説明

大入熱溶接時のHAZ靱性および耐食性に優れた船舶用鋼材

【課題】海水による塩分や恒温多湿に曝される環境下で、塗装や電気防食を施さなくても実用化できるほど耐食性(特にすきま腐食に対する耐久性)に優れると共に、大入熱溶接時のHAZ靱性にも優れた船舶用鋼材を提供すること。
【解決手段】C:0.01〜0.2%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、N:0.003〜0.015%を夫々含有する他、Co:0.010〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、
単位面積あたりのTiN系介在物の個数が、1.0×108(個/mm2)以上である耐食性および大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた船舶用鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油タンカー、貨物船、貨客船、客船、軍艦等の船舶において、主要な構造材として用いられる船舶用耐食鋼に関するものであり、特に海水による塩分や恒温多湿に曝される環境下における耐食性に優れ、かつ大入熱溶接時のHAZ(熱影響部)靱性に優れた船舶用鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
上記各種船舶において主要な構造材(例えば、外板、バラストタンク、原油タンク等)として用いられている鋼材は、海水による塩分や恒温多湿に曝されることから腐食損傷を受けることが多い。こうした腐食は、浸水や沈没などの海難事故を招く恐れがあることから、鋼材には何らかの防食手段を施す必要がある。これまで行われている防食手段としては、(a)塗装や(b)電気防食等が従来からよく知られている。
【0003】
このうち重塗装に代表される塗装では、塗膜欠陥が存在する可能性が高く、製造工程における衝突等によって塗膜に傷が付く場合もあるため、素地鋼材が露出してしまうことが多い。このような鋼材露出部においては、局部的にかつ集中的に鋼材が腐食してしまい、内容されている石油系液体燃料の早期漏洩に繋がることになる。
【0004】
一方、電気防食においては、海水中に完全に浸漬された部位に対しては、非常に有効であるが、大気中で海水飛沫を受ける部位などでは防食に必要な電気回路が形成されず、防食効果が充分に発揮されないことがある。また、防食用の流電陽極が異常消耗や脱落して消失した場合には、直ちに激しい腐食が進行することがある。
【0005】
上記技術の他、鋼材自体の耐食性を向上させるものとして例えば特許文献1のような技術も提案されている。この技術では、鋼材の化学成分を適切に調整することによって、耐食性を優れたものとし、無塗装であっても使用できる造船用耐食鋼が開示されている。また特許文献2には、鋼材の化学成分組成を適切なものとすることによって、塗膜寿命性を向上させた船舶用鋼材について開示されている。これらの技術では、従来に比べてある程度の耐食性は確保できるようになったといえる。
【0006】
しかしながら、より厳しい腐食環境下での耐食性については依然として充分なものとはいえず、更なる耐食性向上が要求されることになる。特に、異物と鋼材との接触部分、構造的な理由や防食塗膜の損傷部分等で形成される「すきま」部分における腐食(いわゆるすきま腐食)が顕著になり、寿命を低下させる場合があるが、これまで提案されている技術ではこうした部分における耐食性が不充分である。
【0007】
また特許文献2は、化学成分組成を調整することにより、鋼材の塗膜寿命性に加えて、母材および溶接部の靱性をも向上させることも開示している。この点、特許文献2は、靱性の向上させるための手段として、化学成分組成を調整することしか記載していない。また特許文献2の実施例では、5kJ/mmという小入熱溶接時での母材および溶接部の靱性を調べている。
【0008】
船舶用鋼材が、バラストタンクに使用できるような厚肉材として使用される場合、大入熱溶接特性、殊に大入熱溶接時のHAZ靱性が良好であることが必要である。しかしながらこれまで提案されている技術では、耐食性に加えて大入熱溶接時のHAZ靱性も優れた船舶用鋼材は、ほとんど得られていない。
【特許文献1】特開2000−17381号公報、特許請求の範囲等
【特許文献2】特開2002−266052号公報、特許請求の範囲および実施例等
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、海水による塩分や恒温多湿に曝される環境下で、塗装や電気防食を施さなくても実用化できるほど耐食性(特にすきま腐食に対する耐久性)に優れると共に、大入熱溶接時のHAZ靱性にも優れた船舶用鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成することのできた本発明の船舶用鋼材とは、C:0.01〜0.2%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、N:0.003〜0.015%を夫々含有する他、Co:0.010〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、単位面積あたりのTiN系介在物の個数が、1.0×108(個/mm2)以上である点に要旨を有するものである。この船舶用鋼材においては、Coの含有量[Co]とMgの含有量[Mg]の比の値([Co]/[Mg])を2〜350の範囲に調整することが好ましい。
【0011】
また本発明の船舶用鋼材においては、必要によって、(1)Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(2)Ca:0.02%以下(0%を含まない)、(3)Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)、(4)B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効であり、含有させる成分の種類に応じて船舶用鋼材の特性が更に改善されることになる。
【発明の効果】
【0012】
本発明においては、所定量のCoとMgを併用させて含有させると共に、化学成分組成を適切に調整することによって、塗装および電気防食を施さなくても実用化できる耐食性に優れた船舶用鋼材を製造することができた。さらに本発明の船舶用鋼材は、多数のTiN系介在物を含むことにより、大入熱溶接でも良好なHAZ靱性を示すことができる。こうした船舶用鋼材は、原油タンカー、貨物船、貨客船、客船、軍艦等の船舶における外板、バラストタンク、原油タンク等の素材として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、船舶用鋼材中において、所定量のCoとMgを併用させて含有させると共に、化学成分組成を適切に調整すれば良好な耐食性を実現でき、かつTiN系介在物を多数存在させることにより、大入熱溶接時のHAZ靱性を向上させることができることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
本発明の鋼材においては、まずCoとMgを併用させて含有させることが重要であり、これらの成分のいずれを欠いても、本発明の目的である優れた耐食性を達成することができない。これらの成分における各作用効果は後述するが、これらを併用することによって、耐食性が向上した理由は次のように考えることができた。
【0015】
Mgは腐食部分におけるpH低下を抑制して腐食反応を抑制して耐食性を向上させる作用を発揮するものである。こうした作用は通常の鋼材(例えば、Si−Mn鋼材)の成分系においては、生成する錆がポーラスであるので溶解したMgは鋼板表面近傍にとどまることなく直ちに外部(例えば、海水中)に拡散してしまうことになる。従って、Mgを単独で含有させたのでは、耐食性の向上効果は小さいものとなる。しかしながら、Mgと共にCoを含有させることによって、微細な表面錆皮膜が形成されることになり、Mgの外部への拡散が抑制されることになる。また、溶解したCoの加水分解平衡反応との相乗効果によって、耐食性を大幅に向上させることができるものと考えられた。
【0016】
こうした効果は、後述する適切な量に制御することによって発揮されることになるのであるが、これらの含有量の比の値([Co]/[Mg]:質量比)も適切に制御することが好ましい。即ち、この値([Co]/[Mg])が2未満であると、局部腐食の抑制が不充分となりやすく、350を超えると全面腐食の抑制が不充分となる。よって、この[Co]/[Mg]の値は2〜350程度とするのが望ましい。[Co]/[Mg]の値の下限は、好ましくは10、より好ましくは20であり、その上限は、好ましくは100、より好ましくは95、さらに好ましくは80、特に好ましくは60である。
【0017】
さらに本発明では、鋼材中にTiN系化合物を多数存在させることによりHAZ靱性を向上させている。そもそも溶接によりHAZ靱性が低下するのは、溶接時に鋼材が受ける熱サイクルによりその部分のγ粒が粗大化して脆化するためである。そこで微細なTiN系介在物が多数存在すると、そのピンニング効果によりγ粒の粗大化を抑制することができる。本発明において、鋼材の単位面積あたりのTiN系介在物の個数は、好ましくは1.0×108(個/mm2)以上、より好ましくは5.0×108(個/mm2)以上、さらに好ましくは1.0×109(個/mm2)以上である。
【0018】
本発明におけるTiN系介在物とは、介在物中にTiおよびNが共に0.3%以上で存在しているものをいい、介在物が、0.3%以上のTiおよびNを含有するか否かは、例えばエネルギー分散型検出器(EDX)により判定することができる。本発明における「単位面積あたりのTiN系介在物の個数」は、鋼材表面から深さ方向へ全厚tの4分の1の位置(t/4)で測定した値である。この介在物の個数は、例えば鋼材を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより測定できる。本発明においてこの個数の値は、顕微鏡の観察倍率を6万倍以上および観察視野を1.5μm×1.5μm以上で、5箇所以上観察した各個数の値を平均したものである。なぜなら観察倍率を大きくすることで、より正確な介在物の個数を計測できるからであり、観察視野を広く、かつ観察数を多くしてその平均をとることにより、観察箇所による介在物の個数のバラツキを少なくできるからである。
【0019】
単位面積あたりのTiN系介在物の個数を1.0×108(個/mm2)以上にするには、溶鋼を急速に冷却して、微細なTiN系介在物を多数析出させればよい。そのために、溶鋼を冷却して凝固させる際の1500℃から1000℃までの冷却速度を、1.0×10-3(℃/秒)以上、好ましくは1.0×10-2(℃/秒)以上にすることが推奨される。この冷却速度は、例えば連続鋳造機の冷却水量や冷却方法を変えることにより調整することができる。
【0020】
本発明の鋼材では、基本的特性を満足させるために、C、Si、Mn、Al等の基本成分も適切に調整する必要がある。これらの成分の範囲限定理由について、上記Ti、N、CoおよびMgの各元素による作用効果と共に、以下に記載する。
【0021】
[C:0.01〜0.2%]
Cは、材料の強度確保のために必要な元素である。船舶の構造部材としての最低強度、即ち概ね400MPa程度(使用する鋼材の肉厚にもよるが)を得るためには、0.01%以上含有させる必要がある。しかし、0.2%を超えて過剰に含有させると靱性、溶接性が劣化する。こうしたことから、C含有量の範囲は0.01〜0.2%とした。尚、C含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.04%以上とするのが良い。また、C含有量の好ましい上限は0.18%であり、より好ましくは0.16%以下とするのが良い。
【0022】
[Si:0.01〜1%]
Siは脱酸と強度確保のための必要な元素であり、0.01%に満たないと構造部材としての最低強度を確保できない。しかし、1%を超えて過剰に含有させると溶接性、HAZ靱性が劣化する。尚、Si含有量の好ましい下限は0.02%である。また、Si含有量の好ましい上限は0.8%であり、より好ましくは0.6%以下とするのが良い。
【0023】
[Mn:0.01〜2%]
MnもSiと同様に脱酸および強度確保のために必要であり、0.01%に満たないと構造部材としての最低強度を確保できない。しかし、2%を超えて過剰に含有させると靱性が劣化する。尚、Mn含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.10%以上とするのが良い。また、Mn含有量の好ましい上限は1.80%であり、より好ましくは1.60%以下とするのが良い。
【0024】
[Al:0.005〜0.1%]
AlもSi、Mnと同様に脱酸および強度確保のために必要であり、0.005%に満たないと脱酸に効果がない。しかし、0.1%を超えて添加すると溶接性、HAZ靱性を害するため、Al添加量の範囲は0.005〜0.1%とした。尚、Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、より好ましくは0.015%以上とするのが良い。また、Al含有量の好ましい上限は0.090%であり、より好ましくは0.080%以下とするのが良い。
【0025】
[Ti:0.005〜0.03%]
Tiは耐食性向上に大きく寄与する表面錆被膜を緻密化してその環境遮断性を向上させると共に、すきま内部における腐食を抑制して、耐すきま腐食性も向上させる元素である。またTiは窒化物を形成することにより、溶接時におけるHAZでのγ粒の粗大化を防止するピンニング効果も発揮する。こうした耐食性およびHAZ靱性を確保するためには、0.005%以上含有させることが好ましいが、0.03%を超えて過剰に含有させると、固溶Tiが増えすぎて、かえってHAZ靱性が低下し、また加工性や溶接性も劣化させることになる。Tiを含有させるときのより好ましい下限は0.008%であり、より好ましい上限は0.025%である。
【0026】
[N:0.003〜0.015%]
NはTiと共にTiNを形成してピンニング効果を発揮することで、HAZ靱性を向上させる。N量が0.003%未満では、TiNの生成量が不充分であり、HAZ靱性の向上効果が小さい。一方、0.015%を超えると、固溶Nが増えすぎて、かえってHAZ靱性が劣化する。Nを含有させるときのより好ましい下限は0.004%であり、より好ましい上限は0.010%である。
【0027】
[Co:0.010〜1%]
Coは、高塩分環境において鋼材の耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆皮膜を形成するのに必要不可欠な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Co含有量は0.010%以上とすることが必要である。しかしながら1%を超えて過剰に含有させると溶接性、HAZ靱性が劣化する。こうしたことからCo含有量は、0.010〜1%とした。尚、Co含有量の好ましい下限は0.015%であり、より好ましくは0.020%以上とするのが良い。また、Co含有量の好ましい上限は0.8%であり、より好ましくは0.6%以下とするのが良い。
【0028】
[Mg:0.0005〜0.02%]
Mgは溶解することによってpH上昇作用を示すことから、鉄の溶解が起こっている局部アノードにおける加水分解反応によるpH低下を抑制して、腐食反応を抑制し、耐食性を向上させる作用を有する。こうした効果を発揮させるためには、Mgは0.0005%以上含有させることが必要であるが、0.02%を超えて含有させると加工性と溶接性を劣化させる。こうしたことから、Mg含有量は0.0005〜0.02%の範囲が適正である。Mg含有量の好ましい下限は0.0007%であり、より好ましくは0.00
10%以上含有させるのが良い。またMg含有量の好ましい上限は0.018%であり、より好ましくは0.015%以下とするのが良い。
【0029】
本発明の船舶用鋼材における基本成分は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物(例えば、P、S、O等)からなるものであるが、これら以外にも鋼材の特性を阻害しない程度の成分(例えば、Zr等)も許容できる。但しこれら許容成分は、その量が過剰になると靭性が劣化し得るので、0.1%程度以下に抑えることが好ましい。
【0030】
また本発明の船舶用鋼材には、上記成分のほか必要によって、(1)Cu、CrおよびNiよりなる群から選ばれる1種以上、(2)Ca、(3)Moおよび/またはW、(4)B、VおよびNbよりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効であり、含有させる成分の種類に応じて船舶用鋼材の特性が更に改善されることになる。
【0031】
[Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
Cu、CrおよびNiは、いずれも耐食性向上に有効な元素である。このうちCuおよびCrは、Coと同様に耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆被膜を形成するのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、いずれも0.01%以上含有させることが好ましいが、過剰に含有させると、溶接性、熱間加工性やHAZ靱性が劣化することから、Cu:1.5%以下、Cr:1%以下とすることが好ましい。CuおよびCrの一方または両方を含有させる場合、それぞれのより好ましい下限は0.05%であり、より好ましい上限はCuについては1.0%、Crについては0.8%である。
【0032】
Niは耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆被膜を安定化させるのに有効な元素であり、こうした効果を発揮させるためには0.01%以上含有させることが好ましい。しかしながらNi含有量が過剰になると溶接性や熱間加工性が劣化し、さらには大幅なコストアップにつながることから、2%以下とすることが好ましい。Niを含有させるときのより好ましい下限は0.05%であり、より好ましい上限は1.5%である。
【0033】
[Ca:0.02%以下(0%を含まない)]
CaはMgと同様に、溶解することによってpH上昇作用を示し、鉄の溶解が起こっている局部アノードにおける加水分解反応によるpH低下を抑制して腐食反応を抑制し、耐食性向上に有効な元素である。Caによるこうした効果は、好ましくは0.0005%以上含有させることによって有効に発揮されるが、0.02%を超えて過剰に含有させると加工性と溶接性とを劣化させることになる。Caを含有させるときのより好ましい下限は0.0010%であり、より好ましい上限は0.015%である。
【0034】
[Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)]
MoおよびWは、腐食の均一性を高めて局部腐食による穴あきを抑制する作用がある。特にCoと同時に含有させることによって、顕著な均一腐食性向上作用が発揮される。こうした効果を発揮させるためには、いずれも0.01%以上含有させることが好ましいが、過剰に含有させると溶接性、HAZ靱性が劣化し、さらに大幅なコストアップにつながることから、Moについて0.5%以下、Wについては0.3%以下とすることが好ましい。
MoおよびWの一方または両方を含有させる場合、それぞれのより好ましい下限は0.02%であり、より好ましい上限はMoについては0.3%、Wについては0.2%である。
【0035】
[B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上]
船舶用鋼材では、適用する部位によってはより高強度化が必要な場合があるが、これらの元素は強度向上に必要な元素である。このうちBは、好ましくは0.0001%以上含有させることによって焼入性が向上して強度向上に有効であるが、0.01%を超えて過剰に含有させると母材靭性、HAZ靱性が劣化するため好ましくない。Vは、好ましくは0.003%以上含有させることによって強度向上に有効であるが、0.1%を超えて過剰に含有させると鋼材の靭性およびHAZ靱性の劣化を招くことになるので好ましくない。Nbは、好ましくは0.003%以上含有させることによって強度向上に有効であるが、0.05%を超えて過剰に含有させると鋼材の靭性およびHAZ靱性の劣化を招くことになる。尚、これらの元素のより好ましい下限は、Bについては0.0003%、Vについては0.005%、Nbについては0.005%である。またより好ましい上限はBについては0.0090%、Vについては0.07%、Nbについては0.03%である。
【0036】
本発明の船舶用鋼材は、基本的には塗装を施さなくても鋼材自体が優れた耐食性を発揮するものであるが、必要によって、後記実施例に示すタールエポキシ樹脂塗料、或はそれ以外の代表される重防食塗装、ジンクリッチペイント、ショッププライマー、電気防食などの他の防食方法と併用することも可能である。こうした防食塗装を施した場合には、以下の実施例に示すように塗装膜自体の耐食性(塗装耐食性)も良好なものとなる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【0038】
[1.鋼板の製造]
以下の表1に示す化学成分組成の鋼を通常の溶製法により溶製した後、溶鋼を連続鋳造機で直接スラブにし、これを熱間圧延に供して鋼板を製造した。この際、1500℃から1000℃までの冷却速度(表4中で「冷却速度」と記載)を変えて溶鋼を凝固させることにより、単位面積あたりのTiN系介在物の個数(表4中で「TiN系介在物」と記載)を変化させた。この冷却速度は、連続鋳造機の冷却水量や冷却方法を変えることにより調整した。このようにして得た鋼板を切断および表面研削して、以下の耐食性および溶接性評価のための試験片を作成した。
【0039】
【表1−1】

【0040】
【表1−2】

【0041】
[2.耐食性の評価]
上記のようにして得た鋼板から、100×100×25(mm)の大きさの試験片を作製した(試験片A)。試験片Aの外観形状を図1に示す。
【0042】
また図2に示すように20×20×5(mm)の小試験片4個を、100×100×25(mm)の大試験片(前記試験片Aと同じもの)に接触させて、すきま部を形成した試験片Bを作製した。すきま形成用の小試験片と大試験片とは同じ化学成分組成の鋼材として、表面仕上げも前記試験片Aと同じ表面研削とした。そして小試験片の中心に5mmφの孔を、基材側(大試験片側)にねじ孔を開けて、M4プラスチック製ねじで固定した。
【0043】
更に、平均厚さ250μmのタールエポキシ樹脂塗装(下塗り:ジンクリッチプライマー)を全面に施した試験片C(図3)も用いた。そして防食のための塗膜に傷が付いて素地の鋼材が露出した場合の腐食進展度合いを調べるために、試験片Cの片面には素地まで達するカット傷(長さ:100mm、幅:約0.5mm)をカッターナイフで形成した。
【0044】
前記表1に示した各化学成分組成の供試材について、試験片A、試験片Bおよび試験片Cを夫々5個ずつ用い腐食試験に供した。このときの腐食試験の方法は次の通りである。
【0045】
(腐食試験の方法)
まず海洋環境を模擬して、海水噴霧試験と恒温恒湿試験の繰り返しによる複合サイクル腐食試験を行った。海水噴霧試験では、水平から60°の角度で傾けて供試材(各試験片A〜C)を試験槽内に設置し、35℃の人工海水(塩水)を霧状に噴霧させた。塩水の噴霧は常時連続して行った。このとき試験槽内において、水平に設置した面積80cm2
円形皿に1時間当たりに1.5±0.3mlの人工海水が任意の位置で採取されるような
噴霧量に予め調整した。恒温恒湿試験は、温度:60℃、湿度:95%に調整した試験槽内に、供試材を水平から60°の角度で傾けて設置して行った。海水噴霧試験:4時間、恒温恒湿試験:4時間を1サイクルとして、これらを交互に行って、供試材を腐食させた。トータルの試験時間は6ヶ月間とした。
【0046】
(1)試験片Aについては、試験前後の重量変化を平均板厚減少量D−ave(mm)に換算し、試験片5個の平均値を算出して、各供試材の全面腐食性を評価した。また、触針式三次元形状測定装置を用いて試験片Aの最大侵食深さD−max(mm)を求め、平均板厚減少量[D−ave(mm)]で規格化して(即ち、D−max/D−aveを算出して)、腐食均一性を評価した。尚、試験後の重量測定および板厚測定は、クエン酸水素二アンモニウム水溶液中での陰極電解法[JIS K8284]により鉄錆等の腐食生成物を除去してから行った。
【0047】
(2)試験片Bについては、すきま部(接触面)の目視観察を行ってすきま腐食発生の有無を調べ、すきま腐食が認められる場合には、上記陰極電解法により腐食生成物を除去し、触針式三次元形状測定装置を用いて最大すきま腐食深さD−crev(mm)を測定した。
【0048】
(3)塗装処理を施した試験片C(カット傷付き)については、試験後にカット傷を形成した面における塗膜膨れ面積の比率(膨れ面積率)を測定した。膨れ面積率は格子点法(格子間隔1mm)によって求めた。即ち、膨れの認められた格子点の数を全格子点数で除したものを膨れ面積率と定義して、試験片5個の平均値を求めた。また、カット傷に垂直方向の塗膜膨れ幅をノギスで測定し、試験片5個の最大値を最大膨れ幅と定義した。
【0049】
上記耐全面腐食性(D−ave)、腐食均一性(D−max/D−ave)、耐すきま腐食性(D−crev)、塗装耐食性(膨れ面積率および最大膨れ幅)の評価基準は以下の表2に示す通りである。腐食試験の結果を以下の表3に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
これらの結果から次のように考察できる。CoまたはMgの一方しか含有しないNo.2、3のもの、CoまたはMgの含有量が本発明で規定する下限値に満たないNo.4、5のものは、CoおよびMgのいずれも含有しないNo.1のものに比べて、耐全面腐食性または腐食均一性がやや改善している。しかしながら、Coが含有されていないNo.2のものおよびCo量が不足しているNo.4のものでは、腐食均一性と膨れ面積率で改善効果が認められない。またMgが含有されていないNo.3のものおよびMg量が不足しているNo.5のものでは、耐すきま腐食性と最大膨れ幅で改善効果が認められず、船舶用鋼材の耐食性としては不充分である。
【0053】
このうちCu、NiまたはCrを添加した供試材では、特に塗装供試材の最大膨れ幅を低減させる効果が認められ(No.9、10または24等)、これらの元素の錆緻密化がカット部の錆安定化に作用して腐食進展を抑制したものと推察される。またCaは耐すきま腐食性を高める効果が認められ(No.12、16、17等)、Caがすきま内のpH低下抑制を更に強化して腐食を低減したものと考えられる。更にMoやWの添加は、腐食均一性や塗装膨れ性の向上に非常に効果のあることが分かる(No.26〜28等)。またNo.25、28、29、30等の結果から明らかなように、([Co]/[Mg])の値を適切に調整することによって、各種耐食性が大幅に優れる結果となる。
【0054】
[3.溶接性試験]
上記のようにして得た鋼板から、50(mm)の厚みの試験片Dを作成した。この試験片の単位面積あたりのTiN系介在物の個数を以下のようにして計測し、またHAZ靱性を評価するため、溶接性試験に供した。
【0055】
(TiN系介在物の個数の計測)
試験片DをTEMおよびTEMに付属するEDXで観察することにより、TiN系介在物の個数を計測した。具体的には観察倍率6万倍および観察視野1.5μm×1.5μmでのTEMにより、試験片の表面から深さ方向へt/4(表面から12.5mm)の位置を観察し、その位置で存在する介在物の中で、EDXによりTiおよびNを0.3%以上含有するTiN系介在物を確認し、その個数を測定して、単位面積(mm2)あたりの個数を計算して求め、5つの計測箇所からTiN系介在物の個数の平均値を求めた。結果を表4に示す。
【0056】
(溶接性試験)
試験片Dを、1400℃に加熱して50秒保持した後、800℃から500℃までを400秒で冷却する熱サイクルに供した後(入熱60kJ/mmでの溶接に相当)、JIS4号試験片を3本採取した。このJIS4号試験を用いて、−40℃でのVシャルピー衝撃試験を行い、3本の吸収エネルギー(vE-40)の平均値を求めた。結果を表4に示す。この溶接性試験では、vE-40が55J以上のものがHAZ靱性に優れると評価した。
【0057】
【表4】

【0058】
1500℃から1000℃までの冷却速度と鋼材の単位面積あたりのTiN系介在物の個数との関係を示すグラフを図4に、鋼材の単位面積あたりのTiN系介在物の個数とvE-40との関係を示すグラフを図5に示す。表4および図4から示されるように、1500℃から1000℃までの冷却速度を1.0×10-3(℃/秒)以上とすることにより、鋼材の単位面積あたりのTiN系介在物の個数を1.0×108(個/mm2)以上とすることができる。さらに表4および図5から示されるように、TiN系介在物の個数が1.0×108(個/mm2)以上であるものは、vE-40が55J以上であり、大入熱溶接(60kJ/mmの溶接に相当)でも、HAZ靱性が良好である。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】腐食試験に用いた試験片Aの外観形状を示す説明図である。
【図2】腐食試験に用いた試験片Bの外観形状を示す説明図である。
【図3】腐食試験に用いた試験片Cの外観形状を示す説明図である。
【図4】1500℃から1000℃までの冷却速度とTiN系介在物の個数との関係を示すグラフである。
【図5】鋼材の単位面積あたりのTiN系介在物の個数とvE-40との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.01〜0.2%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%、Ti:0.005〜0.03%、N:0.003〜0.015%を夫々含有する他、Co:0.010〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、
単位面積あたりのTiN系介在物の個数が、1.0×108(個/mm2)以上であることを特徴とする耐食性および大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた船舶用鋼材。
【請求項2】
Coの含有量[Co]とMgの含有量[Mg]の比の値([Co]/[Mg])が2〜350である請求項1に記載の船舶用鋼材。
【請求項3】
更に、Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1または2に記載の船舶用鋼材。
【請求項4】
更に、Ca:0.02%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の船舶用鋼材。
【請求項5】
更に、Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の船舶用鋼材。
【請求項6】
更に、B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1〜5のいずれかに記載の船舶用鋼材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−177286(P2007−177286A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−377205(P2005−377205)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)