結果を用いることができる。また、評価を行う期間は、例えば、評価対象の構造物の起動(運用開始)から停止(運用終了)までとすればよい。具体的には、例えば、評価対象の構造物が航空機である場合には、離陸から着陸までの1サイクル、評価対象の構造物がプラントである場合は、前回の定期検査から今回の定期検査までを、評価対象の期間とすればよい。
【0028】
その後、ステップS2にて、ある時刻tnの主応力・主ひずみ面に着目し、その面に作用する他の各時刻での主応力または主ひずみの垂直成分の値をそれぞれ算出する。
【0029】
図2(a)に示すように、ある時刻tnの主応力・主ひずみがS(tn)であり、時刻tnの主応力・主ひずみ面が符号21で示される面であったとする。このとき、図2(b)に示すように、別の時刻tiの主応力・主ひずみがS(ti)であったとすると、時刻tnの主応力・主ひずみ面21に作用する別の時刻tiの主応力・主ひずみS(ti)の垂直成分は、図中のS(ti)’のようになる。同様にして、ある時刻tnの主応力・主ひずみ面21に作用する全ての時刻での主応力・主ひずみの垂直成分を算出する。
【0030】
その後、ステップS3にて、予め求めておいた単軸負荷時のSN線図に基づき、時刻tnの主応力・主ひずみ面について累積損傷評価を行う。
【0031】
累積損傷評価では、マイナー則や修正マイナー則を用いて評価を行うとよい。具体的には、ステップS2で算出した任意の時刻tiの主応力・主ひずみの垂直成分S(ti)’に対応するサイクル数Niを単軸負荷時のSN線図より求めると共に、そのS(ti)’が負荷された回数niを求め、下式(4)
n=Σ(ni/Ni) ・・・(4)
により、時刻tnの主応力・主ひずみ面での疲労損傷度Dnを求める。
【0032】
その後、ステップS4にて、全てのnについて計算を行ったかを判断し、NOと判断されればステップS2に戻る。つまり、ステップS2,S3を全ての時刻について実行し、すべての時刻の主応力・主ひずみ面での疲労損傷度をそれぞれ求める。なお、評価対象とする時刻の間隔については、解析結果を用いる場合には解析を行った設定(ステップ)をそのまま採用すればよく、測定結果を用いる場合には、適宜な間隔に設定すればよい。
【0033】
その後、ステップS5にて、ステップS3で求めた疲労損傷度Dnが最大となる主応力・主ひずみ面、すなわち、最大の疲労損傷となる主応力・主ひずみ面を選択し、選択した主応力・主ひずみ面での主応力・主ひずみ軸(つまり主応力・主ひずみ面に垂直な軸)を基準軸とし、選択した主応力・主ひずみ面を評価面に決定する。
【0034】
その後、ステップS6にて、決定した基本軸と評価面を用い、IS法により疲労寿命を評価する。
【0035】
具体的には、上述の式(1)により、非比例負荷係数fNPを求め、求めた非比例負荷係数fNPに基づき、下式(2a)または下式(2b)
Nf_NP={(1+αfNP)Δε/A}1/B ・・・(2a)
Nf_NP={(1+αfNP)Δσ/A}1/B ・・・(2b)
但し、Nf_NP:疲労寿命となるサイクル数
A,B:材料定数
Δε:基準軸に投影して算出されるひずみ範囲
Δσ:基準軸に投影して算出される応力範囲
α:非比例負荷での追硬化の程度あるいは寿命低下の程度
を表す係数
により寿命評価を行う。なお、式(2a),(2b)におけるA,B,αは、いずれも材料定数であるので、予め材料データとして取得しておくとよい。
【0036】
以上説明したように、本実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法では、評価対象の構造物の各時刻での応力またはひずみ状態を基に、各時刻での主応力または主ひずみに対して直交する面である主応力・主ひずみ面をそれぞれ求め、求めた各時刻での主応力・主ひずみ面のそれぞれに対して、当該主応力・主ひずみ面に作用する各時刻での主応力または主ひずみの垂直成分の値をそれぞれ算出すると共に、当該算出した値と、予め求めておいた単軸負荷時のSN線図とに基づき、各主応力・主ひずみ面での累積損傷評価を行い、当該累積損傷評価で最も損傷が大きいと評価された主応力・主ひずみ面を評価対象の主応力・主ひずみ面として、疲労寿命の評価を行うようにしている。
【0037】
つまり、本実施の形態に係る多軸疲労寿命評価方法では、評価対象とする損傷面を決定するために、評価対象の応力・ひずみの時刻歴から全ての時刻について主応力・主ひずみを計算し累積損傷評価を行い、最大の疲労損傷を受ける面を評価対象としている。
【0038】
本発明では、従来方法のように主応力・主ひずみが最大となる面を評価するのではなく、最も疲労損傷が大きい主応力・主ひずみ面を評価対象として疲労寿命の評価を行っているため、小さい負荷が多数回負荷されるような応力・ひずみ状態であっても、危険側の評価となってしまうことを抑制でき、主軸の大きさと方向が複雑に変化する多軸負荷による疲労損傷を高精度に予測することが可能になる。
【0039】
なお、本実施の形態では、クライテリアとして主応力・主ひずみを用いたが、これに限らず、クライテリアとしてミーゼス型やトレスカ型などの相当応力(ひずみ)を採用することも勿論可能である。つまり、本発明によれば、いずれのクライテリアを採用した場合であっても、疲労損傷が最も大きくなる面を評価対象とし、高精度な疲労寿命の評価を行うことが可能になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の構造物の各時刻での応力またはひずみ状態を基に、各時刻での主応力または主ひずみに対して直交する面である主応力・主ひずみ面をそれぞれ求め、
求めた各時刻での主応力・主ひずみ面のそれぞれに対して、当該主応力・主ひずみ面に作用する各時刻での主応力または主ひずみの垂直成分の値をそれぞれ算出すると共に、
当該算出した値と、予め求めておいた単軸負荷時のSN線図とに基づき、各主応力・主ひずみ面での累積損傷評価を行い、
当該累積損傷評価で最も損傷が大きいと評価された主応力・主ひずみ面を評価対象の主応力・主ひずみ面として、疲労寿命の評価を行う
ことを特徴とする多軸疲労寿命評価方法。
【請求項2】
前記疲労寿命の評価は、
前記評価対象の主応力・主ひずみ面での主応力・主ひずみ軸を基準軸とし、[数1]に示す式(1)
【数1】

により、非比例負荷係数fNPを求め、
求めた非比例負荷係数fNPに基づき、下式(2a)または下式(2b)
Nf_NP={(1+αfNP)Δε/A}1/B ・・・(2a)
Nf_NP={(1+αfNP)Δσ/A}1/B ・・・(2b)
但し、Nf_NP:疲労寿命となるサイクル数
A,B:材料定数
Δε:基準軸に投影して算出されるひずみ範囲
Δσ:基準軸に投影して算出される応力範囲
α:非比例負荷での追硬化の程度あるいは寿命低下の程度
を表す係数
により寿命評価を行う
請求項1記載の多軸疲労寿命評価方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−44666(P2013−44666A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−183637(P2011−183637)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【出願人】(504145320)国立大学法人福井大学 (287)
【Fターム(参考)】