説明

大気圧電荷交換による分析物イオン化

非放射能型大気圧分析物イオン化法は、キャリアガス中で放電を起こし準安定中性励起状態種を作り出す工程を含む。キャリアガスは、プロトン化水および水クラスタを抑制する条件下で分析物に案内される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析物大気イオン化および質量分光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
準安定中性励起状態種またはそれらのイオン化誘導体の使用を介して、大気圧で、表面上の微量分析物を検出できる分析物検出法は、「大気圧イオン源」という発明の名称の米国特許第6,949,741号、および、「大気圧分析物イオン化法」という発明の名称の米国特許第7,112,785号に記載される。これらの方法によると、接着している表面から移動させるという制限なく、中性分析物分子を試料採取できる。例えば、直接的におよび表面を綿棒採取または溶媒洗浄することなく、現金通貨からコカインが、および軍事関連物の表面から化学/生物兵器物質が試料採取される。
【0003】
この方法は、分析物イオン化の一次モードがイオン化された水クラスタからのプロトン移動であるという条件下で通常行なわれる。このような条件では、バックグラウンドスペクトルの最大ピークは、励起状態のヘリウム原子と大気中水分との相互作用により生成される水クラスタ[(HO)+H]である。
【0004】
水は、プロトン親和力(PA)691kJ/molを有する。下記の化学式により、分析物が水クラスタのプロトン親和力より高いプロトン親和力を有する場合、プロトン移動が起こる。
[(HO)+H]+Sample→[Sample+H]+nH
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第6,949,741号
【0006】
【特許文献2】米国特許第7,112,785号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この条件下、多くの化合物がイオン化される。しかし、化合物の中には、水または水クラスタより高いプロトン親和力を有しないために、効率的にイオン化されないものもある(例えば、アルカン)。化合物は、ドナーより高いPAを有する場合のみプロトンを受容する。
【0008】
窒素酸化物(NO)を用いた酸素電荷交換イオン化または化学的イオン化による、分析物直接イオン化が報告されているが、真空または減圧条件で行なわれるイオン源に対してのみである。分析物直接イオン化は、大気圧イオン源に対する正イオン生成機構として用いられてこなかった。
【0009】
高輝度ランプ(10eV)を使用して大気圧光イオン化(APPI)において電荷交換による分子イオン(M)の生成を促進するために、フルオロベンゼンがドーパントとして使われてきた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
概略として、本発明の1つの実施形態によると、水および水クラスタのプロトン親和力より小さいプロトン親和力を有する試料から質量分光分析用の分析物、分析物フラグメントおよび/または分析物付加イオンを大気圧で生成する方法が提供される。この方法は、大気圧のキャリアガスを電離箱に導入する工程、準安定中性励起状態種を作り出す電離箱にエネルギーを加える工程、プロトン化水クラスタの生成を抑制し電荷交換イオン化を促進する条件下で、大気圧のキャリアガスおよび準安定種を試料と接触させるように案内し、分析物イオン、分析物フラグメントイオンおよび/または分析物付加イオンを生成する工程を含む。プロトン化水クラスタの生成を抑制することにより、窒素酸化物による酸素化学イオン化を用いた電荷交換および直接ペニングイオン化などの他のイオン化機構が可能になる。
【0011】
電離箱へエネルギーを加える条件には、電極間の電位差、光励起、マイクロ波励起または誘電体バリア放電(誘電層で覆われた1つまたは両電極)を規定することが含まれる。これらの条件が選択され、キャリアガスの準安定中性励起状態種を作り出す。
【0012】
本発明の別の実施形態によれば、キャリアガスおよび準安定種は電離箱から大気圧の反応性ガスに案内される。そこでは、準安定種が反応性ガスと相互作用し、プロトン化水クラスタ生成の抑制および電荷交換イオン化の促進という条件下で反応性ガスイオンを生成する。キャリアガス/反応性ガス/イオン化誘導体の混合物は、大気圧および地電位近辺に維持される試料と接触するよう案内される。
【0013】
本発明によれば、分析物は気体または非揮発性であってよいこと、および、分析物は液体表面または固体表面でイオン化可能であることが利点である。
【0014】
さらに、本発明によれば、水または水クラスタより小さいプロトン親和力を有する試料をイオン化可能であることも利点である。
【0015】
さらに、本発明によれば、得られる質量スペクトルが真空電子衝突(EI)イオン化で作られるスペクトルと類似するように、酸素イオン[O]との電荷交換によりイオン化試料を電荷交換することも利点である。
【0016】
さらに、本発明によれば、窒素酸化物イオン[NO]による化学的イオン化により試料をイオン化することも利点である。
【0017】
本発明の好適な実施例によれば、大気圧イオン化の方法が提供され、その方法は、準安定中性励起状態種生成せしめる、キャリアガス中でコロナ放電またはグロー放電を生じさせるために、第一電極および対向電極間でキャリアガスを大気圧電離箱に導入する工程、および、プロトン化水クラスタの生成を最小限に抑え、キャリアガスと反応性ガスの混合物中で中間イオン化種を生成するような条件下で、キャリアガスを電離箱から大気圧に維持された反応性ガス(例えば、大気)に案内する工程、および、キャリアガスおよび反応性ガスの混合物を大気圧および地電位近辺に維持された試料と接触するように案内し、分析物イオン、分析物フラグメントイオンおよび/または分析物付加イオンを生成する工程を含む。
【0018】
本明細書で開示される方法を実行するための装置において、第一電極および対向電極は放電を誘導するのに十分な電位で維持されなければならない。対向電極は、放電において生成されるイオン化種を除去する働きもする。放電発生に必要な第一電極および対向電極間の電位差はキャリアガスおよび第一電極の形状によって決まり、通常、数百ボルト、例えば400から1,200ボルトである。第一電極(例えば、針電極)は正電位であっても負電位であってもよい。対向電極は、通常、接地しているか、または、針電極の反対の極性を有する。これは、正イオンモードで操作しようと、負イオンモードで操作しようと同じである。正イオンモードでは、レンズ電極は地電位と数百正ボルトとの間にあり、キャリアガス中の負イオンを取り除く。また、負イオンモードでは、レンズ電極は地電位とマイナス数百正ボルトとの間にあり、キャリアガス中の正イオンを取り除く。
【0019】
本発明の別の実施形態によれば、分析物が表面から蒸発または脱離し、気相および/またはフラグメントとなるのを容易にするために、キャリアガスは放電に導入される前に熱せられてもよいし、放電後に熱せられてもよい。
【0020】
本明細書およびでの添付の請求項における大気圧とは、周囲圧力付近の圧力、例えば400から1,400トールを意味する。これには、与圧された飛行機および潜水した潜水艦も含まれる。実験室での使用には、通常、周囲圧力は700から800トールの範囲にある。本明細書および請求項における大気温度とは、0度から50度、すなわち、生活・労働環境で遭遇する温度を意味する。
【0021】
本発明の他の目的や特徴は、以下の発明の説明において明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明による有用な大気圧インターフェイスまたは大気圧装置の斜視図である。
【図2】図1と同様の分解斜視図である。
【図3】図2の斜視図の細部を示す。
【図4】本発明による有用な大気圧装置または大気圧源への電力供給を示す回路概略図である。
【図5A】水クラスタを抑制しない場合(プロトン移動イオン化)の、中性励起状態種を用いた大気圧イオン化のための背景イオンの比較質量スペクトルを示す図。
【図5B】プロトン化水クラスタを抑制する場合(電荷交換イオン化)の、中性励起状態種を用いた大気圧イオン化のための背景イオンの比較質量スペクトルを示す図。
【図6A】プロトン化水および水クラスタを抑制しない場合(プロトン移動イオン化)の、中性励起状態種を用いた大気圧イオン化のためのn−ヘキサデカンの質量スペクトルを示す図。
【図6B】プロトン化水および水クラスタを抑制する場合(電荷交換イオン化)の、中性励起状態種を用いた大気圧イオン化のためのn−ヘキサデカンの質量スペクトルを示す図。
【図6C】比較例としての従来の真空源での電子イオン化のためのn−ヘキサデカンの質量スペクトルを示す図。
【図7A】水クラスタを用いる大気圧イオン化(プロトン移動イオン化)により決定されるコレステロールの質量スペクトルを示す図。
【図7B】フルオロベンゼンをドーパントとして用いる場合のコレステロールの質量スペクトルを示す図。
【図7C】水クラスタを抑制し電荷交換イオン化により決定されるコレステロールの質量スペクトルを示す図。
【図8A】フラグメント化への温度効果を示す2つのガス温度での電荷交換イオン化によるヘキサデカンの質量スペクトルを示す図。
【図8B】フラグメント化への温度効果を示す2つのガス温度での電荷交換イオン化によるヘキサデカンの質量スペクトルを示す図。
【図9A】Grobガスの試験混合物の2つのGC/MSクロマトグラムを示す図(プロトン化水クラスタを抑制する場合の中性励起状態種を用いた大気圧イオン化)
【図9B】Grobガスの試験混合物の2つのGC/MSクロマトグラムを示す図(プロトン化水クラスタを抑制しない場合の中性励起状態種を用いた大気圧イオン化)。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1ないし図3を参照するに、本発明の方法を実行するのに有用な装置は、窒素またはヘリウムなどのガスが流入可能な、数個の電離箱に分かれる管からなる。ガスは、キロボルト電位での放電針と地電位に保持される穴あき対向電極との間に電位が印加される放電箱に導入される。放電領域では、イオン、電子および励起種からなるプラズマが生成される。ガスは、第二穴あき電極を付勢してガス流からイオンを取り除く任意の第二電離室に流れてもよい。ガス流は、適宜熱せられてもよい任意の第三領域を通過する。ガスは、任意の第三穴あき電極またはグリッドから出て、質量分光計サンプリング開口部に案内される。グリッドには2つの機能がある。すなわち、イオン反発電極として働くとともに、反対極性の電荷種を取り除く機能をし、それにより、イオン−電子再結合による信号損失を防ぐ。ガス流は液体試料または固体試料のほうに案内されるか、または、気相試料と相互作用することができる。
【0024】
以下に、電荷された水クラスタの生成を防ぐための工程が採られない通常の反応順序を示す。ここではヘリウムを用いて、初期励起状態の分子が生成される。
1. 分子の励起状態原子の生成(e=電子)
He(放電)→ He+e
He+e → He
【0025】
He*3S1状態は、水イオン化電位12.6eVを上回るエネルギー19.8eVを有する。
2. 電荷された水クラスタの生成:
He+HO → H+He+e
+HO → H+OH
+(HO) → [(HO)H]
3. 電荷された水クラスタの、分析対象分子Mをイオン化する反応:
[(HO)H]+M → [M+H]+(HO)
【0026】
ヘリウムがキャリアガスとして使用される場合、主要な励起状態種はエネルギー19.8eVを有する。このエネルギーは大部分の分子をイオン化するのに充分である。通常の条件下で、励起状態のヘリウムは大気中水分と急速に反応し、正イオン水クラスタまたは酸素および水を含む負イオンクラスタを生成する。励起状態のヘリウムと水分子との反応は、極めて急速である。このような条件下、イオン化の一次モードは、イオン化された水クラスタからのプロトン移動である。バックグラウンドスペクトルの最大ピークは、励起状態のヘリウム原子と試料との相互作用により生成される水クラスタ[(HO)+H]である。
【0027】
水は、プロトン親和力(PA)691kJ/molを有する。試料が水クラスタのプロトン親和力より高いプロトン親和力を有する場合、プロトン移動は起こる。多くの化合物がこのような条件でイオン化される。しかし、化合物の中には(例えば、アルカン)、水または水クラスタのより高いプロトン親和力を有しないために、効率的にイオン化されないものもある。化合物は、ドナーより高いPAを有する場合のみ供与プロトンを受容する。
【0028】
条件がプロトン化水クラスタの生成を抑制するように修正される場合、イオン化の一次モードは、例えば、プロトン移動と酸素イオンからの電荷交換との組み合わせに変更可能である。
+試料→試料+O
【0029】
プロトン化水クラスタが以下のように抑制される場合、直接ペニングイオン化も行なわれてもよい。
He+試料→試料+電子+He
【0030】
図5Aおよび図5Bは、プロトン化水クラスタを抑制する場合および抑制しない場合の、中性励起状態種を用いた大気圧イオン化のための背景イオンの質量スペクトルを比較して示す。通常条件下で観察される主要なピークは、水クラスタおよびアンモニウムである。プロトン化水クラスタが抑制される場合の主要なピークは、水クラスタおよびOである。Oおよび[(HO)+H]の相対存在量は、ガス流量、湿度、質量分光計の吸気口に対する中性励起状態種源の出口位置、および、中性励起状態種源の出口位置でのグリッドの電位に応じて異なる。図5Aの背景におけるラベルされない小さなピークは、実験室大気中に存在する溶媒蒸気(メタノール、エタノール、アセトン)によるものである。
【0031】
酸素(O)のイオン化電位(IP)は12.07eVであり、アルカンを含む最も一般的な有機化合物のIPより高い。電荷交換イオン化では、化合物は、ドナーより低いIPを有する場合のみ供与電子を受容する。
【0032】
アルカンについてこの条件下で得られる質量スペクトルは、データベース検索による化合物同定のために使用される特徴的フラグメントイオンを含めて、電子イオン化(EI)質量スペクトルに酷似している。分子イオンMが観察される。[M−H]が観察されてもよい。
【0033】
図6A、図6Bおよび図6Cは、プロトン化水および水クラスタを抑制しない場合、および、プロトン化水および水クラスタを抑制する場合の、中性励起状態種を有する大気圧イオン化用n−ヘキサデカンの質量スペクトル、および、従来の真空源での電子イオン化用n−ヘキサデカンの質量スペクトルを示す。図6Bで示される質量スペクトルはEIイオン化のためのデータベースと比べて試料の正確な同定をなす。一方、図6Aの質量スペクトルのデータベース検索は正確な同定をなさなかった。
【0034】
電子イオン化(EI)を伴う芳香族炭化水素は、不均一に、分子イオンMおよびプロトン移動イオン[M+H]を生成する。大気圧での水クラスタイオン化では、必ずしもこれらのイオンが生成されるとは限らない。電荷交換によるイオン化で、これらのイオンは酸素イオンから生成される。このイオン化モードには他の有用な特徴がある。化学的背景が減少し、分析物が存在する場合のイオン電流の変化が認識しやすくなる。さらに、異なる官能基を有する化合物に対するイオン効率はより均一である。
【0035】
開放型空気電荷交換法の利点は、EIにより得られる質量スペクトルと類似の質量スペクトルが、EI真空型源の欠点を伴わずに得られることである。特に、EIで使用される電子フィラメントはもろく、熱い状態で空気または酸素にさらされると壊れる可能性がある。これらの電子フィラメントは定期的に交換されなければならない。開放型空気電荷交換法には、交換式フィラメントは必要ない。
【0036】
図7A、図7Bおよび図7Cは、水クラスタからの大気圧プロトン移動イオン化、酸素電荷交換イオン化、およびフルオロベンゼン・ドーパント電荷交換イオン化を用いて決定されるコレステロールの質量スペクトルを示す。電荷交換イオン化は、コレステロールから分子イオンを生成するのに効率的であることが示された。フルオロベンゼンは、プロトン親和力775.9kJ/molおよびイオン化電位9.2eVを有する。したがって、フルオロベンゼンは電荷交換で反応し、9.2eVより小さいIPを有する分析物としての分子イオンを生成する。図7Aに見られるように、プロトン移動はたくさんの[M+H−HO]ピークを生成するが、分子イオンは生成しない。電荷交換法のほうが明らかに優れている。フルオロベンゼンは、高輝度ランプ(10eV)を用いる大気圧光イオン化(APPI)のためのドーパントとして使われている。本発明によれば、電荷交換法はパルス光子脱離により補助され、低揮発性化合物からの分子イオンを生成する。
【0037】
図8Aおよび図8Bは、フラグメント化への温度効果を示す2つのガス温度でのヘキサデカンの質量スペクトルを示す。分子およびフラグメントイオンの相対存在量はガス温度に依存する。相対的に低温(試料を脱離または蒸発させるのに必要な温度、例えば、準大気温から約200度まで)のときには、分子イオンが豊富で、フラグメントイオンは低存在量である。Mおよび[M−H]の相対的高存在量は、試料の分子量を同定するのを容易にする。フラグメント化は、200度から300度の範囲またはそれ以上のガス温度で支配的になるフラグメントイオンを伴うガス温度の上昇と共に増加する。このような条件で、n−アルカンの質量スペクトルは、[M−H]ピークが観察される可能性があることを除き、従来のEI質量スペクトルと事実上同一である。EIを用いる場合と同様に、フラグメントの存在は、データベース検索での同定を容易にする「指紋」であり、大抵の場合、アイソメトリック化合物を区別するのを可能にする。
【0038】
温度ランプ(時間依存形式で低キャリアガス温度から高キャリアガス温度までをプログラムする)は、化合物を脱離温度によって分類するのに使用できる。このように、大量の分子イオンが、所定の試料または標本の高揮発性および低揮発性化合物に関して観察されるこのことは、炭素数6から44のn−アルカンの混合物を用いて示されてきた。最小限のフラグメント化を伴う大量の分子イオンが全ての化合物に対して観察されるだろう。
【0039】
図9Aおよび図9Bは、Grobガスの試験混合物の、2つのGC/MSクロマトグラムを示す。ガスクロマトグラフィカラムは化合物を分離させ、MSは分離された化合物を同定するのに使用される。クロマトグラフィの結果は、励起状態中性キャリアガス源の結果を対象とする。図9Aの場合、プロトン化水クラスタの生成は抑制され、電荷交換イオン化を促進する。図9Bの場合はそうではない。(なお、図9Bより緩やかなGCオーブン温度プログラムが、図9Aに示される分析のために用いられた。このことにより、成分の保管期間が変わるが、溶出順序信号対雑音比には影響しないであろう。)プロトン化水クラスタが抑制されなかった場合、デカンやウンデカンなどのアルカンは検出されなかった。
【0040】
プロトン化水クラスタの生成を抑制する場合、一定量のNO(一酸化窒素イオン)が観察される。一酸化窒素は、アルカンおよび芳香族炭化水素の化学イオン化のための、公知の化学イオン化試薬である。イオン化機構は、M+を生成する電荷交換、または、[M−H]イオンを生成する水素化物引き抜きである。一酸化窒素付加物[M+NO]も芳香族化合物に関して観察される。一酸化窒素化学イオン化も分析物の酸化という結果になる。窒素キャリアガスで操作しアルカンおよび芳香族をイオン化する場合、他の反応プロセスが起こる可能性がある。酸素が分子に組み入れられ、アルカンのイオン化から[M+O−3H]および[M+O−H]のような多くの酸化種を生成する。
【0041】
使用されてきたキャリアガスはヘリウムおよび窒素である。分析物の状態よりも高い状態にある準安定状態を有する任意のガスまたはガス混合物は、電位キャリアガスである。ヘリウムも窒素も高い第一電子イオン化電位を有し、室温および室内圧力では他の元素または化合物と反応しない。
【0042】
本明細書で記載される大気圧イオン化法は、対象となる分析物(薬物、爆発物、化学兵器、有毒工業材料等)の検出および同定のために、質量分光計およびイオン移動度分光計にイオンを導入するのに有用である。この方法は非放射能型であり、ヘッドスペースサンプリングで、ガスおよび蒸気を急速に試料採取できる。また、表面上の化学品を急速におよび直接的に試料採取することも可能である。
【0043】
図1に戻り、本発明による有用な大気イオン装置の物理的実行は、Teflon(R)系プラスチック(良好な温度耐性)、ガラス、セラミック材料または他の非導電性材料で製造される管状の非導電ケーシング10を備える。ケーシング10の一端から延出するのは、メッシュ電極またはグリッド14を適所に保持する働きをする非導電性末端部13を有する使い捨てガラス管インサート11である。メッシュ電極14は絶縁線15によりケーシング10のマイクロジャック17に接続される。ケーシング10の反対側末端には、可撓管スライドを保持するための波形面を有する接続部18を備えるキャリアガス注入口がある。マイクロジャック21、22、23および24が、電力供給装置からのリード線をケーシング10内の各種電極に接続するために、ケーシングに螺合される。
【0044】
図2に戻り、ケーシングの内部は、第一電離箱および第二電離箱に分けられる。中空プラグが各軸端でケーシングに固定される。注入口端で、プラグ26は、注入口接続部18を受けるためのネジ山を有する。出口端で、プラグ27は、ガラス管インサート11の外表面に対して密封されるViton Oリング38を受けるための内側環状溝を備える。非導電性スペーサ30は、マイクロジャック21に接続される針電極31を保持し、コロナ放電またはグロー放電の生じる第一電離箱を規定する。導電性スペーサおよび電極バッフル32は、ケーシング内で、針を支持する非導電性スペーサ側に配置される。導電性スペーサ32はマイクロジャック23に接続される。非導電性スペーサ33は、ケーシング内で、導電性スペーサ32側に配置され、第二電離箱を規定する。別の導電性スペーサおよび電極バッフル34は非導電性スペーサ33側に配置され、第二電離箱の軸出口端を規定する。導電性スペーサ34はガラス管インサート11に当接する。この導電性スペーサはマイクロジャック22に接続される。マイクロジャック24は、マイクロジャック17と接続するケーシングの出口端まで軸方向に延びる電線用導管と連通する。
【0045】
図3に戻り、非導電性末端部13を有するガラス管の末端が詳細に示される。非導電性末端部13は直接接触しないようにグリッドから距離をとるために配置され、グリッドにかかる高電圧と接触しにくくする。末端部の穴により、励起状態のガスが抜け、分析物をイオン化するのを可能にする。銅製座金39はガラス管末端と接触し、絶縁リード線15にはんだ付けされる。グリッド電極14が座金に対して保持される。中空ガラス管11およびグリッド電極14は第三電離箱を規定する
【0046】
図4に戻り、大気圧イオン源のための電力供給装置の一例が概略図で示される。交流電流はスイッチSおよびヒューズFを流れ、電力供給切替装置SPSに印加される。15ボルト直流出力がフィルタキャパシタCを通り、電流調整器CRに印加される。調整された電流はフィルタキャパシタCを通り、高圧直流変換器DC−HVDCに印加される。この装置の高電圧は電流制限抵抗器Rを通り、コロナ放電またはグロー放電を生じさせる電極に印加される。15ボルト出力は、複数の汎用高電流正電圧調整器VRにも印加される。電圧調整器の出力はフィルタキャパシタCを介して印加され、高圧直流変換器DC−HVDCに電流を流す。変換器の出力は電位差計Rに印加され、レンズ電極にかかる電位を調節することができる。電力供給装置設計分野の当業者であれば、負出力電位のための回路構成方法を理解するであろう。
【0047】
現時点において、プロトン化水および水クラスタイオンの生成を抑制することが判明している技術は、a)出口グリッド電極の電位を約150ボルトから約500〜600ボルト以上に上げること、b)質量分光計の注入口の約5mm以下の範囲内に、源の末端部の穴を移動させること、c)乾燥空気、フルオロベンゼンまたはアニソールの酸素または適切なドーパントで試料を排掃すること、d)作業前に残存水分をベークアウトするために装置を熱すること、または、e)これらの技術の任意の組み合わせである。GC/MS実験の場合、GCカラムまたはガス移送ラインの出口は上述の装置の延長部に接続され、延長管の出口は質量分光計大気圧インターフェイスのサンプリング開口部に配置される。延長管では、キャリアガス/中性励起状態混合物が大気中水分から分離され、例えば、わずかな反応性ガスをゆるく封じられた管に漏らすことにより生成される反応性イオン[O]の生成を可能とする。本発明は、試料周辺においてプロトン化水および水分子の生成を防止または抑制するいかなる特定技術にも縛られない。電荷交換イオンおよび/またはペニング電子が適切量だけ生成され、試料に案内される限り、完全な抑制は不可欠ではない。
【0048】
本明細書に記載される大気圧イオン化法は、対象とする分析物(薬物、爆発物、化学兵器、有毒工業材料等)の検出および同定のために、質量分光計およびイオン移動度分光計またはハイブリッドイオン移動度分光計にイオンを導入するのに有用である。この方法は非放射能型であり、ヘッドスペースサンプリングで、ガスおよび蒸気を急速に試料採取する。また、表面上の化学品を急速におよび直接的に試料採取することも可能とする。この特徴により、本明細書中に記載されるイオン源がIMS検出手段上の放射能源の極めて有用な代替となる。
【0049】
このように、特許法により求められる詳細かつ特定性をもって本発明は記載された。特許証により保護されることを望まれることは、以下の請求項に記載される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分光分析のための分析物、分析物フラグメントおよび/または分析物付加イオンの生成方法であって、
大気圧のキャリアガスを電離箱に導入する工程と、
準安定中性励起状態種を作り出す前記電離箱へエネルギーを加える工程と、
プロトン化水クラスタの生成を抑制する条件下で、大気圧および地電位付近に維持された分析物と接触するように、キャリアガス準安定中性励起状態種混合物を案内する工程と
を含むことを特徴とする生成方法。
【請求項2】
質量分光分析方法であって、
大気圧のキャリアガスを電離箱に導入する工程と、
準安定中性励起状態種を作り出す前記電離箱へエネルギーを加える工程と、
プロトン化水クラスタの生成を最小化し、直接的にまたは中間反応性ガスを介して分析物、分析物フラグメントおよび/または分析物付加イオンを生成する条件下で、大気圧および地電位付近に維持された分析物と接触するように、キャリアガス準安定中性励起状態種混合物を案内する工程と、
分析物、分析物フラグメントおよび/または分析物付加イオンを質量分光計に案内する工程と
を含むことを特徴とする質量分光分析方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、前記分析物付近の大気は低湿度ガスで排掃されることを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項2に記載の方法において、前記分析物付近の大気は純酸素で排掃されることを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項3に記載の方法において、前記分析物が前記質量分光計のサンプリング開口部の5mm以内に配置されることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項2に記載の方法において、前記電離箱を離れたグリッドは電位が少なくとも500ボルトに設定されることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項2に記載の方法において、前記キャリアガスは、ほぼ完全に、前記分析物を直接的にまたは中間反応性ガスを介してイオン化するのに十分高い有効準安定状態を有する窒素および希ガスの1つ以上からなることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法において、前記中間反応性ガスが酸素であることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項7に記載の方法において、前記中間反応性ガスが窒素であることを特徴とする方法。
【請求項10】
請求項7に記載の方法において、前記中間反応性ガスがフルオロベンゼンであることを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項7に記載の方法において、前記中間反応性ガスがアニソールであることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項2に記載の方法において、前記キャリアガスが熱せられフラグメント化ならびに分子イオン生成を促進することを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項1または2に記載の方法において、前記キャリアガスにエネルギーを加える前記電離箱中の電位差を設け、準安定中性励起状態種を作り出す工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項1または2に記載の方法において、前記キャリアガスにエネルギーを加える光子励起を使用して、準安定中性励起状態種を作り出す工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項15】
請求項1または2に記載の方法において、前記キャリアガスにエネルギーを加えるマイクロ波を使用して、準安定中性励起状態種を作り出す工程を含むことを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図6C】
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【図7A】
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【図7B】
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【図7C】
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【図8A】
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【図8B】
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【図9A】
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【図9B】
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【公表番号】特表2011−522211(P2011−522211A)
【公表日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−510548(P2010−510548)
【出願日】平成20年6月2日(2008.6.2)
【国際出願番号】PCT/US2008/065496
【国際公開番号】WO2009/009228
【国際公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【出願人】(501241357)ジェー・イー・オー・エル・ユー・エス・エー,インコーポレーテッド (3)
【Fターム(参考)】