説明

大腸癌の判別方法

【課題】糖鎖の変化に関連して大腸癌の悪性度や転移性を高い信頼性で識別をする方法を提供する。
【解決手段】大腸癌の判別方法は、大腸癌の腫瘍組織から採取した検体に、フコースα1→6特異的レクチンであって、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有するフコースα1→6特異的レクチンを作用させることを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌の判別方法に関し、より詳細には、悪性や転移性の大腸癌を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大腸癌は、日本人の中で罹患率が増加傾向にある。主要部位別の統計でも、男女共、胃癌、肺癌に次ぐ第3位である。大腸癌は、癌の発生及び進行に伴って複数の癌関連遺伝子が関与する多段階発癌過程をとる。具体的には、APC等の癌抑制遺伝子異常により大腸ポリープができ、癌遺伝子rasの変異による活性化、癌抑制遺伝子p53の変異による不活性化等の異常が加わると、ポリープは肥大化及び癌化する。さらに、別の癌遺伝子の異常により、癌が浸潤や転移するようになる。大腸癌と診断されても、その詳細は、腫瘍組織を除去すれば問題のない良性のものから、小さくても転移しやすい悪性度の高いものまで多様である。
【0003】
大腸癌は、早期に発見できれば、治癒が比較的容易である。単純なポリペクトミーから粘膜切除術も近年積極的に行なわれるようになってきた。また、手術による治療法も、癌が大腸壁中にどの程度深く入っているか、リンパ節転移、遠隔転移の有無等で規定される臨床病期や悪性度に応じて異なる。したがって、大腸癌の完全治癒を目指すには、早期発見と正確な臨床病理的な診断が重要である。
【0004】
大腸癌の診断では、一般的に、注腸造影検査、内視鏡検査、腫瘍マーカー、各種画像診断等が行われる。大腸癌が疑われる場合、生検を行ない、癌の組織学的悪性度、脈管への浸潤等の病理診断が行われる。
【0005】
病理診断では、病理医が摘出した組織や臓器を肉眼で見て、病変の部位、大きさ、性状、広がりを確認し、診断に必要な部分を切り取って生体試料標本とする。その生体試料標本を病理医が顕微鏡で観察し、組織的悪性度(分化度)の確認、手術で断端が完全に取り切れたかどうかのチェック、追加治療が必要かどうか、脈管やリンパ管への浸潤等を判断し、臨床医に伝える。病理診断にとって癌組織の悪性度を判断することが大事であるが、この悪性度を正確に判断することは、熟練を要し、病理医の専門性の高い領域である。
【0006】
糖鎖は、タンパク質の翻訳後修飾を担う生体高分子であり、癌の発症に伴ってその構造が変化する。大腸癌では、CA19−9、CEA、CA50、CSLEX(シアリルLe抗原)、SLX(シアリルLe−i抗原)、STN(シアリルTn抗原)等の糖鎖関連の癌関連抗原が腫瘍マーカーとして利用されている。
【0007】
糖鎖は、大腸癌の悪性度や転移性にも関与していると推測される。例えば、非特許文献1には、Dukes分類やTMN分類のGradeの低い大腸癌では、N型糖鎖の還元末端のN−アセチルグルコサミンにα1→6結合でフコース(コアフコースともいう)を付加するFUT8の酵素活性が高い値を示し、上記分類のGradeが高くなる、すなわち悪性度が高くなると、FUT8の活性は有意に低下すると報告されている。
【0008】
癌化に伴う細胞表面の糖鎖構造の変化や転移に関わる情報を得るために、糖鎖に結合するレクチンを利用することが考えられる。従来、上記コアフコースを検出するレクチンとして、ヒイロチャワンタケレクチン(AAL)が知られている。AALは、α1→2、α1→3、α1→4やα1→6結合のフコースと親和性を有する。しかし、後述の実施例に示すように、AALを用いた検出方法では、原発癌と転移癌との間や悪性度の違いで有意差がでない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】International Journal of Cancer Vol 123 Issue 3, Pages 641−646,Expression and enzyme activity of α(1,6)fucosyltransferase in human colorectal cancer
【非特許文献2】Biochem Biophys Res Commun. 2008 Mar 28 370, 259−263 Development of an all−in−one technology for glycan profiling targeting formalin−embedded tissue sections
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明の課題は、大腸癌の悪性化や転移に伴う糖鎖構造の変化を、レクチンを用いて容易に判別する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、フコースα1→6糖鎖とのみ特異的に結合するレクチンを新規に単離した。このレクチンを用いて大腸癌腫瘍組織を組織学的に精査したところ、大腸癌腫瘍組織は癌化によりフコースが増加するが、悪性度の高い癌や転移癌ではα1→6結合フコースが減少していることを確認した。本発明者らはこれらの知見をもとに本発明を完成させた。すなわち、本発明は、大腸癌の腫瘍組織から採取した検体に、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有する
フコースα1→6特異的レクチンを作用させることを含む、大腸癌の判別方法を提供する。
【0012】
上記レクチンは、フコースα1→6を有する糖鎖、糖ペプチドや糖タンパク質に対して結合定数1.0×10−1以上という、従来よりも極めて高い親和性を有し、すなわち、フコースα1→6糖鎖構造を有する糖鎖を特異的に認識する。この特異性を利用した本発明は、悪性や転移性の大腸癌を判別することができる。すなわち、大腸癌で悪性度の低いものや原発癌では、α1→6結合フコースを含むL-フコース全般が増加する。一方、大腸癌の悪性度が高いものや転移癌では、α1→6結合フコースが減少する傾向がある。そこで、一次スクリーニングで大腸癌と診断された者の大腸癌の腫瘍組織に上記フコースα1→6特異的レクチンを作用させ、α1→6結合フコースの量を調べると、悪性度の高い大腸癌や転移癌の判別が可能となる。
【0013】
前記フコースα1→6特異的レクチンは、さらに、(4)フコースα1→6糖鎖を含まないハイマンノース糖鎖及び/又は糖脂質に対して実質的に結合しないことが好ましい。
【0014】
前記担子菌は、例えばモエギタケ科、キシメジ科、テングタケ科又はタコウキン科に属する。前記担子菌は、特にツチスギタケ、スギタケ、ヌメリスギタケモドキ、サケツバタケ、クリタケ、コムラサキシメジ又はベニテングタケである。
【0015】
前記検体には、便潜血検査、腫瘍マーカー、直腸指診、大腸内視鏡検査、バリウム注腸二重撮像法及びCT(コンピュータ断層撮影)からなる群の少なくとも一種により大腸癌と診断されたものであることが好ましい。
【0016】
非特許文献2には、ヒイロチャワンタケレクチン(AAL)、レンズマメレクチン(LCA)、エンドウマメレクチン(PSA)、ラッパスイセンレクチン(NPA)、ソラマメレクチン(VFA)、麹菌レクチン(AOL)、ニホンニワトコレクチン(SSA)、セイヨウニワトコレクチン(SNA)、キカラスウリレクチン(TJA)、ヒマレクチン(RCA120)、PHA(インゲンマメレクチン)、ドリコスマメレクチン(DSA)、ラッパスイセン(NPA)、ナタマメレクチン(ConA)、スノードロップレクチン(GNA)、アマリリスレクチン(HHA)、トマトレクチン(LEL)、ジャガイモレクチン(STA)、イラクサレクチン(UDA)、ジャックフルーツレクチン(Jacalin)、ハリエニシダレクチン(UEA−I)、ミヤゴグサレクチン(Lotus)、イヌエンジュレクチン(MAM)で大腸癌の組織がレクチン染色で陽性であることが報告されており、前記検体には、前記レクチンからなる群から選ばれる少なくとも一種を用いたレクチン染色で陽性であったものを用いることが可能である。より好ましくは、前記検体には、AAL、LCA、PSA、ラッパスイセンレクチン、ソラマメレクチン、麹菌レクチン、UEA−I及びLotusからなる群から選ばれる少なくとも一種を用いたレクチン染色で陽性であったものを用いてもよい。
【0017】
前記検体には、フコシル化反応に必須のドナー基質であるGDP−フコースの合成経路の酵素の一つであるGDP−マンノースデヒドロゲナーゼ(GMD)を認識する抗GMD抗体を用いた組織染色で陽性であったものを用いてもよい。
【0018】
前記判別方法は、例えば標識した前記フコースα1→6特異的レクチンで前記検体をレクチン染色することからなる。
【0019】
前記レクチン染色は、フコースα1→6特異的レクチンによる大腸癌の腫瘍組織の染色結果が、正常細胞の場合と同等かあるいはそれ以下であったら、悪性度が高いということを示唆することを含む。
【0020】
前記悪性度が高いとは、大腸がんが将来転移しやすいこと、又は、分化度が未分化であることをいう。
【0021】
本発明は、また、フコースα1→6特異的レクチンであって、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有する
前記フコースα1→6特異的レクチンを含む、大腸癌判別用診断薬又はキットを提供する。
【0022】
前記大腸癌判別用診断薬又はキットには、大腸癌の一次スクリーニング用として、AAL及び/又は抗GMD抗体を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明の大腸癌の判別方法及び大腸癌判別用診断薬又はキットによれば、大腸癌患者等から採取された腫瘍組織を用いて調製された検体中の脱フコシル化を新規なα1→6特異的レクチンで検出することで、大腸癌の悪性度を客観的に評価できる可能性がある。すなわち、癌組織の一部にフコシル化欠損部を有する腫瘍は、将来的にどこか他の臓器に転移する可能性が高い悪性度の高い癌という予測診断ができる。また、転移リンパ節の染色から、悪性度を予測し、免疫療法、抗体医薬、抗がん薬等の治療法の選択の指標となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】AALを用いた糖タンパク質のELISAによる検出結果を示す。
【図2】調製例1のPTLのイオン交換クロマトグラフィーの溶出図である。
【図3】調製例1のPTLのアフィニティクロマトグラフィーの溶出図である。
【図4】PTLを用いた糖タンパク質のELISAによる検出結果を示す。
【図5】SRLを用いた糖タンパク質のELISAによる検出結果を示す。
【図6】大腸癌腫瘍組織をAAL、PTL又は抗GMD抗体を用いて染色した際に、染色強度に基づいて分類0〜3に分けた顕微鏡写真(図面代用)である。
【図7】大腸癌腫瘍組織のAAL染色において、原発癌と転移癌との陽性率(分類0〜3に占める分類2〜3の割合)を比較した図である。
【図8】大腸癌腫瘍組織のAAL染色の陽性率をGrade(悪性度)別に比較した図である。
【図9】大腸癌腫瘍組織のPTL染色の陽性率を原発癌と転移癌とで比較した図である。
【図10】大腸癌腫瘍組織のPTL染色の陽性率をGrade別に比較した図である。
【図11】大腸癌腫瘍組織のAAL染色において分類3(強陽性)を示した組織と同一ロットの組織を用いてPTL染色した際の陽性率を、原発癌と転移癌とで比較した図である。
【図12】図11のAAL染色及びPTL染色の顕微鏡写真(図面代用)を示す。
【図13】大腸癌腫瘍組織の抗GMD抗体を用いた免疫染色した際の陽性率を原発癌と転移癌とで比較した図である。
【図14】大腸癌腫瘍組織の抗GMD抗体を用いて免疫染色した際のGrade別の陽性率を比較した図である。
【図15】レクチンの糖結合性を調べるために使用したα1→6フコースオリゴ糖及び非α1→6フコースオリゴ糖の構造図である。
【図16】レクチンの糖結合性を調べるために使用したフコースα1→6オリゴ糖及び非フコースα1→6オリゴ糖の構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の大腸癌の判別方法の一実施形態を説明する。本発明の方法は、大腸癌の腫瘍組織から採取した検体に、特定のフコースα1→6特異的レクチンを作用させることからなる。このレクチンで大腸癌腫瘍組織を染色すると、原発癌と転移癌とで陽性率に差が現れる(図9)。また、悪性度の違いでも陽性率に差が現れる(図10)。本発明の方法がこの効果を奏するには、検体は、大腸癌の生検もしくは手術によって大腸癌と診断された腫瘍組織である必要がある。一次スクリーニングとして、従来公知の方法を用いることができる。例えば、腫瘍マーカー等が挙げられる。
【0026】
上記腫瘍マーカーには、CA19−9(ハプテン構造:2→3シアリルLe)、C−50(2→3シアリルLe)、KM01(2→3シアリルLe)CA195(LeとシアリルLe)等がある。これらの腫瘍マーカーを検出する手段には、腫瘍マーカーに特異的なモノクローナル抗体、腫瘍マーカーと親和性を有するレクチン等を用いることができる。
【0027】
AALは、図1の糖結合特異性の調査結果に示すように、α1→6結合フコースとα1→6結合以外のフコースとに親和性を有する。さらに、実施例1に示すように、AALは、原発癌及び転移癌のいずれにも高い陽性率(図7)を示し、また、悪性度と陽性率との間で相関がない(図8)点で、大腸癌の一次スクリーニング用に好適である。
【0028】
上記レクチンを用いた大腸癌の検出方法には、従来公知のレクチン染色が有効である。
【0029】
レクチン染色の一例を以下に説明する。まず、腫瘍組織から検体を薄く切り出し、その薄片をガラスプレートに貼り付ける。ブロッキングバッファーにプレートを浸し、室温で緩く攪拌する。適宜、内因性ペルオキシダーゼ不活性化を行う。ビオチン標識レクチン溶液(2〜5μg/mlにブロッキングバッファーで希釈)にメンブレンを浸し、室温で1時間、緩く撹拌する。西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(HRP)標識アビジン溶液にプレートを浸し、室温で緩く攪拌する。発色液にプレートを浸し、室温で数分間発色させる。発色が十分確認できたら純水で洗浄し、反応を停止させる。発色した組織を光学顕微鏡で観察する。レクチン染色には、市販のレクチン染色キットを用いることができる。
【0030】
大腸癌の検出には、従来公知のレクチン染色のほかに、フローサイトメトリー(FACS)法も採用可能である。また、FACS法を用いて、本発明の大腸癌の判別方法も可能である。FACS法は、細胞等の粒子1個ずつから、大きさ等の形態の情報、ならびに、DNA/RNA蛍光染色や、タンパク等を蛍光抗体で染色した蛍光の情報を得ることができる。既に、疾病診断の分野では、白血病や悪性リンパ腫等の造血器腫瘍の診断に応用されている。本発明の判別方法では、例えば、以下のように行うことができる。3〜4mm角の大腸癌組織を細かく裁断し、10mM リン酸緩衝化生理食塩水(pH 7.4、PBS)に懸濁する。21Gの針をつけた2.5mlサイズのシリンジで、10回程度強く出し入れし細胞をほぐした後、50μmのメッシュで細胞を濾過する。このように調製した大腸癌組織細胞に、蛍光標識したレクチンの溶液を直接的もしくは間接的に加えて、細胞とレクチンとを結合させる。その後、フローサイトメーター(例えば、ベックマンコールタール社製Cytomics FC 500)で、レクチンの結合した細胞の量や割合を分析する。
【0031】
図13及び14に、抗GMD抗体を用いた大腸癌の免疫組織染色を示す。抗GMD抗体を用いた免疫染色は、大腸癌陽性率がAALより低いものの、原発癌/転移癌や悪性度に関する陽性率の挙動がAALと似ている。したがって、抗GMD抗体もまた、大腸癌の一次スクリーニングに使用し得る。抗GMD抗体を用いた大腸癌の検出法には、従来公知の免疫染色法等を採用する。
【0032】
本発明の大腸癌の判別方法には、化学式:
【化1】

〔式中、Manはマンノース、GlcNAcはN−アセチルグルコサミン、Fucはフコースを意味する〕
示されるような糖鎖中のフコースα1→6結合を特異的に認識するレクチンの使用が必須である。本発明者らが単離した新規なレクチンは、本発明の大腸癌の判別方法に最適である。このレクチンを以下に詳述する。
【0033】
(1)レクチンの由来
フコースα1→6特異的レクチンの由来となる原料は、担子菌である。担子菌の中でも、モエギタケ科、キシメジ科、タコウキン科及びテングタケ科に属することが好ましい。モエギタケ科としては、ツチスギタケ、サケツバタケ、クリタケ、スギタケ、ヌメリスギタケモドキ、ヌメリスギタケ等が挙げられる。キシメジ科としては、コムラサキシメジ等が挙げられる。タコウキン科としては、シロハカワラタケ、ツヤウチワタケ等が挙げられる。テングタケ科としては、ベニテングタケ等が挙げられる。これらの担子菌のうち、レクチンのフコースα1→6糖鎖認識特異性とレクチンの回収効率の観点から、モエギタケ科、キシメジ科又はテングタケ科が特に好ましく、さらに好ましくはツチスギタケ、スギタケ、ヌメリスギタケモドキ、サケツバタケ、クリタケ、コムラサキシメジ又はベニテングタケである。
【0034】
(2)レクチンの分子量
前記フコースα1→6特異的レクチンのSDS電気泳動法による分子量は、4,000〜40,000であり、好ましくは4,000〜20,000である。ここで、SDS電気泳動法による分子量は、例えばLaemmiの方法(Nature,227巻,680頁,1976年)に準じて測定されるものである。上記分子量は、本明細書において、レクチンの単量体と複合体の両方を含む意味で使用される。
【0035】
(3)レクチンの結合定数
前記フコースα1→6特異的レクチンのフコースα1→6糖鎖に対する結合定数は、1.0×10−1以上であり、好ましくは1.0×10−1以上、さらに好ましくは1.0×10−1以上である。すなわち、フコースα1→6に親和性を有することが従来知られているAAL、AOL、LCA、NPA及びPSAと比べて、結合定数が著しく高い。これは、前記フコースα1→6特異的レクチンが、従来のレクチンと比べて極めて高い選択性をもってフコースα1→6糖鎖と結合することを意味する。
【0036】
上記結合定数は、例えばフロンタルアフィニティクロマトグラフィー(FAC法)により測定することができる。FAC法の詳細は、例えば、本出願人の一部が出願したPCT/JP2009/003346に記載されている。PCT/JP2009/003346を参照のために本明細書に編入する。
【0037】
フコースα1→6糖鎖は、その非還元末端にシアル酸を有していてもよい。従来のフコースα1→6特異的レクチン(例えばLCA、NPA及びPSA)は、非還元末端にシアル酸を有するフコースα1→6糖鎖に対して親和性が低かった。一方、前記フコースα1→6特異的レクチンは、このような糖鎖に対しても高い親和性を有する点でも従来のものより優れる。
【0038】
(4)レクチンの特異性
前記フコースα1→6特異的レクチンは、フコースα1→6糖鎖を含まないハイマンノース糖鎖及び/又は糖脂質に対して実質的に結合しないことが好ましい。これにより、前記フコースα1→6特異的レクチンは、より一層高い結合特異性を有する。本明細書において、「実質的に結合しない」とは、結合定数が1.0×10−1以下、好ましくは1.0×10−1以下、特に好ましくは0であることを意味する。
【0039】
(5)レクチンの分岐鎖への結合
前記フコースα1→6特異的レクチンは、フコースα1→6N結合型の一本、二本、三本及び/又は四本糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有することが好ましく、より好ましくは結合定数1.0×10−1以上で示される親和性を有する。
【0040】
(6)レクチンのアミノ酸配列
フコースα1→6特異的レクチンは、特に、表1の配列番号1に示すような共通のアミノ酸構造を有する。配列番号1の第4、5、6及び7番目のXaaは、それぞれ、Asp/Asn/Glu/Thr、Thr/Ser/Ala、Tyr/Phe及びGln/Lys/Gluを意味し、その斜線は「又は」を意味する。
【0041】
本発明の方法に使用し得るフコースα1→6特異的レクチンの具体例を、配列番号2〜6に示す。
【0042】
配列番号2に示すレクチンは、ツチスギタケから抽出することのできる、分子量4,500の新規なレクチン(以下、PTLという)である。配列番号2の第10及び17番目のXaaは、任意のアミノ酸残基であってよいが、好ましくはCysである。第20、23、27、33、35及び39番目のXaaは、それぞれ、Tyr/Ser、Phe/Tyr、Arg/Lys/Asn、Asp/Gly/Ser、Asn/Ala、及び、Thr/Glnである。PTLの糖結合特異性を図4に示す。
【0043】
配列番号3に示すレクチンは、サケツバタケから抽出することのできる、分子量4,500の新規なレクチン(以下、SRLという)である。配列番号3の第10及び17番目のXaaは、任意のアミノ酸残基であってよいが、好ましくはCysである。第4、7、9、13、20、27、29、33、34及び39番目のXaaは、それぞれ、Pro/Gly、Glu/Lys、Val/Asp、Asn/Asp/Glu、His/Ser、Lys/His、Val/Ile、Gly/Asn/Ser、Ala/Thr、及び、Arg/Thrである。SRLの糖結合特異性を図5に示す。
【0044】
配列番号4に示すレクチンは、コムラサキシメジから抽出することのできる、分子量4,500の新規なレクチン(以下、「LSL」という)である。配列番号4の第10及び17番目のXaaは、任意のアミノ酸残基であってよいが、好ましくはCysである。第1、4、7、8、9、13、16、20、22、25、27、31及び34番目のXaaは、それぞれ、Ala/Gln、Pro/Lys、Ala/Ser、Met/Ile/Val、Tyr/Thr、Asp/Asn、Lys/Glu、Ala/Asn、Val/Asp/Asn、Asp/Asn、Arg/His/Asn、Gln/Arg、及び、Thr/Valである。
【0045】
配列番号5に示すレクチンは、クリタケから抽出することのできる新規なレクチン(以下、「NSL」という)である。配列番号5の第10及び17番目のXaaは、任意のアミノ酸残基であってよいが、好ましくはCysである。第13、14及び16番目のXaaは、それぞれ、Asp/Thr、Ser/Ala、及び、Gln/Lysである。
【0046】
配列番号6に示すレクチンもまた、クリタケから抽出することのできる、分子量4,500の新規なレクチン(以下、「NSL」という)である。配列番号6は、配列番号5のペプチド中に1個のAsnが挿入された変異体である。したがって、配列番号6の第10及び18番目のXaaは、任意のアミノ酸残基であってよいが、好ましくはCysである。第14、15及び17番目のXaaは、それぞれ、Asp/Thr、Ser/Ala及びGln/Lysである。
【0047】
配列番号2〜6のレクチンがサブユニットとなって、通常、2〜10個、好ましくは2〜3個結合したものもまた、フコースα1→6特異的レクチンとして使用可能である。
【0048】
【表1】

【0049】
PTL、SRL、NSL及びLSLと、従来、フコース特異的レクチンといわれているAAL、AOL、LCA及びPSAの各種糖鎖(図15及び図16参照)への結合定数(25℃において)を、表2〜4に列記する。
【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
【表4A】

【0053】
【表4B】

【0054】
【表4C】

【0055】
【表4D】

【0056】
表2〜4中、AAL及びAOLは、フコースα1→6糖鎖(糖鎖No.15、201−203、401−418)とともに、非α1→6である糖脂質系のフコース糖鎖(糖鎖No.718、722、723、727、909、910、933)にも結合する。また、LCA及びPSAは、フコースα1→6糖鎖を持たない多くの糖鎖(糖鎖No.003、005−014)にも結合する。
【0057】
それに対して、PTL及びSRLは、フコースα1→6糖鎖に確実に結合し、かつ非フコースα1→6糖鎖やフコースを持たない糖鎖に全く結合していない。しかも、PTLの結合定数は、従来のレクチンよりも大きい(結合定数がK=1.0×10−1以上)。さらに、フコースα1→6糖鎖の三本鎖(糖鎖No.407−413)や四本鎖(糖鎖No.418)にも強く結合する。また、シアル酸が付加されていても(糖鎖No.601、602)、フコースα1→6糖鎖の結合定数が下がっていない。
【0058】
NSL及びLSLもまた、フコースα1→6糖鎖のみを検出し、非フコースα1→6糖鎖やフコースを持たない糖鎖を全く検出していない。さらに、フコースα1→6糖鎖の三本鎖や四本鎖にも強く結合する。また、シアル酸が付加されていても、フコースα1→6糖鎖に結合定数が下がらない。
【0059】
フコースα1→6特異的レクチンは、(a)配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列からなるタンパク質又はペプチドの他に、(b)配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、挿入又は置換され、かつ、配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質又はペプチドと機能的に同等なタンパク質又はペプチドであってもよい。ここで、「機能的に同等」とは、フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上であり、好ましくは1.0×10−1以上、さらに好ましくは1.0×10−1以上で示される親和性を有することを意味する。(b)の変異体の一例が、配列番号6に示すタンパク質又はペプチドである。
【0060】
前記フコースα1→6特異的レクチンは、特に好ましくはPTL、SRL、NSL及びLSLであり、さらに好ましくはPTL及びSRLである。PTL及びSRLは、従来のフコースα1→6親和性レクチンと相違して、フコースα1→6以外のフコースや、フコースを持たない高マンノース糖鎖と結合しない点で、本発明の判別方法に使用するフコースα1→6特異的レクチンとして最適である。
【0061】
フコースα1→6特異的レクチンは、担子菌から、公知の抽出方法、分離方法、精製方法等を適宜組み合わせることにより、単離することができる。例えば、水系媒体を抽出溶媒として用いて、担子菌の水系媒体抽出物を得る工程を含む。この前記抽出物から、SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000、好ましくは4,000〜20,000、及び、フコースα1→6糖鎖に対する結合定数が1.0×10−1以上、好ましくは1.0×10−1以上、さらに好ましくは1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有するレクチンを得る。
【0062】
前記担子菌は、モエギタケ科、キシメジ科、タコウキン科及びテングタケ科の少なくとも一種から選ばれることが好ましい。特に、ツチスギタケ(Pholiota terrestris Overholts)、スギタケ(Pholiota squarrosa (Fr.) Kummer)、ヌメリスギタケ(Pholiota adiposa (Fr.) Kummer)、ナメコ(Pholiota nameko)、サケツバタケ(Stropharia rugosoannulata Farlow in Murr.)、クリタケ(Naematoloma sublateritium (Fr.) Karst又はHypholoma sublateritium(Fr.)Quel)等のモエギタケ科、コムラサキシメジ(Lepista sordida (Schum. : Fr.) Sing.)等のキシメジ科、シロハカワラタケ(Trichaptum elongatum)、ツヤウチワタケ(Microporus vernicipes)等のタコウキン科、ベニテングタケ(Amanita muscaria)等のテングタケ科に属するものが好ましい。これらの担子菌の使用部位は、子実体であることが好ましい。
【0063】
水系媒体と担子菌の子実体とから、水系媒体抽出物を得る方法については、水系媒体と担子菌の子実体とを接触させることができれば特に制限はない。抽出効率の観点から、水系媒体中で担子菌の子実体を粉砕して懸濁液とする方法が好ましい。また、粉砕する方法としては、ミキサー、ホモジナイザー等を用いた通常の粉砕方法を挙げることができる。
【0064】
上記水系媒体としては、緩衝液、水と混合し得る有機溶媒と水又は緩衝液との混合物等を挙げることができる。好ましくは、緩衝液又は有機溶媒と緩衝液との混合物を用いる。
【0065】
上記緩衝液としては、特に制限されることなく公知の緩衝液を用いることができる。中でも、pH3〜10の範囲に緩衝能を有するものが好ましく、pH6〜8の範囲に緩衝能を有するものがより好ましい。具体的には、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、トリス緩衝液等を挙げることができる。中でも、抽出効率の観点から、リン酸緩衝液が好ましい。
【0066】
前記緩衝液の塩濃度は、特に制限はないが、抽出効率と緩衝能の点から、1〜100mMであることが好ましく、5〜20mMであることがより好ましい。
【0067】
前記緩衝液は、さらに塩類を含むことができる。例えば、リン酸緩衝液に食塩を更に加えたリン酸緩衝化生理食塩水等は、水系媒体として好ましい。
【0068】
前記有機溶媒としては、水と混合し得る有機溶媒であれば特に制限なく用いることができる。中でも、アセトン、メタノール、エタノール、2−プロパノール及びアセトニトリルが好ましい。有機溶媒と水又は緩衝液とを混合する場合の有機溶媒の含有量としては、10〜40質量%であることが好ましい。
【0069】
前記抽出工程は、水系媒体と担子菌の子実体との混合物から、水系媒体に対する不溶物を除去する工程を更に含むことが好ましい。不溶物の除去方法としては、濾過、遠心分離等の方法を挙げることができるが、除去効率の観点から遠心分離が好ましい。
【0070】
前記抽出工程は、リン酸緩衝化生理食塩水中で、担子菌の子実体を粉砕し、遠心分離によって不溶物を除去して水系媒体抽出物を得る工程であることが特に好ましい。
【0071】
前記フコースα1→6特異的レクチンの製造方法では、以下のいずれかの精製手段を採用すると、一層効率的な精製が可能となる。
【0072】
(精製方法1)
上記工程によって得られた水系媒体抽出物を、硫酸アンモニウム沈殿法にかけることによってレクチン含有画分を得て、得られたレクチン画分を疎水クロマトグラフィー及び逆相クロマトグラフィーで精製する。
【0073】
(精製方法2)
上記工程によって得られた水系媒体抽出物を、チログロブリンをアガロース等に固定した担体を用いたアフィニティクロマトグラフィーに供して精製する。
【0074】
(精製方法3)
上記工程によって得られた水系媒体抽出物を、硫酸アンモニウム沈殿法にかけることによってレクチン含有画分を得て、透析凍結乾燥を行った後、粗レクチン画分をトリス緩衝液に溶解後、イオン交換クロマトグラフィーに供し、得られた活性画分を濃縮後、ゲルろ過クロマトグラフィーで分離する。
【0075】
フコースα1→6特異的レクチンの製造方法には、前記精製工程で得られたレクチンを含む画分を透析処理する工程と、透析処理後のレクチン溶液を凍結乾燥する工程とを含んでもよい。これにより、レクチンを容易に単離することができる。透析処理する工程及び凍結乾燥する工程は、通常用いられる公知の方法によって行うことができる。
【0076】
(a)配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列からなるタンパク質又はペプチド、若しくは、(b)配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列において、1又は複数のアミノ酸が欠失、挿入又は置換され、かつ、配列番号2〜5のいずれかに示すアミノ酸配列を有するタンパク質又はペプチドと機能的に同等なタンパク質又はペプチドであるフコースα1→6特異的レクチンは、天然植物からの抽出のほかに、天然由来とは異なる宿主内で人工的に発現させ、又は化学合成させてもよい。宿主内での発現や化学合成は、通常用いられる公知の方法によって行うことができる。
【0077】
大腸癌患者から採取された腫瘍組織は、適宜、凍結保存や、ホルマリン、パラフィン、パラホルムアルデヒド等の固定液で固定することができる。凍結保存等した腫瘍組織から切片を作成し、上記フコースα1→6特異的レクチンを作用させる検体とする。
【0078】
上記フコースα1→6特異的レクチンを検体に作用させる方法は、上記AALと同様である。特に、組織の形態を維持しながら観察するレクチン染色が好ましい。
【0079】
フコースα1→6特異的レクチンによるレクチン染色では、通常、レクチンに標識手段が組み込まれている。標識手段は、特に制限なく、公知の標識化方法を適用可能である。例えば、放射性同位元素による標識化、標識化合物の結合等を挙げることができる。標識化合物としては、この用途に適したものであれば特に制限なく、例えば、直接又は間接標識化合物、酵素若しくは蛍光化合物を挙げることができる。具体的には、ビオチン、ジゴキシゲニン、西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、フルオレセインイソチオシアネート、CyDye等を挙げることができる。これらの標識化合物は、常法によりレクチンと結合させることができる。
【0080】
標識したフコースα1→6特異的レクチンでのレクチン染色の手順は、AALによる一次スクリーニングで説明したものと同様である。
【0081】
大腸癌の悪性度の低いもの(例えば低転移性の原発癌)では、α1→6結合フコースが大腸組織の正常細胞よりも増加する。一方、大腸癌の悪性度が高いもの(例えば転移癌や、今後、転移が予測される原発癌)では、α1→6結合フコースが正常細胞と同等か正常細胞よりも減少する傾向がある。
【0082】
レクチン染色において、フコースα1→6特異的レクチンによる大腸癌の腫瘍組織の染色結果が、正常細胞の場合と同等かあるいはそれ以下であったら、大腸癌の悪性又は転移性を疑う。
【0083】
前記悪性は、転移しやすい、あるいは局所浸潤しやすいことを意味する。一般的に、未分化癌は分化癌に較べて悪性度が高いと言われている。
【0084】
本発明は、また、フコースα1→6特異的レクチンであって、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有するフコースα1→6特異的レクチンを含む、大腸癌判別用診断薬又はキットを提供する。上記レクチンは、標識されていることが好ましい。
【0085】
上記診断薬又はキットには、適宜、緩衝液、プレートガラス等のレクチン染色キットに公知のものを含む。大腸癌の一次スクリーニング用として、AAL及び/又は抗GMD抗体を含むことが好ましい。
【実施例】
【0086】
以下に、本発明の実施例を示して、本発明をより詳細に説明する。しかし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
〔調製例1〕PTLの製造
以下に示す精製工程に従って、ツチスギタケからツチスギタケレクチン(PTL)を単離精製した。
【0087】
(抽出)
ツチスギタケ約7.5gを凍結乾燥して得られたツチスギタケ凍結乾燥粉末2.5gに、10mM トリス緩衝液(pH7.2)50mlを加えて、4℃下で2時間抽出した。この液を、遠心分離(15,000rpm、20min、4℃)後、上清をガーゼろ過して1回目の抽出液を得た。この抽出残渣に、10mM トリス緩衝液(pH7.2)を50ml加えて、4℃下で一晩抽出した。この液を遠心分離(15,000rpm、20min、4℃)後、上清をガーゼろ過して2回目の抽出液を得た。これらの抽出液を合わせてろ紙でろ過し、ツチスギタケ抽出液とした。
【0088】
(イオン交換クロマトグラフィー)
上記抽出液87mlを、10mM トリス緩衝液(pH7.2)で平衡化したDEAE−セファロース(GEヘルスケアバイオサイエンス社製)に供した。同緩衝液でカラムを洗浄後、0.1M NaClを含む10mM トリス緩衝液(pH7.2)で溶出した。赤血球凝集活性を示す画分(図2の←→部)を合一し、限外ろ過で脱塩後凍結乾燥した。
【0089】
(アフィニティクロマトグラフィー)
上記凍結乾燥粉末を、10mM リン酸緩衝化生理食塩水(pH7.4、以後、PBSと略す)で溶解し、同緩衝液で平衡化したチログロブリン固定化アガロースに供した。PBSでカラムを洗浄後、0.2M アンモニアで溶出した。赤血球凝集活性を示す画分(図3の←→部)を合一し、限外ろ過で純水に置換後、凍結乾燥し、PTLを1.07mg得た。
【0090】
〔実施例1〕大腸癌腫瘍組織の組織染色
AALは、α1→2、α1→3、1−4、及び1→6結合のフコースを認識し、PTLはα1→6結合のフコースを特異的に認識する。そのため、この2種類のレクチンによる染色レベルを比較することにより、フコシル化の結合様式の違いを知ることができる。
【0091】
ヒト大腸癌腫瘍組織アレイに対して、PTL、AAL及び抗GMD抗体による免疫組織染色を行った。正常組織の中の実質細胞は、わずかに褐色に染まる。その染色レベルを、本明細書では、「弱陽性(分類1)」と定義した。この染色レベルを基準として、染色結果と名称を表5のように分類した。
【0092】
【表5】

【0093】
(AALによる組織染色)
組織染色の試料として、組織アレイ(倉敷紡績株式会社製、合計197例の大腸癌腫瘍組織及び正常組織)を入手した。この組織を脱パラフィンした後、PBSにて洗浄し、Dako ABIDIN SOLUTION/BIOTIN SOLUTION (Dako社)を用いてブロッキング処理(avidin−biotin blocking)を行った。次いで、Dako Cytomation Peroxidase Blocking Reagent (Dako社)で内因性ペルオキシダーゼ不活性化を行い、5%子ウシ血清アルブミンを含む10mM トリス干緩衝化生理食塩水(0.02% Tween20を含む)(以下、5%BSA−TBSTと記載する)を用いて4℃にて一昼夜、振蘯させた。5%BSA−TBSTにて、ビオチン標識AALを5μg/mlに希釈した。希釈したビオチン標識レクチンを上記組織アレイに添加して、室温にて1時間反応させ、PBSにて洗浄した。予め5%BSA−TBSTにてABC REAGENT(フナコシ社)を50倍希釈して振蘯させたものを添加し、室温で30分間、反応させた。Dako ENVISIONキット/HRP DAB基質キット(Dako社)を50倍希釈した後、組織アレイに添加して、10×40倍の顕微鏡で発色を確認した。分類0〜3の顕微鏡写真を図6に示す。
【0094】
1)原発癌と転移癌との違いによる群分けと組織染色の結果
AAL染色した大腸癌症例128例を、原発癌又は転移癌の2種類に分類した。結果を表6に示す。
【0095】
【表6】

【0096】
表6中、全分類に占める分類2及び3の割合を、大腸癌の陽性率と定義した。そして、図7に、原発癌と転移癌とでAAL染色の陽性率を比較したグラフを示す。陽性率について、カイ二乗検定法による有意差検定を行った。AAL染色では、原発癌、転移癌ともに、強陽性のものが多く、有意差は見られなかった。
【0097】
2)悪性度による群分けと組織染色の結果
組織アレイの添付書には、大腸癌の悪性度に応じてGrade 1〜3までの等級が付けられていた。Gradeが上がることは、組織学的悪性度が高くなることを意味するが、Gradeに関する詳しい説明は添付書になかった。そこで、各Gradeの腺癌組織を観察し、Gradeを表7に示すように定義した。さらに、Grade 2及びGrade 3を、悪性と評価した。
【0098】
【表7】

【0099】
大腸癌症例112例をGrade別に分類し、Grade間でのAAL染色結果の比較を行った。結果を表8に示す。
【0100】
【表8】

【0101】
表8に示すとおり、AAL染色では、Gradeに関係なく強陽性のものが多かった。図8に、Grade(悪性度)別の陽性率を示す。Grade間の陽性率について、カイ二乗検定法により有意差検定を行った。Grade間で陽性率の有意な差は見られなかった。
【0102】
(PTLによる組織染色)
レクチン染色の検体として、AAL染色と同じ組織アレイ(倉敷紡績株式会社製)を入手した。この組織を脱パラフィンした後、PBSにて洗浄し、Dako ABIDIN SOLUTION/BIOTIN SOLUTION (Dako社)を用いてavidin−biotin blockingを行った。Dako Cytomation Peroxidase Blocking Reagent (Dako社)で内因性ペルオキシダーゼ不活性化を行い、5%BSA−TBSTを用いて4℃にて一昼夜、振蘯させた。
【0103】
5%BSA−TBSTにて、ビオチン標識PTLを50μg/mlに希釈した。組織アレイに希釈したレクチンを添加して、室温にて1時間反応させ、PBSにて洗浄した。予め5%BSA−TBSTにてABC REAGENT(フナコシ社)を50倍希釈して振蘯させたものを添加し、室温で30分間、反応させた。Dako ENVISIONキット/HRP DAB基質キット(Dako社)を50倍希釈した後、組織アレイに添加して、10×40倍の顕微鏡で発色を確認した。
【0104】
1)原発癌と転移癌との違いによる群分けと組織染色の結果
PTLで染色した大腸癌症例116例を、原発癌又は転移癌の2種類に分類した。結果を表9に示す。
【0105】
【表9】

【0106】
表9に示すとおり、転移癌は、原発癌と比べて、分類2及び3の割合が減少していた。図9に、原発癌と転移癌との陽性率を比較したグラフを示す。カイ二乗検定法による有意差検定を行ったところ、原発癌と転移癌の間との間で陽性率に有意な差が見られた(P<0.01)。
【0107】
2)悪性度による群分けと組織染色の結果
大腸癌症例114例をGrade別に分類し、Grade間での染色結果の比較を行った。結果を表10に示す。
【0108】
【表10】

【0109】
表10に示すとおり、PTL染色では、Grade 2及びGrade 3において、分類2及び3の割合が減少した。図10に、各Gradeでの陽性率を示す。カイ二乗検定法により有意差検定を行ったところ、Grade 1とGrade 2及びGrade 3との間で、陽性率に有意な差が見られた(p<0.05)。
【0110】
上記のAAL染色及びPTL染色の結果から、以下のことが判明した。AALで認識されるα1→2、α1→3、1−4、及び1→6結合を含む総体的なフコシル化は、癌化により増加した。一方、悪性度の高い癌や転移癌では、フコシル化には変化がないが、PTLで認識されるα1→6結合のフコシル化が低下した。
【0111】
(AAL染色とPTL染色の併用)
上記AAL染色で分類3(強陽性)となった原発癌及び転移癌の症例88例から、同一ロットの組織を準備し、さらにPTL染色した。結果を表11に示す。
【0112】
【表11】

【0113】
表11に示すとおり、原発癌ではAAL染色が「強陽性」であれば、PTL染色も「強陽性」もしくは「陽性」である組織が多数を占めた。一方、転移癌では、AAL染色で「強陽性」であっても、PTL染色では「弱陽性」もしくは「陰性」のものが多数を占めた。図11に、原発癌と転移癌の間で陽性率を比較したグラフを示す。カイ二乗検定法により有意差検定を行ったところ、原発癌と転移癌との間で陽性率に有意差が見られた(p<0.01)。図12には、組織アレイの同一サンプルでAAL染色が強陽性かつPTL染色が陰性となった顕微鏡写真を示す。
【0114】
原発癌ではAALで認識されるα1→2、α1→3、1−4及び1→6結合のフコシル化が総体的に増加しているが、転移癌ではα1→6結合のフコシル化が低下する傾向にあることがさらに明確になった。これらの知見をもとに、大腸の組織細胞をAAL染色して大腸癌を一次スクリーニングし、大腸癌と診断された検体についてPTL染色することで、大腸癌のリンパ節転移を含めた悪性度の予測診断として、情報を得ることができる。
【0115】
〔応用例1〕
本発明の大腸癌の判別方法に供する大腸癌の腫瘍組織の一次スクリーニングとして、抗GMD抗体によるアッセイが可能であるか調査した。
【0116】
(抗GMD抗体による免疫染色)
免疫組織染色のサンプルとして、レクチン免疫染色と同じで2種類の組織アレイによる合計143例の大腸癌腫瘍組織及び正常組織を入手した。この組織を脱パラフィンした後、内因性ペルオキシダーゼ不活性化までレクチン免疫染色と同様に処理をした。
【0117】
Dako Cytomation Protein Block Serum−Free Ready−to−use(Dako社)を添加して10分静置した。PBSで洗浄後、抗GMD抗体(Glycobiology 17, 1311−1320, 2007参照。阪大三善研にて作成)をDako Cytomation Antibody Diluent(Dako社)で5μg/mlに希釈したものを添加し、4℃にて一昼夜反応させた。
【0118】
PBSで洗浄後、Dako Cytomation Envision+R System Labelled Polymer−HRP Anti−Rabbit(Dako社)で作製した2次抗体を添加して30分室温で反応させた。以降、レクチン免疫染色と同様にして、発色を観察した。
【0119】
1)原発癌と転移癌との違いによる群分けと組織染色の結果
免疫染色した大腸癌症例112例を、原発癌又は転移癌の2種類に分類した。結果を表12に示す。
【0120】
【表12】

【0121】
表12に示すとおり、免疫染色は、分類0(陰性)及び分類1(弱陽性)の割合が高かった。図13に、原発癌と転移癌とで免疫染色の陽性率を比較したグラフを示す。カイ二乗検定法による有意差検定を行ったところ、原発癌と転移癌とで陽性率に有意差は見られなかった。
【0122】
2)悪性度による群分けと組織染色の結果
大腸癌症例86例をGrade別に分類し、Grade間での染色結果の比較を行った。結果を表13に示す。
【0123】
【表13】

【0124】
表13に示すとおり、免疫染色では、Gradeに関係なく、陰性及び弱陽性のものが多かった。図14に、Grade(悪性度)別の陽性率を示す。Grade間の陽性率について、カイ二乗検定法により有意差検定を行ったが、Grade間で陽性率の有意な差は見られなかった。
【0125】
抗GMD抗体を用いた免疫染色の結果は、陽性率は低いものの、AAL染色と同様の挙動を示した。このことから、AALの代わりに抗GMD抗体を用いて、大腸癌患者の一次スクリーニングを行い、大腸癌と診断された患者の検体をさらにPTL等のフコースα1→6特異的レクチンで染色することで、実施例1と同様の結果が得られることが予想される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸癌の腫瘍組織から採取した検体に、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有する
フコースα1→6特異的レクチンを作用させることを含む、大腸癌の判別方法。
【請求項2】
前記フコースα1→6特異的レクチンは、さらに、(4)フコースα1→6糖鎖を含まないハイマンノース糖鎖及び/又は糖脂質に対して実質的に結合しないことを特徴とする、請求項1に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項3】
前記担子菌が、モエギタケ科、キシメジ科、テングタケ科又はタコウキン科に属することを特徴とする、請求項1又は2に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項4】
前記担子菌が、ツチスギタケ、スギタケ、ヌメリスギタケモドキ、サケツバタケ、クリタケ、コムラサキシメジ又はベニテングタケであることを特徴とする、請求項1、2又は3に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項5】
前記検体には、ヒイロチャワンタケレクチン(AAL)、レンズマメレクチン(LCA)、エンドウマメレクチン(PSA)、ラッパスイセンレクチン(NPA)、ソラマメレクチン(VFA)、麹菌レクチン(AOL)、ハリエニシダレクチン(UEA−I)及びミヤゴグサレクチン(Lotus)からなる群から選ばれる少なくとも一種のレクチンを用いたレクチン染色により大腸癌と診断されたものを用いることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項6】
前記フコースα1→6特異的レクチンを標識したもので、前記検体をレクチン染色することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか一項に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項7】
フコースα1→6特異的レクチンによる大腸癌の腫瘍組織の染色結果が、正常細胞の場合と同等かあるいはそれ以下であったら、悪性度が高いということを示唆する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項8】
前記悪性度が高いとは、大腸がんが将来転移しやすいこと、又は、分化度が未分化であることをいう、請求項7に記載の大腸癌の判別方法。
【請求項9】
フコースα1→6特異的レクチンであって、
(1)担子菌から抽出することができ、
(2)SDS電気泳動法による分子量が4,000〜40,000であり、及び、
(3)フコースα1→6糖鎖に対して結合定数1.0×10−1以上(25℃において)で示される親和性を有する
前記フコースα1→6特異的レクチンを含む、大腸癌判別用診断薬又はキット。
【請求項10】
大腸癌の一次スクリーニング用として、AAL及び/又は抗GMD抗体を含む、請求項9に記載の大腸癌判別用診断薬又はキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−149826(P2011−149826A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−11446(P2010−11446)
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(302042678)株式会社J−オイルミルズ (75)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】