説明

大気圧化学イオン化質量分析装置

【課題】メンテナンス作業中に変形を受けたコロナ放電針を容易に、且つ再現性を保って復元することが可能な大気圧化学イオン化インターフェイスを提供する。
【解決手段】コロナ放電針18の材料として形状記憶合金を用いる。形状記憶合金は、常温において変形が加えられても加熱することによってその形状が復元される性質があるから、上記のように構成することにより、常温下のメンテナンス作業の過程で変形を受けたコロナ放電針18も加熱された通常使用状態では自然に元の形状に戻る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフと組み合わせて液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)として用いて好適な質量分析装置に関し、特に、分析・測定の対象となる液体を大気圧下でコロナ放電を利用してイオン化する大気圧化学イオン化インターフェイスを備えた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
LC/MSは、液体クロマトグラフ部で成分分離された試料を質量分析部に導いてさらに質量分析を行う複合分析装置であり、これに用いられる質量分析装置には、液体クロマトグラフ部から送られてくる試料をイオン化するインターフェイスが必要である。近年はインターフェイスとして大気圧下でイオン化する方式が広く用いられるようになり、そのうちコロナ放電を利用する大気圧化学イオン化方式(APCI)のインターフェイスを装備する質量分析装置が大気圧化学イオン化質量分析装置である。
【0003】
大気圧化学イオン化方式については、特許文献1及び2にも従来の技術として詳述されているところであるが、以下にその動作原理を簡単に説明する。
図3は、大気圧化学イオン化方式の動作原理を説明する図である。同図に示すように、分析・測定の対象となる液体試料(LC/MSとして用いられる場合はカラム溶出液)は細管12を通して導入され、細管12の外周同軸に配設された噴霧ガス流路13を通して供給される噴霧ガス(霧化ガス、ネブライザガス等とも称する)により細管12の先端であるノズル部16から気化空間Aに向けて噴霧される。噴霧された液体は気化空間Aでヒータ14により加熱され、溶剤の気化が進むことにより液滴が微細化しながら前方へ移動し、高電圧が印加されたコロナ放電針18からのコロナ放電によりイオン化される。
噴霧ガスとしては通常、窒素ガスが用いられる。
【0004】
図2に大気圧化学イオン化質量分析装置の全体構成を模式的に示す。
同図において、2は質量分析部(その構成は本発明に直接関係しないので省略)を収容する真空室、1はこれに連設されたインターフェイス部である。インターフェイス部1は、大気圧イオン化室6、その内部に向けて挿入されたイオン化プローブ10、及びイオン化された試料を真空室2に導くイオン導入部4等で構成される。大気圧イオン化室6と真空室2とは隔壁5によって隔てられ、この隔壁5上に設けられたイオン導入部4を通して上記両室が連通されている。
【0005】
イオン化プローブ10は、図3に示す各部材をまとめて構成したアセンブリであって、噴霧ガス供給源7(ボンベ等)から窒素ガスの供給を受け、液体試料として例えば液体クロマトグラフ部3からのカラム溶出液を前述の動作原理によりイオン化し、気化した溶剤と共にイオン化プローブ10の先端から大気圧イオン化室6内に噴出させる。イオン化された試料はイオン導入部4を経て真空室2に導入され、質量分析に供される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−333209号公報
【特許文献2】米国特許第5468452号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように構成された大気圧化学イオン化方式のイオン化プローブにおいて、イオン化効率を一定の水準以上に保つためには、プローブの先端部に設けられるコロナ放電針の位置を適正に調整することが重要である。一般に、コロナ放電針の先端を噴霧されるミストの空間分布の中心軸に合わせるように調整するのが良いとされている。
イオン化プローブはメンテナンスのために装置から取り外すことができるが、取り外す際に誤って先端部を固い物、例えば装置の金属部分に当てる等の事故によりコロナ放電針が曲がってしまうことがある。曲がったコロナ放電針をピンセット等の工具を用いて修復することは可能であるが、その作業は簡単な治具を用いて作業者の目視によって行われるため、修復の仕上がり状態は一定ではなく、事故前と同じイオン化効率が再現できるとは限らないことが問題であった。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、変形を受けたコロナ放電針を容易に、且つ再現性を保って復元することが可能な大気圧化学イオン化インターフェイスを提供し、以て大気圧化学イオン化質量分析装置のメンテナンス性を改善することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、コロナ放電針の材料として形状記憶合金を用いる。形状記憶合金は、常温において変形が加えられても加熱することによってその形状が復元される性質があるから、上記のように構成することにより、常温下のメンテナンス作業の過程で変形を受けたコロナ放電針も加熱された通常の使用状態では自然に元の形状に戻る。
【発明の効果】
【0010】
本発明は上記のように構成されているので、コロナ放電針が常温下のメンテナンス作業中に変形を受けた場合でも、これを手作業で修復する必要はない。メンテナンス終了後にコロナ放電針が変形したイオン化プローブをそのまま装置に取り付け、プローブのヒータに通電すれば、その伝熱によりコロナ放電針も加熱されるので、形状記憶合金の特性として形状が復元される。これにより、人為的にコロナ放電針の変形を修復する必要がなくなるので作業者の手間が省けるばかりでなく、復元後のイオン化効率の再現性も向上する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施例を示す図である。
【図2】大気圧化学イオン化質量分析装置の全体構成を示す図である。
【図3】大気圧化学イオン化方式の原理説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明が提供する大気圧化学イオン化質量分析装置の特徴は、大気圧化学イオン化インターフェイスのコロナ放電針を形状記憶合金を用いて構成した点にある。
従って、最良の形態の基本的な構成は、上記の特徴的構成を備えた大気圧化学イオン化質量分析装置である。
【実施例1】
【0013】
図1に本発明の一実施例としてイオン化プローブの構成を示す。なお、本発明は構成材料に特徴を有するものであるから外形上の構成は従来と変わらず、従って図1は従来の構成を示す図でもある。また、図1の構成を含む大気圧化学イオン化質量分析装置の全体構成は図2と同様である。
【0014】
図1において、液体試料は細管12に供給され、その外周同軸に設けられた噴霧ガス流路13は、ノズル部16でセラミック管15に接続されている。セラミック管15は外周に巻かれたヒータ14により300〜500°Cに加熱され、その内部は気化空間Aを形成する。以上の各部材は異径筒状のプローブ筐体11に収められてイオン化プローブ10の主要部を構成する。
コロナ放電針18は外形0.5mm程度の金属製の針であって、プローブ筐体11の先端に開口するセラミック管15の末端に近接してコロナ放電針固定部17に固定され、高圧電源19から3〜5kVの高電圧が印加されている。
なお、20はヒータ14に電力を供給するヒータ電源である。
【0015】
本実施例の動作については従来と同様であるが、本実施例ではコロナ放電針18の材料として形状記憶合金を用いる点が従来と相違する。形状記憶合金としては、例えばニッケル50%、チタン50%の合金を用いることができる。このような合金を用いることにより、常温でコロナ放電針18に形状変化が加えられた場合でも、通常の使用状態ではヒータ14からの伝熱でコロナ放電針18も加熱されるので、形状記憶合金の特性として形状は自然に復元される。
【0016】
例えば、上記組成のニッケル・チタン系形状記憶合金を用いてコロナ放電針18を構成した場合、70°C以上の温度で形状が復元され、回復歪みは約1%であって、ほぼ元通りの形状に復元可能であり、また、繰り返し100万回以上の変形復元に耐える。電気的特性についても、比抵抗50〜110μΩ・cmであり、従来からコロナ放電針18の材料として用いられているステンレス(SUS304)の比抵抗72μΩ・cmと同等であるから、高電圧の印加も従来同様に行うことができる。
【0017】
なお、形状記憶合金としては、上記例示したニッケル・チタン系の他に、銅・亜鉛・アルミ系、鉄系、或いは同じニッケル・チタン系で組成比の異なるもの等が開発されており、それぞれ異なる特性を有するので、使用条件に応じて適宜選択して本発明に適用できる可能性があり、上記に限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明は、LC/MSに利用できるばかりでなく、ICP(イオン結合プラズマ発光分光分析法)と組み合わせたICP/MSとしても利用できる。
【符号の説明】
【0019】
1 インターフェイス部
2 真空室
3 液体クロマトグラフ部
4 イオン導入部
5 隔壁
6 大気圧イオン化室
7 噴霧ガス供給源
10 イオン化プローブ
11 プローブ筐体
12 細管
13 噴霧ガス流路
14 ヒータ
15 セラミック管
16 ノズル部
17 コロナ放電針固定部
18 コロナ放電針
19 高圧電源
20 ヒータ電源
A 気化空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料を大気圧下に噴霧するノズルと、該ノズルの前方に配置したコロナ放電針とを有するイオン化インターフェイスを備えた大気圧化学イオン化質量分析装置において、前記コロナ放電針が形状記憶合金を材料として構成されることを特徴とする大気圧化学イオン化質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−9240(P2011−9240A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−223349(P2010−223349)
【出願日】平成22年10月1日(2010.10.1)
【基礎とした実用新案登録】実用新案登録第3139402号
【原出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】