多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法
【課題】強度としては弱いものの、物質透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供する。
【解決手段】位置敏感検出手段1は、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3と鉄等の金属部材4と後方位置敏感検出器複合体5とを具え、前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体2に到達する前方水平ミュオンによって、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路を特定し、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した前方水平ミュオンのうち、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする。
【解決手段】位置敏感検出手段1は、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3と鉄等の金属部材4と後方位置敏感検出器複合体5とを具え、前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体2に到達する前方水平ミュオンによって、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路を特定し、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した前方水平ミュオンのうち、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば原子炉、製鉄用高炉、発電用ダム、橋脚、高架道路、船舶、車輌等の構造物の内部構造情報を、水平宇宙線ミュオン多重分割型検出手段を用いて得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば原子炉のような構造物は、一旦設置され定常運転に入ると、炉心等の内部構造情報を得ることは難しく、また、原子炉自体が操業後は放射線を放出しているため、原子炉を解体して炉心等の内部構造情報を得ることも難しい。
このため、このような内部構造情報を、構造物の形態を維持し運転中の状態で得ることができればきわめて有用である。
【0003】
構造物の形態を維持した状態で内部構造情報を得るための従来法としては、例えば、本発明者が提案した特許文献1の方法がある。この方法は、図1に示すように、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンを利用して、高炉201を貫通するミュオンの強度変化に基づいて炉壁202若しくは炉底部204の耐火物の厚さを非破壊で測定する方法であり、より具体的には、正方形状の測定面をもつ3枚の位置敏感検出器(シンチレーター)211〜213を間隔をあけて互いに平行に配置し、各位置敏感検出器211、212、213には、4隅に光電子増倍管を設置し、位置検出器211〜213の測定面をミュオンが貫通すると、貫通位置で光を発する。この発した光を前記測定面の4隅に設置した光電子増倍管で検知し、この検知した光情報をパルス信号に変換し、これら光電子増倍管で検知するまでの時間の差から、位置検出器211〜213の測定面をミュオンが貫通した位置を特定することができる。平行に配置した3枚の位置検出器211〜213の各測定面での貫通位置を求めることによって、ミュオンが高炉201を貫通したときの経路Hが算出でき、この経路ごとのミュオン強度の減衰を知ることによって、高炉の内部構造情報を得る方法である。
【特許文献1】特開平8−261741号公報
【0004】
しかしながら、本発明者らが上記従来法(アナログ法)についてさらに詳細に検討したところ、各光電子増倍管からのパルス波形が、測定する雰囲気温度等によって変化して長時間安定性が得られない場合があり、かかる場合には、構造物の内部構造情報を精度よく得られないことが判明した。
【0005】
また、大気中には、光や電子等のような軟成物宇宙線バックグラウンド成分が、水平ミュオンに対し数10倍程度存在するため、ミュオンを用いて構造物の内部構造情報を正確に得るには、3枚のアナログ型検出器211〜213を用いたのでは不十分で、かかる軟成物バックグラウンド成分とミュオンとを区別できるような手段を講じる必要があった。
【0006】
さらに、ミュオンを用いて構造物の内部構造情報を得る場合、構造物の測定対象部を貫通し位置敏感検出手段に到達するミュオンの強度変化から、構造物の内部構造情報を得ることを期待したが、低バックグラウンド・長期安定測定が出来ないため、構造物の内部構造情報を精度よく得ることができないことが判明した。
【0007】
さらにまた、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンの物質貫通力は、地表に降り注ぐ角度、即ち垂直方向に対する角度である天頂角によって異なり、特に、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンは、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高いため、上記軟成物バックグラウンド成分を除去できる手段があれば、構造物の内部構造情報を得る上できわめて有用であり、また、水平に近い宇宙線ミュオンを用いることにより、対象物に対して検出器の設置が容易で、垂直方向のミュオンを用いる場合に必要なトンネル等の構築は不要である。
【0008】
これらの課題を解決するため、本発明者は、先に出願した特願2005−103681号明細書および図面において、物体を透過する水平ミュオンの経路ごとに強度変化を測り透過像、いわゆる透過型ラジオグラフィーを得る方法であって、特に、対象物体の反対方向から飛来する後方ミュオンの同時測定によるデータの規格化や、位置検出器複合体間に配設した鉄や鉛の金属部材による多重発生事象による雑音の除去等を行うことにより、精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提案した。
【0009】
ここでいうラジオグラフィーは、質量が電子より200倍重い電磁相互作用粒子であるミュオン(μ+, μ-)の透過性が良い性質を使って、火山体や工業機器のように、厚い物体に対して新しいラジオグラフィー(レントゲン写真撮影)を行おうとするものである。
【0010】
ラジオグラフィーの最も身近な例は、X線を用いて人体の透過像をとる「レントゲン写真」である。「レントゲン写真」が光(X線)を用いて人体の透過像をとるように、なんらかの光又は粒子を用いて透過像を得るためには、下記の1および2に示す条件を満たすことが必要である。
1.光・粒子の持つエネルギーに対する飛程が対象物の厚さより長いか同程度である。
2. 光・粒子の検出が容易で経路が容易に同定できる。
【0011】
図2は、ミュオン、電子、陽子について、鉄に対する入射エネルギーを変化させたときの平均飛程を示した結果を示したものである。
【0012】
一般に、粒子のエネルギーを上げるにつれて、さまざまな物質における粒子の飛程は増大する。しかしながら、電子は「質量が軽いことによる光への変換」のために、陽子は「強い相互作用による核反応の増大」のために、どんなにエネルギーを上げても、ある厚さ以上に飛程を上げることができない。これに対して、ミュオンは、非常に厚い構造物であっても、入射エネルギーを高めるとそれに比例して平均飛程が長くなるためきわめて有効な素粒子である。
【0013】
素粒子ミュオンを用いたラジオグラフィーには、下記の(I)〜(III)に示すような特徴がある。
(I)厚い対象物の透過像を得ることが可能である(ミュオン以外の粒子や光ではどんなに高エネルギーにしても、ある厚さ以上では透過像を得ることは出来ない。ミュオンを用いた場合、例えば、鉄(工業機器)で100m程度までの厚さを測定できる。)。
(II)検出効率が100%で、経路決定が簡単にできる。
(III)核反応を起こさないので対象物が一切放射線を放出しない。
【0014】
そして本発明者が、特願2005−103681号明細書および図面に記載の方法についてさらに詳細に検討したところ、この方法は、物体を透過するミュオンのエネルギー分析を行ってなく、測定される前方水平ミュオンのうち、物体を素通りする高エネルギー水平ミュオンも一緒に測定している結果、この素通りする高エネルギー水平ミュオンが測定ノイズとなり、検出感度を低減させていることがわかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
この発明の目的は、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供する。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、この発明の要旨は以下のとおりである。
(1)構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に、測定系として位置敏感検出手段を配置し、宇宙からの1次宇宙線により大気でつくられ地表に降り注ぐ素粒子ミュオンが、前記構造物の測定対象部を貫通して、位置敏感検出手段を構成する測定系に到達したときのミュオン強度を所定時間間隔で測定し、前記ミュオン強度の通過経路ごとの分布を知ることによって構造物の内部構造情報を得る方法であって、位置敏感検出手段は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも2基の前方位置敏感検出器複合体と、該前方位置敏感検出器複合体の後方に所定の間隔をおいて配設され、鉄または鉄よりも重い金属からなる金属部材と、該金属部材の後方に所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体とを具え、前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体に到達する前方水平ミュオンが、つづいて第2前方位置敏感検出器複合体に到達した後に、それぞれの到達位置をつないだ直線を逆にたどることで、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路(通過位置と傾き)を特定し、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、前記位置敏感検出手段を挟んで構造物とは反対側から位置敏感検出手段に到達する後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする、多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0017】
(2)金属部材は、それを透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去する上記(1)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0018】
(3)各位置敏感検出器複合体は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材に区画され、全体として正方形状の第1検出板と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材に区画され、全体として正方形状の第2検出板とを有し、第1および第2検出板に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材と縦長部材が直交するように配置される上記(1)または(2)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0019】
(4)低エネルギー前方水平ミュオンは、5GeV未満のエネルギーをもつ前方水平ミュオンである上記(1)、(2)または(3)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0020】
(5)位置敏感検出手段は、構造物の側方であって、その周りに異なる角度間隔で複数基配設することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0021】
(6)構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記することにより、構造物の動的内部構造情報を得ることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供することが可能になる。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることができる。
【0023】
また、この発明では、真上から降り注ぐ垂直ミュオンを検出する場合のように、位置敏感検出手段を穴を掘って配置するなどの空間的制限が少なく、構造物の側方の有限間隔位置に配置することができる。このため、位置敏感検出手段の周りに、異なる角度間隔で複数基配設することも可能であり、このように複数基配設すれば、複数の異なる角度での切断面に対する密度長観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ること(トモグラフィック観測)ができる。
【0024】
さらに、位置敏感検出手段を構成する測定系(計測回路系)について、シンチレーターからの高速パルスに対して、ナノ秒以下の高速電子回路を使用することにより、対象物である構造物を貫通する前方水平ミュオンの信号(F)と、丁度反対側の観測角度を持つ「空」の部分を貫通する(、言い換えれば物体を貫通しないで直接到達する)後方水平ミュオンの信号(B)とを区別して測定することができる。また、前方水平ミュオンの信号(F)と後方水平ミュオンの信号(B)とを区別するための他の手段として、ミュオンが地表に対し上方から降り注ぐものに限られ、下方からくるミュオンが存在しないという現象を利用して、各位置敏感検出器複合体を構成する第2検出板を水平ミュオンが貫通するy座標(垂直座標)の位置の上下関係から両信号(FとB)を区別する方法を用いることもできる。この方法の場合、高速電子回路が不要となるという利点がある。かくして得られるF/B強度比をデータとして取り込むことにより、きわめて安定なデータ取得をすることが出来る。加えてマイクロ秒以下の精度で絶対時間を付記してデータ取得を行うことにより、数々の実時間変化の追跡や、周期的な内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
この発明に従う実施形態について図面を参照しながら以下に説明する。
図3は、この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法に用いるのに最適な位置敏感検出手段1の構成を示す図である。
【0026】
図3に示す位置敏感検出手段1は、少なくとも2基の前方検出器複合体、図3では2基の前方検出器複合体2、3と、鉄または鉄のような重い金属からなる金属部材4と、少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体、図3では1基の後方位置敏感検出器複合体5と主として構成されている。
【0027】
前方位置敏感検出器複合体2,3は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、各前方位置敏感検出器複合体2,3には、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器を有する。
【0028】
金属部材4は、後述するように、金属部材4を透過する全ての前方水平ミュオンのうち、低エネルギー(、好適には5GeV未満)の前方水平ミュオンだけを所定の散乱角領域で散乱させるとともに、金属部材4を透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去することを目的として、前方位置敏感検出器複合体3の後方に所定の間隔をおいて配設される。
【0029】
金属部材4は、鉄または鉄よりも重い金属(例えば鉛)からなり、上記目的を達成するには、鉄(または鋼)の場合には、50〜200cmの厚さ、鉛の場合には、30〜120cmの厚さ程度にすることが好ましい。
【0030】
図4は、金属部材として、厚さ70cmの鉄板、厚さ100cmの鉛板、および厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板を用いた場合について、それぞれミュオンのエネルギー(GeV)と散乱角(mrad)との関係を示したものである。
【0031】
図4から、厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板の場合、10GeV以下のエネルギーでは20mrad程度の散乱角を持つ。従って、図3のような測定器系を用意して、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3の対が、±5mm以下の位置分解能を持ち、対の間隔が10cm以上あれば、入射する宇宙線ミュオンの進行方向傾き(、すなわち、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3間の前方水平ミュオンの経路)を数10mradの精度で決定できる。従って、金属部材4(鉛の散乱体)を含めて1m余離れた位置に置かれた、後方位置敏感検出器複合体5で±5mm以下の精度でミュオンの通過位置を決めるだけで、鉛による散乱角を数10mradの精度で決め、10GeV以上の素通りしたミュオンを、データから容易に除去する事が出来る。
【0032】
後方位置敏感検出器複合体5は、金属部材4の後方に所定の間隔をおいて配設され、各後方位置敏感検出器複合体5には、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器を有する。
【0033】
各位置敏感検出器複合体2,3,5は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材6に区画され、全体として正方形状の第1検出板7と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材8に区画され、全体として正方形状の第2検出板9とを有し、第1および第2検出板7,9に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材6と縦長部材8が直交するように配置されることが好ましい。
【0034】
ここでいう「高精度位置分解検出器」としては、例えば±5mm以下の幅をもつ多重微細分割プラスチックカウンター、同ファイバーシンチレーションカウンター、ドリフトチェンバー、半導体マイクロチップ検出器等を用いるのが好ましい。
【0035】
ところで、ミュオンは、宇宙から飛来する陽子を主体とする一次宇宙線がバーン・アレン帯及び大気を通過する際に発生して地表に降り注ぐ宇宙線の一種である。ミュオンは、中性子に次いで寿命が長く、重さは電子の約207倍で、+及び−の電荷を有する素粒子であり、他の粒子との間で電磁気力のみ作用するだけで、強い相互作用(核力)がない。従って、パイオンや陽子、中性子などのように電磁気力と核力の双方の強度減衰をもつものに比べ、物質貫通力が高く、また相互作用の解析も容易である。加えて、電荷があるために、シンチレーターなどの検出器で100%の検出効率を持つ。電子は同じ性質を持つが質量が軽いため、物質中ですぐに光に変わり、厚い物体では利用できない。
【0036】
本発明者らは、前記宇宙線ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンの透過後の強度が、図5に示すように、垂直ミュオン(天頂角0°)に比べて高いことを利用し、透過像をとる方法を、以下に示すように見出した。
【0037】
しかしながら、大気中には、光や電子等のような軟成物バックグラウンド成分が、ミュオンに対し数10倍程度存在し、さらに、水平ミュオンは、地表に降り注ぐ量が少ないため、水平ミュオンを用いて測定するには、軟成物バックグラウンド成分を除去する手段が必要である。
【0038】
このため、軟成物バックグラウンド成分を除去する手段を検討したところ、第2前方位置敏感検出器複合体3と後方位置敏感検出器複合体5の間に、鉄のような重い金属からなる金属部材4を配設すると、1個の軟成分が前方(後方)の検出器複合体3を貫通してから金属部材4を通過すると、複数個の信号が後方(前方)の検出器複合体5に発生するという事実を用いて、軟成物バックグラウンド成分を有効に除去できることを見出した。
【0039】
また、本発明では、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した全ての前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体5に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、散乱せずに金属部材4を素通りする高エネルギー前方水平ミュオンを除去することにより、検出感度(解像度)を格段に向上させることができる。
【0040】
図6(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが、炭素(C)の部材を透過させたときの部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたもの、また、図7(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが、鉄(Fe)の部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【0041】
これらの図から、炭素と鉄の部材のいずれの場合にも、5GeV以上の高エネルギーミュオン成分の除去により、10m程度の厚さに対するミュオン強度の変化が急峻になっている事が判る。
【0042】
また、図8(a),(b)と図9(a),(b)は、それぞれ図6(a),(b)と図7(a),(b)について、厚さゼロとの比、即ち、前方(対象物側)水平ミュオンと後方(空側)水平ミュオンとの比で規格化して示したものである。
【0043】
これらの図から、共に5GeV以上の高エネルギーミュオン成分の除去により、10mまでの厚さに対するミュオン強度の変化割合が、高エネルギーミュオン成分の除去を行わない場合に比べて大きくなっているのがわかる。すなわち、この変化割合が大きければ、検出感度(解像度)、すなわち厚さ方向(z方向)の空間解像度の向上が図れることを意味するため、本発明では、高エネルギー(好適には5GeV以上)のミュオン成分の除去する構成を採用することにより、検出感度(解像度)、すなわち厚さ方向(z方向)の空間解像度を格段に向上させることに成功したのである。
【0044】
なお、高エネルギーのミュオン成分を除去するための手段としては、例えば、金属部材4の材質や厚さを調整することにより、図3に示すように、高エネルギー前方水平ミュオンは散乱させないで素通りさせるとともに、低エネルギー前方水平ミュオンだけを所定の散乱角領域で散乱させて後方位置敏感検出器複合体5に到達させて、高エネルギー前方水平ミュオンと低エネルギー前方水平ミュオンを分離した後に、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集する方法、すなわちカロリーメーターによるエネルギー分析法が挙げられる。
【0045】
次に、この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法について以下に説明する。
まず、原子炉等の構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に位置敏感検出手段1を配置する。
【0046】
位置敏感検出手段1は、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲の水平ミュオンを用い、この前方水平ミュオンMFが、構造物の測定対象部を貫通してから位置敏感検出手段1を構成する第1および第2前方位置敏感検出複合体2および3、金属部材4、ならびに後方位置敏感検出複合体5を順次貫通するように配置する。
【0047】
このとき、前方水平ミュオンMFは、貫通した第1前方位置敏感検出複合体2および第2前方位置敏感検出複合体3の位置から入射角αを算出し、この角度αから前方水平ミュオンMFの飛来軌跡が特定され、これにより、前方水平ミュオンMFの測定対象部での通過位置も特定される。
【0048】
第1前方位置敏感検出複合体2および第2前方位置敏感検出複合体3に到達したときのミュオン強度を色々なαについて、所定時間、例えば500時間で測定する。
【0049】
次いで、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した前方水平ミュオンを測定するとともに、高エネルギー前方水平ミュオンと、低エネルギー前方水平ミュオンに分離した上で、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集する。これによって、これまでノイズとなっていた高エネルギー前方水平ミュオンを除去することができる結果、検出感度(S/N比)は格段に向上する。
【0050】
また、前方水平ミュオンMF、より厳密には低エネルギー前方水平ミュオンの強度(F)を測定すると同時に、前記位置敏感検出手段1を挟んで構造物とは反対側から、後方位置敏感検出器複合体5および金属部材4を貫通してから第2および第1前方位置敏感検出器複合体3および2に到達する後方水平ミュオンMBの強度(B)も同様な色々なαについて測定し、これら前方水平ミュオンおよび後方水平ミュオンの同じαについての強度比(F/B)から構造物の内部構造情報を算出することとした。これにより、高精度の内部構造情報を安定に得られる。
【0051】
さらに、位置敏感検出手段1は、構造物11の側方の有限間隔位置であって、その周りに異なる角度間隔で複数基、好適には90°間隔で2基配設すれば、トモグラフィックな観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ることもできる。
【0052】
さらにまた、構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記すれば、構造物の動的内部構造情報を得ることができる。
【実施例】
【0053】
次に、この発明に従う方法を用いて構造物である原子炉の内部構造がどのように観察されるかについて、シュミレーション計算を行ったので以下で説明する。
【0054】
図10に、構造物と位置敏感検出手段との位置関係を示す。
対象の構造物としては、内部に炉心を有する原子炉(高速増殖炉)を想定し、図10に示すように、外直径7m、厚さ5cmのステンレス製(比重7.8g/cm3)の原子炉容器内に、直径1.8m、高さ0.93m、主成分としてウラン燃料4.5トン、プルトニウム燃料1.4トン、ウランブランケット17.5トンを有し、平均比重が9.9g/cm3である炉心と、液体ナトリウム(比重0.97g/cm3)が充填された状態の仮想構造物を用いた。
【0055】
今回は、特に、液体ナトリウムの中にある炉心の境界がどの程度の精度で決定出来るかを評価した上で、炉心の内部構造がどの様に評価出来るかについて調査した。
【0056】
図11は、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、高エネルギー(1GeV、2GeV、5GeV、10GeV以上)の前方水平ミュオンをカットした場合について、上記仮想構造物の炉心近辺のミュオンの透過像の測定結果を示したものである。
【0057】
また、参考のため、特願2005−103681号の明細書および図面に記載した方法、すなわち、カロリーメーターによるエネルギー分析を行う構成をもたない位置敏感検出手段を用いて、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した全ての前方水平ミュオンを用いた場合(図11のNo cutoff)における、ミュオンの透過像の測定結果についても併せて示してある。
【0058】
図11に示す結果から、本発明の方法は、エネルギーカットを導入することで、炉心の端面形状が精度よく測定することができるのがわかる。
【0059】
また、図12は、図11に示す結果を用いて、ナトリウム領域を通過するミュオン数で規格化して、ウラン部の透過ミュオン強度の相対値で表示したものである。
【0060】
図12の結果から、エネルギーカットを導入することで、xy方向の解像度の向上が認められる。
【0061】
尚、上述したところは、この発明の実施形態の一例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。特に、本発明では、構造物として原子炉を例にして述べてきたが、原子炉だけには限定されず、高炉、発電用ダム、橋脚、高架道路、船舶、車輌など、種々の構造物の内部構造情報を得ることができるのは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0062】
この発明によれば、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供することが可能になる。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることができる。
【0063】
また、この発明では、真上から降り注ぐ垂直ミュオンを検出する場合のように、位置敏感検出手段を穴を掘って配置するなどの空間的制限が少なく、構造物の側方の有限間隔位置に配置することができる。このため、位置敏感検出手段の周りに、異なる角度間隔で複数基配設することも可能であり、このように複数基配設すれば、複数の異なる角度での切断面に対する密度長観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ること(トモグラフィック観測)ができる。
【0064】
さらに、位置敏感検出手段を構成する測定系(計測回路系)について、シンチレーターからの高速パルスに対して、ナノ秒以下の高速電子回路を使用することにより、対象物である構造物を貫通する前方水平ミュオンの信号(F)と、丁度反対側の観測角度を持つ「空」の部分を貫通する(、言い換えれば物体を貫通しないで直接到達する)後方水平ミュオンの信号(B)とを区別して測定することができる。また、前方水平ミュオンの信号(F)と後方水平ミュオンの信号(B)とを区別するための他の手段として、ミュオンが地表に対し上方から降り注ぐものに限られ、下方からくるミュオンが存在しないという現象を利用して、各位置敏感検出器複合体を構成する第2検出板を水平ミュオンが貫通するy座標(垂直座標)の位置の上下関係から両信号(FとB)を区別する方法を用いることもできる。この方法の場合、高速電子回路が不要となるという利点がある。かくして得られるF/B強度比をデータとして取り込むことにより、きわめて安定なデータ取得をすることが出来る。加えてマイクロ秒以下の精度で絶対時間を付記してデータ取得を行うことにより、数々の実時間変化の追跡や、周期的な内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】特許文献1記載の従来法を説明するための図である。
【図2】ミュオン、電子、陽子について、鉄に対する入射エネルギーを変化させたときの平均飛程の一例を示した図である。
【図3】この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法に用いるのに最適な位置敏感検出手段の構成を示す分解斜視図である。
【図4】金属部材として、厚さ70cmの鉄板、厚さ100cmの鉛板、および厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板を用いた場合について、それぞれミュオンのエネルギー(GeV)と散乱角(mrad)との関係を示した図である。
【図5】前記宇宙線ミュオンの構造物透過後の強度を厚さに対してプロットした図である。
【図6】(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが炭素(C)部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【図7】(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが鉄(Fe)部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【図8】(a),(b)は、それぞれ図6(a),(b)について、厚さゼロとの比で規格化して示したものである。
【図9】(a),(b)は、それぞれ図7(a),(b)について、厚さゼロとの比で規格化して示したものである。
【図10】実施例における構造物と位置敏感検出手段との位置関係を示す概念図である。
【図11】金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、高エネルギー(1GeV、2GeV、5GeV、10GeV以上)の前方水平ミュオンをカットした場合について、上記仮想構造物の炉心近辺のミュオンの透過像の測定結果を示したものである。
【図12】図11に示す結果を用いて、ナトリウム領域を通過するミュオン数で規格化して、ウラン部の透過ミュオン強度の相対値で表示したものである。
【符号の説明】
【0066】
1 位置敏感検出手段
2 第1前方位置敏感検出器複合体
3 第2前方位置敏感検出器複合体
4 金属部材
5 後方位置敏感検出器複合体
6 横長部材
7 第1検出板
8 縦長部材
9 第2検出板
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば原子炉、製鉄用高炉、発電用ダム、橋脚、高架道路、船舶、車輌等の構造物の内部構造情報を、水平宇宙線ミュオン多重分割型検出手段を用いて得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば原子炉のような構造物は、一旦設置され定常運転に入ると、炉心等の内部構造情報を得ることは難しく、また、原子炉自体が操業後は放射線を放出しているため、原子炉を解体して炉心等の内部構造情報を得ることも難しい。
このため、このような内部構造情報を、構造物の形態を維持し運転中の状態で得ることができればきわめて有用である。
【0003】
構造物の形態を維持した状態で内部構造情報を得るための従来法としては、例えば、本発明者が提案した特許文献1の方法がある。この方法は、図1に示すように、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンを利用して、高炉201を貫通するミュオンの強度変化に基づいて炉壁202若しくは炉底部204の耐火物の厚さを非破壊で測定する方法であり、より具体的には、正方形状の測定面をもつ3枚の位置敏感検出器(シンチレーター)211〜213を間隔をあけて互いに平行に配置し、各位置敏感検出器211、212、213には、4隅に光電子増倍管を設置し、位置検出器211〜213の測定面をミュオンが貫通すると、貫通位置で光を発する。この発した光を前記測定面の4隅に設置した光電子増倍管で検知し、この検知した光情報をパルス信号に変換し、これら光電子増倍管で検知するまでの時間の差から、位置検出器211〜213の測定面をミュオンが貫通した位置を特定することができる。平行に配置した3枚の位置検出器211〜213の各測定面での貫通位置を求めることによって、ミュオンが高炉201を貫通したときの経路Hが算出でき、この経路ごとのミュオン強度の減衰を知ることによって、高炉の内部構造情報を得る方法である。
【特許文献1】特開平8−261741号公報
【0004】
しかしながら、本発明者らが上記従来法(アナログ法)についてさらに詳細に検討したところ、各光電子増倍管からのパルス波形が、測定する雰囲気温度等によって変化して長時間安定性が得られない場合があり、かかる場合には、構造物の内部構造情報を精度よく得られないことが判明した。
【0005】
また、大気中には、光や電子等のような軟成物宇宙線バックグラウンド成分が、水平ミュオンに対し数10倍程度存在するため、ミュオンを用いて構造物の内部構造情報を正確に得るには、3枚のアナログ型検出器211〜213を用いたのでは不十分で、かかる軟成物バックグラウンド成分とミュオンとを区別できるような手段を講じる必要があった。
【0006】
さらに、ミュオンを用いて構造物の内部構造情報を得る場合、構造物の測定対象部を貫通し位置敏感検出手段に到達するミュオンの強度変化から、構造物の内部構造情報を得ることを期待したが、低バックグラウンド・長期安定測定が出来ないため、構造物の内部構造情報を精度よく得ることができないことが判明した。
【0007】
さらにまた、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンの物質貫通力は、地表に降り注ぐ角度、即ち垂直方向に対する角度である天頂角によって異なり、特に、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンは、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高いため、上記軟成物バックグラウンド成分を除去できる手段があれば、構造物の内部構造情報を得る上できわめて有用であり、また、水平に近い宇宙線ミュオンを用いることにより、対象物に対して検出器の設置が容易で、垂直方向のミュオンを用いる場合に必要なトンネル等の構築は不要である。
【0008】
これらの課題を解決するため、本発明者は、先に出願した特願2005−103681号明細書および図面において、物体を透過する水平ミュオンの経路ごとに強度変化を測り透過像、いわゆる透過型ラジオグラフィーを得る方法であって、特に、対象物体の反対方向から飛来する後方ミュオンの同時測定によるデータの規格化や、位置検出器複合体間に配設した鉄や鉛の金属部材による多重発生事象による雑音の除去等を行うことにより、精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提案した。
【0009】
ここでいうラジオグラフィーは、質量が電子より200倍重い電磁相互作用粒子であるミュオン(μ+, μ-)の透過性が良い性質を使って、火山体や工業機器のように、厚い物体に対して新しいラジオグラフィー(レントゲン写真撮影)を行おうとするものである。
【0010】
ラジオグラフィーの最も身近な例は、X線を用いて人体の透過像をとる「レントゲン写真」である。「レントゲン写真」が光(X線)を用いて人体の透過像をとるように、なんらかの光又は粒子を用いて透過像を得るためには、下記の1および2に示す条件を満たすことが必要である。
1.光・粒子の持つエネルギーに対する飛程が対象物の厚さより長いか同程度である。
2. 光・粒子の検出が容易で経路が容易に同定できる。
【0011】
図2は、ミュオン、電子、陽子について、鉄に対する入射エネルギーを変化させたときの平均飛程を示した結果を示したものである。
【0012】
一般に、粒子のエネルギーを上げるにつれて、さまざまな物質における粒子の飛程は増大する。しかしながら、電子は「質量が軽いことによる光への変換」のために、陽子は「強い相互作用による核反応の増大」のために、どんなにエネルギーを上げても、ある厚さ以上に飛程を上げることができない。これに対して、ミュオンは、非常に厚い構造物であっても、入射エネルギーを高めるとそれに比例して平均飛程が長くなるためきわめて有効な素粒子である。
【0013】
素粒子ミュオンを用いたラジオグラフィーには、下記の(I)〜(III)に示すような特徴がある。
(I)厚い対象物の透過像を得ることが可能である(ミュオン以外の粒子や光ではどんなに高エネルギーにしても、ある厚さ以上では透過像を得ることは出来ない。ミュオンを用いた場合、例えば、鉄(工業機器)で100m程度までの厚さを測定できる。)。
(II)検出効率が100%で、経路決定が簡単にできる。
(III)核反応を起こさないので対象物が一切放射線を放出しない。
【0014】
そして本発明者が、特願2005−103681号明細書および図面に記載の方法についてさらに詳細に検討したところ、この方法は、物体を透過するミュオンのエネルギー分析を行ってなく、測定される前方水平ミュオンのうち、物体を素通りする高エネルギー水平ミュオンも一緒に測定している結果、この素通りする高エネルギー水平ミュオンが測定ノイズとなり、検出感度を低減させていることがわかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
この発明の目的は、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供する。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、この発明の要旨は以下のとおりである。
(1)構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に、測定系として位置敏感検出手段を配置し、宇宙からの1次宇宙線により大気でつくられ地表に降り注ぐ素粒子ミュオンが、前記構造物の測定対象部を貫通して、位置敏感検出手段を構成する測定系に到達したときのミュオン強度を所定時間間隔で測定し、前記ミュオン強度の通過経路ごとの分布を知ることによって構造物の内部構造情報を得る方法であって、位置敏感検出手段は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも2基の前方位置敏感検出器複合体と、該前方位置敏感検出器複合体の後方に所定の間隔をおいて配設され、鉄または鉄よりも重い金属からなる金属部材と、該金属部材の後方に所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体とを具え、前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体に到達する前方水平ミュオンが、つづいて第2前方位置敏感検出器複合体に到達した後に、それぞれの到達位置をつないだ直線を逆にたどることで、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路(通過位置と傾き)を特定し、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、前記位置敏感検出手段を挟んで構造物とは反対側から位置敏感検出手段に到達する後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする、多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0017】
(2)金属部材は、それを透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去する上記(1)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0018】
(3)各位置敏感検出器複合体は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材に区画され、全体として正方形状の第1検出板と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材に区画され、全体として正方形状の第2検出板とを有し、第1および第2検出板に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材と縦長部材が直交するように配置される上記(1)または(2)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0019】
(4)低エネルギー前方水平ミュオンは、5GeV未満のエネルギーをもつ前方水平ミュオンである上記(1)、(2)または(3)記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0020】
(5)位置敏感検出手段は、構造物の側方であって、その周りに異なる角度間隔で複数基配設することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【0021】
(6)構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記することにより、構造物の動的内部構造情報を得ることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【発明の効果】
【0022】
この発明によれば、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供することが可能になる。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることができる。
【0023】
また、この発明では、真上から降り注ぐ垂直ミュオンを検出する場合のように、位置敏感検出手段を穴を掘って配置するなどの空間的制限が少なく、構造物の側方の有限間隔位置に配置することができる。このため、位置敏感検出手段の周りに、異なる角度間隔で複数基配設することも可能であり、このように複数基配設すれば、複数の異なる角度での切断面に対する密度長観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ること(トモグラフィック観測)ができる。
【0024】
さらに、位置敏感検出手段を構成する測定系(計測回路系)について、シンチレーターからの高速パルスに対して、ナノ秒以下の高速電子回路を使用することにより、対象物である構造物を貫通する前方水平ミュオンの信号(F)と、丁度反対側の観測角度を持つ「空」の部分を貫通する(、言い換えれば物体を貫通しないで直接到達する)後方水平ミュオンの信号(B)とを区別して測定することができる。また、前方水平ミュオンの信号(F)と後方水平ミュオンの信号(B)とを区別するための他の手段として、ミュオンが地表に対し上方から降り注ぐものに限られ、下方からくるミュオンが存在しないという現象を利用して、各位置敏感検出器複合体を構成する第2検出板を水平ミュオンが貫通するy座標(垂直座標)の位置の上下関係から両信号(FとB)を区別する方法を用いることもできる。この方法の場合、高速電子回路が不要となるという利点がある。かくして得られるF/B強度比をデータとして取り込むことにより、きわめて安定なデータ取得をすることが出来る。加えてマイクロ秒以下の精度で絶対時間を付記してデータ取得を行うことにより、数々の実時間変化の追跡や、周期的な内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
この発明に従う実施形態について図面を参照しながら以下に説明する。
図3は、この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法に用いるのに最適な位置敏感検出手段1の構成を示す図である。
【0026】
図3に示す位置敏感検出手段1は、少なくとも2基の前方検出器複合体、図3では2基の前方検出器複合体2、3と、鉄または鉄のような重い金属からなる金属部材4と、少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体、図3では1基の後方位置敏感検出器複合体5と主として構成されている。
【0027】
前方位置敏感検出器複合体2,3は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、各前方位置敏感検出器複合体2,3には、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器を有する。
【0028】
金属部材4は、後述するように、金属部材4を透過する全ての前方水平ミュオンのうち、低エネルギー(、好適には5GeV未満)の前方水平ミュオンだけを所定の散乱角領域で散乱させるとともに、金属部材4を透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去することを目的として、前方位置敏感検出器複合体3の後方に所定の間隔をおいて配設される。
【0029】
金属部材4は、鉄または鉄よりも重い金属(例えば鉛)からなり、上記目的を達成するには、鉄(または鋼)の場合には、50〜200cmの厚さ、鉛の場合には、30〜120cmの厚さ程度にすることが好ましい。
【0030】
図4は、金属部材として、厚さ70cmの鉄板、厚さ100cmの鉛板、および厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板を用いた場合について、それぞれミュオンのエネルギー(GeV)と散乱角(mrad)との関係を示したものである。
【0031】
図4から、厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板の場合、10GeV以下のエネルギーでは20mrad程度の散乱角を持つ。従って、図3のような測定器系を用意して、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3の対が、±5mm以下の位置分解能を持ち、対の間隔が10cm以上あれば、入射する宇宙線ミュオンの進行方向傾き(、すなわち、第1および第2前方位置敏感検出器複合体2,3間の前方水平ミュオンの経路)を数10mradの精度で決定できる。従って、金属部材4(鉛の散乱体)を含めて1m余離れた位置に置かれた、後方位置敏感検出器複合体5で±5mm以下の精度でミュオンの通過位置を決めるだけで、鉛による散乱角を数10mradの精度で決め、10GeV以上の素通りしたミュオンを、データから容易に除去する事が出来る。
【0032】
後方位置敏感検出器複合体5は、金属部材4の後方に所定の間隔をおいて配設され、各後方位置敏感検出器複合体5には、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器を有する。
【0033】
各位置敏感検出器複合体2,3,5は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材6に区画され、全体として正方形状の第1検出板7と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材8に区画され、全体として正方形状の第2検出板9とを有し、第1および第2検出板7,9に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材6と縦長部材8が直交するように配置されることが好ましい。
【0034】
ここでいう「高精度位置分解検出器」としては、例えば±5mm以下の幅をもつ多重微細分割プラスチックカウンター、同ファイバーシンチレーションカウンター、ドリフトチェンバー、半導体マイクロチップ検出器等を用いるのが好ましい。
【0035】
ところで、ミュオンは、宇宙から飛来する陽子を主体とする一次宇宙線がバーン・アレン帯及び大気を通過する際に発生して地表に降り注ぐ宇宙線の一種である。ミュオンは、中性子に次いで寿命が長く、重さは電子の約207倍で、+及び−の電荷を有する素粒子であり、他の粒子との間で電磁気力のみ作用するだけで、強い相互作用(核力)がない。従って、パイオンや陽子、中性子などのように電磁気力と核力の双方の強度減衰をもつものに比べ、物質貫通力が高く、また相互作用の解析も容易である。加えて、電荷があるために、シンチレーターなどの検出器で100%の検出効率を持つ。電子は同じ性質を持つが質量が軽いため、物質中ですぐに光に変わり、厚い物体では利用できない。
【0036】
本発明者らは、前記宇宙線ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンの透過後の強度が、図5に示すように、垂直ミュオン(天頂角0°)に比べて高いことを利用し、透過像をとる方法を、以下に示すように見出した。
【0037】
しかしながら、大気中には、光や電子等のような軟成物バックグラウンド成分が、ミュオンに対し数10倍程度存在し、さらに、水平ミュオンは、地表に降り注ぐ量が少ないため、水平ミュオンを用いて測定するには、軟成物バックグラウンド成分を除去する手段が必要である。
【0038】
このため、軟成物バックグラウンド成分を除去する手段を検討したところ、第2前方位置敏感検出器複合体3と後方位置敏感検出器複合体5の間に、鉄のような重い金属からなる金属部材4を配設すると、1個の軟成分が前方(後方)の検出器複合体3を貫通してから金属部材4を通過すると、複数個の信号が後方(前方)の検出器複合体5に発生するという事実を用いて、軟成物バックグラウンド成分を有効に除去できることを見出した。
【0039】
また、本発明では、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した全ての前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体5に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、散乱せずに金属部材4を素通りする高エネルギー前方水平ミュオンを除去することにより、検出感度(解像度)を格段に向上させることができる。
【0040】
図6(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが、炭素(C)の部材を透過させたときの部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたもの、また、図7(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが、鉄(Fe)の部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【0041】
これらの図から、炭素と鉄の部材のいずれの場合にも、5GeV以上の高エネルギーミュオン成分の除去により、10m程度の厚さに対するミュオン強度の変化が急峻になっている事が判る。
【0042】
また、図8(a),(b)と図9(a),(b)は、それぞれ図6(a),(b)と図7(a),(b)について、厚さゼロとの比、即ち、前方(対象物側)水平ミュオンと後方(空側)水平ミュオンとの比で規格化して示したものである。
【0043】
これらの図から、共に5GeV以上の高エネルギーミュオン成分の除去により、10mまでの厚さに対するミュオン強度の変化割合が、高エネルギーミュオン成分の除去を行わない場合に比べて大きくなっているのがわかる。すなわち、この変化割合が大きければ、検出感度(解像度)、すなわち厚さ方向(z方向)の空間解像度の向上が図れることを意味するため、本発明では、高エネルギー(好適には5GeV以上)のミュオン成分の除去する構成を採用することにより、検出感度(解像度)、すなわち厚さ方向(z方向)の空間解像度を格段に向上させることに成功したのである。
【0044】
なお、高エネルギーのミュオン成分を除去するための手段としては、例えば、金属部材4の材質や厚さを調整することにより、図3に示すように、高エネルギー前方水平ミュオンは散乱させないで素通りさせるとともに、低エネルギー前方水平ミュオンだけを所定の散乱角領域で散乱させて後方位置敏感検出器複合体5に到達させて、高エネルギー前方水平ミュオンと低エネルギー前方水平ミュオンを分離した後に、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集する方法、すなわちカロリーメーターによるエネルギー分析法が挙げられる。
【0045】
次に、この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法について以下に説明する。
まず、原子炉等の構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に位置敏感検出手段1を配置する。
【0046】
位置敏感検出手段1は、宇宙から大気を通過して地表に降り注ぐミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲の水平ミュオンを用い、この前方水平ミュオンMFが、構造物の測定対象部を貫通してから位置敏感検出手段1を構成する第1および第2前方位置敏感検出複合体2および3、金属部材4、ならびに後方位置敏感検出複合体5を順次貫通するように配置する。
【0047】
このとき、前方水平ミュオンMFは、貫通した第1前方位置敏感検出複合体2および第2前方位置敏感検出複合体3の位置から入射角αを算出し、この角度αから前方水平ミュオンMFの飛来軌跡が特定され、これにより、前方水平ミュオンMFの測定対象部での通過位置も特定される。
【0048】
第1前方位置敏感検出複合体2および第2前方位置敏感検出複合体3に到達したときのミュオン強度を色々なαについて、所定時間、例えば500時間で測定する。
【0049】
次いで、金属部材4を透過して後方位置敏感検出器複合体5に到達した前方水平ミュオンを測定するとともに、高エネルギー前方水平ミュオンと、低エネルギー前方水平ミュオンに分離した上で、低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集する。これによって、これまでノイズとなっていた高エネルギー前方水平ミュオンを除去することができる結果、検出感度(S/N比)は格段に向上する。
【0050】
また、前方水平ミュオンMF、より厳密には低エネルギー前方水平ミュオンの強度(F)を測定すると同時に、前記位置敏感検出手段1を挟んで構造物とは反対側から、後方位置敏感検出器複合体5および金属部材4を貫通してから第2および第1前方位置敏感検出器複合体3および2に到達する後方水平ミュオンMBの強度(B)も同様な色々なαについて測定し、これら前方水平ミュオンおよび後方水平ミュオンの同じαについての強度比(F/B)から構造物の内部構造情報を算出することとした。これにより、高精度の内部構造情報を安定に得られる。
【0051】
さらに、位置敏感検出手段1は、構造物11の側方の有限間隔位置であって、その周りに異なる角度間隔で複数基、好適には90°間隔で2基配設すれば、トモグラフィックな観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ることもできる。
【0052】
さらにまた、構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記すれば、構造物の動的内部構造情報を得ることができる。
【実施例】
【0053】
次に、この発明に従う方法を用いて構造物である原子炉の内部構造がどのように観察されるかについて、シュミレーション計算を行ったので以下で説明する。
【0054】
図10に、構造物と位置敏感検出手段との位置関係を示す。
対象の構造物としては、内部に炉心を有する原子炉(高速増殖炉)を想定し、図10に示すように、外直径7m、厚さ5cmのステンレス製(比重7.8g/cm3)の原子炉容器内に、直径1.8m、高さ0.93m、主成分としてウラン燃料4.5トン、プルトニウム燃料1.4トン、ウランブランケット17.5トンを有し、平均比重が9.9g/cm3である炉心と、液体ナトリウム(比重0.97g/cm3)が充填された状態の仮想構造物を用いた。
【0055】
今回は、特に、液体ナトリウムの中にある炉心の境界がどの程度の精度で決定出来るかを評価した上で、炉心の内部構造がどの様に評価出来るかについて調査した。
【0056】
図11は、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、高エネルギー(1GeV、2GeV、5GeV、10GeV以上)の前方水平ミュオンをカットした場合について、上記仮想構造物の炉心近辺のミュオンの透過像の測定結果を示したものである。
【0057】
また、参考のため、特願2005−103681号の明細書および図面に記載した方法、すなわち、カロリーメーターによるエネルギー分析を行う構成をもたない位置敏感検出手段を用いて、金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した全ての前方水平ミュオンを用いた場合(図11のNo cutoff)における、ミュオンの透過像の測定結果についても併せて示してある。
【0058】
図11に示す結果から、本発明の方法は、エネルギーカットを導入することで、炉心の端面形状が精度よく測定することができるのがわかる。
【0059】
また、図12は、図11に示す結果を用いて、ナトリウム領域を通過するミュオン数で規格化して、ウラン部の透過ミュオン強度の相対値で表示したものである。
【0060】
図12の結果から、エネルギーカットを導入することで、xy方向の解像度の向上が認められる。
【0061】
尚、上述したところは、この発明の実施形態の一例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。特に、本発明では、構造物として原子炉を例にして述べてきたが、原子炉だけには限定されず、高炉、発電用ダム、橋脚、高架道路、船舶、車輌など、種々の構造物の内部構造情報を得ることができるのは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0062】
この発明によれば、強度としては弱いものの、物質を貫通する力、すなわち透過性が高い水平ミュオンを用いて精度よく構造物の内部構造情報を得る方法を提供することが可能になる。なお、本発明は、特願2005−103681号の改良発明であって、特に、構造物の内部構造情報を得るための水平ミュオンの検出感度を格段に高めることができる。
【0063】
また、この発明では、真上から降り注ぐ垂直ミュオンを検出する場合のように、位置敏感検出手段を穴を掘って配置するなどの空間的制限が少なく、構造物の側方の有限間隔位置に配置することができる。このため、位置敏感検出手段の周りに、異なる角度間隔で複数基配設することも可能であり、このように複数基配設すれば、複数の異なる角度での切断面に対する密度長観測が可能で、測定物である構造物の3次元断層像を得ること(トモグラフィック観測)ができる。
【0064】
さらに、位置敏感検出手段を構成する測定系(計測回路系)について、シンチレーターからの高速パルスに対して、ナノ秒以下の高速電子回路を使用することにより、対象物である構造物を貫通する前方水平ミュオンの信号(F)と、丁度反対側の観測角度を持つ「空」の部分を貫通する(、言い換えれば物体を貫通しないで直接到達する)後方水平ミュオンの信号(B)とを区別して測定することができる。また、前方水平ミュオンの信号(F)と後方水平ミュオンの信号(B)とを区別するための他の手段として、ミュオンが地表に対し上方から降り注ぐものに限られ、下方からくるミュオンが存在しないという現象を利用して、各位置敏感検出器複合体を構成する第2検出板を水平ミュオンが貫通するy座標(垂直座標)の位置の上下関係から両信号(FとB)を区別する方法を用いることもできる。この方法の場合、高速電子回路が不要となるという利点がある。かくして得られるF/B強度比をデータとして取り込むことにより、きわめて安定なデータ取得をすることが出来る。加えてマイクロ秒以下の精度で絶対時間を付記してデータ取得を行うことにより、数々の実時間変化の追跡や、周期的な内部構造の時間変動に同期したストロボスコピックな解析を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】特許文献1記載の従来法を説明するための図である。
【図2】ミュオン、電子、陽子について、鉄に対する入射エネルギーを変化させたときの平均飛程の一例を示した図である。
【図3】この発明に従う構造物の内部構造情報を得る方法に用いるのに最適な位置敏感検出手段の構成を示す分解斜視図である。
【図4】金属部材として、厚さ70cmの鉄板、厚さ100cmの鉛板、および厚さ70cmの鉄板と厚さ50cmの鉛板からなる複合板を用いた場合について、それぞれミュオンのエネルギー(GeV)と散乱角(mrad)との関係を示した図である。
【図5】前記宇宙線ミュオンの構造物透過後の強度を厚さに対してプロットした図である。
【図6】(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが炭素(C)部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【図7】(a),(b)は、それぞれ天頂角65度と73度で飛来する宇宙線ミュオンが鉄(Fe)部材を透過させたときの、部材厚さ(m)に対するミュオン強度の変化をプロットしたものであって、各部材を透過する全てのミュオン成分の場合と、高エネルギー(1GeV,5GeV,10GeV以上)のミュオン成分の除去を行った場合とについて示したものである。
【図8】(a),(b)は、それぞれ図6(a),(b)について、厚さゼロとの比で規格化して示したものである。
【図9】(a),(b)は、それぞれ図7(a),(b)について、厚さゼロとの比で規格化して示したものである。
【図10】実施例における構造物と位置敏感検出手段との位置関係を示す概念図である。
【図11】金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、高エネルギー(1GeV、2GeV、5GeV、10GeV以上)の前方水平ミュオンをカットした場合について、上記仮想構造物の炉心近辺のミュオンの透過像の測定結果を示したものである。
【図12】図11に示す結果を用いて、ナトリウム領域を通過するミュオン数で規格化して、ウラン部の透過ミュオン強度の相対値で表示したものである。
【符号の説明】
【0066】
1 位置敏感検出手段
2 第1前方位置敏感検出器複合体
3 第2前方位置敏感検出器複合体
4 金属部材
5 後方位置敏感検出器複合体
6 横長部材
7 第1検出板
8 縦長部材
9 第2検出板
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に、測定系として位置敏感検出手段を配置し、宇宙からの1次宇宙線により大気でつくられ地表に降り注ぐ素粒子ミュオンが、前記構造物の測定対象部を貫通して、位置敏感検出手段を構成する測定系に到達したときのミュオン強度を所定時間間隔で測定し、前記ミュオン強度の通過経路ごとの分布を知ることによって構造物の内部構造情報を得る方法であって、
位置敏感検出手段は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも2基の前方位置敏感検出器複合体と、該前方位置敏感検出器複合体の後方に所定の間隔をおいて配設され、鉄または鉄よりも重い金属からなる金属部材と、該金属部材の後方に所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体とを具え、
前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、
前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体に到達する前方水平ミュオンが、つづいて第2前方位置敏感検出器複合体に到達した後に、それぞれの到達位置をつないだ直線を逆にたどることで、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路を特定し、
金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、
前記位置敏感検出手段を挟んで構造物とは反対側から位置敏感検出手段に到達する後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする、多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項2】
金属部材は、それを透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去する請求項1記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項3】
各位置敏感検出器複合体は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材に区画され、全体として正方形状の第1検出板と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材に区画され、全体として正方形状の第2検出板とを有し、第1および第2検出板に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材と縦長部材とが直交するように配置される請求項1または2記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項4】
前記低エネルギー前方水平ミュオンは、5GeV未満のエネルギーをもつ前方水平ミュオンである請求項1、2または3記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項5】
位置敏感検出手段は、構造物の側方であって、その周りに異なる角度間隔で複数基配設することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項6】
構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記することにより、構造物の動的内部構造情報を得ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項1】
構造物の測定対象部に対向する側方の有限間隔位置に、測定系として位置敏感検出手段を配置し、宇宙からの1次宇宙線により大気でつくられ地表に降り注ぐ素粒子ミュオンが、前記構造物の測定対象部を貫通して、位置敏感検出手段を構成する測定系に到達したときのミュオン強度を所定時間間隔で測定し、前記ミュオン強度の通過経路ごとの分布を知ることによって構造物の内部構造情報を得る方法であって、
位置敏感検出手段は、構造物側から所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも2基の前方位置敏感検出器複合体と、該前方位置敏感検出器複合体の後方に所定の間隔をおいて配設され、鉄または鉄よりも重い金属からなる金属部材と、該金属部材の後方に所定の間隔をおいて配設され、到達したミュオンの位置を所定寸法の区画ごとに検出する多数の高精度位置分解検出器をもつ少なくとも1基の後方位置敏感検出器複合体とを具え、
前記ミュオンのうち、天頂角50〜90°の範囲で地表に降り注ぐ水平ミュオンを用い、
前記構造物の測定対象部を貫通して第1前方位置敏感検出器複合体に到達する前方水平ミュオンが、つづいて第2前方位置敏感検出器複合体に到達した後に、それぞれの到達位置をつないだ直線を逆にたどることで、前方水平ミュオンが貫通する前記測定対象部内の経路を特定し、
金属部材を透過して後方位置敏感検出器複合体に到達した前方水平ミュオンのうち、所定の散乱角領域で散乱して後方位置敏感検出器複合体に到達する低エネルギー前方水平ミュオンだけをデータとして収集し、
前記位置敏感検出手段を挟んで構造物とは反対側から位置敏感検出手段に到達する後方水平ミュオンの強度を測定した上で、前記低エネルギー前方水平ミュオンの強度と前記後方水平ミュオンの強度の比から、構造物の内部構造情報を得ることを特徴とする、多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項2】
金属部材は、それを透過する前方水平ミュオン以外の軟成物バックグラウンド成分を除去する請求項1記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項3】
各位置敏感検出器複合体は、水平方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ横長部材に区画され、全体として正方形状の第1検出板と、垂直方向に沿って所定幅で多数の高精度位置分解検出器をもつ縦長部材に区画され、全体として正方形状の第2検出板とを有し、第1および第2検出板に到達したミュオンを同時計測して横縦のxy座標を特定するため、横長部材と縦長部材とが直交するように配置される請求項1または2記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項4】
前記低エネルギー前方水平ミュオンは、5GeV未満のエネルギーをもつ前方水平ミュオンである請求項1、2または3記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項5】
位置敏感検出手段は、構造物の側方であって、その周りに異なる角度間隔で複数基配設することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【請求項6】
構造物の内部構造が時間と共に変化する場合、測定される全てのデータに、コンピューターで記録する際に、絶対時間をマイクロ秒以下の精度で付記することにより、構造物の動的内部構造情報を得ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の多重分割水平ミュオン検出手段を用いて構造物の内部構造情報を得る方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図12】
【図11】
【公開番号】特開2007−271400(P2007−271400A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−96285(P2006−96285)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
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