説明

大気圧イオン化法および試料保持装置

【課題】固体表面に強く吸着し、熱脱着が困難な成分に対しても、熱分解を抑制しつつ、質量分析において高い検出感度を得ることのできる大気圧イオン化法および試料保持装置を提供する。
【解決手段】大気圧下、放電または電位差によって生成する励起粒子または荷電粒子を利用して試料をイオン化させる大気圧イオン化法において、予め前記試料に液状化合物を付着させ、付着した液状化合物に前記励起粒子または荷電粒子を当てることによって試料をイオン化させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気圧イオン源に使用されるイオン化方法と、そのための試料保持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
大気圧イオン化法にはさまざまな方法が知られているが、近年、DART(Direct Analysis in Real Time)(米国登録商標)と呼ばれる電荷を持たない励起されたガス分子(原子)を用いた大気圧イオン化法が注目されている。これは、コロナ放電またはグロー放電によって生成した励起分子を大気圧下で試料と反応させ、試料をイオン化して、質量分析計のイオン導入口(以下、オリフィスと呼ぶ)に導入させるものである。
【0003】
DARTの原理図を図1に示す。DARTはほぼ大気圧に置かれた連通する3つの部屋で構成されている。まず、第1の部屋1は、ニードル電極5を備え、コロナ放電またはグロー放電によって励起分子を生成させる役割を持っている。第1の部屋1にはヘリウム、ネオン、窒素などのキャリアガスを導入するためのガス導入管4が接続され、第1の部屋1をガスで満たすことができるようになっている。以下、ヘリウムを例にとって説明する。
【0004】
第1の部屋1と第2の部屋2との間の仕切り6(対向電極)は接地電位に設定されており、第1の部屋1に取り付けられたニードル電極5と仕切り6との間でコロナ放電またはグロー放電を起こさせることができるようになっている。このコロナ放電またはグロー放電により、第1の部屋1に導入された例えば基底一重項分子ヘリウムガスHe(1S)は、ヘリウムイオンHe、電子e、および、19.8eVに励起された励起三重項分子He(2S)の混合物に変化する。
【0005】
第2の部屋2と第3の部屋3との間の仕切り7(穴あき円盤電極)は約100Vに設定されていて、接地電位の仕切り6との間で電位勾配が設けられている。第2の部屋2では第1の部屋1で生成したヘリウムイオンHeと電子eをブロックし、中性の励起三重項分子He(2S)のみを通過させる。ヘリウムイオンHeは仕切り7で反射され、電子eは仕切り7で吸収される。
【0006】
第2の部屋2を通過した励起三重項分子He(2S)は、第3の部屋3において、図示しないヒータによって加熱される。この加熱は、試料の気化、熱脱離を助ける目的でなされるものである。
【0007】
第3の部屋3の出口部8はグリッド電極(仕切り)になっており、約250Vの電圧が印加されている。一方、オリフィス10には、約30Vの電圧が印加されているので、第3の部屋3の出口部8からオリフィス10に向けては、正イオンが加速される電位勾配が発生する。
【0008】
尚、DARTでは、ガス分子の励起を効率良く行なうために、ニードル電極5、仕切り6、仕切り7、出口部8はほぼ直線上に配置されている。
【0009】
第3の部屋3で加熱された中性の励起三重項分子He(2S)は、出口部8を介してヘリウムガスの流れに乗って外に取り出され、流れの中に配置される試料9に接触する。試料9は、固体でも液体でも良い。その際、励起三重項分子He(2S)は大気中の水分子と反応して、水分子をペニングイオン化する。この水分子正イオンが大気中の水と水クラスター正イオンを形成し、さらにこの水クラスター正イオンが試料9と反応してプロトンHが試料分子Mに付加した試料イオンMHが生成する。
【0010】
イオン化のメカニズムを表わしたものが図2である。図2のメカニズムに基づいて生成した正イオンMHは、第3の部屋3の出口部8からオリフィス10に向けて発生した負の電位勾配に従って、オリフィス10に吸い込まれ、図示しない質量分析計により質量分析がなされる。
【0011】
尚、この例は正イオンが生成する場合の例であるが、負イオンが生成する場合には、出口部8とオリフィス10の間に印加される電位勾配の向きを逆にする必要がある。
【0012】
【特許文献1】米国特許第6949741号公報。
【0013】
【特許文献2】WO2004/098743号公報。
【0014】
【特許文献3】特表平2006−523367号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
このようなDARTイオン源における、従来のイオン化方法の一例を図3に示す。
【0016】
まず、固体表面14(例えば薄層クロマトグラフィーの薄層板の表面など)に吸着した成分13、もしくは固体成分そのもの15を大気圧下でイオン化するため、DARTイオン源のノズル11から噴出される加熱された励起ガス12が、固体表面14に吸着した成分13もしくは固体成分そのもの15に当てられる。固体表面14に吸着した成分13もしくは固体成分そのもの15は、加熱された励起ガス12がエネルギー供与体となり、熱脱着を伴う大気圧化学イオン化法によってイオン化される。イオン化した成分16は、質量分析装置の導入口であるオリフィス17に入り、質量分析される。
【0017】
ところが、このような方法においては、固体表面と吸着成分との吸着力が熱脱着のために与えられたエネルギーよりも高い場合は、固体表面からの成分の気化効率が低いため、イオン化する絶対量が下がり、その結果、質量分析において高い検出感度が望めないという問題があった。
【0018】
また、熱脱着のための加熱を試料に対して直接行なうと、目的成分の熱分解(脱水反応)を引き起こすことがある。その場合は、生成されるイオンが脱水反応を起こして脱水イオン化し、失われた水分子の分だけ質量が小さくなって、真の質量情報が得られないという問題があった。
【0019】
本発明の目的は、上述した点に鑑み、固体表面に強く吸着し、熱脱着が困難な成分に対しても、熱分解を抑制しつつ、質量分析において高い検出感度を得ることのできる大気圧イオン化法および試料保持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
この目的を達成するため、本発明にかかる大気圧イオン化法は、
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子を利用して試料をイオン化させる大気圧イオン化法において、
予め前記試料に液状化合物を付着させ、付着した液状化合物に前記励起粒子または荷電粒子を当てることによって試料をイオン化させるようにしたことを特徴としている。
【0021】
また、前記液状化合物の付着方法は、スポンジローラーによる塗布であることを特徴としている。
【0022】
また、前記液状化合物の付着方法は、スプレーノズルによる噴霧であることを特徴としている。
【0023】
また、前記液状化合物の付着方法は、シリンジまたはスポイドによる滴下であることを特徴としている。
【0024】
また、前記液状化合物は、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることを特徴としている。
【0025】
また、前記液状化合物は、とくにグリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることを特徴としている。
【0026】
また、前記励起粒子または荷電粒子を加熱して試料に当てることを特徴としている。
【0027】
また、本発明にかかる試料保持装置は、
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子の流れの中に試料を配置して該励起粒子または荷電粒子を試料に当て、試料をイオン化するように構成された大気圧イオン源の試料保持装置において、
前記励起粒子または荷電粒子の流れの外から流れの中へ前記試料を移動させる際に、予め前記試料の表面に液状化合物を付着させるようにしたことを特徴としている。
【0028】
また、前記液状化合物の付着方法は、スポンジローラーによる塗布であることを特徴としている。
【0029】
また、前記液状化合物の付着方法は、スプレーノズルによる噴霧であることを特徴としている。
【0030】
また、前記液状化合物の付着方法は、シリンジまたはスポイドによる滴下であることを特徴としている。
【0031】
また、前記液状化合物は、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることを特徴としている。
【0032】
また、前記液状化合物は、とくにグリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることを特徴としている。
【0033】
また、前記励起粒子または荷電粒子を加熱して試料に当てることを特徴としている。
【発明の効果】
【0034】
本発明にかかる大気圧イオン化法によれば、
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子を利用して試料をイオン化させる大気圧イオン化法において、
予め前記試料に液状化合物を付着させ、付着した液状化合物に前記励起粒子または荷電粒子を当てることによって試料をイオン化させるようにしたので、
固体表面に強く吸着し、熱脱着が困難な成分に対しても、熱分解を抑制しつつ、質量分析において高い検出感度を得ることのできる大気圧イオン化法を提供することができる。
【0035】
また、本発明にかかる試料保持装置によれば、
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子の流れの中に試料を配置して該励起粒子または荷電粒子を試料に当て、試料をイオン化するように構成された大気圧イオン源の試料保持装置において、
前記励起粒子または荷電粒子の流れの外から流れの中へ前記試料を移動させる際に、予め前記試料の表面に液状化合物を付着させるようにしたので、
固体表面に強く吸着し、熱脱着が困難な成分に対しても、熱分解を抑制しつつ、質量分析において高い検出感度を得ることのできる試料保持装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0037】
図4は、本発明にかかる大気圧イオン化法および試料保持装置の一実施例である。最初に、ホルダー24に目的成分26を含む固体(例えば薄層クロマトグラフィーの薄層板など)25を載せる。
【0038】
DARTイオン源のノズル21と質量分析装置のオリフィス29は対向配置されている。両者を結ぶ軸線と交差する方向に設置されたレール23に沿って、試料25を載せたホルダー24が、励起ガス分子22の流れの外から流れの中に向けて、図示しない駆動機構に駆動されて移動する。その際に、スポンジローラー27によって液状化合物28が目的成分26上もしくは固体25表面に塗布される。
【0039】
使用される液状化合物としては、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることが好ましい。
【0040】
さらに言えば、液状化合物としては、グリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることがより一層好ましい。
【0041】
液状化合物が塗布された後、DARTによる大気圧イオン化法で試料をイオン化させるために、ノズル21から噴出される加熱された励起ガス22が塗布された液状化合物28の表面に当てられる。
【0042】
加熱された励起ガス22がエネルギー供与体となり、塗布された液状化合物28は、目的成分26または固体25とともに熱脱着を伴う大気圧化学イオン化法によってイオン化される。イオン化した成分30は、質量分析装置の導入口であるオリフィス29に入り、質量分析される。
【0043】
この方法では、固体表面に強く吸着し加熱による熱脱着が困難な測定対象成分に対し、液状化合物を滴下することによって、固−液抽出もしくは固体表面に対する吸着成分と液状化合物の置換作用を起こさせ、液状化合物中に測定対象成分が抽出されることにより、液状化合物中に多量の測定対象成分が取り込まれる。
【0044】
尚、分析対象試料が脂溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にDMSOなどの疎水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。逆に、分析対象試料が水溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にメタノールなどの親水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。
【0045】
このようにして多量の測定対象成分が取り込まれた液状化合物に対してイオン化が行なわれると、液状化合物を滴下しない従来の方法よりも高い検出感度を得ることができる。しかも、イオン化のメカニズム自体は、従来とほぼ同じであり、プロトンHや、液状化合物に由来する荷電粒子(イオンや電子)が付加した試料イオンが生成する。
【0046】
また、加熱により熱分解されやすい成分に対しては、液状化合物が熱緩衝材となることにより、熱分解(脱水反応)の抑制を図ることができる。
【0047】
また、液状化合物には、高粘性のものを使用することにより、低粘性液状化合物の場合よりも安定したイオン生成を提供することができる。
【0048】
これにより、従来の方法ではイオン化できなかった試料がイオン化できるようになったり、あるいは従来の方法で何も塗布せずにイオン化ができていた場合でも、本発明の方法によりグリセロールを塗布した場合に、その検出感度が従来の10倍以上に向上したりするなど、顕著な効果が得られることが分かった。
【実施例2】
【0049】
図5は、本発明にかかる大気圧イオン化法および試料保持装置の別の実施例である。最初に、ホルダー34に目的成分36を含む固体(例えば薄層クロマトグラフィーの薄層板など)35を載せる。
【0050】
DARTイオン源のノズル31と質量分析装置のオリフィス39は対向配置されている。両者を結ぶ軸線と交差する方向に設置されたレール33に沿って、試料35を載せたホルダー34が、励起ガス分子32の流れの外から流れの中に向けて、図示しない駆動機構に駆動されて移動する。その際に、スプレーノズル37によって液状化合物(例えばアルコール類、またはグリセロールに代表されるグリコール類を含む液状化合物)38が目的成分36上もしくは固体35表面に噴霧される。
【0051】
使用される液状化合物としては、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることが好ましい。
【0052】
さらに言えば、液状化合物としては、グリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることがより一層好ましい。
【0053】
液状化合物が噴霧された後、DARTによる大気圧イオン化法で試料をイオン化させるために、ノズル31から噴出される加熱された励起ガス32が噴霧された液状化合物38の表面に当てられる。
【0054】
加熱された励起ガス32がエネルギー供与体となり、噴霧された液状化合物38は、目的成分36または固体35とともに熱脱着を伴う大気圧化学イオン化法によってイオン化される。イオン化した成分40は、質量分析装置の導入口であるオリフィス39に入り、質量分析される。
【0055】
この方法では、固体表面に強く吸着し加熱による熱脱着が困難な測定対象成分に対し、液状化合物を滴下することによって、固−液抽出もしくは固体表面に対する吸着成分と液状化合物の置換作用を起こさせ、液状化合物中に測定対象成分が抽出されることにより、液状化合物中に多量の測定対象成分が取り込まれる。
【0056】
尚、分析対象試料が脂溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にDMSOなどの疎水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。逆に、分析対象試料が水溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にメタノールなどの親水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。
【0057】
このようにして多量の測定対象成分が取り込まれた液状化合物に対してイオン化が行なわれると、液状化合物を滴下しない従来の方法よりも高い検出感度を得ることができる。しかも、イオン化のメカニズム自体は、従来とほぼ同じであり、プロトンHや、液状化合物に由来する荷電粒子(イオンや電子)が付加した試料イオンが生成する。
【0058】
また、加熱により熱分解されやすい成分に対しては、液状化合物が熱緩衝材となることにより、熱分解(脱水反応)の抑制を図ることができる。
【0059】
また、液状化合物には、高粘性のものを使用することにより、低粘性液状化合物の場合よりも安定したイオン生成を提供することができる。
【0060】
これにより、従来の方法ではイオン化できなかった試料がイオン化できるようになったり、あるいは従来の方法でイオン化ができていた場合でも、本発明の方法によりその検出感度が向上するなど、顕著な効果が得られる。
【実施例3】
【0061】
図6は、本発明にかかる大気圧イオン化法および試料保持装置の別の実施例である。最初に、ホルダー44に目的成分46を含む固体(例えば薄層クロマトグラフィーの薄層板など)45を載せる。
【0062】
DARTイオン源のノズル41と質量分析装置のオリフィス49は対向配置されている。両者を結ぶ軸線と交差する方向に設置されたレール43に沿って、試料45を載せたホルダー44が、励起ガス分子42の流れの外から流れの中に向けて、図示しない駆動機構に駆動されて移動する。その際に、シリンジあるいはスポイド47によって液状化合物(例えばアルコール類、またはグリセロールに代表されるグリコール類を含む液状化合物)48が目的成分46上もしくは固体45表面に滴下される。
【0063】
使用される液状化合物としては、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることが好ましい。
【0064】
さらに言えば、液状化合物としては、グリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることがより一層好ましい。
【0065】
液状化合物が滴下された後、DARTによる大気圧イオン化法で試料をイオン化させるために、ノズル41から噴出される加熱された励起ガス42が滴下された液状化合物48の表面に当てられる。
【0066】
加熱された励起ガス42がエネルギー供与体となり、滴下された液状化合物48は、目的成分46または固体45とともに熱脱着を伴う大気圧化学イオン化法によってイオン化される。イオン化した成分50は、質量分析装置の導入口であるオリフィス49に入り、質量分析される。
【0067】
この方法では、固体表面に強く吸着し加熱による熱脱着が困難な測定対象成分に対し、液状化合物を滴下することによって、固−液抽出もしくは固体表面に対する吸着成分と液状化合物の置換作用を起こさせ、液状化合物中に測定対象成分が抽出されることにより、液状化合物中に多量の測定対象成分が取り込まれる。
【0068】
尚、分析対象試料が脂溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にDMSOなどの疎水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。逆に、分析対象試料が水溶性分子の場合には、液状化合物としてグリセロールなどのグリコール類にメタノールなどの親水性溶媒を混合したものを用いて抽出効率を上げることが考えられる。
【0069】
このようにして多量の測定対象成分が取り込まれた液状化合物に対してイオン化が行なわれると、液状化合物を滴下しない従来の方法よりも高い検出感度を得ることができる。しかも、イオン化のメカニズム自体は、従来とほぼ同じであり、プロトンHや、液状化合物に由来する荷電粒子(イオンや電子)が付加した試料イオンが生成する。
【0070】
また、加熱により熱分解されやすい成分に対しては、液状化合物が熱緩衝材となることにより、熱分解(脱水反応)の抑制を図ることができる。
【0071】
また、液状化合物には、高粘性のものを使用することにより、低粘性液状化合物の場合よりも安定したイオン生成を提供することができる。
【0072】
これにより、従来の方法ではイオン化できなかった試料がイオン化できるようになったり、あるいは従来の方法でイオン化ができていた場合でも、本発明の方法によりその検出感度が向上するなど、顕著な効果が得られる。
【実施例4】
【0073】
試料に予め液状化合物を付着させた上で試料をイオン化させる本発明のイオン化方法および試料保持装置は、DART以外にも、放電によって生成する荷電粒子(イオンや電子など)を利用して試料をイオン化する大気圧化学イオン化(APCI)法、高電界中に試料溶液を噴霧して試料をイオン化させるエレクトロスプレーイオン化(ESI)法、高電界中に溶媒のみを噴霧し、イオン化した溶媒分子を試料に当てて試料をイオン化させるデソープションESI(DESI)法などに適用することが可能である。
【0074】
具体的には、実施例1のDARTイオン源ノズル21、実施例2のDARTイオン源ノズル31、および実施例3のDARTイオン源ノズル41を、APCIイオン源ノズル、ESIイオン源ノズル、またはDESIイオン源ノズルと置き換えるだけで良い。
【0075】
イオン化のメカニズムは、DARTの場合、励起粒子が測定試料近傍で大気中の水分子と反応して水分子がイオン化し、水分子イオンが水クラスターイオンとなり、更に水クラスターイオンがイオン分子反応によって試料分子と反応して、プロトンHの付加した試料イオンが生成するというものであった。
【0076】
それに対し、APCIの場合は、溶媒分子がコロナ放電によってまずイオン化し、溶媒分子イオンがイオン分子反応によって試料分子と反応して、プロトンHや、溶媒分子に由来する荷電粒子(イオンや電子)が付加した試料イオンが生成するというものである。
【0077】
また、ESIとDESIの場合は、イオン源において生成する帯電液滴が溶媒を失う過程でイオンを生成し、そのイオンと試料分子での電荷移動によって、即ちプロトンHないし電子、あるいは溶媒に由来する荷電粒子(イオンや電子)が付加または脱離することによって試料イオンが生成するというものである。
【0078】
使用されるイオン源によって試料イオン生成のメカニズムは若干異なるものの、荷電粒子と試料分子間で電荷の移動が行なわれる点で、DARTと共通する側面を持っている。
【実施例5】
【0079】
固体試料が粉末試料のような場合にも、液状化合物(例えばアルコール類、またはグリセロールに代表されるグリコール類を含む液状化合物)を粉末に付着させるだけで測定対象成分の抽出が起こり、イオン化の効率を高めることができる。従って、粉末試料に液状化合物を混ぜ込む混練操作は、必ずしも本質的操作ではないということが言える。
【産業上の利用可能性】
【0080】
大気圧イオン化法を用いた質量分析に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】DARTの原理図である。
【図2】DARTによるイオン化のメカニズムを説明する図である。
【図3】従来のDARTイオン化法を示す図である。
【図4】本発明にかかるDARTイオン化法と試料保持装置の一実施例である。
【図5】本発明にかかるDARTイオン化法と試料保持装置の別の実施例である。
【図6】本発明にかかるDARTイオン化法と試料保持装置の別の実施例である。
【符号の説明】
【0082】
1:第1の部屋、2:第2の部屋、3:第3の部屋、4:ガス導入管、5:ニードル電極、6:仕切り、7:仕切り、8:出口部、9:試料、10:オリフィス、11:DARTイオン源のノズル、12:励起ガス、13:吸着した成分、14:試料固体、15:試料固体、16:イオン化した成分、17:オリフィス、21:DARTイオン源のノズル、22:励起ガス、23:レール、24:ホルダー、25:試料固体、26:目的成分、27:スポンジローラー、28:液状化合物、29:オリフィス、30:イオン化した成分、31:DARTイオン源のノズル、32:励起ガス、33:レール、34:ホルダー、35:試料固体、36:目的成分、37:スプレーノズル、38:液状化合物、39:オリフィス、40:イオン化した成分、41:DARTイオン源のノズル、42:励起ガス、43:レール、44:ホルダー、45:試料固体、46:目的成分、47:シリンジまたはスポイド、48:液状化合物、49:オリフィス、50:イオン化した成分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子を利用して試料をイオン化させる大気圧イオン化法において、
予め前記試料に液状化合物を付着させ、付着した液状化合物に前記励起粒子または荷電粒子を当てることによって試料をイオン化させるようにしたことを特徴とする大気圧イオン化法。
【請求項2】
前記液状化合物の付着方法は、スポンジローラーによる塗布であることを特徴とする請求項1記載の大気圧イオン化法。
【請求項3】
前記液状化合物の付着方法は、スプレーノズルによる噴霧であることを特徴とする請求項1記載の大気圧イオン化法。
【請求項4】
前記液状化合物の付着方法は、シリンジまたはスポイドによる滴下であることを特徴とする請求項1記載の大気圧イオン化法。
【請求項5】
前記液状化合物は、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の大気圧イオン化法。
【請求項6】

前記液状化合物は、とくにグリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の大気圧イオン化法。
【請求項7】
前記励起粒子または荷電粒子を加熱して試料に当てることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1項に記載の大気圧イオン化法。
【請求項8】
大気圧下、放電または高電界によって生成する励起粒子または荷電粒子の流れの中に試料を配置して該励起粒子または荷電粒子を試料に当て、試料をイオン化するように構成された大気圧イオン源の試料保持装置において、
前記励起粒子または荷電粒子の流れの外から流れの中へ前記試料を移動させる際に、予め前記試料の表面に液状化合物を付着させるようにしたことを特徴とする試料保持装置。
【請求項9】
前記液状化合物の付着方法は、スポンジローラーによる塗布であることを特徴とする請求項8記載の大気圧イオン化法。
【請求項10】
前記液状化合物の付着方法は、スプレーノズルによる噴霧であることを特徴とする請求項8記載の試料保持装置。
【請求項11】
前記液状化合物の付着方法は、シリンジまたはスポイドによる滴下であることを特徴とする請求項8記載の試料保持装置。
【請求項12】
前記液状化合物は、アルキル基、ハロゲン、ヒドロキシ基、アミノ基、シアノ基、ニトロ基、カルボニル基、アゾ基、アジ基、チオール基、スルホ基、アリール基、ベンジル基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、ウレタン結合、スルフィド結合に代表される官能基を有する直鎖および環状炭化水素類、芳香族および複素芳香族化合物類の液状化合物、もしくはそれらを含む混合物であることを特徴とする請求項8ないし11のいずれか1項に記載の試料保持装置。
【請求項13】
前記液状化合物は、とくにグリセロールに代表されるグリコール類を含むn価アルコール類(n≧1)、ヒドロキシ基を有するフェノール類、アミン類を含む液状化合物であることを特徴とする請求項8ないし11のいずれか1項に記載の試料保持装置。
【請求項14】
前記励起粒子または荷電粒子を加熱して試料に当てることを特徴とする請求項8ないし13のいずれか1項に記載の試料保持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−180659(P2008−180659A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−15695(P2007−15695)
【出願日】平成19年1月26日(2007.1.26)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】